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Studio YAMAKOで“本堂釈迦如来像”が含まれるブログ記事

2017年1月 8日

紅葉の鎌倉を散策(2) 東慶寺 12月5日

円覚寺総門から石段を下りて、横須賀線の踏切を渡り、鎌倉街道を左へ行く。5分ほど歩くと右側に東慶寺の山門にいたる石段が見えた。小さな山門である。東慶寺は円覚寺派の寺院であり、駆け込み寺として知られる。江戸時代には幕府寺社奉行も承認する縁切寺として知られ、女性の離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていたという。
 このお寺は本堂はそれほど大きくはないが奥に墓苑が続く。その紅葉がきれいだった。

15.山門にいたる石段
石段を上がると小さな山門がある。拝観料は200円だった。時刻は10時10分を回ったところで、参拝者の姿もあった。山門をくぐって左側に鐘楼があった。東慶寺の鐘楼は1916年(大正5年)に建てられ、1923年(大正12年)の関東大震災で唯一倒壊しなかった建築物だそうだ。吊されている梵鐘は、1350年(観応元年)の鋳造で材木座の補陀洛寺から移されたものという。昨年1月5日に伊豆韮山の本立寺を訪れた折、そこの鐘楼につるされていた鐘はここ東慶寺にあった梵鐘だと聞いた。以前に東慶寺あった鐘だろう。江戸中期に伊豆韮山の有力者であった江川氏の菩提寺である本立寺へ移されたとのことだ。

  Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​
プログラムオートで撮影  (​ ​f4.8​​​ 1/​250​秒 48mm ISO220​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
;クリックすると大きな写真になります。
16.本堂
美しい屋根の形は宝形造というらしい。本堂は「泰平殿」といい、本尊の釈迦如来坐像が祀られている。明治維新で寺領を失い修理も出来ずに荒れ果て、雨の日には「本堂の雨漏りがひどくて、傘をさしてお経を読んだ」という状態であったという。 その仏殿は1907年(明治40年)に先日行ってきた三溪園に移築された。現在の本堂はその後、1935年(昭和10年)に建てられたものである。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​
プログラムオートで撮影  (​ ​f4.5​​​ 1/​250​秒 20mm ISO200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
;クリックすると大きな写真になります。
17.茶室「寒雲亭」​​
本堂の向かい側に茶室「寒雲亭」がある。wikipediaによれば、「寒雲亭」は千宗旦の遺構で、最初のものは1648年に京都に造られ、裏千家で最も古いお茶室とされる。 ただし1788年(天明8年)正月に京都で大火があり、伝来の道具や扁額、襖 は持ち出すことができたが、茶室は隣合わせだった表千家・裏千家共にすべて焼失している。 従って現在残るものは1788年から翌年にかけて同じ間取りで再建されたものである。 東慶寺の寒雲亭は明治時代に京都の裏千家から東京の久松家(元伊予松山藩久松松平家) に移築され、 その後、鎌倉材木座の堀越家を経て1960年(昭和35年)に東慶寺に寄進・移築されたものである。ここは非公開だった。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​​​
プログラムオートで撮影  (​ ​f4.2​​​ 1/​250​秒 32mm ISO800​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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18.十月桜​​​​
境内奥は墓苑になっているが、その手前に十月桜が咲いていた。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​​​​​
プログラムオートで撮影  (​ ​f6.3 1/​250​秒 210mm ISO1000​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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19.大きなカエデの木​​​​​​
墓苑の入り口に大きなカエデの木があり、紅葉していた。カエデはおおよそ128種存在するそうだ。日本で代表的なカエデはイロハモミジである。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​​​​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f4.5 1/​250​秒 44mm ISO200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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20.墓苑
​​ 入り口でいただいたパンフレットによれば、境内奥には開山覚山仁、5世用堂尼、20世天秀尼や歴代住職の墓がある。その周りには宗演老師の居士であった野田大塊をはじめ、石井光男、鈴木大拙たちが眠っており、時を経て現在は安倍能成、出光佐三、岩波茂雄といったゆかりの哲学者、文学者、実業家たちも多く眠っている。出光佐三は出光興産の創業者。つい最近出光佐三をモデルにした映画「海賊と呼ばれた男」 を観た。この辺りは湿気の多いところで墓石は苔むしている。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f3.8 1/​250​秒 26mm ISO450​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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21.墓所の仏像
どなたの墓かはわからないが、墓所には仏像が祀られていた。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f5 1/​250​秒 66mm ISO1250​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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22.緑を背景に色づいたカエデ
​​ 後ろにはこれから紅葉する緑のカエデがあり、手前のカエデの葉とのコントラストがきれいだった。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f6.3 1/​250​秒 300mm ISO900​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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23.輝くカエデ​​
​​ 墓苑は暗い。その中で日の当たるところにある紅葉したカエデの葉が輝く。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f6.3 1/​250​秒 300mm ISO200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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24.本堂への門​​​​
​​ この門にあるカエデの古木は立派だ。残念ながら紅葉した葉は日影になってしまった。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​​​​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f4 1/​250​秒 18mm ISO200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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25.再び本堂へ
​​ さっきは参拝者が多かったので、美しい宝形造の屋根の本堂全体を撮れなかった。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f5.6 1/​250​秒 18mm ISO200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
;クリックすると大きな写真になります。
26.本堂の釈迦如来坐像
​​ パンフレットでは、仏頭内部に墨書修理銘があり、それによると永生12年(1515年)火事が起こり、その時この像は取りだされ、仏師弘円が面部を彩色、寛文10年(1670年)仏師加賀が修理したこと、また別筆では大正の震災で大破したのを昭和初年、後藤弘慶が修理し、本堂に安置されたと記されている。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO​​
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f5 1/​60​秒 70mm ISO3200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
;クリックすると大きな写真になります。
27.イチョウとカエデの紅葉
墓苑に大きなイチョウの木が植えられていて黄色くなっていたが、その手前には赤く染まったカエデの葉が陽の光を浴びていた。

Nikon D5000 S​​​​​IGMA​ 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO
​​ プログラムオートで撮影  (​ ​f5.6 1/​250​秒 98mm ISO200​​​​ ​) 露出補正​ ​なし
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