読書日記「ジャガイモのきた道――文明・飢餓・戦争」(山本紀夫著、岩波新書) - Masablog

2009年1月 3日

読書日記「ジャガイモのきた道――文明・飢餓・戦争」(山本紀夫著、岩波新書)


ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争 (岩波新書)
山本 紀夫
岩波書店
売り上げランキング: 31487
おすすめ度の平均: 4.0
4 岩波新書にしては読みやすい、ジャガイモ文明論
4 ジャガイモで文明はおきるのかを説明
5 まさに「歴史ドラマ」を垣間見せてくれる一冊
4 ジャガイモで発展したインカの山岳文明
3 ジャガイモの歴史と役割をサクッと読める一冊


 昨年5月に発刊されて以来、気になっていた本だった。「また食べ物の本もなあ」という、つまらない〝自制〟のおかげで手にしないでいたが、昨年末の新聞書評欄の「今年3冊」に何度か取り上げられるのを見て、ついにがまんできなくなった。

おもしろかった。

 国立民族学博物館名誉教授の著者は、初めてアンデスを旅した際「アンデス・インカ文明を生んだのはトウモロコシ」という世界的な通説にふと疑問を持つ。そして毎年のようにアンデスに通い、それまでの専門だった植物学から民族学に転向してしまう。

 そのへんのいきさつは、ある機関紙の対談にも載っている。数年間の滞在研究の結果、インカ帝国の主食はジャガイモであり、トウモロコシは太陽にささげられる酒の原料になる儀礼的な作物であったことを〝発見〟してしまうのだ。

 筆者がジャガイモに興味を持ったのは、京大2年の時に中尾佐助の「栽培植物と農耕の起源」(岩波新書)という本に運命的に出会ったからだという。このブログにも、以前に書いたが、あの宮崎駿監督が人に勧めてやめない本である。

 山本名誉教授によると「わたしたちが日常食べている『栽培植物』はすべて人間が作り出したものである」という。そして野生の雑草だったジャガイモを食物として栽培することに成功したインダス文明。そのすごさを、フイールドワークで見つけた事実を積み重ねて実証していく。
インカの人々は、チューニョ加工と呼ばれる毒抜き(イモ類にはすべて有毒成分が含まれているという)、乾燥技術を開発し、栽培化されたジャガイモを、標高4000メートル近いアンデス高原をその花で埋め尽くす(山本紀夫写真展から)大量生産品種に育て上げた、というのだ。
 「イモ農耕では文明を生まれない。穀物文明こそ文明社会成立の必須基盤だ」という、これまでの考古学、歴史学の常識に反論していくのも痛快な記述だ。

 著書は、副題にある〝文明〟から〝戦争・飢餓〟へと展開していく。ヨーロッパにジャガイモが伝播・普及していく歴史である。

 最初は、「聖書にも出てこない作物」と気味悪がれたり、食べるとらい病になると信じられて「悪魔の植物」と呼ばれたりしたジャガイモがフランスで普及していったのは、7年戦争後の飢餓を経験した18世紀。ルイ16世の呼びかけに応じてジャガイモの普及に努力したのが、農学者のアントワーヌ・パルマンティエ
パリ市内や地下鉄の駅には銅像が建てられており、今でもフランスではジャガイモ料理に〝パルマンティエ〟の名前をつけた料理がいつも添えられ、その功績をたたえているという。

 ルイ16世の王妃・マリーアントネットが、普及のためにジャガイモの花の髪飾りをつけたという話しは「キャベツにだって花が咲く」(稲垣栄洋著、光文社新書)に書かれていたのを思い出した。

 ジャガイモがオランダで普及したことを示す、有名な名画を口絵で紹介している。
 ファン・ゴッホが1885年に描いた「ジャガイモを食べる人たち」だ。
 著者は「ジャガイモを掘り起こした(泥のままの)手で皿に山盛りされているイモを食べている農民の家族を描いたもの」と「ゴッホの手紙」を引用しながら紹介している。ジャガイモが、当時の生活に欠かせない食物だったことが分かる。

 ジャガイモの疫病が生んだアイルランドのジャガイモ大飢饉についても、著者は多くのページを割く。大飢饉で100万の人が死に、アイルランドから去っていった人は150万人に達したという。その一人が、米国大統領になったJ・F・ケネディの祖父だった。

 イギリスとアイルランドの抗争は、大飢饉の時のイギリス政府の植民地政策のせいだった、という。イギリスのブレア元首相が謝罪して、1998年にIRAとイギリスの和解が成立したという記述があるWEBページに載っている。

 日本へのジャガイモ伝ぱ・普及の歴史は「川田男爵の開発したダンシャクイモ」「明治文明開化とカレー」「大正時代のコロッケ」「戦中、戦後の代用食」など、これまでも聞いたり、知っていたりしていたりしたことも多い。

 ただ、終章で著者は、こう説く。
日本の食糧自給率は、主要先進諸国で最下位である。...自給率の高い国一〇カ国のうち六カ国・・・カナダ、フランス、アメリカ、ドイツ、イギリス、オランダは・・・ジャガイモの生産量が大きい国である
飽食といわれる日本こそ、そして小麦やトウモロコシなどの穀物価格が高騰している・・・今こそ、過去に学び、食糧源として大きな可能性を秘めるジャガイモなどの・・・長所を見直し、将来に向けて準備をしておく必要があるのではないだろうか


 減反によってイネを捨て、買いすぎたイモを腐さらす。そして正体不明の輸入食品に頼る飽食・日本は、はたして〝文明〟の国なのだろうか。余談ながら、ふとそんなことも思った。

栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版)
中尾 佐助
岩波書店
売り上げランキング: 43833
おすすめ度の平均: 4.5
4 育種に歴史に興味のある方にお勧め。
4 "生"のための農業
5 文明の基盤がいかに作られたかを明らかにする名著

キャベツにだって花が咲く (光文社新書)
稲垣栄洋
光文社
売り上げランキング: 133828
おすすめ度の平均: 5.0
5 ユニークな発想。おもしろい。




コメント

向野 様

 長文のコメント、ありがとうございます。

 本の内容を要約しているだけで「読書ブログ」と言えるのかどうか、内心じくじたるものもありますが、まあ無理をせず、今年も「続けることに意義」を見つけたいと思っています。

 またコメントをお待ちします。ご活躍を。

 masajii

土井さん。お元気ですか。本年も宜しくお願い致します。この本、絶対に読もうと思いました。アンデス・インカ文明を育んだのはトウモロコシじゃないんですね。そもそも、ジャガイモの生みの親がインカ帝国の皆さんだなんて、ミジンコにも知りませんでした。感動です。「栽培植物は人間がすべて作り出したもの」。うーん、そうだったのか。野生の雑草を食物にしてしまう先人の知恵。ひたすら感動です。ちなみに、私、お芋全般が大好物なんです。コンビニにお菓子を買いに行けば、必ず芋けんぴを買い求め、マクドナルドではハンバーガーよりもフライドポテトにうつつを抜かし、立ち食いうどんのスタンドでサツマイモの天ぷらがあると100%注文します。おかげで、おならばっかり出ます。ぷんぷん。さておき、ヨーロッパで悪魔の植物と呼ばれた下りなど、こよなく愛してやまないジャガイモが世界に広がっていく様子は痛快ですね。何より感動したのが最後の下り。「自給率の高い世界の国々の大半がジャガイモの生産量の大きな国」とは。私、2年前の東京経済部時代に農林水産省を1人で担当しておりました。ちょうど食ショックが問題視され始めたころです。日本の自給率を高めるには、簡単な話、日本人が欧米型の食生活を見直せば済むのですが、いまさら食文化の時間の針を巻き戻すこともできないので難しいのですが、少なくとも日本人はもっとジャガイモを食べましょう。土井さんのおっしゃる通り、日本は文明国とは言えませんよね。閑話休題。今は本町の大阪府商工会館の4階でメールを書いています。土井さんもきっといらっしゃったに違いない大阪商工記者会です。百貨店だの食品メーカーだの、はたまたUSJにシャルレと、有象無象の企業群を抱えてぐったりしてます。そんな中、土井さんの読書日記は、僕を日常とかけ離れた世界に誘ってくれる宝物です。これからもどんどん面白い本を紹介して下さいね。あ、そうそう。土井さん、字がお上手になったんじゃないですか。賀状を読んで嫁はんと2人で大笑いしてしまいました(失礼)。だって、一言一句読み取れるんですもん。かつては、土井さんの字を読み取る技術にかけては、僕は経済部内で「達人」を自認していたのですが、これからはそんな肩書も必要なさそうです。寒い日が続きますが、おからだにはくれぐれも気をつけて下さいね。本町近辺に足を運ばれる機会があれば、ぜひ商工クラブにもお立ち寄り下さいませ。大先輩としての土井さんをジャガイモなみに愛してやまない向野でした。
 

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