2008年11月20日

隠居、湖東(金剛輪寺・百済寺・永源寺)の紅葉を巡る

 11月19日大阪堺も朝方みぞれが降るほど急激に寒くなった。気温は低いが、滋賀県南部の降雨予想はそんなに高くないので、予定していた湖東の紅葉狩りに出かけることにした。

 カーナビを湖東三山のひとつ「金剛輪寺」に設定すると2時間弱で行けるようである。ところが、近畿自動車道の吹田あたりで事故があったようで動かない。ようやく名神に入ると今度は大山崎あたりまで渋滞である。
 桂川PA で熱い珈琲(このごろはドリップしてくれる自動販売機があって、250円と高いが量は多い)とアンパンも求めて、八日市IC から国道307号線を北上した。
クリックすると大きな写真になります この307号線は、近江平野を走っている割には道が狭く、大型トラックの離合は減速して慎重に走っている。運送会社もこのところの不況で厳しいのか、高速道路ではなく一般道を走っているトラックが多い。さらに、この時期湖東三山の紅葉を目当てに平日にもかかわらず関東・名古屋・長野・岡山地方のナンバープレートをつけた観光バスがやたらと多い。
 なにやかやで「金剛輪寺」についたときは予定時間を1時間もオーバーしていた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります さすがに、駐車スペースはかなり確保されており、無料で駐めることができる。観光バス用の駐車場には、様々な地域からのバスが並んでいた。
 拝観料500円を払って庭園に足を運ぶと、楓は5~6分の色づきである。冬めいた陽射しを浴びて、紅・黄色の楓が美しい。お寺の紅葉といえば、楓と銀杏だ。里山のような、雑木の紅葉はあまりみかけない。
 この寺の本堂(国宝)に行くには、かなり急な石段を登っていかねばならない。足腰の弱い人にはかなりつらいだろう。最近のツアーは老人が主流だから、バスで途中まであがれるようになっているが。
 その上り坂の途中に、よだれかけをかけた千体地蔵が祀られている。これだけ揃うとなかなか壮観である。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 本堂と鐘楼の間に、血染めの紅葉という楓がある。確かに、他の楓に比べると深紅である。まもなく出産を予定している娘のために安産のお守りを求めた。
 ガイドブックに出ている「豆の木茶屋」でそばでも食べようかと思っていたがもう一つだったので、桂川PA で買ったパンと家内持参のバナナを車の中で食した。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 冷たい風が強いものの雨は降りそうにないので、せっかくここまで足を運んだこともあって「百済寺」から湖東三山とセットになっている「永源寺」に寄ることにした。いずれも八日市IC へのみちすがらにある。
 「百済寺」は、「金剛輪寺」に比べると規模は小さい。ここも、駐車は無料で拝観料は、500円である。
 庭園本坊の見晴台からは琵琶湖の向こうに比叡山や比良山系が望める。ここの本堂への参道も上り坂である。膝にやさしい脇参道というのをつくっているが、登りにはかわりはない。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 「永源寺」は、愛知川沿いにある臨済宗のお寺である。ここには無料の駐車場はなく、近くの有料駐車場が客引き合戦をしている。一回400~500円である。拝観料は、ここも500円である。
 ここも本堂への参道は石段である。最近、足腰が弱くなってきた家内の動きが鈍くなった。だが、山門へ続く道は、紅く染まった楓のトンネルで美しい。山門脇の楓の葉はまだ緑だったが、ひとつの枝だけ紅くなっていた。
 境内の楓は、今日訪れた三つのお寺の中では、最も手入れが行き届いているようで気持ちがいい。このお寺の公式サイトは、ほとんど観光臭がない。よく分からないが、臨済蝉黄檗派のせいなのかももしれない。その分お寺の周りの近江商人が元気だが。

 この紅葉狩り、たいがい長い石段を登ったり、下ったりしたのに、帰って歩数計をみると 4489 歩だった。
 帰途の高速道路も渋滞に2回もひっかかって、車の時間が多い1日であった。なんでも旬の時に旬の場所にいくには、はじめから覚悟が必要だ。

2008年9月 7日

Hütte:Hachi :近辺ドライブ、余部鉄橋・玄武洞・出石

 今は埼玉に住むHütte:Hachi の元のメンバーと20年ぶりに山小屋ですごした。例によって、羽淵精肉店で求めたカルビとロースの炭火焼きでもてなした翌日は、ご希望の余部鉄橋と豊岡の玄武洞をドライブすることにした。

 余部鉄橋は 1986 年にお座敷列車が日本海からの突風にあおられ、客車が橋脚から落下した事故で全国的に有名になっている。現在は、ほとんど同じ位置に鉄筋コンクリートの橋脚工事が進められている。
クリックすると大きな写真になります 香住から鳥取に向かって国道178号線をたどると正面に赤い鉄橋が見えてくる。ワゴン大型タクシーが道ばたに停まっている。そのお客さんらがもうすぐ稲刈りを迎えると思われる田んぼのあぜ道から眺めている。われわれも路肩に駐車して、見物することにした。
 あぜ道に三脚を立てた。1時間に一本くらいは列車が通るだろうと ピーヒョロロとトンビがのどかに鳴くのを聞きながら、列車の来るのを待った。15分くらいすると右側(城崎・豊岡方面)から、2両連結の気動車が橋を渡ってきた。
DSC_0089.JPG 国道178号と鉄橋と交差する真下あたりに無料の駐車場があり、観光バスが2台停まっている。海岸の防波堤横には小さな公園もトイレもあり、観光スポットになっているのだ。そこで、また三脚を立てて列車を待ったが、次の通過は1時間以上も先であることが案内板の下にある時刻表で分かった。折角行くのだから、もう少し下調べをすべきであった。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 昼近くになったので、パートナーがネットで調べてきていたすし屋「三七十鮨(みなとずし)」で昼食を摂った。美味かった。下調べは必要なのだ。
 前の漁港にはイカ釣り船が停泊していたが、今晩も漁に出るのだろうか。



 職業柄道路に詳しいパートナーの案内にしたがって、カーナビにはまだない「香住道路」を通って、豊岡へ。
 円山川の左岸は竹野海岸や日和山パーク、城崎温泉への行き帰りにかなりの回数を走ったことがあるが、玄武洞のある右岸は走ったことがない。このあたり、コウノトリでも有名なところである。玄武洞に向かう車の窓から、大きな鳥が2羽舞っているのが見える。真っ白ではなかったから、ひょっとしたらコウノトリだったかもしれない。

クリックすると大きな写真になります 玄武洞公園は無料である。無料の駐車場から、玄武岩を敷いた急な坂道は、厳しい残暑の中で堪える。
 地質学なんては疎くて専門語で説明を受けてもさっぱり分からないが、柱状節理・板状節理の岩石は、そうそうは見られないものに違いない。できている洞は、人々が玄武岩を採掘した跡らしい。庭の踏み石にしたら、ちょうどよいと思われる。ひょいと担いで帰るには余りにもひとつずつが重量がありそうだが。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります このまま伊丹空港に行くには早すぎるので、出石に寄り道をすることにした。出石は最近の市町村合併で豊岡市となっている。出石そばを食べにいったくらいでゆっくりしたことはない。鉄砲町にある公営の駐車場(¥400)にいれて、蒸し暑い大手門通りをブラブラと。
有名な時計台の辰鼓楼の下の掘を若い二人連れが覗いていた。この町は若い観光客が多い。
 観光にかなり力をいているらしく、駐車場では「出石散策絵図」という良くできた地図をくれたり、整備も行き届いている。丹波篠山と同じような感じである。

 厳しい残暑のなかを出石城趾本丸への石畳を登ったりしたので、喉が渇いた。家老屋敷跡にある洒落た喫茶店のアイスコーヒで喉を潤した。

ハチ高原近辺私的観光地図に掲載 

2008年7月 5日

二上山・万葉の森のあじさい

クリックすると大きな写真になります 友に、蜻蛉池公園のあじさいとは、また違ったあじさいが味わえると教わった二上山のあじさいを見に行った。
 左の写真のように、あじさいは登山道脇の樹々の根元あたりに植栽されている。朝7時過ぎの早朝だが、土曜日のせいかそれとも平日でもそうなのか、挨拶を交わすのはもう登山をすませて下りてくる熟年族だ。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 後期高齢者にとってはちょっとこたえる雌岳頂上への坂道の両側に、あじさいはずっと続く。
 ガクアジサイが多いようだ。ボール状のあじさい(ヒメアジサイ)は、濃紺のものが多い。
 ガクアジサイに小さな蝶に似たきれいな蛾が羽を広げていたが、もう少しいい角度からと思ったときは飛び去っていた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 登山道脇に、釣り鐘状のホタルブクロが咲いていた。ササユリも咲くようだが、「持って帰るな!」という看板ばかりで、肝心の花は見あたらなかった。
 家内が沢山の赤い実をつけたヒメリンゴの木を見つけた。


クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります ゆっくりゆっくり歩いて雌岳の頂上までは、50分くらいである。頂上の看板脇につけられた寒暖計は、25℃を指していた。
 頂上の広場には、ロータリークラブ寄贈の石の日時計がしつらえられている。時計は辰の刻朝の8時ころだ。
 この山は万葉の森というだけあって、あちらこちらに万葉集の歌板がある。
 今朝は少々蒸し暑かったが、この山は来るたびに、途中で見かけた莫山の文句のような気分になるのかもしれない。




泉北近辺私的観光地図に掲載

2008年6月18日

柳生の里に行ってみた

 6月15日(父の日)、家内が珍しくどこかにでかけようと言う。そういえば平日は孫の世話に明け暮れて、ちょっとした所に出かける回数も減っている。

 「奈良 ゆとりの旅」という旅行ガイドに、「柳生花しょうぶ園」のショウブがちょうど見ごろということで、人出覚悟でドライブすることにした。カーナビに行き先を設定すると1時間ちょっとでいけるようである。カーナビが指示する西名阪道路の福住出口からの道は結構狭くて途中少し迷ったが、11時過ぎには到着した。途中のコンビニでも寄って弁当でも買うつもりだったが、曲がりくねった山道にはそんな店は一軒もなかった。

DSC_9393.JPGDSC_9363.JPG 予想通り、「花しょうぶ園」は、熟年族で賑わっていた。あとから分かったことだが奈良からは道も良く、観光バスも楽に入れるようだ。市営駐車場という看板につられて 650 円も出して車を駐めたが、これもあとから分かったことだが「花しょうぶ園」の駐車場は無料である。

 人出の多さを除けば、柳生の里はのどかな風景である。きっとこのような「花しょうぶ園」でも作って目玉を作らないとツーリストは余り来ないのかもしれないと勘ぐった。

DSC_9455.JPGDSC_9432.JPG  市営駐車場を中心に、柳生家ゆかりの史跡が保存されている。旧柳生藩家老屋敷の客間や縁側に、小鳥のさえずりでも聴きながら、ぼーっと座り込みたい感じである。非公開だが、柳生家分家の屋敷は、頑丈な石垣の上に残っている。
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京都・奈良私的観光地図に掲載 

2008年3月10日

晩冬の仁和寺

 娘から頼まれたシューズラックを届けた午後、ようやく空も春めいてきたので仁和寺に行ってみることにした。仁和寺といえば、「徒然草」御室の桜がすぐに思い浮かぶが、この時期広い境内で見た花は書院の庭に咲くピンク色の小さな梅と宸殿の北庭に配された馬酔木の白い花だけであった。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  双岡を背景とするこの寺は、真言宗御室派総本山というだけあって非常に広大である。中門から金堂への参詣道の左側には、京都で最も晩く咲くという背の低い御室桜がぎっしりと植わっている。蕾はまだまだ固いが、4月の終わりにはきっと素晴らしい花見ができるにちがいない。昨年は醍醐寺に行ったが、今年はもう一度ここを訪ねてみたいものだ。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 拝観に一人500円とられる「仁和寺御殿」は、宸殿・黒書院・白書院の広い縁で巡っていく。午後の暖かな日差しを浴びて、広い縁に座り込むと心が癒されるようだ。いつの季節でもいいようにつくってあるんですね。拝観券の裏に、仁和寺御殿について以下のような案内がある。

 御殿と呼ばれれているところで、宸殿を中心にして、左側に白書院・黒書院があり、北に池泉の北庭と、南に白砂と杉松の簡素な枯山水の南庭がある。左近の桜、右近の橘も植えられている。仁和寺再興の際(江戸初期)、京都御所の常御殿(おつねごでん)を移築したものであったが、明治20年(1887)火災のため焼失した。その後、明治から大正期にかけて、当時の最高の材と技術をもって建築された。


京都・奈良私的観光地図に掲載   

2007年12月19日

師走半ばの京都、知恩院と錦市場

 寒くなってきたので、京都に住む娘がこたつを持ってきて欲しいとアッシーを頼まれた。この時期、京都では特別のイベントもないので、日帰りをすることにした。
 しかし、せっかく京都に来たので、日曜日だったが知恩院と師走の京都の雰囲気を味わいに錦市場に寄ってから、帰ることにした。京都に車できたときの問題は駐車場である。紅葉の時期はもうすでに終わっているし、年末にはまだ間があるので、知恩院の駐車場は空いていたが、2時間程で700円も取られた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 方丈庭園の奥に、浄土宗を保護したとかで徳川家康・秀忠・家光3代の霊が祀られた権現堂という建物があり、「千姫」の墓もある。つい2日ほど前に、日光東照宮に行って権現さんに詣ってきてところだ。なにか、この12月は家康づいている。この権現堂と方丈庭園との境になっている白壁塀の屋根に、楓の枯れ葉が赤い縞模様をつくっていた。この権現堂横の山亭からは、京都の市街地が一望できる。どこかの政治団体か何かの街宣車からボリューム一杯の騒音が聞こえてくるのが風情を壊していたが。山亭の楓はまだ色を少し残しており、初冬の陽に鮮やかだった。

クリックすると大きな写真になります  知恩院の印象は、大晦日NHK「ゆく年くる年」で、僧侶が仰向けにぶら下がるようにして除夜の鐘を撞く様が鮮明である。除夜の鐘の準備をするのか、青銅色の鐘のよこには鉄パイプの足場が組まれていた。

クリックすると大きな写真になります  御池通の地下駐車場に車を駐めて、堺町通を下りると錦市場の西端くらいと交差する。ここは、人が一杯である。でもよく見るとどうやら観光客がほとんどのようである。日曜日のせいなのかもしれない。あるいは、京都庶民の市場ではなくなって、観光名所に変わってきているのかもしれない。土産に買いやすい漬け物屋と佃煮屋が賑わっていた。私たちもやっぱり京漬け物とシジミの佃煮を求めた。結構美味しくはあったが。

京都・奈良私的観光地図に掲載

2007年12月17日

隠居、初冬の日光に感激!

 10月に参加した東京で単身生活を過ごした3年間に得た友達とのゴルフ・コンペで、思いもかけず優勝してしまった。ゴルフをされる方はご存知と思うが、このようなプライベート・コンペでは優勝するとわずばかりの賞品をもらう代わりに、次回のコンペの幹事をしなくてはならない。熊谷にあるこのコースが参加者に評判が良かったので、今回も同じコースですることになった。

 大阪からなので、2回に1回くらいの参加にしたいと思っていたが、連続で参加せざるを得なくなってしまった。前回の遠征で味をしめていたので、今回も久喜に住む友人にプレー翌日名所めぐりの案内を厚かましくお願いすると、今回は平日なので日光まで連れて行ってやろうと言ってくれた。前から一度は行きたいと思っていた所なので、一もなく二もなく甘えることにした。

 ゴルフ当日は朝から冷たい雨が降っていたが幸いにも10時すぎにあがり、降られずにプレーすることができた。翌朝、友人は約束の時間よりも30分ほど早くホテルに迎えに来てくれた。

 カーナビで事故を知らせる国道125号を迂回して羽生インターチェンジで東北道へ。宇都宮インターチェンジで日光宇都宮道路に乗り換え日光インターチェンジで降り、東照宮には約1時間で着いた。「日光見ずして結構というなかれ」と言われているので関東の方は大抵参詣されているようだが、関西の人間は修学旅行でも行かなければなかなか機会がない。関西では、家康より秀吉なのだ。

クリックすると大きな写真になります 昨晩は19番ホールでいささか度を過ごしたので、踏み石に1枚石が使われている奥社への参道石段を登るのがきつい。その踏み石の幅は2mほどもある。徳川の威光を示すためと思ったが、Web でサーチすると寒さの厳しい日光では霜柱で浮き上がってこないように重く大きな石が必要ということが理由のようだ。いずれにしても多くの民が狩り出されたに違いない。

 有名な「鳴竜」のある薬師堂の出口で、2週間前に神戸であった友人が夫婦ツアー旅行中とかでばったり出会った。全くの奇遇である。家康の思し召しだろうか。

クリックすると大きな写真になります 東照宮から「日本の道100選」にも名前を連ねている「いろは坂」を経て中禅寺湖に向かった。昨日の雨は、このあたりではどうやら雪だったらしい。除雪された雪が道路脇に残っている。友人は今日のためにスタッドレスタイヤに履き替えた4Wで、中禅寺湖の眺望が良いという明智平へ向かってくれたが、道は積雪のため既に閉鎖されていた。

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 友人はスタッドレスタイヤの威力を試したいと、雪道を求めて戦場ヶ原から湯ノ湖へ車を走らせた。期待通り、湯ノ湖に近づくにつれて道が白くなった。雪景色の湖畔レストランで少し早かったが昼食をとった。名物の「ゆば入りそば」はもうひとつだったが、景色は最高である。平日で雪が降ったりして観光客が少ないのも幸いした。近くの「湯滝」への駐車場(冬季で無料)への道は、真っ白だ。スタッドレスタイヤに4Wは、普通の道を走るのと変わらない。関西ではあまり機会がないが、私も履き替えたくなってきた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 今回の初冬の日光ドライブは、滝巡りでもあった。誰とも会わなかった湯滝は、湯ノ湖から流れ落ちるミズナラの木に囲まれた小さな滝だ。湯ノ湖から中禅寺湖へ流れる湯ノ川の川下にある「竜頭(りゅうず)ノ滝」は、滝沿いを散策したほうがいいらしいが、積雪の道はしんどいだろう。新緑のころなら歩いてみたい。
 もう一つの滝は、言わずと知れた華厳滝である。18歳の旧制一高生であった藤村操が巌頭之感という文をミズナラの木を削って書き残し自殺したのは、100年以上も前のことだ。滝壷近くの観爆台には、530円を払ってエレベータで下りるが、乗り合わせたのは中国人の団体だった。世の中、どんどん変化してる。

クリックすると大きな写真になります 早割で予約した飛行機の時間にはまだ十分時間があったので、友人は日光杉が立ち並ぶ国道は珍しかろうと栃木まで「例弊使街道」を走ってくれた。昔の街道一杯にトラックも走っているので、停車して写真を撮ることはできない。フロントガラスを通して夢中でシャッターを切った。杉並木が延々と続く素晴らしい街道である。先の「日本の道100選」にもある日光街道の一部である。

 気の置けない友人の案内兼運転のおかげで、心に残る一日となった。帰りの飛行機は単身赴任族の帰省か満席であったが、満足感に浸りながら家路についた。多謝!

クリックするとGoogle Map になります左の図をクリックするとGoogle Map による日光周辺地図がでます。




2007年11月15日

隠居、高野山の紅葉に遊ぶ

 今年は、紅葉狩りにどこへも出かけていない。11月14日、朝起きると天気予報通り小春日和だったので、急遽高野山に車を走らせることにした。毎日が日曜日の特権である。
 近くの生鮮食料スーパーで弁当(寿司)を求め、出発したのは10時過ぎ。高野山には何回か車で行ったことがあるが、コースが分かるか覚束ない。カーナビで高野山金剛峯寺をセットした。予想到着時間は昼頃になっている。道路標識には従わず、カーナビの案内通り走るととんでもない道に迷い込んでしまった。橋本から先は国道とは名ばかりで1車線しかない区間が渓谷沿いに続く。渓谷のところどころの紅葉は写真に撮りたいが、停車する余裕はない。前から中型のトラック(大型のトラックやバスは通れる道ではない。)でも来ようものなら離合が大変である。私のカーナビ(トヨタの純正)は、以前から裏道的な細い道が好きなようだ。急遽行くことにしたので、良く調べずに出かけたのが失敗だった。あとから、web search してみると、この酷道371号線の悪名は高いようである。
 なんとか高野山の金剛峯寺に着いた。総本山前の駐車場は、観光バスも数台駐まっており満車である。そこから100mほど離れたところの第2駐車場へ行くとがら空きである。少しして分かったことであるが、車を駐めるところは沢山あり無料である。なんとなく得をした気分になった。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります




 紅葉を求めて近辺を歩いて回った。本山前の駐車場横に立っているイチョウが、青空を背景に真っ黄色である。総本山の山門入り口への階段には、楓が赤と黄色で染まっていた。霊宝館の入り口横の庭は、舞落ちたイチョウの枯れ葉で黄色い絨毯のようであったが、上を見上げると真っ赤な楓の向こうに青空が広がっていた。
 高野山が世界遺産に登録されたのは2004年7月のようであるが、昔来たときよりもなんとなく整備され掃除も行き届いているようである。駐車場が無料になっているのも、そのせいかもしれない。常喜院から金堂に続く参詣道は、特に紅葉が美しく、絶好の撮影スポットになっている。天気がよくポカポカ陽気のせいか、みんなの顔がほころんでいるように見えた。 
 時間があれば龍神温泉に行って風呂でも入ってこようと欲張っていたのだが、帰りがカーブが続く夜道を走ることになるんではないかと早々に帰途についた。帰り道は、バスでも走れる九度山回りの道を下ったが、それでも観光バスを先頭にノロノロ運転となった。

泉北近辺私的観光地図に掲載

2007年10月27日

初秋の大山崎山荘美術館

 10月22日に開催された時代祭見物の前日、京都に向かう途中、アサヒビールが運営する大山崎山荘美術館を訪ねることにした。昨年、家内が娘に連れられて行って印象が良かったようである。一応建築家の端くれの娘は、安藤忠雄の作品を見たかったのだと思う。
 インターネット・サーチすると美術館には駐車場は無く、JR東海道本線の山崎駅近くにある町営駐車場を利用して欲しいとの案内に従って、駅から急な坂道を登った。
 爽やかな秋日和で日曜日なので、こんな小さな美術館でも結構な人出である。ただ、もちろん若い家族連れはいない。こういうところはどこへ行っても老年夫婦が多いが、ここはデートスポットらしく若いカップルも多い。
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 大山崎山荘美術館は文字通り、本館は実業家加賀正太郎が自らの山荘として設計、建てたもので、山荘は大正時代に木造で建てられたのち、昭和初期に増築されたということである。この本館2階のオープンカフェでは京都と大阪の境あたりの眺望を見ながら、コーヒとケーキを楽しむことができる。車でなければビールを飲みたいところだ。
 モネの絵画が展示されている新館は、安藤忠雄の設計で例によってコンクリート打ち放しの廊下から地中に潜るようになっている。展示されている陶磁器とか絵画などの値打ちはよく分からないが、無料で入れる庭園はよく手入れがされており、紅葉には少し早かったが心落ち着く風情であった。庭園には、とんぼや蝶が飛来している。

「京都・奈良私的観光地図」に掲載

2007年10月23日

隠居、時代祭を楽しむ

 家内が時代祭にかこつけて、しばらく家に帰ってこない娘の世話をしに京都に行くというので、アッシーをすることにした。この7月に見に行った祇園祭も初めてだったし、時代祭も初めてである。60何年間か人出の多いところが嫌いで行くことがなかったのに、この歳になってどちらも見物である。毎日が日曜日ということもあるが、娘が京都に住まいしなければ死ぬまで見物することはなかっただろう。
 娘が京都の人から聞いた話では、見るところはなんと言っても御所がある京都御苑が一番いいらしい。車を二条城の駐車場に駐めて、京都御苑まで歩いた。この時代祭は、毎年10月22日に行われるようだ。(雨天の場合は順延されるらしい。) 桓武天皇が長岡京から都を移し新しい都に入ったとされる日、すなわち京都の誕生日とも言える日が10月22日だからだそうだ。幸い、空に鰯雲が浮かんで絶好の秋日和である。京都御苑には、時代行列が平安神宮に向かって出発する正午までまだ2時間以上前に着いた。
 しかし、既にTV放映用の巨大な移動車が駐まっていたり、TVカメラ用のやぐらが組まれていたりする。行列は御所建礼門前を出発し堺町御門から市中に出るようだが、建礼門からのまっすぐの砂利道の両脇には招待席と有料観覧席(2000円)の折りたたみ椅子が並んでいる。有料観覧席は要するに、ツアー客の場所取り料である。その先の堺町御門へカーブするあたりに、報道カメラマンが脚立を並べている。どうやら、そのあたりが絶好の撮影ポイントらしい。なるほど下ってくる隊列の向こうに御所の建物が見える。その脚立群と仕切りのロープとの間は、もうアマチュア・カメラマンが三脚を立てていた。この隙間に潜り込ませてもらった。太陽が直接照りつけるので、家内は木陰がある場所に座り込んだ。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります そうこうしているうちに、行列に参加する時代装束をまとった人たちや馬などが三々五々堺町御門から入ってきた。平安神宮から、ここに移ってきているらしい。12時前になると置いてあった脚立に、次々と各社のカメラマンが大きなカメラを持って登ってきた。12時になると京都市のイベント紹介パレードを先頭に、行列がゆっくりと御所建礼門前から出発してきた。プロのカメラマン達は写真を撮って記事用に送る隊列はほぼ決めているらしく、安土桃山時代の牛車あたりと今年から始まった「室町時代列」で盛んにシャッターを切っていた。夕刊に間に合わすためか、脚立の上でノートブックのパソコンを取り出し、ケイタイで繋いで写真を送っているようだった。
 朝10時前から1時半くらいまで立ちつくすとさすがにくたびれてきたので、行列の途中だったが失礼することにした。見る方も大変だが、慣れない装束を付けて隊列を組んで歩く人たちはもっと大変だろう。家内が座り込んだ隣の京都の人の話では、隊列は小学校の校区毎に割り当てられるのだそうだ。それでなくとも京都はお祭りが多そうだ。京都市内に住むには、それなりの覚悟がいるだろう。
 遅い昼食を名神の京都南インターチェンジ近くの蕎麦屋で摂った。腹が減ったいたためか、むやみに美味かった。
 時代祭の詳細については、京都新聞のサイトなどインターネットで検索すると詳しく出てくる。

京都・奈良私的観光地図に掲載

2007年8月19日

真夏の東山東福寺

 五山の送り火を見た翌朝、折角京都に来たので臨済宗の大本山、東山の東福寺を訪れた。開門9時に到着、生垣を掃除していた人に駐車場の場所を尋ねたところ、境内の中の禅堂前スペースに停めてもいいらしい。無料である。紅葉で有名なこの寺には、こんな暑い真夏に訪れる人は少ないらしい。朝9時というのに、気温は30度を超えている。駐車場は無料だが、紅葉で有名な通天橋から開山堂への拝観と方丈の庭を見るには、別々の拝観料(各400円)が必要である。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 通天橋から開山堂への廊下両側は楓がほとんどなので、紅葉の時期には見事に違いない。真夏の太陽が照りつける開山堂前の庭は枯山水と池のある庭とが同居している。


クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 僧侶の住居である方丈も拝観した。真夏の太陽に、苔も赤茶けていた。拝観料を徴収しているおばさんの話では、今の時期でも雨の後は綺麗らしい。廊下に腰掛けたまま南庭の枯山水を眺めている人が多い。よい涼みである。方丈を出て、三門あたりをぶらつくと三門の向こうの夏空にジェット雲が筋を描いていた。そばの蓮池ににはシオヤトンボが花の時期が終わった蓮に止まっていた。
京都・奈良私的観光地図に掲載

2007年8月18日

五山送り火:左大文字撮影失敗の巻

 娘の単身マンション・ベランダから五山の送り火(mapを参照がよく見えると大家さんが勧めるので、16日夕方から出かけることにした。この送り火は、NHKが総合TVで特集を組んでいるので録画をセットしておいた。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 昼間でも左大文字は火床になっている部分が「大」の字で見える。その方向に向かって安物の頼りない三脚をセットした。夕食を近くのリーズナブルで美味しい中華料理店で済ませ、8時を待った。2007年8月16日、京都に向かう車の社外気温計が40度を超えていたほど熱かったので、陽が沈んでも9階のベランダは風もなく蒸し蒸しする。近くのマンションのベランダにも人影が見える。8時に点火される右大文字は、大きなビルディングの陰になって見えない。8時15分頃、左大文字、舟形あたりが明るくなった。NikonD70にTAMRON25-300mmをつけて、いっぱいに伸ばし露出時間で3秒(あとで分かったのだが13秒だった)を設定した。ファインダーを覗くが、雲台が良くないのでいい構図が決められない。それに、手前の立命館大学の教室と思われる照明が邪魔だ。京都タワーも照明を落とすというのに、大学は無頓着なんだろうか。右隣の舟形も間にビルが入って舟形の底部分が切れる。四条通の西の方に、ビルの間から鳥居形の一部が見えるが、これは撮影できない。京都市の景観条例も住んでいない人間は大賛成だ。
 翌日、堺に帰ってNHKの放送録画を見た。どうやら、5つの送り火全てを見る場所はないようだ。写真撮影のスポットは鴨川べりとか広沢池がいいようだが、すごい人出のようなのでカメラを担いではちょっと行く気がしない。
京都・奈良私的観光地図に掲載

2007年8月 6日

嵐山大覚寺

 祇園祭に宵山の日(7月16日)早朝から出かけたが、鉾や山の提灯に火が入るまでには時間があったので、四条大宮から京福線嵐山電車に乗って嵐山方面に出かけることにした。嵐山駅の大覚寺の蓮の花のポスターにつられて大覚寺まで散策してみることにした。嵐山駅から歩いて20分ほどかかるが、この日梅雨の晴れ間で快晴となり大汗をかいた。お寺には、大きな駐車場があるので車でくるべきだったかなと後悔したりした。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  駅から大覚寺へは天竜寺の垣根の横を通る。この青木(?)の垣根にカタツムリが這っているのを家内が見つけた。そう言えば、近年カタツムリを見ることはなかった。トロッコ列車の踏切を越えて少し上っていくと清涼寺というお寺に出会う。暑かったので名前に惹かれて境内へ入ってみた。広大なお寺である。この寺の側道を行くと行列ができている豆腐屋(嵯峨豆腐森嘉)があった。きっと美味しいに違いない。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  真言宗大覚寺は、醍醐寺三宝院と違ってほとんどは撮影OKである。狩野山楽や渡辺始興などが描いたされる襖絵がなかなか面白い。中でも渡辺始興が描いたとされる小動物はなかなか可愛い。
 嵐山駅のポスターにある蓮の花は大沢池に咲いているが、期待ほどではなかった。蓮の蕾にシオカラトンボがとまっていた。
 帰りは、大覚寺から出ている四条河原町行きの市バスに乗った。祇園祭での交通規制のせいか四条通でノロノロ運転となった。京都は、バスと自転車が多い町という印象である。
京都・奈良私的観光地図に掲載

2007年7月19日

隠居、祇園祭でダイエット

 近くにいながら混雑する場所が嫌いで行かなかった祇園祭に家内に誘われて出かけることにした。娘が京都で住むようになったのがきっかけである。車の混雑を恐れて宵山の朝8時に家を出ると意外に車は少なく、いつもの休日よりも早くついた。宵山まで時間があるので、京都に来たついでに嵐山電車にのって嵐山方面に行ってみることにした。結局、大覚寺に行ったのであるが、ここでの写真などは別にエントリーをしようと思う。
クリックすると大きな写真になります 京福電鉄嵐山から大覚寺まで暑い中を歩いたりしたので(帰りはバスに乗ったが)少し疲れて、中越沖地震のニュースなどを見ている間に眠ってしまった。夕方6時前烏丸まで阪急電車に乗り、提灯に火が入った鉾と山を順次見ながら大宮まで引き返すことにした。途中に良さそうな店があれば、夕食をしようという魂胆である。やっぱりというか予想以上というか、時に小雨がぱらつく中、大変な人出であった。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 鉾と山は、四条通を中心に東西は堀川通と烏丸通、南北は姉小路通と高辻通に囲まれる区域に23の山と9つの鉾が組み上げられている。この区域のほとんどは宵山の時間は、歩行者天国となっている。烏丸通りには、全国から集まった思える屋台がぎっしり並んでいて、若い男女を中心に大変なにぎわいである。外国人の姿も多く見られ、彼ら彼女らも舟に入ったたこ焼きを頬張っていたりする。女性の浴衣姿が多く、若い男性の浴衣姿も結構多い。その割に、熟年組はTシャツに綿パンが圧倒的だ。山や鉾の展示と同時に、浴衣やうちわ・下駄など京都らしい品物を売る近くの商店が表で安売りをしていたりする。また、レストランも表に屋台を出していたりする。それらを買ったり食べたりするのも宵山の楽しみの一つのようだ。鉾と山が展示されている地域ではどこのレストランも満員で、結局四条大宮近くのいつもの中華料理店で遅い夕食を摂った。蒸し暑い雑踏の中を歩き回ったので生ビールが胃に滲みた。


クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 翌朝、人気のない鉾と山を見ようと散歩を兼ねて同じような場所を見て回った。提灯も外してあり、雨よけにビニールが被せてあったりするが、近くまで寄ることができるので、破風や天水引の彫刻や絨毯を間近に見ることができる。鉾の周りには、朝6時過ぎというのにもう巡行の用意に人が集まっていた。 朝食をして、仕事に出かける娘と別れ、河原町四条へ出た。辻まわしが行われる四条河原町の交差点は、もう超満員である。人垣で交差点の路面は見えない。先頭の長刀鉾が到着する頃には、身動きがとれないほどになった。仕方なくカメラを頭上に持ち上げ、適当にシャッターを押して液晶画面で何をしているのか確認するほどであった。身動きのとれなくなった中国人の若い女性たちが、興奮して何か大声を上げていた。あちこちで、諍いもあったようだ。もし、また行く機会があったとしても、この場所には2度と行きたくない。汗だくになってこの人混みを抜け出し、三条通まで北上すると人垣が少なくなったので、ここで巡行してくる鉾や山を待つことにした。巡行は少し動いては駐まり、また動き出すという京都らしい動きである。天引水や破風には、西洋の模様などが見られ京都が受け継いできた美術の動く展示会といった趣である。また、綾傘鉾のように踊りをパフォーマンスする鉾もある。四条傘鉾のお囃子は、鉾には乗らず歩きながらのゆったりとしたテンポである。バックザックに入れていた EDIROL R-1 で録音を試みた。(左のプレイボタンをクリックすると囃子が聞こえてくるはずです) 次々とユニークな山や鉾が通り過ぎる。それぞれで伝統を守りながら新しいこともこころみているようだ。蟷螂山のからくり「かまきり」の羽が動くたびに観衆から歓声があがる。三条では23番目に巡行する船鉾を見たところで昼になり、もうこれ以上立っているのも限界近くになったので三条通商店街の中の洋食屋で大きなオムライスを食べた。
 久しぶりに歩き回り、大汗をかいた祭りであったが、メタボにはよいダイエットであった。宵山の朝から巡行の日の昼過ぎまで100円パーキングに駐めていたので、駐車料金が3900円もかかってしまった。もし、来年も行くとしたら、少し離れたところなら昼過ぎからでも十分駐車はできそうである。
 なお、写真はNikonD70に18-200mmVRレンズを着けていったが、このような祭りの撮影には広角から望遠までできるのでもってこいである。
  記事中の Play ボタンをクリックすると音が聞こえて来るはずです。ただし、mp3ファイルが再生される環境が必要です。

京都・奈良近辺私的観光地図に掲載

2007年5月30日

浜寺公園のバラ園

 前々から気になっていたのだが、臨海工業地帯の近くだし、あまりにも近いのでそのうちにと思っていた浜寺公園のバラ園に時期は少し遅いようだが行ってみることにした。車で15分ほどの距離だが、昼前だったので公園で昼にしようと途中のベーカリーでサンドイッチを家内が買い求めた。
クリックすると大きな写真になります  旧の国道26号線沿いの駐車場には、小学校の遠足だろうか観光バスが2台停まっていた。きっと交通遊園に行っているのだろう。海を埋め立てて工業用地を造成する前は、この公園は大阪湾に面していて、そのころは白砂青松の海浜であったはずだ。その名残で、フラットな芝生に松が広がっている。よく手入れされているのか、松くい虫の被害もあまりないようだ。戦後は、駐留軍の宿舎があったと記憶している。今は公園の横の運河は漕艇のコースとなっており、エイトの競技が行われたり大学ボート部の合宿場になっていたりしている。また、子供達をつれてきたことのある高い滑り台がついた大きなプールがあり夏には賑わう。
 ここのバラ園は思っていたより広く、池や築山・水車・休憩所となっている東屋などを配した大きな庭に赤・ピンク・黄色・白などの種々のバラが一面に咲いている。中には紫のバラもある。3年前の浜松花博では、珍しかった種である。イングリッシュ・ガーデン風の庭もあり、そこにはアーチがそこここにあり、蔓の誘引の仕方が参考になる。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります このバラ園は大阪府が管理する公園で入園は無料である。公園のベンチで買い求めたサンドイッチを頬張りながら周りを見ると、平日なので私たち夫婦と同じように熟年組みばかりである。どこにいっても、老齢化社会を実感するこの頃である。
泉北近辺私的観光地図に掲載

2007年5月13日

トロッコ列車

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  京都の娘の所に製作したベッドサイド・テーブルを届けるついでに、列車好きの孫とのつきあいもあってトロッコ列車に乗ることになった。娘の住まいに近い四条大宮から京福電鉄に乗った。孫は、運転席の真後ろで、線路を凝視していた。終点の嵐山から一つ手前の駅嵯峨で降りる。5分ほど歩くとJRの嵯峨嵐山に隣り合ってトロッコ嵯峨駅がある。このトロッコ列車は1時間に1本が運転されている。単線でトロッコ亀岡駅までを往復運転しているようだ。ちょうど亀岡行きが出発したところで50分くらい待たねばならない。そのような人が多いのか、駅はSLのミュージアムにもなっており、ホールにはD51はじめ5台のSLが機関車が陳列されていた。このトロッコ列車、人気があるようで、海外からのツアー客などで座席(全て指定)はすぐに売り切れ、立ち席で乗るお客もあったようだ。

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2007年4月18日

京都醍醐寺:葉桜ですが。

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 下の娘が京都で住むようになって、アッシーで京都に行く回数が増えている。荷物運びなどの用事が済めば、京都の名所を訪づれるのを家内が楽しみにしている。今回は、TVなどで桜のきれいな寺としてよく取り上げられる京都伏見にある醍醐寺に行ってみることにした。
 2007年4月15日(日)現在、ソメイヨシノは葉桜になっているが、満開の時には見事にちがいない。この時期は、むしろ鐘楼の傍に植わっているカエデの新緑がまぶしい。今年は新緑と桜がほとんど同じ時期になっているようだ。
 秀吉が花見用に秀吉好みらしい派手さで改築した三宝院とその庭は撮影禁止である。庭ぐらい撮ってもかまわないと思うのだが、監視員があちこちで目を光らしている。金堂の裏にまだ花をつけている大きな桜があり、その先の青空にはジェット雲が白い筋を引いていた。霊宝館の庭には、2本のボタン桜が満開であった。その傍らの花びらが散った芝生に、ムクドリ?が遊んでいた。
 醍醐寺は世界文化遺産になっているようだが、それにしても拝観料が高い。金堂と三宝院、霊宝館を巡ると1500円も取られる。また、駐車料金も2時間近くで700円も取られた。まあ、京都は車で行くところでないかもしれない。

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2007年3月18日

久しぶりの京都:金閣寺など

 二転三転あったが、下の娘が京都で仕事のために一人住まいすることになった。アッシーを頼まれたので久しぶりに京都を訪れた。
 決めた住まいの近くに、新撰組で有名な壬生寺がある。土曜日だが京都の寺としては、参拝客は少ない方だ。新撰組で有名なだけで、緑も少ない。むしろ、新撰組の屯所跡や周りの住宅・和菓子舗なんかの方が趣がある。

 四条大宮の不動産屋での手続きを済ませて昼食を求めに四条烏丸や河原町あたりを車でながしたが、駐車場を探しに時間を費やしただけだった。結局京都市役所前の地下駐車場にようやく車を停めて、三条通商店街の中の「彦左衛門」という古い料亭旅館を改造した和室の焼き肉屋(?)でランチを摂った。そこから、駐車場に戻る間に、あの有名な本能寺がある。ここも、繁華街の中にあるせいか訪れる人もまばらである。むしろ、多くの画廊がある寺町通りの方が面白そうである。いずれゆっくり来たいものだ。

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