隠居の散策:コロナ禍の曼殊沙華
秋のお彼岸になると曼殊沙華が咲く。宿根草だから、決まった場所に咲く。だから、訪ねるのは、簡単である。
だが、近くに家などが建設されると根こそぎ掘り返されるので、みあたらない場合もある。
アゲハ蝶がよく飛んできていた株も、今年はみあたらない。蝶が来るのは、もっと気象条件が違うのかもしれない。
遅くなったが、記録としてアップしておきたい。
2021年9月27日
秋のお彼岸になると曼殊沙華が咲く。宿根草だから、決まった場所に咲く。だから、訪ねるのは、簡単である。
だが、近くに家などが建設されると根こそぎ掘り返されるので、みあたらない場合もある。
アゲハ蝶がよく飛んできていた株も、今年はみあたらない。蝶が来るのは、もっと気象条件が違うのかもしれない。
遅くなったが、記録としてアップしておきたい。
2021年9月23日
秋の彼岸前、気温が少し下がって、ようやく歩いてみようかという気になった。歩き出してマスク忘れたことがが気になったが、人と会うことはめったにないし、ましてや誰かと話すこともない。
散策もさぼっていたので、すぐに歩くのがしんどくなってくる。それでも、被写体につられて、足をはこぶが、デジカメも(ミラーレスなんだが)重く感じられるようになった。
先日買い替えたスマホのカメラも試してみたい。
2021/9/16 檜尾(堺市) 稲穂と秋空 稲は順調に実っているようだ。見上げる青空が秋を告げていた。
Sony α7Ⅱ + Sigma 18-300mm
28mm(35mm換算42mm) 1/500 F4.0 ISO:100 |
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2021/9/16 檜尾(堺市) さつま芋の花 川の柵に絡まって咲いていたので、朝顔の一種と思って調べたが、どうやらサツマイモの花らしい。Googleの画像検索で糸口がつかめた。スマホ Xperia 8 Lite の画像もなかなかのものだ。
Sony J3273
4mm(35mm換算??mm) 1/510 F1.8 ISO:50 |
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2021/9/16 檜尾(堺市) オクラの花 畑の隅に、オクラが植えられていた。この時期、可憐な花を咲かせている。スマホで撮ると、肝心の花は少しボケているが、被写界深度が深くなって、この畑の隣のお屋敷がよくわかる。昔からの地主さんだろうか。
Sony J3273
5.5mm(35mm換算??mm) 1/382 F2.4 ISO:50 |
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2021/9/16 檜尾(堺市) ツマグロヒョウモン 個人で維持されている小さな花畑のカンナの花の葉っぱにツマグロヒョウモンが止まった。最近では、一番よくみられるチョウになった。
Sony α7Ⅱ + Sigma 18-300mm
180mm(35mm換算270mm) 1/500 F6.7 ISO:500 |
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2021/9/16 檜尾(堺市) モンキチョウ 交尾失敗? 白が雌だろう。連写の設定がすぐできなかった。
Sony α7Ⅱ + Sigma 18-300mm
200mm(35mm換算300mm) 1/500 F6.7 ISO:400 トリミング |
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2021/9/16 檜尾(堺市) ニガカショウ 花とムカゴ 見かけない房状の花が、川の柵に絡まっていた。いつも頼りにしている「四季の山野草」でネットサーチしてみると、どうやらニガカショウという植物らしい。
Sony α7Ⅱ + Sigma 18-300mm
35mm(35mm換算52mm) 1/500 F4.5 ISO:125 |
2021年9月17日
コロナ禍で過ごしているうちに、満年齢の傘寿を迎えた夏も終わり、秋になってしまった。
家に籠っての楽しみの一つは、音楽を聴くことである。幸いNHK-FMは、途切れることなく放送されているので、ここでの制限はあまりない。
ただ、いわゆる音楽家は演奏会の開催もままならないから大変のようである。先日、クラシック用語辞典というシニカルな本をみていると、オーケストラの項に、次のような記載があった。それでなくとも、プロとしては大変な職業なのに、このコロナ禍での生活はいかばかりかとお察し申し上げる。
ひとつのことを。100入がかりでやるという、今どきぜいたくな音響発生体である。 これが始まったのは、音楽家がお城の使用人であった時代なので、王様は、わずかなものを与えて彼らを集め、時間かまわずこき使ったのだろう。それが今や、「ゲイジツカ」と呼ばれるようになったのは、まことにめでたい。
しかし、西洋ではオペラが日常にはまりこんでいるので、オーケストラは必需品であるが、ジパングでは、なくても死ぬってわけじゃないので、各オーケストラは息もたえだえである。何しろ経済効率が悪く、会場によっては、満席になっても赤字ということすらある。その上、指揮者ひとりで総ギャラの何分の一から数倍をかっさらうという「ドロボーに追い銭」システムなので、たまらない。
この辺で、オケは画期的な改革をしたほうが良いだろう。野球を見習おう。わずか18人の出演者に、一万人の観客ですぞ。金持ちになるわけだ。私めの考えでは、オケは競馬のウマと同じく、オーナーを持ち、彼らの金で支えられるのが良いと思う。ギャンブルとぜいたくの世界に徹するのだ。オーナーの耳が肥えていて、見識が高ければオケはどんどん伸びて人気も上がる。オーナーがつかなければ、のたれ死にすればよ い。我々ぱアリではなく、キリギリスなのだから。 鶴
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