知床紀行②「野生動物との共生」 - Masablog

2008年9月19日

知床紀行②「野生動物との共生」


 世界遺産・知床の象徴であるヒグマには、2度ほど遭遇というより、遠くからかいま見ることができた。

 1回は、この時期だけ行けるというカムイワッカの滝を見に出かけたバスのなかから。道路沿いの斜面をゆっくり歩いていた。双眼鏡で観察していた監視員によると、アリを食べにきた子グマだという。

クリックすると大きな写真になります このカムイワッカの滝(写真①)は、緩やかな岩面を川の水と温泉の水が混じって流れ落ちており、触ると温かい不思議な滝だ。アイヌ語で、カムイワッカとは「神の水が流れる川」。温泉の酸性が強いので、岩面にコケなどがつかないから、トレッキングシューズのまま沢登りを試みても、まったく滑らない。といっても、ところによってはかなりの急斜面。歩くのに不慣れな同行・Mは、数日間、足の筋肉痛に悩まされてしまった。

 もう1回はクルーザーツアーで、切り立った断崖や滝がオホーツク海に流れこむのを見に行った時。滞在中、海が荒れて観光船は連日休航だっただけに、船酔いの薬まで飲み、大波に揺れるクルーザーに乗るのは、なかなかの迫力だった。ウトロ港を出て、約1時間。海から遡上するカラフトマスやシロザケをねらって、ヒグマがよく出没するというルシャ川沖まで来た時、草原のなかを牡グマが歩いているのが遠目でも分かった。近くに知床自然センター(知床財団)の観察車2台がいて監視を続けている。

クリックすると大きな写真になります そこから、1キロほどウトロ側に戻った海岸でもヒグマ2匹がなにかを食べている(写真②)。間違って海岸に打ち上げられて死んでしまったイルカかクジラらしい。100メートルほど後ろには、別のヒグマが待機している。そのまた後ろの草原にも、もう1匹。ヒグマは、集団では行動しないようだ。

クリックすると大きな写真になります ホテルのロビーで「ヒグマが出没しているため本日、知床5湖中、1湖と2湖以外立ち入り禁止」という表示が連日、かかっていた。しかし、自然ツアーガイドのKさんによると、これは観光客向けの一種のトリック。本当は、ヒグマが出てくることが少ない5月から6月中旬までと9、10月以外は、知床5湖中、3、4、5湖の3つの周辺には電気柵が設けられ、終日立ち入り禁止なのだ(写真③)。しかし、観光ハイシーズンの遊歩道閉鎖には、地元観光業者の批判も強く、「本日立ち入り禁止」の表示が連日続くことになったという。

クリックすると大きな写真になります 1湖までの木道わきでは、ヒグマが好物のミズバショウの根を食べるために掘り起こした跡がいくつもあったし、2湖近くのクワの木には、実を採るために昇り降りした爪あとも残っていた(写真④)。丸い穴は登る時のもの。滑り降りる際の爪あとは長く残っている。

 知床にいるヒグマは、約400頭。空港に帰るバスのガイドの説明によると「東京・新宿区に約10頭いる」勘定だそうだ。知床は、世界でも有数なクマの高密度生息地なのだ。そこへ世界遺産に認定されたこともあって、我々観光客が、野生動物に遭遇しようと胸を躍らせて押し寄せてくる。

 「新世代ヒグマ」という言葉を聞いた。

 ヒグマは本来、人間に遭遇した場合、危険を感じなければ(ヒグマ側が)避けて行き、危険を感じれば襲いかかる。

 しかし、最近の新世代グマは人間をおそれない。駐車場に現れて、観光客が車から投げたエサを平気で食べるらしい。

 キタキツネも同じような状況だ。ツアーの途中で、道路わきをトコトコ歩くキツネたちを何度か見た。ツアーガイドのHさんよると、ホテルのゴミ箱などエサをあさりに出かける途中らしい。早朝ツアーの途中、魚の頭をくわえて、子キツネの待つ巣へ急ぐ姿を良く見るという。行く前に読んだ「知床・北方四島」(大泰司紀之、本間浩昭著、岩波新書)という本は、人間が与えた食パンをくわえるキタキツネの写真を載せ、やはり「新世代」と呼んでいる。しかし、キタキツネはエキノコックスという寄生虫を仲介し、接触して発病した人間は死亡することもある、という。

 10数年前にニュージランドにオットセイの生息地や森に住むペンギンを見に行ったが、ナチュラルガイドに導かれて、彼らの世界をそっとのぞかせてもらうのは、ワクワクするような体験だった。

 先日、NHKが「エコツアー」という番組を放映していた。ルーマニアのドナウデルタで、10種類の野鳥が一緒に1000以上の巣を作っているコロニーを訪れた女性アナウンサーが「ここは、私たちが来てはいけないところ」と、つぶやくのが印象的だった。

 知床で、人間と野生動物との"ニアミス"が発生するのは、人間が野生動物たちの世界に入り込んだからだ。

クリックすると大きな写真になります 知床5湖などがある岩尾別地区には、クマザサが生い茂る草原が各所で見られる。大正時代に始まった農業開拓が失敗し、離農した跡地だ。エゾジカさえほとんど食べないクマザサが密集地には、木も生えない。「知床100平方メートル運動」と呼ばれる、ボランティアによる森の復元運動も始まっている(写真⑤)。

 しかし、クマザサが密生した草原を見ると「100年たって、森に帰っているだろうか」という絶望感に襲われる。

 そして、世界遺産に認定された現在の知床に観光客が押し寄せ「新世代」のヒグマやキタキツネを誕生させている。

 ヒグマの保護や安全対策のための地道な活動は続いている。http://www.shiretoko.or.jp/bear/bear_01.htm

 だが、知床の自然と観光の両立を考える前に、世界遺産・知床を野生動物たちに返すための活動をすべきなのではないのか。そんな疑問への答えは、知床を離れた今も出てこない。

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