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2008年8月 9日

読書日記「『たえず書く人』辻邦生と暮らして」(辻 佐保子著、中央公論新社)


 故辻邦生氏の奥様である著者が書いたエッセー「辻邦生のために」(新潮社刊)を、数年前に読んだことを思い出した。

 長く住んだパリのアパルトメントに、特別の許可を得てプレートをつけたことや、熊が大好きな辻邦生が大きなくまのぬいぐるみを自宅に届けさした話しなど、ともに歩いて作品を生み出していったお二人のエピソードがいっぱいつまっていた。

 今回の著作は、名古屋大学名誉教授で、ビザンチン美術の専門家である佐保子夫人が、新潮社から刊行された辻邦生全集(全20巻)の月報のために執筆したもの。それぞれの作品が成立した契機や"種"を明かすという、辻邦生ファンにはたまらなくなる本である。

 第四章「背教者ユリアヌス」の項には、こう書いてある。
 映画狂(シネフイル)を自認する辻邦生には「砂嵐のなかをシルエットのように進むユリアヌスの葬列の最終画面は、すでに構想の段階から鮮明に焼きついていた」
 「戦陣や隊列の組み方、砂嵐や吹雪のなかでの露営など、軍国主義時代のさなかに軍事訓練や剣道の稽古を経て育った<男の子>とはいえ、よくここまで詳細に戦闘の様子を描写できたものと驚嘆する」
 「中学時代の『世界地図』の教科書をいつまでも大切な宝物にしていた辻邦生にとって、ローマ帝国の広大な領土を舞台とする『背教者ユリアヌス』ほど、各種の歴史地図や大地の起伏を描く鳥瞰図が有益だった作品はない」


 第九章、第十章では「春の戴冠」についての秘話が明らかになっている。
 「一九五八年、辻邦生のフイレンツエとの最初の出会いは、駅前で興奮のあまり鼻血を出したことに始まり、手についた赤い血の色と夏の盛りのカンナの赤い花が『春の戴冠』の原点となった」
 「『背教者ユリアヌス』ですら、長すぎるという声が私の耳のも聞こえてきたが、『春の戴冠』はそれよりはるかに長大である。そのためか、再販が出るまで二〇年以上も絶版が続き、ついに文庫本にはならなかった。うちでは『背教者ユリアヌス』を『ユリちゃん』、『春の戴冠』を『ボチくん』と呼んでいた。『ユリちゃん』ばかり文庫本増刷の通知が届くため、『かいそうなボチ君』と言うのが口癖だった」


 ところが第十章の最後に、こんな「付記」が載っていた。
 「このたび中央公論新社から、本書の刊行(2008年4月)とあわせて、『春の戴冠』を文庫版四冊として刊行するという夢のような企画が実現されることになった」


 中央公論新社に聞いてみると、すでに①②が刊行され、③は8月25日の予定。④は未定だという。文字の大きさは、どうだろうか。1977年の初版本(上・下)の字を追うのさえ、もうしんどくなっている。

 第十四章の「西行花伝」は、このブログでも書いたが、この作品が辻 邦生の最後にして、最高の作品であることを知った。
 「西行をめぐる多数の人びととの声を、転調・反復しながらひとつの大きな流れにまとめてゆく手法は、これまで試みてきたさまざまな小説作法の最終的な集大成のように思われる」

 「ともあれ『西行花伝』が長い執筆活動の究極の到達点を示す作品になったことを、今は心から『これでよかった』と思っている」


 第二十章「アルバム、年譜、書誌など」に、こんなことが書いてある。
 亡くなる前年の夏、二人は夕方になると、リヒャルト・シュトラウスの「これがもしかしたら死なのだろうか」という歌曲をよく聞いた。「最後の一週間あまり、山荘の窓から浅間山の方向をじっと眺めて座っていたとき、耳に聴こえていたのは、今から思うとこの最後の詩句だったのではないだろうか」


 こんな本を読むと、著作とは別の世界をのぞかさされたような気がして、もう一度、一連の作品を読み返したくなる。困ったものである。

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2008年4月24日

読書日記「西行花伝」(辻 邦生著、新潮社)

 この本に出会ったものの、西行という人物に頭のなかをグルグルかき回されている未消化状態が続いて、もう1年近くになる。

 昨年7月初め、信州・蓼科にある友人・I君の別荘に誘われた。OMソーラーシステムを導入しているのはわが家と同じなのだが、ずっと爽やかな風が吹き抜ける快適さは比べようがなかった。

 その和室に、僧侶が花の下で横たわっている畳半畳大の墨絵が立てかけてあった。

 これはなに?と聞いたら、「西行。読んでごらんよ」と、I君が1冊の文庫本を手渡してくれた。小林秀雄が書いた「西行」という作品が載っている新潮文庫で、表題は「モオツアアルト・無常という事」。

 ベランダにある栗の木の下で、たった20ページの小品をパラパラめくったが、久しぶりに引きつけられる思いがした。

 平安末期の時代。「新古今集」に94首も選ばれている当代唯一の歌詠みといわれた西行が、23歳で北面武士の座を捨てて出家した不思議な心情が、定年後をどう生きるかの答えも描かれずにいるグータラ人間の心に入りこんでくる。

 世の中を反(そむ)き果てぬといひおかん思いしるべき人はなくとも

 世中を捨てて捨てえぬ心地して都離れぬ我身なりけり

 春になる桜の枝は何となく花なけれどもむつまじきかな

 この小品の最後に、こんな歌が出ていた。
 願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月(もちづき)のころ


 和室にあった墨絵は、この歌を描いたものだった。西行は、この歌のとおり、陰暦2月16日に73歳で入寂したという。

  別荘の二階にある書棚を見て驚いた。ずらりと漫画本のシリーズが並んでいる間に、辻 邦生の「西行花伝」が立て掛けてあったのだ。

 実はこの本。数ヶ月前に友人Mが「ちっとやそっとでは読みきれないよ」と言われて貸してくれていた。この旅に持っていこうと思ったのだが、なにしろ厚さ4センチ強の箱入りハードカバー。ちょっと無理と思ってあきらめたのが目の前にある。

 別荘を辞し、松本に出たので、本屋を3軒回って、やっと文庫版を手に入れた。

 西行との出会い?は、まだ続いた。上諏訪でガンと闘っている古い知人を見舞い、下諏訪の「みなとや」という旅館に泊まった。

 この旅館の玄関に、鍵をかけたガラス張りの書棚が置いてあった。白州正子のなんと「西行」(新潮社)という本が並んでいる。

 白州正子は生前、この旅館にシーツと枕カバーを置いておくほどのファンで、鍵付きの書棚は、白州正子の著作がほとんど。それも、全部署名入り。うやうやしく「西行」をお借りして、ちょっとのぞき、帰宅してから文庫版を買った。

 なんだか西行に魅入られてしまったが、稀代の歌人を理解するのは、浅学菲才の身にあまる。3冊の本は、居間のワゴンでいつまでも積んどくが続いた。

 今月の初め、満開の桜を探しに、京都・西山の勝持寺、別名・花の寺を訪ねた。

 この寺は、西行が出家した後、しばらく庵をつくったところ、と伝えられている。自ら植えたと言われる「西行桜」(何代目だろうか、細い樹だった)でも有名。周りのソメイヨシノよりちょっと赤い枝垂桜だった。その前に立てられた板書に西行の歌があった。

 花見にと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の科(とが)には有りける


 白州正子は「ひとり静かに暮らそうとしているところへ、花見の客が大勢来てうるさいのを桜のせいにしている・・・」と、おもしろがっている。この歌は「西行桜」という能にもなっているようだ。

 本殿の奥の桜の根元に寝転び、青空にいっぱいに広がった白い花びらと飛び交うメジロを見ながら「やはり桜は桜」と、意味不明の問いかけを西行にしたくなった。

 なんとか「西行花伝」を読み終えた。

 どう表現してよいのか。悠久の平安の叙情の世界にどっぷりつかった心地よさが残る。解説者も「伝記でも評伝でもない・・・。あとに残ったのは単なる伝ではなく『花伝』というものだった」と、よく分からないことを言っている。

 あなたも何が正しいかで苦しんでおられる。しかしそんなものは初めからないのです。いや、そんなものは棄ててしまったほうがいいのです。そう思ってこの世を見てごらんなさい。花と風と光と雲があなたを迎えてくれる。正しいものを求めるから、正しくないものも生まれてくる。それをまずお棄てなさい


 「西行花伝」の一節。辻 邦生の世界を楽しめた、としか言いようがない。

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