2010年8月31日

読書日記「1Q84 BOOK1<4月―6月>」「同 BOOK2<7月―9月>」「同 BOOK3<10月―12月

1Q84 BOOK 1
1Q84 BOOK 1
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村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 266
おすすめ度の平均: 3.5
2 ハードカバーで読むほどではない
2 おもしろうて、やがてかなしき・・・
1 リタイアしてしまいました・・・
3 何度も読むべき作品なのか?
5 村上作品は、不思議だ。
1Q84 BOOK 2
1Q84 BOOK 2
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村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 264
1Q84 BOOK 3
1Q84 BOOK 3
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村上 春樹
新潮社 (2010-04-16)
売り上げランキング: 156


話題のベストセラーだから、なかなか借りる順番が来ないだろうと買ってしまったのがよくなかった。 図書館で借りた他の本の返却期限に追われて、結局、これらの本は1年から半年近くサイドテーブルでほこりをかぶっていた。

  この夏、友人Mの好意で海辺の温泉で1週間を過ごす幸運に恵まれ、宅急便で送っておいた3冊を一気に読んだ。あらすじ?ウーン・・・。「村上春樹 ワールド」は、入り込むと自縄自縛に陥ったまま異次元で遊泳している感覚になり、頭がからっぽになってしまう。

 思いつくままに、読後メモみたいなものを書くしかない。

 この膨大な小説には、2人の主人公がいる。

  1人は「青豆」というスポーツクラブのインストラクターをしている女性。強靭な肉体を持ち、殺人と分からないように人を殺せる特技を持つ。
  その「青豆」が、殺人の仕事をしに行く途中、首都高速道路で渋滞に巻き込まれ、タクシーの運転手に教えられて非常階段を使って高速道路を降りる。

 降りた後「青豆」は、これまでとは違った世界にいることを少しずつ知っていく。
 「警察官の制服がこれまでと違っており、オートマチックの連発拳銃を身につけている」
 「月で米ソが協力して、恒久的な観測基地の建設が進んでいる」
 「本栖湖の周辺で銃撃戦があり、警官3人が死亡した」
  「空には、月が2つ浮かんでいる。1つは黄色(マザ・母)、少し小さいもう1つは緑色(ドウタ ・娘)・・・」

 1Q84年――・・・Qはquestion markのQだ。
    好もうが好むまいが、私は今この「1Q84年に身を置いている。私の知っている1984年はもうどこにも存在しない。今は1Q84年だ。・・・私はその疑問符つきの世界のあり方に、できるだけ迅速に適応しなくてはならない。・・・自分の身を守り、生き延びていくためには、その場所のルールを一刻も早く理解し、それに合わさなければならない。


  もう一人の主役は、予備校の数学講師で小説を書いている「天吾」。「天吾」は、知り合いの編集者からなぞの美少女「ふかえり」が書いた小説「空気さなぎ」を書き直してほしいと頼まれ、それがベストセラーになってしまう。

 「空気さなぎ」に・・・描かれているのは「リトル・ピープル(小さな人)」が出没する世界だ。主人公の十歳の少女は孤立したコミュニティーを生きている。「リトル・ピープル」は夜中に密かにやってきて空気さなぎをつくる。空気さなぎの中には少女の分身が入っていて、そこにマザとドウタの関係が生まれる。その世界には月が二個浮かんでいる・・・。


 この小説に書かれたことが、1Q84の世界で現実に起こっていく。
 「いろんなものごとがまわりで既にシンクロを始めている。・・・そう簡単には元に戻れないかもしれない」


「空気さなぎ」も不可解な物体だが「リトル・ピープル」も「善であるのか悪であるのか」は最後まで分からない。

  そして「青豆」は、性交を通じないで(たぶん、空気さなぎを通して)「天吾」の子供を妊娠する。   実は「天吾」と「青豆」は、小学校の同級生でずっと「互いを引き寄せ合っていた」仲だった。

  2人は最後の最後になって再会する。そして「1Q84」の世界から出るために、手を取り合って非常階段を登り、首都高速道路三号線に出る。
 夜明けになっても、月の数は増えていなかった。ひとつきり、あの見慣れれたいつもの月だ。


 どこまでも不思議かつ不可解な「村上ワールド」で小説は終わる。

  世界的なベストセラーになったこの小説について、最近ノルウエー・オスロで行った講演で1つの謎解きをしている。
  「9・11がなければ、米国の大統領は違う人になり、イラクも占領しない、今とは違う世界になっていただろう。誰もが持つ、そうした感覚を書きたかった」

 昨年6月16日付け読売新聞でも取材に答えている。
  「オウム裁判の傍聴に10年以上通い、死刑囚になった元信者の心境を想像し続けた、それが作品の出発点になった」

 小説の各所にオウム真理教エホバの証人ヤマギシ会などを連想させる描写が続き、それがまた読む人の興味をつのらせる。

  中国でも、この本がベストセラーのトップを占めているが、最近の朝日新聞に「首都高速の非常階段が見たい、という中国人旅行者が増えるかもしれない」と書かれていた。異常といえる「村上」ブームである。

  著者は、兵庫県芦屋市の出身。「ひょっとしてノーベル賞!」という声も大きくなって、私がボランティアをしている芦屋市立図書館打出分室でも、著者についての話題がつきない。
 処女作「風の歌を聴け」にでてくる「お猿のいた公園」は図書館に隣接しているし、この分室自身「海辺のカフカ」にでてくる図書館のモデルとも言われている。「ノーベル賞を取れたら、ここを"村上春樹記念図書館"と改名しようか」と、勝手な井戸端会議は盛り上がる。
風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
売り上げランキング: 114620
おすすめ度の平均: 4.0
5 カリフォルニア・ガールな本
1 物語が見えてこない
1 盛り上がりがなく退屈な小説
3 啓発的で軽快な青春小説
4 結果から言うと
海辺のカフカ〈上〉
海辺のカフカ〈上〉
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村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 57444
おすすめ度の平均: 4.0
4 ファンタジー...
5 潜在意識という名の迷宮へ
3 よくわからない時代とよくわからない人間のためのわかりやすい作品
5 不完全さの美学。
4 難しいし...


  私も通った芦屋市立精道中学では「先生によく殴られた」と話しているという著者は、ふるさとの声をどう聞くだろうか・・・。

2010年8月11日

 読書日記「円朝芝居噺 夫婦幽霊」(辻原 登著、講談社刊)


円朝芝居噺 夫婦幽霊 (講談社文庫)
辻原 登
講談社
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おすすめ度の平均: 4.0
5 三遊亭圓朝は口演のできる小説家
5 重なるイメージの美しさ
3 湘南ダディは読みました。
2 円朝作としては、物足りない・・・。
5 非常に上手い構成の洒落た作品


  この本も、前回同様、昔いた会社の大先輩の推薦。「へそ曲がりにふさわしい夏の読み物」と伺ったからには見逃せない。さっそく図書館で借りてきた。

 著者の作品を読むのは「翔べ麒麟」(読売新聞刊)以来。この著書も2007年に発刊された頃に気にはなっていたのに読みそびれていたが、大当たり!夢中になって読んでしまった。
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翔べ麒麟
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辻原 登
読売新聞社
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 「メタフィクション」という文学手法があることを、浅学にして知らなかった。Wikipedia(WEB上のフリー百科事典)には「フィクション(小説、虚構)の一種で・・それが作り話であることを意図 的に読者に気付かせることで、虚構と現実の関係について問題を提示する」とある。

 物語の仕掛けはまず、江戸末期から明治の時代に一世を風靡した三遊亭円朝芝居噺(鳴物噺)の説明から始まる。

 高座の背後に書割をしつらえ、芝居の気分をかもし、あるいは台拍子、宮神楽、あるいは駅路の鈴、山下し、浪の音などの鳴物を入れ、役者の声色(こわね)は使わないけれど、聴客(ききて)は芝居をみるように喜び、円朝の芝居噺と評判を取った。

 彼は自ら創作した噺を高座にかけ、さらにその速記を本にしたり、新聞に連載したりした。


 そして、なぜか速記の歴史の説明があり、円朝の芝居噺「怪談牡丹燈籠」が田鎖式という速記法で本になったことを明らかにする。

 これからが仕掛けの第2弾。著者(辻原登)自身が登場し、ある国文学者の遺品にあ った速記録を手に入れる。それは「夫婦幽霊 三遊亭円朝・・・」と解読された。
 円朝に「夫婦幽霊」という作品は存在しなかった。だが、いま、それが目の前にある。幽霊なのか。


 それからがメタフィクションの真骨頂。辻原創作の芝居噺が「円朝にござります」と始 まる。この話しがめっぽう面白い。

 年も明けての安政二年三月六日の夜のことでござります。江戸場内で、とんでもない大事件が出来(しゅつたつ)いたしました。

 御金蔵から、千両箱4箱を盗みだした大工たちの仲間割れ、奉行所の面子をかけた捜 査・・・。円朝自身も登場し、安政の大地震や吉原、深川の情景がたっぷりと描かれる。

 芝居噺は、大川端での円朝などの幽霊演技で「おあとがよろしいようで」と大団円を迎 えるが、その合い間、合い間に挟まれた「訳者注」がくせもの。
 『符号(速記)原稿の中に幽霊がいる』。・・・この原稿が書かれたはずの時代より以前のの速記符号が使われている・・・


そして、最後にアット驚く大仕掛け。

「訳者後記」の後に「円朝倅 朝太郎小伝」という一節があり「夫婦幽霊」は「朝太郎と芥川龍之介の共同作業だった」と・・・。この小伝も、もちろんメタフィクションなのだ。

ああ、おもしろかった!

もう1冊、江戸を舞台にした小説を読んだ。

「麗しき花実」(乙川雄三郎著、朝日出版刊)。

麗しき花実
麗しき花実
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乙川 優三郎
朝日新聞出版
売り上げランキング: 110468
おすすめ度の平均: 4.5
4 「喜知次」読後の爽快感を期待したのだが・・・・。
5 文庫化まで待てない
5 麗しくも苦い蒔絵の世界
 著者の本を読むのははじめてだが「人間の心理と微妙にからみあう情感豊かな情景描写には定評がある」と、この小説を連載した朝日新聞のWEBページに書かれている。

 江戸・根岸の里にある蒔絵工房の世界が詳細に描かれ、知っているようでほとんど無知に近かった蒔絵の世界を堪能できる。
  西国の蒔絵師の家に生まれた主人公、理野(りの)が女性としてはじめて工房で修業にあけくれるという設定だが、工房の主の原羊遊斎、江戸琳派の絵師、 酒井抱一、その弟子の鈴木其一らは、実在の人物。
  理野と、これらの人物のからみが情感たっぷりに描かれ、4ページの口絵にある蒔絵の写真もすばらしい。
 この本のおかげで「蒔絵博物館」というWEBページを知ったのも収穫だった。

2010年8月 9日

読書日記「三千枚の金貨 上・下」(宮本 輝著、光文社刊)


三千枚の金貨 上
三千枚の金貨 上
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宮本 輝
光文社
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三千枚の金貨 下
三千枚の金貨 下
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宮本 輝
光文社
売り上げランキング: 1388


 「最近の一押しは、宮本 輝のこの本。手練れの究極のワザを見る思い。結局は誰が真の主役か分からないように出来ているが、それぞれの登場人物が実に面白くかかれている」

  昔、勤めていた新聞社の大先輩からこう伺って、さっそく本屋に走った。この本、まだほとんど広告も出ず、書評で紹介されていないのに、大先輩はどこで知られたのか・・・。
すごい読書家であるこの大先輩から紹介してもらった本が、しばらくたって話題になり、なんだかとても得をした気分になったことが幾度かある。

 桜の木の根元にメープルリーフ金貨を埋めた。・・合わせて三千枚。
  盗んだものではないし、何かいわく付きのものでもない。みんな自分が自分の金でこつ こつと買い集めたのだ。
 場所は和歌山県。みつけたら、あんたにあげるよ。
 男はそう言って、自分の病室に戻って行った。


 小説は、いささか荒唐無稽とも思える、こんな設定から始まる。

  金貨を埋めたと語った芹沢由郎は、闇の世界を自らの力ではい上がり、支配してきたファイナンス会社の経営者。肝臓がんの末期と知った芹沢は、その秘密をじっこんにしていた女性の妹で看護師の室井沙都にしゃべったつもりだった。
  しかし、室井は急患で席をはずし、モルヒネで意識がもうろうとしていた芹沢がしゃべった相手は、たまたま談話室にいた40代のサラリーマン、斉木光生だった。

  5年前に聞いたこの話しを思い出した斉木は、同じ40代の仲間2人と30代の室井と語らって、宝探しを始める。そして、ついにその桜の木がある無人の農家を見つけ、購入する。

    だが4人は、金貨を掘り出す夢を20年間、凍結してしまう。これから20年の間に、金貨以上に大切な宝物を見つけるために。

  この物語は、金貨と闇の世界と熟年男女の絡み合いという筋を借りて、日本が歩んできた成長とこれからの衰弱、成熟を描こうとしたのかもしれない。

 そのためか、話しの展開の合い間、合い間に、大人の美学を彩る豊潤な材料がちりばめられている。

 斉木光生が幻想までみるほど満喫したシルクロード・フンザ、への旅・・・。
 シャンパンの「ヴーヴ・クリコ」、ヘミングウエイが愛したダブルの「フローズン・ダイキリ」、「仄かに海草の香りがするシングルモルトのロック」(たぶん、アイラ島産?)・・・。
 骨董店で見つけた伎楽天女の石像、水墨画、故郷の母が経営するこだわりの蕎麦店、指 物師の名人が作った菓子入れ、フォアグラのおかか和え、おでん屋でシメに食べる鯨の身 とコロが入った餅・・・。
 そして、いささかへきえきするが、ゴルフについてのあくなきうんちく・・・。

 斉木光生は、こう語る。
 「人生って、大きな流れなんだな。平平凡凡とした日常の連続に見えるけど、じつはそうじゃない。その流れのなかで何かが刻々と変化している」


 ところで、読み進むうちに著者の誤謬ではないかと思われる箇所を見つけた。

 小説の冒頭では、秘密をもらした男は「自分の病室に戻って行った」と書かれている。
 とろが終わりに近い箇所ではこんな記述がある。(看護師の室井沙都が)「やっと談話 室に戻ると、斉木光生はいなくて、芹沢由郎だけが車椅子に座っていた」
 これは、小説が連載されていた雑誌「BRIO」(光文社)が突然、休刊になったためのちょっとした校正ミスなのか、それとも著者の読者に対する「ちゃんと読んだかい」という問いかけなのか・・・。

 ここまで書いて、パソコン机の脇に同じ著者の「にぎやかな天地  上・下」(中央公論 新社刊)が読んだ後、横積みしたままだったのに気づいた。

にぎやかな天地〈上〉 (中公文庫)
宮本 輝
中央公論新社
売り上げランキング: 71422
おすすめ度の平均: 4.0
1 ステレオタイプの権化
4 しっかりした展開で一気に読ませるが、ラストが...
5 発酵食品と人間関係の不思議
5 新刊が出ると必ず読む
3 発酵食品に付いて学べます

にぎやかな天地〈下〉 (中公文庫)
宮本 輝
中央公論新社
売り上げランキング: 70239
おすすめ度の平均: 4.5
5 連綿と繋がる生死
3 にぎやかな発酵!?
5 本年のベストワン
 この本もさきほどの大先輩に推薦していただいたのではなかっただろうか。2005年の9月とかなり前の発刊だ。昔いた新聞社の朝刊に連載されていたのを思い出した。

 勤めていた出版社がつぶれ、非売品の豪華限定本制作で生計をたてている船木聖司は、スポンサーである謎の老人・松葉伊司郎から日本伝統の発酵食品の本を作りたいと依頼される。

 滋賀県高島町「喜多品」の鮒鮓、和歌山県新宮市「東宝茶屋」のサンマの熟鮓、同県湯浅町「角長」の醤油、鹿児島県枕崎市の「丸久鰹節店」。聖司が取材をした発酵食品の名店はすべて実在の老舗。著者自身が取材を重ねたところらしい。

 祖母が育て、母親が受け継いだ糠床のレシピがすごい。「昆布茶の粉末、いろこの粉末、鮭の頭、和辛子、鷹の爪、残ったビール、魚や野菜の煮汁・・・」

 鹿児島の「丸久鰹節店」で、夫人に勧められた木の椀に入ったお汁。「削った鰹節に熱湯を入れ、ほんの少し醤油をたらした」もの。「これにとろろ昆布を入れたら・・・」
 今晩やってみようか、と思う。しかし、気づいたら、小袋に入った花ガツオはあっても 鰹節がない、鰹削り箱がない・・・。

2010年8月 7日

 読書日記「旅に溺れる」(佐々木幹郎著、岩波書店刊)


旅に溺れる
旅に溺れる
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佐々木 幹郎
岩波書店
売り上げランキング: 67693

 詩人である著者が、これまで雑誌などに発表した旅についての著作をまとめたエッセイ集。旅に出て、その土地の人びとや祖霊、死者との共鳴の言葉がほとばしり出ている。

  本と同じ「旅に溺れる」と題した北九州・平戸を訪ねた小文を読むと、著者の旅への想いが分かる。

 
 観光コースにあるものはたいてい、現地に行くとなんということはない。しかし、だから行かないというのは、旅としてつまらない。俗なもののなかにこそ人間がいる。そして、そのまわりには必ず俗を越えたもの、俗を離れたものが発見できる。その発見が旅の面白さだ。


 砂浜の先端の松林の先に小さな古びた神社があった。・・・入り江の風景は古代から少しも変わっていないのではないか。八百年ほど前の昔にワープしていくような気分になった。その瞬間、えも言われぬ旅の喜びが湧いてきたのだ。


 「能役者に届いた赤紙」を破ってまで守り続けた山形県鶴岡市の「黒川能」 、たった一日、町の人のほとんどが狐に化ける新潟県阿賀町の「狐の嫁入り行列」、幕末の絵師・金蔵、略して給金の屏風絵が主役の高知県赤岡町「給金祭り」 、エイサーと呼ばれる沖縄の盆踊りが各地に広がっている「琉球國祭り太鼓」 、町の人が野菜を主役に仕立てる富山県福岡町の「つくりもん祭り」 、冬季オリンピックの正式種目にすることを真剣に狙っている北海道壮瞥町の「昭和新山国際雪合戦」

  地域の人たちが暮らしのなかで、はぐくみ、仕掛けてきた祭り、催しの数々・・。読んでいるだけでワクワクしてくる。どうしても、一度は行ってみたくなる。

 圧巻は、墓のない文化、鳥葬儀礼を訪ねるネパール、チベットへの旅だ。

 鳥葬は・・・鳥(ハゲワシ)に死体を食べさせることで、人間がこの世でなし得る最後の施しを与え るのである。
  死体は聖なる場所である鳥葬場に運ばれ、ハゲワシが食べやすいように石で砕かれ、ナイフで切り刻まれる。・・・死者の魂はハゲワシによって天に最も近いところへ運ばれるのだ。食べ残された骨などは小さく砕かれたまま、鳥葬場で吹きっさらしになる。


 ネパールでは、チベット教徒などの火葬に出会う。
 死体は薪の上で、まるでサンマを焼くように焼かれ続けた。男たちは長い竹を手に持ち、それを箸のように動かしながら、死体を折り曲げていく。頭蓋骨が最後まで焼けず・・・竹の棒で叩いた。中から脳味噌が流れてきて、柔らかいレバーが焦げるときのような音をたてた。


 火葬に付すとき、死者は肉体から魂の世界へ旅立つ。地上にはなにも残らない。・・・この上、さらに墓など必要だろうか?


 最近、日本人が疑問に思い始めたことへの1つの答えがここにある。
 このブログの前回に紹介した「メメント・モリ」(藤原新也著、情報センター出版局)の写真が、映像のように目の裏に投影されてくる。
メメント・モリ
メメント・モリ
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藤原 新也
情報センター出版局
売り上げランキング: 37019
おすすめ度の平均: 5.0
5 最も影響をうけた本のひとつ
5 ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。(本文より)
5 色褪せない名著
4 生死論の古典
5 肉体的な写真本


 ▽参考・この本で紹介されている著書
 ・「牡牛と信号ーー<物語>としてのネパール」(山本真弓著、春風社刊)
牡牛と信号―
山本 真弓
春風社
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2010年7月18日

読書日記「悼む人」「静人日記」(天童荒太著、文藝春秋刊)


悼む人
悼む人
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天童 荒太
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 4.0
5 作者自身の旅
5 素晴らしい物語・残念なラスト
5 実に重い。読後の疲労感はとてつもない。それでもいい本だと
4 レビューする人
2 作家の勝手。読者の自由

静人日記
静人日記
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天童 荒太
文藝春秋
売り上げランキング: 115170
おすすめ度の平均: 4.0
5 彼からの便りがあるたびに、その足跡を一緒にたどるだろう
4 「悼む人」、坂築静人の記録
5 深く、心の奥を見つめる物語
4 必ず「悼む人」の後に。
4 作者の覚悟。


 新聞の報道などを手がかりに、事故や事件に巻き込まれて亡くなった人の現場に現れて、おかしな行動をとる青年。

 左膝を地面につき、右手を頭上に挙げて空中に漂う何かを捕えるように自分の胸に運ぶ。左手を地面すれすれに下ろし、大地の息吹をすくうようにして胸に運び、右手の上に重ねる。目を閉じて、何かを唱えるように唇を動かす


   そして、不思議な行動を不審がる人に、こう問いかける。

 彼女は、誰かに愛されたでしょうか。誰を愛していたでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか


 冥福は祈っていません。・・・ぼくは、亡くなった人を、ほかの人とは代えられない唯一の存在として覚えておきたいんです。それを<悼む>と呼んでいます。


 「悼む人」は<悼む>人を求めて全国を放浪する若者・坂築静人(さかつき・しずと)と彼を巡る人びとを著者が7年がかりで書きあげた第140回直木賞受賞作品。
 「静人日記」は、この小説を書くために著者が坂築静人の日記として3年間綴ってきた日記文学。

 「悼む人」は、こんなエピローグで終わる。
  ガンと闘いながら、静人を待ち続けた母・巡子は最後の時を迎える。
 巡子はゆっくり抱きあげられた。・・・「あなたは・・・ぼくを愛してくれた人です」・・・「あなたは・・・ぼくから感謝されている人です」・・・「あなたは・・・ぼくに愛された人です」・・・
 緑に萌える草の原に、大勢の人がいた。・・・そよ風に葉が揺れる森の大樹の陰に、巡子の両親がいた。・・・彼らも巡子に気づいて、手を振ってくる。
 この世界では、誰もが分け隔てなく存在している。そして、誰もが、互いを愛していることが・・・互いに愛されていることが・・・互いに感謝し合っていることが伝わってくる。


 この本を読み、こうしてブログに書くまでになんだか長い時間がかかってしまった。  「死」についての想いが行き来した。

 たまたま、神戸・ギャラリー島田(http://www.gallery-shimada.com)のメールマガジンで、こんな言葉を知った。

 死は怖れるものでなく、先に逝く人が蓄えてきた豊かな生命力を看取る人に渡す、幸福に満ちた瞬間

 島根県江津市で、看取りの家「なごみの里」を運営する柴田久美子さんの言葉である。
 「家族を看取る 心がそばにあればいい」(国森康弘著、平凡社新書) は、この「なごみの里」をルポした本。「ただそばにいて、手を握る。それだけでいい」。柴田さんは、いつもそう話すという。
家族を看取る―心がそばにあればいい (平凡社新書)
國森 康弘
平凡社
売り上げランキング: 44534
おすすめ度の平均: 5.0
5 幸せになるヒントがいっぱい
5 誰もに読んで欲しい大切な1冊!
5 心がそばにあればいい


   先日、NHKの衛星放送を見ていたら、水俣市在住の作家、石牟礼道子が「水俣病患者の死などに出会って、その死を自分の悲しみとして悶える老女がいる。私の地方では<もだえ神さん>と呼んでいる」と語っていた。著書「あやとりの記」 にもふれられているらしい。
あやとりの記 (福音館文庫)
石牟礼 道子
福音館書店
売り上げランキング: 198041


 ▽参考にした本、したい本

  • 「『平穏死』のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか」(石飛幸三著、講談社刊)
    「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか
    石飛 幸三
    講談社
    売り上げランキング: 2424
    おすすめ度の平均: 5.0
    5 早く一般論になればいいですが・・・
    5 ご家族と医療者の架け橋となりうる「老衰」のテキスト
    5 特養からの問題提起
    5 苦しみを除く、老衰=自然死の選択。
    5 これこそ現場の声です

     胃瘻(いろう)までして生かし続ける現代医療を疑問視する特別老人ホーム常勤医師の著書


  • 「寺よ、変われ」(高橋卓志著、岩波親書)
    寺よ、変われ (岩波新書)
    高橋 卓志
    岩波書店
    売り上げランキング: 21921
    おすすめ度の平均: 3.5
    4 お寺の変化に期待します
    4 寺は、変わらなければならない
    1 これお坊さんの仕事?
    3 そう言われても・・・・
    5 この寺を見よ!!

     「形骸化して死後のセレモニーとしてしか登場の場面がない」仏教の現状を嘆き、新井満の「千の風になって」がベストセラーになった背景を問う


  • 「メメント・モリ」(藤原新也著、情報センター出版局)
    メメント・モリ
    メメント・モリ
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    藤原 新也
    情報センター出版局
    売り上げランキング: 37766
    おすすめ度の平均: 4.5
    5 ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。(本文より)
    5 色褪せない名著
    4 生死論の古典
    5 肉体的な写真本
    5 重要な問題。

     「メメント・モリ」は「死を想え」と訳されるラテン語。
     犬に食われ、鳥についばまれ、薪の山で燃える死者を克明に追ったすさまじき写真集

     メメント・モリ、死を想え。


2010年7月11日

 読書日記「一週間」(井上ひさし著、新潮社刊)<br /><br />


一週間
一週間
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井上 ひさし
新潮社
売り上げランキング: 742

 劇作家として活躍が目立っていた故・井上ひさし が、実は最後にすごい小説を残していた。

  2000年から2006年にかけて「小説新潮」に断続的に連載されたものだが、ガン 治療と劇作に追われため、この作品を『吉里吉里人』に負けないものにする」という思いを残しながら、加筆、訂正を果たせずに旅立って しまった。

  井上ひさしらしい軽妙な筆致を駆使しながら描き出そうとしているのは、近代歴史のな かで検証されないまま埋もれかけていた"シベリア抑留"という重いテーマである。

  文中には、日本人捕虜を国際法に違反して強制労働を強いた旧・ソ連政府への告発の言 葉がいくつも並ぶ。

  この国には、帝政ロシアの時代から、大規模な工事で労働力が必要になると、、収容所を利用する習癖があるらしい。・・・大戦争の後始末にたいへんな人手がいる。そこで 戦敗国の捕虜をばっと捕まえた。そして収容所へ放り込んで働かせ、国内各所を整備させる。


 この方針に、甘んじて乗ったのが旧・関東軍司令部だった。
  関東軍司令部の参謀たちは、日本兵士の使役を極東赤軍司令部に申し出たりしているんですからね。・・・「大陸方面においては、ソ連の庇護のもとに、満州朝鮮に土着さ せ、生活を営むようにソ連側に依頼するも可」・・・これは明らかな棄民でしょう。


    収容所のなかでは、旧・日本軍将校の自己防衛とエゴのために、多くの旧・日本軍兵士 が、無為に死んでいった。

  ソ連・コムソモリスクの捕虜収容所で死去した哲学者の大橋吾郎は、同じ収容所にいた 小松修吉に黒い手帳を託して息を引き取る。そこには、収容所に入っても、兵士を虐待す る将軍下士官への告発の言葉が書き込まれていた。

  兵士を凍死させるのは、決まって旧軍の軍体制度をそっくりそのまま捕虜収容所に持ち込んだ部隊である。・・・
各収容所において、ソ連邦から配給された糧食のピンはね、横流しが横行していると聞く。なかにはピンはねした糧食で酒を作っている将校下士官たちもいるという。


大日本帝国が批准したハーグ条約によれば、兵士は捕虜になった瞬間、ソ連邦政府の圏内に入り、旧軍の諸制度は適用されない。収容所に旧軍の諸制度を持ち込んだ将校下士官は国際法違反の罪に問わなければならない。


 物語は後半に入って、ドンデン返しの連続。一人の捕虜にすぎない一日本人が収容所を管理するソ連邦の将校と共産党幹部との間で繰り広げる、胸のすくような闘争の物語となる。

収容所から一度は脱出しながら、再び捕えられた軍医が、たまたまロシア革命の父とい われる「レーニンの手紙」を手に入れ、主人公に託す。
少数民族の出身だったレーニンが少数民族の権益を守るための政治闘争を行うと仲間に誓った内容だった。しかしレーニンはその後、ソ連社会主義の確立のために、少数民族の利益を踏みにじっていく。
この手紙は「レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった・・・」(著書の帯び封解説)
重大国家機密を守るため、赤軍幹部はあらゆる手段でこの手紙を取り戻そうとする。

主人公は捕虜収容所の人びとに届ける「日本新聞」の編集に携わっていたが、その職場の親しい人たちが見せしめに銃殺される。しかし、それは芝居であることを見抜いた小松は日記の引き渡しを拒否する。

日記は、日本人女性でソ連人と結婚した日本新聞社食堂の賄い主任の娘ソーニャに託していた。
それを薄々疑った赤軍将校は、3人を遊覧飛行に誘う。

米国に秘密を売った兵士が、手紙を渡さない小松への見せしめに飛行機から空中へ次々と突き落とされる。たまり かねたソーニャが手紙をついに渡してしまう。
しかし、兵士の突き落としはまたもや芝居だった。彼らは落下傘部隊の精鋭だったの だ。

ところが、この手紙も偽物。本物は母娘があるところに隠していた。赤軍将校が新調し た外套の裏地のなかに。

赤軍に返そうとした手紙は、偶然の突風にあおられ、散水車の水に打たれ、雪とともに 千切れて粉々になってしまう・・・。

「日本人捕虜、小松修吉は、北シベリアの収容所に移送される」
この1節で小説は終わる。主人公がそこでもたくましく生き続けることを予感させなが ら。

2010年6月29日

読書日記「高峰秀子の流儀」(斎藤明美著、新潮社刊)



高峰秀子の流儀
高峰秀子の流儀
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斎藤 明美
新潮社
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おすすめ度の平均: 4.5
5 大女優の流儀とは -質実剛健とも言える力強さ-
5 すがすがしい
4 客観的な視野はない、けれど・・・・


 フリーの雑誌記者である著者は、55歳で引退して以来世間との交際を見事に絶っている高峰秀子松山善三夫妻の自宅に自由に出入りできる、おそらく唯一の人。

 著者が見聞きしたエピソードを積み重ねたこの本は、元・大女優の"流儀"、生きざまを見事に浮かび上がらせてくれる。
 動じないーーー。恐らくこの言葉ほど、高峰秀子を象徴する言葉はないだろう。


 その性格は「デブ」と呼ばれる養母の前で「いつも鎧をつけていた」なかで培われたものらしい。
 養母との葛藤は、高峰秀子自身の著書「わたしの渡世日記 上」(文春文庫) 「同 下」(同) にも詳しい。
わたしの渡世日記〈上〉 (文春文庫)
高峰 秀子
文藝春秋
売り上げランキング: 8402
おすすめ度の平均: 5.0
5 希有な女優
5 デコさんはこの上下巻から読みました。(‾o‾)
5 銀幕とは裏腹に
5 20代の私でも。
5 おもしろかった
わたしの渡世日記〈下〉 (文春文庫)
高峰 秀子
文藝春秋
売り上げランキング: 8423
おすすめ度の平均: 5.0
5 さっぱりした読み応えです。
5 文章の巧みさと面白さ
5 読み終わって気持ちが暖かくなりました。
5 ポツダム宣言から。



 4歳で映画界入りして以来、高峰秀子の両肩には、義母とその親族10数人を養うという重荷がのしかかる。義母はあからさまな男性遍歴を続ける。
 昭和26年、大邸宅を義母の名義に換えて、逃げるようにパリに向かう。半年後、帰国すると自宅は旅館に替わっていた。1週間後、女中に「1泊3千円」の請求書を突きつけられた。知人に前借りをして「1泊2千7百円」の帝国ホテルに移った。その他の雑費も重なり1本100万円の出演料は、入ったとたんに消えていった。

 義母の死、そして月給1万2千5百円の助監督、松山善三との結婚で「一切"振り返らない"」生活が、やっと始まる。
 「かあちゃん(高峰秀子)は子供の時から働いて働いて・・・。だから神様が可哀相だと思って、とうちゃん(松山善三)みたいな人に会わせてくれたんだね」
 流しでサラダ菜を洗いながらそう言った高峰さんの笑顔が、幸せの意味を私に教えてくれた。


 大邸宅をつぶし、2人のための小さな家に建て直す。家財道具の大半も処分した。
 松山家でお昼に煮素麺をごちそうになった時。松山氏と私に、大きな朱の椀に入れたのを運んでくれて・・・いつまでも高峰さんの分を運んでくれる気配がない。・・・しばらくして松山氏が「はい」と、食べ終えた椀を高峰さんに押し出した。すると高峰さんは台所に戻り、その椀に自分の分を入れてきた。つまり、大きな朱の椀が二つしかないのだ。いや、二つだけにしたのだ。


 
 ―――人を尊敬する理由は?
 「やっぱり、人として潔いことね」


 
 ―――一切昔話をしないのは、なぜですか?
 「そんなもの、してどうなるの」


 ホテルの喫茶店でのインタビューを終えたあと。
 高峰さんが小さく言った。「見てご覧なさい。みんな女よ」。・・・客は中高年の女性ばかりだった。・・・「家に帰って、本でも読め」、ポツリとそう言うと、高峰さんは出口に向かった。


 昭和40年、故・市川昆監督の映画「東京オリンピック」に非難の嵐が巻き起こった時。高峰秀子は、たった一人援護射撃の論陣を張る。
 市川昆は高峰に言う。
 <あんたの場合は、いつも一本通っているもの。何をしてもあんたの個性をなくさないもの。そういうものはいつもきちんと出ているよ>


 この春、高峰秀子は、八十五歳になる。


▽最近読んだ、その他の本

  • 「ナニカアル」(桐野夏生著、新潮社刊)
    ナニカアル
    ナニカアル
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    桐野 夏生
    新潮社
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    おすすめ度の平均: 4.5
    4 純粋に小説として楽しんだ
    5 林芙美子に憑依する桐野夏生の妖しい魅力
    5 頭で読み、本能で感じ、肉体に味あわせる力作
    4 絶賛したいところですが

     「ナニカアル」。なんだか、意味深長な表題の出所と思われる箇所が、冒頭のプロローグのなかに出てくる。
     林芙美子のめいが、芙美子の死後、その夫と再婚。その夫も死去したのを機会に芙美子の遺品を整理していて、芙美子が残した1節の詩を見つける。
        
    刈草の黄色なるまた
    紅の畠野の花々
    疲労と成熟と
    なにかある・・・

     浅学非才の身には、まったく意味不明だが、著者は「あれほどすごい小説を残した芙美子が、文壇で評判が悪すぎるのはなぜなのか」と考えたのが、執筆のきっかけだったと語っている。
     史実を忠実に調べ、想像力を駆使したこの作品は、表題の魅力に見事に答えている。  芙美子の作品を読みたくなる。本棚から「放浪記」 と「浮雲」を引っ張りだした。
  • 放浪記 (新潮文庫)
    放浪記 (新潮文庫)
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    林 芙美子
    新潮社
    売り上げランキング: 18020
    おすすめ度の平均: 4.5
    5 やられた
    4 からっと明るいダダイズム
    5 放浪の中にある人生
    4 ある女性の生き様
    3 極めて私的な視点から
    浮雲 (新潮文庫)
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    林 芙美子
    新潮社
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    おすすめ度の平均: 4.5
    4 男女の恋愛感の違い
    5 恋愛小説の傑作
    5 消えた光


  • 「頭の中身が漏れ出る日々」(北大路公子著、毎日新聞社刊)
    頭の中身が漏れ出る日々
    北大路 公子
    毎日新聞社
    売り上げランキング: 79309
    おすすめ度の平均: 5.0
    5 この文章構成能力は天才!
    5 最高の女性、北大路公子。
     「いたたまれない三十秒」という1項。午前8時のコンビニでビールを12本買う。周りの冷たい目・・・。レジで鞄から財布を出そうとして、注射器が飛び出した。糖尿病を患う飼い犬用だが・・・。石像のように固まりながら並び続ける。
     著者は、北海道在住の40代、独身。両親と同居。趣味、昼酒。
     あほらしくて、おもしろくて・・・。


  • 「旅の絵本Ⅵ デンマーク編<アンデルセンの世界>」(安野光雅、福音館書店発行)
    旅の絵本〈6〉
    旅の絵本〈6〉
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    安野 光雅
    福音館書店
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    おすすめ度の平均: 5.0
    5 アンデルセン童話集もいっしょに!
    5 今度の旅はデンマーク。

     デンマークの街を訪ねて描いたメルヘンの世界に、アンデルセンの作品がいっぱいちりばめてある。
     表紙と裏表紙には、馬に乗って走りながら小さなリングを槍で突き通す競技の絵。写真で見たことはあるが、実際の競技はどんな雰囲気なのだろう。
     作者の旅の追っかけをしたくなる。


2010年5月20日

読書日記「天地明察」(冲方 丁著、角川書店刊)


天地明察
天地明察
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冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 48
おすすめ度の平均: 4.5
4 水戸のご老公から保科正之、関孝和の和算も登場!
5 数学萌え!天文学萌え!の江戸男子
3 宣伝の力は忘れて読んでください
4 暦と数学
5 夢中の人、天を掴む


 こんなにおもしろいエンタテーメントを読むのは、久しぶりのような気がする。
 474ページを一気に読み進み、読了が近くなったのがおしくなって、読むペースを落としたり、序章を読み返したり、巻末の参考文献に目を凝らしたり・・・。残念ながら、この本には著者の「あとがき」はない。

 代わりに、この本を紹介する角川書店のWEBページで著者自身が著書のあらすじなどを語る動画コーナを見つけた。

 (江戸時代)将軍・家綱の治世の時代、碁所(碁の指南役)の家に生まれ、江戸城に出仕する渋川春海 (安井算哲)が数学や天文にも興味を持ち、いつしか日本独自の暦を作るという大願を持つ。
時の権力者たち(保科正之徳川光圀ら)も支援を惜しまない。
 生涯ひたすら挫折を繰り返しながら課題を乗り越え、最後の最後に(大願を)達成する。人間、これほど挫折を続けながらでも、夢を追い続けることができるのです。
 「日本人独自の信仰、感性の底には、暦というものがあるのではないか」。そう思ったのが、渋川春海を取り上げた理由だという。

 本の帯封に、いくつかの読後感が載っている。
 「『こういう生き方って、いいよね』という率直で朗らかなロールモデルの提示」(内田樹・神戸女学院大学教授)
 「この小説を読んで、学問って」最大のエンターテイメントだと思った」(TBSテレビ「王様のブランチ」ディレクター)


 渋川春海の暦への興味は、800年以上も使われてきた宣明暦が、実際の1年の観測より2日も誤差を生じていたことを知ったことから始まる。
 そして保科正之の支持で、改暦事業に着手、中国・元の時代に作られた授時歴の採用に動くが、朝廷から「授時歴は不吉」と一蹴される。

 挫折のなかで春海は妙案を思い付く。
 「勝負だ。宣明暦と授時歴を、万人の前で勝負させるのだ」


 3年間にわたって、2つの暦が予想した日蝕と月蝕の日時が正しいかどうかを公開していく。宣明暦は次々と予測をはずし、改暦の機運が盛り上がった矢先、悪夢が起こる。
 授時歴が、日蝕の予報を外した。・・・改暦の機運は消滅した。


 失意のなかで、和算(数学)の権威、関孝和に叱責される。
 「よもや、授時歴そのものが誤っているとは、思いもよらなかったと、そう言うかツ!」


   中国と日本の緯度の差から、授時歴をそのまま使うと、若干の誤差が生まれていたのだ。
春海が考案した、わが国初の暦、大和歴(後に貞享歴と改称)が、誕生した瞬間だった。

 江戸時代、算術の塾で互いに考え出した問題を張り出し、解答が正しければ「明察」と作者が書き込む風習があった、という。「ご明察」の明察である。

 2010年本屋大賞第1位。第31回吉川英治文学新人賞受賞作品。

▽最近読んだ、その他の本
  • 「四十九日のレシピ」(伊吹有喜著、ポプラ社刊)  2010年本屋大賞受賞作品第2位。同じく出版社のWEBページにあるあらすじを引用させてもらう。
     熱田家の母・乙美が亡くなった。
     気力を失った父・良平のもとを訪れたのは、真っ黒に日焼けした金髪の女の子・井本。
     乙美の教え子だったという彼女は、生前の母に頼まれて、四十九日までのあいだ家事などを請け負うと言う。
     彼女は、乙美が作っていた、ある「レシピ」の存在を、良平に伝えにきたのだった。

     スイスイと流れるように読んでしまう不思議な文体だ。でも、なんだか物足りないのは、書かれているレシピが少ないせいだろうか。食いしん坊!
     産経新聞のWEBページでは、執筆のきっかけについて、こう語っている。
     「最近は、自分の葬儀のやり方を、生きているうちに自らプロデュースして書き残す人が増えてきていると聞いたのと、レシピという言葉には料理の作り方のほかに処方箋(せん)という意味があるのを知って」タイトルがひらめいた。

     なるほど、この本は「死」について考えるものでもあるのだ。最近、そんなたぐいの著書を読む機会が多くなったような気がする。


  • 「青春は硝煙とともに消えて ある戦没画学生の肖像」(木村亨著、幻冬舎ルネッサンス刊)
     図書館ボランティアでカウンターに座っていて、返されてきた本の題名を見て「無言館の話ですか」と、思わず聞いてしまった。
     無言館にも遺作が残されている戦没画学生、久保克彦。25歳で戦死した短い一生を甥の著者が自費出版した。
          
           俺は、死にたくねえ
           俺は、絵が描きてえ
           俺は、ペンを捨てたくねえ

    東京西荻窪の姉の家で悲痛なうめき声を漏らしながら、描いた東京芸術大学の卒業作品「図案対象」(その年度の最優秀作品として東京藝大が買い上げ)を描きあげるまでが主軸になっている。
    生き残る可能性があった航空隊行きを断り、一番死と近かった中国の第一線に見習い士官として出征していった達観の死。ここまで若者を追い詰めた歴史の非情さ。


  • 「クラウド時代と<クール革命>」(角川歴彦著、角川グループパブリッシンング)

     これからのネット社会の中心になるといわれる「クラウド・コンピューティング」の時代に向けて、これからの日本は「GDPならぬ、GNC(グロス・ナショナル・クール)に優れた国になるべきだ」というのが、著者の主張。
     「クール」とは、洗練されたかっこよさ。NHK衛星放送の人気番組「クール・ジャパン」の受け売りかと思ったが、そうでもないらしい。
     江戸時代の浮世絵・屏風・絵巻物から現代のマンガ、アニメ、ゲーム、ファッションに加えて日常生活に根付いている回転寿司や日本食など・・・。独自文化の数々が混然一体となり、「クール・ジャパン」現象と映る。

     「ポップ・カルチャー」「サブ・カルチャー」で、落ちる一方と言われる日本の国力が維持されるのなら、それはそれでけっこうなことだとおもいながら・・・。眉につばをつけて読み流す。


  • 「人生、しょせん気晴らし」(中島義道著、文藝春秋)
     図書館の司書ボランティアで時々コンビを組むNさんから「かわった人の本ですよ」と聞かされ、思わず借りてしまった。
     「戦う哲学者」という異名を持つ著者は、かなり変人のようだ。
     ただ、著書に書かれた「半隠遁の思想」なんかは、現在の私の気分に合う(こちらは"全隠遁だが・・・)。
     「人生相談」という気晴らし、という章がおもしろい。
     「母親の介護で、自分自身が壊れてしまいそうです。父、兄、弟がいますが、まったく面倒をみません」という質問の答えは「『いい人』をやめて、『ろくでなし』になりなさい」
     ご明察!気分爽快になること、間違いなし。

    四十九日のレシピ
    四十九日のレシピ
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    伊吹有喜
    ポプラ社
    売り上げランキング: 2111
    おすすめ度の平均: 5.0
    5 久しぶりにいい本に出会いました
    4 思わず、自分の言動と重ね合わせてしまいました。
    5 感想
    5 泣きました。
    5 心が温まる作品。

    青春は硝煙とともに消えて
    木村 亨
    幻冬舎ルネッサンス
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    クラウド時代と<クール革命> (角川oneテーマ21)
    角川 歴彦
    角川書店(角川グループパブリッシング)
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    おすすめ度の平均: 3.5
    4 期待しないで読んだら力作なのでびっくりしました
    4 クラウドに遅れている日本への警鐘
    3 勉強したことをまとめただけ
    2 いったいなにが言いたいの?
    3 日本版「クラウド」の必要性を説くが

    人生、しょせん気晴らし
    中島 義道
    文藝春秋
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    おすすめ度の平均: 5.0
    5 自分に逃げないためのエッセイ集
    5 本当にその通りです


2010年4月17日

読書日記「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」(中村安希著、集英社刊)



インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日
中村 安希
集英社
売り上げランキング: 2125
おすすめ度の平均: 3.5
4 自分の立ち位置を確かめ、価値観を再検証し直す、正しい旅日記。
2 キャリアパス
4 久しぶりに読んだ旅行記
2 貴重な体験とキャラクターとのギャップが、、
4 日本から遠く離れて


 なにも古希近くなって若者のバックパッカー旅行記でもあるまい、とも思ったが・・・。淡々と書かれた不思議に魅力のある文章と、その土地、土地で出会った人に真正面から向かっていく姿勢に引き込まれ、アッという間に読んでしまった。

 26歳の女性がふと思い立って冷蔵庫を売り払ってアパートを引き払い、23キロのリュックをかついで2年間にわたって47カ国を訪ねた記録。旅行中に発信していたブログ「安希のレポート -現地の生活に密着した旅- 」を本にしたのだが、ブログと本では文章スタイルがまったく違うのがおもしろい。本のほうは、昨年の開高健ノンフィクション賞を獲得している。

 表題は、ケニアのサバンナで出会った一頭のインパラから採っている。
 黄金の草地に足を着き、透き通る大気に首を立て、・・・濡れた美しい目は、周囲のすべてを吸収し、同時に遠い世界を見据え、遥か彼方を見渡していた。


 こんな姿が、旅する著者の思いと重なっているように思える。

 同じケニアでトラックに乗せてもらった時のこと。
 手のひらのマメがいくつか潰れ、パイプで擦れたお尻の皮がついに破れて血が出始めた。黒い雲が張り出してきて雨粒が激しく頬を打ち、・・・パイプの上の人々は、車体の揺れを黙って受け止め、それぞれの時を生きていた。


 途上国の人びとの役に立ちたいと思って来たのに、逆に現地の人に助けられたことがなんどもあった。子どもたちはいつもキラキラと輝いていた。
 国際貢献をしたという実績を残したくて、インドのマザーズハウス(マザー・テレサの家)でボランティアをしたいと思ったが「人手は十分足りていますが、寄付金は有り難く受け取ります」とシスターに冷たく拒否される。
 途上国援助の厳しい現実や極め付けに見える都市の貧困に困惑し、イスラエルやイスラム圏の実態が日本のメディアが伝えるものとはまったく違うことも体験する。

 西アフリカのトーゴからベナンに向かう国境の町では、バイクに乗せてもらった男や国境の役人にだまされ、28キロを歩くはめになった。
 しばらく森を進むと・・・幼児を抱いた地元の女性がどこからともなく現れて、私と抜きつ抜かれつしながら一緒に歩き始めた。・・・彼女は私に微笑んだ。私も微笑んだ。・・・さらに森を歩くと、ポリタンクを持った男性が、後ろから私に追いついてきた。・・・いつのまにか三人は、ペースや呼吸を調和させ、適度な距離や空間と無理のない連帯感を保つことに成功していた。


▽最近読んだその他の本

  • 「ロスト・トレイン」(中村 弦著、新潮社刊)
    ファンタジー小説に接したのは、いつ以来だろうか。
     鉄道フアンの男女2人が、まぼろしの廃線跡を苦労の末に見つける。崩れた廃墟の駅舎が突然、むくむくとよみがえり、とっくに消えたはずの汽車が汽笛を鳴らして、この世とあの世を行き来する。列車を動かしているのは、"森"の力だった。
     巻末の主要参考文献を見て、アッと思った。「写真集 草軽鉄道の詩」(思い出のアルバム草軽電鉄刊行会編、郷土出版社刊)。昨年「没後10年 辻邦生展」を見に軽井沢に行った時、草軽鉄道跡を見たことがある。U型にくぼんだ道路にかぶさるように木々が繁っていた。そうか、作家は、こういう風にイメージを膨らませていくのか!
     世間では「テツ」と呼ばれるらしい鉄道ファンには、たまらない本だろう。

  • 「神社霊場 ルーツをめぐる」(竹澤秀一著、光文社新書)
     芦屋市立図書館打出分室のボランティアをしていて、返ってきたこの本を見つけ、思わず借りてしまった。
     先日、行った熊野三山。平安人がなぜ熊野参りにこったのかがやっと分かった。この本を読んでから行ったら、旅の印象もずいぶん変わっただろう。
     この本にある沖縄の「世界遺産 斎場御嶽から久高島へ」も、ぜひ訪ねてみたい。
  • 「僕はパパを殺すことに決めた」(草薙厚子著、講談社刊)
     この本も、図書館ボランティア中に返本されてきたのを見つけた。
     「エッこの本、借りられるのか」とびっくりした。職員の方によると、発行元からは回収してほしいという要請が来たものの、図書館としては購読希望があれば応じざるをえず書庫に保管している、という。背表紙に、書庫にあるという印の「●」のシールが張ってあった。
     奈良県で起こった少年の父親殺しで、供述調書をそのまま掲載して著者が逮捕(不起訴)されて話題になった。供述調書をまる写しするのなら、ルポルタージュを書く意味も、取材を重ねる努力も必要がなかったのではないか?ルポライターの矜持を越えてしまった作品だと思う。

  • 「駅路/最後の自画像」(松本清張、向田邦子著、新潮社刊)
     松本清張の原作と向田邦子がテレビドラマ用に脚色した脚本を一緒に収納している。
     原作を換骨奪胎して、女の業を描き切った故・向田邦子の発想力に脱帽!


2010年3月16日

読書日記「インビクタス 負けざる者たち」(ジョン・カーリン著、八坂ありき訳、NHK出版)、「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」(イプセン原作、笹部博司著、メジャーリーグ刊)

インビクタス〜負けざる者たち
ジョン カーリン
日本放送出版協会
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おすすめ度の平均: 5.0
5 映画がさらによくわかる
5 期待以上のおもしろさ

 

 最近、クリント・イーストウッド監督の映画は見逃さないようにしている。
新作の「インビクタス」も、友人のブログ「人生道場ー独人房」で取り上げていたこともあって、さっそく見に出かけた。
実話の映画化にしてはドラマチックな展開で、引き込まれる作品だった。「これだけのストーリーなら原作本があるはず」と図書館の検索ページで探し、すぐに借りることができた。

 映画は、南アフリカのアパルトヘイト政策に反対する運動を続けてきたネルソン・マンデラが初代黒人大統領に就任した1994年から1年間に焦点を当てている。
 一方、原作はマンデラがまだ投獄されていた1985年から南アフリカのラグビー・ナショナルチーム「スプリングボクス」が自国で開催されたワールドカップで奇跡的な優勝をとげるまでの10年間を、詳細なインタビューを重ねて描いている。

 終身刑に服して23年がたったとき、マンデラは当時の司法長官、コビー・クッツエーヲ味方にすることを決意、看守のクリント・ブラントとも親しく付き合う。独房の責任者ファン・シッテルト少佐もにこやかな笑顔で接し、ついに公邸で大臣との面会にこぎつけ、持ち前の笑顔とユーモア精神を駆使して自由への一里塚を築いていく。

 マンデラが大統領になった時は、内戦が起こってもおかしくない政情不安が続いていた。対立が続く旧勢力の白人「アフリカーナ」と国民の大多数を占める黒人との対立をなんとか避けるため、公式行事ではこれまでの国歌「ディ・ステム」と、黒人国民の非公式国歌だった「ンコシ・シケレリ」を同時に演奏することや、白人中心のラグビー・ナショナルチームの存続を必死の説得で認めさせる。

  マンデラはある時、こう語っている。
 スポーツには、世界を変える力があります。人びとを鼓舞し、団結させる力があります。・・・人種の壁を取り除くことにかけては、政府もかないません。


 そして「スプリンボクス」のキャプテン、フランソワ・ピナールを公邸でのお茶に招いて信頼関係を築き、前回のワールドカップチャンピオン、オーストラリア戦を前に練習中のチームをヘリコプターで激励に行く。
 この戦いは君たちが祖国に貢献し、国民をひとつにするまたとない機会です。


 フランス戦は豪雨に見舞われた。その日の試合が行われなければ、規定によりフランスが勝者になる。前の試合でラフプレーをし、一時退場処分を受けた選手がいたのだ。
 軍の兵士が必死で整備にとりかかると、軍のヘリコプターも応援にかけつけ上空からグラウンドに風を送った。が、その日の窮状を救ったのは、モップとバケツを手にした大勢の黒人女性だった。


 最終のニュージーランド・オールブラックス戦の開始直前、南アフリカ航空(SAA)のボーイング747機がスタジアム最上席のわずか60メートル上空に飛んできた。機体には「Go Bokke(がんばれ ボクス)」と書かれていた。市当局、民間航空局などが綿密な事前協議をし、規則の適用を一時的に停止させた結果だった。
 観客の衝撃は歓喜に変わった。


 マンデラがチームのユニホームを着て、グラウンドに立った。白人のアメリカーナが叫んでいた。「ネルソン!ネルソン!」

 この国がひとつになった一瞬だった。

 チーム全員が、相手チームの巨漢、ジョナ・ロムにタックルで襲いかかって倒した。しかし、こちらもトライができない。延長戦、ドロップキップでやっと勝てた。

 キャプテンがカップをつかむと、マンデラは自分の手をピナールの右肩に置いた。・・・「フランソワ、君がこの国にしてくれたことに、心からお礼を言います」
 ピナールはマンデラの目を見て答えた。「いえ、大統領。あなたに、あなたがこの国にしてくださったことに、心から感謝します」


   今月のはじめ「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」という芝居を見た。新劇を見るのは、何年ぶりだったろうか。

 ある雑誌の新聞広告のなかで、主演の仲代達也が「運命の出会いをした作品に挑み、過酷な人生を生き抜く覚悟です」と書いていたのに引かれた。

 ネットに載っていた仲代の言葉を見て、さらに興味がわいた。
 舌を巻いた!あまりの面白さに!
 最初の一行を目にした。気がつくと最後の一行にいた。
 短い時間の間に、とてつもない高みにいた。
 目眩がした。体が熱かった。
 本を読んで、そう感じることなど、そうあることではない。


 図書館で探してもらったが、イプセン全集にもこの脚本は収録されていなかった。結局、演劇プロジューサー兼脚本家の笹部博司が書いた表記の本をAmazonで買った。
解説も入れて、たった160ページの薄い文庫本で、価格は400円+税。森鴎外の翻訳を参照して書かれた今回の公演の上演台本だった。

 あっという間に読めたが、その内容は?と聞かれるとウーン・・・。
巻末に載っている仲代の言葉が分かりやすい。
 裸一貫でたたき上げ、我儘に一生自分の夢を追い続けた男の物語である。
 そのことが自分自身も、周りのすべての人間をもどんどん不幸にしていく。
 でも人生を途中でやめるわけにはいかない。
追い込まれれば、追い込まれるほど、その男は、強く激しく夢を見る。
この男のように夢を見ながら死んでいければと思った。

   3月7日(日)、兵庫県立芸術文化センター・中ホールの公演を見に行った。最後列の席だったから、コンサートやオペラを見に行く時の大型双眼鏡は欠かせない。

「夢を生きる男」ジョン・ガブルエル・ボルクマンは、もちろん仲代。ガブリエルの妻で「憎しみに生きる女」グンヒルが大空真弓、グンヒルの双子の妹で、ガブリエルを愛しながら裏切られた「愛を売られた女」エルラは十朱幸代、台本には書記となっている「誰でもない男」フォルダルは米倉斉加年

 たった4人の登場人物の真摯なからみあいが小さな舞台を大きく見せる。美術(伊藤雅子)も、作品のイメージに合ってなかなかよい。

 劇場を出て、舞台を思い出しながら宙を浮くように歩く。芝居見物の醍醐味だろう。