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2018年12月10日

隠居のドライブ:初冬の滋賀北部(1)メタセコイア並木

12月に入って夏のように暑くなったりして天候が不順だったが、ようやく冬らしくなってきた12月6日、前から気になっていた琵琶湖西岸北部に行ってみた。目的地は、マキノスキー場の近くにあるメタセコイア並木と鯖街道の熊川宿である。
 メタセコイア並木近くにあるマキノピックランドをカーナビで指定すると、第二京阪道から阪神高速京都線の山科から出て1号線から湖西道路へのルートを推奨する。地道の混雑がいやで湖西道路へのつなぎが楽と思う名神高速京都東出口経由を選んだ。近畿自動車道の終点吹田から名神高速に乗るのだが、第二京阪への分岐点となる門真を頭に渋滞である。知らなかったが、朝の出勤時間7時台は恒常的にどうも混むらしい。周りの車を見るとほとんどは、仕事に向かう車のようだ。景気が少しは回復しているのだろうか、最近の職人さんは、一人一台の世の中になってきているようだ。
 天気予報では、午後には雨になると言っていたが、紅葉はチャンスを逃すと1年待たなければならない。雑用で毎日が過ぎていく合間を縫って出かけることにしたのだ。
 名神高速の桂川 PA で一息入れて、京都東ICから湖西道路を走る。高島市の野鳥観察公園を右手にやり過ごして、カーナビの指示するまますこし北に走ったところから左折するとマキノ高原に向かう幅10mほどの直線道路が現れる。この道路の両側道に高さ15~20mほどのメタセコイアがトンネルを作っている。すべてが赤褐色に紅葉している。すごい。神戸の森林植物園にも、メタセコイアの並木があるが、比較にならない。
 マキノピックランドの駐車場に車をおいて側道を歩いた。この並木は2.4KMあって、500本のメタセコイアが植わっているらしいが、途中まで歩いたところで雨がぱらつき出したので、引っ返してきた。

181206_004.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
メタセコイア並木 -1
この並木になるとみんなゆっくり走っている。貸しテニスコートの看板が見える。

SONY α7Ⅱ+Sigma 18-300mm
200.0mm 1/350 f/6.7 ISO16000 EV 0
181206_028.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
メタセコイア並木 -2
かっこいいスポーツカーで走りたくなったのか。近くにレンタカーがあるのか、同じような車が2台走っていた。壁紙にして余韻に浸っている。

RICOH GRⅡ
18.3mm 1/40 f/2.8 ISO200 EV 0
181206_029.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
メタセコイア並木 -3
バスも何台も走ってくる。滋賀の名残紅葉ツアーーなのかもしれない。先の連休に訪れたという京都長岡京に住む娘は、休日にはすごく渋滞するといっていた。

RICOH GRⅡ
18.3mm 1/40 f/2.8 ISO125 EV 0
181206_007.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
メタセコイア
近くで見ると、このようにかなり猛々しい樹木である。当初、化石しか発見されていなかったため絶滅種と考えられていたが、1945年に中国・四川省の山奥で生きた個体がみつかり、「生きた化石」として話題を集めた。その後は苗木が増やされ、日本の公園でもふつうに見られる木になったと「葉で見分ける樹木」という図鑑に解説がある。ちなみに、ここのメタセコイアは昭和56年(1981)に初めて植えられてから年々増やしていったようだ。

RICOH GRⅡ
18.3mm 1/40 f/2.8 ISO125 EV 0
181206_027.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
倒れたメタセコイアの根っこ
これも台風21号の爪痕だろうか。植えられてから37年くらい経つのに、初めての被害だろう。琵琶湖湖岸も結構吹いたようだ。

RICOH GRⅡ
18.3mm 1/40 f/2.8 ISO125 EV 0
181206_009.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
並木道側道
並木道の両側の畑は、果樹園である。収穫が終わったブルーベリーやブドウと思われる。さりげなく、ベンチがおかれていたりする。

SONY α7Ⅱ+Sigma 18-300mm
50.0mm 1/90 f/4.5 ISO1600 EV 0
181206_010.jpg 2018/12/6 マキノ(滋賀県高島)
山麓の紅葉
ベンチに座ってみると、果樹園の向こうは山裾がこうようしていた。

SONY α7Ⅱ+Sigma 18-300mm
70.0mm 1/125 f/5.6 ISO1000 EV 0
 

2013年5月15日

隠居の旅、北九州を車で巡る 3/3 長崎グラバー園


 三日目、朝から土砂降りの雨である。5日ほど前の予報では、遅くに雨になると言っていたのに天候の変化が早まったらしい。
 それでも、ともかく雲仙に上がってみようと57号線を辿って行くと、雲仙地獄に近づくにつれて、ヘッドランプを点けなければならないほど霧が深くなってきた。車を駐めて歩く気にもならず、長崎市内へ急ぐことにした。ナビの指示する雲仙道路から国道57号線に下る道路は昨年7月の豪雨による災害か大規模な工事が行われていた。

 この雨では、車であちこちに行くのは得策では無さそうだ。当初は、長崎空港近くの営業所に返却の予定であったが、早めに返してしまおうと、長崎市内のトヨタレンタカーを探して見ることにした。ちょうど行こうとしていたグラバー園へ行く道の途中に、トヨタレンタカーの看板を見つけて飛び込み交渉してみるとOKということであった。それでも、大雨の中グラバー園まで歩くのは辛いので、レンタル時間が丸2日間になるまで借りる事にして、グラバー園近くの公営駐車場に駐めた。

 ちょうど修学旅行シーズンとあって、中・高校生と思える集団が雨の中でもいっぱいである。彼らから離れて腰をかけたくなったこともあって、旧自由亭という建物の二階喫茶室でコーヒーとチーズケーキを楽しんだ。朝からのバタバタもあって、何かホッとしたひとときであった。
 庭はよく手入れがされていて、いたるとこが花でいっぱいである。グラバー園の一番高いところには、三菱重工業長崎造船所にあったドックハウス(「ドックハウス」とは修理のために船が造船所に入っている間、乗組員たちが宿泊した施設のこと。)が移設されている。このテラスでボランティアのガイドさんが、いろいろと詳しく説明してくれた。
 レンタカーを返すと、JR長崎駅まで送ってくれる。JR長崎駅から空港までは、リムジンバスで45分ということで、昼食がてらゆっくりすることにした。車を返したので、昼食に入った中華料理店で飲んだ冷えた生ビールは格別に美味かった。

 今回のドライブ旅行には、シガーライターソケットにFMトランスミッターとスマホにUSBによる充電ができるソケットをとりつけた。おかげで、走行中はずっとスマホで受信する Radio Senbokuを流しぱなしだった。携帯の電波は、車で行けるところにはどこにでも届いているようだった。

旧グラバー住宅のサンルーム;クリックすると大きな写真になります 旧自由亭2階の喫茶室;クリックすると大きな写真になります 旧三菱第二ドックハウス;クリックすると大きな写真になります FMトランスミッター;クリックすると大きな写真になります
旧グラバー住宅のサンルーム。窓越しに長崎港がみえる。
2013/5/10
旧自由亭2階の喫茶室に古いレコードが。
2013/5/10
旧三菱第二ドックハウス。
2013/5/10
FMトランスミッター
2013/5/10
 

2013年5月14日

隠居の旅、北九州を車で巡る 2/3 平戸・九十九島


 一日目は快晴だったが、二日目は雲が多くなってきた。朝食を済ませて、朝8時平戸に向かう。高速道路はない。辿る道は、一般国道の202号線⇒204号線である。
 一時間ほど走って、松浦市の右に玄界灘が見える道路公園という小さなパーキングで停車するまで、後ろに何を運ぶのか特殊な荷台を付けたトレーラーがコンスタントについてきた。
 その道路公園には、松浦党水軍の発祥の地ということで、兜を模した銅像がたっていた。その少し先に、「松浦海のふるさと館」という道の駅がある。その道の駅に、後ろを走っていたトレーラーが停まっている。さすがプロは、休息する場所を心得ている。
 その道の駅から30分ほど曲がりくねった道を走ると、平戸大橋が見えてきた。平戸という名前は、教科書などいろいろな場面で見聞きしている。一度は来てみたかったところである。

 港に面した平戸港交流広場というところに、無料の駐車場がある。その駐車場の横に観光案内所があり、丘の上に見えているザビエル記念教会への行き方を乞うと、丁寧に教えてくれた。車でも行けて駐車場もあるらしいが、歩いて15分ということで、お寺の土塀沿いの少々きつい坂の道を登った。途中には、瑞雲寺と光明寺というお寺がある。
 先を急いでいたので、あまりゆっくりはできなかったが、また来てみたいと思うゆったりとした空気が漂うところであった。
 なお、長崎の教会については、クリスチャンである Masajii さんのブログに詳しい。

 次に向かったのは、九十九島である。メモしていた九十九島の展望台がカーナビではヒットしない。使い方が悪かったのか、レンタカーについていたカーナビはどうも場所のデータが少ないように思われた。仕方なく、地図上で近くと思われる鹿町行政センターというところをセットして、国道から外れた県道18号線を走った。
 しばらく行くと、今回旅行に行くにあたり求めていたガイドブックに出ていた「クルメツツジ・ヒラドツツジの長串山公園」という標識を見つけて、その公園に上がってみた。ツツジは、盛りを過ぎていたが、そのツツジの向こうに、霞んでいるが想像していたような島々が見える。
 このブログを書くにあたって検証してみると、展望したのはどうやら北九十九島といわれる部分で、訪ねてみようとおもった九十九島ではなかったらしい。文字通り後の祭りである。だが、あまり人が訪れることのない景色を見ることができたのを慰めとしている。
 駐車所に戻ってきたときには、時刻も午後になっており、雲仙までの道のりを考えると予定していた西海橋や西彼杵(そのぎ)半島はパスをしなければならない。だが、佐世保に出てからは、西九州自動車道⇒長崎自動車道と高速道路が続いており、思ったより時間がかからなかった。この高速道路間には、SA(サービスエリア)はなく、大村湾PA(パーキングエリア)で、売れ残っていたおにぎりで遅めの昼食をした。
 諫早をでてから雲仙に向かう国道57号線は交通量が多いが、渋滞もなく3時すぎには、宿泊先の小浜温泉伊勢屋旅館についた。この旅館、斎藤茂吉ゆかりの湯として有名な老舗の旅館らしいが、従来からある昔風の旅館である。
 小浜温泉の名物となっている橘湾に面した、長さ105mの少し熱めのかけ流し足湯に足を浸し食した源泉でゆでたたまごは美味だった。
 旅館4階にある露天風呂から見る夕日はなかなかのものらしいが、残念ながら雲が厚くて陽が見えない。客は少なく、ひとり貸切の露天風呂で思い切り体を伸ばした。

松浦党水軍の兜像:松浦市;クリックすると大きな写真になります 平戸公園から平戸大橋を見る;クリックすると大きな写真になります 平戸港交流広場あたり:平戸港;クリックすると大きな写真になります ザビエル記念教会裏の墓地:平戸;クリックすると大きな写真になります
松浦党水軍の兜像:松浦市
2013/5/9
平戸公園から平戸大橋を見る
2013/5/9
平戸港交流広場あたり:平戸港
2013/5/9
ザビエル記念教会裏の墓地:平戸
2013/5/9
ザビエル記念教会;クリックすると大きな写真になります 北九十九島:長串山公園;クリックすると大きな写真になります 湯けむりにけぶる伊勢屋旅館:小浜温泉;クリックすると大きな写真になります 露天風呂から橘湾を望む:小浜温泉;クリックすると大きな写真になります
ザビエル記念教会:平戸
2013/5/9
北九十九島:長串山公園
2013/5/9
湯けむりにけぶる伊勢屋旅館:小浜温泉
2013/5/9
露天風呂から橘湾を望む:小浜温泉
2013/5/9

2010年7月19日

隠居の読書:梨木香歩、【渡りの足跡】


渡りの足跡
渡りの足跡
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梨木 香歩
新潮社
売り上げランキング: 11003
おすすめ度の平均: 4.0
4 ここではない、どこか別の場所へ。鳥たちの渡り、彼らの旅路に思いをめぐらすエッセイ集

 毎日曜日の毎日新聞には、【今週の本棚】という読書欄がある。ここに、湯川豊三という方が、この本を紹介されている。これを読んですぐに読みたくなり、Amazon で注文した。このようにして購入してもいつも梅棹忠夫のいう【みた】だけで積ん読が多いのだが、今回は一気に読んだ。

 梨木香歩さんは、Wikipedia では、日本の児童文学作家、絵本作家、小説家ということになっている。私のサイトにある Masajii's Weblog の読書日記「西の魔女が死んだ」にあるように、児童文学が本職なのかもしれない。
 だから、この本の主題である野鳥観察は仕事の一部なのか、趣味なのかはっきりしないが、とにかく私のようなご近所野鳥観察とはスケールが全く違う。オオワシの渡りを確かめるために、国内の網走や知床をはじめとする道東周辺・諏訪湖・琵琶湖や海外はカムチャッカまで出かけるのである。

 どうしてもそこに興味がいくのだが、野鳥観察のための装備について詳しい記述はないが、双眼鏡は肌身離さずで、撮った写真を専門家に見てもらって鑑別もされているので、望遠のついたカメラも携行されているに違いない。また、10ページには、次のような記述があるのでKestrel4000 のような携帯気象計もコンパスも持って行かれているのではと想像する。
 この日この時間の網走の湿度は約22パーセント、西北西の風、最大13.9m。清々しく冷気を含んだ空気。

 場合によっては、フィールドスコープももって旅行されるから、現地での案内人がない単独行動はレンタカーのようだ。察するに、物書きはいろいろな記録が大事なのだ。私の隠居のたわごとブログの場合でも、記録はとるようにしている。音の記録は梨木香歩さんの場合はないようだが、音の記憶も見事に記述されている。

 私も同じような現象に出くわしたヒヨドリのさえずりについて、次のような記述がある。少し、長いが引用させていただく。
 今、この原稿を書いているところは――比較的緑が多いとはいえ――都心と言われるところである。それなのにここ数日、明け方の四時半頃になるとまるでブラックバード囀る英国の朝のような鳥の囀りが聞こえる。その声に起こされ、一体どんな鳥が、と出て行って確かめたいのだが何しろ起き抜けでぼうっとしていて、すぐに動けない。そのうち眠気に負けてしまう。 あの声は一体、と日中はずっと悶々とした思いを重ねていた。「最近明け方に一羽で美しく長 く囀り続ける鳥がいます。お気づきの方、何という鳥か、ご存じありませんか」、と近所に回覧板を回そうかと真剣に考えたほどだ。
 今日の午後出先から帰宅したとき、敷地内でその囀りの主が分かった。まるでメジロのように、ホオジロのように ――でも本物ではあり得ないとすぐ分かる―― 次から次へ囀り、信じられないことに、途中でホイホイホイと明らかにサンコウチョウの鳴き真似で合いの手を入れる。電線に留まって我を忘れてうっとりと鳴き続け、佳境に入ると感動のあまり自分で自分をもてあますのか、囀りながら空高く舞い上がり、それからあの独特の波状飛行をしてずっと向こうのお寺の屋根まで飛んで行き、それからまた此処へ戻ってきて続きを歌う、という事を繰り返していた。まちがいなく、ヒヨドリだった。けれど、今は梅雨が明けたばかりの真夏、これから所帯を持とうというのか、それともそんなことに問係なく(あのヒヨドリには自分以外の何ものも見えているようではなかったし)芸術的な研讃を積もうとしていたのか、こんなところ でサンコウチョウの声など聞こえるはずはないから、どこか遠い山の奥で彼の鳥と接近遭遇し た事があったのか。あれやこれや考えても、留鳥のヒヨドリとは考えられない。春の渡りが遅 れてしまって繁殖期がずれているのかもしれない。相手の確保は大丈夫だろうか。
 それにしてもあの美しい声が、けたたましく耳障りだとばかり思っていた、あのヒヨドリの声だったとは......。ああいう調子で渡りの途中のあちこちで、熱心にその地方の鳴禽(めいきん)の声を採 集し、また自分も自慢の歌声を披露し、などして帰ってきたのかも知れない。今日だって私が 気づかなかっただけで、近くに繁殖可能な雌が存在していたのかも知れない。ここ数日ずっと 囀っているから、その可能性は低いかも知れないけれど、ないわけではないだろう。

 私は残念ながら、サンコウチョウのさえずりは知らない。いつもお世話になっている【小鳥のさえずり】サイトで確認すると確かにヒヨドリのさえずりに似ているようだ。実のところ、私も同じ梅雨明け間近の4時半頃に、鳥のさえずりで眼を覚ましたことが多かったのだが、ヒヨドリのさえずりとは確信がもてなかった。それで、録音した mp3 のファイルを上のサイトの管理者である pika@Bird Songs in Japan さんに送って確認してもらった。少しして、次のような回答があった。
いただいた音声ファイル、聞いてみました。
ひよどりが、歌ってますね。
単調なリズムですが、ちゃんと音階があって、かわいいですね!
カラスも元気そうですが...。


 この本は単なる野鳥観察の本ではない。鳥の渡りを追いながら、生存することの意味を考えさせてくれる一冊である。明日からの探鳥ウォークで見るもの、聴くものへの思いが変わるかもしれない。

2010年3月16日

伊豆温泉旅行

 まだ仕事をしている頃にお世話になった情報システム関連のユーザー会の役員が懇親旅行をされるときに、声をかけてくださる。今回は、伊豆高原にある会員制別荘に出かけるというので、参加させてもらった。総勢20名である。

 伊豆急踊り子でオオカンザクラが満開の伊豆高原駅に着き、そこで10人乗りの大型レンタカー2台に分乗した。昼食は、城ヶ崎海岸近くの「ぼら納屋」で摂った。前線の影響か強風が吹いていたが、空は晴れている。海岸沿いには、遊歩道がもうけられており、城ヶ崎海岸まで、散策できる。
オオカンザクラで吸蜜するシジュカラ:クリックすると大きな写真になりますぼら納屋:クリックすると大きな写真になります城ヶ崎海岸:クリックすると大きな写真になりますエナガ:城ヶ崎海岸;クリックすると大きな写真になります


 宿は別荘といっても、眼下の相模灘に浮かぶ大島が眺望できる豪華マンションである。露天風呂がついた大浴場やプールもある。メンバーの一人がそこの会員である。

 別荘だから、食事は自炊である。ところが20名もいると、料理を得意とする男性が2人や3人はいるものだ。地元のショッピング・モールの鮮魚店で求めた金目鯛やアジなどを煮付けやたたき・刺身にしてくれた。美味しさについついアルコールがすすんだ。

 翌日風も収まった。皆さんが温泉やプールを楽しんでいる間、近くを散策してみることにした。野鳥が目当てである。NikonD70についているレンズは、18-200mmといささかこころもとないが、昨日伊豆高原駅近くで撮ったシジュウカラやコガラもそうであるが警戒心が少ないのか、側まで近寄らせてくれた。

 大室山にリフトで登る予定であったが、延期になっていた山焼きが本日行われるということで登れない。年に一回の山焼きが見られるとはタイミングがいいと車を走らせたが、駐車場に入る車の大渋滞に出会い、車を駐めることもできなかった。大室山に登れば、富士山も見えるかと期待したが、それもかなわなかった。
 そのまま予定していた世界に唯一つという「猫博物館」へ。猫って、これだけ種類がいるのかと感心したが、多くの来館者に撫でられる猫たちは、ストレスでがっくりしているようだった。

 温泉旅行の締めくくりに、日帰り赤沢温泉で食事を兼ねて入浴した。崖の上に設けられた浴場からは、相模灘が一望できる。日の光を顔に浴びながら、露天風呂に寝っ転がっていると時間を忘れそうである。
相模灘:大島を望む:クリックすると大きな写真になりますシジュウカラ:伊豆高原:クリックすると大きな写真になりますコゲラ:伊豆高原;クリックすると大きな写真になります.JPG砂遊びをする子どもたち:クリックすると大きな写真になります

2008年12月 3日

隠居、「夜明け前」の舞台を巡る

 まだ、現役だったころ、あるソフトウエア販売会社ユーザー会のお世話をしていた。その役員会の親睦旅行『中山道木曽11宿と「夜明け前」の舞台を巡る旅』に誘っていただいた。

 新幹線名古屋駅に集合し、レンタカーで馬籠・妻籠・上松・木曽福島・奈良井などを二日間で巡ってみようという試みである。
 案内メールに、島崎藤村の「夜明け前」を読んでおくと旅が面白くなるのではとの示唆があったので、Amazon でとりよせて読んでみることにした。歳をとっての読書は、はかがいかない。それでも名古屋までの電車・新幹線の中まで読み継いで岩波文庫の第一部上下の上だけはようやくほとんど読み終えた。

クリックすると大きな写真になりますDSC_0976.JPG 中山道木曽路は、南から馬籠・妻籠・三留野・野尻・須原・上松・福島・宮ノ越・薮原・奈良井・贄川 の11宿が続く道である。企画してくれた人は名古屋在住で、この木曽路を歩き回っているようで、見るべきポイントを押さえてくれる。
 傍らに南天の赤い実が垂れ下がる石標 「これより北、木曽路」は、馬籠の手前、新茶屋と言うところにある。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 馬籠は、「夜明け前」の主人公「青山半蔵」が住居したところであり、島崎藤村の出身地でもある。馬込峠へ向かう緩やかな坂道に、本陣跡や土産物屋などが町並みを保存しつつ並んでいる。初めてなのに妙に懐かしくおもえる風景である。
 妻籠は、馬籠に比べればこぢんまりとしている。朝食が早かったので、「おやき」に手を出した。うまかった。

クリックすると大きな写真になります 定年後、上松で木工を習っているユーザー会元役員と落ち合った創業300余年なる蕎麦屋「越前屋」の寿命そばが空腹を満たしてくれた。
 ユーザー会の元役員は、木工職人を養成する学校で若い人たちと1年間学ぶらしい。平日は上松に借りたあばらやで、単身生活をしているとのことである。作品を見せてもらったが、私のような叩き大工とは比べものにならない精巧なものだった。寂しい雪の季節を過ぎれば、きっと素晴らしい家具ができているに違いない。やっぱり、本当の技は、木の香のするこのような町で学ばなければならないのだろう。

クリックすると大きな写真になります 恵那峡を見物したあと、木曽福島市街をブラブラと散歩すると初冬の冷たい風が肌をさすようであった。
 宿は、木曽福島から山道を入ったひなびた一軒宿「駒の湯」だった。 早速、温泉に飛び込むと心身共に豊かになった気分である。鹿の肉など地の珍味がでた宴は、ついついアルコールの度がすぎて、饒舌になっていたらしい。普段話し相手の少ない老人は、たわいもないおしゃべりもまた馳走なのだ。

 翌日、四大関所の一つ福島関所(他の三つは(東海道の箱根関所・荒居関所、中山道の碓井関所)を訪れた。 「夜明け前」の有名な冒頭は、
 木曽路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。
とあるが、この福島関所あたりがもっとも狭い個所だったのだろう。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 木曽福島から、木曽義仲と巴御前が育った宮ノ越を経て、漆器で有名な木曽平沢の道の駅「木曽くらしの工芸館」に立ち寄って、奈良井の宿に車を駐めるころには、霰がぱらついていた。このあたりは、もうシーズン・オフなのか日曜日というのに人出は少ない。

クリックすると大きな写真になります 木曽路の紅葉はすでに終わっているようだが、このあたりの主たる産業は林業だろう。それこそ江戸幕府の時代から尾張藩は、針葉樹のひのき・さわら・あすひ・ねずこ・こうやまきの五木を人の命より大事にしたようだ。木曽路に紅・黄葉する落葉樹が少ないのは、そのせいかなと思われる。

クリックすると大きな写真になりますクリックすると大きな写真になります 昔の街道を保存している馬籠・妻籠・奈良井とあるが、この奈良井の宿が最も大きい。みやげもの屋やお休み処など沢山ある。ちょうど昼時となったので、「こころ音」という蕎麦屋に入った。木曽路は蕎麦がよく似合う。冬季限定の「とうじそば」は、冷えた体には格別だった。信州には、かなり広く普及しているようだ。

 帰途は、361号線の「権兵衛」トンネルを抜けて、伊那ICから中央自動車道に乗り名古屋に帰った。車窓から遠望できる南アルプスは白く雪をかぶって真っ白にかがやいていた。

クリックすると動画になります 運転してくれた仲間をねぎらって松坂屋7Fの居酒屋で食事をし、外に出ると駅壁面に年末のイルミネーションが年の瀬を感じさせてくれた。
 表示している写真をクリックすると動画のダウンロード後(7MBほどあるので時間が少しかかるが)、WindowsMediaPlayer でムービーが始まるはずである。ただし、Windows Media Player の「ツール」→「オプション」→「ファイルの種類」で、Windows Media ビデオファイル(wmv) にチェックが入っている必要がある。


maps_kiso.jpg 大阪までの新幹線で、「夜明け前」の残り部分を2日間の行程を思い出しながら読んだ。 一部・二部とも読み終えたら、もう一度木曽路に訪れてみたいものだ。

右の画像をクリックすると Google Map による訪問地の地図がでます。

 

2006年11月20日

改訂:早春の鹿児島:Google Maps API に litebox を使う

 今年の3月に掲載した旅行記に使用した地図が Google の利用規約に触れるのではないかと気になりエントリーから削除していた。 新たに、 Google Maps API を利用して地図を全面的に作り変えてみた。この API の利用は、このようなエントリーを編集するには革命的なソフトであるが、ただ不満は今年の7月から使っている litebox-1.0 がうまく動作しないことであった。いろいろと試行してみたが、11月12日のエントリーに litebox-1.0 の JavaScript を取り入れてみるとうまく動作するようになった。下の地図のサイドバーのチェックボックスをクリックするとその地点にマーカーが現れる。をクリックすると写真が lightbox 的に現れるので試してみてください。理屈的にはよく分かっていませんが、このエントリーに使っている iframe のソース head 部分で、lightbox.ccs を呼んでくるときに、次のように media="screen" を加えると上手くいきました。ご関心がある方は、 iframe 内のソースを参照ください。
<link rel="stylesheet" href="http://xxxxxxxxxxxx/litebox/css/lightbox.css" type="text/css" media="screen"/> 


 高校の修学旅行以来行ったことのなかった鹿児島に、2月末の日・月に家内とFlight&Driveした。鹿児島は私にとって47年ぶりであり、家内は初めてである。その当時は修学旅行専用列車で、24時間かかって西鹿児島まで行ったように思う。今回は、大阪空港7:50発に搭乗し、9時30分には空港近くで借りたレンタカーで国道504号線を走り出していた。鹿児島は車の方がバスや列車より便利なのか、空港近くには多くのレンタカー会社が沿道沿いにあり、利用者も多い。確かに、日曜日というのに道は空いており、ゆったりスイスイと走れた。
 昨秋のみちのくと異なり、季節のせいもあるかもしれないが、蘇鉄が街路樹として植えられている沿道の風景はどことなくのんびりとした風情であった。いつものように、細かいルートは決めず、北帰行前のツルを出水に見に行くことと指宿で温泉に入ることだけを最低限の目的にしていた。トラベル雑誌の地図は一応参考にするが、ルートは一般道を走るか高速道路を走るかといった設定だけであとはカーナビ任せである。カーナビのいいところは、おおよその到着地までの時間を教えてくれることである。都会と違って、渋滞が全くといってないから、予想到着時間は、ほぼ正確である。出水までの道(504→328号線)は、どこにでもあるような里山が続く田舎道であった。朝食が早かったので、早い昼食を出水市に入ったところの和風レストランで摂った。食事は家内がいつも地方色がでてリーズナブルなものを求めるので、店を選ぶのがなかなか難しい。この和風レストランで摂った黒豚のカツとじはなかなかであった。
 昼食を摂ったレストランの人の話では、「このごろの暖かさで昨日は数百羽が北帰行をした聞いている。もういないのではないか」というのでがっくりしながら、そこから10数キロ離れたツル観察センターに行ってみるとまだ沢山のナベヅルかマナヅルが、干拓地の田に群れていた。動物園くらいしかツルを見たことはなかったのでこれには驚いた。この地はもともとツルの飛来地だったのだが、麦などをあたえるようになったので、これだけ集まるらしい。ついでに、カラスもワシらしき鳥も餌を求めに来ている。どんよりと曇っていたのと時間が無かったので、4から5羽の群れで飛び立つ北帰行のような良い写真は撮れなかった。(ほんとの理由は技術だが。)出水市のツルの北帰行などの状況については、以下のサイトが詳しい。
http://www.city.izumi.kagoshima.jp/izumi08/izumi44.asp

 今日の宿休暇村指宿までは、東シナ海に面した海岸沿いを市来というところまで南下し、そこから南九州自動車道と指宿スカイラインのルートをカーナビに設定した。どんよりと曇った天候のせいもあるが、海岸沿いの道路は単調であった。それより、鉄道マニアの孫がいつもDVDで見ている肥薩オレンジ鉄道の線路がこの道路沿いに走っており、2時間ほどの間にオレンジ色の単車両の列車に2回出会った。旅行に出ていても、孫の話になるのは、やっぱりオジイチャン・オバアチャンなんですね。道の駅「阿久根」で求めた焼き芋と薩摩揚げは名物にうまいものなしというものの結構美味しく食した。  カーナビでは、南九州自動車道は市来からであったが、手前の串木野というところまで延びてきていた。最近の道路行政のせいか、それよりも北へ伸ばす計画だったらしく橋脚の上に道路ができあがった状態で工事を中断しているようであった。
 指宿スカイラインは、錦江湾を望む山を切り開いて造られた道であり、途中に造られたいくつかの展望台では錦江湾(鹿児島湾)から写真のように桜島が見渡せる。
スカイラインから指宿に下る途中にはかの知覧がある。朝からの運転に少し疲れていたこともあり、宿にいって早く風呂に入りビールを飲みたかったこともあって、翌日に訪問することにした。
 休暇村は乳頭温泉郷でもそうであったが、その観光地の中心的な場所から離れている。休暇村指宿は、開設されたのはいつか分からないが随分古ぼけていた。砂風呂もどうも天然ではないようだ。(入っていないので分からないが) リーズナブルな料金から言って、こんなもんでしょうと家内からは窘められた。それでも、波の音を聞きながらの露天風呂は格別であった。お湯を少し口に含んでみると海の近くの温泉らしく、ナトリュームの味がした。食事は、選択していた黒豚のしゃぶしゃぶとオプションのキビナゴの刺身を食べた。量は随分多かったが、やわらかくてしつこくなく全部食べてしまった。錦江湾にあがる朝日がきれいとのインフォメーションがあったので、日の出を期待したが、残念ながら曇天の雲で見ることはできなかった。
 2日目のカーナビ設定は、開聞岳→枕崎→知覧武家屋敷跡→鹿児島中央駅→空港という順にした。朝早くは曇っていたが、日が高くなるにつれて快晴となった。
 菜の花畑から開聞岳(薩摩富士)を見るというスポットを求めてうろうろしたが、結局見つからなかった。見つからなかったが、被写体はどちらもしっかり撮ったので合成写真にした。頭の中では、マルチデイメンジョンでこのような景色を見ている。
 開聞岳から枕崎に向かう国道226号線(南薩摩路)沿いに有名な「さつま白波」の工場があった。昔からこんなに綺麗な工場だったのだろうか。芋焼酎ブームに乗って、きっと見学者が多いのだと思う。
 枕崎漁港にある「お魚センター」では、カツオやマグロの腹皮、鰹節が現地の産物といった感じであったが、あとは大阪のスーパーでも手にはいるようなものばかりであった。八戸の八食センターにはとても及ばない。漁港に泊まっている船の上で、魚を発送するのかコンテナの魚を移し換えていた。高級料亭にでも持って行くのであろうか、ずいぶん大きなヒラメや鯛が見えた。
 岸壁に駐車している間に車内は高温となっており、走り出すと24度に設定したエアコンから冷風が流れてきた。
 枕崎から知覧への道は、ゆるやかな丘陵地帯に茶畑が続いている。なんとなくのんびりとした豊かさを感じる地域である。このようなところで、若き青年たちは死を覚悟しながら過ごしていたのだろうか。特攻平和会館が近づくにつれ、沿道の歩道には石の灯篭が整然と並んでいた。美しい町並みである。
 知覧の武家屋敷跡は、秋田角館の屋敷跡と異なって、7軒の比較的小さな庭園が公開されている。この7軒を含む街道沿いの垣根は美しく手入れがされていた。それぞれの庭園には春を告げる花々が咲いていた。一軒の屋敷にはお嬢さんがお住まいなのか、縁側に続く部屋にはひな人形が飾られていた。
 武家屋敷の庭園で撮った花は、別のエントリーに、Flash Album で掲載した。
 帰りの搭乗時間までは時間があったので、遅い昼食がてら鹿児島中央駅に立ち寄った。北の地域と違って南では、ラーメンの味もあっさり味が多いようである。アミュプラザ・ビルの地下1階のラーメン店をでたすぐそばに、カメラに収めたいポスターがあった。
 大阪伊丹空港に帰ってくると寒い風が吹いており、ああ、まだ冬なんだと季節を思い出させてくれた。1泊の旅行ながら、一足早い春を感じることができた旅行であった。 

2006年11月17日

道東ドライブ:Google Maps API Traial_3

 エントリー<秋の網走・知床・阿寒・摩周・屈斜路湖:レンタカードライブ>では、 ZENRIN の地図をキャプチャーしたものを使った。内容を同じにして、地図を Google Maps API に変更した。地図の右サイドの地名をクリックすると該当する場所のマーカーに吹き出しが出て、その中のリンクをクリックすると写真が出るようになっている。その他、拡大・縮小、ドラッグしての移動、航空写真にするなど Google Map の機能はそのまま使える。この Google Maps API 導入には、いささかの学習を必要としたので、私のような初心者向けに学習体験を地図の下に備忘録的に記したい。

 前のエントリー<泉北近辺私的観光地図:Google Maps API Trial_2>と異なる点は、地図の右サイドに地名を並べ、それをクリックすると目的とする地点のマーカーに飛ぶようにしたことである。この API の題材は、前のエントリーでも紹介した Google Maps API Tutorial からいただいたものである。前のエントリーでは、sample のソースコードをコピペし、Google Maps API キーを自分用に変えたり、data を変更するだけで上手く導入することができた。
 今回いただいた sample (Part 3) は、 xml ファイルを使うことになっている。今回も xml ファイルをコピペしたらいいと思っていたが、そうは単純にいかなかった。コピペだけで上手くいかないとなると基礎知識が希薄であるから、どこをさわったらいいのか見当がつかない。 IE7の問題なのかなどと勘ぐったが、Firefoxでも上手くいかない。Firefox では、 以下のようなメッセージが出る。
この XML ファイルにはスタイル情報が関連づけられていないようです。以下にドキュメントツリーを表示します。

 IEでも似たようなメッセージがたびたびでる。 Ajax を良く理解していないと思い調査したが、Ajax についてのサイトはちょっと高度で敷居が高い。が、そんなに高度の問題でもないようだ。どうやら xml ファイルへの理解が少ないことが原因らしいと思われたので、基礎から学習することにした。xml を教えてくれるサイトは「たのしいXML」のような日本語のサイトがあるがもうひとつピンとこない。Google で "xml tutorial" でサーチしてみると英語の世界にに基本から教えてくれるサイトがあった。W3 Schools である。このサイトのXML Tutorial を最初から読んでいくと優しい英語で非常に分かりやすい。XML Basic の9講座あたりに、自分で作った xml ファイルをファイルの中身をコピペするのとファイル名を入れて、それぞれ validate する個所がある。ファイルの中身のコピペではエラーを起こさなかったが、ファイル名をいれると何の表示もない。Note: をみるとどうやらクロスドメインの問題らしい。ここからヒントをもらい今まで、Dreamweaver を使ってPC のC:ディレクトリーに JavaScript を置き、呼んでくる xml ファイルをレンタルサーバー上に置いていたので上手くいかなかったようだ。JavaScript を含んだHTMLファイルもサーバー上に置いたら、望む結果が得られた。JavaScript に xml ファイルをよんでくるには、同じドメインでないと駄目のようである。 目的としていることができたのでxml の学習は中断してしまったが、機会を見て続きを勉強したい。
 Google Maps API には、ルートに色を付ける方法も用意されているようなので再度挑戦してみたい。
 なお、xml ファイルのデータとして書き込む地点の経度・緯度を得るには、Google Map で望む地点をダブルクリックして、右上のメールをクリックすると送信フォームの中に数字が示されるので、それをコピペすれば楽である。正確性を期するならば、国土地理院の「ウオッ地図」で目的地点の経度・緯度が求められるが、度以下の少数部分は計算が必要である。
 Google Maps API に取り組んでから、アルツハイマーになりつつある頭脳弱体化防止には少し役立ったかもしれない。

2006年10月15日

秋の網走・知床・阿寒・摩周・屈斜路湖:レンタカードライブ


 3度目の Flight&Drive での北海道旅行である。1度目は千歳空港を基点に札幌・十勝・美瑛・富良野・旭川をドライブした。2度目は札幌での会議の後、道南、函館・小樽を走った。そして、今回は女満別空港を基点に網走・知床・阿寒・摩周・屈斜路湖を巡った。
 今回は女満別空港でレンタカーを借りた。関西空港で見かけた私たちと同じような熟年夫婦も借りに来ていた。北海道の旅行は車で走るのが快適である。昔と違って必ずカーナビが付いているしETCカードも使えるようになっているが、今回のドライブは高速道路を走らない。大阪から女満別行きのフライトは午後の便しかなく着いたのは午後4時20分である。空港から20分ほどで1泊目の能取湖畔の宿かがり屋」に着いたときにはほぼ日が暮れていた。インターネットに紹介されているさんご草正式名:厚岸草(あっけしそうは、夕闇の中でまだ赤みが残っているように見えた。夕食はツブ貝など地元でとれた思われる食材が生かされて、なかなかの美味であった。久しぶりに呑む冷酒がやたらに旨い。宿の造りは豪華な民宿といった感じであったが、さんご草のさかりが過ぎているせいか客数も少なく静かで快適だ。日の出の写真を撮ろうと早朝、長袖のシャツの上にジャンパーを着てすぐ側の湖畔に出かけた。堺では半袖だったのに、ここではジャンパーを着ていてもじっとしていると寒い。カモとかサギと思われる水鳥たちが朝早くから餌を求めている。日が上がるとさんご草はまだ赤味を残していた。
 10月13日金曜日、今日は知床を回って阿寒湖まで走る予定である。例によって、ポータブルMP3プレーヤーとFMトランスミッターを持っていってJazzを聴きながらのドライブである。網走市街の端に有名な網走刑務所がある。話のタネにと入り口近くの橋のたもとで写真を撮った。もちろん、人を写すことは禁じられている。網走市街を走り抜けるとオホーツク海沿いに走る釧網本線に平行するようにまっすぐな道が続く。無人化駅の北浜駅軽食&喫茶「停車場」は朝が早かったせいか営業をしていないようであった。国道244号から別れて334号をウトロに向かって走る。半島の道の割にはカーブが少ない。地元の車は少なく、ほとんどがレンタカーか観光バスである。アジア系の海外のお客さんも多い。オシンコシンの滝は道路沿いにあり、すぐオホーツク海に流れ込んでいる。ウトロに近づくにつれて小雨が降り出した。静かに知床の自然を満喫できると期待していた知床5湖は、結構な広さの駐車場に観光バスも10台以上駐まり満員であった。クマよけの鈴を買って着けようとなんて考えていたが、これだけ観光客が多ければクマも尻尾を巻いて逃げ出しているに違いない。小雨が降ったこともあって下が少しぬかるんでいる。天気が良く人も少なければ5湖全てを散策するつもりであったが、早々に退散した。それでもダケカンバやナナカマドの紅葉が池に映えていた。ウトロから羅臼に向かうのには、羅臼岳の近くの知床峠を越えていく。峠に上がる途中に、白樺の木だろうか黄色の紅葉が鮮やかであった。天気が良ければ知床峠から国後がよく見えるはずであるが、生憎霧のような冷たい雨が強風で巻いていた。来月早くにも通行止めになるというのももっともである。そろそろ腹が空いてきたので羅臼で食事をしようと店を探したが、適当な店が見つからない。標津にでれば見つかりそうなので辛抱することにした。家内も私もイクラ丼はあまり好きではない。標津市街でそこそこの蕎麦屋(福住総本店)があったので、遅い昼食を取ることにした。鴨蕎麦と肉蕎麦を注文したが、鴨蕎麦には直径1cm・長さ10cmくらいの白ネギが軽く焼いて乗っている。家内が注文した肉蕎麦には、5cm四方くらいの厚い豚肉が沢山乗っている。蕎麦もだしも美味しかったがが、まるでラーメンである。
 標津から中標津を通り、摩周湖近くまでの国道272号・243号は広い牧草地や収穫期のビート畑(大根のような葉っぱだ。後で砂糖の原料と教えてもらった。)の間にまっすぐな道が続いている。まるで高速道路である。このような道を制限速度を守って走るのは至難の業である。制限速度を少し上回る程度のスピードで走っていると観光バスまですぐ後ろに迫ってくることになる。しかし、畑と牧草地の緑と色づいた樹木の間を走るのであまり疲れない。道の駅「摩周温泉」から国道241号線に入り阿寒湖までの道はダケカンバとクマザサの間を走っている。
 じゃらんネットの口コミを読んで選んだ阿寒湖の宿(阿寒ロイヤルホテル)は名前は立派だがちょっとケチったのでもう一つであった。4時半頃着いたときには客が少なくのんびりとできると思ったが、食事時間頃になって観光バス3台が到着した。パック旅行客相手の旅館だったらしい。一般客は我々だけだったかもしれない。これから宿を選ぶときは中心地から少し離れたそこそこの値段の小さな旅館が良いようである。
 翌日は朝から好天である。これから知床へ行くパック旅行の観光バスは早くに出発した。足湯があったりする阿寒湖の畔を散策すると急激に冷え込んだせいか湖面からもやが立ち上っていた。今日は、摩周湖・屈斜路湖を経て女満別空港で車を返す予定である。カーナビで今日のコースを設定すると時間的には大分余裕がありそうなのでゆっくり回ることにした。摩周温泉に引き返す241号線のそばの牧草地にタイガースファンなら喜びそうな牧草ラップロールが転がっている。このロールした牧草を乳牛が食していた。
 風が強く寒かったが秋日和に恵まれて、霧の摩周湖ではなくコバルトブルーの湖面がきらきらと光っていた。第一展望台は有料(410円)で観光バスが多く駐まっていたが、3km北の第三展望台は乗用車しか駐車できないので人が少ない。道東は観光資源が大きな収入源なのか道路とか駐車場は一部は有料であるがしっかりと整備されている。
 摩周湖から屈斜路湖へ回る頃には、そろそろ昼食の時間になってきた。遊覧船乗り場の看板に惹かれて行ってみるとオートキャンプ場であった。遊覧船は就航していない。どうも右岸にはアイヌ民族館のような施設はあるが食事ができそうな場所はないようだ。左岸には「るるぶ情報」に載っているようなレストランがある。しばらく行くと屈斜路プリンスホテルの看板が現れレストランもあるようなので覗いて見ることにした。レストランは昼食バイキング形式になっている。ちょうど11:30のオープンの時間だったので一人1680円を払って食べることにした。和洋中料理とケーキ・ドリンクが食べ放題である。大きなガラス越しの池には白鳥が1羽浮かんでいる。バスツアーの昼食場所にもなっているらしく団体客が次々と到着する。味もまあまあだったので、家内につきあって欲張ってケーキまで食べ満腹になってしまった。また、血糖値が上がるんでしょうね。
 女満別空港に行く243号線の途中に美幌峠という眺望が素晴らしい場所がある。屈斜路湖の向こうに北見の山々が見える。
 レンタカーを返すにはまだかなり時間の余裕があったので、網走まで行ってオホーツク流氷館を覗いてみることにした。天都山という網走郊外の丘の上にある展望台からは網走市街の先にオホーツク海が見え、その先に知床の連山が美しい。
 北海道ドライブは3度目だが、今回が最も This is Hokkaido. といった旅であった。

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2005年11月29日

晩秋のみちのく

このところ年に1回2泊程度の夫婦旅行をしている。2005年の今年は、紅葉のシーズンが終わったみちのく秋田・岩手・青森へ旅した。今回もFlight&Driveである。行き帰りの飛行機の時間と2泊の宿、レンタカーだけを決め、後は成り行き任せの旅行である。このような予約は、すべてインターネットでできる。便利になったものである。
 秋田空港に2005年11月7日9:30着、予約していたトヨタレンタカー(普段運転している車がマークⅡステーションワゴンなのでトヨタ系にしている)で手続きをする。 カローラと車種だけを指定しておいたが、4WDにスタッドレスタイヤをはかせてある車を用意してくれていた。天気予報では寒くなると言っていたので、心強い。カーナビに、本日の宿泊先乳頭温泉郷にある「休暇村田沢湖高原」にセットし、通過点に角館を指定し、いざ出発。BGMには、MP3 Player を用意した。このごろの車にはテープデッキは付いていないことが多いので、ノイス覚悟でFMを使う無線トランスミッターを持っていった。地方のFM局は数が少ないのか、88.5MHzでセットするとノイズは全くといって無く、快適に好きなJazzを聴きながら、晩秋のみちのくをドライブすることができた。クリックすると大きな写真になります。 天気予報通り、秋田から盛岡に通じる国道46号線上にある角館に着く頃には、にわか雨が降ったりやんだりの天気になった。紅葉シーズンの盛りが過ぎた平日にもかかわらず秋田の有名な観光スポット角館の武家屋敷通り界隈は、観光バスが何台も入って賑やかであった。この界隈の武家屋敷:青柳家の庭に晩秋を感じさせる楓の紅葉が、見事であった。見学した石黒家は、私の素人写真より、以下のページが詳しい。
http://www.hana.or.jp/hana/kigata/5isiguro.folder/isiguro.html


クリックすると大きな写真になります。 46号線に分かれて、田沢湖に向かった。みちのくの冬への変わり目なのか、風雨が強まった。夏にはきっと賑わうのに違いない湖畔も寒々と閑散としていた。枯れ葉舞う湖畔の道を「たつ子の像」までドライブ。なんで、こんな金ぴかの像を建てるんでしょうかね?




クリックすると大きな写真になります。クリックすると大きな写真になります。 一日目の宿泊先「休暇村田沢湖高原」は、田沢湖から岩手山に向う乳頭温泉郷の先ブナ林にある。道路沿いの一面のブナは、すっかり葉を落としている。宿の人の話では、ブナの紅葉は、黄色→赤と変化し、美しい黄色の時期はごくわずかということである。覚悟はしていたが、ここまで幹枝だけになっているとは思わなかった。しかし、ライトに照らされたブナの樹々に囲まれた露天風呂は格別であった。
二日目、46号線に戻って盛岡から東北自動車道に乗り八幡平に寄り道をし、八戸経由宿泊先の奥入瀬を目指した。昨日上ってきた道を下る途中で田沢湖が眺望できるポイントがあったので、パーキング。その時に撮ったデジカメ写真が上右のもの。


クリックすると大きな写真になります。 天気は快晴、雫石を通って盛岡に出る前に小岩井農場の道案内につられて行ってみることにした。北海道十勝あたりの牧場に比べればスケールは小さいが、きれいな牧場が広がっていた。記念にと売店で家内がチーズを求めて頬張る。




クリックすると大きな写真になります。 盛岡ICから東北自動車道に入って、八幡平へ。岩手山SAで休憩中、空は一天掻き曇り、突風と強い雨が降ってきた。気象予報通りである。晴天であれば遅い紅葉が楽しめたであろう。松尾八幡平ICで高速を降りて八幡平へ。夜間には閉鎖となるアスピーテラインを走ることに。あいにくの天候で眺望が悪いので、早々に退散した。途中で、記念に沼の写真を撮ったが、沼の名前が分からない。ガマ沼らしいが。松尾八幡平ICに戻って、東北道・八戸道で八戸へ。ガイドブックで遅い昼食の場所を探したが、適当な店が見あたらず、八食センターへ。 食事は定食もので済ませたが、市場に並んでいる20軒ほどの海産物店にはありとあらゆる海産物が安価に並んで活気に溢れていた。 日持ちを考えて好物のウニ瓶詰めだけしか買えなかったが、近くにこんな場所があればしょっちゅう行っているだろう。
 話は変わるが、今回ETCカードを持参した。もちろん、レンタカーにはETC装置は付いていない(これだけETCが普及してくれば付けてくれればいいと思う)が、前払いしているETCカードを使えばプリペイド部分は割引が効く。プリペイドの制度はなくなり、マイレージ方式になるようだが。なんでも成果主義になるんですね。

クリックすると大きな写真になります。 八戸からカーナビの指示に従って、宿泊先の「奥入瀬渓流グランドホテル」へ。強い風雨が相変わらず間歇的に続いた。車の中では分からないが、気温も下がってきた。北の日暮れは早く、天候のせいもあって宿につくころの4時半にはすっかり暗くなっていた。休暇村に比べると5割ほど料金の高い旅館は、年金生活者には少々贅沢であったが、前沢牛などの夕食と奥入瀬渓流を背にした露天風呂はドライブ疲れを癒してくれた。旅館近くの楓は、まだ赤い色を残してくれていた。


クリックすると大きな写真になります。クリックすると大きな写真になります。 三日目も時雨れたり、晴れ間が覗いたりする冬型の天候だった。十和田湖までの奥入瀬渓流沿いのドライブは、期待通り今回の旅行のハイライトであった。冬間近を思わせる渓流沿いの散策道は、多くの熟年族が晩秋を楽しんでいた。シーズンが終わっているのに、観光バスが何台も走ったり停まったりしていた。10月の最盛期には、大型バスの行き違いが難しいと思えるこの102号線はきっと交通渋滞を起こしているに違いない。渓流には、いくつかの滝から清流が流れ込んでいる。源は十和田湖であろう。

クリックすると大きな写真になります。 十和田湖に上がるにつれて、雨に雪が混じってきた。十和田湖から東北道十和田ICに抜ける峠には、雪が5cmくらい積もっていた。道の積雪はなかったが、4WD/スタッドレスは安心感を与えてくれた。どうやら、みちのくの秋から冬への変わり目に旅したらしい。



クリックすると大きな写真になります。 青森空港で車を乗り捨てるまでには、時間的余裕が十分あったので、家内の発案で弘前城の側にある「津軽藩ねぶた村」という展示場に立ち寄ることにした。夏のねぶた祭りには、一度行きたいと思っていたが大変な人出らしいので諦めていた。展示場では、まばらな来館者を前に、弘前ねぶたの説明や笛と太鼓のはやしの実演までしてくれた。また、同じ展示場内で、若者の津軽三味線の実演もあった。昨晩、旅館であったショウでの演奏よりも活き活きしているようであった。夏にもういちど来るかという思いに駆られている。

 仙台・新潟から北への東北には旅したことは無かったので、今回のFlight&Driveは良い思い出となった。とくに、季節が晩秋だったことも天候が不順だったこともあって、みちのくの寂寥感みたいなものを感じる旅になった。日本は美しい。そして、どこでも四季がある。時節を変えて、しだれ桜の咲く角館や新緑の奥入瀬にもう一度訪ねたいと想う。