読書日記「おとなの味」(平松洋子著、平凡社刊)
独居老人になってから、月に1回、料理教室に通い出した。
「なるほど」と思ったのは、レシピ通りに作るのが基本ということ。とくに、醤油、砂糖、みりん、酢、オイルなどの調合さえ間違えなければ、煮魚でもロールキャベツでも、タコとセロリーのサラダでも・・・。ちゃんと食べられる。
しかし、この著書に盛り込まれた45篇の小品と20の写真集を読むと、料理の知恵、おとなの味はいかに奥深いかを知らされる。「ヘー!ホー!」と、我が男の料理の底の浅さを思い知る。
「すいかを切るとき、種がすくないところを表面にするためには縞模様のあいだに包丁を入れる」
「冷や麦をゆでるときには火を止めたあとふたをして一瞬蒸らすとぐっとおいしくなる」
豆腐は水を切ると味がしっかりし、炒めるときもおいしさが跳ね上がる
と著者。
「冷や麦をゆでるときには火を止めたあとふたをして一瞬蒸らすとぐっとおいしくなる」
豆腐は水を切ると味がしっかりし、炒めるときもおいしさが跳ね上がる
「さいきんの自慢をひとつ」というレシピをさっそくやってみた。ゆでたほうれん草をザクザクに切り、しっかり水切りして崩した豆腐と和える。味つけは塩、オリーブオイル、黒こしょう。
「ウーン」。もうひとつピンとこなかった・・・。しかし、水切りして大きめに割りほぐした豆腐をまずきつね色がつくまで焼く、というチャンプルは一度、挑戦してみよう。
「立ち呑みはひとりが似合う」。大阪キタの梅田新食堂街の立ち呑み屋が込んでくると「ダークする」。おたがいの肩がぶつかり合わないように「(コーラスグループの)ダークダックス」さながらの構えをとる。「キタの立ち呑み屋の風情は天下一品だ」
京料理「菊乃井」の三代目主人の話し。「関東の水で炊いた米は粒が立って硬めやから、がちがち食べんといかん。ところが京都の水はにやにやっとした炊き上がり。やわらこうて、もちっとしている。関東の水は硬度が高く、京都の水は軟水やからね」「東京の水は、僕らにしてみると喉にひっかかんねんな」
実践女子大学の数野千恵子准教授の言葉。
「ヨーロッパは硬水だからこそ、硬い肉や野菜をじっくり込んでシチューをつくったり、スープストックをつくる。長時間煮込むと、硬水の素材から抽出されたイノシン酸やアミノ酸とよりよく結合して濃いうまみになります」
ヘー、知りませんでした。
甘鯛をアクアパツツアで作る時、軟水は魚のうまみが穏やかに出た澄んだ味。硬水は魚の骨太なうまみがぐいっと前面に押し出された味になる。
山形県鶴岡市のイタリアンレストランのオーナーシェフの話し、という。
あん肝、からすみ、酒盗、いかの塩辛、くちこ、このわた、塩雲丹、ばくらい、にがうるか、・・・じこい、浜納豆、豆腐の味噌漬け・・・。「豆皿にほんの少し取り分け・・・ちびちび舐める。啜る。齧る。すると、そのたびに酒の味わいがくっきりと際立ち、また一献」
ウーン、味わったことのない珍味がある・・・。
この本にはいくつか「おとなの味」が楽しめる店やレストランが登場する。この欄に出てくるのが、名古屋・広小路伏見角の居酒屋「大甚」。著者たちは、ここで開店直後の午後4時過ぎに飲みだすという桃源郷を味わう。
「お客のすがたはぽつり、ぽつり。しんと静まって、こころなしかみなおとなしい。けれども、どこかうれしそうだ」
この店で、二十年ほど前に,友人と午後4時の桃源郷を味わったことがある。バタヤン、こと田端成治。中日新聞名古屋本社の根っからの芸能記者だったが、酒を浴びるように飲んで・・・。本紙に連載されたコラムをまとめた「ちりとてちん」(非売品、中日新聞本社出版開発局)というすごい本を残して、逝ってしまった。1998年、享年56歳。
このお盆、バタヤン帰ってこないか?と、なつかしい本を繰る。
もう一店。石川県白山麓の摘草料理「うつお荘」。
「ふきのとうの辛味噌だれは、箸の先にのせて舐めるたび、辛さの刺激がぴりりと容赦ない。イチジクのごま味噌だれは、時間をかけてじっくり擂ったにちがいなく、こっくりと濃厚な密度に夢中になる。・・・ずいきのしゃくしゃくっと切れのよい歯ごたえ。目にも芳しい翠いろのもち草の葛寄せには、青々とした苦みが走る。大葉ぎぼしは、噛むうちわずかに滲み出るぬるみが愉しい。もみじがさはこりこりっと軽やかかでーーー」
死ぬ前に一度は、と夢見つつ。
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