2009年6月28日

読書日記「河は眠らない」(開高健著、写真・青柳陽一、文藝春秋刊)

河は眠らない
河は眠らない
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開高 健 青柳 陽一
文藝春秋
売り上げランキング: 142501
おすすめ度の平均: 5.0
5 開口節との出会い


 開高健没後20年目で出された、たぶん最後の著作、というより写真集。

 写真を撮った青柳陽一氏が、開高健に何度も頼み込んで完成したDVDビデオ「河は眠らない」に収録された言葉を忠実に書き起こしている。写真は、ビデオの監督をした青柳氏がビデオ撮影と同時に撮って保存していたものを、初めて公開したという。

この本には、開高健の生きざまが脈々と生きている。

 三〇代はずっとベトナム戦争、それからビアフラの戦争、中近東の紛争、いろんなのを追っかけてまわっていたんだけれども、くたびれてしまった。
 ・・・戦争の現場のことを書くとボキャブラリーが決まってしまう。・・・
 で、もうすっかりいやになっちゃって、勝手にしゃがれって気になったんですね。それで釣師になったわけです。


 よく物書きでご馳走に出くわして「言う言葉がない」とか「筆舌に尽くし難い」とか「声を呑んだ」とあ、「言葉を忘れた」とか、こういうことを書いている人がいるんだけれど、これは敗北だなあ。物書きならば何がなんでも捏ね上げて表現しなければならないと思う。


 そして、愛してやまなかったアルコールへの称賛の言葉。

 ・・・旨口という言葉が、灘の酒どころで流布されている。旨口っていうのは飲んで飲み飽きない酒ということ。
 だから、旨口の酒、旨口の女、旨口の芸術、旨口の音楽を求めなさい。
 そのためには、のべつ無限に二日酔い、失敗、デタラメを重ねないと、何が旨口であるかわからない。


 若いウイスキーは足腰はしっかりしているけれども、青臭くてツンツンしている。
 年取ったウイスキーは香りは高いけれども、腰抜けでダメである。・・・
 シングルモルトっていうのは、もう何も混ぜないで生一本、それだけで行こうという、つまり音楽でいえばソロとオーケストラの違いね。・・・
 ところがアイラ島というスコットランドの島にそのモルトがあって、これはブレンドしていないシングルモルト。二百年前のまま。これを今から飲む。
 ウーム美味い。ああ、ふふふ。最高。


 そして自然に対して、ふつふつと湧き出る愛惜、寂寥感。

 風倒木が倒れっぱなしになっていると、そこに苔が生える、微生物が繁殖する、・・・
 だから、あの風倒木のことを、森を看護している・・・「ナース・ログ」というんだけれども、自然に無駄なものは何もないという一つの例なんです。


 切実悲壮。
 人間の目から見ると生涯でたった一回の結婚と死のためにね。結婚の直後の死ですからね。サケにくるのは。


 文藝春秋社が出しているこの本のWEBページに「立ち読み」コーナーがある。

 それを見ていて印象的なのは、開高健がとてもいい顔をしているということだ。こんな顔をして死んでいけるなんて、なんて幸せなことだと思う。

 もうひとつ、ズシリと来るのは、冒頭にある「川のなかの一本の杭と化した」樹木の写真。次のページには、川中の杭と化した開高健の孤独な立ち姿がある。写真家があえて意図した2ショットだろう。
開高健のとてもいい顔川のなかの一本の杭と化した」樹木:クリックすると大きな写真になります川中の杭と化した開高健:クリックすると大きな写真になります


 リリースしたキングサーモンはいつか骨となって朽ちる。釣り人はもういない。読み人もやがて死ぬ。しかし「河は眠らない」・・・。

開高健~河は眠らない~ [DVD]
ジェネオン エンタテインメント (2007-03-21)
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おすすめ度の平均: 5.0
5 DVDで再会できた稀代の釣り名人・開高健さん
5 ひとことひとことが・・・
5 人間が本来の姿を取り戻す為
5 珠玉の1本
5 重すぎる。でも、これで終わりにしてほしくない。

2009年6月20日

読書日記「グローバル定常型社会 地球社会の理論のために」(広井良典著、岩波書店・2009年刊)

グローバル定常型社会―地球社会の理論のために
広井 良典
岩波書店
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おすすめ度の平均: 4.0
4 新しい視点の経済学史として、経済学の可能性として


 なんとも難解極まる著作に手を出してしまったものだ。しかし、今回のグローバル経済危機に対するアンティテーゼを示そうとする著者のこん身のエネルギーと荒削りだが雄大な構想に引き込まれる。

 著者は、旧厚生省勤務を経て千葉大学の教授に転じた人。2001年に「定常型社会 新しい『豊かさ』の構想」(岩波新書)という著書で、経済成長を目標にしなく(ゼロ成長下)ても、十分な豊かさが実現されていく「定常型社会」という構想を明らかにしている。
物質、エネルギーの消費が一定となり、経済の量的拡大を目的とせず、自然、コミュニティ、伝統など変化しないものにも価値を置く社会像だ。


さらに2006年には「持続可能な福祉社会――『もうひとつの日本』の構想」(ちくま新書)を出し、ゼロ成長下での公共政策の重要さを強調した。
 「持続可能な福祉社会」とは、個人の生活保障や分配の公平が、環境・資源の制約と両立しながら長期に存続できる社会。経済成長を絶対的な目標しない点で「定常型社会」の社会像とそのまま重なる。


 今回の著書「グローバル定常型社会」では、これらの考えを、さらにグローバルな視点にまで広げた構想を示そうとしている。
その基点にあるのは「二一世紀後半に向けて世界は、高齢化が高度に進み、人口や資源消費も均衡化するような、ある定常点に向かいつつあるし、またそうならなければ持続可能ではない」という認識である。


 著者は、個人、コミュニティ、自然の相互関係がバランスをとることによって定常化(ゼロ成長)社会でも生活満足度は損なわれないと見る。
「自然[環境]――コミュニティ(福祉)――経済」が一体となった自立的システムをつくるのが目的。・・・かっての「鎮守の森」が果たしてきたような自然とスピリチュアリティが一体となっているコミュニティ空間を再生していこうとする試みだ・・・

地域コミュニティづくりの拠点として、学校や福祉・医療関連施設、公園・農園、商店街、神社・お寺が重要といえる。これらの場所をケアや世代間交流、環境保全などの拠点として活用しつつ・・・団地などの世代ミックスを高めていくことが「持続可能な福祉国家」と呼ぶべき都市の実現につながる。


 そして、このような社会をグローバル・レベルにまで高めるために"地球レベルの再分配"政策を実現すべきだと提案する。
投機的な国際金融取引を抑える「トービン税」、フランスなどで一部実施されている「国際連帯税」、途上国への医療品援助などにあてるためのフランスの航空券税や国際炭素税などが考えられる・・・


 いやー、定年退職者の軟弱な頭ではとても消化し切れない。

 しかし、インターネットで見つけた千葉大学の機関紙に掲載された著者の「序論」や「自治体チャンネル」という雑誌での著者との対談が、軟弱頭の理解を少し助けてくれる。

「私利の追求」を有効なインセンティブとして拡大・発展した市場経済の領域が、今むしろ飽和しつつある。これに代わって・・・組織的にはNPOや社会起業家といった形態が浮上している。「市場経済を超える領域」の展開において、営利と非営利、貨幣経済と非貨幣経済が交差するのだ。(千葉大学 公共経済 第2巻第3号より)


経済の成熟・定常化という変化のなかでもっとも大きな変容をとげるのが「労働」のあり方。・・・「生存のための労働」から「賃労働としての労働」に変わり、最後の次元は「自己実現のための労働」である・・・(同)


 今月12日に放映されたフジテレビ「BSプライムニュース」で、田坂広志・多摩大学大学院教授が「これからは、働く喜びを感じるボランタリー経済(善意の経済)とこれまでの貨幣経済が融合するハイブリッド化が始まると、同じような予想をしていた。
 しかし、ゼロ成長といえども肥大化した貨幣経済のなかでボランタリー経済がどれだけの比重を占めていけるのかに疑問が残るが。

 広井教授は「自治体チャンネル 平成20年2月号」の対談でさらにこう解説している。

人々の消費構造は、時間そのものを過ごすことに充足を感じる「時間消費」の段階にあります。時間消費は、余暇やレクリエーション、福祉・ケア、生涯学習・自己実現に対するニーズで、コミュニティや自然などローカルで展開されます。


今後、世界が進むべき方向は2つです。1つは、ローカル・ナショナル・グローバルそれぞれのレベルで「共」「公」「私」のバランスを保つこと、もう1つは、ローカルを起点にナショナル、グローバルへと積み上げていくことです。「地域社会(地域福祉)から地球社会(地球福祉)へ」という方向が、時代の潮流になります。


  ただ、現在の政府、経済界や一般消費者が、一層の経済成長、それによってもたらされる豊かさの追求を簡単に捨て切れるとは思えない。

 ゼロ成長下での豊かさを満喫するというイメージをどう描き、日本の社会にソフトランディングさせていくのか。もっと具体的な提案と模索が必要なのだろう。

 この視点から、評判になった中谷巌・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長 の著書「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社インターナショナル刊)のなかにあった記述が気になった。
 中谷先生は現役記者時代に非常にお世話になった方だが、グローバル資本主義の本質的欠陥として
  1. 世界金融経済の不安的要素となる。
  2. 格差拡大を生む
  3. 地球環境汚染を加速させる
の3点を挙げておられる。
さらに、私もこのブログで書いたが、ブータンの「国民総幸福量」にも言及しておられる。広井教授が提唱している新しい豊かさという考えと相似点があるのではないだろうか。

その他、参考になった本など

  • 「共生の大地 新しい経済がはじまる」(内橋克人著、岩波新書)
    1995年の刊行だが、すでにコミュニティーの新しい協働へのうごめきを、きっちり視点を定めて記述しておられるのはさすがである。

  • 「『豊かな社会』の貧しさ」(宇沢弘文著、岩波書店)
    本棚にあったこの本は1989年刊と、もっと古い。「経済の繁栄は人間的貧困をもたらした」と序章にある。
    現在は東大名誉教授である著者は、雑誌「現代思想」の今年5月号で「社会保障の充実が、多くの人の不安を取り除き、単なる経済効果以上の効果を発揮しうる」と書いておられるらしい。これも、表題の著者と同じ視点なのだろう。

  • 「社会起業家 -社会的責任ビジネスの新しい潮流」(斎藤 槙著、岩波新書)
    「自己実現のために、環境などの課題に使命感をもつ」ソーシャル・ビジネスの概要がよく分かる。社会起業家と呼ばれる人たちには、このブログ(2008/01/23)でも書いた。
    世界の善意の資金を集めて社会貢献事業をする「ルーム・ドウ・リード」のジョン・ウッドなどと、利益を生む携帯電話ビジネスをしながら貧困を救おうとしているグラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁など、2つの潮流があるのでは、というのは間違った認識だろうか。
    斎藤 槙さんは最近、新著「世界をよくする簡単な100の方法」(講談社刊)を出した。気になる本である。図書館に借り入れ申し込みをしたら、近く手元に届くらしい。

     NHK「クロズアップ現代」
     6月16日放映のこの番組で「人にやさしい企業」をテーマに、不況でも解雇を絶対しない企業や研究開発費を削らない岡山の林原などを取り上げていた。

     現役記者時代の最後のほうは「人に優しい企業」とか「美しい企業」といった本ばかりを読んでいた。「カット・スロート・コンペティション」の時代から潮目が変わってきた,と思いたい。

    定常型社会―新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書)
    広井 良典
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    おすすめ度の平均: 4.5
    4 スロー・ライフでいきましょう・・・
    4 興味深い
    4 優れた知見の創出
    5 成長=絶対的価値ではなくなった
    5 新たな発想に基づく提案

    資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言
    中谷 巌
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    3 「提言」というには聊か主観的
    3 アメリカかぶれの私が悪うございました、ということだけなのか?
    4 中谷先生の本だからこそ、これだけレビューが辛口なのかな
    1 変わり身の早さが資本主義的
    1 中身なし

    共生の大地―新しい経済がはじまる (岩波新書)
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    5 心ある経済学者の視座に感銘
    5 地方・農業・老人こそ、国の宝!

    「豊かな社会」の貧しさ
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    4 利益循環
    4 内容に古さは感じない
    4 貴方は、今の世界に満足していますか?
    3 ちょっと古い
    4 日本の事例もフォローしている。構成もよい。入門書として最適。

    世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック
    斎藤 槙
    講談社
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    おすすめ度の平均: 4.0
    4 社会起業家には、なれないけど

2009年6月11日

読書日記「時が滲む朝」(楊逸著、文藝春秋刊)

時が滲む朝
時が滲む朝
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楊 逸
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 3.0
3 中国人が書いた日本語小説というジャンル
3 こなれてないのが味わいに
2 芥川賞とブンガクの劣化、ここに極まる
2 申し訳ないが、率直な感想
4 けりがつけれないけど、時が流れる


 ちょっと、ブログを書く時間が空いてしまった。風邪気味が続いた(新型ではありません)こともあるが、何冊か読んだ本はどうしてもブログに書く気にならず、他の本を探したくても情報源の芦屋市立図書館が新型インフルエンザ対応や所蔵図書の整理とかで休館続き。

 しかたがなく、居間のワゴンに1年近く積読してあったこの本に手が伸びた。しかも読んだのは、表題の単行本ではなく「芥川賞受賞全文掲載」と銘打った文藝春秋2008年9月特別号(790円)。JR芦屋駅近くの書店に在庫として残っていたのを「安いからマーいいっか」と買っておいたものだ。

 読み終えたのは、たまたま天安門事件20周年の前日だった。著者楊逸(ヤン イー)さんインタビューに答えて「あの事件(天安門事件)のことを書きたいと思いました」と答えている。中国の民主化運動というテーマに取り組んだ重―い本と思ったが、中国の若者の生きざまと苦悩を描いた青春小説だったのは意外だった。

 1980年代に中国西北部の農村に育った主人公は、親友と一緒にあこがれの大学で入学。日干し煉瓦で造られた家でなく「階段のある家に住みたい」という憧れは、大学の宿舎に入って実現する。しかし部屋は4組の2段ベッドだけでいっぱい。学生たちは、夜明けとともに公園のベンチで勉強、友人が持ち込んだテープから流れるテレサ・テンの「甘く切ない」"ミー・ミー・ジー・イン(中国語でみだらな音楽の意)"に感動し「口のなかに大量分泌された唾を思い切り飲み込んだ」りする。

 なにか明治か大正時代の小説を読むような、ういういしい青春風景である。

 有志で作った文学サロンで、北京の学生の間で始まった民主化運動を知る。

 
「民主化って何ですか?」
 「つまり、中国もアメリカのような国にするってことだよ」
 「アメリカみたいな国?どうして?」
 「今、官僚の汚職が多いからでしょ・・・」


 市政府前広場での連日の「集会、デモ行進、時には座り込み、ハンスト・・・」
 
「これからは、政府にどんな要求をするのですか」

 「もちろん民主化するように」

 「どうすれば、そうなれるんですか?」

 「欧米国家みたいに与党があって、野党があること。互いに監視しあい牽制するからこそなれるんだ、一党支配のままじゃ独裁国家だ」

 ・・・

 「へえ」皆初耳だったが、納得した気になった学生たちの目からは、気だるさがすっかり消え、希望が満ちてきた。


 しかし、天安門事件が起こる。主人公はやるせない思いで酒を飲みに出かけた食堂で労働者とけんかをし、大学を退学になる。

 残留孤児の娘と結婚して来日するが、北京五輪に反対運動をしても周りに受け入れられず、苦い挫折が続く。

 日本語を母語としない作家が芥川賞をとったのは、初めてだという。前作の「ワンちゃん」よりは、かなりいい日本語になったらしいが、文中にはちょっと気になる記述がみられる。

 夜空に雲をくぐりながら、楽しそうな表情の三日月に見つめられているとも知らずに。ひたすら前に進むと、風と水とが奏でる音が聞こえてきた。

 大きな澄み切った目は、山奥の岩石の窪みに湧いた泉のようで、黒い眸は泉に落ちた黒い大粒のぶどうの如くに、しっとりとして滑らかである。


 「白髪千丈」の国の人が日本語を書くとこういう表現になるのかと、いささかあ然としてしまう。

 月刊・文藝春秋2008年9月特別号には、選考委員による「時が滲む朝」の「芥川賞選評」が載っている。
 石原慎太郎は「単なる通俗小説の域を出ない」と酷評し、村上龍は「日本語の稚拙さは・・・前作とほとんど変わりがない」と受賞に反対している。宮本輝も「表現言語への感覚というものが、個人的なものなのか民族的なものなのかについて考えさせられた」と書く。
 一方で夏澤夏樹は「中国語と日本語の境界を作者が越えたところから生まれたものだ」と評価している。

 著者は、芥川賞受賞記者会見(動画)で「好きな日本語は」と聞かれ「土踏まず」と答えている。足の裏のあのくぼんだところだ。

 おもしろい感覚と思う。これまでの日本語表現を越えたジャンルを切り開いていくのかもしれない。

 ▽余録・村上龍が語る「時が滲む朝」受賞裏話VTR(右下の楊逸さんの写真をクリック)

2009年5月22日

読書日記「日本語が亡びるとき」(水村美苗著、筑摩書房著)

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗
筑摩書房
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おすすめ度の平均: 4.0
1 個人的には不毛な内容
1 レベルの低い"日本語擁護"アジテーション
5 辺境の地、極東の文化の強さを理解していないかも
4 偏屈者は、村上春樹を思う
5 ともに読み、ともに語りましょう


 私も愛読している梅田望夫ブログで「すべての日本人が読むべき本」と激賞されて話題になった本。ほとんどの新聞各紙も書評で取り上げていた。

 買ったものの、すんなり読める文章ではなく、長い間、居間のワゴンに積読されたままになっていた。そこへ今回の新型インフルエンザ騒ぎで、芦屋の図書館は臨時休館、神戸の中国語教室も休みになり・・・。ひまを持て余して再び手がのびた。

 浅学菲才の身、著者のことは知らなかったが、長く米国で過ごしプリンストン大学などで日本近代文学を教える一方で、夏目漱石の絶筆を書き継ぐ旧仮名遣いの小説「續明暗」で芸術選奨文部大臣新人賞を受けた人という。

 そういう経歴から生まれた本であることが分かると、表題から内容もなんとなく想像できそうだが、なかなか・・・。とびっきり過激な警告・告発書である。

 最初はちょっと分かりにくかったが、著者は書き言葉を、ひとつの国・地域で使われる「現地語」、それが翻訳という作業を通じて国民国家の言葉となった「国語」、そして二重言語者が使う「普遍語」の3つに分けている。「普遍語」は、聖書のラテン語、ギリシャ哲学の古典ギリシャ語、論語などの漢語といった聖典の言葉として普及したという。

 そして「現地語」である日本語が「国語」になり、それを使った日本近代文学が誕生する経緯にふれている。

 福沢諭吉、西周・・・数えきれない二重言語者による翻訳を通じて、日本の言葉は、世界と同時性をもって、世界と同じことを考えられる言葉・・・すなわち<国語>へと変身していった。
 <国語>へと変身していったことによって、日本近代文学―――とりわけ、小説を書ける言葉へと転身していったのである。
 <国民国家>が成立するときには、まるで魔法のように、その歴史的な過程を一身に象徴する国民作家が現れる。
 日本では、漱石がそうである。


 そして、百科事典「ブリタニカ」の「日本文学」という項目を引用している。
 
 その質と量において、日本文学は世界のもっとも主要な文学の一つである。その発展のしかたこそ大いに違ったが、歴史の長さ、豊かさ、量の多さにおいて、英文学に匹敵する。現存する作品は、七世紀から現在に至る文学の伝統によって成り立ち、この間、文学作品が書かれなかった「暗黒の時代」は一度もない。・・・

 執筆者は、ドナルド・キーンである。

 筆者は、こう述べる。
 
 たしかなのは―――、たとえ世界の人には知られていなかったとしても、世界の文学をたくさん読んできた私たち日本人が、日本文学には、世界の傑作に劣らぬ傑作がいくつもあることを知っているということである。
 そのような日本近代文学が存在しえたこと自体、奇跡だといえる。


 しかし現在、言葉の世界で有史以来の異変が2つ起こっており、日本語、日本近代文学も危機にさらされている、という。

 一つは、世界中で使われている言語が。すごい勢いで消滅しようとしていることである。
 ユネスコの言語調査によると、世界で話されている約6700の言語の半分が、今世紀末までに消滅するという。

 
 二つ目の異変は、今まで存在しなかった、すべての言葉のさらに上にある、世界全域で流通する言葉が生まれたということである。
 それが今<普遍語>となりつつある英語にほかならない。
 近年、伝達手段の発達によって地球はいよいよ小さくなり、それにつれて英語という今回の<普遍語>は、その小さくなった地球全体を覆う大規模なものになりつつあった。そこへ、ほかならぬ、インターネットという技術が最後の仕上げをするように追いうちをかけたのである。


 「英語の世紀に入った」と、筆者は断言する。
 
 日本の学者たちが、今、英語でそのまま書くようになりつつある。自然科学はいうまでもなく、人文科学も、意味ある研究をしている研究者ほど、少しずつそうなりつつある。
 日本の大学院、それも優秀な学生を集める大学院ほど、英語で学問しようという風に動いている。特殊な分野をのぞいては、日本語は<学問の言葉>にはあらざるものに転じつつあるのである。


 そして、もし漱石が今生まれたとして、大人になった4半世紀後、日本語で文学は書かないだろうと仮想する。
 
 優れた文学が近代文学で生まれるのを可能にした歴史的条件―――それが、今、目に見えて崩れつつある。学問にたずさわる二重言語者が、<普遍語>で書き、<読まれるべき言語>の連鎖に入る可能性がでてしまったからである。


 そして筆者は、日本語教育をたて直し、英語教育は「国民の一部がバイリンガルになるのを目指す」内容に限定すべきだと提案する。

 しかし、これは、今の日本社会を覆う風潮から見ると、あまりに非現実的かもしれない。

 やがて「日本語は亡びる」しかない・・・。読み終わって、そんな確信と失望感にうちひしがれる。

2009年5月 9日

読書日記「土に書いた言葉 吉野せいアンソロジー」(山下多恵子編・解説、未知谷刊)

土に書いた言葉―吉野せいアンソロジー
吉野 せい
未知谷
売り上げランキング: 225283
なんというエネルギッシュさ、力強さだろう。言葉のひとつ、ひとつがドスン、ドスンとぶつかってくる。
 けっして、流麗な文章ではない。粘土質のねばっこい土を力いっぱい投げつけ、投げつけ・・・。やっと作り上げられた塑像を見るような、あらくれた裸の言葉の持つすごみ。

 この本は、自らを「百姓バッパ」と称した開拓農民・吉野セイの作品を集めたアンソロジー(選集)である。

 福島県いわき市に生まれた吉野セイは、夫で詩人の三野混沌(本名・吉野義也)と結婚して開墾生活に入る。開墾地周辺の自然描写に引き込まれる。

 長年の夢だった故郷の水石山に登り、阿武隈山脈を眺める。
 遠目には濃藍一色にしか見えなかったそれが、実に複雑な起伏、色、線、幾重もの厚み、直、曲、斜線のからみあいもたれあい、光と影の荘厳な交錯、沈黙の姿に見えていて地底からの深い咆哮・・・。(水石山)


 
待ちわびた初秋の雨が一昼夜とっぷりと降りつづいて、やんだなと思うまもなく、吹き起こった豪快な西風が、だみだみと水を含んだ重い密雲を荒々しく引っ掻き廻した。八方破れのおおまかな乱断ち。忽ち奇矯なかげを包んだ積乱雲の大入道に変貌しはじめたと見る間に、素早く真白い可愛い乱雲の群小に崩れて寄り添い、千切れてうすれ、まっさおな水空の間あいを拡げながら、東へ東へと押し流されて、桃色がかったねずみ色の層雲が、まるでよどんだようにでんとおさまった。(いもどろぼう)


 少女時代は小説家になるのが夢だった、詩作にのめりこみ、農地解放運動没頭する夫・混沌を憎み、愛しながら地に這いつくばって開墾を続ける。
 夫の友人だった草野心平に勧められて執筆活動を始めるのは、夫が死んだ直後の73歳の時だった。

心平は鋭い眼でセイを射すくめて言う。
 「あんたは書かねばならない・・・」
 「いいか、私たちは間もなく死ぬ。私もあんたもあと一年、二年、間もなく死ぬ。だからこそ仕事をしなければならないんだ。生きてるうちにしなければーーー。わかるか」(信といえるなら)


 その一年後に、息子を題材にした作品「洟をたらした神」を発表。それが大宅壮一ノンフィクション賞、田村俊子賞を受ける。

 息子のノボルはある日、ヨーヨーを買いたいと2銭を母にせがみ、断られる。しかしその夜、ノボルは見事にヨーヨーをつくりあげる。
 古い傷口」が癒着して上下の樹皮がぼってりと、内部の木質を包んでまるくもり上がった得難い小松の中枝がその材料であった。枝の上下を引き切り、都合よく癒着の線がくびれている中央にぐるり深くみぞを彫り込み、からんだ糸は凧糸を切って例のあぶらぼろで磨いて・・・。どうやらびゅんびゅんと、光の中で球は上下をしはじめた。それは軽妙な奇術まがいの遊びというより、厳粛な精魂の怖ろしいおどりであった。


 老いについて、セイはこう書く。
まといついていた使い古しの油かすのような労苦、貧困、焦燥、憎怨、その汚れた生活の一枚ずつを積み重ねて、紅蓮にやきただらした火の苦悩は、打ち萎えた私の体力に比例して尻込みしながらじりじりと遠ざかってゆくようだ。私は指先のあたたまるようにほのぼのと嬉しい。両肩が軽い。(老いて)


 1977年(昭和52年)永眠。享年78歳。

2009年5月 5日

読書日記「あなたと共に逝きましょう」(村田喜代子著、朝日新聞出版刊)



あなたと共に逝きましょう
村田 喜代子
朝日新聞出版
売り上げランキング: 17371
おすすめ度の平均: 4.5
5 一心同体の軌跡
4 たしかに傑作だが好き嫌いは分かれるだろう
5  間違いなくこの小説は、これからの高齢化社会を考える上での必読書となるだろう

福岡県在住の芥川賞作家である著者が、著者夫婦に実際に起こったことを下敷きに5年をかけて完成させたという。60歳代前半の夫婦に突然襲いかかった死の恐怖。それに立ち向かう姿が、ある種のユーモアを含みながら切々、淡々と綴られていく。

 
巷には戦後生まれの新老人が歩いている。ジーンズのパンツに、ナイキのスキーカーを履いた男や、カーリーヘアの女の、新しい、歳取ることに不器用な老人たちが歩いている。


64歳の夫は機械の設備設計事務所を経営し、62歳の「私」は大学の教員。久しぶりに夫婦で東北へ温泉旅行に出かけても、口げんかが絶えない。「歳取ることに不器用な」夫婦である。

夫の声がある日突然出なくなり、検査で大動脈瘤が発見される。いつ破裂してもおかしくない。20人に1人が命を落とす手術をしないと死ぬしかない。そんな恐怖に直面した2人は、寄り添うように生きようともがく。

義雄の使うお湯の音が響いてくる。とりあえずその音のする間は、彼の命がつながっている証拠だ。
「いいですか奥さん。ご主人は破裂物ですよ」・・・医師は念を押した。
お湯の音がやんだ。
私の耳は青ざめた。
浴室まで縛られたように歩いていって・・・湯気が漏れてきて、その向こうに彼の背中が見えた。
久しぶりに自分の夫の裸の後ろ姿を眺めていると、懐かしいものを見ているような気持になる。
手を伸ばしてその背中に触れてみたくなる。


結婚以来10数年食事を作り続け、夫の肉体は自分が作ったのだと思う。

手術を恐れる夫は、民間食事療法に頼る。玄米に替え「食事は絶対100回噛め」という勧めを忠実に守り、妻に付き添われて信州にある岩盤浴の温泉に出かける。妻は「よく効く」と言われて鯉こくを煮る。
他人から見ると滑稽にも見える必死の試み。しかし、もちろん大動脈瘤は縮まらない。

手術は成功した。しかし、妻の心に思いもよらない心情が湧きおこる。

生きてますけど、負けたのよ。私たち。

これで義雄の自然は刈り倒された。もう元の義雄の手つかずの体はない。・・・わけのわからない怒りが後から後から突き上げてくる。

心配する友人にこうメールする。
医学のおかげで命を助けられたわけですが、私は自分の亭主のその秘部に人の手が入った事実に打ちのめされているのです。


夫が治って置いてけぼりになったような気持になった妻は「私は死にます」と叫ぶ・・・。周りの人は、うつ病ではと心配する。

ストーリーの合い間に、妻がおかしな夢を見るシーンが何度も挿入されている。女郎になった「私」が、男に何度も身請けを迫られる・・・。
無意識下の[生」へのあがきだったのだろうか。

「共に逝きましょう」は、「共に生きましょう」という思いへのかけ言葉だと分かる。

  それにしても、夫婦の身体的一体感を、ここまで書きつくすことができるとは。

2009年4月28日

読書日記「少年譜」(伊集院静著、文藝春秋刊)


少年譜
少年譜
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伊集院 静
文藝春秋
売り上げランキング: 54444
おすすめ度の平均: 5.0
5 やっと読むことができた「トンネル」

 文芸評論家の北上次郎が、読売新聞の書評やNHK・衛星放送の番組「週刊ブックレビュー」で、この本を激賞していた。
 その番組を見て、芦屋市立図書館公民館分室にあるのをホームページで確認、午後になって借りに行ったら、すでに貸し出しずみ。油断大敵でした。それでもなぜか翌日、借りることができた。

 北上次郎によると、著者・伊集院静は「少年小説の名手」だという。そういうジャンルが本当にあるかどうかは知らない。だが〝少年〟をテーマにしたこの短編集は、静ひつでいて、凛とした情緒にあふれている。そのうえ、なにか洗練されたセンスの良さも感じさせてくれる文章である。

 ・「少年譜 笛の音」

 捨て子を養子にした老夫婦に育てられ、寺で修行していた少年・申彦はふとした縁で植物生態学の権威である博士の養子にと請われる。少年は養父母と一緒に生きたいと願うが、少年の将来を願う養父母や寺の和尚にさとされて東京に行き、苦労を重ねながら植物学者として大成する。
 申彦博士は、久しぶりにふる里を訪ねて養父母の墓に参り、義父が作ってくれた横笛を吹いた。
 陽が傾きはじめたのに気づき、博士は立ち上がると、もう一度ゆっくりと墓石を見つめ、かすかに微笑み、山道を下りていった
 やわらかな山の風が博士の背中にやさしく吹きよせていた


 ・「古備前」
  鮨屋として独立したイサムのもとに見習いで入った少年・悠(ユウ)は、イサムが独立した時に人間国宝の陶芸家から送られた古備前の器を誤って壊してしまう。
イサムはカウンターに入ると、悠の肩をそっと叩いた。・・・
『ユウ、欠けらを拾おうか』
イサムはそう言って悠としゃがみ込んだ
悠の肩が震えていた
『職人は人前で泣くもんじゃない』
悠の涙は止まらなかった

 イサムは、小学校時代に学校の大切な壺を壊してしまうが、校長先生がやさしく許してくれたことを思い出していた。

 各篇に共通している座標軸は、一心不乱に人生に挑戦する少年と、その少年を自らの幼少体験を大切にしながら見守る大人との交流ということだろうか。
 直木賞作家である著者は、朝日新聞書評欄のインタビューでこう話している。
 子供は国の宝。血がつながっていなくても大人みんなの宝という発想が必要
 自我が確立する少年期で最も学ぶべきは、他人の痛みを共有できるかどうか。だがその痛みがいや応なくやってくるのが人生。そのことを書きたかった


 この本の題字、著者名、各編のタイトルは、のびやかな書体で書かれている。それが、文章のリズムと不思議にマッチし、心をなごませる。
 女流書道家・華雪の作品である。

 ・余談・本屋大賞のこと。

 今年の本屋大賞で2位となった「のぼうの城」(和田竜著、小学館)をやっと図書館から借りることができた。
 なぜかえらく評判が高くて購読希望者が殺到、借りられるまで半年以上待たされたが、読後感は「おもしろくないとは言わないけれど、ウーン」という感じ。
石田三成の大軍を苦しめた北条氏配下の城をまかされた「のぼう様(でくのぼうの愛称という)」の人物設定、戦略はそれなりに楽しめるが、なにかもうひとつ盛り上がりに欠ける。

どうも最近の本屋大賞は、出版社と大手書店が共同で繰り広げる多彩な宣伝で売れた本が選ばれる傾向があるようだ。
今年の1位になった「告白」(湊かなえ著、双葉社)にいたっては、出版社と首都圏の書店員が「湊かなえプロジェクト」というチームを立ち上げ、その会議の結果で表紙、タイトルまで決めた、という。芦屋市立図書館の購読申込者を先日見てみたら、176人。借りれるまで、数年はかかりそうだ。過熱人気も、ここまでくると、いささか鼻につく。

 本屋大賞はこれまで、小川洋子の「博士の愛した数式」(新潮社)や恩田陸の「夜のピクニック」(新潮社)など、すばらしい作品を選んできた。だが、来年からはちょっと眉につばをつけて、用心しながら見ていこうという気になる。

のぼうの城
のぼうの城
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和田 竜
小学館
売り上げランキング: 866
おすすめ度の平均: 4.0
3 本屋が薦めるのって......
2 お高いラノベ
4 読者層を選ばない
3 新世代の時代小説
5 乗り出したらやめられない

告白
告白
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湊 かなえ
双葉社
売り上げランキング: 108
おすすめ度の平均: 3.5
1 嫌悪感だけが残った
1 第一章は素晴らしいが・・・・
4 現代社会へのアンチテーゼ
3 本屋大賞には。。。
3 もう一章「執筆者」を足しては?

博士の愛した数式 (新潮文庫)
小川 洋子
新潮社
売り上げランキング: 6388
おすすめ度の平均: 4.5
5 「ああ、静かだ」
5 胸にじわっとくるのもありよね。ちょっとしんみりしたい、本。
5 やさしい気持ちになりました。
2 陳腐
5 大好きな本です。

夜のピクニック (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
売り上げランキング: 6405
おすすめ度の平均: 4.0
1 苦痛!
5 後味の良い小説
5 事実は小説より奇なり
5 歩行祭というイベントが青春時代の想い出とマッチしていた
5 青春小説


2009年4月21日

読書日記「やんごとなき読者」(アラン・ベネット著、市川恵里訳、白水社刊)


やんごとなき読者
やんごとなき読者
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アラン ベネット
白水社
売り上げランキング: 65702
おすすめ度の平均: 4.5
4 臣民による女王のための読書賛歌
5 三つの愉しみ


 〝やんごとなき〟なんて、いささか古色蒼然とした言葉は、どんな原語を訳したのだろうと、訳者あとがきを見ると〝Uncommon〟とあった。「なるほど〝非日常〟ということか?」と、友人M。和英辞書を引くと〝noble〟とか〝royal〟といった訳が出てきた。

 現代イギリスを代表する劇作家である著者が描くこの小説の主人公は、女王エリザベスⅡ世。欧米でたちまちベストセラーになったこの本は、女王が80歳になって突然、読書に目覚めるというのがあらすじ。もちろんフィクションである。

 小説は、こんなシーンから始まる。
 ウインザー城での公式晩餐会。女王はフランス大統領に話しかける。『ずっとおうかがいしたと思っておりましたのよ。作家のジャン・ジュネについて』『同性愛者でしかも囚人でしたけど・・・そんなにすばらしい人でしたの?』
 禿げ頭の劇作家兼小説家について何の説明も受けていなかった大統領は、きょろきょろと文化大臣の姿を探したが・・・。長い夜になりそうだ


 ふとしたきっかけで、宮殿に来ていた移動図書館にまぎれこんだ女王は、厨房に働く少年・ノーマンを侍従に抜てき、その指導で読書にはまってしまう。

 一冊の本は別の本へとつながり、次々と扉が開かれていくのに、読みたいだけ本を読むには時間が足りない・・・

 読書の魅力とは、分けへだてをしない点にあるのではないかと女王は考えた。文学にはどこか高尚なところがある。本は読者がだれであるかも、人がそれを読むかどうかも気にしない。すべての読者は、彼女も含めて平等である。文学とはひとつの共和国なのだと女王は思った


 公務がどんどんとおろそかになる。国会議事堂の玉座で読む施政方針演説が「いかに駄文でおそろしく退屈」なことに気づいてしまう。

 女王の読書を阻止しようとする側近との攻防がユーモアたっぷりに描かれる。侍従・ノーマンは大学で勉強するようにと、体よく宮殿を追われるが、画策したニュージランド人の侍従長も女王命で高等弁務官として故郷に帰っていく。

 読んだ本についてノートに書き込む習慣が身につき「人間的に成長した女王は、みずから文章を書くようになり、ついに驚くべき決断をする・・・」(訳者あとがき)

 本を書きたいという女王に、首相はこう反論する。『エドワード8世はウインザー公になられてからご自分の本をお書きになった・・・。退位なさったから書けたのです』『あら、それを言ってなかったかしら?』と女王は言った。『でも・・・みなさんにここに集まっていただいたのはどうしてだとお思いになって?』


 もう1冊。同じ時期に、普通ならたぶん見向きもしない〝やんごとなき〟本に出会ってしまった。

 「橋をかける 子供時代の読書の思い出」(美智子著、文春文庫)。国際児童図書評議会世界大会での、皇后さま(読売新聞用字用語辞典による)の基調演説や祝辞を本にしたものである。

 2002年、スイス・バーゼル大会での祝辞には、竹内てるよのこんな詩が引用されている。

   生まれて何も知らぬ 吾が子の頬に
   母よ 絶望の涙を落とすな
   その頬は赤く小さく
   今はただ一つの巴旦杏(はたんきょう)にすぎなくとも
   いつ 人類のための戦いに
   燃えて輝かないということがあろう・・・


橋をかける―子供時代の読書の思い出
美智子
すえもりブックス
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おすすめ度の平均: 4.0
3 内容は素晴らしいが、買って読む必要なし。
5 美しい日本語


2009年4月12日

読書日記「奇跡のリンゴ 『絶対不可能』を覆した農家 木村明則の記録」(石川拓治著、NHK『プロフェッシャル仕事の流儀』制作班監修、幻冬舎刊)


奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
石川 拓治 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班
幻冬舎
売り上げランキング: 17
おすすめ度の平均: 5.0
5 あきらめない心。
5 木村さんを信じてついていったご家族もすごいです
5 1個のリンゴが未来をつくる
5 このリンゴを、ご賞味あれ!
5 魂がゆさぶられる1冊

 図書館に借り入れ申し込みをして数か月。その間も続くおおげさな新聞広告にいささかへきえきしていたが、やっと借りることができた。予想外におもしろく、一気に読んでしまった。
 現在我々が食べているリンゴは、農薬を使うことを前提に改良された品種で、農薬の助けなしには病害虫と戦うことのできない極めて弱い植物であるという。この本は、そのリンゴを無農薬で育てるという「世迷いごとに狂ってしまった」一リンゴ栽培家の30年近くの苦闘の歴史を綴っている。
 養子である木村さんが無農薬に関心を持ったのは、妻の美代子さんが農薬に敏感な体質だったのがきっかけだった。農薬散布のたびに、1週間も寝込んでしまう。
 そして1冊の本に出会う。自然農法の創始者と言われる故・福岡正信の「自然農法わら一本の革命」という本だった。
 私も貸し農園で野菜作りにこっていた頃、この本を夢中になって読んだものだ。福岡正信が提唱する自然農法は「耕さない、無肥料、無農薬、無除草」が原則。米を収穫して稲わらはそのまま畑に置いて雑草が生えるのを防ぎ、次に麦籾を稲わらの上に蒔いてしまう。麦が終われば、そのわらの上に稲籾・・・。
 そのまねをするズボラ農法?で、夏に背丈ほども伸びた雑草の間にできたスイカやニガウリをびっくりするほどたくさん収穫した。

 様々な種子の種を混ぜ込んだ粘土団子を荒野に播いて緑化するという提案を実践している大分県の医師に会ったこともある。
 話しがそれた。
 まだ20代だった木村は、収穫までの約半年に13回前後も行っていた農薬散布を一切、やめてしまう。
 リンゴの木は惨憺たる状況になる。斑点落葉病が猛威をふるい、ものすごい数の害虫が発生する。
 何年たっても、リンゴは花をつけない。一家の生活は困窮した。東京へ出稼ぎに出て、食いつないだ。リンゴの木は衰弱し、枯れかけていた。
 自殺をしようと山に登った。輝くように葉を茂らせてドングリの木を見つけた。その木の下は雑草が生え放題なのに、土は足が沈むほど柔らかだった。
 畑の土の改良にかけた。それから数年。800本あったリンゴの木の半分近くが枯れたが、その1本に7つの花が咲き、うち2つが小さな実をつけた。
 9年後、畑一面にリンゴの白い花が咲いた。
 できた小さなリンゴを弘前駅前に並べ1個60円で売った。「あんなおいしいリンゴは食べたことがない」。その時の客から手紙が届いた。
 木村さんが育てたリンゴは腐らないという。よい香りを出しながら少しづつ干からびていくらしい。
 木村さんは今、リンゴ栽培のかたわら、国内外を飛び回って、講演や農業指導を続けている。著書に「自然栽培ひとすじに」がある。

自然栽培ひとすじに
自然栽培ひとすじに
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木村 秋則
創森社
売り上げランキング: 909
おすすめ度の平均: 4.0
5 こんな農家さんがいる日本ってすごい
5 たいへん参考になりました
3 奇跡のリンゴのサブテキストに
3 偉業が伝わりにくい
5 とても、面白かったです。


2009年4月 6日

読書日記「ぼくと1ルピーの神様」(ヴィカス・スワラップ著、子安亜弥訳、ランダムハウス講談社刊)

ぼくと1ルピーの神様 (ランダムハウス講談社文庫)
ヴィカス スワラップ
ランダムハウス講談社
売り上げランキング: 960
おすすめ度の平均: 4.5
5 小説の名人芸+インドのことがよくわかる
4 ラム・ムハンマド・トーマス
5 時を忘れて読みました。

 たまには流行りのエンターテーメントもいいか、とAMAZONで衝動買いしたこの本。今年の米アカデミー賞8部門を独占したインド映画「スラムドッグ$ミリオネア」の原作本である。
 作者は、インドの外交官。このほど、文庫版の出版と今月18日の映画公開に合わせて来日、記者会見の記事が3月15日付け産経新聞に載っていたが、6年前のロンドン勤務の際、家族がいない寂しさを埋めようと初めて書いた小説という。「どんな環境の子供でもトンネルの先には明かりがある、と言いたかった」と話す47歳の働き盛り。この夏には大阪総領事として赴任するらしい。
 なじみの少ないインドの小説だが、けっこう楽しめた。
 舞台となるのは、日本でも司会者のみの・もんたが叫ぶ「ファイナルアンサー」で有名になった「クイズ・ミリオネア」。そのインド版のテレビ番組に出場したスラム育ちの少年、ラム・ムハンマド・トーマスが見事、史上最高額の10億ルピー(26億円)を獲得する。
 しかし、孤児で教養もない少年が、難問に答えられるはずがないと警察に逮捕され、厳しい拷問で自供を強要される。
 そこへ現れた謎の女性弁護士によって、少年は救われる。この弁護士は、ラム少年が酒乱の父親に乱暴されようとしたのを救いだした少女・グディアだった。
 ラム少年はなぜ、難問に全問回答できたのか。それは、これまで歩んできた人生で体験したことばかりが出題されたからだった。その人生は、貧困、幼児虐待、人身売買、組織暴力、腐敗など、インドが抱える社会問題との戦いだった。
 話しがあちこち入り込んでちょっと分かりにくいのが難点だが、1章ごとのエピソードの最後に、クイズ番組が配されており、最後には10億ルピーにたどり着くという構成も楽しめる。
 日本語訳を発刊したランダムハウス講談社が、この本を紹介するWEBページに、ラム少年に出された12の質問を載せている。

 このなかで私が知っているのは、質問2だけ・・・。「答えは本書で」と書いてある。読了した〝本書〟によると、正解は、d、b、c、b、・・・の順となる。
 最後となる12番目の質問は、こうである。
 ベートーベンのピアノソナタ第29番作品106は『ハンマークラヴィーア』として知られていますが、その調はどれ?

 選択肢が絞られて、a:変ロ長調とc:変ホ長調が残る。

 答えが分からないラム少年は、これまでの人生を支えてきた幸運の1ルピーコインを取り出す。「表が出たらa、裏ならcです」。出たのは表だった。
実はこのコイン、表しか出ないものだった・・・。
 少年は巨額の賞金(一部は『クイズ賞金税』という名目で、政府に徴収される)を手にし、ムンバイに建てた豪邸に恋人と幸せに暮らしましたとさ、というおとぎ話・・・。
 自宅の最寄り駅から10分弱のところに、シネコンプレックスがオープンしたため、最近映画を見る機会が多くなった。
 同じ今年の米アカデミー賞外国語映画賞を獲得した「おくりびと」も見たが、日本の雪国(山形・月山山麓)の豊かな自然のなかで展開する死者をいたわる独自の風習がかもしだす〝優しさ〟を、米国の審査員は評価したように思える。
「スラムドッグ$ミリオネア」も、これまで受賞してきたハリウッドの超大作とは異なるポリウッド発のサクセスストーリーである。
 二つの異色作品が受賞したのは、米国で吹き始めた新しい風、意識の変化のせいであるような気もする。