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2008年6月12日

読書日記「中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす」(遠藤 誉著、日経BP社)


 チベットでの反政府デモ、それに続く聖火リレー騒動、四川大地震への対応など、連日中国をめぐるニュースが絶えない。それを見聞きするたびに、隣の大国のことをちっとも分かっていなかった自分に気付くことが多くなっている。

 このブログでも紹介した「あの戦争から遠く離れて」という本でも、著者の城戸久枝さんは中国に留学中に「日本鬼子」(日本人を蔑視する言葉)を何度も投げかけられた、と書いている。それほど、現在の中国では愛国運動の相似形としての反日教育が徹底しているのに、改めて驚かさされたのを思い出す。

 そして「中国動漫新人類」の著者は、中国の若者たちに広がる日本製アニメとマンガの威力を詳細なルポで示してくれる。そこには、これまで思いもよらなかった事実が明らかにされている。

 中国語では、アニメと漫画をひとくくりにして「動漫」と呼ぶ。そして、いまの中国の若者たちは「日本動漫大好き!」人間で、それと反日教育で刻み込まれた「日本許しまじ!」というという一見矛盾したふたつの感情が心のなかに共存している、という。さらに彼ら新人類は「これまでの中国の政治体制や文化のあり方を大きく変える力を持っている」。著者は、こんな大胆な予測までしてくれる。

 著者・遠藤 誉さんは、2児の母であり、孫も2人ある66歳の元物理学者。中国で生まれ、7歳の時に毛沢東率いる共産党軍と蒋介石の国民党軍との内戦に巻き込まれる。長春の街で死体の上で野宿するという異常な体験をし、一時記憶喪失になりながら帰国。筑波大学などで長年、教鞭を取っていたが、幼い時の中国での体験を生かしたいと、中国や日本で中国人留学生の世話を続けてきた。

 そして「なぜ、日本は嫌いだが日本のアニメや漫画は好きという感情が、ひとりの中国人のなかで両立できるのか」という長年持っていた疑問の解明に乗り出す。

 60歳を超えているのをものともせず、中国の若者が愛読する「スラムダンク」 31巻を読破したり、「セーラームーン」のDVDを見たり、中国で海賊版のDVDを買い込んだりする。

 解剖学者の養老孟司氏は、4月20日付け毎日新聞の書評欄で、この本についておもしろい見かたをしている。最初の数ページを読んだだけで、なにが書かれているかが伝わる、というのだ。
これが理科系なのである。(科学)論文にはかならず要約がつく。その要約がたいへんみごとに書かれている


 最初の部分より、あとがきの箇条書きが分かりやすい。それを参考に、この本を"要約"すると・・・。
  1. 日本動漫が中国で「大衆文化」となった裏には海賊版の存在があった。
     悪名高き中国の海賊版のおかげで、貧しい中国の青少年にとっては精神文化を培う糧となる動漫を好きなように見られる「大衆(消費)文化」が成立した。
  2. 中国政府が「たかが動漫」と野放しにしたのは大きな誤算だった。
     日本動漫は、子どもだましのものではなかった。人生の夢、人類の愛・・・。そこには、若者が生きていくための多くのメッセージが込められていた。新人類たちは自覚しないまま、結果的に「民主化の鐘を鳴らす」心の準備をしていた。
  3. 新人類たちは「日本動漫大好き」と「反日的」感情というダブルスタンダードの感情を有している。
     日本の教科書問題や首相の靖国神社公式訪問といったシグナルが出るたびに「日本動漫大好き」なコスモポリタン的現代っ子は「日本許しまじ」といった民族主義的愛国主義者にスイッチを切り替える。そのシグナルは、政府のコントロールが効かないインターネットを通して発信されるケースも出ている。


 著者は、本のなかでこんな事実を明らかにする。 
2005年に起きた反日デモの発信源は、なんとサンフランシスコで中国の民主化を訴えている台湾系華僑などの団体。インターネットで流れた「シグナル」に中国国内の青年たちが反応して行動を起こした。こんなボトムアップの行動が、いつか反体制行動に結びつくことを恐れた中国政府によって、あの反日デモは押さえ込まれた。


 そして「抗日戦争」を中心とした愛国教育の結果、中国政府の指導者すら対日軟弱外交を少しでも行えば「売国奴」という謗りから免れない、と推測する。

 先月末、四川大地震の被災者支援の物資輸送のために、自衛隊機の派遣を日中政府が合意しながら、中国国内の慎重論が出て見送られた。中国は米国、ロシア、パキスタン、韓国などの外国軍輸送機を受け入れというのに・・・。新聞には「中国 ネット世論に配慮」(2008年5月30日付け日経)という見出しが踊っていた。

 日本のアニメとマンガにはぐくまれ民主化の果実を知った中国の新人類と、インターネット・・・。

 ひょっとすると何年か後にこの本は、中国民主化の要因を実証する歴史書として評価されるかもしれない。

中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book)
遠藤 誉
日経BP社
売り上げランキング: 9185
おすすめ度の平均: 4.5
5 日本に滞在している若い中国人の心を垣間見ました
4 広がりつつある大きなうねりと温故知新
5 強い説得力を持って読者を魅了する
5 サブカルチャーの威力が見える
5 時代を感じさせてくれました
 

2008年4月19日

読書日記「あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅」(城戸久枝著、情報センター出版局)

 昨年末の読書特集「今年の3冊」で2紙が取り上げたのを見て、図書館に申し込んだが、希望者が多くなかなか連絡がない。忘れかけていた今月8日。この本が「第39回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞」の記事が出た日に、借りられるという連絡が入った。

  昨年12月23日の読売新聞特集欄で、ノンフィクション作家の高橋秀美氏は「中国残留孤児である父親の生涯を描いた。逡巡のなかの静謐な筆致に思わず落涙」と絶賛、同じ日の朝日新聞で久田 恵氏は「父の人生は、そのまま自分につながる物語であるとの思いに突き動かされ、長きにわたって取材を深めていく真摯さがまっすぐ伝わってくる」と評価している。

 4月7日の大宅賞発表の記者会見で、選考委員代表した選考経過を発表した柳田邦男氏は「城戸久枝さんの人を見つめる奥深さを感じました。・・・お父さんをわが子のように深い愛情で育てる(中国の養母の)姿に感動しました。お父さんの生きる力の原点は養母への愛でしょう」と話している。

 大宅賞に刺激されたわけではないが、先週の日曜の昼過ぎから夕方までかかって、450ページを越える大作を一気に読んでしまった。

 筆者の父・城戸 幹(中国名・孫玉福)は「満州国軍」の日系軍官の長男。3歳9ヶ月の時、満州国に侵入したソ連軍からの逃避行中、危うく大河・牡丹江に投げ捨てられようとするが、養母・付淑琴にもらわれ、その愛情をいっぱいに受けて育つ。

 豚を飼う老農夫や小学校の同級生から時には「日本鬼子(リーベングイズ)=日本の畜生め」とあざけられながらも生涯の友人に出会い、養母やその親類の思いやりは変らず、優秀な成績で中学、高校と進む。

 高校の成績も抜きん出ていたが、ちょうど共産党に忠誠を誓う「交心(ジャオシン)運動が始まっていた。やはり日本人蔑視の言葉を投げかけるなかで「このままでは、日本人であることを理由に共産党に忠実ではないと、いつ訴えられるかもしれない」という恐怖心から、大学入学願書の履歴書に「日本民族」と書いてしまう。

 これをきっかけに、幹の未来は閉ざされてしまう。合格していた北京大学は政治調査で入学を許されず、就職もままならない。建国から10年目の1956年。日本は台湾政府と国交を結び、中華人民共和国への敵視政策を続けていたころだ。

 養母を気にかけながら「日本人として生きたい」という思いをつのらせた幹は、日本赤十字社に約200通の手紙を書き続けて8年あまり。ほぼ自力で身元を探し出し、独力で帰国した。1981年、旧・厚生省による中国人残留孤児の帰国事業が始まる11年前、28歳の時だった。当時の中国は文化大革命で揺れており、なぜ帰国が許されたのか。奇跡とも言える展開だった。

 父の実家である愛媛県に帰った後も苦労が続く。定時制高校で日本語を学び、切望していた大学進学は弟たちの進学時期とも重なって断念する。しかし、高校で筆者の母と出合って結婚、次女の筆者など3人の子どもに恵まれる。

 後半は、次女・久枝の物語となる。

 子どもの時に「あんたのお父さんは中国人?」と友だちに聞かれ、意識的に中国を避けてきた著者は「ワイルド・スワン」を読んで「暗黒の時代に生きた父を知りたい」思いをつのらせ、中国の大学に国費留学する。

 そして父の養母の叔父の長女・シュンカなど、親せき?の人たちから思いもしなかった大歓迎を受け、春節(中国の正月)のたびに「春節は家族で過ごすものよ」と、牡丹江に呼ばれる。そう言うシュンカらの包み込むような温かさは、それからも会うたびに続く。

 一方で、中国のすさまじい反日教育の現実に直面する。

 旅行をしていた列車内で、一人の男性に話しかけられる。「日本って、歴史の授業で中国を侵略した歴史を教えていないんでしょう」「教えていないわけではないですが、中国の教科書ほど詳しくはないと思います」

 あたりがざわめき「やっぱり教えていないんだ」というひそひそ話しや「日本鬼子」という幼い女の子の声がする。

 大学の授業でも、教授や学生から鋭い言葉を投げかけられる。「日本の軍人がどれだけひどいことをしかか知っていますか」「南京大虐殺で殺された人の数を歪曲している」「私は日本人が憎い」「ほら、日本人は何も知らないんだから、聞いても無駄だよ」・・・。

 帰国した筆者は、残留孤児たちによる国家賠償訴訟への支援活動に取り組み、満州国軍の日系軍人への恩給支給についての、日本政府の非情な判断に怒る。

 数年後、父とともに父が養母と暮らした頭道河子村を訪ねた筆者は、本の最後をこう結ぶ。

 昔、日本が負けた大きな戦争があり、牡丹江を渡ってやってきた一人の日本人が、中国人の夫婦にもらわれて成長し、本当の両親のもとへ帰っていった物語は、いまでも、あの小さな村で伝説のように語り継がれている。

 そんな父の娘に生まれたことを、いま、私は心から誇らしく思うーーー。

 参考文献

  • 「ワイルド・スワン上・下」(ユン・チアン著、土屋京子訳、講談社)
     =久枝が父とともに大連を訪問した際、文化大革命のことを何も知らないことに驚いた滞在先の夫婦が「あなたのお父さんも、この時代を中国で生きたんだよ」と、読むよう薦めてくれた。


  • 「大地の子」(山崎豊子著、文春文庫1-4)
    =NHKでドラマ化された再放送を見て筆者の父はつぶやく、「父ちゃんがいたころは、あんな甘いものではなかったよ」


※閑題・余談

 この本が受賞した大宅賞。その一覧を見ていて、最初のころはかなり読んだものが多いのに、ここ10数年ほとんど読んでいないのに気付いた。

 読んでいたのは、2001年の星野博美「転がる香港に苔は生えない」(情報センター出版局)と2002年の米原万里「嘘つきア-ニャの真っ赤な真実」(角川書店)だけ。それも、受賞を知らずに後になって読んだものだ。

 「昔はあんなにノンフィクションに夢中になったのに」「現役記者時代、ノンフィクション手法を真似て連載企画を書いたことも」・・・。おかしな郷愁にかられてしまった。

あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅
城戸 久枝
情報センター出版局
売り上げランキング: 11812
おすすめ度の平均: 5.0
5 価値のある本でした。
5 中国と日本の歴史を今一度考え直したいと思った本
5 日本と中国を考えるときに欠かせない本
5 涙なしには読めない、感動の実話。
5 2007年のベストワン

ワイルド・スワン〈上〉
ユン チアン
講談社
売り上げランキング: 182172
おすすめ度の平均: 4.5
5 中華人民共和国という国
5 歴史書としても。
5 何度読んでも面白い
5 中国近代史の真実がここに・・・
4 中国共産党近代史を知る

大地の子〈1〉 (文春文庫)
山崎 豊子
文藝春秋
売り上げランキング: 29098
おすすめ度の平均: 5.0
5 結局は「人と人」
5 山崎豊子小説のうち最高の作品の一つ
4 ぜひ、うちの父にも読ませたい
5 人生は短い、これを読むべし
5 中国残留孤児と「文化大革命」

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)
星野 博美
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 5.0
5 いざ、香港へ
5 怒濤の香港ピープル
5 買いです。
4 暖かい視点
5 心の旅

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
米原 万里
角川書店
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