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Studio YAMAKOで“D51”が含まれるブログ記事

2017年6月24日

上野公園(2) 国立科学博物館常設展 5月30日

国立科学博物館の1階で開催されていた大英自然史博物館展の見学を終え、そのまま、国立科学博物館の常設展を見ることにした。常設展は地球館と日本館に分かれている。
 Canon PowerShot G7X のISO感度設定が誤操作、というより無意識にISO12800になってしまっていたのを、元に戻す。
 地球館の1階から見学する。こちらは大英自然史博物館展と見学者層が異なり、修学旅行の生徒さんたちが多い。恐竜が人気だ。地球館の2階、3階を見て、B2階へ下り、B1階へと上がった。
 一旦、中庭に出て、一休みしたあと、日本館へ入った。日本館へは階段を下りて地下1階から入る。この日本館は旧東京科学博物館本館で昭和6年(1931年)に完成したネオ・ルネッサンス調の重厚な建物である。
  12時少し前に見学を終え、外に出て、シロナガスクジラ実物大の模型、実物のD51をみて、隣の国立西洋美術館へ移動した。
  記述は同博物館のホームページ及び展示の解説を参考にさせていただき、一部記述では引用させていただいた。

23.トキ
地球館のテーマは「地球生命史と人類」、そしてその1階は「地球史ナビゲーター」というテーマ。地球館の展示全体を繋げるシンボルゾーンとなっている。入り口ではトキが迎えてくれた。日本では1981年、当時野生に残されていた5羽を捕獲し、先に捕獲されていた1羽と合わせた6羽で飼育、人工繁殖が試みられた。しかしいずれも成功しないまま、2003年最後の1羽の死亡と共に、国産のトキは絶滅した。日本産トキが最後の1羽となり、高齢のため繁殖も絶望視されていた1999年、中国産のトキ2羽が日本に贈呈された。中国のトキは日本のトキと全く同じ種類(2004年、環境省による遺伝子検査で確認)だそうだ。この2羽を人工繁殖させ、その子を更に中国の個体とペアリングさせて数を増やすことで、国内でのトキの個体数増加、将来的な野生復帰が目指されることになった。同年、初のヒナが誕生、その後も順調に続いた個体数の増加は報道などでも繰り返し取り上げられているとおりだ。平成26年の繁殖期、平成24年に野生下で生まれたヒナを親鳥とするヒナが誕生した。放鳥トキからかぞえて初めての孫の世代となるトキの誕生となる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8???? 1/?3?0秒 9mm ISO125 )露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
24.地球の多様な生き物たち
1階のテーマは「地球史ナビゲータ」「地球の多様な生き物たち」だった。写真はキリンやマッコウクジラの骨格だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8???? 1/?3?0秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
25.チョウの標本
チョウはどんな標本が展示されているのか興味があったが、最初に見た標本がこれだった。メガネトリバネアゲハ♂の多様な亜種、ゴライアストリバネアゲハの雌雄、レテノールモルフォやエガモルフォといったモルフォチョウ、クラウディアアグリアスなどのミイロタテハ、さらに、パルナシウス、シボリアゲハ、オオルリオビアゲハといった一度は飛んでいるところを見てみたいチョウの標本があった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.5???? 1/?5?0秒 27mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
26.科学と技術の歩み
2階へ上がった。ここは「科学と技術の歩み」というテーマだった。ゼロ戦が展示されていた。ラバウル海軍第253航空隊に所属し、昭和20年(1945年)に墜落したが、昭和47年(1972年)にラバウル沖北西約110kmの海中で発見、引き上げられた機体だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?3?0秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
27.オートモ号
展示されていた国産自動車の先駆けとなったオートモ号は、排気量943ccの1925年製。オートモ号は白楊社で、1924年から4年間で約300台が生産され販売された。しかし、当時日本に工場を建設してノックダウン生産を開始したフォードやシボレーには価格面でも性能面でも歯が立たなかったようで、1927年に白楊社は解散した。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.2 1/?3?0秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
28.大地を駆ける生命
3階に上がった。「大地を駆ける生命」というゾーンでは、哺乳類の剥製や鳥の剥製が迎えてくれた。この展示方法は素晴らしい。国立科学博物館地球館には、現在3頭のジャイアントパンダの剥製が展示されている。ここ3階の「大地を駆ける生命」コーナーにいるのがフェイフェイとトントンの父娘、1階の「栄養を求めて」のコーナーにいるのが母親のホアンホアンだそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?3?0秒 9mm ISO500 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
29.鳥の剥製
同じく3階は「大地を駆ける生命」に展示されている鳥の剥製。オオタカやトキなど多様な鳥の剥製が展示されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?6?0秒 9mm ISO800 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
30.日本最大級のアンモナイト
?B1階へ下りた。入ってすぐのところにあった、50cm以上あるかと思えるアンモナイト化石の展示には、パキデスモセラス・?パキディスコイデ 白亜紀後期(約9000万年前)北海道三笠市 という?ラベル?が置かれていた。大きい。北海道は白亜紀アンモナイトの世界的な産地の一つだそうだ。浦河から夕張・幌加内を経て宗谷岬にいたる北海道中央部と、釧路から根室にいたる北海道東部からアンモナイトが多産しているという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?30秒 9mm ISO320 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
31.「地球環境の変動と生物の進化」
恐竜たちが迎えてくれた。現代の爬虫類と鳥類は全く異なる生き物だが、恐竜の研究を通してその進化の連続性が次々と明らかになってきた。恐竜の起源、大型化、多様性、絶滅の謎は尽きないという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.2 1/?30秒 14mm ISO800 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
32.ヒトの骨格
B2階へ下りる。「地球環境の変動と生物の進化」の続きだ。約40億年前に誕生した生命は、大きく変動する地球環境の中で誕生と絶滅を繰り返して進化を遂げてきた。恐竜の絶滅後に大発展した哺乳類の中から人類が生まれ、世界中に広がった。その進化の道のりがたどられている。これはヒトの骨格。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?3.2 1/?50秒 16mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
33.オランウータン
人の骨格のレプリカの上のケースにオランウータンの骨格レプリカがあった。そのオランウータンの足を人が掴んでいる。人間の学名がホモ・サピエンス・サピエンスで、知恵ある人という意味だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.5 1/?50秒 16mm ISO250 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
34.ティラノザウルス
wikipediaによれば、ティラノザウルスは、??現在知られている限りで史上最大級の肉食恐竜の一つに数えられ、地上に存在した最大級の肉食獣でもある。恐竜時代の最末期を生物種として約300万年間生態系の頂点に君臨するが、白亜紀末の大量絶滅によって最期を迎えている、?とあった。??????

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?30秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
35.淡水魚化石
地球館のエスカレーター・ホールに淡水魚の化石が展示されていた。展示の説明に「始新世前期(約5000万年前)のワイオミング州南西部には大きな湖が存在し、そこには堆積した地層であるグリーン・リバー層からは多様な昆虫や魚、カエル、トカゲ、ワニ、カメ、鳥、植物などの化石が大量に発見されている。ここに展示されている岩板はこの地層の一部を切り取ったもので一面に魚の化石が観察される。このほとんどの魚はニシン科のナイティアだが、エリミュクテュス科のディプロミストゥスの小さな幼魚も混じっている。また、一番大きな二つの個体はスズキなどに近縁で小動物を食べるベルカ科のミオプロススである。始新世にはいろいろな魚が海生から淡水生へと適応していったことが知られているが、ここに展示された魚化石もその例のひとつである。」とあった。美術品のような美しさを感じた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2 1/?30秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
36.中庭
地球館の常設展を見て、一旦、日本館の中庭に出た。天気が良かった。バラの花壇のもうけられていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?4 1/?800秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
37.常設展ミュージアム・ショップ
最後に日本館を見ようと建物に入る。地下1階から入場すると、まず、ミュージアム・ショップがあった。ここは修学旅行の生徒さんたちが多かった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?100秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
38.日本館の企画展
1階。季節ごとにいろいろな企画展が開催される。4/4?6/11まで「卵からはじまる形づくり」という企画展が開催されていた。見学はスキップした。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?100秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
39.日本館の建物
日本館では展示もさることながら、その建物に魅了された。建物の中央に造られた階段を2階へ上がったが、3階まで吹き抜けになっていて、重厚に造られていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?100秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
40.階段手摺の装飾
階段の手すりにはアールデコ調の装飾がされている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?30秒 9mm ISO640 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
41.階段踊り場の窓
階段の踊り場には窓が2つあって、ステンドグラスが入れられている。天井にも大きな半円形のステンドグラスがあり、東京冒険紀行というサイトでは、「これらのステンドグラスは原画・伊東忠太、神秘的色彩に置き換えたのがステンドグラス作家・小川三知のスタジオ。大正時代の大物芸術家のコラボレーションは博物館の象徴の一つとなっている。」とあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.2 1/?30秒 9mm ISO125 )露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
42.「生き物たちの日本列島」
2階の展示室にに入るとニワトリの剥製があった。ニワトリは約5000年前ごろにインドシナ半島でセキショクヤケイを家畜化して始まり、食用や闘鶏用、観賞用として様々な品種が作られてきた。日本には古くからの地鶏に加えて、平安時代にショウコクが、江戸時代にはシャモや、チャボなどが入った。これらの改良や交配が日本各地で行われ、今日見られる様々な日本鶏が作られたと説明されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?30秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
43.南極犬ジロと秋田犬ハチ
タロ(1955年(昭和30年)10月-1970年(昭和45年)8月11日)とジロ(1955年(昭和30年)10月-1960年(昭和35年)7月9日)は日本による初期の南極地域観測隊に同行した樺太犬の兄弟である。南極に取り残されながら共に生存し、1年後に救出されたことで有名になる(wikipedia)。上がジロである。ジロは発見された後、基地に残ったまま1960年に5歳の若さで病死したそうだ。タロのほうは日本へ帰国して、札幌市の北海道大学植物園に引き取られ、9年間の穏やかな余生を過ごしたまま天寿を全うしましたという。現在、タロの剥製は北海道大学植物園にある。下の白い秋田犬は白いのが「ハチ」(忠犬ハチ公)だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.5 1/?60秒 19mm ISO800 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
44.オナガキジとカラヤマドリ
オナガキジはライチョウやキジの仲間で、中国北部?中部に生息、カラヤマドリは中国南東部に生息している。ともに、開発による生息地の破壊、羽毛目的の乱獲などにより生息数は減少しているという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.8 1/?60秒 24mm ISO800 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
45.日本産チョウの標本
2階.、日本のチョウは環境別に展示されていた。これはナガサキアゲハ、ミカドアゲハなど南方系のチョウだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.2 1/?40秒 13mm ISO320 ) 露出補正 なし
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46.里山の生き物たち
昼間活動する昆虫として、オオムラサキや舞岡公園でも見られるアカシジミ、ウラナミアカシジミ、ミズイロオナガシジミが紹介されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?30秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
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47.冷温帯のチョウ
冷温帯ではブナやミズナラに代表される落葉広葉樹が主体である。そこで生息するチョウとして、ムモンアカシジミなど、ゼフィルス14種が紹介されていた。標本は雌雄あるいは表裏の各2体。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.8 1/?60秒 20mm ISO250 ) 露出補正 なし
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48.亜寒帯のチョウ
亜寒帯のチョウとして、ヒメウスガシロチョウ、エゾヒメギフチョウ、キベリタテハ、クジャクチョウ、そして、オオイチモンジが、展示されていた。ヒメギフチョウは本州では東北地方や中部地方の山地に生息するが、北海道のものは別亜種でエゾヒメギフチョウと呼ばれる。私も旭川郊外で、エゾノリュウキンカやカタクリで吸蜜しているエゾヒメギフチョウを撮影したことがあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.8 1/?60秒 22mm ISO125 ) 露出補正 なし
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49.日本各地のオオムラサキ
国蝶であるオオムラサキの北海道産、本州中部産、四国産、九州産の雌雄、裏面の標本があった。もうすぐオオムラサキが飛ぶシーズンになる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.8 1/?80秒 25mm ISO400 ) 露出補正 なし
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50.アンモナイト 川下由太郎コレクション
川下由太郎氏(1839年?2000年)が30年間以上にわたって採集された北海道産アンモナイトを中心にしたコレクションである。左側はパキデスモセラス、中央がユウパキディスカス、そして右側に川下氏愛用のハンマーが展示されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?3.2 1/?30秒 11mm ISO400 ) 露出補正 なし
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51.3階 「日本列島の生い立ち」フタバスズキリュウ
環太平洋地域でも有数の、良好な首長竜、フタバスズキリュウの化石が展示されていた。ほぼ1体分の化石が仰向けになった状態で発見されたが、化石が発見されたときには川の流れによって、尾と後頭部などが浸食されて失われていた。また、長い首が付け根付近で切断され、首の大部分も浸食などによって失われたのではないかと考えられている。復元された全身骨格も展示されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?1.8 1/?30秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
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52.日本館 旧東京科学博物館本館
日本館の見学を終え、1階に下りて、改めての本館の重厚な建物の吹き抜けになった階段を見上げた。説明板があり、「日本館の建物は、関東大震災による震災復旧を目的として昭和6年(1931年)に竣工した。ネオ・ルネサンス調の建物は、文部省大臣官房建築家の設計による。鉄筋コンクリートで建設されるなど耐震・耐火構造にも注意が払われた。中央ホール上部などに使われているステンドグラスは小川三知(おがわ さんち)のアトリエ製作で、日本のステンドグラス作品の中でも傑作といえる。また、建物の内外に使われている装飾性の高い飾りなども、戦後の建物にはなく、この建物のみどころである。上から見ると、そのころの最先端の科学技術の象徴だった飛行機の形をしている。平成20年(2008年)に、国の重要文化財に指定された。」とあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?2.2 1/?30秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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53.日本館 旧東京科学博物館本館 外観
現在もこの建物が国立科学博物館を象徴する建物であると思う。2004年11月に新館(現地球館)がグランド・オープンして、本館(現日本館)の改修工事を始める。2006年12月に新館は「地球館」に、本館は「日本館」に改称された。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?4 1/1000秒 11mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
54.シロナガスクジラ
日本館の出口を出ると、巨大なシロナガスクジラの模型があった。外国人観光客が記念写真を撮っている。シロナガスクジラは、現在地球上に生息する最大の動物である。20世紀初めには南極海だけで20万頭以上生息していたそうだが、1966年に捕獲が完全に禁止されるまでに激減してしまった。今では全世界で1万頭程度と言われ、国際条約で厳しく保護されている。この実物大の模型は体長30m、体重約150tのメスの大人のシロナガスクジラが海面での深呼吸を終えて、休息に深く潜ろうとしているところだと説明されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?4 1/640秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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55.D51231
このデゴイチがここに展示されるようになって長い。このD51231は、昭和14年(1939年)7月に日本国有鉄道長野工場で製造され、東海道本線、山陰本線、その他で活躍し、昭和50年(1975年)12月15日、北海道追分機関区で休車するまで、約216万km(地球を約54周)走ったそうだ。1976年8月に国立科学博物館に据えられ、保存されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影( f?4 1/160秒 11mm ISO125 ) 露出補正 なし
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2015年6月 2日

日本一周鉄道の旅 5月15日?19日 (2) 札幌?稚内?青森


 札幌のホテルで朝食をとったあと、出発までの時間、すぐ近くにある北大の構内を散歩した。残念ながらあまり時間がなくて、ポプラ並木までたどり着けなかったが、次に機会があれば、2時間くらい掛けてゆっくりと構内を散策してみたいと思うようなところだった。

 さて、2日目は日本の北の果てである宗谷岬まで行く。札幌からは「スーパー宗谷1号」で稚内まで、おおよそ5時間かかる。電化されていないのでディーゼル特急だ。加速するときのエンジンの音はなかなか小気味よい。

 稚内に到着してすぐ昼食となった。北市場という食堂で"たこシャブ"を食べたが、なかなか旨かった。この後はバスに乗り、宗谷岬へと観光をする。バスの出発まで少々時間があったので、駅前広場から500m位先に見えた北防波堤ドームまで、駆け足でいき、写真を撮ってきた。宗谷岬からの帰りに観光バスも停まってくれたのだが。
 稚内 16:49 発の「スーパー宗谷」でふたたび札幌へ向かう。この区間は同じ線を戻るしか手はない。

  この日はこれからが大変だった。札幌22時発の寝台急行「はまなす」に乗り、B寝台の車中泊である。この列車は津軽海峡線(青函トンネル)開通により廃止された青函連絡船の深夜便の代替として、1988年に運転が開始されたそうだ。寝台車に乗るのは何年振りだろうか?国鉄時代のスハネ14系客車だった。北海道向け改造がなされている。さすがに設備は古い。特にトイレは後で乗った北陸新幹線のトイレとは雲泥の差である。DD51の引く「はまなす」は夜中に青函トンネルを通過して、翌朝5時39分に青森に到着した。夕食は駅弁だった。こうして、このツアーの最大の難関であった車中泊をクリアすることができた。

日本最北端到着証明

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18.北海道大学正門
ホテルの朝食を済ませ、出発まで40分ほど時間があったので、すぐ近くの北大へ行ってみた。正門はホテルから500m位だろうか、ごく近い。静かな朝の時間だった。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/120秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
19.北大 古河記念講堂
1907年札幌農学校は東北帝国大学農科大学に改組され、この建物は古河家の寄付で1909年に建てられたそうだ。アメリカン・ヴィクトリアン様式という白い外壁と周囲の緑のコントラストが美しい建物に目を引かれた。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/160秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
20.北大構内 案内標識
結局十分な時間がなくて古河記念講堂とクラーク像があるとこまでしか行けなかった。ポプラ並木やイチョウ並木まではそれぞれ500~600m位ありそうだ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/100秒 18mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
21.北大構内 メイン・ストリート
これはそこから北側にある環状門へ通じる道を眺めた写真だ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/160秒 30mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
22.ウィリアム・S・クラーク像
クラーク博士は、本名ウイリアム・スミス・クラークで、アメリカ? ?マサチューセッツ州立農科大学長の時、日本に招聘されて初代の札幌農学校の教頭に就任した?そうだ?。博士の遺した?「?青年よ大志を抱け?」?は、?余りにも有名である。?クラーク博士は日本には8ヶ月の滞在?だった?。意外と短いがこの間札幌農学校の基礎作りに大きな貢献を果たしたばかりでなく、北海道の開発にも多大の貢献を果た?したとされる。?

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/160秒 8mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
23.「スーパー宗谷1号」稚内行き
札幌発7時48分の「スーパー宗谷1号」に乗り込み、日本の最北端「宗谷岬」に向け出発する。これは261系気動車の先頭車だ。このキハ261系気動車は姉妹提携の関係にあるデンマーク国鉄とJR北海道の共同デザインという。車体に英語で傾きを意味する"Tilt"(active air suspension system)とあるとおり、「スーパー宗谷1号」のキハ261系では空気バネの圧力で車体を2度傾けて半径600m以上のカーブを通過させる車体傾斜制御装置を搭載している。?稚内到着は12時53分、5時間5分かかる。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/80秒 5mm ISO1600 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
24.車窓から見る風景
撮影時刻からすると岩見沢駅を出たころと思う。どんよりした重たそう曇り空だ。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/160秒 21mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
25.天塩中川駅
「スーパー宗谷1号」は名寄、音威子府と天塩川沿いに走り、天塩中川駅に停車した。風格のある駅舎だ。お年寄りがホームで煙草を吸っていた。車内の様子が窓ガラスに映りこんでしまった。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/125秒 4mm ISO125 ) 露出補正 なし
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26.間もなく稚内に到着
車窓には平地なのに白樺の林が多く見られるようになった。北なのだ。ブレてしまったがお許しいただきたい。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.8 1/250秒 8mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
27.稚内到着
「スーパー宗谷1号」は12時53分、定刻に稚内に到着した。ここは日本で最も北にある鉄道駅である(北緯45度24分44秒)。初代の稚内駅は、先ほど通ってきた、1922年(大正11年)に開業した現在の南稚内駅である。現・稚内駅である当時の稚内港駅まで鉄道路線が延伸されたのは、1928年(昭和3年)12月26日のことである。さらに稚内港の整備工事が進み、1936年(昭和11年)に北防波堤桟橋が竣工されたことから、1937年(昭和12年)からこの防波堤桟橋内へ約850mの線路の延長敷設工事が始められ、1938年(昭和13年)10月1日から防波堤桟橋内に稚内桟橋駅(わっかないさんばしえき)を設置し使用開始された。稚泊航路(樺太航路)は1945年(昭和20年)8月に運航停止となり、稚内桟橋駅も実質的に廃止された。(Wikipedia参照)

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.6 1/200秒 6mm ISO100 ) 露出補正 なし
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28.北防波堤ドーム -1
稚内到着後、北市場という食堂で、稚内名物という「たこシャブ」で昼食になった。昼食後は観光バスで宗谷岬を観光するが、バスの出発時間まで少し時間があったので、そこから見えた北防波堤ドームへ小走りで行ってみた。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 8mm ISO100 ) 露出補正 なし
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29.北防波堤ドーム -2
北防波堤ドームは北海道と樺太を結ぶ鉄道連絡船(稚泊連絡船)の桟橋など港湾施設の保護および、桟橋を利用する乗客の便宜のために作られた。1931年(昭和6年)から5年間をかけて建設されたそうだ。古代ギリシア建築を彷彿とさせる70本の円柱が連なる半アーチ型のドームは古代ローマ建築を思わせる世界的にも類のない構造物として北海道遺産となっている。現在はその役目を終えたが港のシンボルである。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 8mm ISO100 ) 露出補正 なし
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30.北防波堤ドーム -3
高さ約14メートル、長さ427メートルという。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/125秒 24mm ISO500 ) 露出補正 なし
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31.北防波堤ドーム -4
海側を眺めるとこのようになっている。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1000秒 5mm ISO100 ) 露出補正 なし
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32.稚内港
かって稚内桟橋駅があった北防波堤ドームの前に拡がる稚内港には船体にHeart Land Ferryと書かれた船が停泊していた。離島およびサハリンのコルサコフ港へのフェリーが運航されている。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/500秒 108mm ISO100 ) 露出補正 なし
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33.宗谷丘陵
我々が乗った観光バスのガイド嬢はとても愉快な人だった。車内に笑いが絶えない。バスは宗谷岬に行く途中、宗谷丘陵というところを走る。57基の発電用風車が立ち並ぶ。宗谷丘陵は約1万年前まで続いた氷河期に形成されたという。モコモコとして、なだらかな波のような地形だった。雄大な起伏が続く。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.3 1/125秒 32mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
34.エゾジカ
宗谷丘陵が終わりになり、もうすぐ宗谷岬というあたりで、エゾジカを見かけた。バスは停まってくれた。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/125秒 81mm ISO110 ) 露出補正 なし
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35.宗谷岬 日本最北端の地
バスは旧海軍望楼や戦没者慰霊碑・平和の碑、また1983年9月に起きたサハリン沖の大韓航空機撃墜事件の遭難者の慰霊と恒久平和の願いを込めて2年後に建立された祈りの塔がある宗谷岬公園の高台から、日本最北端の地の碑がある宗谷岬へと降りていく。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/400秒 12mm ISO110 ) 露出補正 なし
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36.日本最北端の地の碑
宗谷岬の先端、北緯45度31分22秒の"日本最北端の地"を標す記念碑。北極星の一稜をモチーフに、中央には北を示す「N」、台座の円形は「平和と協調」を表しているという。海に向かってこの地に立つと、天気が良ければ正面に43km先のサハリンの島影が浮かび上がり、日本の最北端であることを実感できるそうだが、あいにくこの日は曇っていた。東経は141度56分11秒。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/1000秒 4mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
37.間宮林蔵出航の碑
間宮林蔵の立像は日本最北端の地の碑の近くにあるが、帰路、宗谷岬から稚内方向へ西に3kmほど国道238号線を走ると、海岸沿いに間宮林蔵渡樺出航の地碑があった。間宮林蔵は1799年に函館で出会った伊能忠敬から測量技術を学び、1803年から蝦夷と南千島の測量を行ったそうだ。ロシアの南下政策に驚いた幕府は1808年に間宮林蔵と松田伝十郎を樺太の調査に向かわせたという。流氷は去ったものの、なお酷しい寒気と荒波の宗谷海峡をのりこえて人情、風俗の異なる樺太に渡り東海岸を調べたとのこと。この年、林蔵は再び樺太に渡りトンナイで越冬、翌1809年春、西海岸を北上し樺太北端のナニオーまで踏査して樺太は大陸と海峡をへだてた島であることを確認したと伝えられている。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.8 1/200秒 17mm ISO100 ) 露出補正 なし
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38.稚内空港
バスは稚内市内へ戻る途中、空港のそばを通った。飛行機は1機も見当たらない。稚内-札幌間を全日空がDHC-8で1日2便運行している。また、稚内-羽田間も全日空がB767とA320で1日2便飛ばしているようだ。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 なし
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39.稚泊航路記念碑
バスは北防波堤ドームまで戻ってきた。北防波堤ドームの中央付近に稚泊航路記念碑というのがあった。先ほど、バス出発前に来たときは、時間が心配だったのでここまでは来ていない。大正12年、鉄道省により稚内-大泊(サハリン)間に連絡航路が開設された。以後終戦の昭和20年8月に閉鎖されるまでの22年間の業績を讃えるため、昭和45年11月に建立された記念碑だそうだ。稚泊連絡航路22年の歴史の中で行き来した乗客は284万人にものぼるという。( 稚内観光情報を参照 )

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/800秒 4mm ISO100 ) 露出補正 なし
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40.日本最北端線路の碑
昭和3年に現JR稚内駅が開業した頃は、線路は現在よりも北側にあった。平成23年4月に新駅舎開業に伴い、線路の車止めは現在のところになったが、駅前広場に昭和3年当時の、現在よりも北側にあった線路の車止めレールをJR北海道から寄贈を受けて、最北端の線路のモニュメントとして、ここに設置された。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/640秒 4mm ISO100 ) 露出補正 なし
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41.ロシア語が併記された標識
これは駅近くで撮った道路案内標識の写真だが、宗谷岬から戻ってくるときに通った稚内の市内では、道路案内標識の地名にすべてロシア語が併記されていた。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.3 1/200秒 39mm ISO100 ) 露出補正 なし
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42.稚内駅のホーム
16時49分発の「スーパー宗谷4号」で札幌に戻る。この区間は来た線を戻る他手がない。明後日に到達するJR最南端の駅「西大山」(枕崎の少し手前)まで約3,000kmある。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5? ?4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/160秒 14mm ISO100 ) 露出補正 なし
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43.最北端の線路の車止め
これは27の写真と同じく現在の最北端の線路の車止めだ。駅構内にさらに北に伸びていた線路の跡が示されている。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/250秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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44.急行「はまなす」 寝台車内(通路)
「スーパー宗谷4号」は21時55分に札幌駅に着いた。札幌で5分間の待ち合わせで出発する「急行はまなす」にあわただしく乗り込む。添乗さんは乗ってきた「スーパー宗谷4号」の到着が遅れはしないかと心配していた。無事、2段式のB寝台に落ち着く。一つの区画に2段ベッドが2組ある。私たちは友人夫婦と同じ区画だったが、知らないご夫婦同士の「同室」はお互い気を使うことだろう。この列車の終点青森には明日の朝5時39分に到着予定だ。夕食は駅弁で、「スーパー宗谷4号」の車内で済ませたので、あとは寝るばかり。寝台車には寝間着として浴衣が供えられていたが、着替えないでそのままベッドに横になって、知らぬうちに眠ってしまった。少し揺れるが、リズミカルな車輪の音が子守唄だ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/250秒 6mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。


2014年6月24日

高野山と京都 5/21~24 3泊4日 (6) 東本願寺と梅小路蒸気機関車館 5月24日


 今回の旅行も最終日になった。
前の日に訪れた東福寺の開山堂で出会った浴衣姿の生徒たちのことについて、お茶の学校の生徒たちか、お花の学校の生徒たちか、と訝しく思っていたが、ブログのオーナーである n-shuhei さんから、修学旅行生に浴衣をレンタルするサービスがあることを知らせていただいた。まさにこれだったのだろうと思う。
 さて、この日は、私は、前々から行ってみたいと思っていた梅小路蒸気機関車館へ行くことにする。娘夫婦と我がかみさんは、そんなものに興味はない。3人は別行動で、錦市場など京都の街を散策するという。
 ホテルをチェックアウトして、荷物を預け、一旦解散となった。昼にまた、合流し昼飯は一緒にすることにする。
 梅小路蒸気機関車館の開館は午前10時である。少し時間があるので、東本願寺にお参りすることにする。東本願寺は修復工事中だった。
 東本願寺からタクシーに乗って、梅小路蒸気機関車館に着いたのは午前10時を少し過ぎていた。さっそく、小さな鉄道記念館になっている旧二条駅舎に入る。ここで入場券大人410円を自動券売機で購入する。旧二条駅舎のなかを見るのは後にして、さっそく蒸気機関車たちが並ぶ扇形車庫の間をすり抜けて、転車台がある構内へ出る。
 19台に及ぶ蒸気機関車を存分に見た後、旧二条駅舎に展示してある資料やパネルを見て、外に出た。山陰本線の高架線をくぐると梅小路公園になっているが、この日は土曜日、子供たちが大勢遊んでいた。そこに飛ぶツマグロヒョウモンを見逃さずに撮っておいた。

98.東本願寺御影堂
ホテルの前から京都市営地下鉄に乗って五条駅で下車し、京都駅へ向かって歩く。御影堂門を通り過ぎて、阿弥陀堂門から入る。門を入って正面の阿弥陀堂は改修中だった。御本尊は御影堂内の仮阿弥陀堂にて御安置されている。改修は2016年春ごろまでかかるとのこと。改修中の阿弥陀堂も大きいがこの御影堂もまた大きい。一方この御影堂も2011年に親鸞聖人750回忌を迎えることから、その特別記念事業として修復工事が実施された。修復工事期間中は、修復作業を安全かつ効率的に進めるために、現在の阿弥陀堂と同じように、御影堂全体を高さ49m(最高高さ51m)の仮設の屋根ですっぽりと覆われていたという。「真宗本廟御影堂修復竣工式」は2009年8月3日に行われている。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.0 1/350秒 13.3mm ISO400 ) 露出補正 なし
東本願寺御影堂;クリックすると大きな写真になります。
99.東本願寺阿弥陀堂の巴瓦
工事中の大きな素屋根がかかった阿弥陀堂の中も覗いてみた。何が行われているのかよくわからない。鐘楼もみてみた。そのわきに東本願寺阿弥陀堂のものと思われるたくさんの巴瓦が保管されていた。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.0 1/850秒 25.0mm ISO400 ) 露出補正 なし
東本願寺阿弥陀堂の巴瓦;クリックすると大きな写真になります。
100.梅小路蒸気機関車館へ
大雑把に東本願寺を拝観して、タクシーに乗って、梅小路蒸気機関車館へ急いだ。現存する日本最古の和風木造駅舎である旧二条駅舎が1997年にここに資料展示館およびエントランスとして移築されている。開場時間の10時少し過ぎに到着した。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.0 1/800秒 11.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
梅小路蒸気機関車館へ;クリックすると大きな写真になります。
101.扇形車庫に並ぶ蒸気機関車たち
旧二条駅舎に展示された資料は後で見るとして、そのまま、蒸気機関車が展示車両として並んでいる扇形車庫に入る。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F3.6 1/60秒 11.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
扇形車庫に並ぶ蒸気機関車たち;クリックすると大きな写真になります。
102.扇形車庫
扇形車庫には20線の引き込み線がある。ターン・テーブルの向こう側に出て、扇形車庫を見る。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.0 1/800秒 4.4mm ISO100 ) 露出補正 なし
扇形車庫;クリックすると大きな写真になります。
103.操車場
梅小路蒸気機関車館は操車場跡に造られている。東海道本線側の操車場には現在も在来線の列車が入構している。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/680秒 23.3mm ISO100 ) 露出補正 なし
操車場;クリックすると大きな写真になります。
104.特急「つばめ」を牽いた蒸気機関車
鉄道ファンならだれでもが憧れれたC622。東海道本線の特急「つばめ」、北海道函館本線の急行「ニセコ」を牽引したことで有名である。走行距離は259万キロになるという。C62形は1948年から1949年の間に49両が製造された。貨物用のD52のボイラーを流用して作られた、最大の旅客用蒸気機関車だ。中学生のころも、東京から大阪へ行ったことがあるが、その時は「つばめ」には乗れず、臨時特急の「さくら」だったと思う。東海道線が全線電化されたのは、1956年だが、その時は東京から浜松まで電化されていた。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.0 1/500秒 39.3mm ISO400 ) 露出補正 なし
特急「つばめ」を牽いた蒸気機関車;クリックすると大きな写真になります。
105.C612
C62の隣にC61が置かれていた。C62と比較すると少し小さい。C62はD52のボイラーを流用したが、C61はD51のボイラーが流用された。1947年から1949年の間に33両が製造されている。このC611は257万キロ走行しているそうだ。C622とともに動態保存されている。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/900秒 36.0mm ISO400 ) 露出補正 なし
C612;クリックすると大きな写真になります。
106.C581
このC58形1号機は、1980年6月に横浜で蒸気機関車120周年記念号を牽引したり、1980年から1984年はSL「やまぐち号」を牽引している。 長年の運用によりボイラーが不調となり、現在は車籍が抹消され御召仕様に装飾されて静かに休んでいる。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F3.6 1/38秒 8.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
C581;クリックすると大きな写真になります。
107.SLスチーム号
スチーム号とは何とも味気ない名称だが、1日3回、館内展示運転線の往復1kmを約10分間、来館者を乗せて蒸気機関車の旅の気分を満喫させてくれるという趣向だ。この日の第1回目(11時発)の準備が始まった。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/340秒 42.3mm ISO200 ) 露出補正 なし
SLスチーム号;クリックすると大きな写真になります。
108.SLスチーム号の発進
この日は8620形の8630が牽引する。期間によってC62形、C61形、D51形、8620形が順番にSLスチーム号として運転されているそうだ。どうせならC62の牽引がいい。バックで出て行った。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/320秒 52.8mm ISO400 ) 露出補正 なし
SLスチーム号の発進;クリックすると大きな写真になります。
109.SLスチーム号帰還
遠くの方で汽笛が聞こえたりしていたが、しばらくは姿が見えなくなっていた。やがて戻ってきた8630は蒸気を出して、サービスしていた。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/340秒 59.0mm ISO200 ) 露出補正 なし
SLスチーム号帰還;クリックすると大きな写真になります。
110.特急「きのさき」
梅小路は東海道本線、東海道新幹線、山陰本線が分岐するところにある。京都から山陰本線と北近畿タンゴ鉄道の城崎を結ぶ特急「きのさき」が通過する。現在は287系という新型車両も投入されているそうだが、これは国鉄の特急というカラーリングの車両(381系)だった。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/600秒 185.0mm ISO100 ) 露出補正 なし
特急「きのさき」;クリックすると大きな写真になります。
111.C57形1号機
扇形車庫の6番、7番には修繕中のC57形1号機が入っていた。C571はSLやまぐち号を牽いたこともある。旧二条駅舎の資料館では、企画展「C57大修繕 完結編 ?受け継がれてきた蒸気機関車メンテナンスの技術?」が行われていた。梅小路蒸気機関車館の扇形車庫では、先人より引き継がれた確かな技術を有する西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)の社員が、現在でもSLの動態保存を継続させるために日夜、蒸気機関車と向き合いながら修繕業務を行っているとのこと。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/45秒 20.1mm ISO400 ) 露出補正 なし
C57形1号機;クリックすると大きな写真になります。
112.B20形
小さな蒸気機関車があった。形からすると明治時代の機関車かと思うが、意外と新しく製造されている蒸気機関車である。1945年から1946年にかけて構内入替用の小型機関車として15両が製造されている。動態保存されている。これですべての蒸気機関車を見て歩いた。このあと、資料館で前述した企画展「C57大修繕 完結編 ?受け継がれてきた蒸気機関車メンテナンスの技術?」などを見て、梅小路蒸気機関車館の外に出た。

FUJIFILM FINEPIX HS50EXR F2.8-5.6 4.4mm-185mm 16.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F2.8 1/56秒 4.4mm ISO400 ) 露出補正 なし
B20形;クリックすると大きな写真になります。


2013年1月19日

大宮鉄道博物館 1月11日 その1


 前々から一度行ってみたいと思っていた。電車の中吊り広告で、1月14日までイギリスの 「ヨーク・国立鉄道博物館」 展というのが開催されていることを知ったので、それまでに行こうと考えた。土日は子供たちで混むだろうと思い、11日(金)に行くことにした。

  横浜から湘南新宿ラインに乗ると、約1時間で大宮に着く。大宮からは ニューシャトルに一駅乗る。大成駅が 鉄道博物館 の入り口に直結していた。鉄道博物館到着は10時半。SUICAで入場券(カード)を購入し、電車に乗るようにそのカードをかざして入る。昼食は屋外に展示されている特急「とき」の車両の中で駅弁を食べた。昼食後、企画展「鉄道開業ものがたり」、模型鉄道ジオラマ、そして、「ヨーク・国立鉄道博物館」展を見た。
  鉄道博物館を見た後、徒歩で大宮氷川神社へ向かった。2kmくらい歩いただろうか。少々くたびれてしまった。氷川神社から大宮駅まではタクシーに乗り、コーヒーを一杯飲んで、午後3時過ぎの湘南新宿ラインで座って横浜まで帰ることができた。

1.ニューシャトル大宮駅
JR大宮駅の新幹線の向こう側にニューシャトルの大宮駅へ続く通路がある。ニューシャトルはゴムタイヤで走る5両編成の小型の車両で、5分から10分間隔で運行されれている。平日の10時過ぎだったが、思ったより乗降客が多かった。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F2.8 1/40秒 4.9mm ISOオート ) 露出補正 なし
ニューシャトル大宮駅;クリックすると大きな写真になります
2.ニューシャトル 大成駅=鉄道博物館前
東北新幹線にへばりつくようにして走るニューシャトルの一駅目が大成駅=鉄道博物館だった。この日は天気がよく、ニューシャトルの車窓から富士山が眺められた。大成駅を降りると、そこがもう鉄道博物館のエントランスであり、アプローチの通路には東北新幹線の時刻表が描かれていた。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F2.8 1/200秒 4.9mm ISOオート ) 露出補正 なし
ニューシャトル 大成駅=鉄道博物館前;クリックすると大きな写真になります
3.鉄道博物館入り口
入り口はさながら鉄道の駅の改札口のようだった。まず、入って右側に広がるヒストリーゾーンから見て回ることにする。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F3.5 1/60秒 8.4mm ISOオート ) 露出補正 なし
鉄道博物館入り口;クリックすると大きな写真になります
4.説明をして下さるボランティアの案内係
ヒストリーゾーンに入ろうとすると、黄色いユニフォームを着た方々が何人かいらっしゃった。その中のおひとりが「ご案内いたしましょうか」と言って来られた。お願いすることにする。この方は、もちろん国鉄のOBで、大宮工場に勤務されていたとのこと。新幹線の設計にも従事されたと仰っていた。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F3.5 1/100秒 20mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
説明をして下さるボランティアの案内係;クリックすると大きな写真になります
5.鉄道黎明期の鉄道
ヒストリーゾーンの最初は、再現された新橋駅のプラットフォームに停車している1号機関車をはじめ、日本の鉄道黎明期の機関車や客車が展示されていた。写真の機関車は1881年(明治14年)にイギリスで造られた善光号という機関車(1290)形式)。搬入時に横浜港から筏に乗せて荒川に入り、現在の埼玉県川口市にある善光寺のそばで陸揚げされたのでこの名がある。明治14年に創立した日本鉄道の上野ー熊谷間の建設用に輸入されたとのこと。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F3.5 1/100秒 18mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
鉄道黎明期の鉄道;クリックすると大きな写真になります
6.C57
ヒストリーゾーンのほぼ中央にある転車台の上にC57が堂々と展示されていた。1975年12月14日、室蘭発岩見沢行きの最後の旅客列車をけん引した蒸気機関車がこのC57135とのこと。1940年(昭和15年)に三菱重工業で製造された。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F3.8 1/25秒 22mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
C57;クリックすると大きな写真になります
7. 特急「つばめ」
これは東海道線の特急をけん引したEF58形式電気機関車だ。EF58は1946年から1958年までの間に172両が造られた。1952年(昭和27年)には、それまでの電気機関車特有のデッキを廃し、この写真のような半流線形になった。1956年(昭和31年)に東海道本線が全線電化されると、このEF58も客車も、その色を明るい緑色にした。新製時の塗装で展示されているこのEF58は1956年日立製作所製のEF5889だ。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F3.8 1/60秒 22mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
 特急「つばめ」;クリックすると大きな写真になります
8.2号御料車
ヒストリーゾーンには御料車の展示コーナーがあった。いずれも鉄道記念物である6両の御料車が展示されていたが、これはその中の2号御料車だ。1891年(明治24年)に九州鉄道会社小倉製作所で造られている。横には金箔を施した菊の御紋章が浮き彫りにされている。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F3.5 1/25秒 18mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
2号御料車;クリックすると大きな写真になります
9.2号御料車の屋根
前述した2号御料車の屋根は写真のような装飾を施した二重の丸型である。私にとって、展示されていた6両の御料車の中で、この2号御料車がもっとも印象的だった。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F5.0 1/40秒 82mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
2号御料車の屋根;クリックすると大きな写真になります
10.ブルートレイン客車の車内
1958年(昭和33年)に東京?博多間の特急「あさかぜ」として登場した冷暖房を完備の20系客車は、「動くホテル」「走るホテル」と言われるようになった。展示されている車両はナハネフ22形式で1964年(昭和39年)に日本車両製造で造られている。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F3.8 1/80秒 22mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
ブルートレイン客車の車内;クリックすると大きな写真になります
11. ランチトレイン
ヒストリーゾーンの南側屋外に183系と189系の特急電車の車両が、ランチトレインとして置かれていた。ヒストリーゾーンからここへ出てくるところに、駅弁屋さんがあって、全国の有名な駅弁が販売されていた。少し時間的には早かったが、私たちもそこで駅弁を買い求めて、183系特急「さざなみ」の車内に入った。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F13 1/640秒 20mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
ランチトレイン;クリックすると大きな写真になります
12.これは現役
ランチトレインが置かれている広場の向こう側は、東北本線が走っている。何やらホイッスルが聞こえたので、何か来るのかなと思って見ると、現役のDD51形式ディーゼル機関車が単行で走り去った。車体にはJRFの文字があった。

Nikon D5000 NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6G
絞り優先オートで撮影 ( F11 1/500秒 29mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
これは現役;クリックすると大きな写真になります

2012年4月23日

青梅 梅の公園、レトロな映画看板、そして鉄道公園 3月29日 3/3


 キネマ通りを永山公園の方へ、青梅線の跨線橋を渡って、上っていく。15分ほどで青梅鉄道公園に到着した。ここも子供たちに混じって大人の団体も来ている。まずは、屋外に展示されているD51やクモハ40等懐かしい実物車両を見て歩く。新幹線の最初の車両である01型もあった。
 記念館の中に入ると、懐かしい青梅線の写真や、車両の模型、そして大きなHOゲージのジオラマがあった。前から行って見たいと思っていた青梅鉄道公園だが、正直なところ、あまりインパクトはなかった。
 40分ほど滞在して再び、キネマ通りを戻り、青梅駅へ向かう。途中にあった、イタ飯屋さんでビールで喉を潤し、スパゲティなどを食べ、3時少し前に帰路に着いた。少々盛りだくさんになってしまったが、私にとってはとても充実した青梅行だった。

39.D51 452
青梅鉄道公園に着き、100円の入場料を払って、中に入る。D51が迎えてくれた。この機関車は昭和15年に製造されている。ひとつの形式としては、日本で最多の1115両が1936年から1945年まで製造され、戦前から戦後にかけて全国で活躍した。小学生のころ、山手線の貨物線で50両以上の貨車を牽くD51をよく眺めた。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F8 1/250秒 19mm ISO400 ) 露出補正 なし
D51 452;クリックすると大きな写真になります
40.旧型国電 クモハ40型
子供のころ見た、あずき色の国電は、モハ63型や、その改良型のモハ72型がほとんどだった。このクモハ40型は戦前の1932年から42年にかけて製造された20m級の両側に運転台ある電動車だ。青梅線には戦後になって導入され、1978年(昭和53年)まで活躍した。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F10 1/400秒 24mm ISO400 ) 露出補正 なし
旧型国電 クモハ40型;クリックすると大きな写真になります
41.田中伸車両
写真40.のクモハ40型の名板に 昭和10年 田中伸車両 とある。田中伸車両とは今の近畿車輛の前身だそうだ。モハ40134型として新造され、当初は総武線で使われた。山手線を経て戦後は中央線を中心に走り、昭和37年に日光線に転じた。昭和20年代半ばに青梅線に転属されたことがあり、青梅-氷川(現奥多摩)間を1両編成で往復した。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F9 1/320秒 26mm ISO400 ) 露出補正 なし
田中伸車両;クリックすると大きな写真になります
42.ED16 1
戦前の1931年(昭和6年)に生まれた初期の国産電気機関車である。昭和初期は全体に電化区間は少なく、幹線の勾配区間やトンネルが多い区間として電化の進んだ上越線や、中央線で活躍した。最後のころは輸送量の比較的少ない南武線や青梅線で貨物列車を引いた。私は1977年?79年にかけて、立川営業所勤務になり、南武線で通勤したが、その時はまだ、このED16型電機が貨車を牽いていた。懐かしい。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F6.3 1/160秒 34mm ISO400 ) 露出補正 なし
ED16 1;クリックすると大きな写真になります
43.昭和6年 三菱電機株式会社、三菱造船株式会社
  ED16 1 の名板には、ビッグ・ネームが並ぶ。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F3.5 1/125秒 34mm ISO640 ) 露出補正 なし
ビッグ・ネーム;クリックすると大きな写真になります
44.キューロク
1913年(大正3年)製造。大正時代の標準型貨物用機関車(動輪4軸)で、国産独自の技術が各所に使われていたという。四国を除く全国各地で784両が活躍し、キューロクの愛称で親しまれ、蒸気機関車が国鉄から最後に消えた昭和51年まで使用された。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F6.3 1/160秒 24mm ISO640 ) 露出補正 なし
キューロク;クリックすると大きな写真になります
45.ジオラマ
記念館の中に入った。1階の展示室には、HOゲージの模型が走るジオラマがあった。1時間に1回、運転されている。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F3.2 1/125秒 24mm ISO500 ) 露出補正 なし
ジオラマ;クリックすると大きな写真になります
46.懐かしい青梅線の風景
2階には青梅線の歴史や、その写真が展示されている。小学生のころ、昆虫少年だった私は、当時住んでいた原宿から、山手線、中央線快速で立川へ行き、この青梅線に乗って、現在は奥多摩という駅名になっている氷川へ行った。そこから日原鍾乳洞まで片道2時間歩いて、蝶を追った思い出がある。青梅線の電車の窓から下を流れる多摩川を見て、ワクワクしたのを覚えている。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F3 1/125秒 21mm ISO450 ) 露出補正 なし
懐かしい青梅線の風景;クリックすると大きな写真になります
47.電話ボックス
青梅鉄道公園の見学を終え、再び旧青梅街道へ降りてきた。これは電話ボックスだが、昭和レトロというよりは妖怪劇画に登場するような電話にしか見えない。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G 絞り優先オートで撮影 ( F11 1/500秒 17mm ISO400 ) 露出補正 なし
電話ボックス;クリックすると大きな写真になります
48.看板
旧青梅街道のおかしな電話ボックスの隣に、青梅市住江町商店街振興組合の看板があった。とても解かりやすい。写真を撮って、後で、その撮影場所がどこなのか、どういう位置関係にあるのか、が思い出せないことがある。そんなときに案内板を備忘録として撮っておくと助けになる。このあと、青梅駅の方へ向かい、途中のイタ飯やさんで、ビールで喉を潤し、ボンゴレスパゲティで空いた小腹を満たして、帰路に着いた。自宅まで2時間を覚悟。

Nikon D5000 SIGMA 17-70mm F2.8-4.5G
絞り優先オートで撮影 ( F13 1/640秒 17mm ISO400 ) 露出補正 なし
看板;クリックすると大きな写真になります

2011年12月20日

本牧市民公園から横浜市電保存館へ 12月4日


 12月4日 三渓園の散策を終え、車を停めた本牧市民公園の駐車場へ戻ってきた。本牧市民公園の片隅におかれている蒸気機関車を見た後、JR根岸駅に近い磯子区滝頭にある横浜市電保存館に寄ってみた。ここも18台ある駐車場は満杯で、臨時駐車場の方へまわされた。さすがに今日は日曜日、子供連れの来場者が多かった。ここには昭和47年3月31日で廃止された横浜市電の当時の車両や、鉄道模型のあるパノラマ、そして横浜市電の歴史を語るパネルなどが展示されている。

1.D51516
本牧市民公園の片隅にはデゴイチの愛称のある蒸気機関車D51が据えられていて、子供たちが機関室へ立ち入ることができるようになっている。D51は主に貨物輸送のために用いられ、太平洋戦争中に大量生産されたこともあって、その所属両数は総数1,115両に達しており、ディーゼル機関車や電気機関車などを含めた日本の機関車一形式の両数では最大を記録したそうだ。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F9 1/320秒 50mm ISO400 ) 露出補正 なし
D51516;クリックすると大きな写真になります
2.機関士の気分
遊びに来ていた子どもたちは次々に機関室へ上がり、なにかのレバーを握っては機関士になった気分になっていた。機関室の様子や、想像するその操縦の技術はIT時代の今とは隔世の感がある。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F3.8 1/125秒 22mm ISO1000 ) 露出補正 なし
機関士の気分;クリックすると大きな写真になります
3.同い年のD51
このD51516は、昭和16年に大宮工場で製造された。私と同い年である。国有鉄道の大宮工場で同年2両製造された内の1台だ。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
同い年のD51;クリックすると大きな写真になります
4.横浜市電保存館入口
1904年(明治37年)7月15日 横浜電気鉄道により、神奈川 - 大江橋間が開業したが、1921年(大正10年)4月1日 横浜市がその横浜電気鉄道を買収して横浜市電となった。ここ横浜市電保存館は所和47年に横浜市電が全面廃止された翌年の1973年(昭和48年)8月25日に、滝頭車両工場跡に開館し、まず市電の車両7両と部品、備品を保存展示された。その後、滝頭車両工場跡地に建てられた市営住宅の建設のため一時閉館されたが、1983年(昭和58年)8月13日に、その市営住宅の1階に再開館された。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 40mm ISO400 ) 露出補正 なし
横浜市電保存館入口;クリックすると大きな写真になります
5.横浜市電のパノラマ模型
21世紀の横浜を背景に地下鉄、私鉄、JRのOゲージとHOゲージの車両が縦横に走っているほか、昭和30年代の横浜を背景に市電の模型車両も走っている。なかなか見ごたえのある模型だった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5.3 1/60秒 90mm ISO3200 ) 露出補正 なし
横浜市電のパノラマ模型;クリックすると大きな写真になります
6.Oゲージ鉄道模型
亡くなられた吉村栄という方が、およそ40年をかけて製作、収集された鉄道模型(Oゲージ)のコレクションが展示されている。蒸気機関車43両をはじめとする各種車両は、全国でも例を見ない規模のものだそうで、「子供たちに夢を」という故人の遺志により、横浜市に寄贈されたものとのこと。ここに展示してあるコレクションはその一部だそうだ。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/125秒 32mm ISO900 ) 露出補正 なし
Oゲージ鉄道模型;クリックすると大きな写真になります
7.世界の路面電車の展示パネル
私の好きな外国の路面電車の展示パネルもあった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F3.8 1/125秒 24mm ISO500 ) 露出補正 なし
世界の路面電車の展示パネル;クリックすると大きな写真になります
8.実車展示 1600型
奥行きの長い展示場には7両の実車が展示されていた。路線番号の?は、八幡橋から桜木町駅前、横浜駅前を通って中央市場までの路線だったようだ。この車両は1600型で800型代替として昭和32年、当局工場で製作した最後の新車とのこと。後部乗降口を中央よりに移したバス型配置で、出入口を大きくとり、4枚折戸が採用されている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 18mm ISO500 ) 露出補正 なし
実車展示 1600型;クリックすると大きな写真になります
9.実車展示 1100型
この車両は1100型。昭和11年に新式中型ボギー車として5両購入された。バンパー面から流線型となっている車両は当局唯一のもの。当初はロマンスシートとロングシートを設け、鋼製振止式のつり皮を採用するなどモダンな車両であったようだ。昭和42年ワンマン車に改造され市電全廃まで活躍した。?は磯子区の葦名橋から桜木町駅方面を走っていた。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F6.3 1/160秒 32mm ISO500 ) 露出補正 なし
実車展示 1100型;クリックすると大きな写真になります
10.実車展示 1000型車内
これは?の路線番号板が掛けられた1007号車の車内である。?は桜木町と弘明寺間の路線だった。この1000型は昭和3年に震災復興事業により20両購入された。 昭和44年全廃されている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/125秒 18mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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