2008年7月 5日

二上山・万葉の森のあじさい

クリックすると大きな写真になります 友に、蜻蛉池公園のあじさいとは、また違ったあじさいが味わえると教わった二上山のあじさいを見に行った。
 左の写真のように、あじさいは登山道脇の樹々の根元あたりに植栽されている。朝7時過ぎの早朝だが、土曜日のせいかそれとも平日でもそうなのか、挨拶を交わすのはもう登山をすませて下りてくる熟年族だ。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 後期高齢者にとってはちょっとこたえる雌岳頂上への坂道の両側に、あじさいはずっと続く。
 ガクアジサイが多いようだ。ボール状のあじさい(ヒメアジサイ)は、濃紺のものが多い。
 ガクアジサイに小さな蝶に似たきれいな蛾が羽を広げていたが、もう少しいい角度からと思ったときは飛び去っていた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 登山道脇に、釣り鐘状のホタルブクロが咲いていた。ササユリも咲くようだが、「持って帰るな!」という看板ばかりで、肝心の花は見あたらなかった。
 家内が沢山の赤い実をつけたヒメリンゴの木を見つけた。


クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります ゆっくりゆっくり歩いて雌岳の頂上までは、50分くらいである。頂上の看板脇につけられた寒暖計は、25℃を指していた。
 頂上の広場には、ロータリークラブ寄贈の石の日時計がしつらえられている。時計は辰の刻朝の8時ころだ。
 この山は万葉の森というだけあって、あちらこちらに万葉集の歌板がある。
 今朝は少々蒸し暑かったが、この山は来るたびに、途中で見かけた莫山の文句のような気分になるのかもしれない。




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2008年6月18日

柳生の里に行ってみた

 6月15日(父の日)、家内が珍しくどこかにでかけようと言う。そういえば平日は孫の世話に明け暮れて、ちょっとした所に出かける回数も減っている。

 「奈良 ゆとりの旅」という旅行ガイドに、「柳生花しょうぶ園」のショウブがちょうど見ごろということで、人出覚悟でドライブすることにした。カーナビに行き先を設定すると1時間ちょっとでいけるようである。カーナビが指示する西名阪道路の福住出口からの道は結構狭くて途中少し迷ったが、11時過ぎには到着した。途中のコンビニでも寄って弁当でも買うつもりだったが、曲がりくねった山道にはそんな店は一軒もなかった。

DSC_9393.JPGDSC_9363.JPG 予想通り、「花しょうぶ園」は、熟年族で賑わっていた。あとから分かったことだが奈良からは道も良く、観光バスも楽に入れるようだ。市営駐車場という看板につられて 650 円も出して車を駐めたが、これもあとから分かったことだが「花しょうぶ園」の駐車場は無料である。

 人出の多さを除けば、柳生の里はのどかな風景である。きっとこのような「花しょうぶ園」でも作って目玉を作らないとツーリストは余り来ないのかもしれないと勘ぐった。

DSC_9455.JPGDSC_9432.JPG  市営駐車場を中心に、柳生家ゆかりの史跡が保存されている。旧柳生藩家老屋敷の客間や縁側に、小鳥のさえずりでも聴きながら、ぼーっと座り込みたい感じである。非公開だが、柳生家分家の屋敷は、頑丈な石垣の上に残っている。
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2008年3月10日

晩冬の仁和寺

 娘から頼まれたシューズラックを届けた午後、ようやく空も春めいてきたので仁和寺に行ってみることにした。仁和寺といえば、「徒然草」御室の桜がすぐに思い浮かぶが、この時期広い境内で見た花は書院の庭に咲くピンク色の小さな梅と宸殿の北庭に配された馬酔木の白い花だけであった。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  双岡を背景とするこの寺は、真言宗御室派総本山というだけあって非常に広大である。中門から金堂への参詣道の左側には、京都で最も晩く咲くという背の低い御室桜がぎっしりと植わっている。蕾はまだまだ固いが、4月の終わりにはきっと素晴らしい花見ができるにちがいない。昨年は醍醐寺に行ったが、今年はもう一度ここを訪ねてみたいものだ。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 拝観に一人500円とられる「仁和寺御殿」は、宸殿・黒書院・白書院の広い縁で巡っていく。午後の暖かな日差しを浴びて、広い縁に座り込むと心が癒されるようだ。いつの季節でもいいようにつくってあるんですね。拝観券の裏に、仁和寺御殿について以下のような案内がある。

 御殿と呼ばれれているところで、宸殿を中心にして、左側に白書院・黒書院があり、北に池泉の北庭と、南に白砂と杉松の簡素な枯山水の南庭がある。左近の桜、右近の橘も植えられている。仁和寺再興の際(江戸初期)、京都御所の常御殿(おつねごでん)を移築したものであったが、明治20年(1887)火災のため焼失した。その後、明治から大正期にかけて、当時の最高の材と技術をもって建築された。


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2007年12月19日

師走半ばの京都、知恩院と錦市場

 寒くなってきたので、京都に住む娘がこたつを持ってきて欲しいとアッシーを頼まれた。この時期、京都では特別のイベントもないので、日帰りをすることにした。
 しかし、せっかく京都に来たので、日曜日だったが知恩院と師走の京都の雰囲気を味わいに錦市場に寄ってから、帰ることにした。京都に車できたときの問題は駐車場である。紅葉の時期はもうすでに終わっているし、年末にはまだ間があるので、知恩院の駐車場は空いていたが、2時間程で700円も取られた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 方丈庭園の奥に、浄土宗を保護したとかで徳川家康・秀忠・家光3代の霊が祀られた権現堂という建物があり、「千姫」の墓もある。つい2日ほど前に、日光東照宮に行って権現さんに詣ってきてところだ。なにか、この12月は家康づいている。この権現堂と方丈庭園との境になっている白壁塀の屋根に、楓の枯れ葉が赤い縞模様をつくっていた。この権現堂横の山亭からは、京都の市街地が一望できる。どこかの政治団体か何かの街宣車からボリューム一杯の騒音が聞こえてくるのが風情を壊していたが。山亭の楓はまだ色を少し残しており、初冬の陽に鮮やかだった。

クリックすると大きな写真になります  知恩院の印象は、大晦日NHK「ゆく年くる年」で、僧侶が仰向けにぶら下がるようにして除夜の鐘を撞く様が鮮明である。除夜の鐘の準備をするのか、青銅色の鐘のよこには鉄パイプの足場が組まれていた。

クリックすると大きな写真になります  御池通の地下駐車場に車を駐めて、堺町通を下りると錦市場の西端くらいと交差する。ここは、人が一杯である。でもよく見るとどうやら観光客がほとんどのようである。日曜日のせいなのかもしれない。あるいは、京都庶民の市場ではなくなって、観光名所に変わってきているのかもしれない。土産に買いやすい漬け物屋と佃煮屋が賑わっていた。私たちもやっぱり京漬け物とシジミの佃煮を求めた。結構美味しくはあったが。

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2007年12月17日

隠居、初冬の日光に感激!

 10月に参加した東京で単身生活を過ごした3年間に得た友達とのゴルフ・コンペで、思いもかけず優勝してしまった。ゴルフをされる方はご存知と思うが、このようなプライベート・コンペでは優勝するとわずばかりの賞品をもらう代わりに、次回のコンペの幹事をしなくてはならない。熊谷にあるこのコースが参加者に評判が良かったので、今回も同じコースですることになった。

 大阪からなので、2回に1回くらいの参加にしたいと思っていたが、連続で参加せざるを得なくなってしまった。前回の遠征で味をしめていたので、今回も久喜に住む友人にプレー翌日名所めぐりの案内を厚かましくお願いすると、今回は平日なので日光まで連れて行ってやろうと言ってくれた。前から一度は行きたいと思っていた所なので、一もなく二もなく甘えることにした。

 ゴルフ当日は朝から冷たい雨が降っていたが幸いにも10時すぎにあがり、降られずにプレーすることができた。翌朝、友人は約束の時間よりも30分ほど早くホテルに迎えに来てくれた。

 カーナビで事故を知らせる国道125号を迂回して羽生インターチェンジで東北道へ。宇都宮インターチェンジで日光宇都宮道路に乗り換え日光インターチェンジで降り、東照宮には約1時間で着いた。「日光見ずして結構というなかれ」と言われているので関東の方は大抵参詣されているようだが、関西の人間は修学旅行でも行かなければなかなか機会がない。関西では、家康より秀吉なのだ。

クリックすると大きな写真になります 昨晩は19番ホールでいささか度を過ごしたので、踏み石に1枚石が使われている奥社への参道石段を登るのがきつい。その踏み石の幅は2mほどもある。徳川の威光を示すためと思ったが、Web でサーチすると寒さの厳しい日光では霜柱で浮き上がってこないように重く大きな石が必要ということが理由のようだ。いずれにしても多くの民が狩り出されたに違いない。

 有名な「鳴竜」のある薬師堂の出口で、2週間前に神戸であった友人が夫婦ツアー旅行中とかでばったり出会った。全くの奇遇である。家康の思し召しだろうか。

クリックすると大きな写真になります 東照宮から「日本の道100選」にも名前を連ねている「いろは坂」を経て中禅寺湖に向かった。昨日の雨は、このあたりではどうやら雪だったらしい。除雪された雪が道路脇に残っている。友人は今日のためにスタッドレスタイヤに履き替えた4Wで、中禅寺湖の眺望が良いという明智平へ向かってくれたが、道は積雪のため既に閉鎖されていた。

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 友人はスタッドレスタイヤの威力を試したいと、雪道を求めて戦場ヶ原から湯ノ湖へ車を走らせた。期待通り、湯ノ湖に近づくにつれて道が白くなった。雪景色の湖畔レストランで少し早かったが昼食をとった。名物の「ゆば入りそば」はもうひとつだったが、景色は最高である。平日で雪が降ったりして観光客が少ないのも幸いした。近くの「湯滝」への駐車場(冬季で無料)への道は、真っ白だ。スタッドレスタイヤに4Wは、普通の道を走るのと変わらない。関西ではあまり機会がないが、私も履き替えたくなってきた。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 今回の初冬の日光ドライブは、滝巡りでもあった。誰とも会わなかった湯滝は、湯ノ湖から流れ落ちるミズナラの木に囲まれた小さな滝だ。湯ノ湖から中禅寺湖へ流れる湯ノ川の川下にある「竜頭(りゅうず)ノ滝」は、滝沿いを散策したほうがいいらしいが、積雪の道はしんどいだろう。新緑のころなら歩いてみたい。
 もう一つの滝は、言わずと知れた華厳滝である。18歳の旧制一高生であった藤村操が巌頭之感という文をミズナラの木を削って書き残し自殺したのは、100年以上も前のことだ。滝壷近くの観爆台には、530円を払ってエレベータで下りるが、乗り合わせたのは中国人の団体だった。世の中、どんどん変化してる。

クリックすると大きな写真になります 早割で予約した飛行機の時間にはまだ十分時間があったので、友人は日光杉が立ち並ぶ国道は珍しかろうと栃木まで「例弊使街道」を走ってくれた。昔の街道一杯にトラックも走っているので、停車して写真を撮ることはできない。フロントガラスを通して夢中でシャッターを切った。杉並木が延々と続く素晴らしい街道である。先の「日本の道100選」にもある日光街道の一部である。

 気の置けない友人の案内兼運転のおかげで、心に残る一日となった。帰りの飛行機は単身赴任族の帰省か満席であったが、満足感に浸りながら家路についた。多謝!

クリックするとGoogle Map になります左の図をクリックするとGoogle Map による日光周辺地図がでます。




2007年11月15日

隠居、高野山の紅葉に遊ぶ

 今年は、紅葉狩りにどこへも出かけていない。11月14日、朝起きると天気予報通り小春日和だったので、急遽高野山に車を走らせることにした。毎日が日曜日の特権である。
 近くの生鮮食料スーパーで弁当(寿司)を求め、出発したのは10時過ぎ。高野山には何回か車で行ったことがあるが、コースが分かるか覚束ない。カーナビで高野山金剛峯寺をセットした。予想到着時間は昼頃になっている。道路標識には従わず、カーナビの案内通り走るととんでもない道に迷い込んでしまった。橋本から先は国道とは名ばかりで1車線しかない区間が渓谷沿いに続く。渓谷のところどころの紅葉は写真に撮りたいが、停車する余裕はない。前から中型のトラック(大型のトラックやバスは通れる道ではない。)でも来ようものなら離合が大変である。私のカーナビ(トヨタの純正)は、以前から裏道的な細い道が好きなようだ。急遽行くことにしたので、良く調べずに出かけたのが失敗だった。あとから、web search してみると、この酷道371号線の悪名は高いようである。
 なんとか高野山の金剛峯寺に着いた。総本山前の駐車場は、観光バスも数台駐まっており満車である。そこから100mほど離れたところの第2駐車場へ行くとがら空きである。少しして分かったことであるが、車を駐めるところは沢山あり無料である。なんとなく得をした気分になった。
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 紅葉を求めて近辺を歩いて回った。本山前の駐車場横に立っているイチョウが、青空を背景に真っ黄色である。総本山の山門入り口への階段には、楓が赤と黄色で染まっていた。霊宝館の入り口横の庭は、舞落ちたイチョウの枯れ葉で黄色い絨毯のようであったが、上を見上げると真っ赤な楓の向こうに青空が広がっていた。
 高野山が世界遺産に登録されたのは2004年7月のようであるが、昔来たときよりもなんとなく整備され掃除も行き届いているようである。駐車場が無料になっているのも、そのせいかもしれない。常喜院から金堂に続く参詣道は、特に紅葉が美しく、絶好の撮影スポットになっている。天気がよくポカポカ陽気のせいか、みんなの顔がほころんでいるように見えた。 
 時間があれば龍神温泉に行って風呂でも入ってこようと欲張っていたのだが、帰りがカーブが続く夜道を走ることになるんではないかと早々に帰途についた。帰り道は、バスでも走れる九度山回りの道を下ったが、それでも観光バスを先頭にノロノロ運転となった。

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2007年10月27日

初秋の大山崎山荘美術館

 10月22日に開催された時代祭見物の前日、京都に向かう途中、アサヒビールが運営する大山崎山荘美術館を訪ねることにした。昨年、家内が娘に連れられて行って印象が良かったようである。一応建築家の端くれの娘は、安藤忠雄の作品を見たかったのだと思う。
 インターネット・サーチすると美術館には駐車場は無く、JR東海道本線の山崎駅近くにある町営駐車場を利用して欲しいとの案内に従って、駅から急な坂道を登った。
 爽やかな秋日和で日曜日なので、こんな小さな美術館でも結構な人出である。ただ、もちろん若い家族連れはいない。こういうところはどこへ行っても老年夫婦が多いが、ここはデートスポットらしく若いカップルも多い。
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 大山崎山荘美術館は文字通り、本館は実業家加賀正太郎が自らの山荘として設計、建てたもので、山荘は大正時代に木造で建てられたのち、昭和初期に増築されたということである。この本館2階のオープンカフェでは京都と大阪の境あたりの眺望を見ながら、コーヒとケーキを楽しむことができる。車でなければビールを飲みたいところだ。
 モネの絵画が展示されている新館は、安藤忠雄の設計で例によってコンクリート打ち放しの廊下から地中に潜るようになっている。展示されている陶磁器とか絵画などの値打ちはよく分からないが、無料で入れる庭園はよく手入れがされており、紅葉には少し早かったが心落ち着く風情であった。庭園には、とんぼや蝶が飛来している。

「京都・奈良私的観光地図」に掲載

2007年10月23日

隠居、時代祭を楽しむ

 家内が時代祭にかこつけて、しばらく家に帰ってこない娘の世話をしに京都に行くというので、アッシーをすることにした。この7月に見に行った祇園祭も初めてだったし、時代祭も初めてである。60何年間か人出の多いところが嫌いで行くことがなかったのに、この歳になってどちらも見物である。毎日が日曜日ということもあるが、娘が京都に住まいしなければ死ぬまで見物することはなかっただろう。
 娘が京都の人から聞いた話では、見るところはなんと言っても御所がある京都御苑が一番いいらしい。車を二条城の駐車場に駐めて、京都御苑まで歩いた。この時代祭は、毎年10月22日に行われるようだ。(雨天の場合は順延されるらしい。) 桓武天皇が長岡京から都を移し新しい都に入ったとされる日、すなわち京都の誕生日とも言える日が10月22日だからだそうだ。幸い、空に鰯雲が浮かんで絶好の秋日和である。京都御苑には、時代行列が平安神宮に向かって出発する正午までまだ2時間以上前に着いた。
 しかし、既にTV放映用の巨大な移動車が駐まっていたり、TVカメラ用のやぐらが組まれていたりする。行列は御所建礼門前を出発し堺町御門から市中に出るようだが、建礼門からのまっすぐの砂利道の両脇には招待席と有料観覧席(2000円)の折りたたみ椅子が並んでいる。有料観覧席は要するに、ツアー客の場所取り料である。その先の堺町御門へカーブするあたりに、報道カメラマンが脚立を並べている。どうやら、そのあたりが絶好の撮影ポイントらしい。なるほど下ってくる隊列の向こうに御所の建物が見える。その脚立群と仕切りのロープとの間は、もうアマチュア・カメラマンが三脚を立てていた。この隙間に潜り込ませてもらった。太陽が直接照りつけるので、家内は木陰がある場所に座り込んだ。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります そうこうしているうちに、行列に参加する時代装束をまとった人たちや馬などが三々五々堺町御門から入ってきた。平安神宮から、ここに移ってきているらしい。12時前になると置いてあった脚立に、次々と各社のカメラマンが大きなカメラを持って登ってきた。12時になると京都市のイベント紹介パレードを先頭に、行列がゆっくりと御所建礼門前から出発してきた。プロのカメラマン達は写真を撮って記事用に送る隊列はほぼ決めているらしく、安土桃山時代の牛車あたりと今年から始まった「室町時代列」で盛んにシャッターを切っていた。夕刊に間に合わすためか、脚立の上でノートブックのパソコンを取り出し、ケイタイで繋いで写真を送っているようだった。
 朝10時前から1時半くらいまで立ちつくすとさすがにくたびれてきたので、行列の途中だったが失礼することにした。見る方も大変だが、慣れない装束を付けて隊列を組んで歩く人たちはもっと大変だろう。家内が座り込んだ隣の京都の人の話では、隊列は小学校の校区毎に割り当てられるのだそうだ。それでなくとも京都はお祭りが多そうだ。京都市内に住むには、それなりの覚悟がいるだろう。
 遅い昼食を名神の京都南インターチェンジ近くの蕎麦屋で摂った。腹が減ったいたためか、むやみに美味かった。
 時代祭の詳細については、京都新聞のサイトなどインターネットで検索すると詳しく出てくる。

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2007年8月19日

真夏の東山東福寺

 五山の送り火を見た翌朝、折角京都に来たので臨済宗の大本山、東山の東福寺を訪れた。開門9時に到着、生垣を掃除していた人に駐車場の場所を尋ねたところ、境内の中の禅堂前スペースに停めてもいいらしい。無料である。紅葉で有名なこの寺には、こんな暑い真夏に訪れる人は少ないらしい。朝9時というのに、気温は30度を超えている。駐車場は無料だが、紅葉で有名な通天橋から開山堂への拝観と方丈の庭を見るには、別々の拝観料(各400円)が必要である。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 通天橋から開山堂への廊下両側は楓がほとんどなので、紅葉の時期には見事に違いない。真夏の太陽が照りつける開山堂前の庭は枯山水と池のある庭とが同居している。


クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 僧侶の住居である方丈も拝観した。真夏の太陽に、苔も赤茶けていた。拝観料を徴収しているおばさんの話では、今の時期でも雨の後は綺麗らしい。廊下に腰掛けたまま南庭の枯山水を眺めている人が多い。よい涼みである。方丈を出て、三門あたりをぶらつくと三門の向こうの夏空にジェット雲が筋を描いていた。そばの蓮池ににはシオヤトンボが花の時期が終わった蓮に止まっていた。
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2007年8月18日

五山送り火:左大文字撮影失敗の巻

 娘の単身マンション・ベランダから五山の送り火(mapを参照がよく見えると大家さんが勧めるので、16日夕方から出かけることにした。この送り火は、NHKが総合TVで特集を組んでいるので録画をセットしておいた。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 昼間でも左大文字は火床になっている部分が「大」の字で見える。その方向に向かって安物の頼りない三脚をセットした。夕食を近くのリーズナブルで美味しい中華料理店で済ませ、8時を待った。2007年8月16日、京都に向かう車の社外気温計が40度を超えていたほど熱かったので、陽が沈んでも9階のベランダは風もなく蒸し蒸しする。近くのマンションのベランダにも人影が見える。8時に点火される右大文字は、大きなビルディングの陰になって見えない。8時15分頃、左大文字、舟形あたりが明るくなった。NikonD70にTAMRON25-300mmをつけて、いっぱいに伸ばし露出時間で3秒(あとで分かったのだが13秒だった)を設定した。ファインダーを覗くが、雲台が良くないのでいい構図が決められない。それに、手前の立命館大学の教室と思われる照明が邪魔だ。京都タワーも照明を落とすというのに、大学は無頓着なんだろうか。右隣の舟形も間にビルが入って舟形の底部分が切れる。四条通の西の方に、ビルの間から鳥居形の一部が見えるが、これは撮影できない。京都市の景観条例も住んでいない人間は大賛成だ。
 翌日、堺に帰ってNHKの放送録画を見た。どうやら、5つの送り火全てを見る場所はないようだ。写真撮影のスポットは鴨川べりとか広沢池がいいようだが、すごい人出のようなのでカメラを担いではちょっと行く気がしない。
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2007年8月 6日

嵐山大覚寺

 祇園祭に宵山の日(7月16日)早朝から出かけたが、鉾や山の提灯に火が入るまでには時間があったので、四条大宮から京福線嵐山電車に乗って嵐山方面に出かけることにした。嵐山駅の大覚寺の蓮の花のポスターにつられて大覚寺まで散策してみることにした。嵐山駅から歩いて20分ほどかかるが、この日梅雨の晴れ間で快晴となり大汗をかいた。お寺には、大きな駐車場があるので車でくるべきだったかなと後悔したりした。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  駅から大覚寺へは天竜寺の垣根の横を通る。この青木(?)の垣根にカタツムリが這っているのを家内が見つけた。そう言えば、近年カタツムリを見ることはなかった。トロッコ列車の踏切を越えて少し上っていくと清涼寺というお寺に出会う。暑かったので名前に惹かれて境内へ入ってみた。広大なお寺である。この寺の側道を行くと行列ができている豆腐屋(嵯峨豆腐森嘉)があった。きっと美味しいに違いない。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  真言宗大覚寺は、醍醐寺三宝院と違ってほとんどは撮影OKである。狩野山楽や渡辺始興などが描いたされる襖絵がなかなか面白い。中でも渡辺始興が描いたとされる小動物はなかなか可愛い。
 嵐山駅のポスターにある蓮の花は大沢池に咲いているが、期待ほどではなかった。蓮の蕾にシオカラトンボがとまっていた。
 帰りは、大覚寺から出ている四条河原町行きの市バスに乗った。祇園祭での交通規制のせいか四条通でノロノロ運転となった。京都は、バスと自転車が多い町という印象である。
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2007年7月19日

隠居、祇園祭でダイエット

 近くにいながら混雑する場所が嫌いで行かなかった祇園祭に家内に誘われて出かけることにした。娘が京都で住むようになったのがきっかけである。車の混雑を恐れて宵山の朝8時に家を出ると意外に車は少なく、いつもの休日よりも早くついた。宵山まで時間があるので、京都に来たついでに嵐山電車にのって嵐山方面に行ってみることにした。結局、大覚寺に行ったのであるが、ここでの写真などは別にエントリーをしようと思う。
クリックすると大きな写真になります 京福電鉄嵐山から大覚寺まで暑い中を歩いたりしたので(帰りはバスに乗ったが)少し疲れて、中越沖地震のニュースなどを見ている間に眠ってしまった。夕方6時前烏丸まで阪急電車に乗り、提灯に火が入った鉾と山を順次見ながら大宮まで引き返すことにした。途中に良さそうな店があれば、夕食をしようという魂胆である。やっぱりというか予想以上というか、時に小雨がぱらつく中、大変な人出であった。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 鉾と山は、四条通を中心に東西は堀川通と烏丸通、南北は姉小路通と高辻通に囲まれる区域に23の山と9つの鉾が組み上げられている。この区域のほとんどは宵山の時間は、歩行者天国となっている。烏丸通りには、全国から集まった思える屋台がぎっしり並んでいて、若い男女を中心に大変なにぎわいである。外国人の姿も多く見られ、彼ら彼女らも舟に入ったたこ焼きを頬張っていたりする。女性の浴衣姿が多く、若い男性の浴衣姿も結構多い。その割に、熟年組はTシャツに綿パンが圧倒的だ。山や鉾の展示と同時に、浴衣やうちわ・下駄など京都らしい品物を売る近くの商店が表で安売りをしていたりする。また、レストランも表に屋台を出していたりする。それらを買ったり食べたりするのも宵山の楽しみの一つのようだ。鉾と山が展示されている地域ではどこのレストランも満員で、結局四条大宮近くのいつもの中華料理店で遅い夕食を摂った。蒸し暑い雑踏の中を歩き回ったので生ビールが胃に滲みた。


クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 翌朝、人気のない鉾と山を見ようと散歩を兼ねて同じような場所を見て回った。提灯も外してあり、雨よけにビニールが被せてあったりするが、近くまで寄ることができるので、破風や天水引の彫刻や絨毯を間近に見ることができる。鉾の周りには、朝6時過ぎというのにもう巡行の用意に人が集まっていた。 朝食をして、仕事に出かける娘と別れ、河原町四条へ出た。辻まわしが行われる四条河原町の交差点は、もう超満員である。人垣で交差点の路面は見えない。先頭の長刀鉾が到着する頃には、身動きがとれないほどになった。仕方なくカメラを頭上に持ち上げ、適当にシャッターを押して液晶画面で何をしているのか確認するほどであった。身動きのとれなくなった中国人の若い女性たちが、興奮して何か大声を上げていた。あちこちで、諍いもあったようだ。もし、また行く機会があったとしても、この場所には2度と行きたくない。汗だくになってこの人混みを抜け出し、三条通まで北上すると人垣が少なくなったので、ここで巡行してくる鉾や山を待つことにした。巡行は少し動いては駐まり、また動き出すという京都らしい動きである。天引水や破風には、西洋の模様などが見られ京都が受け継いできた美術の動く展示会といった趣である。また、綾傘鉾のように踊りをパフォーマンスする鉾もある。四条傘鉾のお囃子は、鉾には乗らず歩きながらのゆったりとしたテンポである。バックザックに入れていた EDIROL R-1 で録音を試みた。(左のプレイボタンをクリックすると囃子が聞こえてくるはずです) 次々とユニークな山や鉾が通り過ぎる。それぞれで伝統を守りながら新しいこともこころみているようだ。蟷螂山のからくり「かまきり」の羽が動くたびに観衆から歓声があがる。三条では23番目に巡行する船鉾を見たところで昼になり、もうこれ以上立っているのも限界近くになったので三条通商店街の中の洋食屋で大きなオムライスを食べた。
 久しぶりに歩き回り、大汗をかいた祭りであったが、メタボにはよいダイエットであった。宵山の朝から巡行の日の昼過ぎまで100円パーキングに駐めていたので、駐車料金が3900円もかかってしまった。もし、来年も行くとしたら、少し離れたところなら昼過ぎからでも十分駐車はできそうである。
 なお、写真はNikonD70に18-200mmVRレンズを着けていったが、このような祭りの撮影には広角から望遠までできるのでもってこいである。
  記事中の Play ボタンをクリックすると音が聞こえて来るはずです。ただし、mp3ファイルが再生される環境が必要です。

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2007年5月30日

浜寺公園のバラ園

 前々から気になっていたのだが、臨海工業地帯の近くだし、あまりにも近いのでそのうちにと思っていた浜寺公園のバラ園に時期は少し遅いようだが行ってみることにした。車で15分ほどの距離だが、昼前だったので公園で昼にしようと途中のベーカリーでサンドイッチを家内が買い求めた。
クリックすると大きな写真になります  旧の国道26号線沿いの駐車場には、小学校の遠足だろうか観光バスが2台停まっていた。きっと交通遊園に行っているのだろう。海を埋め立てて工業用地を造成する前は、この公園は大阪湾に面していて、そのころは白砂青松の海浜であったはずだ。その名残で、フラットな芝生に松が広がっている。よく手入れされているのか、松くい虫の被害もあまりないようだ。戦後は、駐留軍の宿舎があったと記憶している。今は公園の横の運河は漕艇のコースとなっており、エイトの競技が行われたり大学ボート部の合宿場になっていたりしている。また、子供達をつれてきたことのある高い滑り台がついた大きなプールがあり夏には賑わう。
 ここのバラ園は思っていたより広く、池や築山・水車・休憩所となっている東屋などを配した大きな庭に赤・ピンク・黄色・白などの種々のバラが一面に咲いている。中には紫のバラもある。3年前の浜松花博では、珍しかった種である。イングリッシュ・ガーデン風の庭もあり、そこにはアーチがそこここにあり、蔓の誘引の仕方が参考になる。
クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります このバラ園は大阪府が管理する公園で入園は無料である。公園のベンチで買い求めたサンドイッチを頬張りながら周りを見ると、平日なので私たち夫婦と同じように熟年組みばかりである。どこにいっても、老齢化社会を実感するこの頃である。
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2007年5月13日

トロッコ列車

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります  京都の娘の所に製作したベッドサイド・テーブルを届けるついでに、列車好きの孫とのつきあいもあってトロッコ列車に乗ることになった。娘の住まいに近い四条大宮から京福電鉄に乗った。孫は、運転席の真後ろで、線路を凝視していた。終点の嵐山から一つ手前の駅嵯峨で降りる。5分ほど歩くとJRの嵯峨嵐山に隣り合ってトロッコ嵯峨駅がある。このトロッコ列車は1時間に1本が運転されている。単線でトロッコ亀岡駅までを往復運転しているようだ。ちょうど亀岡行きが出発したところで50分くらい待たねばならない。そのような人が多いのか、駅はSLのミュージアムにもなっており、ホールにはD51はじめ5台のSLが機関車が陳列されていた。このトロッコ列車、人気があるようで、海外からのツアー客などで座席(全て指定)はすぐに売り切れ、立ち席で乗るお客もあったようだ。

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2007年4月18日

京都醍醐寺:葉桜ですが。

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 下の娘が京都で住むようになって、アッシーで京都に行く回数が増えている。荷物運びなどの用事が済めば、京都の名所を訪づれるのを家内が楽しみにしている。今回は、TVなどで桜のきれいな寺としてよく取り上げられる京都伏見にある醍醐寺に行ってみることにした。
 2007年4月15日(日)現在、ソメイヨシノは葉桜になっているが、満開の時には見事にちがいない。この時期は、むしろ鐘楼の傍に植わっているカエデの新緑がまぶしい。今年は新緑と桜がほとんど同じ時期になっているようだ。
 秀吉が花見用に秀吉好みらしい派手さで改築した三宝院とその庭は撮影禁止である。庭ぐらい撮ってもかまわないと思うのだが、監視員があちこちで目を光らしている。金堂の裏にまだ花をつけている大きな桜があり、その先の青空にはジェット雲が白い筋を引いていた。霊宝館の庭には、2本のボタン桜が満開であった。その傍らの花びらが散った芝生に、ムクドリ?が遊んでいた。
 醍醐寺は世界文化遺産になっているようだが、それにしても拝観料が高い。金堂と三宝院、霊宝館を巡ると1500円も取られる。また、駐車料金も2時間近くで700円も取られた。まあ、京都は車で行くところでないかもしれない。

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2007年3月18日

久しぶりの京都:金閣寺など

 二転三転あったが、下の娘が京都で仕事のために一人住まいすることになった。アッシーを頼まれたので久しぶりに京都を訪れた。
 決めた住まいの近くに、新撰組で有名な壬生寺がある。土曜日だが京都の寺としては、参拝客は少ない方だ。新撰組で有名なだけで、緑も少ない。むしろ、新撰組の屯所跡や周りの住宅・和菓子舗なんかの方が趣がある。

 四条大宮の不動産屋での手続きを済ませて昼食を求めに四条烏丸や河原町あたりを車でながしたが、駐車場を探しに時間を費やしただけだった。結局京都市役所前の地下駐車場にようやく車を停めて、三条通商店街の中の「彦左衛門」という古い料亭旅館を改造した和室の焼き肉屋(?)でランチを摂った。そこから、駐車場に戻る間に、あの有名な本能寺がある。ここも、繁華街の中にあるせいか訪れる人もまばらである。むしろ、多くの画廊がある寺町通りの方が面白そうである。いずれゆっくり来たいものだ。

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2007年2月21日

二月:雪のない葛城山

 二月というのに冬の気配はない。ポカポカ陽気につられて、葛城山に行ってみることにした。泉北ニュータウン近くの金剛山とこの葛城山は大阪と奈良の境界にあり、頂上付近はいつもの年なら雪が積もるところである。雪景色を求めて登山する人も多い。今年は全く白くならない。
金剛山のロープウエイは大阪側にかかっているが、葛城山のロープウエイは奈良の御所市側にかかっている。ロープウエイの乗り場付近には人の気配はほとんどないが、1日千円の駐車場には数台の車が停まっていた。それにしても、この駐車場代めっちゃ高い。近鉄が管理するロープウエイに乗り合わせたのは、若いご夫婦1組だけであった。ロープウエイの頂上口から葛城山の頂上までは上り坂を少し歩かねばならない。この歩行だけで足がだるくなる。なんとも情けない体になったものだ。頂上からは春霞でかすんでいるが、金剛山方面を除いて300度くらいの眺望が開けている。万葉集などで有名な大和三山が畝傍山を中央に、右に天香具山、左には耳成山が見渡せる。
頂上付近の食堂には、何度も訪れていると思われる熟年族の登山者達が食事をしていた。こんなに暖かいので屋外の方が気持ちがいいと思うのだが、そこで暖かいものを摂るのが楽しみなのかもしれない。期待していった小鳥たちは、案内板に出ていたエナガをちらっと見かけただけでほとんど姿を見かけなかった。帰りに、ロープウエイ頂上駅の温度計を見ると5℃であった。下は、おそらく15℃は越えているから、それでも10℃は低いらしい。

「泉北近辺私的観光地図」に掲載

2006年12月 1日

泉北から近い紅葉の名所:河内長野観心寺

 紅葉の綺麗な時期も桜の花と同じように短い。野暮用で過ごしている間に、情報を得ていた泉北近辺の紅葉の名所に行きそびれた。11月30日、牛滝の大威徳寺を再訪したついでに河内長野の観心寺に車を走らせた。やっぱり盛りは過ぎていたが、牛滝より赤味が多く残っていた。
 大威徳寺は現在は天台宗だが、近世以前は真言・天台兼学寺院だったそうだ。この観心寺も真言宗である。そういえば、どちらの寺院も境内の造りが高野山の寺院に似ている。楓が多く植えられているのは共通しているのかもしれない。また、観心寺は楠木正成が若いときに過ごしたようだ。観心寺の方が敷地は広く、駐車は無料だが拝観料を300円とられる。梅の時期にもう一度訪れたい。
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泉北近辺私的観光地図に掲載

2006年11月20日

改訂:早春の鹿児島:Google Maps API に litebox を使う

 今年の3月に掲載した旅行記に使用した地図が Google の利用規約に触れるのではないかと気になりエントリーから削除していた。 新たに、 Google Maps API を利用して地図を全面的に作り変えてみた。この API の利用は、このようなエントリーを編集するには革命的なソフトであるが、ただ不満は今年の7月から使っている litebox-1.0 がうまく動作しないことであった。いろいろと試行してみたが、11月12日のエントリーに litebox-1.0 の JavaScript を取り入れてみるとうまく動作するようになった。下の地図のサイドバーのチェックボックスをクリックするとその地点にマーカーが現れる。をクリックすると写真が lightbox 的に現れるので試してみてください。理屈的にはよく分かっていませんが、このエントリーに使っている iframe のソース head 部分で、lightbox.ccs を呼んでくるときに、次のように media="screen" を加えると上手くいきました。ご関心がある方は、 iframe 内のソースを参照ください。
<link rel="stylesheet" href="http://xxxxxxxxxxxx/litebox/css/lightbox.css" type="text/css" media="screen"/>


 高校の修学旅行以来行ったことのなかった鹿児島に、2月末の日・月に家内とFlight&Driveした。鹿児島は私にとって47年ぶりであり、家内は初めてである。その当時は修学旅行専用列車で、24時間かかって西鹿児島まで行ったように思う。今回は、大阪空港7:50発に搭乗し、9時30分には空港近くで借りたレンタカーで国道504号線を走り出していた。鹿児島は車の方がバスや列車より便利なのか、空港近くには多くのレンタカー会社が沿道沿いにあり、利用者も多い。確かに、日曜日というのに道は空いており、ゆったりスイスイと走れた。
 昨秋のみちのくと異なり、季節のせいもあるかもしれないが、蘇鉄が街路樹として植えられている沿道の風景はどことなくのんびりとした風情であった。いつものように、細かいルートは決めず、北帰行前のツルを出水に見に行くことと指宿で温泉に入ることだけを最低限の目的にしていた。トラベル雑誌の地図は一応参考にするが、ルートは一般道を走るか高速道路を走るかといった設定だけであとはカーナビ任せである。カーナビのいいところは、おおよその到着地までの時間を教えてくれることである。都会と違って、渋滞が全くといってないから、予想到着時間は、ほぼ正確である。出水までの道(504→328号線)は、どこにでもあるような里山が続く田舎道であった。朝食が早かったので、早い昼食を出水市に入ったところの和風レストランで摂った。食事は家内がいつも地方色がでてリーズナブルなものを求めるので、店を選ぶのがなかなか難しい。この和風レストランで摂った黒豚のカツとじはなかなかであった。
 昼食を摂ったレストランの人の話では、「このごろの暖かさで昨日は数百羽が北帰行をした聞いている。もういないのではないか」というのでがっくりしながら、そこから10数キロ離れたツル観察センターに行ってみるとまだ沢山のナベヅルかマナヅルが、干拓地の田に群れていた。動物園くらいしかツルを見たことはなかったのでこれには驚いた。この地はもともとツルの飛来地だったのだが、麦などをあたえるようになったので、これだけ集まるらしい。ついでに、カラスもワシらしき鳥も餌を求めに来ている。どんよりと曇っていたのと時間が無かったので、4から5羽の群れで飛び立つ北帰行のような良い写真は撮れなかった。(ほんとの理由は技術だが。)出水市のツルの北帰行などの状況については、以下のサイトが詳しい。
http://www.city.izumi.kagoshima.jp/izumi08/izumi44.asp

 今日の宿休暇村指宿までは、東シナ海に面した海岸沿いを市来というところまで南下し、そこから南九州自動車道と指宿スカイラインのルートをカーナビに設定した。どんよりと曇った天候のせいもあるが、海岸沿いの道路は単調であった。それより、鉄道マニアの孫がいつもDVDで見ている肥薩オレンジ鉄道の線路がこの道路沿いに走っており、2時間ほどの間にオレンジ色の単車両の列車に2回出会った。旅行に出ていても、孫の話になるのは、やっぱりオジイチャン・オバアチャンなんですね。道の駅「阿久根」で求めた焼き芋と薩摩揚げは名物にうまいものなしというものの結構美味しく食した。  カーナビでは、南九州自動車道は市来からであったが、手前の串木野というところまで延びてきていた。最近の道路行政のせいか、それよりも北へ伸ばす計画だったらしく橋脚の上に道路ができあがった状態で工事を中断しているようであった。
 指宿スカイラインは、錦江湾を望む山を切り開いて造られた道であり、途中に造られたいくつかの展望台では錦江湾(鹿児島湾)から写真のように桜島が見渡せる。
スカイラインから指宿に下る途中にはかの知覧がある。朝からの運転に少し疲れていたこともあり、宿にいって早く風呂に入りビールを飲みたかったこともあって、翌日に訪問することにした。
 休暇村は乳頭温泉郷でもそうであったが、その観光地の中心的な場所から離れている。休暇村指宿は、開設されたのはいつか分からないが随分古ぼけていた。砂風呂もどうも天然ではないようだ。(入っていないので分からないが) リーズナブルな料金から言って、こんなもんでしょうと家内からは窘められた。それでも、波の音を聞きながらの露天風呂は格別であった。お湯を少し口に含んでみると海の近くの温泉らしく、ナトリュームの味がした。食事は、選択していた黒豚のしゃぶしゃぶとオプションのキビナゴの刺身を食べた。量は随分多かったが、やわらかくてしつこくなく全部食べてしまった。錦江湾にあがる朝日がきれいとのインフォメーションがあったので、日の出を期待したが、残念ながら曇天の雲で見ることはできなかった。
 2日目のカーナビ設定は、開聞岳→枕崎→知覧武家屋敷跡→鹿児島中央駅→空港という順にした。朝早くは曇っていたが、日が高くなるにつれて快晴となった。
 菜の花畑から開聞岳(薩摩富士)を見るというスポットを求めてうろうろしたが、結局見つからなかった。見つからなかったが、被写体はどちらもしっかり撮ったので合成写真にした。頭の中では、マルチデイメンジョンでこのような景色を見ている。
 開聞岳から枕崎に向かう国道226号線(南薩摩路)沿いに有名な「さつま白波」の工場があった。昔からこんなに綺麗な工場だったのだろうか。芋焼酎ブームに乗って、きっと見学者が多いのだと思う。
 枕崎漁港にある「お魚センター」では、カツオやマグロの腹皮、鰹節が現地の産物といった感じであったが、あとは大阪のスーパーでも手にはいるようなものばかりであった。八戸の八食センターにはとても及ばない。漁港に泊まっている船の上で、魚を発送するのかコンテナの魚を移し換えていた。高級料亭にでも持って行くのであろうか、ずいぶん大きなヒラメや鯛が見えた。
 岸壁に駐車している間に車内は高温となっており、走り出すと24度に設定したエアコンから冷風が流れてきた。
 枕崎から知覧への道は、ゆるやかな丘陵地帯に茶畑が続いている。なんとなくのんびりとした豊かさを感じる地域である。このようなところで、若き青年たちは死を覚悟しながら過ごしていたのだろうか。特攻平和会館が近づくにつれ、沿道の歩道には石の灯篭が整然と並んでいた。美しい町並みである。
 知覧の武家屋敷跡は、秋田角館の屋敷跡と異なって、7軒の比較的小さな庭園が公開されている。この7軒を含む街道沿いの垣根は美しく手入れがされていた。それぞれの庭園には春を告げる花々が咲いていた。一軒の屋敷にはお嬢さんがお住まいなのか、縁側に続く部屋にはひな人形が飾られていた。
 武家屋敷の庭園で撮った花は、別のエントリーに、Flash Album で掲載した。
 帰りの搭乗時間までは時間があったので、遅い昼食がてら鹿児島中央