俳句アーカイブ: Masablog

2019年9月 7日

日々逍遙「函館」(2019年8月11日~14日)

 マイレージで飛行機の便が取れたので、函館に出かけた。灼熱の地から来た北の国は気温18度。「なるほど"避暑"に来るというのは、こういうことか」と感じた。

 函館の街で、寿司屋でイカのサシミや函館山麓の教会群ライトアップを楽しみ、翌朝、ホテルの真下にある港を歩いた。ふ頭のかもめらが嵐の前の海をじっと眺めている。「飛んでいないかもめを見るのは初めて」と同伴者。ちょうど始まった鰯のセリを見るのも初体験だ。

聖ヨハネ教会八幡坂・ハリスト正教会港の鴎 鰯のセリ
190905-1.JPG 190904-7.JPG> 190904-3.JPG 190904-4.JPG

 
 鴎らも身構えている初嵐


 鰯引トロ箱重ねセリ始む


 翌日の昼、函館朝市にある人気のうに料理店に1時間並んでやっと座れた。無添加生うに丼、うにの殻焼き、ホヤの刺身。会計はまあまあだったが、ウニの量がややもの足りない。
  函館朝市で、俳句教室の先生に教えてもらった「白口浜真昆布」を買った。身が厚く切り口が白く見えることから名前がついたという。

 特急で約1時間、大沼国定公園のリゾートホテルへ。露天風呂が、目の前の沼と同じ視線にあり、沼や周辺の緑と一緒に湯浴みをしているようだ。早くもナナカマドらしい紅葉が始まっていた。
  大沼畔の駒ヶ岳は、不思議な形をしている。当初は富士山のような形状だったが、古代の爆発で頂上部分が吹っ飛んだという。

うに専門店駒ヶ岳
190904-5.JPG 190904-6.JPG
写真はクリックすると大きくなります。
 
 湯けむりの染めあげていく初紅葉


 帰った直後はお盆。以前、見に行った徳島の阿波踊りやテレビの中継で見た青森のねぶた祭を思い出した。

 
 しなやかや踊る指先下駄さばき


 
 男らが跳ねとんで来る踊かな


2018年12月14日

日々逍遙「阪急西宮ガーデンズ、京都府立植物園」

 【2018年11月21日(水)】

 散歩がてら、阪急西宮ガーデンズ4階のスカイガーデンへ。
 東入口から入ると、円形花壇の内側に、小さなスイレンの花のようなものが咲きそろっている。スマホ・アプリの「花しらべ」で調べると、スイセン・ペパーホワイトと出た。このアプリ、時にはとんでもない答えを出してくれるが、多分当たりだろう。後日、同じガーデンで、副花冠が黄色いおなじみの日本スイセンも咲いていた。

18-11-21-1.JPG

 秋明菊とならんで、黄色い石蕗(つわぶき)の花も咲き出している。石蕗は、冬の季語。周りが急に"冬めいて"みえた。

18-11-21-2.JPG

 ここには、オリーブの木が約20本も植わっている。太くなったどの木々にも実が鈴なり。西宮阪急は、10年まえに開店したばかりだが、見事に育ったものだ。

18-11-21-3.JPG

 帰り道、県立芸術文化センターの黄色く色づいたケヤキの木の下で、若い女性が楽譜を置いてハーモニカの練習をしていた。楽譜を見ながら、ハーモニカというもちょっと不思議。楽器のトーンも高く、澄んだ音がする。ひょっとすると、違う楽器?芸文センターの楽団員?
 ブログ管理者のn.shuheiさんによると、このハーモニカはクロマチックハーモニカという半音階が出せる楽器らしい。南里沙さんという神戸女学院を出た奏者が有名という。

18-11-21-4.JPG

 途中の菓子店で買ったミルフイーユの中身が、これまでの梨から苺に代わっていた。「これから、当面は苺。国産が入るようになったので」と店主夫人。果物も冬の季節である。

 【2018年11月23日(金)】

 毎年、桜と紅葉の季節には、京都府立植物園に行くことにしている。シーズンでも観光客に邪魔されない秘密のスポットだと、ある京都人に教えてもらった。それに、70歳以上は入場無料である。

 隣接するピザ・パスタ店でゆっくりしすぎて、園に入った時には、午後の曇り日になってしまった。紅葉への映えはどうかと思ったが、まーまー。

18-11-23-1.JPG 18-11-23-2.JPG 18-11-23-3.JPG


 桜林のなかで、小枝に咲く冬桜、四季桜を見つけた。紅葉を背景に、白い小さな花を咲かせている。冬桜は1月の季語。四季桜は、ヒガンザクラの一品種で、別名・十月桜。西宮市の北山緑化植物園の芝生にもけっこう大きな十月桜が植わっている。
 11月の季語である帰り花(返り花)は、これらの桜を言うのだろうか。
18-11-23-4.JPG


 おなじみのイチョウの黄葉、冬の季語でもある花八つ手、秋バラ、まだ咲き誇っていたコスモス、夏の名残の赤いカンナと、植物園に咲く花の季節は幅広い。

18-11-23-5.JPG 18-11-23-6.JPG 18-11-23-7.JPG
18-11-23-8.JPG 18-11-2-9.JPG


 北山門に帰る右側に大きくそびえるレバノンスギ、オオカナメモチなどの針葉樹林には、いつもほっと息をつく深淵さを感じる。
 左側の600本もあるというつばき園は、いつも見る花の時期を逃してしまう。

2018年4月25日

読書日記「六輔 五・七・五」(永六輔著、岩波書店)


六輔 五・七・五
六輔 五・七・五
posted with amazlet at 18.04.25
永 六輔
岩波書店
売り上げランキング: 72,139


 ここ数年、ホトトギスの同人が主宰する俳句の会に月1回、出席していた。  「客観写生」を主唱する伝統俳句を継承するこの会に出て、自然の移ろいを五・七・五に表現するという思わぬ喜びを知った。ただ、季題を中心とした作句のルールは、いささかきゅうくつでもあった。  そこで見つけたのが、この本。軽妙洒脱で知られる 故・永六輔の俳句で、失礼ながら「息抜きを試みよう」と思った。  この著作は、作者の死後、所属していた 東京やなぎ句会話の特集句会の記録などをもとに、家族が選んだ2000句あまりを詠まれた年代順に収めている。そのうち、気になった句を季節ごとに勝手に抜き出してみた。いささか"川柳"っぽい句が多くなったが・・・。

第一章「昭和四十四年~昭和五十五年」

※春
 タンポポ咲いたサーカスが来た
 低すぎて腹をすりむく燕かな
 見上げても見あげても囀る姿なく
 蛇口ひねったままの水しぶきのさくらんぼ
 春の雨濡れて渇いて一人旅
 濡れ手ぬぐい下げて春めく風の中
※夏
 夕焼に一瞬朱い波しぶき
 バトンに続いて神輿照れながら
 吹きぬける風が汗ふく初夏のシャツ
 おぼろ月手をつないでみる老夫婦
 闇の中でひまわりひそと語りあう
※秋
 長袖を通せばかすかな秋立ちぬ
※冬
 波の音湯豆腐の音風の音
 老いてなおビングのホワイトクリスマス
 水たまりひからびて落葉風に浮く
 寒鯉はねて氷と空気を割った
 行く年や書かなかった日記貼一冊


第二章「昭和五十六年~平成四年」

※春
 ぶらんこや地球自転のきしむ音
 庭のない淋しさ抱いて植木市
 酔覚めて又あらためて花疲れ
 寝返りをうてば土筆は目の高さ
 九本のチンポコのどか夏めく湯
 伸びるのがわかる気のする若葉
 春眠や覚めても覚めても夢の中
 煮転がす慈姑の音の軽やかさ
 新緑や濃淡濃淡濃淡淡
※夏
 純白の瀑布緑をぼかしおり
 葉の表葉の裏見せて青嵐
※秋
 仲たがいしてそのままの秋深し
 夏と秋の縫目を飛ぶや赤とんぼ
 たぎる湯に新そば生命をはらみけり
 ずっしりと水の重さの梨をむく
※冬
 野沢菜の歯にひんやりと信濃なり
 浅漬やしかと虫歯のありどころ
 露出あわせれば針先の如き木の芽
 腰痛の農夫牛蒡を引ききれず


第三章「平成五年~平成十五年」

※夏
 とまらない背中のかゆみ薄暑かな
 「あのあたり富士見える筈」梅雨の宿
※秋
 湯上りの汗のひき方冬隣り
 姿なく枝揺れておりホ-ホケキョ
 翅ごときこすって何でこの音色
※冬
 生きてきた通りに生きて春一番
 金縷梅を「まず咲く」と読むひとありき


第四章「平成十六年~平成二十七年」

※春
 囀りの途切れて深き森戻る
 淫美なり裸になった柏餅
※秋
 渡り鳥お前等行くのか帰るのか


2017年1月31日

読書日記「俳句の海に潜る」中沢新一、小澤實著、株式会社KADOKAWA刊)


俳句の海に潜る (角川学芸出版単行本)
KADOKAWA / 角川学芸出版 (2016-12-26)
売り上げランキング: 45,646


 このブログにもUPした「アースダイバー」「大阪アースダイバー」の著者で人類学者の中沢新一と、読売俳壇の選者などを務める俳人の小澤實が、俳句ゆかりの地を何度か訪ねながら対談や講演をした。

   月刊「俳句」(角川文化振興財団刊)で随時掲載されていたのが、1冊にまとまった。中沢新一ファンとしては、読まないわけにはいかない。この人の話しは、あまりに感覚的過ぎて、スーと頭に入ってこないのが難点といえば難点だが・・・。

  「アースダイバー」というのは「カイツブリが海の底からくわえてきた土のかけらが陸地を作った」というアメリカ・インディアンの神話。この本の表題である「俳句の海に潜る」は、この神話から取ったらしい。

 中沢が、アースダイバー論を、そして「俳句はアニミズム(精霊信仰)である」と滔々とぶつのに対し、6歳年下の小沢が謙虚に教えを乞うように見える異色の俳句論である。

 「アヴァンギャルドと神話」と題した第4章では、2人は諏訪を訪ねている。

 諏訪大社発祥の地と言われる前宮に行き、「水眼」の清流を見て、縄文時代からの聖地を感じる。山梨で少年時代を過ごした中沢は、周りの大人たちから「甲斐から諏訪の周辺は縄文時代から変わらないのだよ」とよく言われたという。

 小澤も山梨出身の俳人、飯田蛇笏の「採る茄子の手籠にぎゆアとなきにけり」という句を取り上げ「茄子が単なる野菜ではなく、精霊そのものになっている」と話す。

 中沢は「現代は俳句の危機の時代」だという。

 
 俳句の主題はモノ。この非人間なるものにどうやって「通路」を作っていくかが俳句という芸術の本質。和歌、短歌は人間の世界、しかも根幹は文化だから、都市なんです。ところが、俳句は都市に非ざる世界が必ず広がって、人間ならざる世界と回路を作っていく。そういう芸術だから、むしろ抱えている危機は深い。


 小澤は答える。

 
 切字、文語とか、今の若い人には届きにくい。短歌はそれをほとんど捨ててしまって、若者が飛びつくような詩になっている。・・・切字、文語を使いこなせるようになるまでには、時間がかかってしまう。でも、俳句は切字、文語をどうしても捨てたくない。言霊的なふしぎな力がそなわっている。


 2人が諏訪に旅をした2か月前に、中沢は「俳句のアニミズム」と題した講演をしている。この講演の前に、中沢は小澤に「アニミズムらしい俳句」を10句選んでもらい、講演ではそのいくつかを論評している。

  凍蝶の己が魂追うて飛ぶ 高浜虚子

 「これをアニミズム的な詩と呼ぶことはできますが、じつは近代的なアニミズムです。魂が抜けて凍蝶になってしまった。宗教学の定義にしたがったアニミズムで、私としては面白くない」

  蟋蟀が深き地中を覗き込む 山口誓子

 「喩表現によって動物の人間化をおこそうとしています。しかし人間が自分の心の『深き地中』を覗き込むときには、人間は逆に蟋蟀に変化していくことによって、人間と非人間に共通する生命の深淵を覗き込むことになります」

  何もかも知ってをるなり竈猫 富安風生

 「猫は犬に比較すると人間の感情や思考に対して無関心で、その分より原始的な生き物だと言えます。その猫が『何もかも知ってをる』のですから、おそろしく原始的な知性に見つめられているわけです。平凡なようでこわい句です」

  泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む 永田耕衣

 「地霊→鯰→泥鰌という、深から浅に向かう象徴的思考の運動の背景にあって、神話論的にじつに豊かな俳句だと感じます。泥鰌は水底に近く暮らす魚ですが、どこかトリックスターなひょうきんさがあって、水底と水面のあいだをいったりきたりします。その泥鰌が「底のほうには鯰もいるよ」と報告して、また身を翻して水底に戻っていきます。この鯰が地霊と組んで、地震をおこすのです」

  おおかみに蛍が一つ付いていた 金子兜太

 「まさに『東国』のアニミズム感覚です。蛍はお尻を光らせ、その蛍を体につけたおおかみは、目の力をもって存在の光をしめします。・・・私たちの中には、おおかみの目の光の記憶があるように思えます。たぶんこの目の光は、『東国』の自然の放つ霊妙な原始的エネルギーの化身なのでしょう」

 
 こういう目で俳句を見ていますと、俳句とアニミズムが根源的なところでつながっているということがよく分かります。アニミズムと言語の比喩的本質が強く結びついているような。古代的な芸術を残している民族は他ではあまり見かけません。しかもそれが前衛性(アヴァンギャルド)への道も開いている。


2015年8月31日

読書日記「石牟礼道子全句集 泣きなが原」(石牟礼道子著、藤原書店)

石牟礼道子全句集 泣きなが原
石牟礼 道子
藤原書店
売り上げランキング: 231,211


新装版 苦海浄土 (講談社文庫)
石牟礼 道子
講談社
売り上げランキング: 6,753


 4大公害病と言われた 水俣病を告発した「苦海浄土」の著者が、40数年にわたってこつこつと詠んできた全句集がでた。

 著者の句集が生まれるまでには、2人の俳人の努力があったことが、この全句集を読み進むとわかってくる。

祈るべき天とおもえど天の病む


 大分県九重町に生まれた俳人、故・穴井太が、新聞の学芸欄でなにげなく、この句を主見出しに採った石牟礼道子の原稿を見つけたのは、昭和48年の夏だった。

 「水俣病犠牲者たちの、くらやみに棄て去られた魂への鎮魂の文章であった」と穴井は思った。

 地中海のほとりが、ギリシャ古代国家の遺跡であるのと相似て、水俣・不知火の海と空は、現代国家の滅亡の端緒の地として、紺碧の色をいよいよ深くする。たぶんそして、地中海よりは、不知火・有明のはとりは、よりやさしくかれんなたたずまいにちがいない。


 
 そのような意味で、知られなかった東洋の僻村の不知火・有明の海と空の青さをいまこのときに見出して、霊感のおののきを感じるひとびとは、空とか海とか歴史とか、神々などというものは、どこにでもこのようにして、ついいましがたまで在ったのだということに気付くにちがいない。


穴井は、こう思った。

「『神々などというものは、ついいましがたまで在った』という石牟礼道子さんの思いの果てが、やがて断念という万斛(こく)の想いを秘めながら『祈るべき天とおもえど天の病む』という句へ結晶していった」

穴井は、九重高原・涌蓋(わいた)山の山麓にある、通称「泣きなが原」という草原での吟行に石牟礼を誘った。

死におくれ死におくれして彼岸花


三界の火宅も秋ぞ霧の道


死に化粧嫋嫋(じょうじょう)として山すすき


前の世のわれかもしれず薄野にて


そのとき高原は深い霧につつまれ、深い闇につつまれていた。

  穴井は、この後、断わりもせずに作った石牟礼の句集「天」の編集後記に、こう書いた。

「裸足になって歩き出した石牟礼さんを、『泣きなが原』のお地蔵さんが、しきりに手招きしていたようだ」

 2015年2月。女流俳人で、日経俳壇の選者でもある黒田杏子(ももこ)は、東京で開かれた「藤原書店二五周年」会に招かれ、会場に並べられている石牟礼の対談集を求め、会場の一隅で一挙に読了した。

 
 これまで人間が長年かけてつくりあげてきた文明は、結局、金儲けのための文明でしかないようです。いま日本では、金儲けが最高の倫理になっておりますが、それをふり捨てて、もっと人間らしい、人間の魂の絆を大切にする倫理を立て直さなければ、いまの文明の勢いを止めることはできません。


 この後、黒田杏子は、藤原書店の社長に「句集『天』はまぼろしの名句集となっています。石牟礼さんの全句集を出して下さい」と直訴した。二日後、発刊決定の電話があった。

 黒田は、石牟礼の句のなかでも、「「祈るべき天とおもえど天の病む」に並んで、次の句が心に沁む、という。

 
さくらさくらわが不知火はひかり凪


 石牟礼が84歳の誕生日を迎えた、5年前の3月11日。地震と津波が東北を襲った。

 石牟礼は、水俣と同じことが福島でも起こる。「この国は塵芥のように人間を棄てる」と思った。

 
毒死列島身悶えしつつ野辺の花


2014年12月15日

読書日記「ランドセル俳人の五・七・五」(小林 凛著、ブックマン社刊)「冬の薔薇立ち向かうことを恐れずに」(同)




冬の薔薇 立ち向かうこと 恐れずに
小林 凜
ブックマン社
売り上げランキング: 142,021


 小林 凛君の第2句集「冬の薔薇立ち向かうことを恐れずに」を本屋で見つけたのは数か月前のことだ。

 第1句集もパラリとめくったことはあったのだが「ランドセル俳人・・・」という表題に老人としてはいささかの抵抗感があって敬遠していた。だが「冬の薔薇・・・」を読んですぐに第1句集も買いに走った。

 朝日俳壇の選者の1人である金子兜太さんが「冬の薔薇・・・」の巻末で「凛君のように、抵抗しているものを自分の内面で消化し表現できる子は、辛くても(いじめに)耐え抜ける」という巻末語に引かれたのだ。

 いじめに会って自らの命を絶ってしまう子供が多いなかで、凛君はどうしていじめに耐え抜けたのか?

 「ランドセル・・・」の冒頭で、凛君自身が、こう語っている。

 この日本には、いじめられている人がたくさんいる。
 僕もその中の1人だ。いじめは一年生から始まった。
 からかわれ、殴られ、蹴られ、時には「消えろ、クズ!」とののしられた。それが小五まで続いた。僕は生まれる時、小さく生まれた。「ふつうの赤ちゃんの半分もなかったんだよ。一キロもなかったんだよ」、とお母さんは思い出すように言う。
 だから、いじめっ子の絶好の標的となった。危険ないじめを受けるたびに、不登校になってしまった。そんな時、毎日にように野山に出て、俳句を作った。
 「冬蜘蛛が糸にからまる受難かな」
 これは、僕が八歳の時の句だ。
 「紅葉で神が染めたる天地かな」
 この句は、僕のお気に入りだ。
 僕は、学校に行きたいけど行けない状況の中で、家にいて安らぎの時間を過ごす間に、たくさんの俳句を詠んだ。僕を支えてくれたのは、俳句だった。不登校は無駄ではなかったのだ。いじめから自分を遠ざけた時期にできた句は、三百句を超えている。
 今、僕は、俳句があるから、いじめと闘えている。


 凛君は、離婚した教師の母と祖母の3人と大阪府岸和田市で暮らしている。

   「僕のお気に入り」という「紅葉で神が染めたる天地かな」という句は、2010年12月、小学校3年(8歳)の時に朝日俳壇に初めて投句して入選したものだ。

 朝日俳壇の選者の1人である金子兜太は、著書「語る兜太」(岩波書店)のなかで「毎週5,6000もの投句があり、入選するのは新聞俳壇のなかで最難関だろう」と語っている。俳句を生きがいにしている人々に伍しての初入選だった。
語る 兜太――わが俳句人生
金子 兜太
岩波書店
売り上げランキング: 162,243


 凛の最初の投句では「紅葉や」となっていたが、選者の長谷川櫂さんが「紅葉で」と添削した。「なぜ直されたのだろう」。母子は、俳句の入門書を買い、季語や切字、五七五といった俳句の基本を学んでいった。

 朝日俳壇での入選は続いた。

 
 「影長し竹馬のぼくピエロかな」(9歳、金子兜太選)
 「黄金虫とりどりの動く虹」(10歳、長谷川櫂選)
 「ブーメラン返らず蝶となりにけり」(10歳、長谷川選)
 「万華鏡小部屋に上がる花火かな」(金子選)
 「コルク栓夏の宴の名残かな」(10歳、金子選)
 「迷い来て野鳥も授業受ける夏」(13歳、長谷川選)
 「枯葉舞う名も無き樹々の手紙かな」(13歳、長谷川選)


 朝日俳壇では、入選者の句は5週間空かないと再掲載されないというから、すごい入選率だ。

 幼稚園の時に初めて俳句を知った凛君が俳句の世界に本格的に入ったのは、冒頭の凛君の言葉にあるように通っていた小学校ですさまじいいじめに会い、不登校になったからだった。

 入学して1週間目。突然後ろから突き飛ばされて顔の左を強打、目が開けられないほどの腫瘍を作った。水頭症の疑いがある凛君には致命的になりかねない。腎臓の上の腹部に大きな皮下出血があるのを母親が見つけたこともあった。

 「僕、学校に行きたくない。〇〇が僕の顔を見るたびに空手チョップをするねん、僕、机の下に隠れるねん」「先生は僕がいじめを訴えても"してない、してない"と受け付けてくれない」「〇〇が両手の人指し指を後ろからお尻に突っ込んで、毎日僕にカンチョーする」―――。

 2年生になってクラスが変わると、新たないじめが始まった。いきなり後ろから来て両足首をつかんで転ばせようとする。熱い給食の鍋を当番と2人で運んでいる時、突然教室から出てきて足を蹴る。

 「どうして命の危険を感じながらも、毎朝地獄に送り出さなければいけないのか」。母親は自主休学という選択をした。

 中学に進む時、いじめが尾を引くこと懸念がある地域を避けて、電車で通う私立中学に合格した。しかし、ここでもこれまでにない危険な悪ふざけが始まった。顔の前でペンを振り上げる。「凛太郎(凛君の本名)を殴って来い」と命令された子が来たこともあった。

 中学の管理職は、こう言った。「相手の子はしていないと言っています」「西村君、することが遅いので回り子がイライラしています」・・・。母親は3週間で転校を決意した。

 凛君は現在、市内の公立学校に元気に通っている。

 校庭に捨てられていた子猫が翌日死んでいるのを見つけ、先生方とお墓を作った。

 
「猫の墓師と手向けたるすみれ草」


 「彼の俳句も、成長と共に変化を見せてきた。季節の移ろいや生き物を詠む自然詠の句から、心の心情を詠むようになった」。母親の史さんは、第2句集のあとがきで記している。

 凛君の身長は、母親の「背を越した」

 
「空蝉のひとつひとつに魂こもる」
 「紅雨とは焼かれし虫の涙とも」
 (いずれも12歳、第2句集より)




Amazon でのお買い物はこちらから