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2009年8月 4日

読書日記「運命の人」(一、二、三、四)(山崎豊子著、文藝春秋刊)

運命の人(一)
運命の人(一)
posted with amazlet at 09.08.04
山崎 豊子
文藝春秋
売り上げランキング: 685
おすすめ度の平均: 4.0
3 これから面白くなりそう
5 手に汗にぎるストーリー展開。
4 「運命の人」は、他人ごとではない。
1 力,落ちましたね。
5 取材力の凄さに驚異


 実は、この本。気にはなっていたが、あまり読む気にはならなかった。しかし、友人Mから一、二巻を借りてからはいつもの〝山崎節〟にはまってしまった。5月末に三巻、6月末に四巻が発刊されるのを待って、一挙に読んだ。

 読む気がしなかったのは、この小説がいわゆる「西山事件」(別名、外務省機密漏洩事件)を題材にしていたからだ。
 一九七一年、元毎日新聞の政治記者が沖縄返還に関する密約文書をスクープしながら、その文書を外務省女性事務官から〝情を通じて〟取得していたとして罰せられた、というあの事件だ。

 事件当時、経済記者のはしくれだった私は、重大な外交密約の暴露スクープ報道が、実は〝情を通じた〟結果であったという報道にいささかあ然としたものだ。「特ダネを取るのに、そこまでやるか・・・」。

 しかし実はこの事件は、日米で行われた沖縄返還交渉の密約をあばかれようとした政府が巧みに事件をセックススキャンダルに仕立て、事実を隠ぺいしようとした結果だったことを、ある本が思い出させてくれた。

 自宅の本棚に隠れていたノンフィクション作家の澤地久枝が、一九七四年に書いた「密約 外務省機密漏洩事件」(中央公論社)という色あせた文庫本(一九七八年版)である。

 事件を克明に追っていく澤地は、こう書いている。

 
「情を通じ」という卑俗な、しかししたたかな実感をともなう言葉――。この人間模様の前にゆらぎ、後退せざるを得ない隠微な精神風土。

 佐藤首相がひそかに期し、ひそかにたのしんでいた切り札とはこれだった。


 小説「運命の人 一」では、こんな風に書かれている。
 
 総理室に飄々とした風貌で現れた福出外務大臣は、佐橋首相に文書漏えいをわびつつ「毎朝の弓成記者が密約文書を改進党議員に渡したことは佐橋内閣の統幕運動以外の何ものでもない」と、自らの責任を棚に上げて佐橋首相をあおる。
 直前に総理の無能を揶揄するような記事を書いたのが弓成記者と知った佐橋総理は、怒りにまかせて、五台ある電話の一台に手を伸ばし、十時警察庁長官に「一罰百戒で対処せよ」と厳命する。
 元内務官僚で゛カミソリ十時〟と畏怖されている十時は、電話を切ってから自室のカーペットを一歩一歩踏みしめるように歩き廻り、総理の怒りをかみしめる。「十時は考えを巡らせ、成算ありと踏んだ。」

 その結果、登場するのが「情を通じ」と書かれた検察側起訴状。弓成記者は国家公務員法違反(機密漏洩教唆)で逮捕され、有罪になる。世論の批判を浴びてて毎日新聞始めマスコミは叫び続けた沖縄返還交渉密約の追求と報道の自由の主張をやめてしまう。

 もちろん、小説のモデルになっているのは、佐藤栄作元首相、福田赳夫元外務大臣(元首相)、後藤田正晴元警察庁長官(元副総理)、そして毎日の西山太吉・元記者である。

 澤地さんらはこの三月、情報公開法に基づいて、密約文書を公開するよう求める訴訟を起こす(その記者会見の内容はここ

など、未だに政府との戦いをやめていない。

 文書はすでに米国で公開され、明らかになっているという。しかし政府は密約どころか、文書の存在さえ否定する。「もう破棄しされてしまっているというのがマスコミの一般的な見方らしい。

 権力は、都合の悪い事実が見つかると、平気で薄汚いセックススキャンダルのベールまで作って隠ぺいしてしまう。それにうすら馬鹿の元記者はもちろん、国民の多くが騙され続けている。

 年金記録問題をきっかけに、公文書管理法が成立したが、それが定着し、こんな権力と国民の関係を変えてくれるきっかけになるとはどうしても思えない。それを、この小説は実感させてくれる。

密約―外務省機密漏洩事件 (1974年)
沢地 久枝
中央公論社
売り上げランキング: 1081370


2008年4月19日

読書日記「あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅」(城戸久枝著、情報センター出版局)

 昨年末の読書特集「今年の3冊」で2紙が取り上げたのを見て、図書館に申し込んだが、希望者が多くなかなか連絡がない。忘れかけていた今月8日。この本が「第39回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞」の記事が出た日に、借りられるという連絡が入った。

  昨年12月23日の読売新聞特集欄で、ノンフィクション作家の高橋秀美氏は「中国残留孤児である父親の生涯を描いた。逡巡のなかの静謐な筆致に思わず落涙」と絶賛、同じ日の朝日新聞で久田 恵氏は「父の人生は、そのまま自分につながる物語であるとの思いに突き動かされ、長きにわたって取材を深めていく真摯さがまっすぐ伝わってくる」と評価している。

 4月7日の大宅賞発表の記者会見で、選考委員代表した選考経過を発表した柳田邦男氏は「城戸久枝さんの人を見つめる奥深さを感じました。・・・お父さんをわが子のように深い愛情で育てる(中国の養母の)姿に感動しました。お父さんの生きる力の原点は養母への愛でしょう」と話している。

 大宅賞に刺激されたわけではないが、先週の日曜の昼過ぎから夕方までかかって、450ページを越える大作を一気に読んでしまった。

 筆者の父・城戸 幹(中国名・孫玉福)は「満州国軍」の日系軍官の長男。3歳9ヶ月の時、満州国に侵入したソ連軍からの逃避行中、危うく大河・牡丹江に投げ捨てられようとするが、養母・付淑琴にもらわれ、その愛情をいっぱいに受けて育つ。

 豚を飼う老農夫や小学校の同級生から時には「日本鬼子(リーベングイズ)=日本の畜生め」とあざけられながらも生涯の友人に出会い、養母やその親類の思いやりは変らず、優秀な成績で中学、高校と進む。

 高校の成績も抜きん出ていたが、ちょうど共産党に忠誠を誓う「交心(ジャオシン)運動が始まっていた。やはり日本人蔑視の言葉を投げかけるなかで「このままでは、日本人であることを理由に共産党に忠実ではないと、いつ訴えられるかもしれない」という恐怖心から、大学入学願書の履歴書に「日本民族」と書いてしまう。

 これをきっかけに、幹の未来は閉ざされてしまう。合格していた北京大学は政治調査で入学を許されず、就職もままならない。建国から10年目の1956年。日本は台湾政府と国交を結び、中華人民共和国への敵視政策を続けていたころだ。

 養母を気にかけながら「日本人として生きたい」という思いをつのらせた幹は、日本赤十字社に約200通の手紙を書き続けて8年あまり。ほぼ自力で身元を探し出し、独力で帰国した。1981年、旧・厚生省による中国人残留孤児の帰国事業が始まる11年前、28歳の時だった。当時の中国は文化大革命で揺れており、なぜ帰国が許されたのか。奇跡とも言える展開だった。

 父の実家である愛媛県に帰った後も苦労が続く。定時制高校で日本語を学び、切望していた大学進学は弟たちの進学時期とも重なって断念する。しかし、高校で筆者の母と出合って結婚、次女の筆者など3人の子どもに恵まれる。

 後半は、次女・久枝の物語となる。

 子どもの時に「あんたのお父さんは中国人?」と友だちに聞かれ、意識的に中国を避けてきた著者は「ワイルド・スワン」を読んで「暗黒の時代に生きた父を知りたい」思いをつのらせ、中国の大学に国費留学する。

 そして父の養母の叔父の長女・シュンカなど、親せき?の人たちから思いもしなかった大歓迎を受け、春節(中国の正月)のたびに「春節は家族で過ごすものよ」と、牡丹江に呼ばれる。そう言うシュンカらの包み込むような温かさは、それからも会うたびに続く。

 一方で、中国のすさまじい反日教育の現実に直面する。

 旅行をしていた列車内で、一人の男性に話しかけられる。「日本って、歴史の授業で中国を侵略した歴史を教えていないんでしょう」「教えていないわけではないですが、中国の教科書ほど詳しくはないと思います」

 あたりがざわめき「やっぱり教えていないんだ」というひそひそ話しや「日本鬼子」という幼い女の子の声がする。

 大学の授業でも、教授や学生から鋭い言葉を投げかけられる。「日本の軍人がどれだけひどいことをしかか知っていますか」「南京大虐殺で殺された人の数を歪曲している」「私は日本人が憎い」「ほら、日本人は何も知らないんだから、聞いても無駄だよ」・・・。

 帰国した筆者は、残留孤児たちによる国家賠償訴訟への支援活動に取り組み、満州国軍の日系軍人への恩給支給についての、日本政府の非情な判断に怒る。

 数年後、父とともに父が養母と暮らした頭道河子村を訪ねた筆者は、本の最後をこう結ぶ。

 昔、日本が負けた大きな戦争があり、牡丹江を渡ってやってきた一人の日本人が、中国人の夫婦にもらわれて成長し、本当の両親のもとへ帰っていった物語は、いまでも、あの小さな村で伝説のように語り継がれている。

 そんな父の娘に生まれたことを、いま、私は心から誇らしく思うーーー。

 参考文献

  • 「ワイルド・スワン上・下」(ユン・チアン著、土屋京子訳、講談社)
     =久枝が父とともに大連を訪問した際、文化大革命のことを何も知らないことに驚いた滞在先の夫婦が「あなたのお父さんも、この時代を中国で生きたんだよ」と、読むよう薦めてくれた。


  • 「大地の子」(山崎豊子著、文春文庫1-4)
    =NHKでドラマ化された再放送を見て筆者の父はつぶやく、「父ちゃんがいたころは、あんな甘いものではなかったよ」


※閑題・余談

 この本が受賞した大宅賞。その一覧を見ていて、最初のころはかなり読んだものが多いのに、ここ10数年ほとんど読んでいないのに気付いた。

 読んでいたのは、2001年の星野博美「転がる香港に苔は生えない」(情報センター出版局)と2002年の米原万里「嘘つきア-ニャの真っ赤な真実」(角川書店)だけ。それも、受賞を知らずに後になって読んだものだ。

 「昔はあんなにノンフィクションに夢中になったのに」「現役記者時代、ノンフィクション手法を真似て連載企画を書いたことも」・・・。おかしな郷愁にかられてしまった。

あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅
城戸 久枝
情報センター出版局
売り上げランキング: 11812
おすすめ度の平均: 5.0
5 価値のある本でした。
5 中国と日本の歴史を今一度考え直したいと思った本
5 日本と中国を考えるときに欠かせない本
5 涙なしには読めない、感動の実話。
5 2007年のベストワン

ワイルド・スワン〈上〉
ユン チアン
講談社
売り上げランキング: 182172
おすすめ度の平均: 4.5
5 中華人民共和国という国
5 歴史書としても。
5 何度読んでも面白い
5 中国近代史の真実がここに・・・
4 中国共産党近代史を知る

大地の子〈1〉 (文春文庫)
山崎 豊子
文藝春秋
売り上げランキング: 29098
おすすめ度の平均: 5.0
5 結局は「人と人」
5 山崎豊子小説のうち最高の作品の一つ
4 ぜひ、うちの父にも読ませたい
5 人生は短い、これを読むべし
5 中国残留孤児と「文化大革命」

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)
星野 博美
文藝春秋
売り上げランキング: 21012
おすすめ度の平均: 5.0
5 いざ、香港へ
5 怒濤の香港ピープル
5 買いです。
4 暖かい視点
5 心の旅

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
米原 万里
角川書店
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