2008年10月アーカイブ: Masablog

2008年10月28日

読書日記「中国 静かなる革命」(呉軍華著、日本経済出版社)


 北京オリンピックの前後から急に中国論の出版が目立ってきた。一般紙の書評欄に取り上げられたものを、書名だけ列記してみてもこんなにある。
「幻想の帝国」「中国低層訪談録」「不平等国家 中国」「中国社会はどこへ行くか」「トンデモ中国 真実は路地裏にあり」「和諧をめざす中国」「愛国経済」「中国の教育と経済発展」・・・。

 いわゆる「中国崩壊論」をめぐるものが多いようで、読む気になる本は少なかった。そのなかで、この本に興味を持ったのは、表紙のサブタイトルに「官製資本主義の終焉と民主化へのグランドビジョン」とあったからだ。

 このブログで先に取り上げた「中国動漫新人類」でも、近未来での中国の民主化の可能性を示唆していたが「民主化へのグランドビジョン」を教えてくれるというのは、極めて魅力的だ。芦屋市立図書館で探したが、新刊本なので在庫なし。購入申し込みをしたら、予想外に早く借りることができた。

 最初の「謝辞」を見てびっくりした。「真っ先に感謝の意を表したのは柿本寿明日本総合研究所シニアフエロー」とあるのだ。柿本さんは、私が現役の新聞記者時代に多くの示唆をいただいたバンカー・エコノミスト。著者は、その柿本さんから長年指導を受けた中国人エコノミストで、2児の母。先日、たまたまお会いした三井住友銀行の某首脳も「日本総研が誇るチャイナ・ウオッチャー」と絶賛されていた。

 この本の結論は「まえがき」にほぼ書きつくされている。

 「中国崩壊論」はすでに崩壊しているという楽観論を示した後、中国で「2022年までに共産党一党支配の現体制から民主主義的な政治体制に移行」という"革命"が起きる、と断言しているのにまずびっくりする。
 社会主義市場経済という名のもとで、中国はこれまで共産党・政府という官のプランニングによって改革を実施し、官とその関係者が恩恵の多くを享受するような『官製資本主義』的改革を進めてきた

 しかし実際の中国では、腐敗の浸透や所得格差の拡大、社会的対立の先鋭化といった問題が深刻化・・・共産党は背水の陣で政治改革に臨まなければならないところまで来ている


 それでは、2022年までに政治改革という名の"革命"を起こすのは、一般市民や学生なのか。そうではないらしい。

 著者は、ポスト胡錦濤体制では、これまでとは「異質」なリーダーが指導部入りをはたすと予測する。

 彼らは、改革開放後の中国や海外で高等教育を受け、自由や平等、人権尊重といった民主主義の理念を自らの生活体験を通じて実感している。

 文化大革命時代に青春を過ごした彼らは「知識青年」として農村に送り込まれ、中国、個人の将来を深く思考し続けてきた。
 2012年には、時代の流れを正しく読み取り、理想主義的で使命感の強いリーダーが誕生する可能性が高い。そして、中国共産党はこのリーダーの任期が満了する2022年までに、民主化に向けての本格的な政治改革に踏み切ると予想される

 あまりに楽観的すぎる感もあるが、なんとも明確かつスッキリしていて、分かりやすい結論だ。

 第六章にある「(共産党・政府)中堅幹部の政治意識」というアンケート調査がおもしろい。
  1. 「現体制の民主化水準に不満足」と答えたのが62・8%
  2. 望ましい政治制度として民主主義を選んだのが67・3%
  3. マスメディアに訴えるのは憲法で保障された国民の権利と答えたのは73・0%
  4. 多党制が社会的混乱をもたらさないという答えが50・0%で「もたらす」(35・8%)を大きく上回っている。


 著者によると、中国の中央党校(高級幹部を養成する中央レベルの学校で、最も影響力のある政策立案研究機関)では、シンガポールやスウエーデンの政治システムの研究が進められているし、アメリカの選挙やブータン王国の議会制民主主義への移行に関する報道も目立つという。

 著者は最後に言う。「中国は今後、どのような戦略で民主主義的体制『和諧社会主義』に向けて移行していく可能性が高いかを見極めなければならない」

 「和諧」というイメージが、もうひとつつかみ切れなかったが、現体制のなかでも、現状打破へのマグマが盛んにうごめいていることを感じ取れる新鮮な本だった。

著者へのインタビューと近影

最近、読んだ本
  •    「月曜の朝、ぼくたちは」(井伏洋介著、幻冬舎)
     大学を卒業して7年、30歳目前の元ゼミ仲間の人生模様。合併された銀行で悪戦苦闘する北沢、上司やユーザーの理不尽な叱責に会う人材派遣会社の里中、友人のアイデアでベンチャー企業支援のコンテストに合格しながら、出資希望者(資本家)の横暴を知って逃げ出す亀田。なんとなく「分かる、分かる」と声をかけたくなる。もう関係のない世界だけれど、なにか、なつかしさを感じてしまう小説。
     2003年もののロゼシャンパン「ランソン」、ベルギービールの「デュベル」「シメイブルー」、ブラックベルモット、モルトウイスキーの「ストラスアイラ」・・・。最近の若いサラリーマンって、いい酒を飲むんだなあ!


  •   「人生という名の手紙」(ダニエル・ゴットリーブ著、講談社)
     四肢麻痺患者として車いす生活をする精神科医の祖父が、自閉症の孫に送る「人生 知恵の書」。

     「人は本当は何に飢えているのだろう?それは安心感と幸せだ。真の安心感は自分自身に満足した時にだけ手に入る。誰かと愛し合い、理解し会う関係を築けば、その感覚はさらに強くなる。真の幸せは、充実した人生がもたらす『ごほうび』なのだ」


  •   「金田一京助と日本語の近代」(安田敏朗著、平凡社新書)
    「アイヌを愛した国語学者」という、これまでの社会イメージを「これでもか、これでもか」と覆すことを試みた驚愕の書。
     1954年、天皇にご進講をした内容にについて、当時の入江侍従はこう回想する。「(金田一)先生のお話は、日本語がアイヌ語に与えた影響はたくさんあるけれど。逆にアイヌ語が日本語に与えたものは、非常に少ない。つまり文化の高い民族は、その低い民族からは影響を受けないものである。こういう趣旨のことをかなり詳しくお述べになり・・・」


中国 静かなる革命
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呉 軍華
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1 中国への「愛」ゆえか、議論は粗雑
5 2012〜2022年は歴史の転換期

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5 日曜に読んでください
4 30代でも共感!
4 20代後半世代への応援歌

人生という名の手紙
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4 人生
5 電車で読むのは危険
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4 金田一京助像の書き換えを迫る


2008年10月20日

読書日記「仕事道楽」(鈴木敏夫著、岩波新書)


 宮崎駿著の「折り返し点 1997~2008」(岩波書店)という本と、この本は「まるであらかじめ企画されたように相補的な照応関係をなしている」。読売新聞の書評欄で分子生物学者の福岡伸一氏が書いているのを見て図書館に借り入れを申し込んだが、この著書が先に借りられた。

 本の軸になっているのは、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」などをヒットさせたプロデューサーの著者と、宮崎駿、高畑勲両監督との仕事を通じての葛藤ぶり。

 「高畑・宮崎の二人との出会いは強烈でした」と、著者は切り出す。アニメ雑誌の記者だった著者は、二人ともっとつきあいたいと思い、そのためになんとしても「彼らと教養を共有したい」と思う。そのため、二人が言ったことを全部、ノートに書きまくる。分かれた後は喫茶店に入って、一生懸命思い出しながら抜けているところを埋める。家に帰って、もう一度ノートに書き写す。寝る時間は極端に減ったが、それを毎日続ける。「これをやらないと、この人たちと五分につきあえないと感じていたのです」

 "取材記者″の基本と言ってしまえばそれまでだが、おかげで著者は二人の魅力に引きずりこまれ、スタジオ・ジブリのプロデューサーになってしまう。

 二人には「この本読みましたか」と、よく聞かれたという。

 高畑監督からは、ドナルド・リーチという人の『映画のどこをどう読むか」という本を教えてもらい、スタンリー・キューブリック「バリー・リンドン」という映画のおもしろさを知り、目からうろこが落ちる。

 宮崎監督には、中尾佐助の「栽培植物と農耕の起源」(岩波新書)のことを聞かれ、読んでないと言うと「無知ですね」とやられる。「日本の精神性と生活の基盤に・・・照葉樹林文化が存在する」とした」(福岡伸一氏)この本は「もののけ姫」などの発想につながっていく。

 高畑監督が「おもいで」というアニメを制作する時のこだわりがすごい。

 「おもいで」にとりかかった時に、NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」が雑誌で特集されており、高畑氏は、そのなかの2曲をどうしても聞きたいという。ところが、NHKの録画ビデオ、コロンビアのレコード、作曲家の自宅にも残っていない。しかし、高畑監督はあきらめない。そこで、いわゆる「マニア」の子に事情を話し、5日後に北海道の子が持っているのが見つかった・・・。

 「おもいで」のテーマは、山形の紅花摘みがテーマ。監督は、紅花作りの現場を見に行き、資料を集めて1冊のノートを完成させる。これを読んだ米沢の紅花の達人が言う。「これはたしかに、いちばん正しいやり方だ」

 紹介されているアニメ制作の職人気質のエピソードもおもしろい。

 「となりの山田くん」の顔はやたらと大きく、二頭身。これをアニメに描くのは至難の業らしい。そこで、職人気質の二人が話しをする。「どうやって歩かせてる?」。まかされている職人は、2本指を足に見立てて動かせてみせる。「やっぱりそうですよねえ」。「なんか武芸者同士の会話みたい」と、著者はおもしろがっている。

 ジブリには4つのスタジオがあるが、ちょっと離れたところに借りた一軒屋があり「力はあるが、時間がデタラメという人は、ここで仕事をしてもらう。一度は辞めたいと言ったある絵描きはここにおり、今回の「崖の上のポニョ」でもすごい力を発揮したらしい。

 ジブリの作品が大当たりばかりだと、いささかやっかみ半分の批判も飛び出してくる。

 文藝春秋10月号の書評欄には、宮崎監督の作品について″エコブームに悪乗り"めいた批評が載っていたし、雑誌「正論」の11月号にも「もののけ姫などに隠されているメッセージは『上の世代になにをされても恨むな』ということ」という、なんだかよく分からない評論が掲載されている。

 しかし、技術者だけで1000人を越えるというディズニーからの提携の申し込みを断わり"町工場"に徹するスタジオ・ジブリの手法は、悩める日本の産業に大きな示唆を与えているように思える。

 今年で、高畑監督73歳、宮崎監督67歳、鈴木プロデューサー60歳というシルバー軍団に、バンザイ!

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5 仕事が道楽であることの 幸福感
4 個性的な人たちとの仕事のしかた
4 楽しく大変に
5 正直、鈴木さんは「やっぱり凄い人だな」と思った。
4 聞き書きは共著にするべきだ

折り返し点―1997~2008
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宮崎 駿
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5 子供のために
5 12年間に渡る作品の軌跡

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4 育種に歴史に興味のある方にお勧め。
4 "生"のための農業
5 文明の基盤がいかに作られたかを明らかにする名著


2008年10月 7日

読書日記「やさしいため息」(青山七恵著、河出書房新社刊)


 この小説は、こんなトーンの文体に終止する。
 風呂を沸かすあいだ、ベッドに腰かけ前かがみになって、膝の上に頬杖をついてみる。お湯が湯船にたまっていく音が聞こえた。頼りがいのある音だった。ほかほかの湯気の中をまっすぐに落ちていくお湯の柱が目に見えるようだ。数分後には、わたしはいい匂いのするあたたかいお湯の中にいる


 昨年の芥川賞を「ひとり日和」(同社刊)を受賞した著者の第2作の購読申し込みを芦屋市立図書館にしたのは、朝日新聞の書評欄に作家の阿刀田 高がこんな文章を書いていたからだった。
 小説家は"人が歩き、犬がほえ、車が走る"というただそれだけのことを書いても文章に巧みさが、おもしろさが光る、と私は信じているが、この作家の筆致には、それが漂って、読み心地がよい


 OLである主人公のところに、4年間音信不通だった弟が転がり込み、姉の観察日記をつけ始める。しゃべる日常が、あまりに平凡、平穏なので、時々うそをまじえて話す。ただ、それだけのあらすじ。

 もう少し引用してみる。
 疲れていたけれども、まだ歩きたいと思った。そうやって歩いていると、わずらわしいものからどんどん遠のいていけるようで、生活がどうとか人生がどうとか、そんなことより何か陽気で楽しい考え事ができるような気がしてくるのだ

 マグカップから、オレンジ色の液体が喉を通り、胸とお腹の境目くらいに流れ着く。上半身を揺らしてみると、そのあたりのなまぬるいところを冷たいものがさわっていく。冷たいものはわたしのなまぬるさを含んで、だんだん消えてなくなって、お腹の中が少し重い感じがするだけになる。わたしはジュースのことなど忘れてしまったように、もう次の行動を始めている。流しにたまったコップや皿を洗う。風呂を沸かす

 分からないようで、分かるような感覚。阿刀田 高は書評で「40~50代の読者は『このヒロイン、なにを考えているんだ』と鼻白むかもしれない」と書いているが、60歳後半に突入したじじいの読後感は、そう悪くはなかった。

 あえて言えば、こんな感じ。
 淡いパステル画のちょっと引かれる展覧会をざっと見た昼過ぎ、レストランで季節野菜のパスタを注文する。いつもはフルボディの赤ワインだけど「今日は、軽めのグラスワインに。なんだか頼りないけれど、まあ、おいしかった」

 ついでに、芥川賞受賞の「ひとり日和」も借りてみた。本館にはなく、打出分室の一般書棚に並んでいたのを、すぐに借りることができた。昨年の受賞作が、小さな分室に1冊しかなく、借りる人もなく書庫に残されているのは・・・。

 東京の遠縁の老女の家に同居し、老女とそのボーイフレンドとなんとなく交流し、自分の恋人には、ふられたり、ふられかけたりする。時々、周りの人のつまらないものを盗んで、秘密の小箱にしまい込む20歳のOL。

 著者によると、最後に自立へのきっかけをつかむから「ひとり日和」なのだそうだ。受賞決定の記者会見で、選考委員の石原慎太郎は「都会のソリチュード(孤独)が一種のニヒリズムに裏打ちされ・・・」と講評していたが、この作品にニヒリズムを感じるとは、さすが大作家。

 図書館で「年をとって、初めてわかること」(立川昭二著、新潮選書)という、えらくたいそうな題がついた本を借りてみたらなんと、この本の選評が載っていた。

 本表紙裏の著者紹介には「生老病死を追求する北里名誉教授」とあり、老いに関する小説を中心に論評している。

 「ひとり日和」は、第六章「老若の共生」のなかにあり、こんな一節を引用している。
 『あたしこんなんでいいと思う?』。吟子さんは答えなかった。静かな視線が、わたしの顔や、肩や、胸や足の上に筆を当てるように、順に動いていった。そのたびに、淡い色をのせられていくような感じがした

 まもなく死んでいくものと、これから生きていかなければならないもの同士の淡く、温かい心のふれあい。

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4 『ひとり日和』の続編かも

ひとり日和
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3 買いですが・・・。
2 書き方が乱暴
4 海面はベタ凪でも、潮の流れは・・・
3 大して面白いとは・・・
4 淡々と‥4


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