2019年2月アーカイブ: Studio YAMAKO

2019年2月28日

雪が降る日吉大社(前編) 2月14日

石山寺から京阪石山坂本線に約30分乗って、坂本比叡山口駅に着いた。駅を出て左に進むと日吉大社の鳥居があって、その先に日吉馬場と呼ばれる広い参道(県道)が見えた。参道の両脇には石垣が連なる里坊や石燈籠が並び、春には約350本のソメイヨシノやシダレザクラが咲くという。日吉大社は京阪石山坂本線・坂本駅の西約1kmのところにある。だらだらと坂道を登ると参道は、左に行くと比叡山、そして右手には日吉大社の入り口となる赤い鳥居があり、そこが境内の入口で、300円の入苑協賛料をお支払いする。
 当日は小雨が降り、比叡山には霧がかかっていたが、比叡山の麓に鎮座する日吉大社は、およそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮である。平安京遷都の際には、この地が都の表鬼門(北東)にあたることから、都の魔除・災難除を祈る社として、また伝教大師が比叡山に延暦寺を開かれてよりは天台宗の護法神として崇敬を受け、今日に至っている。 往時には、境内百八社・境外百八社が、その管轄にあったほどであったが、現在は、西本宮、東本宮をはじめとした山王上7社、さらに中7社、下7社の21社が存在し、日吉大社とはその総称である。

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名代手打本家「鶴喜そば」ホームページより

 途中、雪が降る中を、西本宮→宇佐宮→白山宮→東本宮・樹下宮にお参りしてきた。石山寺もそうだったが、ここでも参拝客は2~3組見かけただけだった。天気が良ければ東本宮からさらに東にある 西教寺へも行ってみたかったが、思いとどまり、京都へ戻ることにした。朝は、京都駅の喫茶店で食べたモーニングセットだけだったので、腹も減った。日吉馬場の入り口にあった老舗の「鶴喜そば」で温かいそばを食べたが、地元の人たちも来られるのであろうなかなか賑わっていた。京都へ戻るにはJR湖西線の比叡山坂本駅に出るのが良い。琵琶湖に向かって南へ下る。

1.日吉大社二の鳥居
日吉馬場(参道)の入り口に大きな石造り鳥居があった。参道は県道316号線になっていて、車も走る。この参道をまっすぐ進む。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels<>br> プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 13mm ISO125 ) 露出補正 なし
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2.三宮宮、牛尾宮
参道を歩いていると正面やや右側の山の上に社が見えた。近くにあった案内図を見ると、山は標高381mの八王子山といい、左側に見える社殿が三宮宮で、右側が牛尾宮とある。いずれも山王上7社である。八王子山の頂上付近には、高さ約10mもある金大巌(こがねのおおいわ)という岩があるそうだ。東本宮に祀られている大山咋神もそんな山の神様だったと思われ、最初は金大巌に宿ったとされている。今回は長い玉を持ってきていないし、霞んでいてクリアな写真が撮れない。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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3.穴太衆積みの石垣
日吉大社入り口の鳥居が見えてくると、その左手に「穴太衆積みの石垣」というのがあった。穴太(あのう)積みというのは、ここ滋賀県の大津市坂本近くにある穴太の石工集団が積んだ石垣のことをいうが、基本的には自然石を積み上げる野面積みである。説明板には「この石垣は慈覚大師の時代に唐国を模したものと言われ、また、比叡山延暦寺が三千の僧兵を養っていた頃に城塞として造り、この美しい石積みは坂本穴太衆が築いたもので、穴太の石工たちは戦国時代以前から砦造りの専門職であった。彦根城はもちろん、豊臣秀吉が誇った大阪城、加賀百万石の金沢城の石積みも坂本穴太衆の手でできたという。このあたりに点在する寺院は城郭風な面影を持ち、建物は改築されても石垣だけは幾百年の星霜のうちに厳然として残り、苔むして美しい」とあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO320 ) 露出補正 なし
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4.境内入口の鳥居
右(東)へ行くと東本宮、西教寺、左へ行くと比叡山坂本ケーブルの坂本駅へ行く所に、境内入口の鳥居があった。正面左の石段の上には早尾神社がある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO200 ) 露出補正 なし
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5.地蔵堂
日吉馬場の鳥居のそばに地蔵堂があった。比叡山の参道の入り口に位置し、子育て地蔵・早尾地蔵尊(六角地蔵堂)という札が立っていた。本尊は比叡山の開祖伝教大師最澄上人自作の石地蔵尊と伝えられている。最澄が、童子のすこやかな成長に心を注ぎながら彫ったとの伝承から「子育て地蔵」とも呼ばれ、子どもの成長に功徳があると信仰されている。また、この地蔵は「陰坊地蔵」とも呼ばれる。それは、西教寺の真盛上人が生まれた嘉吉3年(1443年)姿を消し、明応4年(1495)真盛上人の入寂と共に再び姿を現したという伝承からきたもので、真盛上人はこの地蔵の生まれ変わりと伝えられる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO125 ) 露出補正 なし
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6.比叡山登山道
早尾神社へ上がる石段の左側に、比叡山登山道となる石段が見えた。比叡山延暦寺まで歩いて1時間半くらいのようだ。自転車乗りが3人下りてきていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 32mm ISO400 ) 露出補正 なし
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7.求法寺走井堂
日吉大社境内の隣地に境内を構えている天台宗の寺院である。説明板などによれば、求法寺走井堂は、第4世天台座主安恵和尚(801-864)の里坊として創建されたものと伝えられている。のちに比叡山中興の祖といわれる第18世座主慈恵大師良源大僧正(元三大師)が入山(12歳ころ)の折、比叡山への入山修行の決意を固めたところから、「求法寺」と称するようになったという。走井の地名に因んで「走井堂」とも称している。本尊は国の重要文化財で自作と伝えられる元三大師尊像(秘仏)。建物は元亀2年(1571年)織田信長の焼き打ちで焼失、正徳4年(1714年)に再建されている。入母屋・柿葺、正面に唐破風が設けられている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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8.大宮橋
境内を流れる大宮川という小さな川には大宮橋、走井橋、二宮橋という三つの橋が架っていて日吉三橋という。この大宮橋は、まっすぐ西本宮(大宮)に向かう道筋にあり、重要文化財である。花崗岩製の石造橋であるが、木造橋の形式をそのまま用いている。両側に格座間を掘り抜いた高覧をつけるなど、日吉三橋のうちでも最も手が込んでおり、豪壮雄大な構造の代表的な石造桁橋である。天正年間(1573年-1592年)に秀吉が寄進したといわれているが、木橋が現在の石橋に掛け替えられたのは寛文9年(1669年)だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO125 ) 露出補正 なし
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9.山王鳥居
少し登る坂になっている参道を進むと、山王鳥居があり、その先に西本宮がある。日吉大社は別名を山王さんと呼ばれ、山王さんの鳥居だから山王鳥居と呼ばれているのだそうだ。山王鳥居は神仏習合の信仰を表す独特な形で合掌鳥居とも呼ばれている。明神造りの鳥居の上に山型の破風がとりつけられ、調和のとれた美しい形で総合鳥居とも呼ばれる。山王鳥居、合掌鳥居、総合鳥居、といろいろな呼び方があるのだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 35mm ISO320 ) 露出補正 なし
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10.白山宮参道
山王鳥居をくぐって行くと、その先の右側に神馬舎、神猿舎というのがあった。神馬舎には白馬の置物があり、神猿舎には猿が飼われていた。神馬は神様が乗る馬であり、神様への捧物でもある。神猿(まさる)は山王の使者であり、魔が去り、何よりも勝る。猿は古くから境内で飼われており、既に室町時代の記録にも登場するという。今から約1200年前、京都で平安京に遷都された折には、比叡山が都の鬼門(北東)に位置することから、当社は都の鬼門封じの社として崇敬され、その折にこの猿さん「魔をさる」として「まさる」と呼ばれるようになり、魔除けの象徴となったと伝えられる。 ここで参道をまっすぐ行くと西本宮なのだが、右手に赤い灯明が並び、その先に神社が見えたので、先にそこへ入っていった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 13mm ISO250 ) 露出補正 なし
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11.白山宮(白山姫神社本宮)
雪が降ってきた。ここは日吉大社の上七社の摂社の一つである白山姫神社本宮だ。祭神は菊理姫命。装飾金具が少なく簡素なつくりで地味な落ち着いた中にも各部の意匠に意を配った建物である。三間社流造、檜皮吹きの現在の本殿は、1598年(慶長3年)の建立である。明治39年に国の重要文化財に指定されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 18mm ISO640 ) 露出補正 なし
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12.獅子と狛犬
白山姫神社の本殿の左右の縁に獅子がいた、と思ったが、それは間違いで左が狛犬で「吽」でツノがあり、写真は右側の獅子で「阿」だそうである。日吉大社には木製の狛犬、獅子が5組ある。16世紀製だそうだ。風格がある。本来、獅子・狛犬は本殿の中の内陣にて神様をお守していたが、時代を経ると本殿の上に置かれ、本殿も守護する意味合いが生れたという。更に時代を経ると、境内全体の守護のため本殿の前、境内入口などに置かれ、雨ざらしになるため木製から石造りになったという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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13.剣宮社(下7社・末社)
白山姫神社境内には下7社である剣宮社ほか、末社が並んでいた。手前から剣宮社、小白山社、八坂社、北野社という。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 13mm ISO640 ) 露出補正 なし
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14.宇佐宮拝殿
白山宮の先(西本宮寄り)に宇佐宮があった。祭神は田心姫神。このお宮も上7社・摂社の一つである。この建物はその拝殿で、なかなか渋い。典型的な方三間の拝殿形式である。四方の柱間は四方とも開けっ放し(吹き放し)廻り縁には高欄がつき、天井は小組格天井、屋根の妻飾りは木連格子(狐格子)となっている。慶長3年に建てられたもので、後ろに見える本殿と同じ時期である。昭和39年国の重要文化財に指定された。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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15.西本宮楼門から拝殿を見る
ようやく西本宮にたどり着いた。宇佐宮から西本宮の南側の門から境内に入ったので、一旦、左へ行って楼門から入り直した。西本宮楼門の軒下の4隅には木造の猿「棟持ち猿」が楼門を守っているのだが写真に撮り損なっていた。後ろに見える拝殿は方三間、一重、入母屋造り、檜皮葺、妻入りの建物。柱間は四方とも開け放して、屋根の妻飾りは木連格子、回り縁は高覧が付き、天井は中央部が一段と高くなった折上小組格天井となっていると説明されていた。天正14年(1586年)本殿と同時に建てられた。昭和39年に重要文化財に指定されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO400 ) 露出補正 なし
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16.西本宮本殿 -1
ひときわ立派なお社だった。他所ではほとんど見られない独特の建築様式の本殿という。安土桃山時代の元亀2年(1571年)、日吉大社に災難が降りかかる。織田信長は浅井長政、朝倉義景連合軍に加担していた延暦寺を忌み嫌い、また当時の僧侶が堕落していたことも相まって、日吉大社のある坂本から比叡山へと攻め込み、延暦寺を焼き討ちにした。日吉大社の境内もまた戦場となり、この戦いで日吉大社は灰燼に帰した。しかしその後、天下を取った豊臣秀吉により社殿の再建がなされ、日吉大社は見事復興を遂げる。これは秀吉の幼名が「日吉丸」であった事と、日吉大社の神獣が秀吉のあだ名である「猿」であった為だ。秀吉は日吉大社に只ならぬ縁を感じたのだろうとの説がある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO250 ) 露出補正 なし
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17.西本宮本殿 -2
天正14年(1586年)の建立。檜皮葺きで、屋根形式は「日吉造」という、日吉大社特有のもの。正面から見ると入母屋造に見えるが、背面中央の庇部分の軒を切り上げ、この部分が垂直に断ち切られたような形態(縋破風)になっているのが特色(wikipedia)。慶長2年(1597年)に改造されている。昭和36年に国宝に指定された。正面には1間の向拝(屋根の一部が前方に突き出し礼拝のために使用される部分)と浜床(向拝の下に用いられる低い床)があり、縁高欄がまわりをめぐっている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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18.西本宮本殿 -3
縁の上に置かれた狛犬と獅子が気に入ってしまった。向かって右側に手前に見えるのが獅子で、その獅子と向かい合うツノがある狛犬が向こうに見える。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO640 ) 露出補正 なし
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19.包丁塚
西本宮の右手に大宮竈殿社があった。祭神は奥津彦神・奥津姫神。大宮(西本宮・大己貴神)の食事、調理を司る神だそうだ。山王21社のうち下7社の一つである。そして 大宮竈殿社の右奥に包丁塚があり、傍らの石碑には「竈神は、一家を構える家庭の命の源を守護する家神として崇拝された。このことから現在では台所の神として、また飲食を整える包丁の守護神として調理の上達を願い、多くの信仰を集めている」とある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO250 ) 露出補正 なし
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20.三宮宮、牛尾宮への上り口
日吉馬場の参道を歩いているとき北東の八王子山の上に、三宮宮と牛尾宮が見えた。石段の手前に見えるのは三宮宮遙拝所で向こう側が牛尾宮遙拝所だ。ここからその奥宮まで約1kmで片道30分だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO320 ) 露出補正 なし
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2019年2月24日

冬の石山寺(後編) 2月14日

石山寺で一番高いところにたどり着いた。あいにくどんよりとした曇り空で、琵琶湖や瀬田川は色彩が乏しい。
 石山寺境内には3つの梅園がある。第一梅園は「薫の苑」と呼ばれ、瀬田川のほうに下がったところにある。第一梅園があるのは鐘楼や多宝堂を見る道の1本下の迂回路で、私たちは気が付かないで多宝塔のほうへ上がってきてしまった。石山寺の宝物や紫式部の「源氏物語」を題材とした美術品などが展示されている豊浄殿のほうへ、いわば尾根道を歩いていくと右側に第二梅園「東風の苑」があった。残念ながら梅はまだほとんど咲いてなく、淋しい。
 さらに進むと第三梅園があり、そこへカメラと三脚を持った年配の女性が来ておられた。ここの梅もまだまだである。谷を挟んで向こう側に大きな建物があった。まだ新しい建物で、石山を発祥の地とする東洋レーヨンが平成21年に寄進した堂宇だ。
 源氏苑というところで紫式部の像を見て、山を下る。無憂園という庭園を右下に見ながら本堂の下まで下りてきた。
 もう一度、国宝の本堂を見に上がって、参道を東大門に向かった。2組ほどの観光客と行違っただけだった。

19.第二梅園の梅 -1
道沿いに第二梅園の梅が咲き始めていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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20.第二梅園の梅 -2
この辺りは石山寺で一番高いところ。かすんでいるが琵琶湖が見える。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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21.第三梅園と光堂
三脚にデジイチの年配のご婦人が写真を撮りに来られていた。「まだ咲いてませんね」と残念そうだったが、近くに住んでいる方らしい。向こうに見えるのは、東洋レーヨンが寄贈した光堂である。東洋レーヨンは三井物産の出資により、1926年(大正15年)に創業し、滋賀県大津市に滋賀事業場を開設、生産を開始する。平成21年に建設されたこの堂宇は鎌倉時代に存在した光堂を復興したもので、本堂と同じ、懸造りとなっている。阿弥陀如来を本尊としている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO200 ) 露出補正 なし
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22.第三梅園
さっき、ご婦人が写真を撮ろうとしていた辺りを、光堂の方から見ている。冬の景色は緑が冴えないので淋しい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO400 ) 露出補正 なし
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23.紫式部銅像
ここは境内でも最も奥に位置する源氏苑というところ。光堂から少し下がったところに、石山寺参籠の折に「源氏物語」の着想をえたという紫式部の銅像があった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO500 ) 露出補正 なし
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24.カンザクラ
本堂の下へ戻る途中、第三梅園の先の坂道でカンザクラが咲き始めていた。梅園の梅もこのカンザクラも3月中旬に入って見ごろとなるようで、カンザクラもまだ、三分先というところか。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO640 ) 露出補正 なし
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25.天智天皇の石切り場跡
本堂の下まで下りてきた。もう一度国宝の本堂を見たいと思い、石段を上ると、本堂正面のすぐ下に天智天皇(第38代天皇 在位:668年2月20日 - 672年1月7日)の石切り場跡がった。天然記念物「硅灰石」が道沿いに露出しており、15か所の採石痕がある。近年、ここから切り出された石が、飛鳥の川原寺中金堂(7世紀前半~半ば頃創建か)の礎石に使用されていることが明らかとなった。また、境内の別の場所から白鳳期の瓦も発掘されており、石山寺の創建年とされる天平19年(747年)以前に、すでにその前身となる寺院が存在したことを証明する貴重な遺跡だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO500 ) 露出補正 なし
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26.国宝 本堂正面
本堂をもう一度正面から眺める。左側にあるのが蓮如堂(旧拝殿)である。本堂は向かって左側が礼堂(らいどう)、そして相の間があって、右側が正堂(しょうどう)だ。礼堂(らいどう)は清水寺のような懸造りである。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO250 ) 露出補正 なし
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27.本堂入口
階段を上がって左に進むと外陣=礼堂(らいどう)に入れる。右側の内陣=正堂(しょうどう)には本尊如意輪観音を安置する巨大な厨子がある。永長2年(1079年)の大火で焼失したが、その内陣は永長6年(1096年)に再建され、外陣は慶長7年(1602年)淀殿の寄進により増築された。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO800 ) 露出補正 なし
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28.蓮如堂の梅
蓮如堂の縁には大きな鉢植えの梅が置かれ、ほのかにライトアップされていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO800 ) 露出補正 なし
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29.盆栽の梅 -1
本堂と蓮如堂の前の広場には、数多くの梅の盆栽が置かれていた。この日は梅の花も寒そうである。向こうに見えるのは手前が毘沙門堂で、向こう側が観音堂だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO125 ) 露出補正 なし
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30.盆栽の梅 -2
せっかくの梅の盆栽も、見てくれる人がいない。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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31.重要文化財 御影堂
真言宗の開祖弘法大師の遺影と石山寺第三代座主淳裕内供の像を安置する堂である。平安時代建立の本堂を中心とした伽藍を構成する。室町期創建の御影堂は、慶長期に洗練された外観に整備された。寺院における鎮守社の構成を伝える遺構として貴重である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO200 ) 露出補正 なし
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32.重要文化財 御影堂 淳裕内供の像
御影堂に安置されている淳裕内供の像を見ることができた。淳祐内供(890年〜953年)自筆の聖教として国宝に指定されている。 淳祐内供は、寛平2年(890年)生まれで菅原淳茂の子、即ち菅原道真の孫にあたる人物。石山寺の寺伝で、淳祐内供(890年〜953年)自筆の聖教として特に大切に扱われてきた一群の経巻「薫聖教」は国宝に指定されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 31mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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33.大黒天
毘沙門堂と観音堂の脇の石段を下りると大湯屋という建物があった。大湯屋は妻側を正面とする切妻造の建物で、前室、脱衣場、浴室の三室構成となっている。湯屋は全国的に例が少なく貴重な遺構の一つだそうだ。その大湯屋の先に大黒天という堂宇があった。立てられていた説明版には、「弘法大師御作(1200年前)福招・出世拳印大黒天(右手親指内にして握る)万寿元年(950年前に)石山寺の三人の僧の同じ夢のお告げにより湖水出現 安置するこの大黒天は福招きの大黒様として古来より有名である お堂は鎌倉様式なり(再建)(750年前)」と書かれていた。わかりにくい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
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34.参道 -1
大黒天から参道に出た。東大門に向かう。時刻は10時半を回ったところだが、観光客の姿はなかった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 34mm ISO125 ) 露出補正 なし
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35.参道 -2
参道脇の木にボタンのような葉っぱが付いていた。蔓性の植物であるが名前が分からない。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
190214035.jpg
36.石山寺東大門
東大門を出て、振り返る。門の正面左側の添えられたような建物であるが、周りを見渡せる望楼のような形が印象に残った。調べてみたが、どういう建物かわからなかった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO160 ) 露出補正 なし
190214036.jpg
37.朗澄律師大徳遊境
石山寺を退出し、京阪石山寺駅へ向かう。石山寺の石壁が途切れるあたりに「朗澄律師(ろうちょうりっし 1132年~1209年)ゆかりの和風庭園」というところがあった。朗澄律師は亡くなる際、一切経を守護し万民の降魔招福の為、鬼の姿になることを誓ったことから、この鬼のごとき姿になっているという。傍にあった石山寺の説明板には、約800年前の中興の祖 朗澄律師は石山寺屈指の名僧で天資聡明の人であり、教学のほか 図画像にも卓越し、白描図像等書写されたものが大量に残されている。また、国宝多宝塔の内部の壁画も朗澄律師の筆によるものではないかといわれている。朗澄律師は没後、経蔵の一切経、聖教を守護し、万民の降魔招福のため、鬼の姿となることを誓い承元3年5月14日入寂されたと書かれていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 17mm ISO320 ) 露出補正 なし
190214037.jpg
38.坂本比叡山口行きの電車
石山寺駅に着いた。ここから折り返しの京阪石山坂本線に乗って、終点の坂本比叡山口まで、21駅、14.1km、所要時間約30分だった。坂本比叡山口駅で下車し、いざ、日吉大社へ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO200 ) 露出補正 なし
190214038.jpg


2019年2月20日

冬の石山寺(前編) 2月14日

前の日に京都は本山興生寺霊山本廟での法事を終え、娘は10時から勤め先の会議に出るといって、早朝に出立した。娘の主人は大阪出張だという。もとより何の用事もない私たちには、まっすぐ帰る理由はない。
 昨年秋にも京都と滋賀の紅葉を見に来たが、今回は滋賀県大津市の石山寺と日吉大社を見てこようと計画した。「星乃珈琲店」という喫茶店で、久しぶりにモーニング・サービスのトーストとボイルド・エッグを食べて、JRで石山駅へ行った。石山で京阪石山坂本線に乗り換え、終点の石山寺で下車。観光客はいない。駅から10分ほど歩いて石山寺の東大門に着いた。東大門からまっすぐ参道が続くが人の姿はなかった。
 石山寺は、滋賀県大津市石山寺1丁目にある東寺真言宗の寺院。巡拝供養券(パンフレット)によれば、聖武天皇の勅願により、天平勝宝元年(749年)に良辨僧正によって開基された。
 wikipediaによれば、石山寺は琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川(淀川の滋賀県内での名称)の右岸にある。創建年は天平19年(747年)。本堂は国の天然記念物の珪灰石(「石山寺硅灰石」)という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっている(石山寺珪灰石は日本の地質百選に選定)。本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁。石山寺は京都府の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。また当寺は「蜻蛉日記」「更級日記」「枕草子」などの文学作品にも登場し、「源氏物語」の作者紫式部は、石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」のひとつ「石山秋月」でも知られるとある。

IMG_20190217_0002 X700.jpg  ↑ 石山寺境内図 巡拝供養券(パンフレット)より

1.朝焼け
時刻は朝6時48分、京都の町に朝日が昇ってきた。日の出は横浜より少し遅い。日の出の時刻を調べてみると、この日2月14日は、横浜が6時29分、京都は6時44分だった。ホワイト・バランスを「日陰」にして赤みを強調した。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO400 ) 露出補正 -0.7段
190214001.jpg
2.京阪石山坂本線石山寺駅
JR石山駅で乗り換え、京阪石山坂本線で終点の石山寺駅は2駅目だった。2両編成の電車は、まるでかっての玉電のようだ。写真の電車は1984年製である。車両は小さく幅も狭いが堂々たる標準軌だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 16mm ISO250 ) 露出補正 なし
190214002.jpg
3.石山寺東大門
石山寺駅から琵琶湖を背に瀬田川に沿って10分ほど歩くと右手に石山寺の東大門があった。 鎌倉時代初期、建久元年(1190年)の建立と伝わるが、鬼瓦に記された慶長5年(1600年)の銘や様式などから、淀殿の寄進による慶長年間の境内の整備の際に、大規模な修理改造が行われたと推察されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO160 ) 露出補正 なし
190214003.jpg
4.東大門仁王像 -1
門の両脇には仁王像が祀られている。鎌倉時代の仏師運慶・湛慶の作と伝えられ、歴史を感じさせる古さがある。これは向かって左側の仁王像で、後ろに草履がある。 昨秋湖東三山を訪れたが、その仁王門にも草履が架けられていた。しかし湖東三山は天台宗の寺院であったが、石山寺は東寺真言宗である。また、石山寺は西国観音札所であるが、湖東三山はそれに含まれないので、草履の有無は巡礼とも関係なさそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
190214004.jpg
5.東大門仁王像 -2
こちらは向かって右側の仁王像。一般的に向かって右側の仁王像は阿吽の阿形(口を開ける)であることが多いが、ここは左右どちらの仁王様も口を開けているように見えた。仁王像は仏像の位で言えば、如来、菩薩、明王の下に位置する天部に属し、仏像のランクでは天部の仏像は最下位にあるのだそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
190214005.jpg
6.法輪院
東大門を入って石山寺の参道の左側に、中には入れなかったが​、​門の外から松の枝ぶりのいい小さな庭園​が​見​られた​。ここは法輪寺といい、石山寺の寺坊(禅宗寺院では塔頭という)のひとつとして建立されたものだそうだ。江戸時代前期のものと伝​えられる​表門から中を眺めると、 東に桟瓦葺の庫裡・西に檜皮葺の書院が建っており両者は北側に妻を向けている。白い壁が美しい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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7.くぐり岩
参道を進んで参拝受付を入ると右手に「くぐり岩」というのがあった。穴をくぐると願い事が叶うとされるパワースポットだそうだ。立てられた説明板には「このあたりの岩は全部大理石である奇岩怪石の幽邃の境中天然自然に体内くぐり状態をなすこの池は天平時代のものである」とあったが意味がよくわからなかった。マグマによって接触変成作用を受けるのは、珪灰石のほかに大理石、ベスブ石、ざくろ石、菫青石などがあり、くぐり岩は大理石とのこと。池には大きな鯉が泳いでいた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO800 ) 露出補正 なし
190214007.jpg
8.御手洗(みたらし)
くぐり石の近くに参拝者が手や口を洗って清める手水舎があった。手水舎に龍はよくあるのだが、ここのはいつごろのものかわからないが、時代を感じさせる。神仏を守護するために竜神が働くというのは昔から言われているそうで、手水舎の龍は人間の汚れを清め、聖域を守るのだそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO1600 ) 露出補正 なし
190214008.jpg
9.毘沙門堂
インターネットのニッポン旅マガジンというサイトには、毘沙門堂について「本堂の東側に観音堂と並んで建つのが毘沙門堂。重要文化財の東大門と並び、建久年間(1190〜1199年)に源頼朝により寄進で創建されていますが、現存する建物は、江戸時代中期の安永2年(1773年)の再建で、滋賀県の有形文化財に指定。 堂内に兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん=唐代に中国の西域に現れ、外敵から国土を守ったという毘沙門天/重要文化財)、吉祥天・善膩師童子(ぜんにしどうじ=毘沙門天の息子のひとり)を祀っていますが、源頼朝の乳母・亀谷禅尼の夫である中原親能(なかはらのちかよし=文官御家人で、鎌倉幕府政所公事奉行)がこの毘沙門天の駕籠を受け凶賊を退治したという逸話が残されています。」と記されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
190214009.jpg
10.蓮如堂
同じくニッポン旅マガジンによると、建物は、慶長7年(1602年)に淀君による慶長年間の伽藍復興の際に、石山寺の鎮守社である三十八所権現社の拝殿として建築されたもので、文化8年(1811年)に桟瓦葺き(さんがわらぶき)に修築され、明治の神仏分離令により蓮如堂となっている。三十八所権現とは、日本古来の神々と神武天皇から天智天皇まで38代の天皇を祀る社で、権現とは仏や菩薩が仮に姿を変えて日本の神として現れること。神仏習合時代の名残の堂(寺院における鎮守拝殿)で、蓮如堂(旧拝殿)も神事と仏事の両方で使用可能という珍しい造りになっているという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
190214010.jpg
11.本堂前 鉢植えの梅
いよいよ本堂に上がる。その手前に鉢植えの梅が咲いていた。本堂の前の広くなったところで、毘沙門堂とその向こうに観音堂が見える。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO160 ) 露出補正 なし
190214011.jpg
12.本堂入口
鉢植えの梅を撮ったところから、石段を上がると本堂の入り口があった。平安時代後期再建の本堂は国宝である。外陣(礼堂)が見えるが、残念ながらここから撮影禁止である。右手が内陣(正堂)で、中央に据えられている巨大な厨子の中には、秘仏の本尊である平安時代作の如意輪観音半跏像(重要文化財)が祀られているという。また、礼堂と正堂を繋ぐ相の間の右端には、紫式部の間という小部屋が設けられている。これは紫式部が石山寺に篭り、源氏物語の発想を得たという逸話に基いたものだそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/320秒 10mm ISO3200 ) 露出補正 なし
190214012.jpg
13.硅灰石
天然記念物に指定されている石山寺の名前の由来となっている奇岩だ。硅灰石(けいかいせき)という。本堂から多宝塔へ上る途中にその露頭がある。硅灰石 が地中から突出した花崗岩と接触し、その熱作用のために変質したものというが、石山寺のように雄大な 硅灰石となっているのは大変珍しいそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/320秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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14.経堂と安産の腰掛石
本堂の北東の高いところに建っている経堂は経典を収めるための高床の校倉で、滋賀県最古の校倉造の建物は重要文化財である。その高床式に建てられた経蔵の束の部分は露出した硅灰石の岩盤に直接建てられているが、その束を抱くように岩盤に座ると安産になると伝えられているそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO800 ) 露出補正 なし
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15.鐘楼
瀬田川の方向に見えるこの鐘楼も重要文化財である。源頼朝の寄進と伝えられているそうだ。上層には平安時代の梵鐘が吊られており、下層から撞木(シモク:釣鐘を突く棒​)​を引いて撞く珍しい構造となっている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO320 ) 露出補正 なし
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16.国宝 多宝塔 -1
源頼朝の寄進により建立されたと伝えられ、上下二層のバランスや軒の曲線の美しさで日本が誇る最古最美の多宝塔として知られる。この多宝塔は、鎌倉時代の建久5年(1194年)に建立されたもので、建築年が明確なものとしては日本最古の多宝塔。国宝に指定されている。和歌山・金剛三昧院多宝塔、大阪・慈眼院多宝塔に並び、日本三名塔のひとつにも数えられている。下層が方形(四柱造)、上層は円形の平面を持ち、屋根は宝形造の檜皮葺きになっている。多宝塔内部の柱や天井の回りなどには仏像や草花などの絵が描かれ、須弥壇には鎌倉時代を代表する仏師・快慶作という重要文化財の金剛界(大日如来の智慧が堅固な悟りで、 何ものにも傷ついたり揺らぐことがないことを表わす)の大日如来坐像が安置されているそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO500 ) 露出補正 なし
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17.心経堂
琵琶湖側の高いところまで上がってきた。この心経堂は比較的新しく建てられたお堂である。花山法皇西国三十三所復興一千年記念行事の一環として、平成2年(1990年)に建立された堂宇で、多宝塔の北東の一番高い場所に位置する。内部中央には如意輪観世音菩薩と、石山寺の奉納された写経を収める輪蔵が安置されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO320 ) 露出補正 なし
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18.国宝 多宝塔 -2 心経堂のあたりから多宝塔を眺める。なるほど美しい形をしている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO250 ) 露出補正 なし
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2019年2月17日

京都 本山興生寺霊山本廟と錦市場 2月13日

2月13日、昨年亡くなった娘の義母の納骨の儀が京都は清水寺近くの本山興生寺霊山本廟で営まれた。当日、大人の休日・ジパング倶楽部を利用し、新横浜8時52分発のひかりで京都に向かった。この日宿泊するホテルのロビーで娘たち夫婦と合流し、タクシーで本山興生寺霊山本廟へ向かった。娘の主人の父と、弟は現地で待ち合わせだった。一周忌と併せて行われる納骨の儀は午後1時からだった。
 本山興生寺は浄土真宗の寺院である。かつて西本願寺の脇門跡であったが、明治9年(1876年)に真宗興正派として独立した際に、同派の本山となっている。その霊山本廟はいわば本山興生寺の別院である。
 いま、この本山興生寺のことで話題になっていることがある。興生寺のご住職は門主の華園家であるが、昨年4月1日、その後継者になんと第31世華園真暢門主(60歳)の長女、華園沙弥香氏(23歳)が嗣法に就任した。沙弥香氏は9歳の時に門主後継者の資格を得る「得度」を受けていたという。3月に日本獣医生命科学大学(東京都武蔵野市)を卒業したばかりだそうだ。
 納骨の儀は、午後2時に終えた。すぐ近くにあるイノダコーヒーで一休みする。夕方5時から食事会が予定されているがそれまでまだ間がある。娘の義父はそれまでホテルに戻って休みたい意向。義弟はこのまま横浜へ戻るという。娘夫婦と私たちは錦市場へ行くことにした。

1.三年坂(安寧坂)
タクシーに乗って、興生寺と告げたら、興生寺は2か所あるという。本山興生寺と興生寺別院である霊山本廟は別のところにあるのだ。霊山本廟でタクシーを下りたところは、清水寺のほうから三年坂を下りてきて、二年坂へ行くと続くところだった。写真は三年坂を見上げたところ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO200 ) 露出補正 なし
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2.霊山本廟(興生寺別院) 本堂
法事が始まる午後1時まで少し時間があったので、境内を歩いてみた。この本堂は昭和31年(1956)に再建されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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3.親鸞聖人像
鐘楼の傍に親鸞聖人の像があった。古いものではなさそうだ。wikipediaによれば、親鸞(承安3年4月1日 - 弘長2年11月28日)は、鎌倉時代前半から中期にかけての日本の僧で、浄土真宗の宗祖とされる。親鸞は法然を師と仰いでから生涯に渡り、「法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え」を継承し、自らが開宗する意志は無く、さらに高めて行く事に力を注いだといわれる。独自の寺院を持つ事はせず、各地に簡素な念仏道場を設けて教化する形をとるが、親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で、宗派としての教義の相違が明確となり、親鸞の没後に宗旨として確立される事になる。浄土真宗の立教開宗の年は、寛元5年(1247年)とされるが、定められたのは親鸞の没後である。鐘楼は明治27年(1880年)の建立である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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4.霊山本廟 境内
境内は広くはないが、同院のパンフレットによれば、東山三十六峰のひとつである霊山(りょうぜん)の麓にあり、寺院一帯は自然の風光に恵まれ特別風紀地区に指定されているとあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO125 ) 露出補正 なし
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5.本廟
本山興生寺は明治9年、本願寺からの別派独立に伴い、この地を入手し、宗祖の廟堂を建て宗派の本廟とし、歴代門主の墓所とした。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO640 ) 露出補正 なし
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6.紅梅
三年坂を下りたところに紅梅が咲いていた。観光客がみな写真を撮っていく。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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7.イノダコーヒ清水店
写真に見える道が霊山本廟からの道で、背後が三年坂から二年坂への観光客の多い通りである。イノダコーヒ清水店はその右側にあった。イノダコーヒは創業1940年の老舗であり、本店は京都市中京区堺町通(御池烏丸)にある。店は京都には多いが、東京、横浜にはまだ少ない。横浜の高島屋に入っていて、時々利用している。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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8.イノダコーヒ 店内から
一休みしようと店内に入る。実はイノダコーヒ清水店は京都の名店が入った青龍苑という商業施設にあり、その中庭に面していた。見事に磨かれた大きな1枚ガラスがあり、はじめは素透しかと思った。京都老舗8店舗が入っているここ青龍苑は料亭「霊鷲山荘」のあった場所を整備して、新しい店が出店し、2000年に青龍苑としてオープンしたそうだ。イノダコーヒの中から茶室のある美しい庭園を眺めることができる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 23mm ISO400 ) 露出補正 なし
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9.記念写真?
着物を着た観光客だと思う。ポーズの取り方もなかなか様になっている。京都には着物を貸して着付けをする店が沢山あるようだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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10.清水坂を下る
イノダコーヒでコーヒーとサンドウィッチで30分ほど休んだ後、娘の義父と義弟を送り、4人で錦市場方面へのタクシーに乗ろうと清水坂を下る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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11.錦市場 -1
錦市場は、京都市中京区のほぼ中央に位置する錦小路通のうち、寺町通 - 高倉通間に存在する食品販売中心の商店街である。魚、京野菜といった生鮮食材のほか、乾物や漬物、おばんざいなどの加工食品を商う老舗・専門店が集まる市場で京都独特の食材は、ほぼここで揃うという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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12.錦市場 -2
タクシーを高倉通側の錦市場の入り口で降りた。ここから126店舗あるという、延長390mの錦市場の通りを歩き始めた。道幅は広いとこでも5mほど。春節で中国からの観光客が多いようだが、こういう店が人気があり、串に刺したイカなどの食べ歩きを楽しんでいる。店からメッセージでも「食べ歩きの子持イカ。北海道産ホタテ貝柱等の串焼きが大好評です!」とある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 13mm ISO640 ) 露出補正 なし
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13.錦市場 -3
ここは鮮魚店である。魚河岸の食べ歩きを連想するが、立派な老舗のようだ。店からのメッセージは「江戸時代から続く鮮魚商で、朝は卸売、昼からは小売りさせていただいております。顧客にはミシュラン三ツ星を続けて獲得している料亭もありますので、同じランクの魚から、普段使いのおかずまで、いろいろな魚を扱っております。」とあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO125 ) 露出補正 なし
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14.錦市場 -4
この店は昭和15年に京都島原で漬物業を始めた老舗だ。この漬物店は錦市場にこの西店と、この先の東店の2店舗を出している。失礼して店の中から、通りを歩く観光客を撮らせていただいた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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15.錦市場 -5
「京風たこ焼き カリカリ博士」というたこ焼き屋さん。食べ歩きにはもってこいの店だ。錦市場の中で唯一のたこ焼屋だが、ジャンボたこ焼1パック6ヶ入180円というのは安い。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/800秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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16.錦天神
高倉通側から400m弱の錦市場通りを歩いて寺町通に出た。この寺町通も寺町京極商店街というアーケードになっている。その50mくらい先に、新京極通に面して錦天満宮の鳥居とお社が見えた。天満宮は菅原道真を祭る神社で、牛の像がある。天満宮の牛は「神使(=神様の使者)の牛」という意味があり、祭神菅原道真のお使いである。古くから、傷や病気の箇所をさすると回復するとの言い伝えがある。多くの参詣者に、病気が治りますように、痛みが消えますようになど様々な願いを込めて触れられてきた。また頭を擦ると知恵を授かり、賢くなるともいわれる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 9mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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2019年2月11日

梅が咲き チョウも飛ぶ 保土ヶ谷公園 2月4日

この日は天気予報のとおり、日中の気温は19℃まで上がった。保土ヶ谷歴史散歩をした後、保土ヶ谷駅西口から横浜駅西口行きの横浜市営バスに乗り、花見台というバス停で降りた。ここは保土ヶ谷公園の西南西、最も高いところだ。すぐそばの花見台広場には白梅が咲いていた。
 子供たちが遊ぶ姿を眺めながら、保土ヶ谷公園を上池、下池のほうへと歩く。下池の傍までくると足元からチョウが飛び立った。キタテハだ。今日はテングチョウとキタテハは飛ぶだろうと思っていた。
 梅園へ上がると、紅梅も白梅もちらほらと咲いていた。まだ、二分咲きというところだろうか。

1.保土ヶ谷公園 花見台の白梅 -1
バス停のすぐそばに八重の白梅が咲いていた。青空を背景にすがすがしい。これで5分咲きくらいだろうか?

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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2.保土ヶ谷公園 花見台の白梅 -2 まだ蕾をいっぱい付けている。このくらいが一番見ごろなのではなかろうか。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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3.キタテハ -1
この日、日中の気温は19℃くらいまで上がるという。保土ヶ谷公園の最も高いところである花見台から、上池、下池のほうへ下りてくると、思った通り、越冬したキタテハが飛び出した。枯葉、枯草の保護色になっていて、その上に止まっていても見つけにくい。草地に踏み込むと、キタテハはパッと飛び立つ。周囲を何回か旋回して、同じようなところに止まるので、そこを撮るのだが、止まってすぐに近づいてはダメで、少し落ち着かせてから近寄るとよい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 29mm ISO125 ) 露出補正 なし
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4.キタテハ -2
キタテハは何頭かいた。これは前の写真と違う個体である。前の個体はまさしく秋型で、翅表は鮮やかな緋色をしていたが、この個体は夏型のような茶色で、しかも大分擦れてしまっていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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5.梅園の白梅 -1
下池から梅園へ上がった。梅園の梅の花はまだささみしいが、それでも紅梅、白梅が 咲き始めている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 13mm ISO125 ) 露出補正 なし
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6.梅園の白梅 -2
地面に向かって張り出した枝にも花が咲いていた。メジロでも来ないかと期待したが、この時は姿を見せなかった。まだ寒いのだろうか。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 13mm ISO125 ) 露出補正 なし
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7.梅園の白梅 -3
花見台で見た白梅より花が小さく、ボリュームがない。品種は分からなかった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 13mm ISO125 ) 露出補正 なし
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8.紅梅 無類絞り
紅梅も咲いていて、とくにこの無類絞りという品種は咲き進んでいた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 18mm ISO125 ) 露出補正 なし
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9.紅梅と白梅
梅園の日当たりの良いところでは、紅梅、白梅が咲き始めていた。芝にシートを敷いて日向ぼっこをしている家族連れもいた。今日は暖かい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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10.紅梅 別角晩水
この紅梅は別角晩水という。木に品種名が書かれた札があった。淡いピンクの花だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 12mm ISO125 ) 露出補正 なし
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11.紅梅 道知辺
梅園の梅はまだまだこれからである。 保土ヶ谷公園は「かながわの花の名所100選」の1つに選ばれている公園で、約50種120本の梅が植えられ、横浜市内を代表する梅の名所スポットとなっている。 保土ケ谷公園の梅園の見頃は、例年2月中旬から3月上旬頃で、今年は2月23日(土)に梅まつりが予定されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 11mm ISO125 ) 露出補正 なし
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2019年2月 7日

続 保土ヶ谷歴史散歩 2月4日

先月、1月20日に「保土ヶ谷歴史散歩」をしてきたが、探しあてることが出来なくて、見逃してきたところがいくつかあった。昨日から2月10日まで、天王町の岩間市民プラザで「保土ヶ谷の歴史建造物巡り」パネル展というのが開催されている。このパネル展を見て、過日見逃した保土ヶ谷宿の史跡も見てこようと午前中に家を出た。
 まず、岩間市民プラザへ。そのパネル展は4階建てのそれほど大きくない建物の3階にあるギャラリーで行われていた。
 パネル展を見たあと岩間市民プラザを退出し歩き始める。1月20日に見落としてしまっていた2つの寺院、香象院と大蓮寺を訪ねた。ともに立派なお寺だった。
 環状1号線が終わりになるところから旧東海道に入り、第二常盤湯という銭湯を見て、案内札以外は何も残っていない問屋場跡、助郷会所跡の前を通って、国道1号線(東海道)へ出た。大通りを渡って通りの向こう側を戸塚方面へ歩く。1月20日に来たときは道路の反対側を歩いていたので気が付かなかった、旅籠本金子屋や復元された一里塚と松並木、上方見附のモニュメントを見て、保土ヶ谷駅西口へ引き返してきた。これで紹介されていた保土ヶ谷の歴史建造物と旧東海道の保土ヶ谷宿史跡はほとんど巡ることが出来たと思う。

1.「保土ヶ谷の歴史建造物巡り」パネル展
1月20日に歩いてきた歴史的建造物の説明文と写真が30数点のパネルにして展示されていた。中には、保土ヶ谷にあった当時の大日本麦酒や古川電池などの写真もあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO800 ) 露出補正 +0.3段
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2.香象院
天王町から環状1号線を保土ヶ谷駅西口に向かうと、右側に、入口にまるで山門のように大きなお釜が2つある高野山真言宗のお寺があった。山号を普賢山という。「猫のあしあと」というサイトを見ると、香象院の創建年代等は不詳ながら、忠秀法印が天正11年(1583)に中興、元文年間(1736-1740)に当地に移転したとされている。ここには保土ヶ谷宿で最大の寺子屋があり、明治6年(1873)に保土ヶ谷小学校の分校となったそうだ。保土ヶ谷郷土史家・磯貝正氏の功績を称えた碑がある。さらに検索してみると「仮想旅」というブログに、門前にある大きな鉄釜について書かれていた。以前は本堂の前に置かれていて「天水桶/本堂の屋根に降った雨を溜めておき、火事が起きたとき消化に使う。」ためのものであったらしい。戦時中には鐘は供出させられたが、天水桶はもしもの時(火事や炊き出し)に使えると供出を免れたそうだ。本堂の再建に当たって門前に持ち出された。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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3.大蓮寺 山門
1月20日に歩いた時に訪れた天徳院の先を右に入ったところに、山号を妙栄山西孝院という大蓮寺があった。なかなか立派な寺院である。仁治3年(1241年)、是聖房蓮長(のちの立正大師日蓮)が宿泊した地に建てられた法華堂が起源という。寛永2年(1625年)現在地に移転した。石段を上がって山門をくぐると、境内の石畳の参道の先に本堂があった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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4.大蓮寺 おまんの方手植のザクロ
本堂の左側には、「おまんの方の御手植 柘榴」と書かれた石碑があった。徳川家康の側室であった養珠院(お万の方)のことである。その向こうに今は葉を落としている柘榴の老木が植えられていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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5.第二常盤湯(休業中)
2018年の「保土ヶ谷歴史まちあるき」のマップの説明では、"戦後復興期に建てられた現在でも営業している銭湯"と書かれていたが、行ってみると昨年12月1日から休業になっていた。マップでは旧東海道からちょっと左に入ったところとなっているのだが、ここを探しあてるのは難しかった。細い路地があってその先に赤い小さな鳥居が見える。もしかしてと思ってその路地に入っていくと、第二常盤湯はあった。

左:Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 13mm ISO125 ) 露出補正 なし
右:Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 13mm ISO250 ) 露出補正 なし
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6.旅籠屋「本金子屋」跡
前回見落とした。保土ヶ谷区役所作成の「横浜旧東海道 保土ヶ谷宿」というパンフレットによれば、格子戸や通用門が当時の旅籠の雰囲気を伝えている。現在の建物は明治時代初期の建築と記されていた。伝承では明治2年(1869年)に建替えられたものであるとされる。家の前には「歴史の道 旅籠屋(本金子屋)跡」史跡標柱が立てられている。天保年間には本金子屋の家長は伝左衛門であったとある。江戸時代が終わり、大名の参勤交代はなくなるから、明治3年(1870年)に宿駅制度が廃止されると本陣や脇本陣も旅籠屋になっていったのであろう。鉄道が施設され、線路が敷かれる以前は依然として旅人たちは徒歩で旅立った。そのあたりが明治2年に旅籠屋として建て替えられた理由かもしれない。この歴史的建物の左、奥まったところに「金子」という表札がある立派な邸宅があった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO320 ) 露出補正 なし
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7. 一里塚跡と上方見附跡 -1
ここも前回見落としていた。広い国道1号を歩いているとほとんど目立たないのだ。江戸時代に、宿で町並を形成し、その両端に道を挟んで見付を築き、これを宿場の入口の標識とした。つまり、見附は宿場の出入り口に設けられた番所のことで江戸側を江戸見付、京都・大坂側を上方見付と言ったそうだ。大名行列もこれより隊伍を整えたという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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8. 一里塚跡と上方見附跡 -2
同じく保土ヶ谷区役所作成の「横浜旧東海道 保土ヶ谷宿」というパンフレットによれば、平成17年12月第1回「ヨコハマ市民まち普請事業」に選ばれ、平成19年2月一里塚と松並木が復元した。場所の制約から十分な大きさの塚を築くことはできなかったが、塚の上には昔のようにエノキを植え、松並木とともに宿場時代の再現に努めたとあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/1250秒 20mm ISO125 ) 露出補正 なし
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9.仙人橋
国道1号の脇を流れる今井川には、仙人橋という名の橋が架けられていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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10.外川神社
その仙人橋を渡った右側に外川神社という古い社があった。この外川神社は、幕末の頃に、程ヶ谷宿にあった出羽三山講の講元で先達でもあった清宮輿一という人が、湯殿山・月山・羽黒山の出羽三山の霊場を参拝した際に、羽黒山麓の外川仙人大権現の分霊を勧請し、自分の屋敷内(現在の地)に祭ったのが始まりであるとされる。外川仙人大権現と称していたが、明治2年(1869年)の神仏分離令により、日本武尊を祭神と定め、社名を外川神社と改めたそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 10mm ISO125 ) 露出補正 なし
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11.東海道線踏切
保土ヶ谷駅西口に戻るには東海道線、横須賀線らの踏切を渡らねばならないが、上り下りとひっきりなしに電車が来て、なかなか渡ることが出来なかった。余談だが電車の行き先表示板は、このシャッタースピードでは読み取れるようには撮れない。検索してみると、電光掲示板ではなく、LED方向膜だそうだが、LEDは高速で点滅しているので、その点滅スピードに合わせたシャッタースピードで撮影しないと文字が切れてしまう。シャッター・スピードはLEDの機種によっても異なるらしいが1/100秒~1/125秒あたりで良いようだが、もっと完璧を望むむなら1/50秒~1/60秒(あるいはそれより遅い)ということらしい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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12.宿場そば「桑名屋」
保土ヶ谷駅西口のロータリーに出る前に、創業明治19年の「宿場そば桑名屋」という蕎麦屋があった。保土ヶ谷宿のパンフレットには、この地で4代続く店主は、保土ケ谷宿や、旧東海道の歴史的保存などにはとても熱心で、店も町並み博物館となっていて、浮世絵や保土ヶ谷宿に関連する歴史資料が展示されているとある。 桑名屋という名の通り三重県桑名から1886年(明治19年)に保土ケ谷に移転してきたそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 25mm ISO125 ) 露出補正 なし
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2019年2月 3日

土曜日の横浜 2月2日

前日に封切りになった「7つの会議」という映画を観たいという家内に付き合って、いつも映画を見に行く桜木町のコレット・マーレの中にあるシネコン ブルグ13横浜へ行く。映画を見に行くときはいつも朝の第1回目の上映を見る。映画「7つの会議」は人気のTVドラマ「下町ロケット」の原作者である池井戸潤の企業犯罪小説の映画化で、主演の野村萬斎をはじめ共演の香川照之、及川光博、片岡愛之助、朝倉あき、吉田羊、北大路欣也などの顔が揃う。野村萬斎のサラリーマン役は少し、あくが強いなと感じたが、好演であり、楽しむことが出来た。
 映画が終わったあと、先日見に行った帆船日本丸の大規模改修工事が、その後どのように進んでいるかを観に行こうと思っていた。天気も良いし、せっかく出かけるのだから、ほかに何かイベントはないだろうかとインターネットで探してみた。結果、映画館とは目と鼻のさきにあるランドマークタワーで、「ヨコハマ鉄道模型フェスタ」が開催されていた。もう一つ、「博士の愛した中国陶磁-美と技の5000年-」という企画展が行われているのを知った。前者は家内が全く興味を示さないが、後者は見てみたいという。
「ヨコハマ鉄道模型フェスタ」は以前にも一度行ったことがある。横浜に係わる鉄道各社とその関連会社、情報誌、および鉄道模型5社が出展して、ランドマークプラザの5階で開催されている。もちろん子供さん達も多かったが、大人の鉄道マニアが多いのに改めて驚いた。昼少し前だったが、会場は溢れんばかりだった。
 一方、「博士の愛した中国陶磁-美と技の5000年-」はみなとみらい線で、みなとみらいから2駅先にある日本大通り駅のすぐ近くの横浜ユーラシア文化館で開催されていた。受付で入場料¥200を払おうとたところ、「横浜市民ですか?、65歳以上ですか?」と聞かれ「はい」と返事をすると、「どうぞ」と無料で入館させていただいた。そこに展示されていた4千年くらい前の新石器時代に作られたという顔料で文様を施した中国青海・甘粛の彩陶といわれる土器には感動した。残念ながら展示物の写真撮影は禁止となっていた。

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↑「よこはま鉄道模型フェスタ」のパンフレット

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↑「博士の愛した中国陶磁-美と技の5000年-」のパンフレット

1.改装中の帆船日本丸 船首部分
3週間前の1月11日に見に来たときは、ドックの水が排水されたばかりで船首部分船体の改修工事は始まっていなかった。この日は工事は休みなのだろうか、船首部分にも幕が架けれていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1250秒 28mm ISO125 ) 露出補正 なし
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2.改装中の帆船日本丸 全景
この日は船体全体が覆われていて、マストしか帆船日本丸を表すものはない。帆船日本丸の大規模改修工事は来月末が完了予定になっている。さぞ美しい船体を見せてくれることと思う。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 16mm ISO125 ) 露出補正 なし
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3.よこはま鉄道模型フェスタ 会場
「ヨコハマ鉄道模型フェスタ」 はランドマークプラザの5階で開催されていた。凄い人出だったので驚いた。ここは入口を入ってすぐのところで、右側に東急、小田急、江ノ電など横浜や横浜近郊を走る鉄道各社が店を並べ、関連商品が販売されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/125秒 9mm ISO250 ) 露出補正 なし
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4.天賞堂
銀座の天賞堂も鉄道模型を出品し、販売していた。私は小学生のころ父親にねだって、初めて買ってもらった鉄道模型が天賞堂のC58(3本レールのOゲージ)だった。機関車だけをさんざん走らせて遊んだあと、そのままにしてしまった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/125秒 11mm ISO160 ) 露出補正 なし
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5.TOMIXの売店
鉄道模型のメーカーも店を出している。私も40歳近くなって、再び鉄道模型に興味を持ち始めた。今は倒産してしまったメルクリンという9mmゲージの模型が欲しかったが、なかなか高価で手が出せなかったころ、 私の小遣いでも買える16mmゲージが模型店の店頭に並ぶようになった。KATOというメーカーが先行していたが、TOMIXも新しい形式の鉄道車両模型を生産販売していた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/125秒 18mm ISO200 ) 露出補正 なし
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6.鉄道模型各社のパノラマ・レイアウト
大きなホールには、鉄道模型メーカー各社のレイアウトがセットされていて、Nゲージ、HOゲージの模型が走っていた。これはグリーンマックスというメーカーのレイアウトである。京浜急行の模型が走行している。HOゲージのレイアウトではKTM(カツミ)のモデルが走っていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/125秒 37mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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7.東北新幹線
これはKATOのレイアウトだったと思う。それほど大きくないレイアウトだが、周回速度が速い。あっという間に一周してきてしまう。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/125秒 37mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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8.ランドマークプラザ
混雑していたので早々に「ヨコハマ鉄道模型フェスタ」の会場を引き上げた。ランドマークプラザの5階から1階を見下ろすと、何かのイベントに人が集まっていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/125秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
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9.日本大通り駅通路の壁画
次に「博士の愛した中国陶磁-美と技の5000年-」の横浜ユーラシア文化館に行く。みなとみらい駅から、みなとみらい線に乗り、2駅先の日本大通りで下車した。改札を出て3番出口のほうへ行く通路の壁に3枚の絵が刻まれていた。そこは横浜三塔広場というスペースになっている。これはその3枚ある絵のうちの左側2枚であるが、写真右側の絵には横浜の3つの塔が描かれていた。そして、その3枚の絵には共通して、写真の右下に見えるような、見たことのある人物が描かれている。あのサントリーのアンクル トリスだ。この壁画を描いたのは、「アンクルトリス」の生みの親である柳原良平氏なのだそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/125秒 9mm ISO250 ) 露出補正 なし
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10.横浜ユーラシア文化館 入口
日本大通り駅の3番出口を地上に上がるとすぐ、横浜ユーラシア文化館の入り口だった。右側に見える自動ドアを入って、右へ折れると受付があった。通路にも写真が掲げられていたが、展示品は撮影禁止となっていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f10 1/250秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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11.出られなかった出口
「博士の愛した中国陶磁-美と技の5000年-」 の展示品の数々は素晴らしかった。早稲田大学の會津八一記念博物館収蔵の會津八一博士コレクション、よこはまユーラシア文化館所蔵の江上波夫博士コレクション、および富岡美術館(東京都大田区)の閉館に伴い、新潟県糸魚川市出身で日本重化学工業初代社長であった故富岡重憲氏から早稲田大学會津八一記念博物館に寄贈されたコレクションが展示されていた。彩陶の文様や色、武人俑の表情などは見入ってしまうものばかりであった。1階へ下り、出口と思ってドアに手をかけるが鍵がかけられていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/125秒 9mm ISO250 ) 露出補正 なし
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