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2011年8月31日

読書日記「陰翳礼讃」(谷崎潤一郎著、中公文庫)


陰翳礼讃 (中公文庫)
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谷崎 潤一郎
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 8月下旬にニューヨークを次々に襲った百数十年ぶりの地震と、ウオール街近くまで洪水が迫った  ハリケーン「アイリーン」を 予知していたわけではないのだが・・・。
その直前に娘のいるマンハッタン島に出かけた。酷暑を覚悟して行ったのに、朝の気温が華氏70度(摂氏20度)前後と、すっかり初秋の気配だった。

 3度目のニューヨークだが、ミュージカル劇場がひしめく タイムズスクウエア周辺を別にすると、いつもながら夜の街並みの暗さが気になる。

 街だけではない。ホテルの部屋の枕元のライトでは本も読めない。レストランの照明も天井にわずかに付いているだけで薄暗い。部屋全体を明るくする日本のやり方に慣れていると、間接照明はなんとなく落ち着かない

タイムズ・スクエアー;クリックすると大きな写真になりますステーキハウス;クリックすると大きな写真になりますスターバクス・コーヒー店;クリックすると大きな写真になりますオイスターバー;クリックすると大きな写真になります
ミュージカルが引けた直後の不夜城、タイムズ・スクエアー昼なお暗きステーキの名店「ウオルガンフ ステーキハウス」スターバクス・コーヒー店も、この暗さ(ロックフェラーセンターで)懐かしのオイスターバーでは、夏でも牡蠣は食べられました。20年前もこんなに暗かっただろうか(セントラルステーション地下で)
 機中で読んだ「陰翳礼讃」に、こんな記述があった。

 
先年、武林夢想庵(滞欧生活の長い知人の小説家)が巴里から帰ってきての話しに、欧州の都市に比べると東京や大阪の夜は格段に明るい。巴里などでではシャンゼリゼエの真ん中でもランプをともす家があるのに・・・。


 
夢想庵の話は、今から四、五年も前、まだネオンサインなど流行り出さない頃であったから、今度彼が帰って来たらいよいよ明るくなっているのにさぞかし吃驚(びっくり)するであろう。


 
これは 「改造」山本社長に聞いた話しだが、かつて社長が アインシュタイン博士を上方へ案内する途中汽車で石山のあたりを通ると、窓外の景色を眺めていた博士が、「あヽ、個処に大層不経済なものがある」と云うので訳を聞くと、そこらの電信柱か何かに白昼電燈のともっているのを指したと云う。


 著者・谷崎は、こう結論づける。

 
何にしても今日の室内の照明は、書を読むとか、字を書くとか、針を運ぶとか云うことは最早問題ではなく、専ら四隅の蔭を消すことに費やされるようになったが、その考は少なくとも日本家屋の美の観念とは両立しない。


 そして伝統的な日本家屋を構成する「陰翳」の美に「礼讃」を惜しまない。

「ほのじろい紙の反射が、床の間の濃い闇を追い払う力が足らず、却って闇に弾ね返されながら、明暗の区別のつかぬ昏迷の世界を現じる」障子。「もやもやとした薄暗がりの光線で包んで。何処から清浄になり、何処から不浄になるとも、けじめを朦朧とぼかして置いた方がよい」厠(かわや、トイレ)。
「外の光が届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠く遠く庭の明かりの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返している」様子や、お膳に並ぶ漆器が「暗い奥深い底の方に、容器の色と殆ど違わない液体が音もなく澱んでいる」のを眺めことにまで、「陰翳」の美を見つけるのである。


 この6月に出た、言語学者で慶応大学名誉教授の 鈴木孝夫氏の 「しあわせ節電」(文藝春秋刊)という本を読んだ。

 鈴木氏は言う。
 
高速道路を照らし続けるオレンジのカドニウムライト、二十四時間営業のコンビニエンスストア、深夜まで放送を続けるテレビ・・・私たちの身近には、いつのまにか不要不急電気製品が大量にあふれかえっていました。


 そして「ほんの少し前の日本人の生活に戻るため、進歩を少し止め」「部屋の電気は暗いものと考えて、今すぐできる節電・節約を」と呼びかける。

 
いま否応なしに要請され始めた節電の日々は、目に見える所で、肌に感じる形で、何が幸福かを問いかけてきます。節電という生き方の中に「しあわせ」のあたたかい灯が、感じられてくるのです。久しく失っていた美しい星空が、再び都会の空に戻ってきたのです。


 最近、寝る前に居間の電気を消し、合成樹脂製の疑似障子窓から漏れる暗やみの明るさを楽しむことにした。政府や電力会社の押しつけがましい節電要請とは無縁な「陰翳礼讃」である。

しあわせ節電
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鈴木 孝夫
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