展覧会鑑賞記「没後40年 熊谷守一 お前百までわしやいつまでも 」(於・香雪美術館)、読書日記「蒼蠅(あおばえ)」(熊谷守一著、求龍堂刊) - Masablog

2017年4月26日

展覧会鑑賞記「没後40年 熊谷守一 お前百までわしやいつまでも 」(於・香雪美術館)、読書日記「蒼蠅(あおばえ)」(熊谷守一著、求龍堂刊)


蒼蝿
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熊谷 守一
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 熊谷守一のことを知ったのは、どこだったのかとずっと考えていたが、このブログにも書いたが、「偏愛ムラタ美術館 〚発掘篇〙」(村田喜代子著、平凡社)だったことをやっと思い出した。

熊谷守一美術館は、大学、職場で大変お世話になった先輩Tさんのご自宅のある東京・豊島区にあるので、Tさんをお訪ねするのを兼ねてと思っていたら、そのTさんが急逝され機会を失っていた。

 それがなんと。神戸・御影の香雪美術館で、「熊谷守一 お前百までわしや」展が開催されているのを知り、桜の開花が少し遅れている雨の4月はじめ、友人Mを誘い、出かけてみた。

 ある、ある!

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   そう広くない美術館の1階に、あのシンプルな線で描かれた「猫」が、縁側でのんぼりとまどろんでいた。手前のガラスケースのなかのスケッチ帳には、のびやかな体や斑の色が字で書きこんであり、ち密な計算で完成された絵であることが分かる。

 村田喜代子は、こう書いている。
 「命という、形として単純化できないものを、両腕に力をこめてなでたり、転がしたりしながら、まるめ直したような感じ。熊谷の猫はふわふわしてなくて、頭骨の硬さが見る者の手にごつごつと触れる」

 木のてすりがついた階段を2階に上る。
 右奥に、代表作といわれる「ヤキバノカエリ」が、ひっそりと待っていた。

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    長女・萬の骨壺を持つ長男・黄、次女・榧が並んで歩き、少し前を歩く守一のいずれにも顔がない。デフォルメされた道と木々が一緒になって、静逸さだけが流れている。

 村田は書く。
 「単純化できない重大な出来事を、強い力で押さえつけて、単純化してしまったような・・・。だから一見のどかそう な絵だが、画面構成を見ると天と地の配分、三人の等間隔の並び方、緑の木の生え方まで、 何かギリギリのバランスの中に措かれている気がする」

 守一は、字もよく描いた。著書の題名「蒼蠅」もそうだ。

 
展覧会で売れないで残る「蒼蠅」という字は。よく書きます。わたしは蒼蠅は格好がいいって思うんだけれど、普通の人はそうとは思わんのでしょうね。病気のときなんて、床の周りをぶんぶん飛んでくると景気よくて退屈しない。この頃は蒼蠅もいなくて淋しいくらいです。
 ところがこの蒼蠅という字のも、ひどくきついのときつくないのとできるんです。蒼蠅がひどく頑張っているのと、そうでないのとね。


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   香雪美術館にも、装丁されたものが展示されていた。
 「これも売れ残った字か」と、ちょっとおかしくなった。きつい字であったかどうかは、よく分からなかった。

     
前は暑い時期には庭にござを敷いて、腰に下げたスケッチブックに、あたりの草花や蝸牛や蛙や蟻や虫などをスケッチしました。疲れると、そこにごろりと横になって眠ったものです。


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      土門拳撮影。著書「蒼蠅」より



 
縁側の端のフレームは、ここにきてすぐに造ったものです。浜木綿、月下美人、野牡丹は毎年よく咲きます。浜木綿はうちのはあまり大きくないけれども、人に分けたのは立派になっているそうです。ナイヤガラの滝の菊というのは秋に、日本の山で見る野菊よりずっと濃い色に咲きます。
 何時だったかの冬に、このフレームに蜂が巣を作ったときは、砂糖水をやりながら蜂の動きを毎日毎日見て過ごしたことがあります。


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わたしの描く裸婦には顔がないんで、女の人の美人をどう思うかって聞かれたことがあります。顔を描かないのは情が移るからで、そりゃ美しい人は美しいと思う。どういう人が美しいかということになると、人それぞれですから一概にはいえませんね。


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       次の言葉は、鷲田清一が毎日の朝日新聞朝刊の1面で書いている小欄「折々のことば」で見つけた。

 
わたしは、ぬけたような青空は好みません。
 まるでお椀でふたをされた感じで、窮屈です。
 それより少し薄雲リの空がいい。
 そんな日のほうが庭に出ても、気楽に遊べるような気がするのです。人の好みって変なものですね。


 「瑕(きず)一つない均質の生地で覆われているようで息が詰まるから? 遠近法がきかない透明な青の深みに吸い込まれそうで不安になるから? なのに、庭に掘った深い穴の底から見上げる空は「円くぬけて」いるみたいで面白い。「人の好みって変なものですね」と自分でも言っている。「画壇の仙人」といわれた画家の言行録「蒼蠅(あおばえ)」から」(2017年4月4日付け朝日新聞より)

 最近、NHKの「日曜絵画館」で見て、興味を引かれた画家で守一が「友人」と書いている、で、長谷川利行のことが、何回か登場する。

 
長谷川利行は飲んべえで、酔うと同じ話ばかり繰り返しました。
 わたしのとこへ遊びにくると、絵を描くことばかりいっている。お前みたいにぐずぐずしているのは損だっていいやがるんです。
 帰るぞといって出て行く。するとすぐまた戻ってきて、同じ話を繰り返しました。
 それでも。いやな感じはぜんぜんなかった。


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まえに写生に行ったとき、描く風景が見つからないので、仕方なく、畑のわきのひがん花を描いていました。
 横でお百姓さんが、黙って畑を耕していました。
 どこからきたのかわからないが、そのひがん花にかまきりが、大きな鎌を振りながら上がってきた。かまきりも入れてまとめると、そう嫌いじゃない絵ができました。
 するとお百姓さんがそばにきて、絵をのぞき、よくできたねとほめてくれました。


 「行ってきましたよ」。東京・亀戸にあるTさんの墓前に、ウイスキーを献杯しがてら、熊谷守一展のことを報告しようと、心に決めた。

 


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