2014年7月アーカイブ: Masablog

2014年7月28日

読書日記「屋根屋」(村田喜代子著、講談社)



屋根屋
屋根屋
posted with amazlet at 14.07.27
村田 喜代子
講談社
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  この5月の連休にパリとロンドンの街を歩く機会があって、気づいたことがある。「なぜヨーロッパの人達って、こんなに塔が好きなのだろう」

  パリの教会群やエッフエル塔 バスティーユ ヴァンドーム広場の記念塔、 コンコルド広場 オベリスク 凱旋門

  ロンドンでも、 セント・マーティン教会の白い塔や時計台で有名な ビック・ベン ケンジントン・ガーデンズ アルバート記念碑 トラファルガー広場 ネルソン記念柱 ピカデリー・サーカスのエロス像に群がる若者たち。塔の形はそれぞれに違っている・・・。

  旅から帰って、これも老化現象の1つなのだろう。時差ボケが2週間ほども解消できず、明け方まで目がさえて眠れない。

  そんな時に、図書館で借りたのが、この本。なんだか、その時の気分にピッタリ合って一晩で読んでしまった。それからも、なにか手放したくなくて、借入期間の延長、再貸出し、延長を繰り返して、2か月経った今でも、手元にこの本はある。途中で、巻末に載っていた参考資料まで買ってしまった。いつもなら、気に入った本は読んだ後でもAMAZONですぐ買ってしまうのが悪い癖なのだが・・・。

  村田喜代子の作品は、この ブログでもなんどか登場ねがったが、この著書はこれまでのものとは一味違う、なにか飄々とした浮遊感が漂う大人の童話なのだ。

  主人公は、ゴルフ好きの夫と高校生の息子と3人で北九州に住む主婦「私」。

  ある日、雨漏りを直しに来た永瀬という「屋根屋」の男から不思議なことを聞く。

  以前に病気になり、医者に勧められて夢日記をつけるようになってから、自由に自分の見たい夢を見られるようになった、という。

  それを聞いて「私」はとんでもないことを口に出す。「私、屋根の夢がみたいんです」

  「奥さんが、上手に見ることが出来るごとなったら、私がそのうち素晴らしか所へ案内はしましょう」「奥さんがびっくりして溜息ばつくような、すごか屋根のある所です」

  「私」は自宅のベッドで夫と一緒に寝て、永瀬は自分の工務店の布団のなかにいても、同じ夢の場所に連れていける、という。

  ただ、それにはいくつかの手順が必要だ。

 
 1つは、夢を見る「レム睡眠」の直後に目が覚めるように、睡眠時間を調整すること。
 2つ目は、近い場所なら行きたい場所に先に行って体験し、遠いところや現実に行けない場所なら写真やインターネットのデータで想像させ「私」がうまく意識の鎖を解いて夢の場所に到着したら、・・・永瀬は無意識のさらにもっと深い所の、集合的無意識まで降りて行き、・・・「私」の夢に入り込む。


  永瀬は最初にまず、自宅に近い福岡の「真言宗東経寺」を見に行くように言う。

 
 東経寺の大屋根は明るい昼間の外光に背くように、ずっしり重くうずくまっている。ただ軒が反り返っているので、この重量を載せて西方浄土へかどこか、不意にぐらっと飛び立ちそうな感じもする。


   
 ベッドに入って目を瞑ると、昔、プールへ潜ったときの深い呼吸を思い出した。・・・あの薄緑色のゆらゆらした無重力の世界へ潜って行く。・・・下の方に黒いものが見えて来た。・・・昨日、自分で行った東経寺の本堂の大屋根に違いない。・・・私はその屋根に軽く着地した。・・・そしていつもの作業着で遅れて飛んできた永瀬と屋根の上で会う。


 
 「これは私の夢ですか?」・・・「何度も言いますが、これは奥さんの夢です。しかし、同時に私の夢でもあるのですよ」「ということは共同の夢ということ?」「厳密に言うと、違うですたい」・・・「それじゃ、この夢は一つにドッキングした夢なの?」「いや別々です」・・・「それなら、あなたの見る夢と、私の見る夢は少し違うんですか?・・・」「まるきり同じです」


  別々に、同じ夢を見るのにも、すこしずつ慣れてくる。奈良のお寺の屋根も、法隆寺の五重塔も自由自在。

  夢のなかで「私」の夢のことなどなにも知らない夫が金茶の大虎となって吠えかかってきたり、10年前に癌で死んだ屋根屋の女房がオレンジ色の火の玉となって襲ってきたりする"おまけ"までつく。

  いよいよ本番。夢のなかの飛行機でフランスに飛び、いつものように水のなからパリの空港に到着する。

   ノートルダム寺院の鍾塔を登る。

 
 「こんな大きな建物なのに、何でここは狭いのかしら」・・・「大聖堂には屋上はなかでしょうが。屋根の上にあるのはもう神の国だけです。つまり教会は屋根の天辺に登る用事はなかとですよ」


  次は黒い白鳥になって、パリから南西に80キロ離れた シャルトル大聖堂まで。

 
 神の砦でありながら、何て暗鬱な、禍々しい、巨大な建造物。長すぎる歳月にすっかり黒ずんだ石造りは、もう現代に使い途がないほどでか過ぎて、天から堕ちて来た地獄の砦のように見える。そこから磁力がじんじんと発せられる。


  永瀬が告白する。「私と一緒にここに残りませんか。もしよかったら二人で残って、ここでずっと暮らさんですか」

 今度は黒鳥になるのをやめて、列車でハムとビールを楽しみながら アミアン大聖堂に行く。

 
 私たちは大きな石の建造物の屋根にいる。見渡す限り堅固な石の城砦のようだ。人間は自分の身体だけでは物足らず、こんな途轍もない建物まで造った。高く大きく堅固に造れば造るほど、建物には執着がこびりついてくるのではないか。執着が増大するのではないか。


  帰りは、成層圏まで登り、ヒラヤマの峰々をのぞく。

 
 「永瀬さん。ここに瓦、葺きたくない?」・・・「こうなるともう、自然にまかせるしかなかですなあ」・・・「手も足も出まっせん」


  ▽著者が巻末に載せている参考資料のなかで、買った本
  ※「ゴシックとはなにか 大聖堂の精神史」( 酒井健著、ちくま学芸文庫)
ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 (ちくま学芸文庫)
酒井 健
筑摩書房
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  ※「塔とは何か」(林章著、ウエッジ選書)
塔とは何か―建てる、見る、昇る (ウェッジ選書)
林 章
ウェッジ
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  ▽ (付記)
聖五月外つ国の塔天拓く


     聖五月というのは、カトリックでは「マリア月」とも言うが、ちゃんと歳時記にも採用されている季語である。

  この4月、 「聖書と俳句の会」を知り、72歳で初めて俳句の世界をのぞく機会に恵まれた。上記の句は、パリ、ロンドンから帰った直後の句会に出して見事に落選、講師の酒井湧水師の添削を受けたものだ。

  添削のおかげでゴツゴツした散文的文章が、韻をふくんだリズム感のある句に生まれ変わった。

  「天拓く」は自分の最初の句のままだが「天めざす」と言う方が気分に合っているような気もする。しかし、平凡すぎるか。難しい・・・。

写真集:パリ・ロンドンの塔
パリ・バスティーユ広場の記念塔;クリックすると大きな写真になります。 パリ・ヴァンドール広場の記念塔;クリックすると大きな写真になります。 パリ・サンジェルマン・デ・フレ教会;クリックすると大きな写真になります。 パリ・凱旋門;クリックすると大きな写真になります。
パリ・バスティーユ広場の記念塔 パリ・ヴァンドール広場の記念塔 パリ・サンジェルマン・デ・フレ教会 パリ・凱旋門
パリの教会(名称不明);クリックすると大きな写真になります。 パリの教会(名称不明);クリックすると大きな写真になります。 パリ・オランジェリー美術館の塔;クリックすると大きな写真になります。 パリ・景観地区の谷間のゴシック教会;クリックすると大きな写真になります。
パリの教会(名称不明) パリの教会(名称不明) パリ・オランジェリー美術館の塔 パリ・景観地区の谷間のゴシック教会
パリ・ノートルダム寺院(鐘塔とゴシック塔);クリックすると大きな写真になります。 パリ・コンコルド広場のオベリスク(遠くに見えるのはエッフェル塔);クリックすると大きな写真になります。 ロンドン・アルバート記念碑;クリックすると大きな写真になります。 ロンドンのビック・ベン;クリックすると大きな写真になります。
パリ・ノートルダム寺院(鐘塔とゴシック塔) パリ・コンコルド広場のオベリスク(遠くに見えるのはエッフェル塔) ロンドン・アルバート記念碑 ロンドンのビック・ベン
ロンドン・ネルソン記念柱;クリックすると大きな写真になります。 ロンドン・トラファルガー広場のライオン像の向こうにセント・マーティン教会;クリックすると大きな写真になります。 ロンドンの教会午前10時(塔の下でホームレスの人達が熟睡中);クリックすると大きな写真になります。 ロンドン・ピカデリーサーカスのエロス像;クリックすると大きな写真になります。
ロンドン・ネルソン記念柱 ロンドン・トラファルガー広場のライオン像の向こうにセント・マーティン教会 ロンドンの教会午前10時(塔の下でホームレスの人達が熟睡中) ロンドン・ピカデリーサーカスのエロス像


2014年7月20日

パリ・ロンドン紀行⑤・終「パリの景観」2014年4月26日―5月1日



パリに出かける前に読んだ「フランスの景観を読む 保存と規制の現代都市計画」(和田幸信著、鹿島出版会)という本の序文に、ちょっとびっくりするような記述があった。

フランスの「建築に関する法律」第1条にはこう書いてある、という。

フランスの景観を読む―保存と規制の現代都市計画
和田 幸信
鹿島出版会
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 「建築は文化の表現である。建築の創造、建築の室、これらを環境に調和させること、自然景観や都市景観あるいは文化遺産の尊重、これらは公器である」

 これに対し、日本の建築基準法第2条では建築物を「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの・・・」と、なんとも素っ気ない記述しかない。

 日本の法律には、建築や景観と公益あるいは公共性についてはまったく規定されていない。要するに建築は私権に属することであり、個人の好きなように建てられることになっている。この結果、日本中どこの街に行っても、高い建物や低い建物、陸屋根のビルや切妻の建物、灰色の日本瓦の住宅や。青やオレンジ色のスペイン瓦の住宅、さらにはケバケバしいゲームセンターやパチンコ屋などが、おもちゃ箱をひっくり返したように溢れることになる。


 フランスの景観は決して何もせずにきたわけではなく、フランスの文化と伝統を反映した街並みを公益として保存しょうとする国や自治体の意思と、これらを公共の財産として受け継ごうとする市民の意識により支えられて、現在の姿を留めているのである。


 「華のパリ」の別名がある通り、パリは厳しい景観保全政策で、その"美観"を維持している。そのきっかけになったのが、ドゴール政権下で文化相だった アンドレ・マルローによって作られた マルロー法(1962年8月4日法)らしい。

 この法律によって、パリでは第1号の歴史的建築保存地区となった マレ地区にぜひ行ってみたいと思った。旅に同行してくれたパリ通のYさん夫妻に案内してもらった。

 マレ地区は、オペラ座近くのホテルからも歩いて行けるセーヌ河右岸のパリ3区と4区一帯。途中、若い日本人女性にも人気という「ラデュレ」で、この店の名物であるフレンチトーストの朝食を楽しみ、マレ地区に入ったのは、午前10時半過ぎ。

 緑の並木に囲まれた小さな路地があるかと思ったら、両側に自動車をびっしり止めた小路がある・・・。意外に狭い石畳の道路の両側に同じ高さでそろった石造りの古い建物が続く。なんだか狭苦しい雰囲気で「ここが、パリの誇る景観地区なのか」と、意外な感じがする。素人目には、周辺の街区との違いが見つけられない。

 マレ地区は17世紀には優美な貴族の館が並ぶ街だった。それが18世紀になると、貴族に替って手工業者や低所得層が住む街になり、建物の崩壊を防ぐために道路の上に木材の梁を渡すという荒廃した街になっていった、という。

 長くユダヤ人の住む場所でもあった。このブログでもふれた「サラの鍵」の舞台にもなった「ゲットー」(ユダヤ人強制居住地域)も作られ、建物の内部を監視するための広場が強制的に作られたという。その後ユダヤ人は強制移送され、一時マレ地区から姿を消した悲しい歴史も刻んでいる。

 この法律による保全地区では、 フランス建築物建築家(ABF)という専門官が建造物の新築や改変を厳しく管理している。

そのせいか、多くの貴族の館が、パリ市などに買収され、博物館や美術館になっている。

 カルナヴァル博物館は、17世紀のセヴィニュエ侯爵夫人邸だったし、かつて塩税請負人が住んだサレ(塩)館は、国立のピカソ美術館になっている。

 建築家の ル・コルビッジェの業績などを紹介している スイス文化センターのある行き止まりの小路は、落書きばかりが目立つ場所だったが・・・。

 マレ地区の東端にある ヴオージュ広場と周辺の館は「パリを世界で最も美しい都にしたい」と、16世紀の王、 アンリ4世が作らせたという。

 正方形の公園を囲んで建てられた、オレンジとベージュのレンガや黒い屋根のファサード(建物正面のデザイン)で統一された36の館は、 ブルボン王朝初代の王が目指したパリで最古の建築景観を現在に残し、ほれぼれと見とれてしまう。

   ただ、マレ地区全体は「貴族館の保存」という最初の目的からちょっぴりはずれ、観光客に人気の街になったようだ。

 各通りの1階には、瀟洒な店やギャラリー、カフェ、日本でも有名な紅茶専門店の マリアージュ・フレールなどが軒を並べ、ユダヤ料理などのレストランも多い。

 昼食は、ユダヤ人学校前広場近くのユダヤ料理店屋外テーブルで陽光を浴びながら取った。なすびのパテや ファラフエルと呼ばれるひよこ豆のコロッケなど野菜料理ばかり。パリ滞在中に連れて行ってもらった レバノン料理に似てスパイスがきつくない野菜料理がワインに合う。考えてみると、イスラエルとレバノンは、紛争の地の隣国同士だ。

 ヴォージュ広場から歩いてすぐの バスティーユ広場から、69番のバスに乗り、パリ最古の橋・「ボン・ヌフ」で降りる.。

ボン・ヌフから見渡せるのが、世界遺産の 「パリ・セーヌ河岸」。ルーブル美術館、 ノートルダム寺院 オルセー美術館、さらには エッフェル塔まで約8キロに及ぶパリ最大の景観地区である。

 この地区は、マルロー法に先立つ19世紀に ナポレオン3世の指示で、セーヌ県知事だったジョルジュ・オスマンが断行した「パリ大改造」の一環として実現した。

 ノートルダム寺院のあるシテ島は、大改造まで貧民窟だった、という。

 セーヌ河をのぞき込むと、右岸のトンネルから出て、すぐにまたトンネルに消える自動車専用道路が少し見える。大阪や東京の河の景観を無視して縦横に走る高速道路に比べ、なんと風格のある都市設計だろう。

 ボン・ヌフを渡りきると、マルロ法にパリ2号目の歴史建築物保存地区・ サン・ジェルマン地区だ。

 「17世紀にマレ地区に住んでいた貴族たちが手狭になった館を嫌って、この地区に移ってきた」と文献にあったが、第2次世界大戦以降は、知識、文化人の一大中心地でもあったらしい。

 現在は、街の中心にある サン・ジェルマン・デ・プレ教会を中心にブティックやカフェが並び、観光客でごった返している。Yさん夫妻について行った小さなチョコレート店は、あふれる注文客を日本人男性 パテイシエ1人がきりきり舞いで応対していた。

 保存地区の広告規制が厳しいらしい。店舗のディスプレーも控えめだ。小さな白い「M」のマークをつけただけのマクドナルドの店舗が、なにかほほえましく見えた。

 パリの景観で忘れられないのは、初日の夕方に訪れたエッフェル塔だった。

 早くも電飾に輝くこの塔は、広い シャン・ド・マルス公園の真ん中に4本の柱に支えられて真っ直ぐに伸び、レースで編んだような半円形の鉄製アーチの間に立つと、セーヌ川の向こうに シャイヨ宮が望める。

 振り向いても、もういちど前を見ても、周りに高い建物はなにもない。胸いっぱいに空気を吸い込み、ため息をつきたくなる。そんなすがすがしい空(そら)空間が広がる。

 なんと、Yさんがこの塔にある1ツ星レストラン 「ル・ジュール・ヴェルス」に予約を入れてくれていた。アーチ型の脚の間に設置されている専用エレベーターで高さ125メートルのレストランに入る。

 窓際の席からパリの街が一望できる。見事に同じ高さにそろった石造りの建物群。その間を「パリ大改造」で作られた通りが放射線状に延び、細い路地が入り組んだように建物の間を縫っている。

 右手の黒い塊は、 ブローニュの森だろうか。正面に見えるのは、悪名高い高層ビル 「モンパルナス・タワー」

 ところが、その素晴らしい風景を撮ったカメラを、翌日、ルーブル美術館で盗難にあって失ってしまった。カメラそのものは、入っていた海外旅行保険のおかげで8%の消費税付きで代金が戻ってきたが、あのすばらしいパリの景観の写真は戻ってこない。

 かつてエッフエル塔が出来た時に、この塔の建設に反対した、かのモーパッサンは「ここがパリの中で、いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから」と、エッフエル塔のレストランによく通った、という。

 機会があったら、もう一度、このパリの景観を見に来たいと思う。今度は「モンパルナス・タワー」からエッフエル塔の建つパリの街を見るために。

▽参考に読んだ、その他の本

※ 「パリ神話と都市景観 マレ保全地区に7置ける浄化と排除の論理」(荒又美陽著、明石書店)

パリ神話と都市景観―マレ保全地区における浄化と排除の論理―
荒又 美陽
明石書店
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 ※ 「セーヌの川辺」池澤夏樹著、集英社)

※ 「美館都市パリ 18の景観を読み解く」(和田幸信著、鹿島出版会)

美観都市パリ―18の景観を読み解く
和田 幸信
鹿島出版会
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パリの景観:写真集
パリ・オペラ座の天井部外観;クリックすると大きな写真になります。 マレ地区の小路;クリックすると大きな写真になります。 マレ地区の通り;クリックすると大きな写真になります。 ユダヤ人街でのレストラン;クリックすると大きな写真になります。 マレ地区・スイス文化デンター小路;クリックすると大きな写真になります。
パリ・オペラ座の天井部外観。「パリ大改造」計画では、この外観が見通せるように広いオペラ通りが造られたという マレ地区の小路 マレ地区の通り。見事に建物の高さがそろっている ユダヤ人街でのレストラン マレ地区・スイス文化センター小路。落書きがなぜか。
カリナヴァル博物館;クリックすると大きな写真になります。 ヴォージュ広場;クリックすると大きな写真になります。 バスティーユ広場;クリックすると大きな写真になります。 セーヌ河岸の自動車専用道路;クリックすると大きな写真になります。" ノートルダム寺院;クリックすると大きな写真になります。
カリナヴァル博物館 ヴォージュ広場 バスティーユ広場。後ろに見えるのは新オペレ座 セーヌ河岸の自動車専用道路 ノートルダム寺院
サンジェルマン地区の通り;クリックすると大きな写真になります。 サンジェルマン・デ・フレ教会;クリックすると大きな写真になります。 サンジェルマン地区のマクドナルド店;クリックすると大きな写真になります。 雨の凱旋門;クリックすると大きな写真になります。 世界遺産・セーヌ川岸とエッフエル塔;クリックすると大きな写真になります。
サンジェルマン地区の通り サンジェルマン・デ・フレ教会 サンジェルマン地区のマクドナルド店 雨の凱旋門 世界遺産・セーヌ川岸とエッフエル塔
パリの地下鉄車内;クリックすると大きな写真になります。 P1040167.JPG
パリの地下鉄車内。けっこう黒い人が・・・。 設立当初は賛否両論だったルーブル美術館のガラスのピラミッド入口。周りの景観との違和感はない


2014年7月 9日

パリ・ロンドン紀行④「ルーブル美術館㊦」2014年4月30日(水)



 ルーブル美術館休館日明けの水曜日。この日は地下鉄を利用してリヴォリ通り沿いのリシュリュー翼3階18室「ギャラリー・メディティスの間」に入った。

 なんと女性警備員2人が、ガラス天井の下の大広間真ん中で朝の打合せをしている以外、観覧者はまだ1人もいない。同行Mが勧めた「開館直後の午前9時に入ろう」という作戦は大成功だった。

 広間の両側を飾っている24枚の大作は、イタリア・ メディチ家からフランス王・ アンリ4世の妃になった マリード・メディティスが、自らの生涯を描くようバロックの巨匠・ ルーベンスに依頼したもの。

 王妃メディシスはいささかメタボ気味で27歳の晩婚。国王アンリ4世は女好きで、ルーブル宮殿ではその愛人と一緒に住まわされ、フランス語がしゃべれないメディシスはいつも孤独だった。やっと息子 ルイ13世に恵まれたが、夫アンリ4世が暗殺されてしまったうえに、ルイ13世の取り巻きの貴族群に嫌われ、国外に追放されてしまう。

 こんな生涯を"自画自賛"の絵に描くよう依頼されたルーベンスは、神話の世界に仕立てることを思いつく。

 2人は、リヨンの町で初めて対面する設定になっているが、夫はローマ神話の神 ユーピテル、妻は女神ユーノーとして描かれる。下で馬車を曳くのはリヨンにちなんだ「LIYON(ライオン)と、寓話性にあふれている。

 間もなくこの広間に模写に現れた男性のキャンバスに描かれているのは、フランス・マルセイユ港にイタリアから到着したメディシスを歓迎する海の妖精たちだ。

この大広間の周辺には、17世紀 フランドルをはじめ、オランダ、ドイツなどの作品の部屋が続いている。

 24室には、フランドル出身の ヴァン・ダイクが描いた 「狩り場のチャールズ1世」が、38室にはあの ヤン・フェルメール 「レースを編む女」(24×21センチ)が宝石のように置かれていた。

 その間の部屋にあるはずの レンブランド 「バテシバ」を見つけることができなかったのは残念だった。旧約聖書に書かれている ダビデ王に横恋慕された家臣の妻の水浴姿というテーマは、それまでも何人もの画家が挑戦している。

  中野京子 「はじめてのルーヴル」によると、モデルは乳癌で亡くなったレンブランドの愛人で「左の乳房の明瞭な影がその証拠ということが、近代になって分かってきた」という。

 「光と闇の画家」と呼ばれたレンブランドが描く、モデルと「バテシバ」の"影"。その絵が飾られているはずの部屋番号まで事前に調べたのに、見落としてしまったのは「もう一度おいで」というルーブルの魔法をかけられたせいだろうか。

 もう1つの裸体画、10室にあるフォンテンブロー派 「ガブリエル・デストレとその妹」は、ちゃんと見つけることができた。

 入浴中の左側の女性が右側の女性の乳首をつまみ、懐妊を示唆している。つままれているのは、アンリ4世の愛人の愛妾・ガブレリエル・デストレ、つまんでいるのはその妹という不思議な構図だ。

 中野京子は 「怖い絵2」(朝日出版社)のなかで、こう書いている。

 
手と指の描写に、いささかデッサンの狂いが見られ、その狂いがかえって奇妙な効果を上げている。まるで白い蟹(かに)がガブリエルの柔肌を這(は)いまわっているような、エロティックでもあり、ユーモラスでもあり不気味でもあるいわく言いがたい皮膚感覚を、見る者に呼び起こす。


 ここで、いったん地下まで降り、ピラミッド経由で、見学初日に見落としていたドウノン2階の「大作の間」に入った。ここには、19世紀フランスを代表する大型絵画が、隣の「ナポレオンの間」と同じ赤い壁紙が張られている。

 入って正面左にあるのが、19世紀・ ロマン主義を代表するジェリコー 「メデューズ号の筏」。491×716センチという大作だ。

 難破したフランス艦から筏で脱出した150人の兵士のなかで生き残ったのは15人。ジェリコーは、それらの人々から取材を重ね、臨場感あふれた作品に仕上げた。

その右側には、 ドラクロアの代表作「民衆を導く自由の女神」がある。

 1830年の 7月革命を記念して描かれたものだ。女神の左にいる山高帽の男はドラクロア自身と言われる。しかし、革命は3日間で終わって王政は続き、この絵は国家に買い上げられたものの、人の目に触れることはなく、公開されたのは約40年後の共和制復活後だった、という。

 その隣にある、同じドラクロアの「サルダナパロスの死」にも引きつけられる。

 紀元前7世紀、死期が近いことを知ったアッシリア王・ サルダナパロスが、自分に仕えた人々を虐殺させるのを平然と見ている。画面には血は一滴も流れていないのに、赤いベッドと女体の肌色の色彩感で異常な光景を見事に演出している。

 ドラクロアのライバルであった新古典主義の アングルの代表作 「グランド・オダリスク」を見に「ナポレオンの戴冠式」のある75室に戻る。

 「オダリスク」というのは、トルコのハーレムに仕えた女性のこと。アングルは背中を異常に長く描いてその優美さを強調することで、絵画史上でも最も有名な裸婦像を完成させた。

  同じアングルの 「カロリーヌ・リヴィエール嬢」という肖像画にも引き込まれる。ルーブル美術館のWEBページでは、この絵のことを「少女の清新性と女性の悦楽という両義性を描いた」と解説している。

 最後に、グランド・ギャラリー経由でシュリー翼3階に向かう。 ロココを中心とした17-19世紀のフランス絵画が展示されている。

 ルーブルに寄贈された数百点のロココ絵画のなかでも、ヴァトー 「ピエロ(古称・ジル)」は、心引かれる絵画だ。白い道化服を着た等身大のピエロが、もの悲しい気な目で見る人をじっと見つめている。

 同じ18世紀ロココ時代を代表する フラゴナール 「水浴の女たち」「霊感」などにまじって、ちょっと不思議な絵が、窓際にそっと飾られていた。

  グルーズ「壊れた甕」だ。
 美しい少女が、左胸をあらわにし、乱れた服装のままでたたずんでいる。膝の上で抱えているバラの花と右腕にかけたひび割れたかめは、彼女が純潔を失ったばかりであることを表している、という。

 19世紀を代表する コローの作品は、 「真珠の女」などと並んで、一連の風景画が印象的だ。「次世代の 印象派への橋渡しをした画家」と言われるゆえんだろう。

 一番奥に、ルーブルが誇る逸品、 ラ・トウールの作品群が誇らしげに並んでいた。

 ラ・トウールは17世紀に活躍した画家だったが、その後何世紀も忘れられ20世紀初めに再認識された、という。再発見したのは、ルーブルの学芸員たち。

 明らかにカラヴァッジョの影響を受けて、光と闇に包まれた宗教画を描き続けたラ・トウールの作品のなかでも、「いかさま師」は、異色かつ不思議な作品だ。

 若い善良そうな若者に、他の3人がまさにいかさまを仕掛けようと目配せをしており、男が背中に隠したダイヤのエースのカードを抜きだそうとしている・・・。

 ルーブル美術館が主導して刊行、世界各国語に訳されている 「ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて」(日本語版・ディスカヴァー・ツエンティワン刊)は「『いかさま師』には3つの主題が隠されている」と解説している。

 
(それは)17世紀に最大の罪とされていた3つの悪徳、賭博、飲酒、淫蕩。・・・若者(無垢の擬人化)は自分を自分を待ち受けている悪徳に全く気づいていない。・・・ダイヤのエースを抜き取っているいかさま師の右手の先には。黄色いスカーフを頭に巻いた若い女性が2つ目の罪を表すワインを手にしている。テーブルの真ん中に座っているのは、宝石をたくさん着飾って豪華な服を着た娼婦である。彼女は女性の誘惑の象徴で、視線と手振りで、2人の仲間に今がチャンスだと合図を送っているようだ。


 NHKの番組によると、ラ・トウルが20世紀初めに再認識された時、ルーブルが所蔵していたのは 「羊飼いの礼拝」1点だけだった。

 しかし、その後全国的な募金活動をしたりして、現在は世界で十数点しかないといわれる作品のうち、ルーブルは8点を所蔵している。「聖イレネに介抱される聖セバティアヌス」は、パリ近郊の村の教会の壁にあったのを偶然に発見され 「ルーブル美術館友の会」が購入を決め、ルーブルに寄贈した、という。

ルーブル美術館写真集(2)
ルーベンス「マリード・メディシスの生涯(リヨンでの対面);クリックすると大きな写真になります。" ルーベンス「マリード・メディシスの生涯(王妃マルセイユに上陸)」;クリックすると大きな写真になります。 ヴァン・ダイク「狩り場のチャールズ1世」 フェルメール「レースを編む女」;クリックすると大きな写真になります。 フォンテンブロー派「ガブリエル・デストレとその妹」;クリックすると大きな写真になります。
ルーベンス「マリード・メディシスの生涯(リヨンでの対面)」 ルーベンス「マリード・メディシスの生涯(王妃マルセイユに上陸)」 ヴァン・ダイク「狩り場のチャールズ1世」 フェルメール「レースを編む女」 フォンテンブロー派「ガブリエル・デストレとその妹」
アングル「グランド・オダリスク」;クリックすると大きな写真になります。 同「カロリーヌ・リヴィエール嬢」;クリックすると大きな写真になります。 ジェリコー「メデューズ号の筏」;クリックすると大きな写真になります。 ドラクロア「民衆を導く自由の女神」;クリックすると大きな写真になります。 同「サルダナバロスの死」;クリックすると大きな写真になります。
アングル「グランド・オダリスク」 同「カロリーヌ・リヴィエール嬢」 ジェリコー「メデューズ号の筏」 ドラクロア「民衆を導く自由の女神」 同「サルダナバロスの死」
ヴァトー「ピエロ」;クリックすると大きな写真になります。 フラゴナール「水浴の女たち」;クリックすると大きな写真になります。 1フラゴナール「霊感」;クリックすると大きな写真になります。 グルーズ「壊れた甕」;クリックすると大きな写真になります。 コロー「真珠の女」;クリックすると大きな写真になります。
ヴァトー「ピエロ」 フラゴナール「水浴の女たち」 フラゴナール「霊感」 グルーズ「壊れた甕」 コロー「真珠の女」
16-20140428_141516.jpg ラ・トウール「羊飼いの礼拝」;クリックすると大きな写真になります。 「聖イレネに介抱される聖セバティアヌス」;クリックすると大きな写真になります。
ラ・トウール「いかさま師」 ラ・トウール「羊飼いの礼拝」 ラ・トウール「聖イレネに介抱される聖セバティアヌス」




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