検索結果: Studio YAMAKO

このブログを検索

大文字小文字を区別する 正規表現

Studio YAMAKOで“田園都市線”が含まれるブログ記事

2019年11月19日

新しい二子玉川 11月10日

1954年(昭和29年)から3年間ほど世田谷区の駒沢に住んだことがある。小学校6年生の頃から、中学へ通っていた当時のことだ。その頃は玉電という東急電鉄の路面電車が渋谷から二子玉川まで走っていた。休みの日には釣りが好きだったおやじに連れられて、多摩川べりへ良く行った。ヤマベや、時にはアユが釣れたのを思い出す。
 11月10日、姪や甥と玉川高島屋で食事をしたあと、お茶を飲もうと、今は田園都市線と大井町線の駅になった二子玉川の向こう側(東側)に行ってみた。そこは二子玉川園のあったところだったが、全く別なところになっていて驚いたのだ。

1.ライズ・ショッピングセンター -1
玉川高島屋へはしばしば行くことはあるが、二子玉川駅の反対側へは二子玉川園  がなくなって以来、行った記憶がない。この日初めて、カフェを探して、駅の反対側の二子玉川東地区へ行ってみた。見違えるような街になっていてびっくりした。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_001.jpg
2.ライズ・ショッピングセンター -2
1985年3月31日 に遊園地「二子玉川園」が閉園となり、その跡地は二子玉川タイムスパークになる。2007年に二子玉川東地区の再開発が始まった。東急不動産、東急電鉄による再開発である。タイムスパークのあとに二子玉川ライズが作られ、2011年3月19日に ライズ・ショッピングセンターが街開きした。そして、2015年(平成27年)にはホテル、オフィスビル、映画館、スタジオ、カルチュア・コンビニエンス・クラブ運営の家電店「蔦屋家電」を併設した複合施設となった。

    Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_002.jpg
3.ライズ・ショッピングセンター -3
今流の屋台のクレープ屋さんが出ていた。街のアクセントになっている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO160 ) 露出補正 なし
191110_003.jpg
4.楽天モバイル
ここには楽天の本社ビルがある。かみさんのスマホの au があまりにも料金が高かったので、何年か前に格安スマホのFREETELに乗り換えた。そのFREETELは気が付かないうちに楽天モバイルに吸収されていた。

   Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
191110_004.jpg
5.キャッシーオハナ キルト展
東急グループに属する日本のケーブルテレビ放送局およびインターネットサービスプロバイダであるイッツコムの放送・映像化機能、インターネット配信機能を持った放送スタジオと、地域や企業が利活用しやすく、街と一体となったイベントを行える、「二子玉川イッツコムスタジオ&ホール」 という多目的ホールがあった。そこで、キャッシーオハナのキルト展というのが行われていた。オハナとはハワイ語で家族や仲間のことだそうだ。要するにキャッシー中島仲間のキルト展ということのようだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO1250 ) 露出補正 なし
191110_005.jpg
6.「楽天クリムゾンハウス」 楽天本社ビル
2015年に品川シーサイドから二子玉川に移転した楽天の本社が入る 「楽天クリムゾンハウス」 があった。地上30階・地下2階建てビルのうち地上2~27階・延べ6万3500㎡と、隣接する「楽天クリムゾンハウス アネックス」の3~4階1058㎡を利用し、グループ約1万人が入居するという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_006.jpg
7.「二子玉川公園」
右手に3棟のタワー・マンションを見ながら、さらに進むと「二子玉川公園」という区画があった。この区域には、かって1968年に東急自動車学校が、大田区田園調布から当地に移転してきて開設された。いま「二子玉川公園」になっているところには、ゴルフ練習場などもあった。2009年に東急自動車学校は多摩市に移転し、跡地に「二子玉川公園」が平成25年(2013年)にオープンした。世田谷区立の公園になっている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_007.jpg
8.多摩川河川敷
右手に多摩川河川敷に下りる石段があった。台風19号による氾濫で、被害も出たが、今は穏やかである。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 18mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_008.jpg
9.多摩川河川敷 下流方向
武蔵小杉の高層マンション群が見える。川岸には、台風で流されてきた木の枝などが残っている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_009.jpg
10.多摩川河川敷 上流方向
右を見ると大井町線、田園都市線の陸橋が見える。私が子供の頃は二子橋を道路と併用で鉄道が走っていた。1966年(昭和41年)に田園都市線が長津田駅まで延伸するのを機に、専用の鉄道橋が建設され、併用軌道だった二子橋から移されたのが今見えている橋だ。台風19号で、多摩川も氾濫、浸水被害を受けたのが、橋の向こうの神奈川県川崎市高津区の二子新地駅周辺と、こちら側は東京都世田谷区の二子玉川駅周辺だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_010.jpg
11.台風19号の残骸
この辺りの川岸にも、激流で運ばれてきた堆積物がまだ残っていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO200 ) 露出補正 なし
191110_011.jpg
12.「帰真園」
世田谷区立二子玉川公園には、いこいの広場、健康広場、草広場などがあるが、「帰真園」という日本庭園が設けられていた。「帰真園」は多摩川の源流からこの地までをテーマとした縮景庭園と説明されている。中央に池があり、園路が巡らされている。「帰真園」の奥にある「旧清水邸書院」はかって世田谷区瀬田にあった清水組の副社長宅の古材を生かして、清水建設株式会社が区に提供したと説明されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_012.jpg
13.「旧清水邸書院」室内
立てられた説明札によれば、この書院は明治43年(1910年)からその翌年頃、中根岸(現在に台東区根岸3丁目あたり)の清水家屋敷内に離れとして建てられたものと伝えられている。そして、大正8年(1919年)には同家の玉川の屋敷に母屋とともに移築された。そして二子玉川公園の建設とともに平成25年(2013年)に再度移築復元された。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO3200 ) 露出補正 なし
191110_013.jpg
14.「旧清水邸書院」の廊下から
11畳の書院の間と長5畳の次の間に、鉤の手に縁側が巡る小規模な間取りだが、吟味された材料を使い、当時の職人の確かな技術に裏付けされた意匠でまとめれている。明治期の近代和風建築として区内では貴重な建造物であると記されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_014.jpg
15.高層マンション
「帰真園」から眺めた高層マンションだ。どうでもいいけど、「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」というのは3棟のタワー棟、2棟のレジデンス棟からなっている。タワーイースト(42F)、タワーウエスト(28F)、タワーセントラル(28F)の3棟の高層マンションがあり ほかにそれぞれ6階建ての「レジデンスアクア」と「レジデンスフォレスト」という低層マンションがあるそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 10mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_015.jpg
16.「帰真園」の池 -1
「帰真園」の池は多摩川と名付けられているようだ。 赤く色づいたサクラの葉が落ちていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
191110_016.jpg
17.「帰真園」の池 -2
そろそろ引き上げようと、二子玉川駅の方へ向かう。「帰真園」の池の南側から「旧清水邸書院」を眺める。池の水は澄んでいた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO400 ) 露出補正 なし
191110_017.jpg
18.ベビーカー駐車場
カフェの前には、乳母車が並べて置かれていた。単に日本語と英語の違いと思っていたが、乳母車とベビーカーは違うらしい。乳母車はいわゆる箱形で深くて広いのが特徴 4輪車輪で安定感があり、ある程度の重みに耐えられ、載せられる子供は自由に動けるので喜ぶという。 ベビーカー(和製英語らしい)は生後1ヶ月から使えるものが多く、リクライニング機能があり衝撃の吸収力があるので安全性が高い。ほとんどのベビーカーにハンドルの切り替えで赤ちゃんと対面になれる機能がついている。バギーというのもあり、リクライニング機能のない比較的コンパクトで軽量なデザインのものをいうようだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO1000 ) 露出補正 なし
191110_018.jpg
19.クリスマスツリー
ライズ・ショッピングセンターの中に大きなクリスマスツリーが飾られていた。もうクリスマスの季節なのだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 13mm ISO1250 ) 露出補正 なし
191110_019.jpg
20.二子玉川駅
大井町線を待つ上りホームから、大井町行の電車(東急6020型)が入ってくるところを撮った。昔は地上駅であったがその後大井町線が田園都市線として長津田駅まで延伸されることとなり、1966年3月18日に高架駅として改築され立派な駅になった。その際、駅全体が多摩川寄りに大きく移転した。玉川線(国道246を走る通称玉電)と砧線(多摩川線の支線)のホームは従来の場所(地上)から移動せず、1969年5月10日の廃線までそのまま残された。1977年4月7日に新玉川線(国道246の地下を走る)が当駅に乗り入れた。この日は、再開発で見違えるようになった二子玉川東側の街に驚かされた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO250 ) 露出補正 なし
191110_020.jpg


 

2012年3月22日

世田谷線巡り 3月6日 1/3


 1月に都電荒川線に乗った。昭和29年から3年間ほど、駒沢に住んだことがある。小学校の6年から中学2年にかけてであった。当時のいわゆる玉電は、渋谷から二子玉川へ、いわば本線が走り、駒沢は三軒茶屋から4つ目の駅だった。私立の中学を受験した時もこの玉電に乗って渋谷に向かった。雪が降った日で、玉電は大橋から道玄坂の上までの坂道を登れなかった。親父がタクシーで受験校まで連れて行ってくれたのを思い出す。
 その玉電は、今や世田谷線として、三軒茶屋と下高井戸の間を専用軌道を走る。美しいカラフルな車体がTVドラマなどでもしばしば登場する。そういえばこの世田谷線にはまだ乗ったことがないと思い、午前中に雨がやみ暖かくなったこの日、思い立ってG12を持って出掛けた。
 なお、松陰神社のことについては、Wikipediaの記述を多々引用させていただいた。

1.三軒茶屋駅
横浜から東横線で渋谷に出て、田園都市線の乗換、三軒茶屋に着いたのは12時半少し前だった。世田谷線三軒茶屋駅の切符売場で、沿線内なら何度乗り降りしても良い320円の「世田谷線散策きっぷ」を買った。1回の乗り降りでは140円なので、3回でもとがとれる。 世田谷線散策きっぷ 世田谷線の三軒茶屋駅は線路が1本しかない。停まっている電車が発車してから、次発の電車がやってくる。あとで気がついたことだが、電光行き先表示板の「下高井戸」がはっきり見える。シャッタースピードは1/125秒だった。偶然旨くいったのはこの1枚だけ。先日都電荒川線で経験しているのに、このことを全く忘れてしまい、明るいところで撮った電車はすべて、行き先表示を写し撮れていない。同じ失敗をしてしまった。308・レッド

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/125秒 9.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
三軒茶屋駅;クリックすると大きな写真になります
2.三軒茶屋を出発
三軒茶屋駅を出発した電車は、西太子堂へ向かう。私はここは電車に乗らずに歩くことにした。西太子堂駅まで300mだ。世田谷線は若林の環七の踏切以外は全て専用軌道を走る。308・レッド

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5 1/1250秒 12.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
三軒茶屋を出発;クリックすると大きな写真になります
3.目青不動尊
三軒茶屋駅の裏手に回り、世田谷線線路沿いを西太子堂に向けて、歩き始めた。すぐ右側に天台宗竹園山最勝寺教学院目青不動尊というのがあった。目黒川傍に勤務先があったときに、よく初詣に出かけた目黒不動が有名だが、五色不動といって、五行思想の五色(白・黒・赤・青・黄)の色にまつわる名称 や伝説を持つ不動尊があるそうだ。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/1250秒 9.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
目青不動尊;クリックすると大きな写真になります
4.三軒茶屋の高層ビル
目青不動尊を出てきたところから、三軒茶屋駅の方を振り返ると、1996年にできたキャロット・タワーという高層ビルがそびえていた。307・バイオレット

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/1250秒 9.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
三軒茶屋の高層ビル;クリックすると大きな写真になります
5.西太子堂駅
西太子堂駅の三軒茶屋行きのホームに上がってみる。都電荒川線と同様に改札口はない。オレンジ色の車体がきれいだ。309・オレンジ

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/1250秒 13.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
西太子堂駅;クリックすると大きな写真になります
6.若林稲荷神社
次の若林へは若林稲荷神社を見て行こうと、少し線路から離れて歩く。由緒としては江戸時代中期の明和6年(1769)にこの社へ土地が奉納されたという記録があるそうで、その頃もしくはそれ以前からあったことが知られている。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/1250秒 6.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
若林稲荷神社;クリックすると大きな写真になります
7.若林稲荷神社本殿
紅い鳥居をくぐり、狐様のお出迎えを受け、朱塗りの本殿に参る。どこから見ても稲荷神社であるが、本殿の額を見ると「稲荷神社・天祖神社」と書かれていた。これは、もともと代田にあった神明社を合祀したものだという。神明社は常林寺という寺の内宮だったそうだが、明治10年(1877)に常林寺が焼失してしまったため、この稲荷神社に合祀されたということだそうだ。だからここには、稲荷神社の倉稲魂命と天祖神社(神明社)の天照大神が祀られていることになる。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/1000秒 6.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
若林稲荷神社本殿;クリックすると大きな写真になります
8.環七若林踏切
世田谷線は交通量の多い国道138号線(環状7号線)と平面交差する。信号も鉄道優先でなく、電車が信号に従って停車し、道路交通に合わせて信号が変わるのを待つ。自動車はこの踏み切りに関しては「一旦停止」の義務はなく、ただの信号機のある交差点である。306・イエロー

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/1250秒 13.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
環七若林踏切;クリックすると大きな写真になります
9.若林天満宮
境内には紅梅、白梅が咲いていた。若林天満宮(若林北野神社)は環状七号線沿いの若林駅近くにある小さな神社だ。祭神は菅原道真で学問の神様で、創建不明であるが本社は15世紀以前からこの場所にあったと伝えられる。道路沿いにすぐ階段があり、数段上るともう本堂で、境内も狭い。環状七号線建設時に道の拡張に伴って境内の前の方は大幅に削られ、先に訪れた若林稲荷神社に合祀され、本堂だけが残されて現在のような寂しい状態になったそうだ。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/1000秒 6.1mm ISO400 ) 露出補正 +0.7段
若林天満宮;クリックすると大きな写真になります
10.世田谷線車内
若林から次の松陰神社前まで、初めて三軒茶屋駅で購入した「世田谷線散策きっぷ」を使用して電車に乗った。車内は明るい。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/320秒 6.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
世田谷線車内;クリックすると大きな写真になります
11.松陰神社
駅前の賑やかな商店街を抜け、松陰神社の正面に出る。初めて訪れたがとても立派なお社である。山口県萩市にも松陰神社があり、1984年か85年だったか、福岡勤務時代、夏休みに萩、津和野へ家族旅行をした思い出があるが、その折に参拝した記憶がある。松陰神社は、江戸時代末(幕末)の思想家・教育者である吉田松陰を祭神とする神社であり。松陰の墓所があるここ世田谷と、松陰の生誕地である山口県萩市にある。どちらも、学問の神として崇敬を受けている。世田谷の鎮座地にはかつて長州藩主の別邸があった。松陰が安政の大獄で刑死した4年後の文久3年(1863年)、高杉晋作など松陰の門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓が当地に改葬されたとのこと。明治15年(1882年)11月21日、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社がここ、世田谷に創建されたとのこと。現在の社殿は昭和2年から3年にかけて造営されたものである。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5 1/1250秒 15.7mm ISO400 ) 露出補正 なし
松陰神社;クリックすると大きな写真になります
12.吉田松陰の墓所
吉田松陰は長州藩士にして思想家、教育者、兵学者。明治維新の事実上の精神的理論者とされる。安政5年(1858年)、幕府が勅許なく日米修好通商条約を結ぶと松陰は激しくこれを非難、老中・間部詮勝の暗殺を企てた。長州藩は警戒して再び松陰を投獄。安政6年(1859年)、幕府の安政の大獄により長州藩に松陰の江戸送致を命令。松陰は老中暗殺計画を自供して自らの思想を語り、同年、江戸伝馬町の獄において斬首刑に処される、享年30(29歳没)。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/1250秒 6.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
吉田松陰の墓所;クリックすると大きな写真になります
13.松陰神社御社殿
大鳥居をくぐって参道をまっすぐ進むと立派な社殿があった。吉田松陰ほか烈士の墓所はこの左側にある。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/1250秒 13.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
松陰神社御社殿;クリックすると大きな写真になります
14.松下村塾
有名な松下村塾は 山口県に現存する。 この写真は世田谷の松陰神社の境内にある模築である。長州で松陰の叔父・玉木文之進が開いた松下村塾は、近所で塾を営む久保五郎左衛門が名前を引き継いでいた。松陰の幽囚室での講義に久保五郎左衛門が聴くようになると自然と松陰が塾の主となる。当初は3畳という僅かな幽囚室で行なわれていたものの、受講するものが増え杉家の納屋を塾舎に改修。ここに世に有名な松下村塾が誕生した。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/500秒 6.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
松下村塾;クリックすると大きな写真になります
15.石燈籠
境内には毛利元昭公を始め、先生門下の伊藤博文、山縣有朋等の縁故者より奉献された32基の石燈籠がある。その燈柱に刻されている文字は書家竹山先生の所謂、八分隷書体に成るもので貴重な文化財であるとのこと。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/500秒 8.9mm ISO400 ) 露出補正 なし
石燈籠;クリックすると大きな写真になります
16.石燈籠と白梅
並んだ石燈籠の端に白梅が咲いていた。松陰神社の参拝を終え、再び商店街を通って世田谷線の松陰神社前に戻った。

Canon PowerShot G12 F.2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/1250秒 8.9mm ISO400 ) 露出補正 なし
石燈籠と白梅;クリックすると大きな写真になります