「デンマーク紀行」(2010・4・29-5.5)・中
デンマークへの旅程を組んでいて、テーマを2つに絞ってみようと思った。
1つは、列車を使って、この国にある世界遺産建築や古都を訪ねること。もう1つは「デザイン王国」と言われるこの国のすばらしさに少しでもふれられる機会があったらと・・・。
コペンハーゲンに着いて3日目の朝、ホテルの目の前にある中央駅に向かった。
デンマーク国内なら3日間乗り放題という「ユーレイル パス」(1万1千円)を日本で買っておいたが、まず窓口の駅員さんにパスポート番号や有効期限(1か月)を書き込んでもらい、2か所にスタンプとサインをもらわなければならない。列車に乗る日は自分で書き込むのだが、月日を書く欄が有効期限の欄と違っていたため書き間違い、駅員さんに訂正させられた。勝手に訂正すると不正行為とみなされて罰金がかかると聞いていた。検札のたびにちょっとヒヤヒヤしたが、幸い問題にされなかった。
駅には改札口のたぐいやアナウンスは一切ないから、電光掲示板で確かめなければならない。人口の少ない国の省力化ぶりには感心させられる。
7番ホームに降り、スウエーデン国境の町、ヘルシンオア行きの普通列車(Re)を待つ。9時59分の出発数分前というのに中年の夫婦1組が待っているだけでガランとしている。おかしいなあと、階段棟の向こうをのぞくと、列車はすでに到着しており、スエーデンから来たらしい大きな荷物を抱えた若者たちがどっと降りてくるところだった。危うくセーフ。
1両目の車両がすいていたので座ってだべっていたら「ここはサイレントカーよ」と老婦人に注意され、あわてて2両目に移った。最後尾には、自転車を持ち込める車両も連結されていた。
海峡沿いに北へ走り、約50分でヘルシンオアに着いた。やはり改札口はない。目の前の港にスエーデンから着いたらしい大型フエリーが停まっている。スエーデンの町、ヘルシンボリまでオーレンス海峡をはさんで5キロしかない、という。
街の中心街を抜け、シーメンスの煉瓦工場脇を右に回って15分ほど。シェクスピアの戯曲「ハムレット」の舞台になった世界遺産、クロンボー城が見えてくる。デンマーク王子・ハムレット(アムレット)は、ここで亡父の霊に会う。
15世紀に建造されて以来、なんどか修復を繰り返しているが、石畳の中庭を囲んでほぼ真四角な堂々とした古城のたたずまいに圧倒される。ルネッサンス様式だという。
驚いたのは、延々と続く地下道だ。
入ってすぐのところにデンマークの国民的英雄「ホルガー・ダンスク」の石膏像がでんと据えられている。眠っている姿だが、デンマークが危機にひんすると目を覚まして戦うという伝説がある。第2次世界大戦でナチスドイツに占領された時、この英雄の名前を採ったレジスタンスグループが活躍したらしい。 アンデルセン童話には、この伝説をもとにした「デンマーク人ホルガー」という作品がある。
灯りがほとんどなく真っ暗な洞窟を手探りで歩く地下道はなんと地下牢の跡だという。早く地上に出たいとあせる気持ちになるが、暗闇はいつまでもつきない・・・。中世の亡霊に今にも出会いそうな"恐怖"さえ感じてしまう。
翌日に訪ねたもう1つの世界遺産、ロスキレ大聖堂は、やはり普通列車(Re)で25分ほど西にあるデンマーク最初の首都、ロスキレの駅から歩行者天国を歩いて15分ほど。
12世紀に創建されたが、増改築を繰り返してロマネスクとゴシック様式が混在する煉瓦造り。見る角度、場所で印象が違い、全体のイメージがつかみにくい。様々な歴史を刻みながら、現在はプロテスタント、ルター派に属するデンマーク国教会の教会。デンマーク王室の菩提寺であり、20人の王と17人の女王が葬られている、という。
ちょうど日曜日にあたり、この時期は観光客シャットアウトということだったが、1時間ほど待って午前10時30分からの聖餐式に特別に参加させてもらった。
入ってみて、その長大さにびっくりする。一番奥から3分の1ほどのところに祭壇があり、説経台は入口から3分の1ほどの右側。時代を経ながら大きな聖堂になっていったことが分かる。
不思議なことに、窓にステンドグラスが一切なく、金網が組み込まれている。もう1つ不思議なのは、天井にくみ上がっていく煉瓦の柱が白の漆喰で塗り固められていることだ。
ほかにも、内部だけでなく外壁の煉瓦も白く塗られている教会も見た。ある時期から、こうなったらしい。カトリックからプロテスタントに替わった歴史の産物かもしれない。
天井から下がっているのが古色然としたシャンデリアではなく、近代的なデザインの灯りであるのが"デザイン王国"らしい。
聖餐式も、聖職者が会衆に背を向けて司式し、信徒が内陣に入ってパンとブドウ酒を拝領するなど、カトリックのミサとはかなり違う。
デンマーク国民の80%以上が国教会の信徒ということだが、教会に行く人は少ないらしい。列席していたほとんどは白髪の人たち。聖餐式の前に何組かの子どもを連れた夫婦に会ったが、教会を素通りして広場の蚤の市に向かって行った。
ロスキレから急行列車のインターシティ(IC)に乗り換え、アンデルセンの街・オーデンセに途中下車。さらにICを乗り継ぎ、途中で私鉄のArrive Tog(AT)に乗り換えて、ユトランド半島の西海岸にあるリーベに向かう。コペンハーゲンから直行しても約2時間半かかる長旅となった。
1等車は完全予約制だが、2等車は任意予約。空いた席に座ってもよいが、予約を取っている人が来たら譲らなくてはならない。幸い我々は、予約の人とぶつからなかった。 駅に到着する数分前に駅の電光表示と短いアナウンスがあるだけ。駅にも、その駅の名前しか書いてないから、不慣れな外国人はちょっと不安だ。
駅も道路に沿って駅舎があるだけ。道路と同じ平面のプラットホームにタクシーやバス乗り場が並んでいる。日本ではとてもまねができそうにない徹底した簡素化ぶりだ。
リーベの街は、「旅の絵本」で知られる画家の安野光雅が「デンマークで一番美しい街」とある本で語っていたので、どうしても行きたくなった。
ネット上で見つけた「『旅の絵本』を遊ぼう」というWEBページは圧巻だ。このなかの「リーベ1」にある「大聖堂から見たパノラマ」が見あきない。
バイキング時代からのデンマークで一番古い街。中世からの色とりどりの煉瓦の建物の街並みがそのまま残っている。手を伸ばすと軒先に触れる低さ。傾いた家と石畳が曲線を描く。ここはこびとの国だろうか。その周りを自然がいっぱいのリーベ河がゆったりと流れている。なんとも心がなごむ街である。
日曜の休日だというのに自作の創作ガラスの店に招き入れてくれたおばさん。古くて低い天井のレストランで満席の客を笑顔でさばく女主人。300年前のものだという古い陶器を一心に売ろうとする骨董店の亭主・・・。出会った人たちの心情にも、またいやされた。
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