読書日記「死の島」(小池真理子著、文藝春秋刊) - Masablog

2018年10月15日

読書日記「死の島」(小池真理子著、文藝春秋刊)



死の島
死の島
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小池 真理子
文藝春秋
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 著者の本を読むのは久しぶりだ。
 いくつかの新聞書評子が、この小説を取り上げているのを見て、図書館に予約した。借りられるまでに4ヶ月かかった。

 文芸編集者として出版社に勤めていた澤登志夫は、定年後カルチャーセンターで小説の書き方を教えていた。腎臓にがんが見つかり、それが骨に転移した。いかに死を迎えるかを考えるようになり、カルチャースクールをやめた。

 以前、熱烈に愛し合った貴美子が63歳で死んだことを知った。膵臓がんだった。
  貴美子は、ただ一人在宅のままで死んだ。選んだのは 終末期鎮静(ターミナル・セデーション)だった。最期が近づいた時、点滴も経管栄養も行わず、延命のための措置を一切やめた上で鎮静剤を投与してもらうと、深く眠ったまま苦痛のない死を迎えることができる。

 
(貴美子の死を知らされ)わけのわからない感情がこみあげてきた。・・・
 まとまりのつかない気持ちのまま、ふとんに顔を押しつけて低く呻き声をあげた。涙は流れなかったが、胸がいつまでも震え続けていた。・・・それが自分でも気づかない種類の、深い感動によるものだとわかるまで、長い時間を要した。


   「『死んだら、澤さんに渡してほしい』と言われた」と、遺族からスイスの画家、 アルノルト・ベックリーンの解説本を渡された。ベックリーンの代表作 「死の島」のカラー図版が巻末に折り込まれていた。

死の島      
 島に向かう一艘の小舟には、・・・光によって照らし出された棺には、白装束姿の人物の陰がやわらかく落ちている。
 登志夫は・・・自分自身の亡骸が、その中に入っていて、今にも静かな水音と共に、永遠の安息を約束してくれる島へと運ばれていくような気がした。・・・
 小舟に揺られて、おれも行くことにするか、と彼は思った。・・・
 ああ、いい気分だ、と彼はひとり、声に出して言った。安心するよ。


 カルチャースクールの教え子だった宮島樹里は、この図版を見て「自分がこの絵の中にいて、あの小舟に乗っているみたいな」気がすると言った。
 「だから、『死の島』なんだろうね」と澤は言った。「遅かれ早かれ、みんないずれは、小舟に乗ってその島に行くんだからな。例外なく、一人残らず」

 澤は、定年後に軽井沢の近くの町に小さな別荘を買っていた。

 
 ベランダに面した窓から望むことのできる、遠い山々の青い稜線や、こんもりと生い茂る常緑樹の群れ。そこに降りつもって世界を白く染めあげていく雪。鉄製の薪ストーブの中で赤々と燃え続ける薪のにおい。静まり返った夜、月明かりに照らされて青白く見える雪原。その上に点々と残された動物の足跡・・・
 そこに出向きさえすれば、あの方法でおそらく確実に計画を実行に移すことができる。・・・万事においてぬかりはない。・・・


 クリスマスまじかの病院定期検査で、がんがさらに肺に転移していることが分かった。

 
 「先生、よいお年を・・・」
 医師は少し驚いたように彼を見たが、即座にうなずき「澤さんも」と言った。少し離れたところに立っていた若い女性看護師が、誰もいない虚空にむかってさびしい微笑を投げるのが見えた。


 15年ほど前。登志夫は、ある作家に同行してベテランの医師を取材したことがあった。「苦しまずに自殺する方法」について話題が向いた時、この医師は3つの方法をあげた。

 1つは塩化カリウム、2つ目はプロポフォールなどの麻酔導入剤を静脈に入れるやり方。しかし管理が厳しくなって、これらの薬を手に入れるのは医師でも難しい。3つ目は「脱血死」という方法。点滴チューブを腕の血管にさし、上腕部を縛って輸液用のコックを開くと、静脈の血が外部に流れ出す。コックを開く前に、睡眠導入剤とアルコールを飲んでおけば、意識がなくなり、苦しまずに死ねる。

 主治医から、別荘の近くの開業医を紹介してもらった。在宅医療をしている、ということだったが、別荘での点滴治療は断られた。しかし、風邪を引いて駆けつけた医師に点滴をしてもらえた。

 
 流れ出た血を受ける青いポリバケツをベッドの左側に置き、ウイスキーのマッカランで睡眠導入剤のマイスリー、サイレース各2錠を流しこみ、駆血帯で左上腕部を縛り、点滴のコックを静かにひねった。
 CDからチェロが低く響き、時折、ストーブの薪が激しく爆ぜた。・・・意識が少しずつ薄れていった






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