2008年8月アーカイブ: Masablog

2008年8月28日

読書日記「アウシュビッツの沈黙」(編集・解説:花元 潔、インタビュー:米田 周、東海大学出版会)


 お盆明けのNHKハイビジョンで、BBC制作のDVD「アウシュビッツ強制収容所 解放から60年」を放映していた。

 そのDVD は丸善から売られているようだが、元ユダヤ人収容者だけでなく、アウシュビッツに勤務した旧ナチス親衛隊員、捕虜として収容されていたポーランドや旧・ソ連人たちが、大量虐殺や人体実験だけでなく、終戦で解放された人々の衝撃的な事実を証言していく。

 戦慄を感じずには見れない作品だが、同時に対ナチス戦争の戦勝国であり、ユダヤ人に差別意識を持ったかもしれないゲルマン民族の一国営放送局が作成した、という背景も、なんとなく感じてしまう。

 それは多分、この放映を見たのが、花元 潔、米田 周両氏による「アウシュビッツの沈黙」を読んだ直後だったからだろう。アウシュビッツには直接関与していない日本の2人のジャーナリストが、強制収容所のうすれかけた記憶を記録するために、ヨーロッパに出かけて苦労を重ねたことに、驚きと尊敬の念を感じずにはおられない。

  実はこの本は、東海大学の企画で1988年に制作されたビデオ「夜と霧を越えて」(米田 周監督)を活字化したものである。

 「ユダヤ人」「連れ去られた子どもたち」「人体実験」「収容所」の項に分かれて、23人の元ユダヤ人収容者の証言が、克明に再現されている。

 
「(何枚かのレントゲン写真を示しながら)・・・一四歳だった女の子は、骨を削られて、足が湾曲してしまいました。・・・こちらは、横に出来た壊疽です。これは私の片足。両足をやられましたが、片方が特にひどい。これも壊疽のあと。これも骨の手術。これも骨の手術。もういいでしょうか・・・?」(人体実験を受けたスタニスワヴァ・チャイコフスカ=バフイアの記憶)
「(処刑があるようなときには)雨が降ろうが、陽が照りつけようが、じっと立って・・・広場に立たされ、死刑の執行を見せられました。処刑される人々は、たいてい他のひとを助けようとした人々でした」(スタニスワフ・マイフジャックの記憶)
「(ガス室の瓦礫の前で)ここで服を脱ぎ、中に入ったのです。・・・チクロンBが投入され、二〇分後には、全員死亡でした。ドイツ人は、自分たちが毒にやられないため、しばらくガス室の扉を開け、風を通しました。それから死体を運び出し、金歯や指輪といった金目のものを奪いました」(ゾフイア・ウイシの記憶)


著者・花元氏は、あとがきで、こう語る。
「アウシュビッツ第二収容所の構内には、今も列車の引込み線が当時のまま敷設されている。・・・アウシュビッツに敷かれた石は、なにも語りかけることなく・・・死者もまた叫ぶことも語ることもしない。・・・アウシュビッツの真実を語るのは、実にこの死者たちの沈黙なのである」


花元氏は前書きでは、こう問いかけている。
「第二次世界大戦は、じかに私たちの時代とつながっており・・・あの戦争で失ったもの、得たものが、大なり小なり、今日の世界を形作っている」
 「数百人の人々を虐殺した強制収容所の歴史は、人類がいかにその生命を愚弄できるかという、もっとも恥ずべき実例であり、この事実から目をそらして、私たちの今日を語ることは許されない」


 アメリカの原爆投下、日本人が行った虐殺行為、そして、今でも世界各地で絶えない"人間の生命を愚弄する行為"。花元氏と2001年に急死した米田氏は、これらの事実からも目をそらしてはいけないと、問いかける。

 実はこの本、友人Mの薦めで芦屋市立図書館に新規購入申し込みをしたのだが、生来の愚者、新たな視野を拓くきっかっけになるのかどうか。

アウシュビッツの沈黙

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2008年8月12日

読書日記「おとなの味」(平松洋子著、平凡社刊)


 独居老人になってから、月に1回、料理教室に通い出した。

 「なるほど」と思ったのは、レシピ通りに作るのが基本ということ。とくに、醤油、砂糖、みりん、酢、オイルなどの調合さえ間違えなければ、煮魚でもロールキャベツでも、タコとセロリーのサラダでも・・・。ちゃんと食べられる。

 しかし、この著書に盛り込まれた45篇の小品と20の写真集を読むと、料理の知恵、おとなの味はいかに奥深いかを知らされる。「ヘー!ホー!」と、我が男の料理の底の浅さを思い知る。

  • 自慢の味
    「すいかを切るとき、種がすくないところを表面にするためには縞模様のあいだに包丁を入れる」
    「冷や麦をゆでるときには火を止めたあとふたをして一瞬蒸らすとぐっとおいしくなる」
     豆腐は水を切ると味がしっかりし、炒めるときもおいしさが跳ね上がる
    と著者。

     「さいきんの自慢をひとつ」というレシピをさっそくやってみた。ゆでたほうれん草をザクザクに切り、しっかり水切りして崩した豆腐と和える。味つけは塩、オリーブオイル、黒こしょう。

     「ウーン」。もうひとつピンとこなかった・・・。しかし、水切りして大きめに割りほぐした豆腐をまずきつね色がつくまで焼く、というチャンプルは一度、挑戦してみよう。


  • ひとりの味
     「立ち呑みはひとりが似合う」。大阪キタの梅田新食堂街の立ち呑み屋が込んでくると「ダークする」。おたがいの肩がぶつかり合わないように「(コーラスグループの)ダークダックス」さながらの構えをとる。「キタの立ち呑み屋の風情は天下一品だ」


  • 水の味
     京料理「菊乃井」の三代目主人の話し。「関東の水で炊いた米は粒が立って硬めやから、がちがち食べんといかん。ところが京都の水はにやにやっとした炊き上がり。やわらこうて、もちっとしている。関東の水は硬度が高く、京都の水は軟水やからね」「東京の水は、僕らにしてみると喉にひっかかんねんな」


     実践女子大学の数野千恵子准教授の言葉。
    「ヨーロッパは硬水だからこそ、硬い肉や野菜をじっくり込んでシチューをつくったり、スープストックをつくる。長時間煮込むと、硬水の素材から抽出されたイノシン酸やアミノ酸とよりよく結合して濃いうまみになります」


     ヘー、知りませんでした。

     甘鯛をアクアパツツアで作る時、軟水は魚のうまみが穏やかに出た澄んだ味。硬水は魚の骨太なうまみがぐいっと前面に押し出された味になる。
    山形県鶴岡市のイタリアンレストランのオーナーシェフの話し、という。
  • >

  • 泣ける味
     あん肝、からすみ、酒盗、いかの塩辛、くちこ、このわた、塩雲丹、ばくらい、にがうるか、・・・じこい、浜納豆、豆腐の味噌漬け・・・。「豆皿にほんの少し取り分け・・・ちびちび舐める。啜る。齧る。すると、そのたびに酒の味わいがくっきりと際立ち、また一献」


     ウーン、味わったことのない珍味がある・・・。


  • もうしわけない味

     この本にはいくつか「おとなの味」が楽しめる店やレストランが登場する。この欄に出てくるのが、名古屋・広小路伏見角の居酒屋「大甚」。著者たちは、ここで開店直後の午後4時過ぎに飲みだすという桃源郷を味わう。
    「お客のすがたはぽつり、ぽつり。しんと静まって、こころなしかみなおとなしい。けれども、どこかうれしそうだ」


     この店で、二十年ほど前に,友人と午後4時の桃源郷を味わったことがある。バタヤン、こと田端成治。中日新聞名古屋本社の根っからの芸能記者だったが、酒を浴びるように飲んで・・・。本紙に連載されたコラムをまとめた「ちりとてちん」(非売品、中日新聞本社出版開発局)というすごい本を残して、逝ってしまった。1998年、享年56歳。

     このお盆、バタヤン帰ってこないか?と、なつかしい本を繰る。


  • 深山の味

     もう一店。石川県白山麓の摘草料理「うつお荘」。
     「ふきのとうの辛味噌だれは、箸の先にのせて舐めるたび、辛さの刺激がぴりりと容赦ない。イチジクのごま味噌だれは、時間をかけてじっくり擂ったにちがいなく、こっくりと濃厚な密度に夢中になる。・・・ずいきのしゃくしゃくっと切れのよい歯ごたえ。目にも芳しい翠いろのもち草の葛寄せには、青々とした苦みが走る。大葉ぎぼしは、噛むうちわずかに滲み出るぬるみが愉しい。もみじがさはこりこりっと軽やかかでーーー」


  •  死ぬ前に一度は、と夢見つつ。 

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    5 味覚の階段上る♪

    2008年8月 9日

    読書日記「『たえず書く人』辻邦生と暮らして」(辻 佐保子著、中央公論新社)


     故辻邦生氏の奥様である著者が書いたエッセー「辻邦生のために」(新潮社刊)を、数年前に読んだことを思い出した。

     長く住んだパリのアパルトメントに、特別の許可を得てプレートをつけたことや、熊が大好きな辻邦生が大きなくまのぬいぐるみを自宅に届けさした話しなど、ともに歩いて作品を生み出していったお二人のエピソードがいっぱいつまっていた。

     今回の著作は、名古屋大学名誉教授で、ビザンチン美術の専門家である佐保子夫人が、新潮社から刊行された辻邦生全集(全20巻)の月報のために執筆したもの。それぞれの作品が成立した契機や"種"を明かすという、辻邦生ファンにはたまらなくなる本である。

     第四章「背教者ユリアヌス」の項には、こう書いてある。
     映画狂(シネフイル)を自認する辻邦生には「砂嵐のなかをシルエットのように進むユリアヌスの葬列の最終画面は、すでに構想の段階から鮮明に焼きついていた」
     「戦陣や隊列の組み方、砂嵐や吹雪のなかでの露営など、軍国主義時代のさなかに軍事訓練や剣道の稽古を経て育った<男の子>とはいえ、よくここまで詳細に戦闘の様子を描写できたものと驚嘆する」
     「中学時代の『世界地図』の教科書をいつまでも大切な宝物にしていた辻邦生にとって、ローマ帝国の広大な領土を舞台とする『背教者ユリアヌス』ほど、各種の歴史地図や大地の起伏を描く鳥瞰図が有益だった作品はない」


     第九章、第十章では「春の戴冠」についての秘話が明らかになっている。
     「一九五八年、辻邦生のフイレンツエとの最初の出会いは、駅前で興奮のあまり鼻血を出したことに始まり、手についた赤い血の色と夏の盛りのカンナの赤い花が『春の戴冠』の原点となった」
     「『背教者ユリアヌス』ですら、長すぎるという声が私の耳のも聞こえてきたが、『春の戴冠』はそれよりはるかに長大である。そのためか、再販が出るまで二〇年以上も絶版が続き、ついに文庫本にはならなかった。うちでは『背教者ユリアヌス』を『ユリちゃん』、『春の戴冠』を『ボチくん』と呼んでいた。『ユリちゃん』ばかり文庫本増刷の通知が届くため、『かいそうなボチ君』と言うのが口癖だった」


     ところが第十章の最後に、こんな「付記」が載っていた。
     「このたび中央公論新社から、本書の刊行(2008年4月)とあわせて、『春の戴冠』を文庫版四冊として刊行するという夢のような企画が実現されることになった」


     中央公論新社に聞いてみると、すでに①②が刊行され、③は8月25日の予定。④は未定だという。文字の大きさは、どうだろうか。1977年の初版本(上・下)の字を追うのさえ、もうしんどくなっている。

     第十四章の「西行花伝」は、このブログでも書いたが、この作品が辻 邦生の最後にして、最高の作品であることを知った。
     「西行をめぐる多数の人びととの声を、転調・反復しながらひとつの大きな流れにまとめてゆく手法は、これまで試みてきたさまざまな小説作法の最終的な集大成のように思われる」

     「ともあれ『西行花伝』が長い執筆活動の究極の到達点を示す作品になったことを、今は心から『これでよかった』と思っている」


     第二十章「アルバム、年譜、書誌など」に、こんなことが書いてある。
     亡くなる前年の夏、二人は夕方になると、リヒャルト・シュトラウスの「これがもしかしたら死なのだろうか」という歌曲をよく聞いた。「最後の一週間あまり、山荘の窓から浅間山の方向をじっと眺めて座っていたとき、耳に聴こえていたのは、今から思うとこの最後の詩句だったのではないだろうか」


     こんな本を読むと、著作とは別の世界をのぞかさされたような気がして、もう一度、一連の作品を読み返したくなる。困ったものである。

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    4 辻邦生ファンにはたまらない
    5 ソウルメイトの愛を感じ取れますよ

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    5 邦生と佐保子の物語
    4 辻邦生との生の日々を夫人が語る

    2008年8月 1日

    読書日記「イカ干しは日向の匂い」(武田 花著、角川春樹事務所刊)


     「おひさしぶりです、武田 花さん」。一度もお会いしたことがない10歳も年上の見知らぬ男が、こんな風にお呼びする失礼をお許しください。

     実は私、お母様の故武田百合子さんの大ファンです。「富士日記」(上、中、下、中央公論新社刊)は3、4回。「犬が星みたロシア旅行」「ことばの食卓」「日々雑記」だけでなく、武田 花さんが写真を撮られた「遊覧日記」も、もちろん読みました。お父様の故武田泰淳さんの本は、1、2冊をのぞいただけなのに。

     「富士日記」で、☆マークがついているところは、お母様でなく武田 花さんが書かれたのでしたね。この本の舞台となった富士山麓「武田山荘」が建てられた昭和39年当時は、確か立教中等部に在学されていた。

     庭でスキーを楽しんだり、愛犬「ポコ」のびっこを心配したり・・・。作文を書いているような中学生らしい一生懸命の文体がほほえましかった。

     ところが、武田 花さんの新しい写真エッセイを一気に読んでびっくりしました。「天衣無縫の文章家」と評された武田百合子さんの文体そっくりだと。

     お母様そっくりと言われるのは不本意でしょうが「にやり」「くすり」としながら読んだいくつかの文章を引用させてください。

     飼い猫の「くも」に伊勢神宮を見せてやろうとバッグの中から首だけ出してやったら、若い神主に、四つ足は入ってはいけないと注意された。

     「四つ足がいけないって?お狐様や狛犬や神馬は四つ足だぞ。因幡の白兎を助けた大国主命は神社関係者じゃないのか。四つ足は人間よりずっと上等だぞ・・・」(生き物)

     日本海岸の半島で通りかかった家の座敷で、白無垢姿の花嫁さんが椅子にかけて俯いている。留袖や割烹着の女たちが出てきて、障子やガラス戸を開け放った。

     「途端、眩しい光が射しこんで、花嫁さんの背後に日本海が広がる。まるで唐組のお芝居のラストシーン。空が黒雲に覆われ、海が荒れ狂っていたら、もっといいのに・・・。」(花嫁)

     旅の途中で見つけた造り酒屋で店のお嬢さんらしい若い人が出てきて、利き酒をさせてくれた。

     「三つのお猪口それぞれに注いでくれたお酒を私が味見していると、トクトクトク、いい音がするので目を上げたら、後ろ向きで俯き加減になったお嬢さんがガラスのコップに酒を注ぎ、くいーと一息に呷ってしまった。・・・また奥から一本。そして、私のお猪口にトロッ、自分のコップにドクドクドク、後ろ向きになって、くいーっ。『お客には、お猪口かい』・・・」(土産話)

     ローカル線の駅前にしゃがんでアイスクリームを舐めている高校生らしい少女。

     「制服がはち切れそうなむちむちとした体格。短いスカートから剥き出した太腿の逞しいこと。よく日に焼けた頑丈そうな少女から、付けまつ毛や青いアイシャドウを取り除いたら、棟方志功の版画のふくよかな天女にも似ていそうで・・・」(雲の行方)


     「インドのホテルで、ドキドキ」は、大変でしたね。

     今日、図書館で「季節のしっぽ」の借り入れ申し込みをしました。楽しみです。

     時々、ちらっと登場される正体不明の「家人」様によろしく。

     
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    4 淡々と。
    5 奇跡のような
    5 日記といえば、、、

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    5 思い出は皿の上の果物のようにごろんとそこにある
    5 唯一無二のエッセイ
    5 純粋無垢というよりは野性的な感覚
    4 ほかに誰も書けない
    5 とっても新鮮なセンスを楽しめますよ

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    4 年月の澱を背負い込んで
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    5 何気ない毎日の中で。

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    5 いわゆる見物
    4 結局は「富士日記」を超えられないか
    5 ありのまま。

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