読書日記「東京藝大物語」(茂木健一郎著、講談社刊)
脳科学者であり、マスコミにしばしば賑やかに登場している「著者初の小説」
そんなご本人発のツイッターが、このところしきりに私のメールに飛び込んできていた。
知人が著者のツイッターのフォロワーになっているためらしい。
なにかプライバシーを侵されているようで、あまりいい気分ではないが「久しぶりにエンターテイメントを楽しむのもいいか」と、この本を買ってみた。
この"小説"の主人公の1人は、4浪して東京藝大に入った植田工(たくみ)。「てかてかと赤い顔をして・・・両手をジャガーのようにそろえて、前のめりに飛びかかろう」とするから、つけたあだ名が「ジャガー」
現在は、茂木健一郎の"書生"をしながら、アートの勉強を続けている。
もう一人は1浪の蓮沼昌宏。ちょっとどもる癖があり「公園の鳩をスケッチする」ことに燃えているから、あだ名は「ハト沼」
現在は、町田市在住。藝大で博士号を取得、ハトの絵は描き続けている。
教壇に立った茂木は当初、自分の持論である「クオリア(意識のなかの質感)」や色彩の知覚などの話しをしていたが、呑み会をするようになって、茂木講座はがぜん盛り上がるようになる。
場所は、大学と同じ上野公園にある東京都美術館(通称・トビカン)前の広場。丸い椅子や砂場などがある場所だ。
いつも、著者が出したなにがしかの金を握って、ジャガーとハト沼が缶ビールやワイン、日本酒を買ってくる。
何人かが「面倒くさそうな芸術談議」をしており、ハト沼はいつのまにか衣装デザインをしている菜穂子と近くのブランコで揺れている。
ふらりと、講義にも出ていない杉原信幸(あだ名・杉ちゃん)が現れる。
杉原は、奇行が絶えない。近くの食堂ノガラスの天井に泥や椅子、テーブルの芸術作品を作ったり、日韓合同のアート展で首から上だけ出して土に埋まったり・・・。卒業展では、縄文原人姿で現れ、自分の作品を壊して、下のホールに突き落としてしまった。
今は、長野県在住のアーティスト。一昨年には、朝日新聞文化財団の助成で「原始感覚美術展」を開いた。
様々なアーティストなどが講義のゲストに来るようになる。
最初は束芋(たばいも)さん。アニメーション作品 「にっぽんの台所」で一躍時代の寵児となった若手女流作家。
聴講もぐりを含めて満員の会場に登壇した束芋さんは、芸術論は一切語らず「就職活動って、どういうことか分かっていますか」と、学生たちに「必殺の一発」をかました。
束芋さんは、 京都造形芸術大学に入学する時も、卒業時の就職活動でも、いくつもの辛酸をなめた経験がある。
東京藝大に合格した学生で、作品を売って食えるのは、ほんの一握り。一説には、十年に一人出れば良い、という。だから大抵の者は、喝采も浴びず、話題にもされず、ただ黙々と、・・・キャンパスに向い会い続ける。下手をすれば、東京藝術大学に合格した時が、人生の頂点だった、ということになりかねない。
現代アートの旗手と呼ばれる大竹伸郎さんがゲストで来た時には、満員の教室全体が「おお~」とどよめいた。
「おまえら、分かっているのか!東京藝大なんて来ているようじゃ、アーティストとしてダメだ、そもそも、美大になんか意味がないっー・」
指を突き出す。目がぎょろり。誰も見返すことなどできない。 ・・・
それから打って変った穏やかな口調で、大竹さんは自分自身の辿ってきた道を振り返り始めた。
・・・権威とも、大組織とも関係なく、自分の道を追求してきた大竹伸朗さん。たえざる努力と貫く反骨。そんな生き方をしてきたアーティストだけが持つ説得力。・・・学生たちが、ぐっと惹きつけられる。
呑み会の席で、杉ちゃんが大竹さんにしきりに絡みだした。
・・・
・・・
「卒業制作」が近づいたころ、学生たちが熱望していた福武總一郎さんが講義に来てくれることになった。
ベネッセ・コーポレーションの会長である福武さんは、私費を投じてはげ山だった
直島を「現代アートの聖地」にしたことで知られる。
福武さんはいきなり、「東京なんてキライだ」と叫んで、学生たちの度肝を抜いた。それから、「東京の真ん中の、こんな芸術大学で学んでいても、アートのことなんかわかりはしないー・」と断じた。
・・・
「公立の美術館だと、作品選定など、どうしても総花的になってしまうんです。とりわけ、現代アートの作家を収蔵するのはなかなか難しいと言われている。その点、個人の思いがかたちになった 地中美術館は、特色を出すことができるのです。そもそも、アートというものは個の思いが結実したものであり、最大公約数を求めるものではありません。それに対して、東京や、東京牽大のようなところは、最初から中心や、最大公約数を求めすぎるんじゃないのかな。」
呑み会では、福武さんは砂場の横の丸椅子の上に立って、またぶった。
「卒業制作展」では、1人の日本画専攻の女学生・松井久子の作品 「世界中の子と友達になれる」が、入場者の目を惹いた。
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