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    <title>Masablog</title>
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    <updated>2012-05-12T09:57:14Z</updated>
    <subtitle>「書くために旅をし、本を読む」ーーー。なんともあつかましく、不敵な望みが、このサイトの管理者n_shuheiさんのおかげで続けられている。作品を引用するだけで「書いています」と言うのはあまりにおこがましいが、まだボケるまでには時間があることを期待し、もう一日、もう一冊・・・。　　　　　　　　　　（写真は中国・天山山脈）
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    <title>アウシュヴィツ紀行・下「神の沈黙」（同）</title>
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    <published>2012-05-11T23:11:57Z</published>
    <updated>2012-05-12T09:57:14Z</updated>

    <summary> 　｢日本の方に親しみにある方を紹介しましょう｣　中谷さんが示したガラスケースの...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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        <category term="海外" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <category term="歴史修正主義" label="歴史修正主義" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://n-shuhei.net/masablog/">
        <![CDATA[
<br /><br />
　｢日本の方に親しみにある方を紹介しましょう｣<br />　中谷さんが示したガラスケースの中の囚人名簿に<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%99" target="_blank">
コルベ神父</a>（囚人番号１６６７０）の名前があった。<br /><br />

　同神父は、長崎に修道院を作ったりして活躍した人で、私もその足跡を訪ねたことがある。その後、故郷のポーランドに帰ったが、ナチス・ドイツに捕えられた。収容者仲間の身代わりをかって出て餓死刑を言い渡されたものの、2週間生き続けた末にフエノール注射で殺された。神父に助けられたポーランド人は９０歳を越えるまで長生きした、という。<br /><br />

　１１号館の地下には、コルベ神父が殺された18号地下牢が残っている。ここでの写真撮影は禁止だったが、亡くなった前の教皇、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD2%E4%B8%96_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87) " target="_blank">
ヨハネ・パウロ２世</a>が灯して祈ったロウソクが残されている。１９８２年にコルベ神父は聖人に列せられた。その後、現教皇、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%8816%E4%B8%96_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87) " target="_blank">
ベネディクト１６世</a>も、同じろうそくに火を灯した。<br /><br />

　ローマ教皇は、ヒトラーと<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%88" target="_blank">
コンコルダート（政教条約）</a>を結び、反ユダヤの立場を取った。その一方で、多くのカトリック、プロテスタントの聖職者がユダヤ人救出に動いたことは、イスラエル人学者、モルデカイ・パルディールの書いた「キリスト教とホロコースト」という膨大な本に詳しい。
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/476013977X/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ChFP%2BFiML._SL160_.jpg" alt="キリスト教とホロコースト―教会はいかに加担し、いかに闘ったか" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/476013977X/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">キリスト教とホロコースト―教会はいかに加担し、いかに闘ったか</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/476013977X/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="キリスト教とホロコースト―教会はいかに加担し、いかに闘ったか" target="_blank">amazlet</a> at 12.05.12</div></div><div class="amazlet-detail">モルデカイ パルディール <br />柏書房 <br />売り上げランキング: 584277<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/476013977X/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />

　「なぜホロコーストを防げなかったか」。それは、戦後のカトリック教会の大きな課題だった。両教皇が率先してアウシュヴィッツを訪ねたのは、そのためでもあった。<br /><br />

　ベネディクト１６世は、２００６年５月２８日にアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所を訪れ、こう演説した。<br /><br />

　「この恐怖の地で、ことばは失われます。最後には呆然と沈黙することしかできません。この沈黙は神への心からの叫びです。主よ、なぜ黙っておられたのですか。なぜこのようなことをお許しになることができたのですか」<br /><br />

　神が沈黙を破るのは、イエス・キリストがこの世の終わりに来る<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%AF%A9%E5%88%A4
" target="_blank">最後の審判</a>の日を待つしかいないのだろう。沈黙を守っておられても｢神はいつもそばにおられる｣という教義を信じながら・・・。<br /><br />

　アウシュヴィッツ第１収容所での２時間のツアーを終え、３キロ離れた第２収容所・ビルケナウに向かう。<br /><br />

　レンガ造りの「死の門」をくぐると、長い列車の引き込み線が延びている。<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0" target="_blank">
スピルバーグ監督</a>の映画<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88" target="_blank">
「シンドラーのリスト」</a>でおなじみの風景だ。<br /><br />

　１４０ヘクタールもある広大な敷地が広がる。３本に分かれた引き込み線の降車場に止まった貨物列車から引き出されたユダヤ人男女を選別するのは、軍服姿の医師だ。約２５％は労働力と生体実験用の人間として選ばれ、残りはガス室に直行させられて、チクロンＢで窒息死。２０分後には、ユダヤ民の特命労働隊員（ゾンダーコマンド）によって焼却炉で焼かれた。間に合わなくなると野原で焼くこともあった。<br /><br />

　第１収容所にあり生体実験の建物は未公開だが、他の建物には、女性の不妊実験や双生児を遺伝学の材料に使った写真が掲示されている。「ここまで冷徹になれるのか・・・」。同行した内科医のＹさんがつぶやくように絶句した。<br /><br />


　ここは、単なる強制収容所跡でも、ホロコーストを忘れないための負の世界遺産・博物館でもない。<br /><br />

　１５０万人ものユダヤ人たちが沈黙のなかに眠っている『広大な墓地』なのだと、気がついた。<br /><br />

　多い時には１日に７０００人ものユダヤの人たちが送りこまれたビルケナウの４つのガス室は、連合軍に追われて撤収するナチス軍によって、証拠隠滅のために爆破された。しかし、破壊し切れないまま、レンガとコンクリートの残骸が黒く風化したまま残されている。<br /><br />

　中谷さんによると、ユダヤ人自身が自民族の持つ死への考えから、この身ぶるいのするような遺物の撤去を望まなかったという。<br /><br />

　北端に建てられた２２カ国語で書かれた石盤が並ぶ慰霊碑の前や引き込線最終点に保存されている窓のない木製列車の連結部。そこに、そっと置かれている小石や小さな缶、ガラス製のろうそく立ての１つ、１つ。それらが、訪れた遺族の思いを込めた"墓碑"でもあるのだ。<br /><br />

　周辺の草地には、黄色いタンポポや白い花をつけた名前も分からない雑草。男性用収容所跡に１本だけ残されて白い花のリンゴの木などが死者を悼む"献花"だとしても、ここに眠っている人々の数からすると、余りに少ない。<br /><br />

　第１収容所の廊下に並んでいた縞模様服の犠牲者の顔を浮かべながら、沈黙のうちにただ頭を下げ、その死を想うしかない。<br /><br />

　２０００年から２０１１年にかけて、ここを訪れる人は、若者を中心に３倍に増えた。
　学校のボランティア・プログラムなどで、夏休みに草刈りのボランティアに来るドイツも高校生も増えた。いやいややってきた表情が終わる頃に変わってくるという。<br /><br />

　ドイツ政府がアンケート調査したところ、ドイツの小学生の９０％が「ホロコーストを知っている」と答えた。「しかし、残りの１０％が知らないことの方が問題」と、中谷さんは指摘する。眼の前の史実を親があえて教えないのか・・・。<br /><br />

　「ガス室での虐殺なんてなかった」と主張する<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E5%90%A6%E8%AA%8D" target="_blank">
歴史修正主義</a>の主張さえも、いまだに絶えない。<br /><br />

　「若い人たちには、ここを見ただけで終わってほしくない」。中谷さんは、ポツリと語った。<br /><br />

　日本から遠く離れた、この地を訪れるだけでも、すごいことだ。ただ、ここで感じた思いを日本に帰っても「心のなかで、自分に問いかけてほしい」<br /><br />

　世界中で民族間の争いは尽きないし、日本にも様々な差別が拡大している。人口減少化が進むなかで、来日する東南アジアの人々なども増えてくる。大きな変化のなかで「あなたは、どういう行動が取れるのか？」<br /><br />

　３０度を越えた日もあるここ数日の猛暑。すっかり日焼けしたという中谷さんは、鋭い眼を眼鏡越しに光らせ、吐くように、うめくように繰り返した。<br /><br />

　最後に、中谷剛さんの著書「アウシュヴィッツ博物館案内」（凱風社、近く新刊を発刊予定）にも書かれていた、故・ヴァイツゼッカー大統領のドイツ終戦40周年記念演説の１節を引用して、今回のアウシュヴィッツ訪問の体験を心に留める糧（かて）にしたい。<br /><br />

　「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻まない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」<br /><br />

<center><caption><strong>関連写真集</strong></caption></center>
<table class="waku2" align="center"><tr>
<td id="ue" width="160">コルベ神父の名前がある名簿。収容者が奇跡的に持ち出した</td>
<td id="ue" width="160">野焼される遺体。収容者が手製のカメラでひそかに撮影</td>
<td id="ue" width="160">抵抗する英雄が処刑された「死の壁」。献花が絶えない</td>
<td id="ue" width="160">2重の鉄条網。２２０ボルトの電流が流れる網に身を投げる自殺者も</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080468.JPG" title="コルベ神父の名前がある名簿。収容者が奇跡的に持ち出した" rel="lightbox[ger]"><img alt="コルベ神父の名前がある名簿；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080468-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112"  /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080470.JPG" title="野焼される遺体。収容者が手製のカメラでひそかに撮影" rel="lightbox[ger]"><img alt="野焼される遺体；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080470-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112"  /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080492.JPG" title="抵抗する英雄が処刑された「死の壁」。献花が絶えない" rel="lightbox[ger]"><img alt="抵抗する英雄が処刑された「死の壁」；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080492-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080512.JPG" title="2重の鉄条網。２２０ボルトの電流が流れる網に身を投げる自殺者も" rel="lightbox[ger]"><img alt="2重の鉄条網；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080512-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr>
<td id="ue" width="160">第１収容所に再現されたガス室の模型</td>
<td id="ue" width="160">レンガ造りの「死の門」から伸びる引き込み線</td>
<td id="ue" width="160">咲き乱れるタンポポの向こうは、ビルケナウ女子収容棟</td>
<td id="ue" width="160">ドイツ軍によって破壊されたガス室</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080521.JPG" title="第１収容所に再現されたガス室の模型" rel="lightbox[ger]"><img alt="第１収容所に再現されたガス室の模型；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080521-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080547.JPG" title="レンガ造りの「死の門」から伸びる引き込み線" rel="lightbox[ger]"><img alt="レンガ造りの「死の門」から伸びる引き込み線；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080547-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112"  /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080558.JPG" title="咲き乱れるタンポポの向こうは、ビルケナウ女子収容棟" rel="lightbox[ger]"><img alt="ビルケナウ女子収容棟；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080558-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112"  /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080562.JPG" title="ドイツ軍によって破壊されたガス室" rel="lightbox[ger]"><img alt="ドイツ軍によって破壊されたガス室；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080562-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr>
<td id="ue" width="160">引き込み線の上に、追悼のロウソク缶が並ぶ</td>
<td id="ue" width="160">慰霊碑の前にも、小石などの墓碑</td>
<td id="ue" width="160">ビルケナウ収容所内のベッド。1つに2人が収容させられた</td>
<td id="ue" width="160">隔壁もないトイレの穴。カポにせかされ、1つの穴を争うように用をたした</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080567.JPG" title="引き込み線の上に、追悼のロウソク缶が並ぶ" rel="lightbox[ger]"><img alt="引き込み線の上に、追悼のロウソク缶が並ぶ；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080567-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080568.JPG" title="慰霊碑の前にも、小石などの墓碑" rel="lightbox[ger]"><img alt="慰霊碑の前にも、小石などの墓碑；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080568-thumb-150x200.jpg" width="112" height="150" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080577.JPG" title="ビルケナウ収容所内のベッド。1つに2人が収容させられた" rel="lightbox[ger]"><img alt="ビルケナウ収容所内のベッド；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080577-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080581.JPG" title="隔壁もないトイレの穴。カポにせかされ、1つの穴を争うように用をたした" rel="lightbox[ger]"><img alt="隔壁もないトイレの穴；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080581-thumb-150x200.jpg" width="112" height="150" /></a>
</table><br /><br />]]>
        
    </content>
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    <title>アウシュヴィッツ紀行・上「ホロコースト」（２０１１年５月２日）</title>
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    <published>2012-05-11T08:30:58Z</published>
    <updated>2012-05-13T09:42:32Z</updated>

    <summary> 　友人Ｍらと長年語らっていたアウシュヴィッツ訪問が、この連休やっと現実となり、...</summary>
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        <name>土井雅之</name>
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        <![CDATA[
<br />　友人Ｍらと長年語らっていたアウシュヴィッツ訪問が、この連休やっと現実となり、コペンハーゲン、フランクフルト経由でポーランドに入った。<br /><br />

　世界遺産の古都・クラクフからオシフｲエンチム（旧ドイツ軍は、ここをアウシュヴィッツと改名した）までの２時間近くは、両側に深い新緑の森が広がる気持ちのよい道だった。途中の村の家の庭先には、道路に向けて木の十字架や陶製の聖マリアの像が建ててあり、カトリック教徒が９０％というこの国の敬虔な雰囲気を演出してくれる。<br /><br />

　アウシュヴィッツ強制収容所跡（現在は、負の世界遺産として登録されているアウシュヴィッツ＝ビルケナウ国立博物館）前の広場は、ベンチで休憩する若者などであふれ、ピクニックのような雰囲気だ。<br /><br />

　午後２時前、午前のガイドを終えた日本人唯一の公式ガイド、中谷剛さんがかけつけてくれる。２５歳の時にこの地を訪れ、もうガイド生活２０年の経験を持つ。<br /><br />

　中谷さんには、新聞社時代の同僚でアウシュヴィツの研究を続けておられるＫ・武庫川女子大教授に紹介してもらい、前日のクラコフの街の観光から、車の手配まですっかりお世話になった。<br /><br />

　午後のｶﾞｲﾄﾞツアーに参加するのは、我々４人のほかに６人の日本人。ほとんどが、２、３０代の若者だ。<br /><br />

　４人でガイド料２４３ズローチ（約６５００円）と、離れて歩いても中谷さんの声が聞こえるようにと、１人１０ズローチでイアホーンを借りる。まず、最大２万人が収容されていたアウシュヴィッツ第１収容所。事前に読んだ本で見た「ＡＲＢＥＴ ＭＡＣHT ＦＲＥＩ（労働は自由への道）」と書かれた鉄の門をくぐる。<br /><br />

　実は、この門の標識は一時盗まれ、３つに折れて帰ってきた。現在のものは、レプリカなのだが「Ｂ」の字が反対に溶接され、小さい部分が下になっている。制作者のささやかな抗議の現れらしい。<br /><br />

　「自由への道」というのはあまりに皮肉な命名だった。収容者は毎朝、同じユダヤ人による｢囚人楽団｣による演奏と、ドイツ軍親衛隊員（ＳＳ）が選んだ囚人頭（カポ）の振う棒とムチでこの門を追い出された。収容所建設のための森林伐採や近くに建設された化学工場などの作業に毎日１１時間以上も働かされ、栄養失調で力を失って死去した仲間を背に帰って来る「死への道」でしかなかった。<br /><br />
　収容所内の建設作業も過酷なものだった。重い建設資材をかつぎながら、与えられた木靴で走るように運ばないと、カポのムチが飛んだ。倒れて、道路整備用の石製のローラーに引き殺される人もいた。そのローラーが道路わきに残されていた。<br /><br />

　ドイツ軍が直接手を下さない｢奴隷制がしかれていた｣と、中谷さんは解説する。<br /><br />

門を入ると、赤レンガの収容所群とポプラ並木が続いている。このポプラ並木が植えて６０年が過ぎて大きくなりすぎ、枝が折れて見学者などに当たってはいけないので、最近、建設当初の大きさのものに植え替えられたばかりだ。<br /><br />

４号館と５号館にある収容者の遺品に圧倒される。<br /><br />

　ＳＳ衛生兵がガス室の天井から投下した殺害のためにチクロンＢ（なんとシラミなどの殺虫剤！）の空き缶のほか、死後に刈り取られた約１８００キロもの女性の髪、歯ブラシや衣服用のブラシの、家庭用食器（チーズ用なのか小さなおろし金まで）、眼鏡、靴、義足、そして、本人に還すことを偽るために白い塗料で住所などが書かれたかばんの山、山、山・・・。<br /><br />

髪の毛は繊維会社に送られて生地などに加工され、死者の金歯は抜かれて延べ棒として出荷された。それの数量をドイツ人らしい正確さで記録された資料も残されている。<br /><br />

　大きなヨーロッパ地図が掲げられ、ナチス・ドイツが支配した広大な地域からユダヤ人が連行されてきたことを示していた。<br /><br />

　アウシュヴィッツに行くことを決めてから、様々な本や資料にあたったが、なぜユダヤ人がナチスだけでなく、ヨーロッパの長い歴史のなかで排斥されてきたのかが、どうしても釈然としなかった。<br /><br />

　そんな時に、新約聖書の１節に遭遇した。<br /><br />

　ユダヤ教の祭司長たちは、イエスを殺そうと、総督ピラトに身柄を渡した。<br />　「皆は、『（イエスを）十字架につけろ』と言った・・・。民はこぞって答えた。『その血の責任は、我々と子孫にある』（マタイ２７章１９－２５節、新共同訳）<br /><br />

　「こう叫んだのは、その場にいる人々だけだった。しかし、その後、キリスト教世界の人々は、ユダヤ人のことを『神殺しの民、ユダヤ』と呼ぶようになった」。著名な聖書学者であるＷ神父の解説である。<br /><br />

　こういった考えがヨーロッパのキリスト教世界に広がり<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%AD%97%E8%BB%8D" target="_blank">
十字軍</a>の遠征途中で、多くのユダヤ人が虐殺されたことは、
<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E9%87%8E%E4%B8%83%E7%94%9F
" target="_blank">塩野七生</a>の<a href="
http://www.shinchosha.co.jp/wadainohon/309635/" target="_blank">
「十字軍物語」</a>などにくわしい。<br /><br />

そのほかにも、ヨーロッパ各地でユダヤ人は何度も虐殺に会い、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%A9" target="_blank">
ディアスポラ（民族離散）</a>を続けてきたことは、いくつもの歴史事実が証明している。<br /><br />

　ヨーロッパ社会にまん延していった、この反ユダヤ主義を、ヒトラーも巧みに利用した。<br /><br />
ポーランドの総督区総督だった<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF" target="_blank">
ハンス・フランク</a>の獄中回想記「絞首台を眼の前にして」によると、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC" target="_blank">
ヒトラー</a>は１９３８年のある日、もの思いにふけりながらこう語ったという。<br /><br />

　「福音書の中でユダヤ人たちはピラトに向かって叫んでいる。『その血の責任はわれわれとわれわれの子孫にある』と。余は、おそらく、この呪いを執行しなければならないだろう」<br /><br />

　ナチスの<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%97%8F%E6%B5%84%E5%8C%96
" target="_blank">｢民族浄化｣</a>の対象になったのは、ユダヤ人だけでなく、ポーランド人、ロシア人などのスラブ民族、ジプシーと呼ばれたロマ・シンティの人たちも含まれていた、事実も忘れてはいけない。中谷さんは、何度も強調した。<br /><br />

　そして、ナチスによる<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88" target="_blank">
ホロコースト</a>だけではなく、クロワチアのセルビア人虐殺、ルワンダ虐殺などの<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89" target="_blank">
ジェノサイド</a>や<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8F%E8%99%90%E6%AE%BA" target="_blank">
大量虐殺</a>も同じように現実の史実であることも、私たちに迫ってくる。<br /><br />

<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%A3%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6" target="_blank">「カティンの森事件」</a>が、いまだにポーランド市民の心に深い傷を残している。<br /><br />

第２次大戦中に、ソ連・カティンの森で２２０００人ものポーランド将校などが虐殺されて埋められた。当初ソ連は、ナチス・ドイツのしわざと主張したが、ソ連の行為であることがわかった。<br /><br />

ポーランドの首都ワルシャワやクラクフの街にあるこの事件の慰霊碑を見ながら、ホロコーストという言葉の意味の広がりを考えた。<br /><br />
<center><caption　><strong>関連写真</strong></caption></center>
<table class="waku2" align="center"><tr>
<td id="ue" width="160">若者でにぎわう第１収容所前広場</td>
<td id="ue" width="160">収容所の航空図。Ａが第１、Ｄは第２収容所</td>
<td id="ue" width="160">説明する日本人公式ガイドの中谷剛さん</td>
<td id="ue" width="160">生き残った収容者が描いた労働に行く人々と楽団</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080426.JPG" title="若者でにぎわう第１収容所前広場" rel="lightbox[ger]"><img alt="若者でにぎわう第１収容所前広場；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080426-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080433.JPG" title="収容所の航空図。Ａが第１、Ｄは第２収容所" rel="lightbox[ger]"><img alt="収容所の航空図；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080433-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080447.JPG" title="説明する日本人公式ガイドの中谷剛さん" rel="lightbox[ger]"><img alt="説明する日本人公式ガイドの中谷剛さん；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080447-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080448.JPG" title="生き残った収容者が描いた労働に行く人々と楽団" rel="lightbox[ger]"><img alt="生き残った収容者が描いた労働に行く人々と楽団；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080448-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr>
<td id="ue" width="160">「労働は自由への道」と書かれた門</td>
<td id="ue" width="160">ポプラの並木が植え替えられた第１収容所</td>
<td id="ue" width="160">ガス室に投入されたチクロＢの空き缶</td>
<td id="ue" width="160">処刑された女性から刈り取られた髪の毛</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080454.JPG" title="「労働は自由への道」と書かれた門" rel="lightbox[ger]"><img alt="「労働は自由への道」と書かれた門；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080454-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080462.JPG" title="ポプラの並木が植え替えられた第１収容所" rel="lightbox[ger]"><img alt="ポプラの並木が植え替えられた第１収容所；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080462-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080472.JPG" title="ガス室に投入されたチクロＢの空き缶" rel="lightbox[ger]"><img alt="ガス室に投入されたチクロＢの空き缶；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080472-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080473.JPG" title="処刑された女性から刈り取られた髪の毛" rel="lightbox[ger]"><img alt="処刑された女性から刈り取られた髪の毛；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080473-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr>
<td id="ue" width="160">食器類の山</td>
<td id="ue" width="160">義足の山</td>
<td id="ue" width="160">眼鏡の山</td>
<td id="ue" width="160">かかとが取られた靴</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080476.JPG" title="食器類の山" rel="lightbox[]"><img alt="食器類の山；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080476-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080477.JPG" title="義足の山" rel="lightbox[ger]"><img alt="義足の山；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080477-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080478.JPG" title="眼鏡の山" rel="lightbox[ger]"><img alt="眼鏡の山；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080478-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080481.JPG" title="かかとが取られた靴" rel="lightbox[ger]"><img alt="かかとが取られた靴；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080481-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr>
<td id="ue" width="160">洗顔する収容者。右の太って棒を振うのがカポ</td>
<td id="ue" width="160">建物の廊下に並ぶ亡くなった収容者たち</td>
<td id="ue" width="160">収容者を引き殺したこともある石製のローラー</td>
<td id="ue" width="160">塀に囲まれた収容所長・ヘスの自宅。妻は庭仕事が趣味だった</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080486.JPG" title="洗顔する収容者。右の太って棒を振うのがカポ" rel="lightbox[ger]"><img alt="洗顔する収容者。；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080486-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080488.JPG" title="建物の廊下に並ぶ亡くなった収容者たち" rel="lightbox[ger]"><img alt="建物の廊下に並ぶ亡くなった収容者たち；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080488-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080506.JPG" title="収容者を引き殺したこともある石製のローラー" rel="lightbox[ger]"><img alt="収容者を引き殺したこともある石製のローラー；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080506-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080514.JPG" title="塀に囲まれた収容所長・ヘスの自宅。妻は庭仕事が趣味だった" rel="lightbox[ger]"><img alt="塀に囲まれた収容所長・ヘスの自宅；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080514-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr>
<td id="ue" width="160">ヘスが絞首刑になった処刑台</td>
<td id="ue" width="160">首都ワルシャワの街中にある「カティンの森事件』慰霊碑</td>
<td id="ue" width="160">クラクフの教会前広場にそっと置かれた「カティンの森事件」の追悼十字架</td>
</tr><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080518.JPG" title="ヘスが絞首刑になった処刑台" rel="lightbox[ger]"><img alt="ヘスが絞首刑になった処刑台；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080518-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080257.JPG" title="首都ワルシャワの街中にある「カティンの森事件』慰霊碑" rel="lightbox[ger]"><img alt="首都ワルシャワの街中にある「カティンの森事件』慰霊碑；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080257-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080388.JPG" title="クラクフの教会前広場にそっと置かれた「カティンの森事件」の追悼十字架" rel="lightbox[ger]"><img alt="「カティンの森事件」の追悼十字架；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1080388-thumb-150x212.jpg" width="112" height="150"  /></a>
</td></tr></table><br /><br />]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>読書日記「虚空の冠（こくうのかん）上・下」（楡周平著、新潮社刊）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://n-shuhei.net/masablog/2012/04/24_1354.php" />
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    <published>2012-04-24T04:54:08Z</published>
    <updated>2012-04-26T08:25:58Z</updated>

    <summary> 虚空の冠〈上〉posted with amazlet at 12.04.24楡...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
        <uri>http://n-shuhei.net/masablog/</uri>
    </author>
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="楡周平" label="楡周平" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://n-shuhei.net/masablog/">
        <![CDATA[<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104753033/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51sfUBRTZQL._SL160_.jpg" alt="虚空の冠〈上〉" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104753033/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">虚空の冠〈上〉</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4104753033/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="虚空の冠〈上〉" target="_blank">amazlet</a> at 12.04.24</div></div><div class="amazlet-detail">楡 周平 <br />新潮社 <br />売り上げランキング: 39879<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104753033/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div><br /><div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104753041/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/512iCw8CUaL._SL160_.jpg" alt="虚空の冠〈下〉" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104753041/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">虚空の冠〈下〉</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4104753041/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="虚空の冠〈下〉" target="_blank">amazlet</a> at 12.04.24</div></div><div class="amazlet-detail">楡 周平 <br />新潮社 <br />売り上げランキング: 39676<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104753041/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></div>
<br /><br />

 　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%A1%E5%91%A8%E5%B9%B3
" target="_blank">著者</a>の作品を読むのは初めてだが、新聞書評欄で電子書籍を巡る攻防がテーマだと知って、図書館に購読予約してみた。なかなかの人気で時間がかかったが、うまく、上・下巻2冊を同時に借りることができた。<br /><br />

 　新聞、ラジオ、テレビの隆盛を経て電子メディアに向かう変遷を縦軸に、それぞれの段階で熱く語られるビジネスプランが重要な横軸になっている。著者が大学院を出た外資系企業のビジネスマン出身だからだろうか。<br /><br />

 　昔、新聞社にいたころ、新聞、テレビの繁栄を支えてきたビジネスプランが崩壊の危機にあることを目の当たりにしてきた。メディアの変遷はそれなりに読み飛ばしたものの、電子書籍を巡る過酷な競争の記述が「紙」から「電子」への近未来を予測しているようで、いささか複雑な気分に陥った。<br /><br />

 　日本第3位の通信事業会社グローバル・テレコムの芦野英太郎社長と新原亮輔常務は、同じ大学の研究室の先輩、後輩であるだけでなく、ベンチャー企業として創業して以来の同志でもある。<br /><br />

 　芦野に呼ばれた亮輔は、アメリカのネット書籍販売最大手のアトランティス(私もよく使うアマゾンがモデルらしい)が発売したばかりの携帯型書籍端末を見せられる。<br /><br />

 　通信機能を内臓、携帯通信回線網を使ってアトランティスの<a href= "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0_(%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0)
" target="_blank">プラットフォーム</a>
にアクセス、パソコンなどを通さなくても読みたい本がいつでも読めるほか、購読予約しておけば新聞、週刊、月刊誌も自動的に受信できる。<br /><br />

 　私も、この正月から遅ればせながら<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3" target="_blank">  
スマートフォン</a>を使い始めた。<br /> 　そのタブレット型に近いようだが、液晶ではなく「反射光で活字を見るEペーパー」が使われ、紙そのもののように読める。しかも、すぐに電池切れを起こすスマホに比べ、一度フル充電しておけば100時間は持つすぐれもの・・・。ただ、端末の価格が450ドルもするため、あまり普及はしていない。<br /><br />

 　芦野は「このビジネスを一からウチで立ち上げよう」と、亮輔に担当を命じる。しかも、端末は無料で配って自社の携帯電話収入を一挙に引き上て業界トップをうかがう一方、自社で立ち上げる電子出版プラットフォームで「日本の活字メディア制覇」を狙う計画だ。<br /><br />

 　<div id="main">芦野の目が爛爛と輝き出す。</div><br /><br />

 　<div id="main">「俺はな、今のネットは、そう遠からずして最初の総括の時を迎えるんじゃねえかと思ってるんだ。確かにネットは便利な代物さ。キーワードを入れれば、該当する項目がずらりと表示される。しかも、それらのほとんどが無料だ。まさに、膨大な数の利用者が作り上げた巨大なデータベースそのものだ。だが、良く言われているように、玉石混交、真贋入り乱れるという致命的欠陥がある。それでも利用者が減らないのは、情報を欲している人間がいるということだ。第一、ネットだって情報の多くは活字で伝えられるんだぜ。この事実一つとっても、活字を読むという行為そのものは放棄しちゃいないってことだろ。変ったのは、活字を読ませる媒体でありツールだ」</div><br /><br />

　 このビジネスプランのポイントは、新聞や出版、テレビ会社など<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84" target="_blank">コンテンツ</a>の出し手とどう手を結ぶかにかかっている。
<br /><br />

 　亮輔は義父のつてを頼って、新聞、出版、テレビ、ラジオと日本最大級のメディアグループを率いる極東日報会長の渋沢大将に会い、自社のプロジェクトを説明、共同で事業を立ち上げようと持ちかける。電子メディアに押されて極東グループは、新聞販売部数、広告の減少で、深刻な経営危機に陥りつつあった。<br /><br />

 　<div id="main">「この話しに乗った場合、我々に想定されるリスクは?」<br /> 渋沢は、直裁に訊ねた。<br /> 「強いて言うならコストでしょうか。新聞ならば、電子端末用に記事をレイアウトし直す作業が必要となります。加えて、紙媒体用のデータをそのまま転用しょうとすると、フォーマットの違いから、文字化けが起きます。その修正作業が必要になりますが、単行本はともかく、新聞、週刊誌は校閲の手間が一回増える程度のことです。あとは完成データを我々のサイトにアップロードしていただくだけです」</div><br /><br />

 　<div id="main">亮輔の最後の言葉を聞いた瞬間、渋沢ははっとした。この話に素直に乗れぬと思っていた何か。その正体がはっきりと分かったからだ。<br />  我々のサイトに乗せる。それは情報の発信元を一手に握られ、強大な権力を与えてしまうことを意味するからだ。</div><br /><br />

 　クリスマスに、グローバル・テレコムの新事業は、極東日報に替わって毎朝新聞が参加して花々しくスタートした。<br /><br />

 　その動きを冷静に見ながら、渋沢は秘かに大手出版六社、第1位の携帯電話会社ワールドフォン、大手家電メーカー、パシフック電器と新たなプラットフォームを立ち上げる準備を進めていた。経済界に強い影響力を持つ渋沢だからこそできたグループ化だった。<br /><br />

 　6月に投入された電子書籍端末「ノア」は、コンテンツの多様さと価格の安さの相乗効果で一気にシェアーを伸ばし、先駆者グローバル・テレコムが「切り開いた沃野を奪い去った」。<br /><br />

 　「紙か電子か」の選択を迫られるなかで、渋沢は冷徹に自らを育ててくれた「紙」を捨てた。新聞販売店が経営危機に陥ったが、渋沢は民間人に与えられる最高位の勲章
<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%AD%E6%97%A5%E5%A4%A7%E7%B6%AC%E7%AB%A0" target="_blank">「旭日大綬章」</a>を受けることになった。「新メディアの確立に貢献した功績」を評価されて・・・。<br /><br />

 　亮輔の義父新原孝造は、終戦直後、新聞社の大切な情報伝達手段だった伝書鳩の飼育担当だった。その仕事が時代の流れでなくなり、先輩である渋沢の世話で新聞販売店を経営していた。その店がつぶれるのも目に見えている。その旗振り役が渋沢と知って驚く。<br /><br />

 　孝造は、箪笥のなかから古い書類を取りだし、伝書鳩の通信管に入れ、極東日報のライバル社毎朝新聞に向けて飛ばした。<br /><br />

 　その書類には、渋沢が綬勲した「旭日大綬章」を地に落とし「虚空の冠」にしてしまうであろう通信文が書かれていた。<br /><br />
　 
]]>
        
    </content>
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    <title>読書日記「蜩ノ記　ひぐらしのき」（葉室　麟著、祥伝社刊）</title>
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    <published>2012-03-30T00:28:36Z</published>
    <updated>2012-03-30T01:59:30Z</updated>

    <summary> 蜩ノ記posted with amazlet at 12.03.30葉室 麟 ...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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    </author>
    
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    <category term="葉室　麟" label="葉室　麟" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<br />
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396633734/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51oPUNZWn9L._SL160_.jpg" alt="蜩ノ記" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396633734/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">蜩ノ記</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4396633734/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="蜩ノ記" target="_blank">amazlet</a> at 12.03.30</div></div><div class="amazlet-detail">葉室 麟 <br />祥伝社 <br />売り上げランキング: 1253<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396633734/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></div>
<br /><br />
　この本を知ったのは昨年末。和歌山の山小屋に夫婦で暮らす友人のブログ
<a href="http://yoko87.blog74.fc2.com/blog-entry-683.html
" target="_blank">「森に暮らすひまじん日記」</a>でだった。
<br /><br />
　その時にも気にはなっていたのだが、この1月初めに直木賞の候補になったのを知って図書館に貸出予約を入れた。16人待ちだったのが、先日やっと順番が回ってきて、一気に読んだ。無事、今年の直木賞に決まったから、私の後にはまだ７０人近い購読希望者が待っている。
<br /><br />
「森に暮らすひまじん日記」に書かれた、あらすじを借りることにしよう。
<br /><br />
　九州は豊後の小藩で奥祐筆を勤める壇野庄三郎は、城内で刃傷沙汰を起こした。切腹は免れたが、山村に幽閉され、藩史の編纂を続ける元郡奉行戸田秋谷の監視と編纂の手伝いを命じられた。
<br /><br />
　秋谷は、前藩主の側室と密通した罪で幽閉され、１０年後には切腹するよう言い渡されていた。それまでは藩史編纂が課せられ、命を区切られた人生を生きて行く。庄三郎が秋谷の幽閉先に赴いたのは、切腹まで残り３年に迫っていた。
<br /><br />
　庄三郎は、秋谷の凛とした生き方に心を動かされ、不義密通にも疑問を持つようになった。妻と子供二人は秋谷の生き方を信じ、切腹までの残された日々を見つめながら健気に生きて行く。
<br /><br />
　「蜩ノ記」とは、山村に幽閉されて家譜編纂に携わってきた戸田秋谷が書いてきた日記の名前だ。
<br />
　<div id="main">「夏がくるとこのあたりはよく蜩が鳴きます。とくに秋の気配が近づくと、夏が終わるのを哀しむかのような鳴き声に聞こえます。それがしも、来る日一日を懸命に生きる身の上でござれば、日暮らしの意味合いを寵（こ）めて名づけました」　　　</div><br /><br />

　庄三郎は、訪ねてきた親友・信吾に戸田を助けられないかと、無理を承知であることを頼む。信吾は、城内で刃傷沙汰を起こした当の相手だ。
<br /><br />
　<div id="main">「・・・ここに来て（三浦家譜）編纂を手伝ううちに、わたしは武士とは何なのかを考えるようになった」<br />　・・・「御家（おいえ）には昔から対立や争いがあったようだ。時にそれは、村の百姓も巻き込んでいる。村に住んでみて、武士というものがいかに居丈高なものか、徐々にわかってきた」<br />　・・・「しかし、戸田様はさような武士の在り方とは違って、百姓たちとともに生きようとなされておる。わたしはそのような戸田様の武士としての生き方に感じ入った。それゆえ、戸田様をお守り
いたしたいと思っておるのだ」</div><br /><br />

　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E5%AE%A4%E9%BA%9F
" target="_blank">著者</a>は、直木賞を受賞した際の1月18日付読売新聞「顔」欄で「編集者から武士の矜持（きょうじ）をと言われ、スッピンのストレートの思いを書いた」と、正直に答えている。そんな注文を小説に仕立てられるのは、さすがプロの作家である。
<br /><br />
　物語は、百姓の息子で戸田の嫡男、郁太郎の親友である源吉が、お家の奉行の拷問を受けで死んだことでクライマックスを迎える。
<br /><br />
　源吉のかたきを討つため、私欲で策を弄していた家老の屋敷に押しかける決心をする。庄太郎は「道案内をする」と、同行を申し出る。
<br /><br />
　そっと出ていった2人を心配する妻と娘に、戸田は静かに答える。
<br /><br />
　<div id="main">「武士（もののふ）の心があれば、いまの郁太郎は止められぬ。檀野（庄太郎」殿は郁太郎を見守るつもりで追ってくれたのであろう」<br />　「檀野殿は武士だ。おのれがなそうと意を固めたならば、必ずなさずにはおられまい。檀野殿の
心を黙って受けるほかないのだ」</div><br /><br />

　郁太郎と庄太郎は、家老家に押し入り、見事な技で家老の助っ人を退け、家老が武士にあるまじき"命乞い"の言葉を出すまでに追い詰める。
<br /><br />
　家老がどうしてもほしかった文書を手に家老宅に来た戸田は、家老の胸倉をつかみ、顔を殴りつけると、静かに話した。
<br /><br />
　<div id="main">「源吉が受けた痛みは、かようなものではなかったのでござる。領民の痛みをわが痛みとせねば家老は務まりますまい」</div><br /><br />

　郁太郎と庄太郎とともに、山村に帰った戸田は、約束されていた8月8日の朝。検分役の見守る前で、見事に切腹をしてはてた。
<br /><br />
　読売「顔」欄で、著者はこうも答えている。
<br /><br />
　「東日本大震災を経た今、日本人のありようが問われている。・・・日本人古来の生き方を描く時代小説だからこそ、できることがきっとある」
<br /><br />]]>
        
    </content>
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    <title>読書日記「僕は、僕たちはどう生きるか」（梨木果歩著、理論社）</title>
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    <published>2012-03-17T08:13:29Z</published>
    <updated>2012-03-20T05:03:54Z</updated>

    <summary> 僕は、そして僕たちはどう生きるかposted with amazlet at ...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="北御門二郎" label="北御門二郎" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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        <![CDATA[<br />
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4652079796/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41yuTZrCZpL._SL160_.jpg" alt="僕は、そして僕たちはどう生きるか" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4652079796/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">僕は、そして僕たちはどう生きるか</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4652079796/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="僕は、そして僕たちはどう生きるか" target="_blank">amazlet</a> at 12.03.17</div></div><div class="amazlet-detail">梨木 香歩 <br />理論社 <br />売り上げランキング: 880<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4652079796/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />
　図書館に予約してから借りれるまで、ずいぶん時間がかかってしまった。<br /><br />

<a href="
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%A8%E6%9C%A8%E9%A6%99%E6%AD%A9
" trget="_blank">著者</a>の作品を、このブログに書くのは<a href="
http://n-shuhei.net/masablog/2008/06/24_0924.php" " target="_blank">
「西の魔女が死んだ」</a>以来。このブログの管理者<a href="
http://n-shuhei.net/atelier/" target="_blank">
n-shuhei</a>さんが紹介していた<a href="
http://n-shuhei.net/atelier/2010/07/19_1516.php" " target="_blank">
「渡りの足跡」</a>といった著書もあるナチュラリストだけに、久しぶりに"梨木ワールド"に遊ぶことができそうだと、ページを繰った。<br /><br />

　ところがなんとなんと、この本は、自然の素晴らしさなどを描く少年少女小説の形をとりながら、随所に社会批判の厳しい塊が埋め込まれているハードな読み物だった。<br /><br />

　あだ名が「コペル君」という１４歳の少年が「僕の人生に重大な影響を与えたと確信している」長い１日の出来事を自ら綴っていく。コペルというのは<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9 " target="_blank"> 「コペルニクス」</a>の略。コペル君は事情があって、現在１人住まいだ。<br /><br />

　
　1冊の種本がある。<br />
　巻末の参考文献になかに、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8E%E6%BA%90%E4%B8%89%E9%83%8E " target="_blank"> 吉野源三郎</a>が、昭和１２年に書いた「君たちは、どう生きるか」という小説が載っている。その主人公である中学2年の少年のあだ名が、やはり｢コペル君｣。
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003315812/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/517uwJpC1TL._SL160_.jpg" alt="君たちはどう生きるか (岩波文庫)" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003315812/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">君たちはどう生きるか (岩波文庫)</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4003315812/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="君たちはどう生きるか (岩波文庫)" target="_blank">amazlet</a> at 12.03.17</div></div><div class="amazlet-detail">吉野 源三郎 <br />岩波書店 <br />売り上げランキング: 326<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003315812/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />

　吉野源三郎の本は、満州事変が始まり、軍国主義が勢力を強める時期に書かれた。「せめて少年少女だけは、時勢の悪い影響から守りたい」と思い立って書かれたという。今でも読み継がれている名作だ。<br /><br />

　2つの小説の筋書きはまったく違うが、梨木果歩は、あえて主人公を同じ｢コペル君｣と名付けた。いじめや性的虐待、原発にふるさとを追われるなど、少年少女が生きにくくなっている今の時代を「どう生きていくのか」について問いかけるため、らしい。<br /><br />

　コペル君は叔父さん(母親の弟)の「ノボちゃん」と、同級生の友人「ユージン」がやはり１人で住む家を訪ねる。その家の庭は、町のなかにあるのになぜか深い森に囲まれている。<br /><br />
　
<div id="main">
　「シイ、カシ、ヤブツバキ。エノキにケヤキか。いい森だなあ。この匂いは、クスノキも
あるな」<br />　今ノボちゃんがあげた樹種は、みんな立派な大木だ。他にも<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8E%E3%82%AD
" target="_blank">ハノキ</a>やら細い木もいろいろあるけれど、詳しくはよく分からない。照葉樹のちょっとほの暗い感じと、爽やかな明るい落葉樹の感じがとても良く交じり合って、陽の光があちこち木漏れ日になって差し、町中にあるのに深山幽谷の雰囲気を出している。その木漏れ日の一つが、濃い黄色の花にあたっている。一重の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%96%E3%82%AD
" target="_blank"> ヤマブキ</a>そっくりだけど‥...・。僕の視線の先に気づいたノボちゃんが、<a href="
http://yasashi.info/ya_00008.htm
" target="_blank"> 「ヤマブキソウ」</a>だと呟いた。<br />　それから二人同時に、あ、と声を上げた。派手な黄色のヤマブキソウにばかり目を引かれていたけれど、その向こうの、青々とした若葉が美しいカエデの木の根元に、何十だか分からないぐらいの数の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%82%A6" target="_blank"> クマガイソウ</a>の群落を見つけたのだ。<br />　「奇跡だな、これは」<br />　ノボちゃんが呟いた。思わずため息が出る。</div><br /><br />

　歩いていくと、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%93%E3%83%8D" target="_blank"> 　エビネ</a>が何本も株立ちし、<a href="
http://pianix.exblog.jp/8461779/" target="_blank"> キンラン</a>、<a href="
http://rokkoflower.cool.ne.jp/souhon/sub667.html" target="_blank"> ギンラン</a>、
<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%82%A6" target="_blank"> ニリンソウ</a>の茂みがある・・・。いずれも、ユージンのおばあさんが、開発が進む付近の土地から移植したものだ。<br /><br />

　１００年前なら、こんな風景があたり一帯に広がっていたのに「緑を見ると、コンクリートで固めてしまおう、と手ぐすね引いている人たち」がいる。「ユージンは、これからそういう人たちを相手に戦わなければならない」。そのことを、コペルは虚を衝かれたように感じる。<br /><br />

　木立の向こうの池には、<a href="
http://mushinavi.com/navi-insect/data-amenbo_oo.htm" target="_blank">
オオアメンボ</a>がおり、、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%83%9B%E3%83%8D
" target="_blank">コウホネ</a>や<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B7
" target="_blank">ヒシ</a>といった水草が生え、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%83%98%E3%83%93
" target="_blank"> カラスヘビ</a>が泳いでいる。<br /><br />

　ノボちゃんは草木染めに使うヨモギを刈り、ユージンのいとこの「ショウコ」もやって来て、<a href="
http://www2.jan.ne.jp/~yonezawa/ukogi/ukogi-01.html" target="_blank">
ウコギ</a>の葉を刻みこんだご飯を炊き、ゆでた<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%A6" target="_blank">スベリヒユ</a>をベーコンで炒めて昼食にする。<br /><br />

　食べながら、ユージンとコペルがノボちゃんに連れられて「駒追山」という山中に入り込み、人が住んでいた形跡が残る洞穴を見つけたことが話題になる。<br /><br />

　そこには戦時中、召集令状を拒否した男が「群れから離れて」住んでいた。戦争が終わって皆に気づかれずに出ていった男は、数十年に帰ってきた。その男は、そんなところに
籠ってずっと考えいたことについて、こう答えた。「僕は、そして僕たちは、どう生きるかについて」<br /><br />

　ノボちゃんは、さらに続ける。<br />
　「彼が洞窟の中で考えていたことだけど　こんなことも言ってた。群れのために、滅私奉公というか、自分の命まで簡単に、道具のように投げ出すことは、アリやハチでもやる。つまり、生物は、昆虫レベルでこそ、そういうこと、すごく得意なんだ。動物は、人間は、もっと進化した、『群れのため』にできる行動があるはずじゃないかって......」<br /><br />

　巻末の参考文献には、トルストイ関連の著書が多い<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%BE%A1%E9%96%80%E4%BA%8C%E9%83%8E
" target="_blank">北御門二郎</a>の
「ある徴兵拒否者の歩み」が、挙げられている。
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622074834/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41cF7Aq6lYL._SL160_.jpg" alt="ある徴兵拒否者の歩み" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622074834/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ある徴兵拒否者の歩み</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4622074834/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="ある徴兵拒否者の歩み" target="_blank">amazlet</a> at 12.03.17</div></div><div class="amazlet-detail">北御門二郎 <br />みすず書房 <br />売り上げランキング: 649234<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622074834/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />

　ノボちゃんはまた、コペルがまだ小さかったころ、一部の国会議員などが｢最近の若者は軟弱だ｣と言いだすなど、徴兵制度復活へのきなくさい空気があったことを話す。<br /><br />

　「こういう動きは、あれよあれよとどうなっていくか分からないのが世の常だ。だから、コボルのお母さんは、ギリギリの妥協として<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E5%BF%83%E7%9A%84%E5%85%B5%E5%BD%B9%E6%8B%92%E5%90%A6" trget="_blank">良心的兵役拒否</a>の条項を入れてもらうために戦う覚悟をしていた」<br /><br />

　コペル君は、父親に教えられた土壌のなかの生き物を探すのが趣味だ。ユージンと2人で庭の土壌を掘ってみると、出て来る、出て来る。ダンゴムシのⅠ種、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%A0%E3%82%B7#.E3.82.AA.E3.82.AB.E3.83.80.E3.83.B3.E3.82.B4.E3.83.A0.E3.82.B7
" target="_blank"> オカダンゴムシ</a>、<a href="
http://mushinavi.com/navi-insect/data-waraji_dango_kosibiro_seguro.htm
" target="_blank">セグロコシビロダンゴムシ</a>・・・。豊かな自然が残っている証拠だ。<br /><br />

　土壌の虫を探しながら、ユージンは長年登校拒否をしていた理由を初めてコペル君に話す。<br /><br />

　可愛がっていたニワトリを飼えなくなり、校長に頼んで学校で育ててもらうことにした。<br />　ユージンを嫌いだったらしい担任の男の先生はクラスの皆に提案する。｢今、そこのある命が自分の血や肉になるという体験をしてもらいたい｣<br />　クラスメイトはしぶしぶ賛成し、ニワトリはその日、唐揚げや炊き込みご飯に調理された。ユージンが手をつけられないのを、教師は見ていた。<br />　
　翌日、給食が終わった後、教師は言った。「さっき君が飲んだスープは、昨日のあのニワトリのガラから採ったものだよ」。ユージンは、激しく吐いた。<br /><br />

　小さな人間に、取り返しのつかない残酷な行為をする大人は、ほかにもいた。<br /><br />

　この庭に「インジャ」と呼ばれる少女が、隠れ住んでいたことが分かる。<br />
そのいきさつは、本文中で特にゴシック文字で書かれている。<br /><br />

　インジャは、図書館で少年少女向け雑誌にＡＶビデオの監督が書いたエッセイを読んで「アルバイトでもできるかも」と、書かれていたメールアドレスに連絡した。出版社と著者が組んだ「巧妙な素人モデル募集広告」だった。密室に閉じ込められて"レイプ"されるのを撮られた。<br />　部屋のなかにいるだけで呼吸困難になったインジャは、友人のショウコに勧められ、家主のユージンらにも知られず、この庭に住みついた。<br /><br />

　参考文献の「御直披（おんちょくひ）」（板谷利加子著、角川文庫）には「レイプ被害者が戦った、勇気の記録」と、注釈がある。
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043536011/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/books/comingsoon_books.gif" alt="御直披―レイプ被害者が闘った、勇気の記録 (角川文庫)" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043536011/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">御直披―レイプ被害者が闘った、勇気の記録 (角川文庫)</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4043536011/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="御直披―レイプ被害者が闘った、勇気の記録 (角川文庫)" target="_blank">amazlet</a> at 12.03.17</div></div><div class="amazlet-detail">板谷 利加子 <br />角川書店 <br />売り上げランキング: 346841<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043536011/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />

　ショウコの母の友人であるオーストラリアの青年、マークがやってきて、庭で焚火をすることになった。<br /><br />

　<div id="main">　ショウコは(土壌を痛めないために)アルミホイルをざっと長く引き出し、一メートルほどの長さを、地面の上に敷いた。それを数回繰り返して、一メートル四方の風呂敷を敷いた形をつくった。<br />　・・・その真ん中に、真っ直ぐな枝を一本突き刺し、それを囲むようにして、枯れ葉の残っているようなワシャワシャした細い小枝を立てかけていった。<br />　・・・　風向きを調べ、風上に向かって小枝の塊に隙間をつくった。<br />　・・・新聞紙を破ってくしやくしやにし、さらにそれをひねって棒状にしたものをつくった。風上に自分の体を持っていって、それの先にマッチで火を
つけ、さっきつくった小枝の隙間に差し入れた。<br />　火はパチパチと機嫌良く、クリスマスツリーのイルミネーションみたいに火花を散らした。</div><br /><br />

　長年、スカウト活動をしてきたショウコの見事な技だった。<br /><br />

　そっと、インジャを焚火に誘ってみた。<br /><br />

　<div id="main">　インジャはおずおずと、でも、確かに、こちらに近づいてきた。森の中から、やっと抜け出してきた人みたいに。</div><br /><br />

　<div id="main">あの日の、あの瞬間のことを、僕は一生忘れないだろう。<br />
人間には、やっぱり、群れが必要なんだって、僕は今、しみじみ思う。インジャの身の上
に起こったことを知った今になっても。</div><br /><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　<div id="main">そう、人が生きるために、群れは必要だ。強制や糾弾のない、許し合える、ゆるやかで温かい絆の群れが。人が一人になることも了解してくれる、離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる、そんな　「いい加減」の群れ。</div><br /><br />

　　<div id="main">けれど、そういう「群れの体温」みたいなものを必要としている人に、いざ出会ったら、ときを逸せず、すぐさま迷わず、この言葉を言う力を、自分につけるために、僕は、考え続けて、生きていく。</div><br /><br />

<div id="main">　やあ。<br />　よかったら、ここにおいでよ。<br />　気に入ったら、<br />　ここが君の席だよ。</div><br /><br />
　

　「さて、残された人生をどう生きるか」<br />　過去の「群れ」の束縛から解放された７０歳の独居老人も、コボル君に大きく遅れをとられながらも、そのことを考える。<br />　｢暖かい群れ｣とは、１人だけでは生きることができない人間同士が、言葉を交わしあう、ということだろう。心をふれあい、共感していく。そんなやわらかな気持ちをずっと持ち続けたい。「死ぬ時は、一人」。その時まで。<br /><br />
　]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>読書日記「瓦礫の中から言葉を　わたしの＜死者＞へ」（辺見庸著、NHK出版新書）</title>
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    <published>2012-03-08T11:18:12Z</published>
    <updated>2012-03-08T11:19:51Z</updated>

    <summary> 瓦礫の中から言葉を―わたしの＜死者＞へ (ＮＨＫ出版新書　363)posted...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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    </author>
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<div id="main500">
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</div>
<br /><br />
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BA%E8%A6%8B%E5%BA%B8
" trget="_blank">著者</a>は宮城県石巻出身だが「脳出血の後遺症で右半身がどうして動かない」ため、被災地に駆けつけた友人、知人を助けにいくことができない。<br />
　代わりに、友人たちからの電話などで情報が集まってくる。<br /><br />

　<div id="main">三陸の浜辺に夜半、打ち上げられた屍体があった。それは首のない屍体であったり、手足や眼球をなくした屍体であったり、逆に首だけの、胴だけの、片眼だけの部位だったりする。それが真っ暗闇の浜辺に何体も何体も打ち上げられている。<br />　　　今度の津波はゆっくりと水位が上がってくるようなものではなかったのです。・・・もっと金属的なひどく重いものが、一気に突進してきたような。・・・人間のからだはどうなるのか。それはもうねじ切れてしまう。爆撃を受けたみたいに破断する。わたしの友人は、そういう大げさなひどい言葉をつかわない人間だけれども吐くように言っていました。「地獄だ」と。</div><br /><br />

　しかし、当時の新聞やテレビで流されていたのは「おびただしい屍体をかき消した薄っぺらな風景」でしかなかった。<br />
死者、行方不明者数や放射線量など乾いたデータばかりで「死はそれぞれの重み、厚み、深み、リアリティを奪われ、風景はいわば漂白され除染され除菌され消臭されていました」
<br /><br />
　東京のある放送局につとめる若い友人は、３・１１後の局内の雰囲気を「まるで戒厳令下です」と話した。<br /><br />

　<div id="main">経験したこともない大きな出来事に遭遇すると、ニュースメディア内部では異論の提起、自由な発想がとどこおり、沈黙と萎縮、思考の硬直とパターン化におちいったりするものです。だれが命じたわけでもないのに、表現の全分野で自己規制がはじまります。</div><br /><br />
　
　「法律も戒厳司令部も発令主体も責任の所在」もなく「だれからともなく、菌糸のように発酵し」ひろがっていく「心の戒厳令」が、世の中を覆ってしまったのだ。<br /><br />

　３・１１という深い現実に迫ろうとする本当の｢言葉｣は、どこにも見あたらなかった。<br /><br />

　政府が「福島原発から放出された放射性セシウム１３７は広島に投下された原子爆弾の百六十八個分」という試算を発表した時もそうだった。<br />　「語り手や記事の書き手が、数値と人間の間の恐ろしい真空を、生きた言葉で埋めようとしていないために、なにごとも表現していない状況が続いた。<br /><br />

　著者にとって、広島に落とされた原発は単なる「数値」などではありえない。被爆体験はないが、中学3年生の時に読んだ<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%B0%91%E5%96%9C" trget="_blank">
原民喜</a>の小説<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E3%81%AE%E8%8A%B1" trget="_blank">
「夏の花」</a>から得た迫体験が、心の奥深く刻み込まれたからだ。<br /><br />

この小説のなかに、次のようなカタカナの１節が挿入されている。<br /><br />

<div id="main">ギラギラノ破片ヤ<br />　灰白色ノ燃エガラガ<br />
ヒロビロトシタ　パノラマノヨウニ<br />
アカクヤケタダレタ　ニンゲンノ死体ノキミョウナリズム<br />
スベテアツタコトカ　アリエタコトナノカ<br />
パット剥ギトツテシマッタ　アトノセカイ<br />
テンプクシタ電車ノワキノ<br />
馬ノ胴ナンカノ　フクラミカタハ<br />
ブスブストケムル電線ノニオイ</div><br /><br />

「スベテアツタコトカ　アリエタコトナノカ」<br />　「パット剥ギトツテシマッタ　アトノセカイ」<br />
この2行について著者は「そのまま大震災、原発メルトダウンにあてはめてもなんら違和感はありません」と書く。<br /><br />

　さらに著者は、"数値報道"で隠されてしまった「ひとりひとりの死」について考える。
　
　シベリア抑留体験をした詩人、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E5%90%89%E9%83%8E
" trget="_blank">石原吉郎</a>の言葉を引用している。<br /><br />

　<div id="main">私は、広島告発の背後に、「一人や二人が死んだのではない。それも一瞬のうちに」という発想があることに、つよい反撥と危倶をもつ。一人や二人ならいいのか。時間をかけて死んだ者はかまわないというのか。戦争が私たちをすこしでも真実へ近づけたのは、このような計量的発想から私たちがかろうじて脱け出したことにおいてでは
なかったのか。<br />　「一人や二人」のその一人こそが広島の原点である。年のひとめぐりを待ちかねて、燈寵を水へ流す人たちは、それぞれに一人の魂の行くえを見とどけようと願う人びとではないのか。広島告発はもはや、このような人たちの、このような姿とははつきり無縁である。<br />　
　　　　　　　　　　　　（「アイヒマンの告発」『続・石原吉郎詩集』思潮社より）</div><br /><br />

　著者は「『一人の魂の行くえを見とどけようと願う』だけでよいのか」と自問しつつ、
<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E7%94%B0%E5%96%84%E8%A1%9B
" trget="_blank">堀田善衛</a>の著書のなかにある「人間存在というものの根源的な無責任さ」という言葉に救いを求めようとする。「人間存在の無責任さ」を「私自身の無責任さ」と、置き換えることによって・・・。<br /><br />

　　<div id="main">......大火焔のなかに女の顔を思い浮べてみて、私は人間存在というものの根源的な無責任さを自分自身に痛切に感じ、それはもう身動きもならぬほどに、人間は他の人間、それが如何に愛している存在であろうとも、他の人間の不幸についてなんの責任もとれぬ存在物であると痛感したことであった。それが火に焼かれて黒焦げとなり、半ば炭化して死ぬとしても、死ぬのは、その他者であって自分ではないという事実は、如
何にしても動かないのである。<br />　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（『方丈記私記』ちくま文庫より）</div><br /><br />

　辺見庸の作品は、年々難しくなっているように思う。３・１１前後に書かれた何冊かを手にしたが、浅学菲才の頭脳が消化できず、途中下車してしまった。<br /><br />

　「あとがき」のなかで著者は「この本のテーマ（キーワード）は『言葉と言葉の間に屍がある』と『人間存在というものの根源的な無責任さ』」と書いている。<br /><br />

　「言葉と言葉の間に屍がある」も本文にある。やはり消化できないままでいる。<br /><br />


　]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>読書日記「イエスの言葉　ケセン語訳」(山浦玄嗣著、文藝春秋新書) </title>
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    <published>2012-02-25T21:19:43Z</published>
    <updated>2012-02-25T21:19:43Z</updated>

    <summary> イエスの言葉　ケセン語訳 (文春新書)posted with amazlet ...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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    </author>
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<br /><div id="main500">
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</div>
<br /><br />
この本が誕生したいきさつは、序文「はじめ」のなかで説明されている。<br /><br />

　３・１１の東北大津波で、医師である<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%B5%A6%E7%8E%84%E5%97%A3
"target="_blank">著者</a>の診療所がある大船渡市も市街地の半分が流された。
カトリック信者である山浦医師は、古代ギリシャ語で書かれた新約聖書を、東北・<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97%E4%BB%99%E9%83%A1"target="_blank">
気仙地方</a>で普段に使われる<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%BB%E3%83%B3%E8%AA%9E
"target="_blank">ケセン語</a>訳で出すことに挑戦した。だが、出版した大船渡市の
<a href="http://www.epix.co.jp/"target="_blank">イー・ピックス出版</a>も社屋を失った。<br /><br />

ところが、奇跡が起こった。<br /><br />

津波でつぶれた出版社の倉庫の泥にまみれた箱の中からほとんど無傷の三千冊のケセン語訳聖書の在庫が見つかったのだ。津波の洗礼を受けた聖書として有名になったケセン語訳聖書は、日本中の人びとの感動を呼び、数カ月で飛ぶように売れてしまった。<br /><br />

そんな時、文嚢春秋の女性編集者が「瓦礫と悪臭におおわれた惨憤たる道を踏み越えて」訪ねてきた。<br /><br />

<div id="main">ケセン語訳聖書がこんなに多くの人びとに喜ばれ、受け入れられているのは、難解だった従来の聖書の翻訳をほんとうにわかりやすくしたからです。この心を全国の人びとに伝えたい。人の幸せとは何かと問う福音書の心こそ、災害に打ちひしがれている日本人によろこびの灯をともすはずです。イエスのことばをふるさとのことばに翻訳した中で得た多くのことをぜひ本にしてみなさんに読んでいただきましょう！
</div><br /><br />　　

この本は、イエスの言葉を引用しつつ、山浦医師の生きざま、復興に立ち向かう東北の人々の思いのたけを綴っている。<br /><br />

話し言葉である「ケセン語」を、文章に直すのは至難の業だったろう。だから最初に「ケセン語の読み方」という注釈がついている。<br /><br />

<div id="main">本文で、「が(●）ぎ（●）ぐ（●）げ（●）ご（●）」はガ行濁音で、「がぎぐげご」はガ行鼻濁音で読む。<br />　振り仮名で「ガギグゲゴ」はガ行濁音、「がぎぐげご」はガ行鼻濁音。また、振り仮名で促音「つ」は「ﾂ」と書く。<br /><br />

＊尚、聖書引用は日本聖書協会『聖書新共同訳』による。</div><br /><br />

　学生時代に東北地方を旅し、列車の中で出会った行商のおばさんたちが話す言葉がさっぱり分からず、あ然、がく然とした思い出がある、<br /><br />

　この本に書かれた「ケセン語」のイエスの言葉もちっとやそっとでは理解できない。しかし、それに続く山浦医師の解説は、カトリック信者のはしくれである私にも「目からうろこ」の連続だった。そして「ケセン語訳」イエスの言葉が身にしみてくるのである。<br /><br />

<div id="main">敵(かだギ)だってもどご(●）までも大事（でァじ）にし続（つづ）げ（●）ろ。<br />　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ケセン語訳／マタイ五・四四）<br /><br />
敵を愛し...（中略）...なさい。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（新共同訳）</div><br /><br />

　「ケセン語には愛ということばはない。・・・そういうことばは使わない」。山浦医師は、東北人らしく率直に切り出す。<br /><br />

　「愛している」なんて、こそばゆくて、むしずが走るようなことばだ。『神を愛する』なんて失礼な言葉はない。『お慕申し上げる』ならわかるが、『愛する』はないでしょう。ペットではあるまいし！」<br /><br />

　「ギリシャ語の動詞アガパオーを『愛する』と訳したために、聖書の言葉が日本人の心に届いていない」。４２０年ほど前のキリシタンは「大切にする」と訳し、「愛する」は妄執のことばとして嫌ったという。<br /><br />

「『お前の敵を愛せ』は誤訳だ。イエスは『敵（かたギ）だっても大事（でｱじ）にしろ。嫌なやつを大事にすることこそ人間として尊敬に値する』と言っているのだ」<br /><br />

医師の言葉は、どこまでも先鋭かつ鮮烈である。<br /><br />

<div id="main">願（ねが）って、願（ねが）って、願（ねげ）ｱ続（つづ）げ(●）ろ。そうしろば、貰（もら）うに可（い）い。探（た）ねで、探（た）ねで探（た）ね続（つづ）げろ。そうしろば、見（め）付(ﾂ)かる。戸（と）ｵ叩（はで）ｱで、叩ｱで、叩（はだ）ぎ続（つづ）げろ。そうしろば、開（あ）げ（●）もらィる。<br />　誰（だん）でまァり、願（ねげ）ｱ続（つづ）げる者（もの）ｱ貰（もら）うべし、探（た）ね続（つづ）げる者（もの）ｱ見（め）付(ﾂ)けんべし、戸（と）ｵ叩（はだ）ぎ続（つづ）げる者（もの）ｱ開（あ）げ（●）でもらィる。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ケセン語訳／マタイ七・七～八）<br /><br />

求めなさい。そうすれば、与えられる。<br />　探しなさい。そうすれば、見つかる。<br />　門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。<br />　だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。<br />
　　　　　　　　                                         　　　（新共同訳）</div><br /><br />

　山浦医師は、この箇所をケセン語に訳そうとした時、新共同訳を見て「ちょっと待てよ」と思った。<br />
　「人生を振り返って、求めたからといって与えられるとは限らない。・・・それどころか、求めて得られず、探して見つからないことが多すぎるからこそ、・・・人生で苦労している」<br /><br />

　疑問の答えが見つからないまま、ギリシャ語文法の勉強をしていた時、ギリシャ語の命令形には、その動作を継続して実行することを要求する「継続命令」と、ひとくくりに一回性のものとして要求する「単発命令」という2つの種類があることに気づいた。<br />　　マタイ伝を読みなおして「求めろ、探せ、たたけ」は「継続命令」であることが分かった。
そして、ケセン訳と同時に、こんな日本語"私訳"をつくった。<br /><br />

　　<div id="main">願って、願って、願いつづけろ。そうすれば、貰える。<br />　探して、探して、探しつづけろ。そうすれば、見つかる。<br />　戸を叩いて、叩いて、叩きつづけろ。そうすれば、戸を開けてもらえる。<br />　誰であれ、願いつづける者は貰うであろうし、探しつづける者は見つけるであろうし、戸を叩きつづける者は開けてもらえる。　
</div><br /><br />

　医師は続けて書く。<br />
　「イエスはたとえ話しの後でよく『聞く耳のある者は聞け』といいます。これは継続命令です。・・・一度聞いた話を心の中で何度も反芻し、繰り返し繰り返し、聞き続けろということです。"神さまのお取り仕切り（ケセン語訳で神の国、天の国のこと）"に参加するには、このしつこさが必要なのだと、イエスはしつこくしつこくいっている・・・。」<br /><br />
　

　この本の巻末に「新しい聖書翻訳のこころみ」という数ページがある。<br />　例えば「永遠の命」は「いつまでも明るく活き活き幸せに生きること」、「心の貧しい人」は「頼りなく、望みなく、心細い人」、「柔和な人」は「意気地なし、甲斐性なしなし」・・・。<br /><br />

　<a href="
　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E6%BE%A4%E5%A4%8F%E6%A8%B9
　"target="_blank">池澤夏樹</a>の
「ぼくたちが聖書について知りたかったこと」という本にこんな一節がある。<br /><br />

　<div id="main">秋吉さん（秋吉輝雄・立教女学院短期大学教授）は、本来、聖典は朗諦・朗詠されるものだと書かれていますね。その意味で見事なのは、岩手の山浦玄嗣さんというお医者さんが出したケセン語訳の聖書「ケセン語訳新約聖書」（　イー・ピックス刊、二〇〇二）です。福音書を岩手県気仙地方の言葉に訳したのですが、あれはまさしく読むだけでなく、朗唱するものとして作られている。山浦牧師（？）は、信仰というものは魂に訴えるのだから、生活の言葉でなくてはダメだと考えて、ケセン語訳をしたんです。聞いていた信者のおばあさんが「いがったよ！　おら、こうして長年教会さ通ってね、イエスさまのことばもさまざま聞き申してきたどもね、今日ぐれァイエスさまの気持ちァわかったことァなかったよ！」　と言ったとか。</div><br /><br />

　この「ケセン語訳新約聖書」が、３・１１で奇跡的に見つかり、完売した聖書だ。<br /><br />

一方で、山浦医師らの長年の夢が３・１１で失われた。「ケセン語になじみのない一般の日本人にもたのしめるような『セケン（世間）語訳』を出してほしい」という要望で、日本各地の方言をしゃべる新しい福音書が出版を間近にして流されてしまったのだ。<br /><br />

　しかし「日本中のふるさとの仲間にイエスのことばをつたえようという望み」は消えなかった。生き残った社員が集まり、山浦医師の書斎に残っていた原稿から新しい版を起こす仕事が始まった。<br /><br />

山浦玄嗣医師訳<a href="
http://www.epix.co.jp/book-yamaura.html"target="_blank">
「ガリラヤのイェシュー；聖書－日本語訳新約聖書四福音書」（イー・ピックス出版）</a>は、昨年１１月に出版された。<br /><br />

山浦医師によると「イエスは仲間内で喋るときには方言丸出しだが、改まったお説教をするときや、 階級の上の人に対しては公用語を使う。さらに、ファイサイ衆は武家用語、領主のヘロデは大名言葉、 ユダヤ地方の人は山口弁。ローマ人は鹿児島弁、 ギリシャ人は長崎弁」と全国各地の方言が飛び交う。<br /><br />

芦屋市立図書館には、すでに所蔵されていた。予約したが、まだ手にすることはできていない。<br /><br />
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093878471/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41KbrMYgkxL._SL160_.jpg" alt="ぼくたちが聖書について知りたかったこと" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093878471/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ぼくたちが聖書について知りたかったこと</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4093878471/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="ぼくたちが聖書について知りたかったこと" target="_blank">amazlet</a> at 12.02.26</div></div><div class="amazlet-detail">池澤 夏樹 <br />小学館 <br />売り上げランキング: 189478<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093878471/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div><br />
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901602330/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/510JgceXxuL._SL160_.jpg" alt="ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901602330/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4901602330/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書" target="_blank">amazlet</a> at 12.02.26</div></div><div class="amazlet-detail"><br />イーピックス出版 <br />売り上げランキング: 6193<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901602330/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div><br /><br />
]]>
        
    </content>
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    <title>読書日記「舟を編む」（三浦しをん著、光文社刊）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://n-shuhei.net/masablog/2012/02/14_1519.php" />
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    <published>2012-02-14T06:19:52Z</published>
    <updated>2012-04-12T01:49:44Z</updated>

    <summary> 舟を編むposted with amazlet at 12.02.14三浦　し...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
        <uri>http://n-shuhei.net/masablog/</uri>
    </author>
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="三浦しをん" label="三浦しをん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://n-shuhei.net/masablog/">
        <![CDATA[<br /><div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334927769/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/515j5VdhHyL._SL160_.jpg" alt="舟を編む" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334927769/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">舟を編む</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4334927769/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="舟を編む" target="_blank">amazlet</a> at 12.02.14</div></div><div class="amazlet-detail">三浦　しをん <br />光文社 <br />売り上げランキング: 323<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334927769/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />

　この<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E3%81%97%E3%82%92%E3%82%93"target="_blank">著者</a>の作品を、ブログで書くのは、２００９年の<a href="http://n-shuhei.net/masablog/2009/12/27_1057.php"target="_blank">
「神去（かむさり）なあなあ日常」</a>以来。<br />
　前著は、草食系の若者が三重県の山村に林業研修生として送りこまれ、たくましく成長していく話し。今回は大手出版社・玄武書房営業部に勤める２７歳の落ちこぼれ、馬締（まじめ）が、定年後の後継者を探していた荒木に辞書編集部にスカウトされ、辞書造りのおもしろさに目覚めていく、というストーリーだ。<br /><br />

　著者は、こういったちょっと変わった職種を探し出し、取材を重ねて読ませる筋立てに仕上げるがなかなかうまい。<br /><br />

　荒木が最初に馬締に会いに行き、辞書編集部員に向いているかどうかをテストするシーンがおもしろい。<br />

　荒木は「しま」という言葉を説明してみろ、と問いかける。<br />　
<div id="main">「ストライプ、アイランド、地名の志摩、『よこしま』や『さかしま』のしま、揣摩臆測（しまおくそく）の揣摩、仏教用語の四魔・・・」<br />　・・・荒木は急いでさえぎった。「アイランドの『島』だ」<br />　「そうですね。『まわりを水に囲まれた陸地』でしょうか。いや、それだけではたりないな。江の島は一部が陸とつながっているけれど、島だ。となると」<br />　馬締は首をかしげたままつぶやいた。荒木の存在などすでにそっちのけで、言葉の意味を追求するのに夢中になっている様子だ。<br />　「まわりを水に囲まれ、あるいは水に隔てられた、比較的小さな陸地」と言うのがいいかな。いやいや、それでもたりない。「ヤクザの縄張り」の意味を含んでいないもんな。『まわりから区別された土地』と言えばどうだろう」<br />　・・・あっというまに「島」の語義を紡ぎだしていく馬締を、荒木は感心して見守り、辞書を取りに走ろうとするのを、あわてておしとどめた。</div><br /><br />

　馬締は、新しく編纂することになった辞書「大渡海」の実質的な編纂責任者に引き抜かれる。<br /><br />

　最近、本の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E5%B9%80"target="_blank">
装丁</a>が気になるようになった。装丁の対象になる箇所の名前は、<a href="
http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/osaka/book_bui.html"target="_blank">
大阪府立中之島図書館</a>のホームページが参考になった。<br /><br />

　クリーム色の「帯紙」には「辞書とは大海原を航海するための舟」と目立つ２色の大文字で書いてある。カバー（ジャケット）には、群青（ぐんじょう）一色の海原をはしる帆かけ舟と「舟を編む」という表題が銀色で「箔押し（まがい？）」してある。堺市在住の<a href="
http://spysee.jp/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E4%BC%B8%E5%AD%90/1285433/"target="_blank">
大久保伸子</a>のデザインだ。<br />
　表紙は、漫画家<a href="
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:http://kumorihare.web.fc2.com/mokuji2.html"target="_blank">
雲田はるこ</a>が描く辞書編集部員や恋人たちのイラストで埋めつくされている。<br />　　定年後も編集部にお目付け役として顔を出す荒木、体調不良をおして「大渡海」完成に命をかける顧問の松本元大学教授を含めた、辞書編纂にかける〝青春群像″がまぶしい。<br /><br />

　辞書を完成するまでの長い過程も、興味深く書かれる。<br /><br />

　<div id="main">「大渡海」の見出し後の数は、約二十三万語を予定していた。「広辞苑」や「大辞林」と同程度の規模の、中型国語辞典だ。後発の「大渡海」としては、読者に手を取ってもらえるような工夫をこらさなければならない。<br />　・・・馬締は（毎週の会議で）意見を述べた。「『大渡海』の用例採集カードには、ファッション関係の用語が著しく不足しています」</div><br /><br />

　社内で「大渡海」の編纂が中止になる、といううわさがたつ。<br />
「既成事実を作ってしまいましょう」と時期尚早は承知のうえで、各分野の専門家に辞書原稿の執筆を依頼してしまうことになり、編集部員は「見本原稿」と「執筆要領」の作成に取りかかる。<br />
手薄だったファッション関係の専門家に先行して連絡を取ったため、出版業界で「玄武が新しい辞書の編纂に着手したらしい」と噂されはじめた。<br />

　「だったら、噂をもっと広めてしまえばいい。これぞという専門家にどんどん原稿を依頼し、玄武書房辞書編集部がいかに本気か、社の内外に知らしめる」という作戦だ。<br /><br />

　しかし「執筆要領」１つを書くのも、言葉を選んでいくというのは、至難の業だ。<br />　
<div id="main">ひとつの言葉を定義し、説明するには、必ずべつの言葉を用いなければならない。言葉というものをイメージするたび、馬締の脳裏には、木製の東京タワーのごときものが浮かぶ。互いに補いあい、支えあって、絶妙のバランスで建つ揺らぎやすい塔。すでに存在する辞書をどんなに見比べても、たくさんの資料をどれだけ調べても、つかんだと思った端から、言葉は馬締の指のあいだをすり抜け、脆く崩れて実体を霧散させていく。</div><br /><br />

　主人公を通して語られる、著者自身の言葉への熱い思いである。<br /><br />

　辞書づくりのためには、印刷する用紙の開発もポイントになる。製紙会社の営業マン・宮本が見本を持ってやって来る。<br />
　「『大渡海』のために開発した自信作です。暑さは五十ミクロン、１平方メートルあたり四十五グラムしかありません。・・・それだけ薄いのに、（ページ裏の文字が透けて見える）裏写りはほとんどしません」<br /><br />

<div id="main">試作品をためつすがめつしていた馬締が、突然叫んだ。<br />　「ぬめり感がない！」・・・<br />　書棚から「広辞苑」が運ばれる。・・・「指に吸いつくようにページがめくれているでしょう。にもかかわらず『紙同士がくっついて、複数のページが同時にめくれてしまう』ということがない。これが、ぬめり感なのです！」</div><br /><br />

　「大渡海」の本格的な編纂作業に取りかかるまでに、十三年の月日がたっていた。<br /><br />

　でき上がった原稿を何度も推敲し、できるだけ字数を削っていく。用例がある項目は、その言葉が使われている文献をひとつひとつ確認する。その原稿に編集部員総出で級数（文字の大きさ）やルビの指示を入れ、やっと印刷所に回せる。<br /><br />

　試し刷りの紙で「ちしお【血潮・血汐】」という見出し語が抜けていることが分かり、アルバイト学生も動員して徹夜、泊まり込みの確認作業は１カ月に及んだ。<br /><br />

　「大渡海」の装丁もでき上がった。<br />　
<div id="main">箱も、本体の表紙とカバーも、夜の海のような濃い藍色だ。帯は月光のごちき淡いクリーム色。・・・本体の天地につけられる、飾りとなる花布は、夜空に輝く月そのものの銀色をしている。<br />　「大渡海」という文字も銀色で、藍色をバックに堂々たる書体で浮かび上がる。・・・背の部分には、古代の帆船のような形状の舟が描かれ、いままさに荒波を越えていこうとするところだ。</div><br /><br />

　なんと「舟を編む」の装丁そのままなのだ。しゃれてますね！<br /><br />

　この作品は、紀伊国屋書店のスタッフが選ぶ<a href="
http://booklog.kinokuniya.co.jp/kinobest2012/"target="_blank">
「キノベス！２０１２」</a>の第１位に選ばれた。４月に決まる<a href="
http://www.hontai.or.jp/"target="_blank">
「本屋大賞」</a>の候補作品にもなった。<br /><br />

　(追記）２０１２年４月１１日<br />
　見事「２０１２年本屋大賞」に決まりました。おめでとうございます。<br /><br />
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    </content>
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    <title>読書日記「ふたつの故宮博物館」（野嶋剛著、新潮選書）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://n-shuhei.net/masablog/2012/01/30_1539.php" />
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    <published>2012-01-30T06:39:40Z</published>
    <updated>2012-01-30T11:22:55Z</updated>

    <summary> ふたつの故宮博物院 (新潮選書)posted with amazlet at ...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
        <uri>http://n-shuhei.net/masablog/</uri>
    </author>
    
        <category term="中国" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="司馬遼太郎" label="司馬遼太郎" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="平山郁夫" label="平山郁夫" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="故宮博物館" label="故宮博物館" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="野嶋剛" label="野嶋剛" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[
<br /><div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106036827/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Mvx0erQoL._SL160_.jpg" alt="ふたつの故宮博物院 (新潮選書)" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106036827/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ふたつの故宮博物院 (新潮選書)</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4106036827/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="ふたつの故宮博物院 (新潮選書)" target="_blank">amazlet</a> at 12.01.30</div></div><div class="amazlet-detail">野嶋 剛 <br />新潮社 <br />売り上げランキング: 23028<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106036827/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></div>

<br />　現在、東京国立博物館で開催されている<a href="
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1418"target="_blank">
特別展「北京故宮博物院２００選」</a>が、北宋時代の名品<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%98%8E%E4%B8%8A%E6%B2%B3%E5%9B%B3"target="_blank">
「清明上河図」</a>（今月２４日で展示終了）が日本で初めて公開されたこともあって、長蛇の列らしい。<br /><br />

　私もこれまで大阪や京都で開催された<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%85%E5%AE%AE%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%99%A2"target="_blank">
北京故宮博物院</a>展をのぞいたことがあるが、もう１つ感動が薄かった。
<br />
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A4%AA%E5%90%8E"target="_blank">
西太后</a>が着ていたという埃っぽい衣装や皇帝・<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E6%96%B0%E8%A6%9A%E7%BE%85%E6%BA%A5%E5%84%80" target="_blank">溥儀</a>
がヨーロッパから取り寄せたという自転車まで見せられてガッカリしたこともある。<br />
　２００９年秋に北京を訪ねた際にも、今は故宮博物院になっている世界遺産、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E7%A6%81%E5%9F%8E"target="_blank">
紫禁城</a>の建物はすばらしく感じたが、知識のなさもあって展覧品はあまり印象に残っていない。
<br /><br />
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%8B%E4%BB%8B%E7%9F%B3"target="_blank">
蒋介石</a>が台湾に逃れた際に、紫禁城（故宮）の重要な宝物をほとんど持ち去り、現在は台北の<a href="
http://www.npm.gov.tw/ja/visiting/exhibit/exhibit_03.htm"target="_blank">
国立故宮博物院</a>に所蔵されていると聞かされ「本物は、台北にある」と思いこんでいたせいかもしれない。<br /><br />

　朝日新聞の元台北特派員が書いた表題の本には、このあたりの事情をじっくり書き込まれていておもしろい。<br /><br />

　「故宮は不思議な博物館である」と、著者は切り出す。
<div id="main">まったく同じ名前の博物館が、中国と台湾にそれぞれ存在している。商標権の侵害で訴訟合戦になっても不思議ではない。だが、現実には「ふたつの故宮」はお互いの存在を否定もせず、「我こそは本家」と声高に叫ぶこともしない。ただ、黙々と同じ名前を名乗っている。</div><br /><br />

　２０１１年5月の資料によると、「北京故宮」は、１８０万点を収蔵、うち８５％が清朝が残した（清代以前のものを含めてという意味）文物。「台北故宮」は約６８万点、清朝が残した文物が９０％を上回る、という。その収蔵方針は「中華文明の粋を集める」こと。<br />
　フランスのルーブルや、米国のメトロポリタンのように、世界の文化財を集めることに、まったく興味を示していない。<br /><br />

<div id="main">中華とは「文明の華やかな世界の中心」という意味を持つ。中華というのは、あらゆる面で卓越した中華王朝の政治があまねく世界に行き渡る際に、野蛮な異民族といえども礼儀や道義など優れた文化を身につけることによって中華の一員となることができる、という華夷思想の根幹にかかわる概念である。逆に言えば、中華文化以外は一切の価値がないということになってしまいかねない排他的な発想も内包しており・・・</div><br /><br />

　まったく見事というしかない<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%80%9D%E6%83%B3
"target="_blank">「中華思想」</a>の結実が、2つの故宮博物館なのだ。<br />

　だから「台北故宮にはその所在地である台湾の文化の断片すら発見することは難しい」という奇妙なことが起こる。<br /><br />
　
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%94%BF%E5%BA%9C"target="_blank">
国民政府</a>とともに中国本土からやって来た人々は約２００万人。それに対し、当時の台湾の人口は７００万人ほどだった。地元・台湾の人々は、鉄砲水のように流れ込んできた「中華思想」に戸惑いを隠せなかったことだろう。<br /><br />

<div id="main">台湾の多くの庶民にとって、台北故宮が必ずしも「誇り」の対象でないことに台湾で暮らしているうちに気づかされた。・・・「故宮についてどう思うか」という問いをぶつけると、多くの人が困ったような表情を浮かべる。「台湾の誇りです」と答える人は少ない。「すごい」とは思っても、親愛の情や誇りを抱く理由が多くの台湾人には思い当たらないからだ。</div><br /><br / >

　日清戦争に敗北した清朝は、台湾を日本に割譲した。「清朝にとって台湾は辺境のなかの辺境であり、日本にくれてやっても惜しくない、という判断があった」<br />
<div id="main">台湾が「中華文化圏に含まれない」という理由で中国から棄てられたと広く信じられたことは、台湾の人々にとって根深いトラウマ（心的外傷）になり、台湾の民進党が台湾独立意識やアンチ中国意識を持つ根源的な動機になった。</div><br /><br / >


　ただ、２００８年の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E9%80%B2%E6%AD%A9%E5%85%9A"target="_blank">
民進党</a>から<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%9B%BD%E6%B0%91%E5%85%9A"target="_blank">
国民党</a>への再度の政権交代以降、中国、台湾の関係も改善された。両故宮の交流も進みつつある、という。「もともと故宮は一つであるのは事実であり、政治権力によって引き裂かれたふたつの故宮に、『相互補完性』があるのは間違いない」からだ。<br />

<div id="main">例えば、収蔵品の内容について言えば、台北故宮最大の強みは、宋代の書画や陶磁器をそろえていることである。なぜなら、宋代こそが中華文明の最高到達点であり、限られた時間と限られたスペースという台湾移転前の厳しい条件下で、故宮のキュレーターたちが台湾に持ち運ぶことにしたのは宋代の収蔵品が中心だったからだ。<br />　一方、明、清の文物については、共産党による革命後の文物収集の成果もあって、北京故宮が質量ともに勝っている。・・・例えば明代の染付の磁器や清代の絵付けの<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%89%E5%BD%A9"target="_blank">
琺瑯彩</a>なども実際は素晴らしい。考古学的な領域である古代の出土品については、中国大陸で戦後に行われた発掘調査の成果が大半のため、収蔵先は北京故宮に集中しており、台北故宮は皆無に等しい。</div><br /><br / >

　今、北京と台北の故宮を近づける１つのプロジェクトが進行している。両故宮展の日本開催である。<br />

　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E"target="_blank">
司馬遼太郎</a>や<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E9%83%81%E5%A4%AB
"target="_blank">平山郁夫</a>などの文化人やマスコミが政治を動かし、台湾が求めていた美術品の差し押さえ免除の法律<a href="
http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php?file_id=52533
"target="_blank">（海外美術品等公開促進法）</a>も昨年秋の日本の通常国会で成立、環境は整った。<br /><br />

　昨年末の台湾総統選で再選された国民党の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E8%8B%B1%E4%B9%9D"target="_blank">
馬英九</a>総統は、昨年５月の著者のインタビューに「二〇一三年の実現が適切なタイミングかもしれない」と踏み込んだ発言をした。<br />

　中国も「中華を中台の絆として強調するため、中台故宮の交流を巧みに政治利用している」と、著者は分析している。一方で、清朝末期から世界に拡散していった文物が中国に戻っていく時流もはっきりしてきた。<br />

<div id="main">中国と台湾に存在する「ふたつの故宮博物館」は、歴史の生き証人であると同時に、中華世界の未来を見極める指標なのである。</div><br /><br / >

　ところで、この本にちょっと気になる記述がある。
「台北故宮には『三宝』と呼ばれる三つの超人気収蔵品がある」という。
１つは、白菜をかたどった翡翠彫刻の傑作<a href="
http://www.npm.gov.tw/ja/collection/selections_02.htm?docno=1244"target="_blank">
「翠玉白菜」</a>。２つ目は、豚の角煮をメノウ類の鉱物を使って掘り上げた<a href="
http://www.npm.gov.tw/ja/collection/selections_02.htm?docno=1256"target="_blank">
「肉形石」</a>。
最後が、北宋の都の生活を描いた<a href="
http://www.npm.gov.tw/ja/collection/selections_02.htm?docno=737&catno=15&pageno=5"target="_blank">
「清明上河図」</a>。なんと、このほど東京国立博物館に北京故宮から持ち込まれて人気を読んだ「清明上河図」と同じ名前である。<br />

　この２つは、同じ作品が分割されて両故宮に存在するのか、それとも別の作者の作品なのか？<br />
　両故宮展の日本開催が、ますます待たれる。<br /><br />
<table border="1" align="center"><tr><td align="center" id="ue" colspan=3>
北京の故宮博物院（紫禁城）の建物と文物（２００９年９月）</td></tr>
<tr><td align="center"><a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050773.JPG" title="紫禁城" rel="lightbox[china]"><img alt="；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050773-thumb-230x172.jpg" width="230" height="172" /></a></td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050753.JPG" title="文物　１" rel="lightbox[chaina]"><img alt="；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050753-thumb-150x112.jpg" width="230" height="172" /></a> 
</td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050754.JPG" title="文物　2" rel="lightbox[china]"><img alt="；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050754-thumb-230x172.jpg" width="230" height="172" /></a>
</td></tr>
<tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050757.JPG" title="文物　3" rel="lightbox[china]"><img alt="；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050757-thumb-230x172.jpg" width="230" height="172" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050763.JPG" title="文物　4" rel="lightbox[china]"><img alt="P1050763.JPG" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050763-thumb-150x112.jpg" width="230" height="172" /></a>
</td><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050768.JPG" title="文物　5" rel="lightbox[china]"><img alt="；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/P1050768-thumb-230x172.jpg" width="230" height="172" /></a>
</td></tr></table><br /><br />]]>
        
    </content>
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    <title>読書日記「ディアスポラ」(勝谷誠彦著、文藝春秋刊)</title>
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    <published>2012-01-09T04:01:10Z</published>
    <updated>2012-01-09T06:59:15Z</updated>

    <summary> ディアスポラposted with amazlet at 12.01.09勝谷...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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    </author>
    
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    <category term="ディアスポラ" label="ディアスポラ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="勝谷誠彦" label="勝谷誠彦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://n-shuhei.net/masablog/">
        <![CDATA[
<br /><div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163807500/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51RlmQd8R2L._SL160_.jpg" alt="ディアスポラ" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163807500/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ディアスポラ</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4163807500/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="ディアスポラ" target="_blank">amazlet</a> at 12.01.09</div></div><div class="amazlet-detail">勝谷　誠彦 <br />文藝春秋 <br />売り上げランキング: 55592<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163807500/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></div>
<br /><br />
　日本人の精神構造を大きく変えてしまった「３・１１」。文学の分野でも、これから「フクシマ」をテーマにした様々な作品が発表されていくのだろう。<br /><br />

　川上弘美の<a href="
http://n-shuhei.net/masablog/2011/10/19_0928.php"target="_blank">
「神様　２０１１」</a>については、このブログでもふれた。この小説もポスト「フクシマ」の1つだろうと思って手にしたが、１０年前に書かれたものと知っていささか驚いた。随所に故・小松左京の名著<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B2%88%E6%B2%A1
"target="_blank">「日本沈没」</a>に似た予見があふれている。<br /><br />

著者の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E8%B0%B7%E8%AA%A0%E5%BD%A6
"target="_blank">勝谷誠彦</a>のことはまったく知らなかったが、ちょっと破天荒な経歴を持つコラムニストだったことも、ちょっとした驚きだった。<br /><br />

「事故」とだけ呼ばれる出来事で日本列島は居住不能になり、日本人は世界中に設けられた難民キャンプに散っていく。<br />
主人公の｢私｣は国連職員。チベットの首都・ラサから２０００キロも離れた奥地・メンシスに「日本人難民状況巡回視察官」として派遣されて来る。<br /><br />

<div id="main">キャンプで人々がランプの灯火の下ひそひそと話す夜、ただ「事故」と呼ばれる出来事、私たちが有史以来くぐり抜けてきた災厄など語るほどのことですらないと思われる、あの出来事・・・。<br />　（灯）の背後の闇にこそ、会うべき人々がうずくまっているのである。東海に浮かぶ恵まれ過ぎた島に、ぬくぬくと何十万年も抱かれていた人々が、裸で、むつきもされぬ赤子のように。</div><br /><br />

難民キャンプのある<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88
"target="_blank">チベット</a>の地は、世界最大級の高原が広がる自然豊かな土地だった。しかし、今やいたるところで腐臭が漂う場所になってしまった。<br /><br />

<div id="main">コンクリートで造られた階段を上がると、四角に切られた穴が並ぶのだが、そこまでたどり着くのが苦行なのだ。人糞の散乱は階段から始まる。なんとか踏まずに昇っても、穴の横には足を置く場所がない。大便の主は、すべからくここで漢人と呼ばれる中国人だ。チベット人たちは遊牧民の誇りとして、便所などというものは使わない。</div><br /><br />

キャンプの近くの湖には、苛性ソーダが飽和状態ぎりぎりまで溶け込んだぬめぬめとした異臭を放つ水が寄せている。プラスチックやガラスの砕けたものなども累々と重なりあっている。<br />
<div id="main">このことは漢人の宿痾（しゅくあ）としか私には思えない。彼らは、いかなる美しい風景の中にも平気でゴミを投げ捨てるのである。</div><br /><br />

こんな描写で、著者は、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%8C%BA"target="_blank">
チベット自治区</a>という名のもとに中国がこの地域を支配、チベット人はすでに"難民"になっている現状を浮かび上がらせる。<br /><br />

この地域の日本人難民キャンプを統括しているユダヤ人の国連職員・ダヤンが登場してくることで、表題の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%A9"target="_blank">
「ディアスポラ」</a>の意味が分かってくる。<br /><br />

　<div id="main">「私たちは二千年間、世界に散らばっていました。紀元七三年<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B5%E3%83%80"target="_blank">
マサダ</a>という砦に立てこもっていた最後のユダヤ国民がローマに滅ぼされてから、再び建国に成功するまで。その出来事を私たちは民族離散、ディアスポラといいます」</div><br /><br />

　<div id="main">ディアスポラ。今日からここにいる(日本の)人々の生には未来永劫、禍々しい影のように、その言葉が寄り添うに違いない。</div><br /><br />
　ユダヤ(イスラエル)人のダヤンの口を通して、国連、世界は日本人に終わることのない放浪を強いようとしていることが示される。<br /><br />

　実は｢私｣は、国連職員としての仕事以外に、かって日本を支配していた｢組織｣の人々から"密命"を受けている。<br /><br />

　<div id="main">もし、また日本人たちがどこかで土地を得て集まろうとする時に、はたして求心力たりうるものがあるのかどうかということを、あの人々は考えているのである。・・・<br />　世界中に散った、日本人たちの集団の中に、新たなる｢核｣が生まれつつあるのか。｢組織｣の彼らは、少なくともそれを知りたいのだ。</div><br /><br />

　しかし難民キャンプにいる日本人の一部は、チベットの風土に同化する道を選ぶ。<br /><br />

　高山病に苦しんでいた中年の主婦が、不法就労で働いていた店で殴られたのがもとで死ぬ。夫と娘は火葬でも土葬でもなく、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E8%91%AC"target="_blank">
鳥葬</a>を選ぶ。「お母さんを風に還すの」と、娘はつぶやく。<br /><br />

　娘の友人であるチベット人・ナムゲルは、こう説明する。<br />
<div id="main">「まず、魂を抜く。あとの肉体は、モノだ。それでも天上に送るために、鳥に食べさせるのだ。専門の処理人が、鋭いナイフなどをつかって、遺体を切る。細かく、細かくだ。小麦粉を混ぜ込むこともある。それを、岩の上に置く。すると、鳥たちがあつまってきて、食べていく。あっという間。おしまい」</did><br /><br />

　鳥葬場までは遺体と処理人しか行くことを許されていない。最後のわかれの儀式は、峠で行われた。僧たちの読経が終わった後、列席した日本人たちが歌い出す。<br />
　<did id="main">うさぎ追いし、かの山<br />　小鮒釣りし、かの川・・・　</div><br /><br />

　やって来たユダヤ人・ダヤンがしたり顔で講釈する。<br />
　<div id="main">「家族や民族はどうしても、二つのことにこだわるんだよ。名前と、肉体の始末だ」<br />　「しかし、そんなものはとどのつまり、どうでもいいことだ。・・・魂は名前を持たず、魂は肉体を持たない」<br />　「けれども、そのこだわりが、家族や民族のよりどころじゃないのか」<br />　「ヘッ」<br />　ユダヤ人は、足元の石を蹴る。・・・<br />　「名前のかわりに番号を刺青され、影も形もなくなるまで、バーナーで燃やされ、いや、それどころか髪の毛で、スーツ、脂（あぶら）で石鹸を作られても、彼らはユダヤ人だった」</div><br /><br />

　母を見送った娘は、チベット人の青年の手にしっかりと握られて、高原のなかに消えていった。<br /><br />

　読み終えて、あまりに長い歴史を持つ<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88"target="_blank">
「ホロコースト」</a>を思い、「３・１１」以降"沈みゆく"列島のなかでもがいている日本人の「核」はなになのか・・・と問いかけてみる。<br /><br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>読書日記「獅子頭（シーズトｵ）」（楊逸（ヤン　イー）著、朝日新聞出版）、「おいしい中国　『酸甜苦辣』の大陸」(同、文藝春秋)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://n-shuhei.net/masablog/2011/12/26_1338.php" />
    <id>tag:n-shuhei.net,2011:/masablog//10.2443</id>

    <published>2011-12-26T04:38:54Z</published>
    <updated>2011-12-27T02:05:03Z</updated>

    <summary> 獅子頭（シーズトォ）posted with amazlet at 11.12....</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
        <uri>http://n-shuhei.net/masablog/</uri>
    </author>
    
        <category term="中国" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="楊逸" label="楊逸" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="毛沢東" label="毛沢東" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://n-shuhei.net/masablog/">
        <![CDATA[<br /><br /><div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022508949/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/books/comingsoon_books.gif" alt="獅子頭（シーズトォ）" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022508949/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">獅子頭（シーズトォ）</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4022508949/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="獅子頭（シーズトォ）" target="_blank">amazlet</a> at 11.12.26</div></div><div class="amazlet-detail">楊逸（ヤンイー） <br />朝日新聞出版 <br />売り上げランキング: 134684<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022508949/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163731601/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41WSwohvsaL._SL160_.jpg" alt="おいしい中国―「酸甜苦辣」の大陸" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163731601/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">おいしい中国―「酸甜苦辣」の大陸</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4163731601/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="おいしい中国―「酸甜苦辣」の大陸" target="_blank">amazlet</a> at 11.12.26</div></div><div class="amazlet-detail">楊 逸 <br />文藝春秋 <br />売り上げランキング: 130393<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163731601/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
<br /><br />
　半年ほど前だったろうか。通っている中国語教室の教科書に<a href="
http://wei.eco.to/recipe06.html" target="_blank">
「紅焼獅子頭（ホンシャｵシーズトｵ）」</a>という中国料理が載っていた。<br /><br />

　そんなことがきっかけで、表題の「獅子頭（シーズトｵ）」を図書館で借りてみたくなった。この<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%8A%E9%80%B8" target="_blank">
作家</a>をこのブログで書くのは<a href="
http://n-shuhei.net/masablog/2009/06/11_0801.php" target="_blank">
｢時が滲む朝｣</a>以来。朝日新聞の連載だそうだが、いささか荒っぽい筋立てが気になって・・・。<br /><br />

　根っからの食いしん坊。小説の展開より「獅子頭」をはじめとする中国料理の記述に眼がいってしまった。<br /><br />

　貧村出身の主人公、二順（アール　シュン）は、入団した雑技団から選ばれて上海公演に参加、有名なレストランでの打ち上げパーティに出る。<br /><br />

　<div id="main">次は巨大な肉団子の入った土鍋が運ばれた。<br />　狐色のソースをたっぷりとかけられ、獅子の長いたてがみを見たてた細い千切りの生姜は、まんべんなく丸っこい肉団子を覆っている。箸でつっつくと、肉汁がジワッと中から滲み出て、思わず涎も垂れてしまいそうになる。</div><br /><br />

　　中国の検索エンジン<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%BA%A6" target="_blank">
「百度（バｲドｳ）」</a>で見ると、「獅子頭」は、<a href="
http://www.togenkyo.net/modules/food/67.html
淮揚（フｱイヤン）</a>地方の代表的料理らしい。淮揚は<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%AE%E6%B2%B3" target="_blank">
淮河</a>と<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%B1%9F" target="_blank">
長江(揚子江) </a>の下流一帯のこと。昔は、<a href="
https://www.google.com/search?hl=ja&client=gmail&rls=gm&q=%E5%91%89%E8%B6%8A&oq=%E3%81%94%E3%81%88%E3%81%A4&aq=1r&aqi=g-r10&aql=&gs_sm=c&gs_upl=2576l7454l0l9915l7l7l0l0l0l0l219l1251l0.5.2l7l0" target="_blank">
呉越</a>と呼ばれた土地。著者によると「東北料理の暴走する塩味と四川料理の命がけの辛さ」とは異なる食文化を伝承してきた。<br /><br />

　雑技団を辞め、料理店に修業に入った二順に、店主はこう言ってきかす。<br /><br />

　<div id="main">淮揚地方は海に近く、湖沼が点在する平野地帯で、湿潤で暖かい気候にも恵まれているし、一年中作物が取れるし、淡水の水産物も海産物も豊富だから、料理は食材の鮮度を大事にできるんだ。食材の味を最大限に生かすためにも、あっさりとした味付けになる。また少し甘みを加えることで、ふわふわとした柔らかい食感にうまみを増し、食事によく飲まれる淡くほろ苦い緑茶にもよく合っているんだ。</div><br /><br />

　<div id="main">１９４９年<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E6%B2%A2%E6%9D%B1#.E9.80.B8.E8.A9.B1" target="_blank">
毛（マオ）主席</a>が天安門で、新中国成立を宣言した後の開国宴も、淮揚料理だったんだ。</div><br /><br />

　二順は、醤油で煮込んで赤い色をしている「紅焼獅子頭」だけでなく、塩を少し入れるだけで蒸した<a href="
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/07/html/d40794.html" target="_blank">
「清蒸（チンチェン）獅子頭」</a>にも挑戦していく。<br /><br />

　<div id="main">味付けした挽肉に、更に生姜汁をかけ、上に卵の黄身を落とした。雲紗（店主の娘で、二順の恋人）の細い手が菜箸で素早く掻き混ぜていく。<br />　二順は火にかけた鍋に、水を入れ、温度を測ってから真水につけていた蟹を入れた。塩を加えた後、じっと見つめ、蟹がきれいな赤に変わった瞬間に、ぱっと火を止め、隣のアミのかかった大鍋に、蟹もお湯も掛け流した。</div><br /><br />

　だが、店主の評価は厳しい。<br />
　<div id="main">（挽肉の）新鮮さは大事だけど、でも高けりゃいいってわけじゃないよ。料理に合うか合わないかを考えないと。肉の赤身が多すぎたな。脂身が少ないから、食べると肉汁も少ないし、滑らかな食感を出せなかったんだ。</div><br /><br />

　「獅子頭」は、この店の名物料理になり、二順は日本の有名中華料理店に派遣されることになる。<br /><br />

　ここで開発したのが上海蟹を使った冬のスペシャルメニュー<a href="
http://ameblo.jp/riox2/entry-11060584544.html" target="_blank">
「蟹粉（シｲエフェン）紅焼獅子頭」</a>。<br /><br />

　<div id="main">シルバーのラインで縁取った白い楕円形の皿に、湯通ししたチンゲン菜の葉を敷き、その上に野球ボール大の獅子頭を一つ載せ、黒酢風味の利いた甘口のあんをたっぷりとかけた後、赤い上海蟹の肉を混ぜた蟹味噌を一つまみして整え、獅子頭の上に添える。</div><br /><br />

　この本の「あとがき」によると｢食いしん坊とはいえ、料理に全くの素人｣の作者は、横浜中華街の著名中華レストラン<a href="
http://www.heichin.com/" target="_blank">
聘珍樓</a>に「取材させていただき、獅子頭を作ったことのない料理長は、わざわざ上海からレシピを取り寄せて、作ってくださった」とある。<br /><br />

　先日、たまたま聘珍樓の大阪店である方にご馳走になる機会があった。「獅子頭はありますか」と、注文を聞きに来た従業員に試しに尋ねてみたが「厨房に聞いてみます」と言ったきり、忙しかったせいか回答はなかった。「淮揚・獅子頭」はいまだに幻の料理のままである。<br /><br />

　「おいしい中国」は、「『酸（スﾜン＝すっぱい）甜（ティエン＝あまい）苦（クｳ＝にがい）辣（ラｱ＝からい）』の大陸」という副題からも中国料理の文化史かなと思ったが、著者の貧しくても豊かだった幼少時代からの食生活回顧録だった。<br /><br />

　中国最北、ハルビン（中国名・哈尔滨＝ハｱアルピン）市に育った著者の家では、１１月から春にかけては家の外にある野菜貯蔵の穴蔵が天然の冷凍庫だった。一番の好物は冷凍ナシだったが<a href="http://n-shuhei.net/masablog/pictures/bintanfaru.JPG" title="氷糖葫芦（ビンタンフｳルｳ＝串でつなげた酸っぱいサンザシをキャラメルで固めたもの）" rel="lightbox[]">「氷糖葫芦（ビンタンフｳルｳ＝串でつなげた酸っぱいサンザシをキャラメルで固めたもの）」</a>が、冬限定のおやつだった。<br /><br />

　<div id="main">外は氷のようにパリッとしたキャラメルが甘く、中は酸っぱいサンザシと融合した食感といい、味といい、たまらなかった。</div><br /><br />

　中国のお正月、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%AF%80" target="_blank">
春節</a>の丸ひと月の間、とにかく「粗糧（ツーリャン）＝白い色をしていない雑穀類」を食べないよう、そして働かないようにするのが中国のならわしであるため、１月に入ると
<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%83%E5%AD%90" target="_blank">
餃子（ジャオズ）</a>など大量の用意しなければならない。<br /><br />

　<div id="main">（餃子や<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A5%85%E9%A0%AD_(%E4%B8%AD%E5%9B%BD)
" target="_blank">
饅頭（マントｵ）</a>など糧食の他、肉、魚も我が家の食卓を賑わせた。<br />　<a href="
http://hi.baidu.com/pengren/blog/item/e72ed23ff1ec89c27c1e717a.html" target="_blank">
「红扒肘子（ホンタウチョウズ」</a>（豚の骨付き脛肉の醤油イメージのもの）、<a href="
http://www.yacook.org/node/991" target="_blank">
「香菇焖肉（シャンタｳメンロウ）</a>」、<a href="
http://www.chizone.cn/JiaChangCai/2008-1-4/LiuRouDuanDeZuoFa.htm
" target="_blank">
「溜肉段（リュｳロｳトュアン）」</a>に<a href="
http://www.ttmeishi.com/caipu/a35d71277f4b527d.htm" target="_blank">
「干炸刀魚（ガンツｱ―タｵイｲ）」</a><a href="http://www.ttmeishi.com/caipu/a667e30beb9266c6.htm" target="_blank">
「红烧鯉魚ホンシャオリｲイｲ」</a>、<a href="
http://baike.baidu.com/view/134399.html?fromTaglist" target="_blank">
「清蒸黄花魚」</a>などのメインデイシュが日替わりで食べられる。とりわけ魚は、発音が「余」と同じであるため、中国の縁起料理になっている。</div><br /><br />

　貧しいながらも、みんなが楽しん生活も長くは続かなかった。<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%A4%A7%E9%9D%A9%E5%91%BD" target="_blank">
文化大革命</a>期の１９７０年、教師をしていた両親は、ハルビンよりさらに北の辺鄙な農村に<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E6%94%BE" target="_blank">
下放</a>されることになり、一家は引越しを余儀なくされた。<br /><br />

　与えられた家は、ドアも窓も吹きさらしの露天同然の廃屋だった。「傍らに座った母の、微かに震える背中から、おえつが響いてくる」。電気、ガス、水道もなく、照明用のろうそくも定量供給制だった。<br />　田んぼで働くかたわら、家の周囲に野菜畑を作り、家畜を飼った。稲作は出来ず、トウモロコシが主食。夏は、キュウリとトマトを菜園から取ってきてかじった。<br /><br />

 豚の食べ方はハルビンと変わらなかったが、豚を解体した時に出る血に少量の塩を加えて蒸す「血豆腐（シｲエトｳフ）」はさっぱりした味。冬は、ナス、インゲン豆、大根を干した「干菜（ガンツｱイ）」と白菜の漬物<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%B8%E8%8F%9C" target="_blank">
「酸菜（スﾜンツｱイ）」</a>でしのいだ。千切り酸菜を豚骨スープに入れ、太めの春雨と一緒に煮込めば、東北の名物料理<a href="
http://www.ttmeishi.com/caipu/9bd760e9d66b0284.htm" target="_blank">
「酸炖粉条（スﾜンツｱイトｳンフェンティｱオ）」</a>が出来上がる。<br /><br />

「日本に来る直前までの、生まれてから二十二年間は、貧しい食生活だったが、こうして文字に書き出したことによって、かっては味わったことのない郷愁が、じわじわとにじみ出てきた」。著者は、最後のページでこう書いている。東京新聞夕刊の連載コラムだった。<br /><br />

　(追記)本棚にあった<a href="
http://www.amazon.co.jp/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%8D%83%E6%B4%8B%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E9%A3%9F%E7%B4%80%E8%A1%8C%E2%80%95%E3%81%86%E3%81%BE%E3%81%84%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%80%8C%E7%B4%A0%E9%A1%94%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%80%8D%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8B-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E5%8D%83%E6%B4%8B/dp/4093875480" target="_blank">
「中国食紀行」</a>（加藤千洋著、小学館）という本をパラついていたら「毛沢東が愛した農民の味」という１章があった。<br /><br />

　毛沢東は、開国宴に淮揚料理を選んだが、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%96%E5%8D%97%E7%9C%81" target="_blank">
湖南省</a>の農民の子だっただけに、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%96%E5%8D%97%E6%96%99%E7%90%86" target="_blank">
湖南料理</a>が好物だったらしい。なかでも、特に好んだ料理を「毛家菜（マｵジャｱツｱイ）と呼ぶらしい。<br />　北京には、毛沢東の専属コックとして仕えた人が最高顧問の「天華毛家菜大酒楼（テｲｴンフｳｱマｵジャｱツｱｲダｱジｵｳロｳ」というレストランがあり、入り口の金色に輝く毛像が鎮座している、という。<br /><br />

<div id="main">そこの店長におすすめの料理を聞いたら、たちまち<a href="
http://www.google.co.jp/imgres?imgurl=http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/images/attachement/jpg/site125/20090715/001e4fe1a1310bc7dc153c.jpg&imgrefurl=http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2009-07/15/content_207715.htm&h=270&w=403&sz=88&tbnid=xsPIsAXOmUaT-M:&tbnh=90&tbnw=134&prev=/search%3Fq%3D%25E7%25B4%2585%25E7%2584%25BC%25E8%2582%2589%26tbm%3Disch%26tbo%3Du&zoom=1&q=%E7%B4%85%E7%84%BC%E8%82%89&docid=xGt-dMV60uisjM&hl=ja&sa=X&ei=ZdX2To_oDo_LmAWN4I2gAg&ved=0CEwQ9QEwBA&dur=6053" target="_blank">
紅焼肉</a>（ホンシャオロウ＝豚肉のしょうゆ煮込み）、<a href="
http://baike.baidu.com/view/164263.htm" target="_blank">
油炸臭豆腐</a>（ヨウツｱ―チョウトｳフ＝発酵させた豆腐をあげたもの）、<a href="
http://www.xinshipu.com/%E7%82%92%E8%82%9A%E4%B8%9D-85557.htm" target="_blank">
炒肚糸</a>（チャオトｳスー＝豚の胃袋の千切り炒め）、<a href="
http://bitex-cn.com/words_show.php?currentpage=169&deal_type=cn2jp&keywords=%E9%B8%A1" target="_blank">
東安鶏</a>（トンアンチー＝鶏肉とネギの煮込み）などをあげた</div><br /><br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>読書日記「ジョセフ・クーデルカ　プラハ侵攻１９６８」（ジョセフ・クーデルカ著、阿部憲一訳、平凡社刊）。そして「プラハ紀行」（２０１１年５月）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://n-shuhei.net/masablog/2011/12/20_0635.php" />
    <id>tag:n-shuhei.net,2011:/masablog//10.2439</id>

    <published>2011-12-19T21:35:33Z</published>
    <updated>2012-01-03T08:25:26Z</updated>

    <summary> ジョセフ・クーデルカ　プラハ侵攻　1968posted with amazle...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
        <uri>http://n-shuhei.net/masablog/</uri>
    </author>
    
        <category term="歴史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="海外" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="紀行" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ジョセフ・クーデルカ" label="ジョセフ・クーデルカ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="プラハ侵攻" label="プラハ侵攻" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://n-shuhei.net/masablog/">
        <![CDATA[
<br /><br />
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582277829/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41y1UXYVAjL._SL160_.jpg" alt="ジョセフ・クーデルカ　プラハ侵攻　1968" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582277829/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ジョセフ・クーデルカ　プラハ侵攻　1968</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4582277829/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="ジョセフ・クーデルカ　プラハ侵攻　1968" target="_blank">amazlet</a> at 11.12.20</div></div><div class="amazlet-detail">ジョセフ・クーデルカ <br />平凡社 <br />売り上げランキング: 404856<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582277829/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div>
</div>
</div>
<br /><br />

　１９６８年８月、共産党政権下のチェコスロバキアで起きた民主化運動<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%81%AE%E6%98%A5" target="_blank">
「プラハの春」</a>をあっけなく踏みつぶしたソ連のチェコ侵攻。首都・プラハの市民たちは、武器も持たずに素手と言葉で戦車に立ち向かっていった。それをつぶさに記録した３０歳のカメラマンがいた。<br />　フィルムは秘かにアメリカに持ち出され、匿名のまま発表され、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%91#.E3.83.AD.E3.83.90.E3.83.BC.E3.83.88.E3.83.BB.E3.82.AD.E3.83.A3.E3.83.91.E8.B3.9E" target="_blank">
ロバート・キャパ賞</a>を受賞した。匿名作者が<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%AB" targe="_blank">
ジョセフ・クーデルカ</a>として名乗ることができたのは、父親が死んだ１９８４年のことだった。<br /><br />

　その写真集の日本語版が、今年の春に出版された。Ｂ４変形判２９５ページ、なんと重さが2キロもあるアルバムをめくるたびに、衝撃のシーンが胸に迫ってくる。<br /><br />

<table border="1" class="floatR" ><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/1_P1010584.JPG" title="チェコ橋" rel="lightbox[cheko]"><img alt="チェコ橋；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/1_P1010584-thumb-150x106.jpg" width="150" height="106" /></a></td></tr><tr><td id="ue" width="160">ホテルから見たチェコ橋。正面奥がレトナー公園。左手にプラハ城が広がる</td></tr></table>
　ソ連軍率いる<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AF%E6%9D%A1%E7%B4%84%E6%A9%9F%E6%A7%8B" targe=t"_blank">
ワルシャワ条約機構軍</a>の戦車と装甲車はあっという間に国境を越え、<a href="
http://kotobank.jp/word/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%90%5B%E5%B7%9D%5D" target="_blank">
ブルタバ川</a>に架かるチェコ橋を封鎖してしまう。橋の北にあるレトナー公園の丘から市民たちが乗り出すように戦車群を見降ろしている写真がある。<br /><br />

今年の春にプラハを訪れた際、近くのホテルに泊まり、橋詰にある天使の石塔を見上げながら何度か行き来しただけに、４０数年前にそんな歴史を刻んでいた橋だったのかと戦車に占拠された橋の姿が目に焼き付いて離れなかった。<br /><br />

<a href="
http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%AB&hl=ja&sa=X&rlz=1W1DDJP_ja&biw=819&bih=516&tbm=isch&prmd=imvns&tbnid=yuLPKB7Ko6W5pM:&imgrefurl=http://ameblo.jp/noa-loves/entry-10924035524.html&docid=yfUoczsIWhuBlM&imgurl=http://stat.ameba.jp/user_images/20110615/13/noa-loves/3e/e5/j/o0480035911291943458.jpg&w=480&h=359&ei=4SfwTpaLNKLFmQW5ybCOAg&zoom=1&iact=hc&vpx=512&vpy=97&dur=1529&hovh=194&hovw=260&tx=165&ty=123&sig=117134867940908867338&page=15&tbnh=129&tbnw=204&start=116&ndsp=7&ved=1t:429,r:2,s:116" " target="_blank">老人や子供</a>は、あっけに取られて戦車群を見ているしかない。<a href="
http://www.atgetphotography.com/Images/Photos/JosefKoudelka/koudelka08.jpg
" target="_blank">サラリーマン風の男性</a>もしかりだ。左手を額につけ、顔をしかめて嘆きながら街を歩く中年女性のカット写真も、アルバムの冒頭にあった。<br /><br />

<table border="1" class="floatL" ><tr><td align="center"><a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/3_P1010558.JPG" title="旧市庁舎の天文時計" rel="lightbox[cheko]"><img alt="旧市庁舎の天文時計；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/3_P1010558-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112"  /></a></td><td align="center"><a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/2_P1010552.JPG" title="ティーン教会とヤン・フス像" rel="lightbox[cheko]"><img alt="ヤン・フス像；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/2_P1010552-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a>
</td></tr><tr><td id="ue"width="160">旧市庁舎の天文時計。毎正時に時計の上のしかけ人形が動き出す</td><td id="ue"width="160">アダムとイヴを象徴する２つの塔が特徴のティーン教会。右手前が、ヤン・フス像</td></tr></table>
　何度か出かけた<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%9C%B0%E5%8C%BA" target="_blank">
旧市街広場</a>は、旧市庁舎のからくり人形や天文時計、２本の塔が目立つゴシック様式のティーン教会を訪ねる観光客でごった返していた。<br /><br />

　しかし１９６８年夏には、その広場の中央に据えられた宗教改革の先駆者、<a href="
http://www.uchiyama.info/kaigai/tiku/ousyu/czech/hus/" target="_blank">
ヤン・フス像</a>の周りも戦車で占拠された。その前を、１人の少年が恐怖心を押し隠すように前かがみになりながら乳母車を押している写真が印象的だ。<br /><br />

　しかし、市民らは静かに立ち上がる。<br /><br />

　戦車の上で休憩するソ連兵を<a href="
http://matome.naver.jp/odai/2127848056032831101/2127855463633776103" target="_blank">
幾重</a>にも取り囲み、通じない言葉で抗議の爆弾を投げつける。戦車のソ連兵に向かって、片手を伸ばし絶叫する<a href="
http://www.tabiplaza.net/eventinfo/10044999.html" target="_blank">
若者、戦車にナチスを表す「卍」マークを張り付ける勇気ある<a href="
http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%AB&hl=ja&sa=G&rlz=1W1DDJP_ja&biw=819&bih=516&tbm=isch&prmd=imvns&tbnid=QnzOYr1mDqY-3M:&imgrefurl=http://editorsnote.cocolog-nifty.com/days_of_books_films_jazz/2011/05/1968-e621.html&docid=TqeC3wGy7IsgQM&imgurl=http://editorsnote.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/05/26/1105261w.gif&w=640&h=480&ei=xPTuTpaDE4n5mAWY-dzmCQ&zoom=1&iact=hc&vpx=513&vpy=160&dur=102&hovh=194&hovw=259&tx=150&ty=121&sig=110984390844457400427&page=1&tbnh=159&tbnw=246&start=0&ndsp=6&ved=1t:429,r:2,s:0" target="_blank">
女性</a>。<br /><br />

　火炎砲の攻撃を受けたラジオ局を棒と国旗で守ろうとする<a href="
http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%AB&hl=ja&sa=G&rlz=1W1DDJP_ja&biw=819&bih=516&tbm=isch&prmd=imvns&tbnid=tj81GYqPVZxdNM:&imgrefurl=http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1353.html&docid=3xXAXsQZZxq9SM&imgurl=http://www.syabi.com/contents/details/i_josefkoudelka/i_josefkoudelka_001.jpg&w=200&h=310&ei=c_3uTtzFNeTDmQX7ut2QCg&zoom=1&iact=hc&vpx=118&vpy=122&dur=138&hovh=248&hovw=160&tx=104&ty=164&sig=117134867940908867338&page=1&tbnh=159&tbnw=119&start=0&ndsp=6&ved=1t:429,r:0,s:0" target="_blank">
2人の若者</a>、敵の戦車によじ登って抗議の旗を振りかざす<a href="
http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%AB&hl=ja&sa=G&rlz=1W1DDJP_ja&biw=819&bih=516&tbm=isch&prmd=imvns&tbnid=INcbSFfYgorvzM:&imgrefurl=http://matome.naver.jp/odai/2127848056032831101/2127855154233638603&docid=6SUsLuFyIBYFbM&imgurl=http://graphia.files.wordpress.com/2009/05/koudelka20-20russian20tank20in20prague1.jpg%253Fw%253D500%2526h%253D319&w=500&h=319&ei=c_3uTtzFNeTDmQX7ut2QCg&zoom=1&iact=rc&dur=317&sig=117134867940908867338&page=1&tbnh=143&tbnw=203&start=0&ndsp=6&ved=1t:429,r:3,s:0&tx=127&ty=85" target="_blank">
青年</a>・・・。衝撃のショットが続く。<br /><br />

　この写真集には、プラハ侵攻後の様々な資料が、日本語に翻訳されて掲載されている。<br /><br />

　プラハ侵攻が始まった８月２１日に<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%97%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%AF" target="_blank">
ドｳプチェク</a>第一書記が率いるチェコスロヴァキア共産党プラハ市委員会がラジオで流した宣言には、こうある。<br />　「偶発的な挑発は決して行わないでください。現在、武力による防御はもはや不可能です・・・」<br /><br />

　替わりに市民らは「見事なアイデアを思いつく」<br /><br />

「何十万という無名の、素性の知られていない人々が街路や広場の名前が書かれた標識を破壊し、番地の標識すら消してしまった。・・・招かれざる客にとって、プラハは死んだ町と化したのだ。ここで生まれなかった者、ここに住んでいない者は、１００万人の匿名都市を目のあたりにする。占領軍がここで見出すのは、多種多様な抗議文だけだろう」<br /><br />

「イワン、家に帰れ、ナターシャが待ってるぞ」<br />
「ソ連兵よ、家に帰って、どうしてチェコスロヴァキアにいたのと子どもに尋ねられたら、何と答える？」<br />
「顔を上に向けろーーー手は上げるな！」<br /><br />

　あのヤン・フス像の黒い壁面には、なぜか英語で「GO　HOME」そして「卍＝☆」のマークが、何度消されても描かれた・・・。<br /><br />

<table border="1" class="floatR" ><tr><td align="center">
<a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/4_P1070650.JPG" title="ヴァーツラフ広場" rel="lightbox[cheko]"><img alt="ヴァーツラフ広場；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/4_P1070650-thumb-150x112.jpg" width="150" height="112" /></a></td><td align="center"><a href="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/5_P1070662.JPG" title="ヴァーツラフ広場脇の建物群" rel="lightbox[cheko]"><img alt="ヴァーツラフ広場脇の建物群；クリックすると大きな写真になります" src="http://n-shuhei.net/masablog/photo_masajii/5_P1070662-thumb-150x200.jpg" width="113" height="150" /></a></td></tr><tr><td id="ue" width="160">ヴァーツラフ広場のヤン・パラハ慰霊プレート。奥が聖ヴァーツラフ騎馬像。その奥が、国立博物館</td><td id="ue" width="160">ヴァーツラフ広場脇の建物群。黄色いホテルの壁面に銃痕が残っている、というｋとだったが・・・。</td></tr></table>

　プラハに来て２日目の朝。プラハのシャンゼリーゼといわれる<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%A9%E3%83%95%E5%BA%83%E5%A0%B4" target="_blank">
ヴァーツラフ広場</a>に行った時は、どしゃぶりの雨だった。北西から南東に伸びる通りの南端。<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%A9%E3%83%951%E4%B8%96_(%E3%83%9C%E3%83%98%E3%83%9F%E3%82%A2%E5%85%AC) " target="_blank">
聖ヴァーツラフの騎馬像</a>の前に<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%95" target"_blank">
ヤン・パラフ</a>の慰霊プレートがあった。<br /><br />

　１９６９年１月。前年夏の「プラハの春」挫折に抗議して、学生ヤン・パラフはこの場所で焼身自殺した。小さな像を刻んだプレートの周りは、４０数年後というのに小さな花輪やロウソクであふれていた。<br /><br />

　広場の両側は、ブランド品の店やホテルが並んでいる。一部の建物には侵攻の際、ソ連兵が威嚇射撃した銃弾の跡が残っている、という。カメラで追ってみたが、どしゃ降りの雨の暗さで確認できなかった。<br /><br />

　ジョセフ・クーデルカの写真集で、特に衝撃的な写真の２枚が印象に残っている。
　１枚は、ヴァーツラフ広場を埋め尽くしている抗議の人たちの座り込みの写真だ。私が訪ねた時にはなかった市電の線路と石畳が伸びている。周りには、両側はソ連軍などの戦車と装甲車が砲準を向け、一発触発だったらしい。<br /><br />

　もう１枚は、人っ子一人いないヴァーツラフ広場を見下ろす窓に差し出された<a href="
http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%AB&hl=ja&sa=X&rlz=1T4DAJP_jaJP299JP299&biw=819&bih=516&tbm=isch&prmd=imvns&tbnid=4jZ2FV3jp6RvZM:&imgrefurl=http://www.francfranc.com/jp/ffstyle/feature/art/_1968/&docid=rZWX_rjUuZQ6KM&imgurl=http://www.francfranc.com/jp/ffstyle/feature/cms_images/10419_image.jpg&w=622&h=435&ei=1TTvTruaOM6WmQX-jaGACg&zoom=1&iact=rc&dur=493&sig=117134867940908867338&page=1&tbnh=159&tbnw=245&start=0&ndsp=6&ved=1t:429,r:1,s:0&tx=140&ty=54" target="_blank">
左腕らしい写真</a>。腕時計は午後６時を指している。写真集の資料には、こうある。
　「（座りこんでいる人々に向かって）警察の拡声器が響いた。父親のような声だった。『さあ、馬鹿なことをしないで、解散するんだ。占領軍にいい口実を与えるじゃない。彼らの目的は何かわかっているだろう・・・』。・・・しぶしぶと群衆は三々五々解散を始めた。３０分後には、広場に静寂がもどった」<br />
　人っ子１人いない広場の情景は、８月２２、２３日の２度にわたって見られた。<br /><br />

　ブタペスト経由でプラハを訪ねた機中で小説<a href="
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%81%AE%E6%98%A5-%E4%B8%8A-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%98%A5%E6%B1%9F-%E4%B8%80%E4%B9%9F/dp/408747173X" target="_blank">
「プラハの春　上・下」（春江一也著、集英社文庫）</a>を読んだ。「プラハの春」の挫折を題材にしてベストセラーとなった。軸は、プラハ駐在の日本人外交官と２人の女性とのロマンスだが、焼身自殺したヤン・パラフも主要な役割で登場し、プラハ侵攻の様子や外交交渉にも多くのページが割かれている。<br /><br />

　しかし、ジョセフ・クーデルカの写真集とそこに転載された文献とは、事実が少し異なる。写真と事実を積み重ねたドキュメンタリーの威力を痛感した。<br /><br />
　「プラハの春」から２１年後、１９８９年の無血革命<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E9%9D%A9%E5%91%BD" target="_blank">
「ビロード革命」</a>で、共産主義国・チェコスロヴァキアは民主化された。その立役者となった<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB
" target="_blank">ハヴェル前大統領</a>が、今月１８日に死去した、という。<br /><br />

　チェコスロヴァキアからチェコ共和国となった首都・プラハは、その前に訪ねてハンガリーのブタペストに比べても民主化の果実を満喫しているように見えた。<br />　黒っぽい地味な服装が多かったが街を歩く人々の表情は明るく、ビアホールは夕方から地元の人たちで超満員。チェコ・フイルハーモニーの演奏を聴いた音楽公会堂<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%83%A0" target="_blank">
「ルドルフｲヌム」</a>は、正装の観客であふれていた。<br />　｢建築の森｣の別名がある通り、ロマネスク、ゴシック、アールヌーヴォからキュービスム様式の建物まで楽しめた旅だった。<br /><br />
]]>
        
    </content>
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    <title>読書日記「本の魔法」（司修著、白水社刊）</title>
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    <published>2011-11-30T02:53:37Z</published>
    <updated>2011-11-30T02:53:37Z</updated>

    <summary> 本の魔法posted with amazlet at 11.11.30司 修 ...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
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    </author>
    
        <category term="読書" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="三島由紀夫" label="三島由紀夫" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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</div>
<br /><br />
　表題にひかれて図書館で借りたが、予想外のもうけものの本だった。<br /><br />

<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E4%BF%AE"target="_blank">
　著者</a>は、装丁家と知られる人らしいが、同時に画家、絵本作家として多彩な活躍をし、川端康成賞を受賞したり、芥川賞候補になったりしたこともある小説家でもある。<br /><br />


　目次を開くと「藍」「朱」「闇」など画家の表現らしい１文字の下に、15人の作家の名前と作品が並んでいる。<br />
　司修が装丁した本を引用し、それをどう読んで装丁を思いつき、作者とどう付き合い、自分自身の人生を深めていったかを綴る稀有のエッセイである。あとがきによると「本の魔法にかかって、びりびりと感じたもの記録である」という。
<br /><br />

　取り上げられている作家と作品は、古井由吉「杳子・妻隠」、武田泰淳「富士」、埴谷雄高「埴谷雄高全集」、島尾敏雄「硝子障子のシルエット」「死の棘」、中上健次「岬」、江藤淳「なつかしい本の話」、三島由紀夫「癩王のテラス」、森敦「月山」、三浦哲郎「白夜を旅する人々」、真壁仁「修羅の渚―宮沢賢治拾遺」、河合隼雄「明恵　夢を生きる」、松谷みよ子「私のアンネ＝フランク」、網野善彦「河原にできた中世の町」、水上勉「寺泊」、小川国夫「弱い神」。<br /><br />

　いずれも、戦後を代表する文学作品だという。読んだ作品はいくつもないので、最初はとまどいがあったが、知らない間に司修の描く魔法の世界に魅了されていった。<br /><br />

　武田泰淳「富士」の項では、作家と付き合いを重ねているうちに、夫人の武田百合子のファンになってしまい、夫人が武田泰淳の死後書いたエッセイ「富士日記」の何か所かが引用されている。以前に、この<a href="
http://n-shuhei.net/masablog/2008/08/01_1931.php"target="_blank">
ブログ</a>でもふれたが「富士日記」は私の何年も前からの愛読書でもある。<br /><br />


　司修は、こう書く。<br />
　<div id="main">乱暴な、無謀ないい方をすれば『富士』は、武田さんにとって百合子さんを知りつくすために、書かれたといえるかもしれない。人間の謎を解こうとするにはあまりに近く大きく存在していた百合子さんのために、遠回りして。</div><br /><br />

 読んでアッと思った。作家の心に深く入り込もうとした装丁家は、そこまで読めるのか・・・。<br /><br />


　江藤淳「なつかしい本の話」の項では「単行本の装幀や装画と相まってわかってくる本の魅力について」江藤の著作を引用している。<br /><br />


　<div id="main">本というものは、ただ活字を印刷した紙を綴じて製本してあればよい、というものではない。<br />　・・・沈黙が、しばしば饒舌より雄弁であるように、ページを開く前の書物が、すでに湧き上がる泉のような言葉をあふれさせていることがある。その意味で、本は、むしろ佇んでいるひとりの人間に似ているのである。</div><br /><br />

　<div id="main">かって私の心に忘れがたい痕跡をのこし、そのままどこかに行ってしまった本のことを考えていると、表紙のよごれや、なにを意味しているのかよく分からなかった扉の唐草模様、それに手にとったときの感触や重味などが、その本の内容と同じくらいの深い意味を含んで蘇って来る。</div><br /><br />

　森敦「月山」の項では、装丁を巡る装丁家と編集者の丁々発止のやりとりが続く。<br /><br />


　<div id="main">装幀は、何も語らず、物語のいっさいを伏せて、知らん顔して、しかし深く入り込むほうがいいし、「月山はこの眺めからまたの名を臥牛山と呼」ぶ姿を、実際の月山の写真やスケッチではなく、牛の背であらわせたら最高だ、と思った。<br />　ぼくの持っている『世界素描全集』の中に、日本の墨絵が素描として扱われ、作者不詳の、形のいい牛があるのを思い出した。本棚から取り出してみると、「月山」のために待っていたかのような牛の絵は、「モウワタシイガイニアリマセン」といっていた。</div><br /><br />

　しかし「こんな簡単に装幀が完成してしまっていいのか」と、司はじくじたるものを感じる。「月山」を読み返しながら、装丁のイメージを何度となく描いてみる。<br /><br />


　やって来た（編集者）の飯田さんと午後４時ごろから酒を飲む。飯田は、示した装丁原稿が気に入らないらしい。飲み続けて午前零時を回ったころ、司はたまらず素描全集の「牛の絵」を開く。<br /><br />

<div id="main">飯田さんは「歌舞伎役者のごとく膝を打って、「これです」と絶叫した。ぼくは装幀者として、何の作業もしないデザインを恥じていたのだと思う。<br />　飯田さんは、酔い方もしゃべり方も変わり、躍り出さんばかりだった。・・・無言の闘いが解決すると、彼もぼくもハイになり、・・・</div><br /><br />

小川国夫「弱い神」の項では、２人が「もう１軒「「もう１軒」と飲み歩き、飲みつくすエピソードが何回も登場する。そこには、司修の小川国夫への深い敬慕の念が満ちあふれている。　<br /><br />

<div id="main">昔のことです。春の明け方の、光や音がよく澄んだ冷たい坂道を、小川さんとぼくが酔っぱらって歩いている。三日三晩ぶっつけで、目覚めると酒場に行き、小川さんを慕う若い男女が集まってくると、小川さんの小説の中の恋愛について語り、そのなりゆきにそれぞれの経験を重ねて語り明かしました。といいても、たあいないものです。しかし酔うほどに真剣度は増していきました。</div><br /><br />

<div id="main">（奄美大島の酒場で）小川さんは島の男に捕まって、文学論をふっかけられていました。小川さんは怒らない人ですから、丁寧に返事をしていました。ぼくは困ったなと思い、その文学談義をやめさせようとして、その場に入って行って、何やらめちゃくちゃなことをいっておりましたら、小川さんが「あんたばかか」といったんです。ぼくは、ああ、これだな、叱られてうれしくなるってのは、と思いました。</div><br /><br />

小川国夫の作品は、この<a href="
http://n-shuhei.net/masablog/2008/07/27_0755.php"target="_blank">
ブログ</a>でもふれたことがあるが、私には小川国夫はカトリックとプロテスタントの「共同訳聖書」の編者として活躍した敬虔なカトリック信者だったという印象しかなかった。<br />
それが、この破天荒ぶり。なんだか、うれしくなる。<br /><br />


<div id="main">『弱い神』の装幀を考えていたぼくは、戦死者が国旗に包まれるように小川さんを十字架で包もうと思いました。・・・ぼくは『弱い神』という本を、小川さんの御棺と考え、青い十字架の旗で包んだのでした。</div><br /><br />

この本の装丁は、表紙に描かれた１５のワクのなかに、登場する１５の作品の装丁が並んでいる、という仕組みである。<br />
ところが、下段真ん中の２つのワクの上に、図書館のバーコードシールが貼ってあり、せっかくの装丁を見ることができない。<br />
「このシールをかきむしりたくなる」。そんなことを書いているブログをＷＥＢで見つけて、フッと笑ってしまった。<br /><br />

読んだ後、その本の表紙をそっとなで回したくなる。そんな「魔法」にかかってしまったようである。<br /><br />
]]>
        
    </content>
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    <title>読書日記「半島へ」（稲葉真弓著、講談社刊）</title>
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    <published>2011-11-28T01:11:24Z</published>
    <updated>2012-03-23T06:01:40Z</updated>

    <summary> 半島へposted with amazlet at 11.11.28稲葉 真弓...</summary>
    <author>
        <name>土井雅之</name>
        <uri>http://n-shuhei.net/masablog/</uri>
    </author>
    
        <category term="自然" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="池澤夏樹" label="池澤夏樹" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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        <![CDATA[<br />
<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062169770/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21PwHK%2Bz9BL._SL160_.jpg" alt="半島へ" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062169770/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">半島へ</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4062169770/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="半島へ" target="_blank">amazlet</a> at 11.11.28</div></div><div class="amazlet-detail">稲葉 真弓 <br />講談社 <br />売り上げランキング: 131572<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062169770/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></div>
<br /><br />
　今年の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B4%8E%E6%BD%A4%E4%B8%80%E9%83%8E%E8%B3%9E" target="_blank">
谷崎潤一郎賞</a>受賞作。この<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E8%91%89%E7%9C%9F%E5%BC%93
" target="_blank">作家</a>のことは知らなかったが、書評者として現在一番尊敬している<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E6%BE%A4%E5%A4%8F%E6%A8%B9
"target="_blank">池澤夏樹</a>が「読んでいる間ずっといい気持ちが持続する小説」と選評していたので読む気になった。<br />

　ところが、肝心の本が手に入らない。図書館は貸出中。計5件の書店がいずれも在庫なし。AMAZONも「５－７日待ち」。つまり、流通在庫はゼロということらしい。結局、今月の9日に芦屋ルナ・ホールで開かれた著者の受賞記念講演会場で買うことになった。
<br /><br />
　東京に住む主人公は、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E6%91%A9%E5%8D%8A%E5%B3%B6
"target="_blank">志摩半島</a>に別荘を買い、1年に数カ月過ごす生活をしている。
<br />
　<div id="main">折り畳みのデッキチェアーに体を投げ出し、ぼうっと空を見ていると、波動のようなものが体内をかすめていく。地球の自転の震えだろうか。体と一瞬にしてつながるような未知の感覚に襲われる。同時に人間が流れることなく地につながれていることが、なぜか奇跡のように思えてくる。夜風の動き、葉擦れのかすかな音が五感の境界を溶かしていくのか、体が人間の生理学、ヒトの時間をどんどん離れ、得体のしれぬものに変化していくようだ。ああ、こんなふうに、体は肉体を離れていくのか。これが無になるという感覚なのか。どこか遠い場所で放たれた、見知らぬ人の体に乗り移ったようである。</div><br /><br />

　私小説風のフィクションということだが、現実にあったことを書いているのは「6割ぐらい」と、著者はインタビューに答えている。離婚を経験し、熟年にさしかかった女流作家が、半島での生活で老いの静かさを実感していく。<br /><br />
　
　<div id="main">梅雨明けから続いた猛暑のなか、私は自分でも落ち込むほどにへばっていた。年齢による体力の衰えも関係していたが、盆の過ごし方がまるでわからないのだ。・・・家族の団欒姿は、私の日常からなによりもとおいものだった。<br />　だから私は。自分のなかに欠落しているものを痛いほど意識しながら、家族とともに過ごす半島の住民たちを見ないようにしていた。ムキになって草取りをし、花の終わったアジサイの剪定にやっきになり、崩れかけた花壇に土を運んだ。その不自然さ、ぎこちなさ、疲れが、他愛ない笑いとともにすっと溶けて行く。</div><br /><br />

　<div id="main">藪椿の森を歩く。おびただしく落下する花を踏んで、先に行く気が失せてしまう。「この道は藪椿の墓地」だと思う。<br />　ひと足をついと踏み出せば、そのまま大地に吸い込まれ、体ごと帰れなくなりそうだった。・・・花の死骸の下にも、ひとには見えない強い道がある。季節の変わり目、終わりを迎えた花にしてみれば、ここは「最後の地」のようなものなのだろう。そう思った途端、熟れた蜜と思った花のにおいに、突如、腐臭が漂い出す。</div><br /><br />


 周りに住んでいるのは、定年を迎えて第２の人生をこの土地で楽しもうとやって来た人たち。彼ら、彼女らと、半島にあふれるばかりの自然の恵みを満喫していく。<br /><br />

　<div id="main">散歩から帰ると、玄関先に掘り立てのタケノコが積み上げてあった。倉田さんが届けてくれたのだろう。九本の太ったタケノコだった。<br />　・・・<br />　「竹林んなかを通ると、眠気が覚めるね。体内の毒気を吸い取るなんかがあるのかもしれねぇよ」<br />　「毒気？竹のどこが毒気を吸うの？」<br />　・・・「節かな。あんなかは真空だし、真空ってことは宇宙みたいなもんやないか。それにさ、タケノコは一日に何十センチも伸びるだろ。あのエネルギーが、こっちに乗り移るんかね。うまく言えねぇけど、竹林を通ると、この先、死にそうにないような気がするよ。・・・」</div><br /><br />

　近所の人が、間引いて明るくなった竹林で開いた酒宴に呼んでくれる。竹の切り口に立てた二百本ものロウソクがあちこちでゆらめく。酔った私はだんだん頭が朦朧としてくる。<br />
　<div id="main">ぐるりを見回すと、どのひとももう人間ではなくなっていた。全部が海のもの、山のもの。女たちが集まっていたところでは、たくさんのイソギンチャクがひらひら口を開いたり閉じたりしている。<br />　別の場所では大小の牡蠣が不格好に躍っている。ごつごつしてどれも陰影が深い。肩を組んで重なりあっているのは蟹だろうか。大きなハサミを振り回しながら、間断なくぶくぶく泡を吹いている。・・・<br />　覚えているのは、だれかが私を支えながら家まで送ってくれた曖昧な記憶だけ。・・・ふたりの女は野うさぎの顔をしていた。枯れ草のしみた毛皮のにおいがふっと鼻孔をよぎっていく。</div><br /><br />

　著者は、谷崎賞記念講演で「十六年通い続けた土地の力に一番影響を受け、書く力を得てきた」と語った。かって力を支えてきた土地は、長年住み慣れた東京・品川だったが「パワースポットは志摩半島に移りつつある」という。<br />
　そして「今回の東北大震災の土地に住んでいた二万人の人々の膨大なかけがえのない日常が、フィクションの宝庫だと思えてきた」と、次の作品を予言した。<br /><br />

　<div id="main">私はひとが「え、しばらく向こうに行くんですか。これまで通り、通えばいいじゃないですか？どういう心境の変化です？」と尋ねるたびにこう答えることにした。<br />　「地層がね、呼んだんですよ。むき出しなんだけど強そうで・・・」</div><br /><br />
　著者は、この本の冒頭近くで、志摩半島の地層を調べたことを書いている。ここの地層は「中生代白亜系からジュラ系の和泉層群、領石層群、鳥巣層群、四万十層群の四層からなっている」らしい。<br /><br />

 <div id="main">地殻変動によって海から押し上げられた土地らしいこともわかった。そうか、ここは海底に眠っていた土地だったのか。・・・原始を抱えて地上にやってきたもの、地殻変動に耐えて長い年月生き延びたものが、私の足元を支えていたなんて。わ、すごい。掘れば貴重種の化石がざくざくと出てくるかもしれない。胸が躍った。</div><br /><br />
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    <title>読書日記「アースダイバー」（中沢新一著、講談社刊）</title>
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    <published>2011-11-12T10:40:52Z</published>
    <updated>2012-03-23T06:03:27Z</updated>

    <summary> アースダイバーposted with amazlet at 11.11.12中...</summary>
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        <name>土井雅之</name>
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        <![CDATA[<div id="main500">
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"><div class="amazlet-image" style="float:left;margin:0px 12px 1px 0px;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062128519/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51SES8ECFVL._SL160_.jpg" alt="アースダイバー" style="border: none;" /></a></div><div class="amazlet-info" style="line-height:120%; margin-bottom: 10px"><div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062128519/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">アースダイバー</a><div class="amazlet-powered-date" style="font-size:80%;margin-top:5px;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4062128519/ateliershuhei-22/ref=nosim/" title="アースダイバー" target="_blank">amazlet</a> at 11.11.12</div></div><div class="amazlet-detail">中沢 新一 <br />講談社 <br />売り上げランキング: 12612<br /></div><div class="amazlet-sub-info" style="float: left;"><div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062128519/ateliershuhei-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div></div></div><div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div></div></div>
<br /><br />
　前回のブログでふれた<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B2%A2%E6%96%B0%E4%B8%80" target="_blank">中沢新一</a>の、この著作は以前から気になっていたので、図書館で借りてみた。２００５年の発刊だが、予想以上にもうけものの本だった。<br /><br />

　表題は、アメリカ先住民の神話から取られている。<br />

<div id="main">はじめ世界には陸地がなかった。地上は一面の水に覆われていたのである。そこで勇敢な動物たちがつぎつぎと、水中に潜って陸地をつくる材料を探してくる困難な任務に挑んだ。ビーバーやカモメが挑戦しては失敗した。こうしてみんなが失敗したあと、最後にカイツブリ（一説にはアビ）が勢いよく水に潜っていった。水はとても深かったので、カイツブリは苦しかった。それでも水かきにこめる力をふりしぼって潜って、ようやく水底にたどり着いた。そこで一握りの泥をつかむと、一息で浮上した。このとき勇敢なカイツブリが水かきの間にはさんで持ってきた一握りの泥を材料にして、私たちの住む陸地はつくられた。</div><br /><br />

ここで、中沢の持論が登場する。<br />
　<div id="main">頭の中にあったプログラムを実行して世界を創造するのではなく（一神教の神による天地創造ではなく？）、水中深くにダイビングしてつかんできたちっぼけな泥を材料にして、からだをつかって世界は創造されなければならない。こういう考え方からは、あまりスマートではないけれども、とても心優しい世界がつくられてくる。泥はぐにゅぐにゅしていて、ちっとも形が定まらない。その泥から世界はつくられたのだとすると、人間の心も同じようなつくりをしているはずである。</div><br /><br />

　中沢は、この泥みたいなものでできた心を「無意識」と呼ぶ。これまでの文明は、グローバル化にしろ、原発にしろ、この「無意識」を抑圧することによって合理的といわれるものを築いてきた。そして今、抑圧されてきた「無意識」が現代文明に反旗を翻そうとした結果が、９・１１であり、３・１１の本質でもある。中沢は、そう言いたいようである。<br /><br />

　「ぼくはカイツブリにならなければ」。中沢は、水の底から泥をつかんできて「もういちど人間の心をこね直そう」と考える。<br /><br />

　そんな気持ちで東京の街を見回してみた時「大昔に水中から引き上げられた泥の堆積が、そこそこに散らばっているのが見えてくる」<br /><br />

　縄文時代の前期、<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%84%E6%96%87%E6%B5%B7%E9%80%B2
"target="_blank">
縄文海進</a>と呼ばれた時期には、泥の海が現在の東京の街にフィーヨルド状に入り込んだ地形をしていた。<br /><br />
　
　中沢は、この縄文地図を手に東京探訪に出かける。<br />
　気づいたのは、どんなに都市開発が進んでも、それとは無関係に散財している神社や寺院は、きまって縄文地図における、海に突き出た岬ないしは半島の突端部に位置している、ことだ。<br /><br />
　
　<div id="main">縄文時代の人たちは、岬のような地形に、強い霊性を感じていた。そのためにそこには墓地をつくったり、石棒などを立てたりして神様を祀る聖地を設けた、<br/>　 そういう記憶が失われた後の時代になっても、まったく同じ場所に、神社や寺がつくられた・・・。現代の東京は地形の変化の中に霊的な力の働きを敏感に感知していた縄文人の思考から、いまだ直接手的な影響を受け続けているのである。</div><br /><br />
　
　<div id="main">東京の重要なスポットのほとんどすべてが、「死」のテーマに関係を持っていることが、はっきり見えてくる。・・・盛り場の出来上がり方や放送塔や有名なホテルの建っている場所などが、どうしてこうまで死のテーマにつきまとわれているのだろうか。<br />　かっては死霊のつどう空間は、神々しく畏れるべき場所として、特別扱いされていたのである。</div><br /><br />

　縄文地図を見ながら東京を歩くと、縄文時代も堅い土でできていた丘陵地帯（洪積層）とかっての泥の海（沖積層）地帯では、土地の持つ雰囲気がまったく違うことに気づくという。沖積層地帯からは、死の香り、エロスの匂いがただよってくる。<br /><br />

　甲州街道や青梅街道が走る新宿の高台沿いには紀伊国屋や中村屋などの高級店が並んでいるが、湿った土地にできた歌舞伎町や西新宿には、それとはまったく違ったにおいがある。渋谷の繁華街やラブホテル街も、この地勢論から説明される。<br /><br />

<div id="main">道玄坂は・・・、表と裏の両方から、死のテーマに触れている、なかなかに深遠な場所だった。だから、早くから荒木山の周辺に花街ができ、円山町と呼ばれるようになったその地帯が、時代とともに変身をくりかえしながらも、ほかの花街には感じられないような、強烈なニヒルさと言うかラジカルさをひめて発展してきたことも、けっして偶然ではないと思う。ここには、セックスをひきつけるなにかの力がひそんでいる。おそらくその力は、死の感覚の間近さと関係をもっている。</div><br /><br />

　そして、明治天皇が新たに造られた明治神宮の森に祀られ、現天皇が、世界のどの大都市にもない皇居という「空虚な空間」に住まいを定められている意味についても、この本は敷衍していく。<br /><br />

　この本の巻末には、現在の東京に縄文地図を重ねた地図が折り込まれている。ブログに添付した写真では少し分かりにくいが、上野や御茶ノ水が、泥の海に突き出した「サッ」と呼ばれた岬であることが歴然と分かる。<br />　ＷＥＢ上では、多摩美術大学中沢新一ゼミと首都大学東京大学院が協同制作した<a href="
http://e.mapping.jp/"target="_blank">
「アースダイバーマップbis」</a>も公開されていて、楽しませてくれる。<br />　ただ、
中沢の東京地勢論への異論もあるようだ。
<img alt="img005.jpg" src="http://n-shuhei.net/masablog/masajii/img005.jpg" width="480" height="342" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br /><br />

　中沢が縄文時代について記述しているのを読むのは、このブログでもふれた<a href="
http://n-shuhei.net/masablog/2010/09/08_0733.php"target="_blank">
「縄文聖地巡礼」</a>以来だ。蓼科の縄文遺跡や縄文人の末裔といわれるアイヌ人の昔を訪ねるエコツアーに参加したこともある。<br />
　一神教の神を信じる身でありながら、縄文の時代の死や霊への思いになぜか引かれる。<br /><br />

　このブログを書いていて、中沢が週間現代にアースダイバーの大阪版「大阪アースダイバー」を連載しているのを知った。昨年１１月のスタートだから、間もなく単行本になるのだろう。この8月には「大阪アースダイバー」をテーマにした中沢ら3人の<a href="
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/14445"target="_blank">
公開鼎談</a>も、東京で開かれている。<br /><br />

　これに刺激されたのか、大阪の街に縄文の地図を重ねたマップを掲載した<a href="
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-413.html"target="_blank">
ブログ</a>も登場している。<br />　このマップを見ると、大阪城や難波宮、四天王寺、住吉大社が連なる<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%94%BA%E5%8F%B0%E5%9C%B0
"target="_blank">上町台地</a>を除いて、ほとんど海である。<br /><br />
　　
　元京大防災研究所長の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%94%B0%E6%81%B5%E6%98%AD
"target="_blank">河田恵昭</a>・関大安全学部長の「水は昔を覚えている」という言葉を思い出した。昔、海や湿地帯だったところに市街地が発展しても、いったん洪水、高潮、津波はん濫が起こると、また海や湿地帯に戻る、というのである。<br /><br />

　故・<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E5%B7%A6%E4%BA%AC
"target="_blank">小松左京</a>の<a href="
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B2%88%E6%B2%A1
"target="_blank">「日本沈没」</a>でも、上町台地以外の大阪の街が泥の海と化す記述がある。<br /><br />

　縄文の地図を現在の土地に重ねる「アースダイバー」の試みは、東北大震災など自然災害の教訓をけっして忘れてはいけないという警鐘とも読めるのである。<br /><br />

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