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2018年12月14日

百済寺 11月8日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(6)

午前11時40分、次の目的地である百済寺に着いた。永源寺から北へ、それほど遠くはなかった。琵琶湖の東に「湖東三山」と呼ばれる天台宗の3つの寺院がある。先に訪れた永源寺は湖東三山に含まれないが、この百済寺と昼食後に行く、西明寺、金剛輪寺と併せて湖東三山と呼ばれている。
 この釈迦山百済寺はそのホーム・ページによれば、飛鳥時代、推古14年(606)に聖徳太子の勅願によって開かれた近江最古の仏教寺院である。創建当時は、日本に仏教を伝来した渡来僧や先進的な文化、技術を伝えた渡来系氏族の氏寺として発達した。平安時代になり、比叡山延暦寺が開創されると、やがて当寺院も天台宗となり、その規模は拡大され「湖東の小叡山」、「天台別院」と称されるほど壮大な寺院になった。
 平安末期から鎌倉、室町時代には、度重なる火災や戦乱による厄災によって、建物の多くを焼失したが、なお勢力を保ち続け再興を果たす。室町時代から安土桃山時代にかわる元亀4年(1573年)には、織田信長の焼き討ちによって全山灰燼に帰してしまったが、本尊「十一面観世音菩薩」(別名:植木観音菩薩、全高3.2m)は背後の山を越えた8㎞先の奥の院に避難することができ焼失を免れている。天正12年(1584年)には仮本堂が建てられたものの、長らく再建には至らなかったという。江戸時代になり、寛永14年(1637年)には明正天皇による再建を勅許する論旨を得て、僧侶たちは諸国に勧進し、幕府の老中や大奥、東叡山寛永寺、彦根藩主などから寄進、喜捨を受け、慶安3年(1650年)に本堂、仁王門、山門(赤門)等が完成し、いまもその姿をとどめている。
 表参道の石段は国道307号沿いにある赤門から始まるが、バスはその中ほどにある駐車場まで上がってくれた。しかし、ここからもなお石段は続く。ガイドさんは、選択肢を与えてくれた。ひとつは本堂まで、まっすぐに石段を登り、戻りはなだらかな迂回路を通って駐車場まで戻る方法。他ひとつはその逆で、登りは緩やかな坂の迂回路を行き、下りは石段を下りてくる。私たちは前者を選択した。
 写真の説明においても百済寺のホームページを引用、参考にさせていただいた。

116.長寿桜
バスの駐車場の傍らに長寿桜という桜の木があり、ちらほらと花が咲いている。長いときは10月の上旬から2月の初めまで咲いているところから長寿桜と呼ばれている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO125 ) 露出補正 -0.3段
181106_116.jpg
117.参道の石段
表門を入って、ガイドさんは受付を済ませ、私たちはその後について本堂までの石段の参道を登り始める。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
181106_117.jpg
118.仁王門への道
やがて、大きな門が見えてきた。仁王門だ。この辺りは映画の撮影でもよく使用されるらしい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO320 ) 露出補正 -0.3段
181106_118.jpg
119.仁王門 -1
本堂近くに立つ仁王門は、本堂と同じ年代に建立された。仁王門では、3間2間で一対の金剛力士像が内側に向かい合って立っている。この仁王は寺を守る守護神で、金剛像は「阿形(開口)」、力士像は「吽形(閉口)」で勇猛、剛健、ともに健脚の両足に草鞋を履く「印度発祥の東洋的な神様」だという。日中に仕事を終え、夜間は草鞋を仁王門脇に脱いで立ちながら休むのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 48mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
181106_119.jpg
120.本堂に向かって右側の草鞋
正面につり下げられた一対の大草鞋は、昔は仁王像の大きさに応じて50cm程度だったが、江戸時代中頃から仁王門を通過する参拝客が健脚、長寿の願を掛けるようになり、触れると、身体健康・無病長寿のご利益があると言い伝えられ、草鞋が大きいほどにご利益も大きいと、どんどん大型になっていき、今では3mほどになったそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
181106_120.jpg
121.本堂に向かって左側の草鞋
地元の方々が、約10年毎に新調しているそうだが今年はこれからのようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
181106_121.jpg
122.阿形(開口)の仁王像
前に記したように百済寺のHPでは、阿形のほうは金剛、吽形は力士とされているが、金剛力士像として、一つで言われることが多いように思う。ただ、一方を金剛、他方を力士とする説、両方とも金剛力士と呼ぶ説など諸説があるが、どの説も優勢となるには至っていないそうだ。(世界大百科事典での金剛力士の言及)

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_122.jpg
123.吽形(閉口)の仁王像
こちらの吽形は力士とされている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/200秒 12mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_123.jpg
124.仁王門 -2
仁王門をくぐって登ってきた参道を振り返る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 24mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
181106_124.jpg
125.本堂 国重要文化財・唐破風付入母屋造
仁王門の先に、すぐ本堂があった。HPによれば、百済寺の本堂は、これから行く西明寺、金剛輪寺の本堂よりもひとまわり小さいそうだが、天台形式の構造をもった均整のとれた建造物で、平成16年12月に文化庁より重要文化財の指定を受けている。本堂は室町時代の明応7年(1498年)に火災にあい、文亀3年(1503年)に兵火をうけ、さらに織田信長による焼き討ちで天正元年(1573)全山焼失してしまった。現本堂の背後に、広い旧本堂跡地がある。そこには現本堂の4倍ほどの大きな本堂があったのだが、そこは信長の焼き打ちで焼失してしまったのだ。その後天正12年に堀秀政により仮本堂が建立。のち天海僧正の高弟亮算が入寺し、堂舎再興の勅許を得て諸国に勧進し、江戸時代の慶安3年(1650)現在の本堂が竣工した。かつては現在より少し山手の広大な台地に、金堂と五重の塔があったそうだ。現在の本堂は、一重、五間六間、入母屋造で正面中央に軒唐破風が付せられている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO800 ) 露出補正 -0.3段
181106_125.jpg
126.本堂と三所権現社
本堂の右側に見える小さなお社は三所権現社といい、本堂と同時期の建立で熊野三社の主祭神が祀られている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO2000 ) 露出補正 -0.3段
181106_126.jpg
127.本堂へ上がる
本堂内部(外陣)へ上がって、お参りをする。百済寺本堂は、中世以来の伝統的な仏堂形式に則って、内陣と外陣の対比的な空間秩序を保持しながら、平面的にも造形的にも近世らしい平明な構成を創りあげており、価値が高と言われている。

  SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
181106_127.jpg
128.本堂外陣 -1
内陣と区切られれている格子戸の前には閻魔大王がおられた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/100秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_128.jpg
129.本堂内陣 -1
失礼して格子戸の格子の間から、内陣須弥壇を見させていただいた。見えている金色の仏さまは前立ち像で、その向こうに黒い扉がある。本尊の十一面観世音菩薩はその後ろの厨子に祀られている。百済寺本尊は全高3.2m(像高260cm)。寺伝によると聖徳太子が百済博士の慧慈(高句麗僧)の案内でこの山中に分け入って来られ、杉の大木の上半分が、百済国・龍雲寺の本尊十一面観音用に百済まで運び出された事を知り、下半分の根のついたままの巨木に十一面観音を刻んだことから、別名「植木観音」という名で崇められている。秘仏のため、普段は見ることが出来ない。実物を拝むことができるのはおよそ半世紀に一度という。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/160秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_129.jpg
130.百済寺の賓頭盧像
百済寺にもお賓頭盧さまが座っておられた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/50秒 26mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_130.jpg
131.外陣天井と長押の奉納額
128.の写真と同じところの天井を撮っている。千社札が多く貼られてしまっている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/125秒 12mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_131.jpg
132.聖徳太子孝養像
百済寺は推古天皇の時代に聖徳太子の勅願による創建だが、信長の焼き討ちで焼失後、ようやく慶安3年(1650年)に、将軍家光により、百済寺再建が許可され、本堂、山門、仁王門などが復興された。落慶記念奉納品として、将軍から極彩色の「聖徳太子孝養像」が寄贈された。この太子像は家光の乳母春日局(1643年没)が生前に江戸城大奥で大切に拝んでいた像であると言われている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/80秒 26mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
181106_132.jpg
133.本堂裏手
本堂からは、先に記した通りなだら坂と呼ばれる迂回路を下る。そのなだら坂のほうへ回ると本堂の裏手にでた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO640 ) 露出補正 -0.3段
181106_133.jpg
134.鐘楼と本堂
鐘楼があった。現在の梵鐘は3代目で昭和30年(1955年)の鋳造だそうだ。初代は信長焼討ちの際に持ち帰られ、江戸時代に鋳造された2代目は、先の大戦で供出された。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
181106_134.jpg
135.なだら坂
木立の間の石段のないなだらかな道を下る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 27mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
181106_135.jpg
136.陽が当たる紅葉
なだら坂にもモミジが多い。陽が当たって輝いているが、この木の紅葉はこれからのようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 39mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
181106_136.jpg
137.喜見院
喜見院のところまで下りてきた。百済寺の本坊は喜見院である。阿弥陀如来が祀られている。昭和15年に仁王門南側から現在の位置に移築され、それにともない庭園も旧本坊のものを拡張改造されたそうだ。寺社庭園としては、滋賀県内最大級で巨石群の配置が見事と言われる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
181106_137.jpg
138.喜見院の庭園と遠望台
本坊庭園は別名「天下遠望の名園」と称されており、西方の借景は琵琶湖をかすめて、55km先の比叡山で、広大なパノラマ展望を望める。さらに西方、880km先には、往時の「百済国」があったという。百済からの渡来人が母国を偲ぶ気持ちで「遠望台」に立つ時、両国の深い交流関係が蘇ってくるのだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 20mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
181106_138.jpg
139.喜見院 庭園 -1
この庭は東の山を借景に山腹を利用し、大きな池と変化に富む巨岩を配した豪華な池泉廻遊式ならびに観賞式の庭園で現代鈍穴流の作法で作庭されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 20mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
181106_139.jpg
140.喜見院と紅葉
百済寺の紅葉はまだ少し早かったようだが、ここはきれいだった。建物とのコントラストが美しかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 25mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
181106_140.jpg
141.喜見院 庭園 -2
聖徳太子の願文に「一宿を経るの輩は必ず一浄土に生る」とあるが、これにちなんでこの庭も東の山には弥陀観音勢至の三尊(阿弥陀如来を中尊とし、その左右に左脇侍の観音菩薩と、右脇侍の勢至菩薩を配する三尊形式)をはじめ各菩薩に見たてて石が配されている。これらの巨石は旧本坊庭園とさらに百済寺山内の谷川から集められたものを組み合せて作庭された。また、庭内には中世の石造品の残欠も多く見られるという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
181106_141.jpg
142.四季桜
庭園の鑑賞を終え、駐車場に戻ると桜が咲いていた。この桜はシキザクラのようだ。桜の園芸品種である。狂い咲きでない状態で、年に二度開花する。エドヒガンとマメザクラの交雑種と考えられている。一方、ジュウガツザクラ(十月桜)というのもあるが、それは、 コヒガンザクラの雑種あるいはマメザクラとエドヒガンの種間雑種と考えられているが、定かではない。花色は淡紅色で、花弁の先に濃いピンク色が残る。花期は10~12月頃と3月下旬頃の年2回である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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2018年12月11日

永源寺 11月8日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(5)

この旅行の3日目、京都は八条口から「永源寺と湖東三山巡り」という定期観光バスで、滋賀県は琵琶湖の東側にある古刹を巡るツアーを予約しておいた。私は奉天から引き揚げてきて2年ほど、親父の故郷である滋賀県草津市で育ったので懐かしい。近江鉄道のバスは8時45分、大型バスに乗客12名を乗せて出発した。紅葉にはまだ少し早いということで申し込みが少なかったのかもしれない。おかげでゆったりと座っていくことが出来た。
 バスガイドさんは、滋賀県草津市生まれという若いお嬢さんだった。名神高速道路を北東へ走り、黒丸というパーキングエリアで一休みしたあと、八日市で降り、愛知川に沿って、鈴鹿山脈に向かって進む。10時半少し前に永源寺の駐車場に入った。
 永源寺は臨済宗の大本山である。康安元年(1361年)佐々木(六角)氏頼が寂室元光禅師(正燈国師)をこの地に迎え、伽藍を建て開山した。本堂には本尊世継観世音菩薩(秘仏)が祀られていると、ガイドさんが説明してくれた。十六羅漢(石仏)を左手に見ながら石段の参道を進むと総門に出る。そこを入ると参拝受付になっていて、ガイドさんはそこまで案内してくれた。あとはそれほど坂はない。山門、本堂、開山堂と見ごろを迎える紅葉を眺め、約1時間後に駐車場に戻った。

89.京都駅八条口
定期観光バスの案内所および乗り場は京都駅の新幹線のりば側である八条口にあった。八条東口を道路の反対側に渡った、アバンティという商業施設の中にある。空港へ行くリムジン・バスの乗り場と同じ所で、外国人観光客が多い。今朝も良い天気だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 20mm ISO125 ) 露出補正 なし
181106_089.jpg
90.名神高速道路
名神高速道路は、栗東IC - 尼崎IC (71.7 km) 間が、1963年(昭和38年)に日本初の都市間高速道路として開通した区間である。日本最初の高速道路だ。事故のためか少々渋滞があったが、バスは八日市ICで降り、一般道を鈴鹿山脈に向かって走る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
181106_090.jpg
91.永源寺 羅漢坂
駐車場からバスガイドさんに案内されて、永源寺参道の始まりの部分、羅漢坂と言われる石段を上がる。100mほど続く急坂で、今日もまた石段を登るのかと覚悟を決めたが、永源寺のい石段はここだけだった。左側に眼鏡をかけた地蔵さんが立っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
181106_091.jpg
92.十六羅漢
羅漢坂の途中、左側の崖に彫りこまれた十六羅漢が奉安されれていた。頂上に釈迦如来と阿難(あなん)、迦葉(かしょう)という弟子を配しそれを取り巻くように羅漢が並んでいて、それぞれなかなか個性的な表情をしている。この写真は旨く撮れていないので、ほかにないか探したが、見つからなかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 なし
181106_092.jpg
93.羅漢坂の紅葉
羅漢坂は十六羅漢のところで右へ折れる。そのあたりの紅葉が陽の光に透けて美しい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO320 ) 露出補正 なし
181106_093.jpg
94.羅漢坂と総門
羅漢坂の先に総門が見えてきた。右側の谷を愛知川が流れる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO320 ) 露出補正 なし
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95.永源寺総門 -1
永源寺総門は永源寺境内の建物の中では最も古いもので、創建年は1361年、永源寺を開いた当時の近江守護職にあった佐々木(六角)氏頼によって建立されたもの。その後1390年に兵火で焼け落ち、1464年に永源寺16代住職の虚白文玄禅師によって再建されたものが現在に残っている貴重なものだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 13mm ISO800 ) 露出補正 なし
181106_095.jpg
96.永源寺総門 -2
総門をくぐると拝観受付になっている。私たちの分はバスガイドさんがまとめて支払ってくれたが、拝観料は500円だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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97.見ごろの紅葉
総門の辺りは紅葉の美しいところだ。私たちが訪れた翌日の11月9日に更新された永源寺のHPでは紅葉は見ごろになったと記されていた。右側は愛知川が流れる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 19mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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98.山門 -1
寛政7年(1795年)井伊家の援助等により7年の歳月を費やし享和2年(1802年)完工した。楼上に釈迦牟尼佛、文殊菩薩、普賢菩薩並びに十六羅漢を奉安している。 滋賀県の指定文化財である。大きな立派な山門だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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99.茶所
山門を抜けると右側に茶所があった。ここ滋賀県東近江市政所町周辺で栽培されている政所茶(まんどころちゃ)という日本茶がある。室町時代に永源寺五世管長の越渓秀格禅師が、この地の水質、地質が茶の栽培に適していることを見つけ、村人に栽培を奨励したことに始まると伝えられている。ここは、茶所と呼ばれる休憩所だ。その前を中学生たちが竹箒で掃除をしていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 56mm ISO600 ) 露出補正 -1.0段
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100.鐘楼
さらに進むと左側に鐘楼があった。過去4度の兵火や火災があり、現在の鐘楼は安永元年(1772年)に再建された。大鐘は太平洋戦争のときに供出したが、昭和23年に再鋳されている。ここの紅葉にはまだ少し早かったようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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101.永源寺本堂(方丈) -1
鐘楼の左側に本堂が見えた。本堂は康安元年(1361年)佐々木氏頼が創建した。しかし度重なる兵火、火災により焼失している。現在の建物は明和2年(1765年)、井伊家の援助により建立されたもので、屋根は国内屈指の葦葺きである。正面には本尊、世継(よつぎ)観世音菩薩が奉安されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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102.本堂内部 -1
本堂は中に入ってお参りができた。本堂は禅宗寺院の住持や長老の居室である方丈でもあり、客室がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 10mm ISO1250 ) 露出補正 -1.0段
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103.本堂内部 -2
ここでお参りをした。この奥には本尊世継観世音菩薩(秘仏)が祀られていて、もちろん中に入ることはできない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 -1.0段
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104.本尊世継観世音
近づいてみると扉が見えた。本尊世継観世音はこの厨子の扉の奥に鎮座され、御開帳はおよそ4半世紀に一度だそうだ。普段、直接、姿を拝むことは出来ない。近江守護職佐々木(六角)氏頼の子、満高があととりに恵まれず、この観音に毎夜一心に祈願をしたところ、夢にお告げがあり、やがて世継を授かったという。この事が伝わり誰が言うともなく「世継観世音(よつぎかんぜおん)」と呼び讃えられるようになったのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/100秒 17mm ISO3200 ) 露出補正 -1.0段
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105.禅堂
永源寺は京都の東福寺と同じ臨済宗である。康安元年(1361年)72歳で永源寺に入寺し開山した 寂室元光禅師(正燈国師)は 13歳で出家。京都東福寺の大智海禅師のもとで修行し、15歳の時仏燈国師に仕え、18歳で国師の一掌下に大悟した。元応2年(1320年)31歳から7年間、中国天目山の中峰和尚につき修行、帰国したのちも自然を友に詩や和歌を賦し、生涯行脚説法の旅を続けられたとある。この禅堂は他の堂と同様、佐々木氏頼により創建されたが、たび重なる火災により焼失した。以後法堂を道場としていたが、昭和3年(1928年)4月開祖寂室禅師に正燈国師の称号を送られたのを記念して、 默(?)鳳禅師が禅堂再建を発願、川上貞子(戦前の女優さんだろうか?)の支援を得て昭和8年(1933)4月に再建されたそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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106.法堂(はっとう)
禅堂の左手には法堂がある。享保13年(1728年)に朴宗禅師により再建されたものである。法堂の堂内中央には、後水尾上皇が寄進した釈迦牟尼仏が、右に迦葉尊者が、左に阿難尊者が安置されている。この法堂は、当山古例の諸法要を行うところである。ところがそのほとけ様の前に、「竹灯篭 工房 SMIN」 という看板があり、写真のようにいくつもの行燈のようなものが並べられていた。ちょっと違和感を覚えざるを得ない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.5 1/500秒 10mm ISO1600 ) 露出補正 -1.0段
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107.屋根とモミジ
法堂の瓦屋根にモミジが映えていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 34mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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108.開山堂
永源寺のHPによれば、開山堂は開祖寂室禅師(正燈国師)を祀る堂宇で、再度焼失したが、享保10年(1725年)、彦根城主 井伊直惟(なおのぶ)より能舞台の寄進を受け再建されたそうだ。開山堂の向かい側には経堂があった。経堂は応永11年(1404年)佐々木満高が創建。現在の経堂は延宝4年(1676年)南嶺禅師が再建し、中国へ渡り譲り受けられた明版大蔵経が納められている。このあたりのモミジはきれいだった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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109.永源寺本堂(方丈) -2
再び本堂のところへ戻ってきた。こちら側から見ると大きな葦葺き(ヨシ葺き)屋根の入母屋造りであることが分かる。国内屈指の大きさという。琵琶湖に群生する葦で葺かれている

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1000秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
181106_109.jpg
110.なで仏
本堂の前には「なで仏」が座っていた。「なで仏」は長谷寺の本堂でもお参りした賓頭盧(びんずる)の像。その像の自分の患部に当たる所をなでた手で、自分の患部をなでれば病気が治るという俗信がある。「さすりぼとけ」ともいうそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1000秒 51mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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111.山門 -2
ここは紅葉の撮影スポットだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
181106_111.jpg
112.山門の屋根とモミジ
陽の光が当たり、山門の屋根にかかる紅葉が輝いている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO160 ) 露出補正 -1.0段
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113.愛知川越し
モミジ越しに愛知川の対岸を眺める。愛知川は琵琶湖に注ぐ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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114.愛知川の川面とモミジ
まだ緑のモミジの葉も残るが、紅葉が穏やかな愛知川の流れに溶け込んでいる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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115.愛知川の流れ
バスが通ってきた旦度橋の上から愛知川を眺める。左側が永源寺の境内で、奥は鈴鹿の山並みで永源寺ダムがある。11時半、次の目的地である百済寺へ向け、バスが出発した。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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2018年12月 7日

室生寺 11月7日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(4)

長谷寺駅から近鉄大阪線で伊勢方面へ、2っ先の室生口大野駅まで行く。ここも2、3人観光客が下車するが閑散としている。室生寺行のバスは出たばかりで1時間ない。タクシーを呼ぶがそれも空きがなく30分ほど待たされて、やっと来た。バスを待っていた一人旅の女性をお乗せして室生寺へ向かう。タクシーのドラーバーが、途中、室生寺の末社である大野寺のそばで、川の向こう側にある摩崖仏を見せてくれた。
 タクシーは室生寺の入り口である太鼓橋のところまで行ってくれた。室生寺は真言宗室生寺派大本山の寺院である。
 室生寺の本堂へ上がる石段で、張り出した枝を避けようとして、転んでしまった。右手にリストストラップで持ったカメラが大事で庇ったので、右手で支えられないまま転んでしまった。脚のすねを強打、青あざができて腫れあがったが不思議と痛みはない。
 参詣を終えて、帰りはバスで戻ってきた。駅前のスナックで昼飯を摂る。ビールとスパゲッティ、かみさんは焼きそばを注文した。脱サラしたご夫婦でやっているのだが、旦那がよくしゃべる。次の電車の時間までの一休みだった。
 余談になるが、近鉄大阪線で1971年10月25日に、「青山トンネル事故」というATSの故障が発端で、特急列車が正面衝突するという事故があり、25名が亡くなっている。
 近鉄に乗り桜井方面へ戻り、桜井の先の大和八木で京都行急行に乗り換えた。16:20京都着。昨年も泊まったホテル近鉄京都駅にチェックインした。駅ビルで食事をしたあと、駅構内で「551」の豚まんを買ってホテルに戻った。豚まんは次の日の朝食になった。

68.大野寺の摩崖仏
室生口大野の駅から室生寺に向かうタクシーで5分ほど走っただろうか、運転手がタクシーを止めて、川向うに見える岩を指さし、大野寺の摩崖仏だと見せてくれた。仏様のお顔ははっきりは見えない。大野寺は室生寺の末社だそうで、wikipediaによれば、宇陀川をはさんだ対岸にある弥勒磨崖仏は、「石仏縁起」(万治2年・1659年)や「興福寺別当次第」によれば、興福寺の僧・雅縁の発願により、承元元年(1207年)から制作が開始され、同3年に後鳥羽上皇臨席のもと開眼供養が行われたものであるそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/640秒 28mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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69.太鼓橋
室生寺の境内には室生川にかかる太鼓橋を渡って入る。タクシーをその太鼓橋のところで降りた。太鼓橋の向こうに表門の屋根が見える。室生寺は女人禁制とされてきた高野山に対し、古くから女性の信仰を受け入れてきたことから「女人高野」の別称でも親しまれている。室生寺の創建は平安時代宝亀年間(770年 - 781年)にさかのぼり、国宝や重要文化財の仏像、建造物が多い。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 18mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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70.慶雲殿
表門からは境内に入れない。覗いてみると、中には本坊庫裏が見え、その左手に慶雲殿が見えた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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71.室生川にかかる太鼓橋
摩崖仏があったところの宇陀川は、奈良県宇陀市大宇陀宮奥付近に源を発し北へ流れ、多くの支流を集めて、三本松駅付近で近鉄大阪線と交差し県境を越え、三重県名張市黒田と名張市箕曲中村の境界で名張川に合流するそうだが、この室生川はその宇陀川の支流である。表門を渡ったところから、太鼓橋にかかる紅葉を眺める。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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72.赤門の屋根
表門の前を、室生川に沿って、右手に進むと赤門があった。紅葉はまだ少し早いようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 18mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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73.仁王門 -1
さらに室生川沿いに進む。参拝受付を終えると、すぐ目に入るのが仁王門。元禄に一度焼失し、その後長い間姿を消していたが、昭和40年(1965年)11月に再建された。門の両脇で構える仁王像も、昭和に再興されたもの。門の朱塗りも仁王像の色彩も、まだ色鮮やかで美しい。鎌倉時代の古地図によると、この仁王門のさらに奥に二天門があったと記録されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 34mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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74.仁王門 -2
仁王門に掲げられている扁額には「室生山」という文字が見える。wikipediaによれば、室生寺はを山号を「宀一山」といい、「宀一」は「室」のうかんむりと「生」の最後の一画だという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO160 ) 露出補正 -0.3段
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75.バン字池
仁王門をくぐると、左手に変わった形の池があった。この池はバン字池と言い、その名の通り梵字のバンの形をしており、大日如来を表しているそうだ。その池の水面に仁王門の紅葉が映っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 11mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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76.鎧坂
バン字池を過ぎてすぐ左側、幅の広い、金堂へ上がる石積みの階段があった。室生寺の名所の一つである鎧坂だ。自然石が積み上げられた階段の様子が、編み上げた鎧の様に見えることからこの名がついたという。鎧坂の途中から下を眺める。もう少し紅葉が進むと、きれいだろう。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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77.金堂(国宝)
鎧坂を登ると、柿葺(こけらぶき)の金堂が石段の上に次第に競り上がって見えてきて、全貌の見える小さな平地に出る。ところが、この鎧坂を登りきるところで張り出した枝を避けようとして、バランスを崩し、転んでしまった。リストラップで持っていたカメラを守ろうとして、脚のすねを石段にぶつけてしまった。カメラは無事だった。写真の高床の正面一間通りは、江戸時代に付加した礼堂(らいどう)で、これが無かった時代には、この石段上から堂内の仏像の姿が拝めたようだ。 金堂は平安時代前期に建立され、その規模は桁行、梁間共に五間、屋根はこけら葺き、寄棟造の平入である。手前一間は礼堂と呼ばれ、江戸時代の寛文12年(1672年)に増築されたものだ。礼堂部分の屋根は、縋破風(すがるはふ)の付いた葺き下ろしとなっている。それ以前、鎌倉時代末期にも大修理が行われており、その際には多くの部材が取り替えられたという。また、建物の正面と左右には縁が付いており、この縁と礼堂の部分のみ、足の長い懸造(かけづくり)となっている。 「 閑古鳥旅行社」というサイトを見ると、金堂の内部には須弥壇が置かれ、本尊の釈迦如来立像を中心に、左手に文殊菩薩立像と十一面観音立像、右手に薬師如来立像と地蔵菩薩立像が安置されており(いずれも平安時代)、それらの前には鎌倉時代の十二神将立像が立ち並ぶ。本尊の背後の板壁には、帝釈天を中尊とする曼荼羅図が描かれているが、これは非常に珍しいそうだ。なお、金堂の左手には、弥勒菩薩立像と釈迦如来坐像を安置する、鎌倉時代建造の弥勒堂が建っているとあった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO1600 ) 露出補正 -1.0段
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78.本堂(灌頂堂)(国宝)
参拝受付でいただいたパンフレットによれば、本堂には室生寺の本尊如意輪観音菩薩像(平安時代 重文)が安置されている。ここは真言密教の最も大切な法儀である灌頂を行う堂で、真言寺院の中心であるところから本堂と呼ばれる。延慶元年(1308年)の建立とのこと。五間四方入母屋造りの大きな建築で、内陣と外陣とを板扉で区画し、和様と大仏様の折衷様式を示す。正面に「悉地院」の扁額が掛けられている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 11mm ISO320 ) 露出補正 -1.7段
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79.五重塔(国宝)
潅頂堂に向かって左側に、次の石段がある。その石段の上方に目をやると、国宝 五重塔が緑の木立に囲まれ堂々と建っているのが見えた。この五重塔は高さ16.22mで、屋外に建つ五重塔では日本で最も小さい。その小ささから、「弘法大師一夜造りの塔」と例えられることもあるそうだ。建立時期は室生寺最古の建造物で、天平時代末から平安初期の建立である。 屋外に建つ五重塔としては法隆寺五重塔の次に古い。平成10年、台風により大きな損害を被ったが、平成12年に修復され、檜皮葺の屋根や丹塗りの優美な姿がよみがえった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 25mm ISO2000 ) 露出補正 -0.7段
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80.本堂(灌頂堂)の脇
前の写真で見える五重塔への階段を登って、さらに左手の坂道を上ると奥の院(木影堂 鎌倉時代の重文)がある。石段を登り五重塔を間近で見たが、奥の院へは、重なる石段に足が悲鳴を上げていて、登るのを断念した。ここは本堂の脇である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO640 ) 露出補正 -0.7段
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81.五重塔から本堂へ
近くで見ると小ぶりに見える五重塔を見上げて、本堂へと石段を下る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
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82.バン字池に映るモミジ
再び仁王門のところまで下りてきた。バン字池に仁王門の屋根とモミジが映り込んでいる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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83.仁王門 -3
仁王門の屋根とイチョウとモミジ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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84.木漏れ日
まだ緑が残るモミジの葉に、木漏れ日が注がれていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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85.本坊 書院の庭
ここは本坊の書院のあるあたりだったろうか。記憶が定かでない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 22mm ISO125 ) 露出補正 -0.3段
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86.室生口大野駅
帰りは室生寺からバスに乗って室生口大野駅まで戻ってきた。室生寺の観光客は多かったのに、ご覧の通り閑散としている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 31mm ISO125 ) 露出補正 -0.3段
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87.室生口大野駅 プラットホーム
ここから、午前中に来た方向へもどる電車に乗る。長谷寺、桜井、を経て、大和八木で京都行に乗り換えるのだ。室生口大野駅の反対側プラットホームのベンチに、室生寺と大野寺のポスターがあった。摩崖仏、仁王門、五重塔がデザインされたなかなか渋いポスターと思う。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO640 ) 露出補正 -0.3段
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88.「551」
大和八木で特急に乗り換えて、京都へ行こうと思ったが、すぐ急行が来たので乗ってしまった。停車する駅は多かったが、時間に余裕があったので、のんびり座ってきた。今日の行程は上手く行けるかどうかちょっと心配だったが、問題なかった。チェック・インして、夕食のため外出したが、ホテルに戻るときに駅構内で「551」の豚まんを買った。昨年暮れに京都に来た時もそうした。温かい「551」の豚まんは特に皮が旨い。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO800 ) 露出補正 なし
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2018年12月 3日

奈良長谷寺 11月7日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(3)

奈良日航ホテルのベットはとても寝心地が良かった。最近、普段は夜中に2度は目が覚めて、トイレに行くが、ここでは朝まで眼を覚ますことなく熟睡した。朝8時前にチェック・アウトして、JR奈良駅へ行く。切符は改めて買うことはなく、SUICAが使える。JR奈良線で桜井へ行き、そこで近鉄大阪線に乗り換え、長谷寺駅へ着いたのは9時半だった。
 長谷寺駅で下車したのは、我々2人だけだった。観光客が多い門前町を想像していたが、駅前も閑散としている。スーツ・ケースを預けようとしたが、駅前にあったコイン・ロッカーは小さくて入らない。駅前に戸が閉まった飲食店らしき店があり「大きな荷物預かります」と看板はあるが、呼んでも出てこない。近鉄の駅員は「預かれません」とつれない。仕方なく、ガラガラと引きながら長谷寺の参道へと歩き始める。それが下りの階段なのだ。長谷寺の参道へ出て、途中にあったシイタケを売っていたおばさんの店で、頼んでスーツ・ケースを預かってもらった。やがて石観音がある長谷寺の入り口に着いた。ここからまた、石段の参道を登る。スーツケースを預かってもらって助かった。
 朝早いためか参詣客は少ない。仁王門のところが参拝入山受付となっていた。たまたま、10月13日~12月2日の間、普段は関係者以外立ち入りが禁止されている国宝本堂の内陣に入る事ができ、観音様のお御足に直接触れてお参り出来る「本尊大観音尊像秋季特別拝観」が出来るとのことで、この際、拝観することにした。残念ながら、写真撮影は禁止だった。
 長谷寺の参拝と紅葉を楽しんだ後、駅へ戻る途中で、荷物を受け取った。もちろん、シイタケを買って、店のおばさんにお礼を申し上げた。しかし、それから駅までの登りの階段は一苦労で、膝がガクガクになってしまった。
 長谷寺駅から次の目的地、室生寺の下車駅である室生寺大野は近鉄大阪線の2駅先である。

45.近鉄大阪線桜井駅
JR桜井線で桜井駅まで来て、近鉄大阪線の急行電車に乗り換えた。JR桜井線では観光客らしきご夫婦が何組かおられたが、ここで乗り換える人はほとんどいなかった。近鉄はさすが、JRを除いては日本最長の路線網を持つ大きな私鉄である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 27mm ISO125 ) 露出補正 なし
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46.長谷寺駅 駅前
9時半ごろ長谷寺駅に着いた。ここで下車した観光客は私たちだけだった。駅前は土産物屋もなく、この石柱と案内板があるだけで、閑散としていた。休日は賑わうのだろうか。こちらに来る前の天気予報は芳しくなかったが、快晴となった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1250秒 16mm ISO125 ) 露出補正 なし
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47.荷物を預かってもらった参道の店
はじめに記したように、駅前で預けることが出来なかったので、ここまでガラガラとスーツ・ケースを牽いてきた。かみさんが店の前で並べられていた干しシイタケを物色していると、その店のおばさんが出てきて「荷物預かりましょうか」と言ってくれた。ありがたかった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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48.長谷寺参道
県道38号線が長谷寺の参道になっているが、長谷寺駅から石段を下りて県道38号線に出てから、さらに10分ほど歩く。ようやく左へ長谷寺の標識が出てきた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 34mm ISO250 ) 露出補正 なし
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49.新聞販売店
「初瀬新聞舗」という新聞販売店の軒の上には、ご覧のような新聞各社の看板が並んでいた。全国紙5紙、スポーツ新聞5紙、そして地方紙が3紙が勢ぞろいしていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1000秒 15mm ISO100 ) 露出補正 なし
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50.長谷寺入口
国道38号線を左に入ると長谷寺の入り口が見えた。石畳の先に見えるのが仁王門だ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 15mm ISO100 ) 露出補正 なし
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51.普門院不動堂
普門院は、仁王門手前の右手(東側)にあった。普門院の不動堂は国の重要文化財に指定されている「木造不動明王坐像」が本尊として安置されている。この不動明王像は、今から約850年ほど前の平安時代平安時代後期のもので、興教大師(1095年~1144年)の作と伝えられている。永らく三輪明神 大神神社の供僧寺である平等寺に祀られていたが、明治時代初期の廃仏毀釈によって平等寺が廃寺となったため、1875年(明治8年)に普門院・不動堂の本尊として迎えられた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 15mm ISO250 ) 露出補正 -0.7段
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52.仁王門 参拝入山受付
仁王門が参拝受付になっている。「本尊大観音尊像秋季特別拝観」の看板が立っていた。滅多にないことだと思い、入山料と別に1000円お支払いしてこの特別拝観券を求めた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 11mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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53.仁王門の扁額
仁王門は長谷寺の総門であり、三間一戸入母屋造本瓦葺の楼門である。両脇には仁王像、楼上に釈迦三尊十六羅漢像を安置する。現在の建物は明治27年(1894年)に再建された。「長谷寺」額字は、後陽成天皇の御宸筆といわれる。仁王門は平成27年11月から保存修理が続いていたが、平成29年3月に終わっていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO640 ) 露出補正 なし
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54.仁王門から参道を振り返る
下の左側に見える、いま通ってきた長谷寺の入り口は総受付と呼ばれるが、参拝者の休憩所として使われ、山内の火事除けのため、「秋葉権現」が祀られている。総受付の脇に石観音が祀られている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 27mm ISO100) 露出補正 なし
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55.登廊(のぼりろう)
仁王門の先、さらに本堂に向け登っていくが、その登りは登廊と呼ばれる。重要文化財で、平安時代の長歴3年(1039年)に春日大社の社司中臣信清が子の病気平癒の御礼に造ったもので、百八間、399段、上中下の三廊に分かれてる。下、中廊は明治27年(1894年)再建で、風雅な長谷型の灯籠を吊るしている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 45mm ISO1250) 露出補正 -0.7段
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56.桜咲く
登楼を繋屋で右に折れ、さらに蔵王堂で左に折れ、登り切ったところの左側に三百余社があった。江戸時代前期の慶安3年(1650年)に造られた一間社春日造、銅板葺きの建物である。昭和61年(1986年)12月20日に国の重要文化財に指定されている。その三百余社の前で桜の花が咲いていた。この時期に花が咲く品種なのだろうか、それとも、今年の気候異常で狂い咲きしたのだろうか。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 43mm ISO125) 露出補正 -0.7段
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57.長谷寺本堂 国宝
初瀬山の中腹に大伽藍が広がっている。その境内の最奥部、本尊の十一面観音立像を祀る本堂は、江戸時代前期に幕府によって建てられた、巨大な懸造(かけづくり)の仏堂である。懸造とは、斜面の上に長い束柱を立て、その上に堂宇を築く様式の事で、舞台造とも呼ばれている。この長谷寺本堂は、江戸時代前期に建てられた建造物の中でも完成度が極めて高く、徳川幕府が建造した大規模仏堂の代表例でもあり、2004年国宝に指定された。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 10mm ISO125) 露出補正 -0.3段
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58.本堂外陣 -1
舞台造、懸造とも称される長谷寺の本堂は国宝に指定されている。長谷寺本堂は、十一面観音を安置する内陣(正堂)と外陣(礼堂)、内陣と外陣をつなぐ相の間、そして絶景の広がる舞台で構成されている。本堂東側からみると、外陣内舞台の向こうに賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)の像が見える。その向こうの額縁のような外の景色が鮮やかだった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO500) 露出補正 -1.0段
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59.本堂外陣 -2
外陣(礼堂) には大きな長谷型提灯が吊るされるている。いろいろな額が掲げられていた。寄進されたものなのだろう。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO2000) 露出補正 なし
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60.本堂外陣 -3
外陣の奥、内舞台に 賓頭盧尊者の像がある。賓頭盧尊(びんずるそん)は釈迦の弟子で通称「おびんずるさま」と呼ばれる「なで仏」で、病んでいる部位をなでると除病の功徳があるといわれる。お釈迦様が在世のころ、特別の神通力の持ち主であった賓頭盧尊者が、その神通力を世の人々に自由自在に誇示して見せたので、お釈迦様がお怒りになって、「お前は究極の悟りを得ず、この世にとどまって仏法を守り、人間の病を癒し、多くの衆生を救いなさい」と命令されたという。お釈迦様の言葉を守り、今に至っても人々を救う菩薩である。賓頭盧尊者の像は各地のお寺でみることがある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO400) 露出補正 -2.0段
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61.本堂外陣 -4
本堂外陣の天井には、江戸時代からの奉納品数々、絵馬(武者絵)が飾られている。江戸時代の観音菩薩信仰が盛んだった名残だろうといわれる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 18mm ISO3200) 露出補正 なし
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62.本堂の舞台からの眺め
本堂は斜面の上に長い束柱を立て、その上に堂宇を築く様式の舞台造であるが、その舞台からの眺めは素晴らしかった。今回は周らなかったがここから右回りに下りていくと、本長谷寺、五重塔、奥の院、本坊がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 9mm ISO100) 露出補正 -0.3段
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63.長谷寺本堂正面
現在の長谷寺本堂は、急斜面を正面にして、初瀬の里を望むように建っている。屋根は一重の入母屋造だが、こちらは妻入であり、妻面が正面を向いている。さらに、礼堂(外陣)の屋根の左右には千鳥破風が備えられ、その屋根は極めて複雑な形状を作り出している。懸造になっているのは礼堂の部分で、礼堂の前に設けられた舞台と共に、空中に張り出すように建てられている。長谷寺の本堂(礼堂)正面に掲げられれている扁額には「大悲閣」と大書きされている。「大きな悲しみ」ではなく、この「悲」は観音菩薩の「慈悲」からきているとのこと。このあと、本堂東側から「本尊大観音尊像秋季特別拝観」で内陣(正堂)に入り、本尊十一面観世音菩薩像を拝観した。それは近江の国高島から来た楠の霊木をもちいて3日間で造り上げたといわれ、我が国で最も大きな、高さ10m余りの木造の観音像で、その堂々とした姿は全国に広がる長谷信仰の根本仏像としての威厳を示す。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 9mm ISO100) 露出補正 -0.3段
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64.五重塔遠望
本堂の舞台から、五重塔が遠望できた。この五重塔は比較的新しいようだ。昭和29年(1954年)、戦後日本に初めて建てられた桧皮葺、高さ 31.39mの五重塔で、昭和の名塔と呼ばれている。純和様式の整った形の塔で、塔身の丹色と相輪の金色、軽快な檜皮葺屋根の褐色は、背景とよく調和し、光彩を放っている。歩き惜しみをして、そこへは行かなかったが、今思うと行けばよかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 56mm ISO320) 露出補正 -0.7段
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65.開山堂
本堂の西側の石段を下りたところに開山堂があった。開山堂は、長谷寺を開山した徳道上人を祀るお堂である。徳道上人は、奈良時代の高僧で、神亀4年(727年)に聖武天皇の勅願により、東の丘(現在の本堂のある場所)に本尊十一面観世音菩薩を安置し長谷寺を開山したとされているそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO100) 露出補正 -0.3段
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66.登廊 繋屋
ここは仁王門から登廊を上がってきて、右へ曲がる角のところだ。つまり、下登廊と中登廊の接続部(屈折部)にある建物である。この繋屋は、明治22年(1889年)に再建されたもので、桁行1間、梁間1間、一重、切妻造、桟瓦葺きである。昭和61年(1986年)12月20日に国の重要文化財に指定された。屋根にかかる紅葉が陽を浴びて輝いていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 35mm ISO250) 露出補正 -0.3段
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67.長谷寺参道の家並み
一昨年、岐阜県犬山城の門前町で見たむくり屋根の商家と似ている。町人が武士を見下ろしてはならないとのことで、江戸時代の町屋は、物置などに利用された2階部分は低く造られていて、通気・明り取りには虫籠窓(むしこまど)が設けられていたようである。県道38号沿いには、こんな建て方の家が何軒も残っていた。こうして、干しシイタケを買って、スーツ・ケースを受け取り、階段を上がって長谷寺駅へ戻ってきた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 35mm ISO1000) 露出補正 -0.3段
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2018年11月29日

高野山後編 11月6日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(2) 

古いお付き合いのある家内の友人から、高野山へ行くなら、その亡くなられた息子さんが眠る「正智院」に寄ってきて欲しいと言われていた。お土産を買った紀州南高梅の梅干し屋さんで場所を確認して向かう。杉木立が並ぶ壇上伽藍の北側にその「正智院」があった。別格本山の立派な寺院である。
 「正智院」は教覚正智坊によって永久年間(1113年~1117年)に開基され、鎌倉時代初期の学僧で高野八傑のひとりである道範を中興の祖とする。筑前の黒田家、薩摩の島津家の深い信仰があったそうだ。玄関で声をかけたところ、ご住職が出てこられた。家内が来訪の趣旨を伝えると、本堂へ案内してくださった。本堂でお参りした後、「お庭が立派だと伺ってきたのですが、見せていただけますか」と乞うたところ、快くご住職が庭と客間を案内してくださり、美しい庭と、その庭園に面した客間を見せてくださった。ここを訪ねられて良かったと思う。
 「正智院」とその庭園、そして客間の襖絵などを堪能した後、ご住職に礼を述べ、壇上伽藍へ向かった。時刻は午後3時になろうとしていた。
 壇上伽藍は蛇腹道から来ると東塔のところへ出るが、今回は「正智院」から根本大塔の西側へ入った。4年前に来たときは見られなかった172年ぶりに再建された中門を見たりしているうち、そろそろケーブルの駅へ行かねばならい時間となる。蛇腹道を通って梅干し屋さんに戻り、スーツ・ケースを受け取って、バスで高野山駅へ着く。丁度良く16:47発の特急「こうや」に接続するケーブル・カーに乗ることができた。
 高野山から奈良へ行くには一度大坂のほうへ戻らなければならない。難波のすぐ手前の新今宮で乗り換え、務めている人たちの帰宅時間で混み合うJR大和路線で、奈良へ到着したのは夜7時になっていた。JR奈良駅近くに予約しておいたホテルにチェックインし、何か美味しいものを食べようと三条通へ出かけていった。
 本編でもそれぞれのホームページや、パンフレット、および「神社・寺-御朱印めぐり.COM」というサイトから引用させていただいた。

22.「正智院」入口
「正智院」は全国レベルのアスリートの養成と指導者の育成を目指す私立高野山高校の手前にあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO320 ) 露出補正 なし
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23.「正智院」の庭 -1
「正智院」の 庭をご住職に案内していただいた。庫裡の奥にある庭園は書院北庭で、面積は830㎡。昭和30年に重森三玲氏によって作庭されたもので水墨山水画的な構想をもとに造られている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO500 ) 露出補正 なし
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24.「正智院」の庭 -2
庭園の背後には岩山があり、高野山内八葉の神應岳と呼ばれる。神應岳を背景とし、州浜模様の苔に大小六十余りの石組みを配した枯山水庭園である。わざわざ見せていただいた甲斐のある庭だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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25.庭園に面した庫裡客間 -1
庭園に面した庫裡の襖絵は雲谷等益、長谷川等伯、谷文晁によって描かれている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/500秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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26.「正智院」の客間
庭に面し客間のひとつ。障子から入る光で気持ちが落ち着く。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/320秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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27.床の間の絵
前の写真にある床の間に掛けられた大きな絵は、円山応挙だそうだ。右下に「應擧」の銘が見られる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/160秒 19mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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28.縁側から眺める庭園
ご住職が庭園全体を眺められる奥の縁側に案内してくれた。ここからはモミジ、苔、裏山、庭の石、そして今は枯れているが春には美しい花が咲くツツジが植え込み眺められる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 28mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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29.「明王院」への道
「正智院」では、その庭園や、客間の襖絵に魅せられた。見せていただいてよかったという気持ちで、ご住職に礼を述べ、「正智院」をあとにした。壇上伽藍のほうへ歩いていくと、左手に先ほど見た 「明王院」への道があった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO400 ) 露出補正 なし
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30.壇上伽藍 金堂
壇上伽藍へはその北西側から入った。伽藍とは、僧侶が修行をする場所という意味で、由来はインドのサンスクリット語からきていという。 高野山の伽藍は、見た目では気づきにくいが、石段の上に伽藍が建立されているので壇上伽藍と呼ばれる。高野山全体を指す「金剛峯寺」の中心的伽藍である。色づいたモミジの向こうは金堂である。金堂は弘仁7年(816年)以前の平安時代後期に建立されたと推定されている。金堂は高野山の開創時から存在すると云われ、高野山内でもっとも古い歴史のある建造物だそうだ。根本大塔よりも先に造営され、金堂の落慶後まもなく根本大塔が完成している。現在の金堂は幾度もの火災に際し、その度に再建されてきた8代目の金堂であり、最近では昭和9年(1934年)に再建されている。残念ながら、現在見ることのできる金堂の姿は、創建当初の容姿を留めておらず鉄筋コンクリート造の堂舎である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 19mm ISO400 ) 露出補正 なし
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31.根本大塔と深紅のモミジ
根本大塔の朱色と競い合うように深紅のモミジがあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 19mm ISO160 ) 露出補正 なし
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32.山王院と明神社
弘法大師は高野山の開創に際して、日本古来の神々と仏教との融和のため、高野山の地主神として、丹生明神(にうみょうじん)と高野明神の分霊を高野山の守護神として「御社(みやしろ)」に祀った。その「御社」の拝殿として山王院は建立されている。渋い建物の山王院の奥、森の手前に建つ赤い春日造の神社は、高野山の開創以前から土地の神として信仰されてきた丹生明神、高野明神(狩場明神)を祀る「明神社」だ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 15mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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33.六角経蔵
壇上伽藍の奥まったところに六角経蔵があった。平治元年(1159年)に創建され、昭和9年(1934年)に鉄筋コンクリート作りで再建された。高さ19,7mの二重六角造りである。「高野山・御朱印」というサイトを見せていただくと、六角経蔵は「鳥羽法皇」の菩提を弔うために、皇后の「美福門院(びふくもんいん)」が、平治元年(1159年)に建立した経蔵だそうだ。美福門院は鳥羽法皇や仏教に大層な思い入れがあったようで、なんと、自らの所領であった紀州(和歌山県)の「荒川の庄(あらかわのしょう/=安楽川荘(現在の紀の川市桃山町と打田町の一部)」を高野山へ寄進した。寄進した理由とは「六角経蔵の維持費のため」という。しかし翌年、美福門院は崩御され、なんと女人禁制が絶対の掟であった高野山に埋葬されている。一説には高野山の女人禁制が解かれた際の原動力のひとつになったとも云われている、といったことが記されていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 17mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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34.御影堂
高野山金剛峰寺のHPによると、御影堂は、弘法大師の持仏堂として建立されが、後に真如親王直筆の「弘法大師御影像」を奉安し、御影堂と名付けられた。桁行15.1メートル、梁間15.1メートルの向背付宝形(ほうぎょう)造りで、堂内外陣には弘法大師の十大弟子像が掲げられている。この堂は高野山で最重要の聖域であり、限られた人しか堂内に入ることは許されなかったが、近年になって旧暦3月21日に執行される「旧正御影供」の前夜、御逮夜法会(おたいやほうえ)の後に外陣への一般参拝が許されるようになった、と記されている。余談だが、金堂と御影堂の中間に瑞垣で囲まれた松の木がある。 松葉が3本になっている三葉の松であり、「三鈷の松」として祀られている。現在では参詣者が、縁起物として松の葉の落ち葉を持ち帰り、お守りとして大切にするという。かみさんも3葉の松葉を見つけて持ち帰ってきた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 41mm ISO2000 ) 露出補正 なし
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35.中門
前回、高野山を訪れたときは、この中門は工事中だった。中門は弘仁10年(819年)/平安時代に創建されたと推定されるが、江戸時代の天保14年(1843年)の大火事で燃え尽きてしまい、以降、平成の現在まで「中門跡地」として残っていた。中門はかつて壇上伽藍の南を守護する門だったが、幾度も焼失を繰り返し、天保14年(1843年)/江戸時代後期)以降、平成27年(2015年)まで再建されなかった歴史がある。172年ぶりの再建工事だったのだ。そして、平成27年の高野山開創1200年記念の記念事業の一環で、中門が蘇った。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
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36.六角経蔵とモミジ
六角経蔵の近くにいってみた。赤い葉ではなかったが枝が張り出したモミジが良かった。六角経蔵には、紺紙(紫色の紙)に金箔を溶かした金泥(きんでい)で丁寧に、綺麗に書き写したした数々のお経が納められているという。これらの経典は紺紙金泥一切経(こんしきんでいいっさいきょう)、または、美福門院経と呼ばれている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 48mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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37.金堂とモミジ
高野山はこのとき紅葉の最適期だった。壇上伽藍のほぼ中央にある金堂の傍のモミジもきれいだったが、少し遅かったかもしれない。。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 46mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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38.根本大塔
根本大塔は真言密教の根本道場のシンボルとして建てられた、高さ48.5mの日本で最初の多宝塔である。大塔内陣は曼荼羅の世界を立体的に表現しており、胎蔵界と金剛界をひとつに融合した空海独自の立体曼荼羅となっているというが、私は何回も壇上伽藍にきているのに根本大塔の中に入ったことがない不届きものである。根本大塔は816年~887年に創建されたと推定される。創建後は、記録に残っているだけで5回も焼失し、焼失の度に時の権力者たちの助力により再建を繰り返ししてきた歴史がある。しかし天保14年(1843年)以降、再建計画がなくなり、そのまま更地状態になっていたそうだ。現在見ることのできる根本大塔は昭和12年(1937年)に再建された時の姿であり、残念ながら創建年当初のような木造ではなく鉄筋コンクリート造になっている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 なし
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39.不動堂の屋根
そろそろ戻ろうと思い、蛇腹道のほうへ向かう。壇上伽藍の東側にあった不動堂の屋根は苔むしていて、紅葉と美しいコントラストとなっていた。不動堂は建久9年(1198年)に創建され、その後天保5年(1834年)、明治41年(1908年)、平成10年(1998年)に再建されている。1952年3月29日に国宝に指定されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 36mm ISO800 ) 露出補正 なし
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40.蓮池
不動堂の南側に池があり、太鼓橋が掛けられている。昭和の初頭まではこの池に蓮がたくさん群生していたようで、その蓮に因んで「蓮池」の名前が付けられている。 蓮池には、古来、東側から小島に向けて太鼓橋が架かっていたが、2015年に池の西側から小島に向けて新しい太鼓橋が造営された。見えている橋はその新しい橋だ。池の向こうは道路であり、道路の向こうに遍照尊院がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO500 ) 露出補正 なし
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41.根本大塔とモミジ
壇上伽藍の東端にある東塔の辺りから、モミジの葉と根本大塔の屋根を撮った。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 51mm ISO400 ) 露出補正 なし
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42.蛇腹道
蛇腹道とは、伽藍の入口である金剛峯寺から壇上伽藍内(東塔)へ向かう小道のことを言う。写真は東塔の側からみた蛇腹道だ。蛇腹道という由来は、前編でもふれたように、高野山全体の寺院の並びを、蛇に見立てた時、ちょうどこの壇上伽藍に通じるこの道が蛇のお腹のあたりなるので「蛇腹道」の名前が付いたようだ。ここは高野山一番の紅葉のスポットである。午後3時半、観光客の数は少なくなった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 48mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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43.金剛峯寺
時間が差し迫ってきていて、金剛峯寺にはお参りしなかった。総本山金剛峯寺という場合、金剛峯寺だけではなく高野山全体を指す。 高野山の本堂は、大伽藍にそびえる「金堂」が一山の総本堂になる。高野山の重要行事のほとんどは、この金堂にて執り行われている。 いわば狭義のこの金剛峯寺は、明治2年(1869年)に青巌寺と興山寺を一本化したもので、高野山真言宗総本山金剛峯寺の本坊が置かれた宗務上の中心地である。現存する建物の多くは文久2年(1862年)に再建された青巌寺のもので、大主殿、奥書院を中心に、経蔵、鐘楼など、真然堂、護摩堂、山門、会下門、かご塀など県指定文化財が並ぶ。この門を正門といい、金剛峯寺の建物の中で一番古く、文禄2年(1593年)に再建されて以来、今日に至っている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 37mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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44.極楽橋駅
秋は日が暮れるのが早い。千手院前前からバスに乗って、ケーブル・カーの高野山駅まで来て、極楽橋へ下りた。写真は極楽橋駅に停車している16:47発の特急「こうや」である。これに乗って新今宮まで行く。今夜の泊りは奈良だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20 mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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2018年11月26日

高野山前編 11月6日   高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(1)

私の父母や兄夫婦が眠る墓が高野山にあるということは以前にも書いた。この春に、その菩提寺である「恵光院」から母の50回忌の知らせが兄の嫡男のところに届いていた。
 11月6日から2泊3日で、まず高野山にお参りし、翌日は奈良の長谷寺と室生寺を歩き、3日目は京都駅前から定期観光バスを利用して紅葉が美しいという湖東三山を巡るという計画を立てた。
 高野山では、午前中に「恵光院」本堂でのお参りと、墓参をしたかったので、新横浜始発の早朝6時発「ひかり」に乗った。「ひかり」を選んだのは、「大人の休日」切符を利用するためでもある。ところが、新大阪に到着して、高野山行きの南海電鉄に乗るために難波へ地下鉄で向かったのだが、通勤ラッシュの地下鉄が遅延してしまい、8時42分発の特急「こうや」に乗り遅れてしまった。幸い、9:00発の快速急行があり、予定より、30分ほど遅くなったが、10:01にケーブル・カーへの乗換駅である極楽橋に着いた。ケーブル・カーで高野山まで上がり、バスで苅萱堂前で下車、「恵光院」へ向かった。「恵光院」へは事前に知らせることなく、突然に行ったのだが、本堂で過去帳を前にお経をあげていただくことができた。若い僧だったが、なかなか良い声の立派なお経だった。
 前回の高野山墓参は、2014年5月22日でシャクナゲの花が咲くころだった。今回は紅葉のトップ・シーズンであり、観光客も多かった。2004年7月に高野山が「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されて以来、外国人観光客も多い。
 wikipediaによれば、高野山は「和歌山県北部、和歌山県伊都郡高野町にある周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地を指す。平安時代の弘仁7年(816年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)が下賜され、修禅の道場として開いた日本仏教における聖地の1つである。現在は壇上伽藍と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺(山号は高野山)、大本山宝寿院のほか、子院が117か寺に及び、その約半数が宿坊を兼ねている。2004年(平成16年)7月7日、高野山町石道と金剛峯寺境内(6地区)、建造物12件が熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界遺産に登録された。さらに2016年(平成28年)10月24日、高野参詣道(町石道を含み登録名称変更)として黒河道、女人道、京大坂道不動坂、三谷坂が世界遺産に追加登録された。」とある。
 次に墓前に向かう。「恵光院」から自動車道と別れ、一の橋を過ぎるといよいよ奥の院の霊域に入る。参道の両側には、戦国武将や江戸時代の大名、歴史に名を馳せる高僧を含む、20万基とも40万基ともいわれる墓石が所狭しと立ち並び、この世とは思えぬ幻想的な風景が広がる。石畳の道が弘法大師御廟まで約2km続く。樹齢数百年を超える杉木立の中を歩く。途中「中の橋駐車場」からの道と合流してさらに進んだところに「姿見の井戸」があるが、その近くに父母が眠る先祖の墓がある。墓の掃除はいつもお願いしている石屋さんに事前にお願いしておいたのできれいになっていた。
 高野山で母の50回忌のお参りをした後は、家内の友人の息子さんが眠る「正智院」へ行った。立派なお寺だった。趣旨を告げるとご住職に本堂へ案内され、お参りすることができた。そのあと、「正智院」の客間や庭を見せてくださった。

1.九度山駅
南海電車高野線は車輪の音をきしませながら、急勾配を登る。九度山駅に着いた。六文銭が描かれている。関ヶ原で西軍が破れ、徳川家康は昌幸と幸村を死罪にするつもりでいたが、幸村の兄・信幸と義父・本多忠勝の懇願もあり、特例として2人に高野山での謹慎を命じた。そののち、14年間住んだ九度山で、幸村は周辺の農民とも親しくなっており、幸村の心境を察した農民は大坂城に向かう幸村親子の出立に協力した。1614年(慶長19年)に大阪冬の陣となった。また、慈尊院は九度山駅から徒歩20分のところにある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 22mm ISO320 ) 露出補正 なし
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2.南海電車高野線
高野線は山の斜面を走る。はるか下のほうに集落が見える。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO320 ) 露出補正 なし
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3.極楽橋
高野線の終点は極楽橋だ。標高は535mである。橋本駅からは443m登ってきたのだ。ここからケーブル・カーで867mの高野山駅まで登る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO500 ) 露出補正 なし
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4.「恵光院」 -1
菩提寺である「恵光院」に着いた。「恵光院」は準別格本山で、宿坊でもある。外国人の泊り客も多いようだ。英語の案内も書かれている。そのホームページによれば、「恵光院」は弘法大師がこの地に五重の宝塔を建立し、弟子の道昌僧都が諸人の廻向(先祖の御供養)をおこなった事から、廻向院と呼ばれていた。宝永年中(1704~)頃、徳川8代将軍吉宗の命により現在の「恵光院」に改められたそうだ。延慶元年(1308)には、京都の東寺より量調阿闍梨が当院へ転任され再興し、永禄(1558~)の初め頃になって、薩摩藩17代当主島津兵庫頭義弘と縁を深め檀那関係にあった。また明智光秀の菩提寺でもある。本尊は阿弥陀如来、弘法大師、不動明王が祀られている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO250 ) 露出補正 なし
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5.「恵光院」客間から
「恵光院」では、本堂で読経をしていただいたが、その準備の間、前回宿泊した2階にある客間でしばらく待った。その2階の部屋から撮ったカットである。正面が門で、本堂は2階から右側に上がっていく。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 17mm ISO320 ) 露出補正 なし
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6.本堂と阿弥陀如来像
ご本尊の阿弥陀如来像。その前に位牌を置いて読経をしてくれた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/15秒 37mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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7.「清浄心院」
「恵光院」の門を出て、右へ一の橋に向かう。バス通りの左側に別格本山の「清浄心院」があった。ホームページを見ると、「清浄心院」は天長年間(824~34)に高祖弘法大師により草創され、初め喜多坊と称されていたが、 後に勅命により現院号である清浄心院に改めたと伝えられている。一帯は清浄心院谷と呼ばれている。春は桜が咲き、銘木と言われる傘桜は、太閤豊臣秀吉が花見を催したという逸話も残されているそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO800 ) 露出補正 なし
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8.一の橋付近
奥の院(弘法大師御廟)に向かって歩き、一の橋のところでバスが通る車道と別れ、石畳の参道へと入る。奥の院へは一の橋から参詣するのが正式なルートとされている。一の橋は正式には「大渡橋」や「大橋」と言われ、お大師様がここまで送り迎えされると伝わっている場所でもあって、ここで一礼して橋を渡る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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9.杉並木の道
一の橋から奥の院までの約2㎞の参道には、樹齢数百年を超える杉の老木が連なり、その間に20万基を超えるという諸大名から庶民の墓石や慰霊碑などが並んでいる。空が少ししか見えないほど参道は高い木々で覆われている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 25mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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10.石燈籠
参道の両側には石燈籠が並ぶ。灯りが入っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/400秒 16mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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11.中の橋付近
墓前にてお参りをしたが、その先奥の院への参道は、8月の台風20号の影響で倒れた杉の大木を撤去する作業が行われていて、通行止めになっていた。そのため、中の橋の手前を一旦右へ迂回し、中の橋バス停のほうへ出て、奥の院へ向かうことになる。このあたりも紅葉がきれいである。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
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12.「英霊院」付近
杉並木の一本右側の道を奥の院へ進んでいくと、高野山では紅葉の美しいポイントになっている英霊院の前に出てきた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO320 ) 露出補正 なし
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13.台風21号の爪痕
大きなお墓が崩れていた。台風21号の影響で奥の院の弘法大師御廟近くの「奥院経蔵」など複数の国重要文化財も破損してしまったようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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14.水向地蔵
左手に水向地蔵が見える。説明板には、「玉川の清流を背にして、金仏(金属製の仏)の地蔵菩薩や不動明王、観音菩薩が並んでいる。奥の院に参詣する人々は右側にある御供所で水向塔婆を求め、この地蔵に納め、水を手向けて先祖の冥福を祈る。」と書かれていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
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15.観音菩薩像 -1
水向地蔵の一番奥に他の像に比べて背の高い観音菩薩像があった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO640 ) 露出補正 -0.7段
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16.観音菩薩像 -2
水向地蔵は水掛け地蔵とは異なるようだ。水向地蔵では仏さまには水を掛けない。供養の正しい仕方は、供養したい故人がいれば、その人の名前や法名を塔婆(経木)に書いて、水向地蔵の足元に置いて、その塔婆に3回水を掛けながら大日如来さまの真言を唱えるのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 27mm ISO500 ) 露出補正 -0.7段
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17.「恵光院」 -2
奥の院へ参詣し、再び「恵光院」へ戻ってきた。スーツケースを受け取って、苅萱堂前でバスに乗り、壇上伽藍に近い千手院前まで行く。高野山へ来るたびに立ち寄る紀州南高梅の梅干し屋さんで買い物をし、またスーツケースを預ける。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 23mm ISO320 ) 露出補正 -0.7段
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18.高野山の街並み
千手院前から壇上伽藍へとバス通りを歩く。写真は奥の院の方向を振り返ったところ。左側は金剛峯寺だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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19.蛇腹道
金剛峯寺前の六時の鐘の櫓から壇上伽藍へ通じるまっすぐな細い道を蛇腹道と言い、高野山では紅葉のスポットとして有名である。蛇腹道という由来は、高野山全体の寺院の並びを、蛇に見立てた時、ちょうどこの壇上伽藍に通じる蛇腹道が、蛇のお腹のあたりなるので「蛇腹道」の名前が付されたようだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 27mm ISO320 ) 露出補正 なし
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20.「明王院」
蛇腹道は戻るときに通ることにして、その1本北側の広い道を「正智院」目指して進む。右側には大きな寺院が並ぶが、この「明王院」もその一つである。「明王院」は高野山に於ける最も初期の寺院であったと云われ、日本三不動のひとつとして知られる赤不動明王が本尊として祀られている。国宝赤不動明王と彫られた石柱が立っていた。高野山の塔頭寺院である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
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21.「宝城院」への道
紅葉がきれいなこの細い道の先に「宝城院」がある。インタネットで調べてみると、「宝城院」は約900年前、平安時代の終わりごろに権力を持っていた後白河法皇が高野山に参詣した時に、建立された寺院だそうだ。現在では元閑院宮家の御菩提所で、重要文化財にして秘仏とされる弁財天を所蔵している。高野山は宿坊が旅館のようになっているが、「宝城院」の宿坊は、高野山有数の近代的な宿坊だという。客室はすべて個室の冷暖房完備でエレベーターやスロープまで敷設されている。また、1度に30名が利用できる大浴場の他に一回り狭い広さの中浴場も完備されているそうだ。一部の客室からはライトアップされた根本大塔を見ることができるという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO640 ) 露出補正 なし
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2018年11月22日

日光東照宮と古峯神社・古峯園 バスツアー(3) 古峯神社と古峯園 10月27日

日光東照宮近くのバス駐車場を出発し、日光宇都宮道路を走って約1時間半、栃木県鹿沼市の古峰ヶ原というところにある古峯神社に到着した。
 wikipediaによれば、「古峯神社は大芦川上流に位置し、もともと古峰ヶ原(こぶがはら)は修験者達の休息場だったらしい。その後天狗の社として関東、東北各地で信仰を集めるようになる。特に明治に入り1880年代以降、各地で開通する蒸気機関車が火の粉を撒き散らすようになったが当時の民家は茅葺きであるため火の粉に弱く、羽扇を持つ天狗が火防(ひぶせ)の霊験大として信仰を急速に集めるようになった。栃木でも1890年(明治23年)に日本鉄道日光支線(現JR日光線)が開通すると、一層盛んになった。関東・東北の各集落に「古峯講中」「こぶがはら講」が存在し、 村の代表が代参して、奉納された多数の天狗の面や額に見守られながら、お籠もりをする。一の鳥居(24.6m)は銅製としては日本最大の大きさを誇る。」とあった。その銅製の一の鳥居は、バスで通ってきたところだ。
 失礼ながら、神社への参拝は後にして先に、古峯園へ入る。古峯園は言うまでもなく、古峯神社の庭園だが、紅葉にはまだ早いと思っていた。ところが予想以上に見事な紅葉を見ることができた。古峯園は関東一と名高い大芦川の清流を引き、広大な自然の地形を生かして造られた面積はおおよそ82,500㎡(25000坪)の廻遊式日本庭園であるが、いつ造られたかは分からなかった。それほど古いものではないように思う。だが、この庭園は思っていたより立派だった。

52.「汽車弁当」
明治18年宇都宮駅開業と同時にゴマ塩おにぎり2個を竹の皮に包み5銭で売り出したのが発祥と言われる。その宇都宮の「汽車弁当」がこの日の昼食だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/500秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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53.前日光の山々
栃木県西部、鹿沼市の北西部、足尾山地にある地域。ヤマトタケルノミコト (日本武尊)を祀り、古峰神社は五穀豊穰と防火の神として知られる。一帯は前日光県立自然公園に属する。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 67mm ISO160 ) 露出補正 なし
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54.大芦川の清流
大芦川の清流を眺めながら、古峯神社の参道を進む。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 13mm ISO640 ) 露出補正 なし
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55.古峯神社
鳥居をくぐって古峯神社の境内に入る。古峯神社は右側へ上がって行ったところにお社がある。紅葉が始まっていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 28mm ISO640 ) 露出補正 なし
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56.古峯園入り口
バスツアーの皆さんは神社への参拝は後回しにして、古峯園へと入っていく。古峯神社神苑「古峯園」、この庭園内には、裏千家の「又隠」(裏千家の代表的な茶室)を写した茶室「峯松庵」や、中京の名家神野家から茶席と待合が移築され、床柱と落掛には金閣寺の古材を使った茶室「翠滴」、水辺に錦鯉が群れ集う立礼席「静峯亭」など多くの数寄施設がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO800 ) 露出補正 なし
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57.大芦川に架かる橋
古峯園の門をくぐると、橋が掛かっていた。橋の途中から上流を眺める。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO800 ) 露出補正 なし
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58.古峯園への橋
古峯園の門をくぐって、橋を渡る。橋の上から古峯園入り口の門を振り返った。紅葉が良い。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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59.古峯園の池
橋を渡って庭園の中に入ると大きな池が広がる。池の向こうは紅葉が始まっていた。これは入り口から左側を眺めたところ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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60.峯の茶屋 -1
池の右側には、積み上げられた石垣の上に「峯の茶屋」という茶店がある。池の対岸から眺める紅葉は、まだ少し早いようだが、美しい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 48mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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61.御神木 御神木があった。周りの苔がまた良い。神木はヒノキで、近郊の林業に携わっている人たちからこの古峯神社は「良い種木が採れる」「木が真直ぐにすくすく育つ」とされ、「子宝」「子授け」の神社と崇敬されているとのこと。推定樹齢250年、樹高32m 太さ2.9m 。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 48mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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62.「峯の滝」 -1
造られた滝だろうがなかなか風情がある。張り出したモミジと、緑のコントラストも良い。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 48mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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63.池と紅葉
池を右回りに「峰の茶屋」に進む。そこから見る池の対岸。池の水面に色づいた樹々が映る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 11mm ISO640 ) 露出補正 なし
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64.池の周り
池の周りは歩いて一周できる。池を4分の1ほど回ったところから、紅葉を背に立礼席「静峯亭」が見えた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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65.「峯の茶屋」 -2
ここで季節ごとに風雅な表情と彩りを持つ庭園を見ながら、食事(軽食・懐石料理)、甘味などをお楽しむことができるという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 16mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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66.「峯の茶屋」からの眺め -1
「峯の茶屋は石垣の上にある。そこから峰の滝から池に流れ込む水を眺める。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 25mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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67.「峯の茶屋」からの眺め -2
「峯の茶屋」の石垣の上からは、自然の地形を生かして造られた、おおよそ82,500㎡(25000坪)の廻遊式日本庭園である古峯園のほぼ全景が眺められる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 15mm ISO800 ) 露出補正 なし
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68.ガラス戸に移る紅葉
「峯の茶屋」の座敷をのぞき込むと、そのガラス戸にモミジが映り込んだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/250秒 21mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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69.茶室
「翠滴」という茶室があった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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70.ウメモドキ
池の入り口から見た反対側は、木々の間を歩く道になっている。9月に舞岡公園で見たウメモドキはまだ葉が若かった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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71.幹に絡む紅葉
葉の形を見るとどうもツタではなさそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO2000 ) 露出補正 なし
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72.「峯の茶屋」 -3
振り返って「峯の茶屋」を眺める。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO2000 ) 露出補正 なし
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73.「峯の滝」 -2
「峯の滝」の近くまで下りることができる。熱心に写真を撮っている先客があった。カエデの色が鮮やかだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 39mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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74.色鮮やかなカエデ
「峯の滝」から落ちてきた水を背景にモミジの葉が輝いていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 65mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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75.「静峯亭」
池を4分の3周してきた。入ったときに池の左側に見えていた立礼席「静峯亭」のところへ来た。手を叩くと池の鯉が寄ってくる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 41mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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76.古峯神社と天狗
古峯神社の祭神の使者である天狗は災厄を除災するとして古くから信仰を集めており、別名「天狗の社」とも呼ばれ、境内では大小様々な天狗に逢うことが出来るそうだ。昨今、ご朱印集めが流行っているようで、今回のツアーの参加者の中でも行く先々でご朱印をいただいている方がいた。ここのご朱印は興味がある。天狗の社と呼ばれるだけあって、様々な天狗が描かれているが、手書きであるので同じものはないとのことだ。この絵のものが欲しいと言っても、書く人が違えば無理なのだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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77.古峯神社社殿
日光山を開いた勝道上人は、ここで修行を積み古峯の大神の御神意によって、日光開山の偉業を成しとげられたと伝えられる。 この縁起にもとづき、古峯神社を中心とする古峯ケ原は日光全山26院80坊の僧たちが、修行に励む霊地となり、明治の初めの神仏分離令で現在の古峯神社となった。社殿には江戸時代に奉納された鼻の高さがおよそ90cmもある大天狗の面が高下駄とともに掲げられている。 また、「天狗の宿」として知られる当社の参籠は、昔から全国に知れ亘り、翌朝黎明の一番祈祷を受けて下山する慣わしは創始以来執行され、当神社の一大特色だそうだ。厳粛に斎行されるこの一番祈祷を受けることにより、崇敬者はより一層の御神陵(みたまのふゆ)を賜るものとして深く信じられており、古来より今日に至る迄、変わることなく受け継がれているという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO640 ) 露出補正 なし
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78.古峯神社の鳥居と参道
あとさきになってしまったが古峯神社社殿でお参りをして、バスの待つ駐車場へ戻る。鳥居と参道を振り返る。14:30に帰路に着く。秋の日は暮れるのが早い。今日は降水確率80%という予報だったが、雨が降ることはなく、ラッキーだった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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2018年11月18日

日光東照宮と古峯神社・古峯園 バスツアー(2) 輪王寺大猷院 10月27日

東照宮で改修なった眩いばかりの「陽明門」や「三猿」を堪能した後、二荒山神社へ回って、輪王寺大猷院に向かったのは11時20分ごろだった。二荒山神社を神門から出て右側に、輪王寺大猷院の入り口がある。この時間になって、境内は霧が降りたような感じになったが、幸い雨は落ちてこなかった。
 今回の日帰りバスツアーのタイトルに「秋色に染まる日光東照宮・・・」とあったが、東照宮と二荒山神社では紅葉らしい紅葉は見られなかった。やっと、輪王寺の境内では色づいたモミジが見られた。
 輪王寺は東照宮、二荒山神社が神社なのに対しお寺なのだ。wikipediaによれば、輪王寺は、766年(天平神護2年)に下野国出身の奈良時代の僧、勝道上人により開創されたと伝えられている天台宗の門跡寺院である。明治初年の神仏分離令以後、東照宮、二荒山神社と併せて「二社一寺」と称されている。近世まではこれらを総称して「日光山」と呼ばれていた。現在、「日光山」は輪王寺の山号とされている。
 また、輪王寺は日光山中にある寺院群の総称でもあるのだ。表参道を上がってくると東照宮の手前に、輪王寺の境内があり、そこには現在修復中の三仏堂がある。少し余談になるが、東日本最大の木造建築ともいわれる「日光山 輪王寺・三仏堂」の約50年ぶりの修復工事(平成の大修理)が、平成19年から平成30年までの予定で行われている。約10年間という長期に渡っての大修繕である。三仏堂を覆う「素屋根」が完成し、地上26メートル、ビルの7階に位置する「天空回廊」が平成23年4月29日に設けられ、三仏堂の屋根頂上と同じ高さから修理現場を見学でき、さらに外に目を向ければ東西に広がる日光門前町の眺望が眺められる日光山の新名所となっていた。しかし、本堂(三仏堂)の修理完了へ向け、平成30年3月より素屋根の解体が開始され、「天空回廊」は3月31日をもって終了となった。残念。
 東照宮、二荒山神社のさらに奥の離れたところにある輪王寺大猷院は、徳川三代将軍「家光公」の廟所(墓所)である。

27.輪王寺大猷院 入口
二荒山神社の神門をでて下ってくると、右手に輪王寺大猷院の境内が見えた。実はここは、日光輪王寺本坊のすぐ近くなのだ。三仏堂のあたりから、輪王寺大猷院を含む広大な輪王寺境内を形成している。さらに中禅寺湖畔には、輪王寺の別院として中禅寺立木神社がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 21mm ISO400 ) 露出補正 なし
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28.常行堂
輪王寺大猷院のほうへ歩き出すと、すぐ左に常光堂があった。輪王寺のホームページによれば、常光堂は嘉祥元年(848年)に慈覚大師円仁によって、比叡山延暦寺の「にない堂」に模して建立された。純和様の宝形造で、隣の純唐様の法華堂との間に、歩廊を設け接続されている。この形式は大変珍しいもので、現在では比叡山延暦寺と、ここ輪王寺常行堂の二か所のみとなっているそうだ。常行堂の本尊阿弥陀如来の修理完成を記念して特別参拝が行われていた。

SONY C yber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/80秒 12mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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29.仁王門
常行堂の先の右側に、半分紅葉しているカエデがあった。その向こうに霧にかすんで仁王門が見える。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO320 ) 露出補正 なし
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30.仁王門石段
仁王門の石段を上がっていくとその向こうに紅葉した木々が見えた。仁王門は輪王寺大猷院の最初の門で、重要文化財に指定されている立派な門だ。その黒と赤の深みと金の輝きは偉容である。口を開いた「阿形」と、口を閉じた「吽形」の2体の仁王像「金剛力士像」が安置されている。「阿形」は密迹金剛、「吽形」那羅延金剛。「阿吽の呼吸」はここから来ていると言われている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 38mm ISO640 ) 露出補正 なし
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31.紅葉を撮る人
仁王門を入ると広場があった。右に御水舎があり、その左は二天門への石段がある。その間に色づいたカエデがあった。ここは東照宮と比べると、とても静かだ。輪王寺は寺なのだが、神社のように御水舎があるのは、明治時代前の神仏習合の名残である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 39mm ISO640 ) 露出補正 なし
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32.仁王門付近
仁王門の石段を上がって、二天門に続くところは広場になっている。そこに御水舎があるが、その傍の木々が紅葉を始めていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 23mm ISO320 ) 露出補正 なし
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33.二天門
そのカエデの紅葉を眺めながら二天文の石段に向かう。輪王寺大猷院のHPのよれば、二天門は世界遺産日光の境内で1番大きな門だそうだ。桁行5間(約10m)、梁間3間(約6m)ある。持国天(じこくてん)、広目天(こうもくてん)の二天を安置している事から二天門と呼ばれている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 13mm ISO800 ) 露出補正 なし
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34.二天門とカエデ
紅葉はまだ十分ではないが、紅葉した赤い葉と、これから紅葉する緑の葉が美しい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 31mm ISO800 ) 露出補正 なし
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35.二天門の像
門の正面左右には二天門の名の由来となる「二天」、四天王の内の「持国天」と「広目天」が安置されている。こちら側、すなわち正面の左側(東)を守護するのが「持国天」である。一方、右側(西)を守護するのが「広目天」だ。wikipediaによれば、四天王は、仏教の世界観における須弥山の中腹にある四天王天の四方に住んで、仏教を守護する四つの神(東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天)のことだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 13mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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36.二天門の扁額
二天門は重要文化財で、創建は1653年(承応2年)で2012年(平成24年)に再建されている。正面の扁額は、108代天皇「後水尾上皇(ごみずのおじょうこう)」による筆という。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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37.御水舎
二天門をくぐって、夜叉門へと続く石段の上は踊り場のようになっていて、ここから、御水舎と紅葉し始めたカエデを眺める。御水舎の屋根は四隅に各3本ずつ計12本の御影石の柱で支えられた構造をしていて東照宮の御水屋と同じ構造になっている。東照宮では御水屋と称され、ここ輪王寺大猷院では御水舎と呼ばれている。御水舎は 銅瓦葺切妻造り軒唐破風の建物で、天井には、狩野安信の龍の墨絵が描かれていて、その龍が水盤に映し出されることから、「龍鏡」、「水飲み龍」とも呼ばれていたそうだが、現在では墨が薄くなっているのではっきりとは映らなくなっている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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38.二天門からの眺め
二天門の上から 御水舎の左を見ると、大きな建物と広い庭が眺められた。ひっそりとしている。これは竜光院だろうか? 大猷院霊廟別当所竜光院とすると、これも重要文化財に指定されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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39.夜叉門への石段
石段は二天門から、夜叉門へと続く。写真は夜叉門から二天門を振り返ったところ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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40.拝殿 本殿
夜叉門をくぐると、拝殿、相の間、本殿が現れた。写真に見られる説明札には、「大猷院の中心となる建物で、国宝に指定されています。ここでは月に一度法要が行わら画ます。特に家光公の御命日にあたる4月20日の法要は大きなものです。手前から拝殿・相の間・本殿、と3っの部屋の並ぶ造りを権現づくりといいます。たくさんの金箔が使われていることから、別名を金閣殿と呼ばれています。」と記されていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO800 ) 露出補正 なし
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41.本殿
輪王寺大猷院のホームページによれば、拝殿に続く本殿の最奥部、「厨子(御宮殿/ごくうでん)」の中には、現在、宝物殿で初公開中の「家光公座像」と「御位牌」が、又その前後には、家光公の本地「釈迦如来」(非公開)が奉安されている。この建物を「廟(びょう)」といい、参り墓を意味し、一般の人たちの正式な参拝所となる。金、黒、赤の彩色をくまなく施された外観は、別名「金閣殿」の呼び名があるほど豪華で、江戸芸術の極みを示している。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 11mm ISO2000 ) 露出補正 なし
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42.皇嘉門
夜叉門から入って本殿の右側に皇嘉門がある。もちろん重要文化財だ。大猷院の最も奥に位置する家光公廟へは、この「皇嘉門」から入る。中国、明朝の建築様式を取り入れたその形から、一名「竜宮門」とも呼ばれてる美しい建物でである。門を潜るときに見上げると、天上には「天女の画像」が描かれており、これから先が家光公の霊を奉る聖域であることを象徴している。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
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43.石垣の苔
皇嘉門に続く本殿脇の石垣には苔がむしていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 10mm ISO500 ) 露出補正 なし
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44.夜叉門
この写真は拝殿、本殿側から見た夜叉門である。夜叉門には、4体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、烏摩勒伽(うまろきゃ)、犍陀羅(けんだら)」が、安置されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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45.唐門
夜叉門を潜り拝殿の前、大猷院の中心に位置するのがこの唐門だ。輪王寺のホームページによれば、その名のように唐破風を持つ、一間一戸の小規模な門だが、隅々まで繊細な彫刻と金、白を基調とした彩色が施されており、その意匠装飾は大変気品のある。柱や貫・梁には七宝・麻の葉などの細かい地模様が彫られ、扉には上に鳳凰、下に唐草、前後の破風の下には雄雌の双鶴と白竜などの彫刻で余すところ無く、美しく装飾されている。両側の袖塀の羽目には多くの鳩が彫られ、百間百態の群鳩とされている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO500 ) 露出補正 なし
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46.夜叉門正面
戻る際に撮った写真なので、前後してしまったが、夜叉門の内側の写真である。背後に拝殿、本殿がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO800 ) 露出補正 なし
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47.二天門から
紅葉のポイントはここしかないので、再びカメラを向ける。皆さん、この色づいたカエデの写真を撮っている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO640 ) 露出補正 なし
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48.灯篭の並ぶ道
さっき二天門の上から見た竜光院への道のようだ。並んだ灯篭がシャッターを押させた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO640 ) 露出補正 なし
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49.灯篭と落ち葉
石燈籠の傘には、苔が生え、落ち葉が降る。落ち葉が真っ赤に染まったカエデの花なら、申し分ないのだが。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 24mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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50.二荒山神社の鳥居
輪王寺大猷院の二天門から、常行院のところへ戻ってきた。二荒山神社の鳥居とその奥に神門が見える。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 42mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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51.西参道
そろそろバスの駐車場へ戻らなくてはならない。西参道を緩やかに下っていく。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 34mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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2018年11月15日

日光東照宮と古峯神社・古峯園 バスツアー(1) 東照宮 10月27日

日光東照宮の「陽明門」の修復が終わって見られるようになったと聞いていたので、是非、行きたいと思っていたところ、某旅行社より「秋色に染まる日光東照宮と古峯園・古峯神社 紅葉3景」という日帰りバスツアーの案内が届いた。さっそくインターネットで申し込んだ。
 天気予報は降水確率80%の10月27日、朝6時半に横浜駅東口に集合した。細かい雨が降っている。
 バスは東神奈川から首都高に入り、湾岸線の大井JCTを左へ、山手トンネルに入った。少々遠くなるのではないかと思ったがこのほうが早いのだろう。順調に池袋に抜けて、東北道に入った。
 途中、大谷PAで弁当が積み込まれ、宇都宮から日光道路を走り、東照宮表参道近くの日光カステラ本舗の駐車場に到着したのは、10時15分くらいだったと思う。表参道を歩いて、「五重塔」、「陽明門」や「三猿」などを見て、二荒山神社、そして家光の墓がある輪王寺大猷院を回って、バスに戻った。 日光を12時過ぎに出発したバスは鹿沼市古峰ヶ原(こぶがはら)にある古峯神社に向かう。バスの中で配られた駅弁を開く。到着した古峯神社・古峯園は紅葉も始まっていて、思っていた以上に見ごたえがあった。
 午後2時30分に古峯神社を出発、川口PAまで休まずに走り、首都高速が若干混んだものの、6時過ぎに横浜駅西口に帰着した。全行程で心配した雨に降られなかったのは幸いだった。
 まず、東照宮と二荒山神社のことから始める。それぞれの記事は、日光東照宮ホームページ、および「日光東照宮・ご朱印」というサイトを参考にさせていただいている。
 今回はあまりにも混んでいたので、2016年に修復された東回廊の坂下門にある国宝「眠り猫」は見なかった。

1.表参道を歩く
添乗員さんに案内されて歩く。バスの駐車場から東照宮への表参道へ通じる車も通る細い道は、小学校の生徒たちもいて、人が溢れていた。写真は表参道で「石鳥居」が見えるところ。日光東照宮のホームページによれば、この「石鳥居」は東照宮鎮座翌年の元和4年(1618)、九州筑前(福岡県)藩主黒田長政によって奉納された。石材は、まず九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路人力でこの日光まで運ばれたそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO320 ) 露出補正 なし
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2.「表門」
「石鳥居」の先に「表門」が見えた。 東照宮最初の門で、左右に仁王像が安置されているところから「仁王門」とも呼ばれている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 13mm ISO160 ) 露出補正 なし
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3.「五重塔」
「石鳥居」をくぐって、「表門」に上がる石段の手前左側に「五重塔」があった。前回は12年前に来ているが、その時に見た「五重塔」はくすんでいたように思う。「五重塔」は慶安3年(1650)若狭の国(福井県)小浜藩主酒井忠勝公によって奉納された。文化12年火災にあったが、その後文政元年(1818)に同藩主酒井忠進公によって再建された。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 13mm ISO160 ) 露出補正 なし
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4.外国からの観光客
多分ツアーで来ているのだと思うが、外国人観光客のグループが「五重塔」の前で、ツアコンさんが[表門」で拝観受付をしているのを待っていた。さすがに外国人観光客が多い。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO640 ) 露出補正 なし
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5.「神厩舎」
「表門」をくぐって左側に見ざる、言わざる、聞かざるで有名な「三猿」の彫刻が掲げられている「神厩舎」があった。 「神厩舎」は、ご神馬をつなぐ厩(うまや)である。昔から猿が馬を守るとされているところから、長押上には猿の彫刻が8面あり、人間の一生が風刺されているという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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6.「神厩舎 」北側
猿の彫刻は全部で8面あるが、この北側に5面と、建物を右側に回り込んだ西側に3面ある。これら「神厩舎」の長押上にある8面の猿の彫刻は、人間の一生が風刺されているという。 向かって左から、第1面は母と子のくつろぎで母と子の絆の強さを表現している。第2面が有名な三猿で、親もとを離れる前に、世間の悪いことを見たり、聞いたりせず、また、人を傷付けるようなことを言ってはいけないと、兄弟三猿に対して親が戒めているとする見方と、自分に都合の悪いことがあれば、見ざる、聞かざる、言わざるで世の中を切り抜けよという処世術の教育であるともいわれるそうだ。第3面が親元を離れた猿、第4面は仲間と青雲の志を持つ。第5面は新たな展開を表し、第6面は恋愛中の猿。第7面は新婚の猿で、第8面は妊娠した猿の幸せそうな表情を表すそうだ。そして、子供が生まれると第1面に戻る。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 13mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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7.「神厩舎」 「三猿」
第2面の有名な三猿の彫刻である。作者は不明だそうだ。12年前に見たときと比べると、修復され、鮮やかな色彩を放っていた。撮影条件は違うが上の写真は2006年に撮った。国重要文化財「神厩舎」の全8面にわたって取り付けられている「三猿」は、これまでも約10年ごとに修復作業を繰り返してきたが、8面すべてを塗り替えるのは65年ぶりという。屋外に面した彫刻は外気にさらされ傷みやすく、下地があらわになっていく。そのため、彫刻部を建物から取り外し、一度現状の色をすべて落としてから塗り直す方法がとられた。今回の修復も半世紀前に残された見取り図を見ながら、彫りの形に合わせ、猿の毛色や表情をゼロから描き上げたという。ゼロから描き直す以上、筆の先の太さ、筆のタッチなどが最終的に個人の力量や個性になるのは事実であり、以前のものと比べ、違和感を感じるのも当然だと言われる。それぞれの寺社によって修復へのスタンスは異なり、塗り直しはせず、劣化防止に力を入れるケースもあるが、日光東照宮は、江戸時代の造営以来、常に時代に合わせて修復を続けてきた。

上:Nikon D100 NIKKOR f3.5-4.5 28-105mm macro
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/60秒 66mm ISO400 ) 露出補正 なし 2006年11月9日 撮影
下:SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 39mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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8.「陽明門」で記念写真
小学校の生徒たちが「陽明門」を背景にして記念写真を撮っていた。それにしても凄い数の観光客である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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9.輝く「陽明門」
日光東照宮では平成の大修理の第一期の3次工事が行われている。この国宝の「陽明門」の修復工事は、総工費に10億円かかると言われ、2013年から6年間の計画で開始された。当初は先行きが見通せない状況だったが、2017年(平成29年)3月、無事に工事が終了したそうだ。装飾廻りの根本的な更新修理が行われ、外部廻りの漆塗・彩色・錺金具の更新を主に、一部内部塗装の繕いのほか、屋根・足元・縁廻り等の消耗的箇所についても調査を行い、必要があれば部分的な木部解体修理が併せて実施されたという。そして、2017年3月10日、世界遺産・日光東照宮の国宝「陽明門」が約40年ぶりの大修理を終え、色彩鮮やかによみがえった至宝が一般公開されたのだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 32mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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10.「陽明門」の扁額
日本を代表する最も美しい門で、宮中正門の名をいただいたと伝えられている。いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門」ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻がほどこされている。扁額には「東照大権現」とあった。1616年(元和2)家康が駿府で没すると,遺言に基づきいったん駿河久能山に葬り,翌年ここ日光山に遷葬、朝廷から「東照大権現」の神号が授けられた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 46mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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11.「陽明門」の彫刻 -1
「陽明門」は、高さは11.1mの2層造りで、正面の長さは7m、奥行きが4.4mある。そこに施されている彫刻はそれぞれ見ごたえがある。これは「御宮並脇堂社結構書」という日光東照宮に関して記された書物に出てくる架空の動物(霊獣)のようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 94mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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12.「陽明門」の彫刻 -2
「陽明門」には、一切の空間を埋め尽くすかのように施された、おびただしい数の彫刻がある。この数は正確には知られていなかったが、 改めて数えて見た結果、独立した彫刻が508体あったという。そのうち 156体 が人物の彫刻だそうだ。これらの彫刻は、狩野探幽の作品に数多く登場することから、陽明門のデザインに関しての総指揮は、狩野探幽が単独で一任されていたのではないかと言われている。「陽明門」の上層の高欄(手すり)には「唐子の知恵遊び」と呼ばれる子供が彫られている。 子供の彫刻の少し下にある「出組(組物)」の下にも多数の人物の彫刻が存在する。写真にあるような、これらの人物の彫刻は、かつて中国の歴史上に存在した22人の著名人と伝えられ、戦乱の多かった中国を安寧(平和)に導いた人物とされている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 51mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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13.「陽明門」の随身 右大臣
写真は「陽明門」の向かって左側の随身像である。随身とは、平安時代の武装した格好の人形のことを言い、通常は左大臣、右大臣(矢大臣)と呼称される。随身像は、寺の仁王像と同じ役割りを持っており、神に仕えて神を守護する者と言うことになる。こちらが右大臣である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/320秒 55mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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14.「陽明門」の随身 左大臣
こちらは左大臣。「陽明門」の出入りは右側通行になっていて、人込みで右大臣と左大臣を一緒に撮れなかったので、「陽明門」を退出した時に撮った。随身は等身大で、かつ写実的であるため、江戸時代には「生る人に違はず」と言われた傑作だそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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15.狛犬
随身像の後ろ側には狛犬があり、ピカピカに輝いていた。日光東照宮のホームページによれば、この狛犬は滋賀県の大宝神社が所蔵する国宝(現在は重文)の狛犬を模して、大正5年に製作したものだそうだ。狛犬は一般的に唐獅子と狛犬(角がある)の一対を総称した呼び名だが、「陽明門」の一対にはどちらにも狛犬の特徴である角が付いていないので、両方唐獅子という珍しいものだという。写真は右の狛犬(吽形)である。そして、欄間には鳳凰、牡丹、桐の花の透かし彫りがある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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16.「唐門」
国宝である。全体が胡粉で白く塗られ、「許由と巣父(きょゆうとそうほ)」や「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」といった細かい彫刻がほどこされている。創建は1617年(元和3年/江戸時代前期)で、1636年(寛永13年/江戸時代前期)に再建された。この「唐門」は「本殿」を守護する真正面の門であり、四辺に「唐破風(からはふ)造りの屋根」が備え付けられていることから「四方唐破風造(しほうからはふつくり)」と呼称されている。「唐門」の大きな特徴として、左右にひときわ目を惹き付ける昇龍と降龍の彫刻がある。龍は屋根上の左右両端にも備え付けられており、屋根上の龍はヒレが切られた龍になっている。さらにその両端の龍の間の破風の頂には「恙(つつが)」と呼称される唐獅子が備え付けられている。この「唐門」に施されている彫刻の数はなんと611(うち人物が64人)もあり、この数は「陽明門」を上回る数である。

上:SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO1250 ) 露出補正 なし
下:SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 15mm ISO1640 ) 露出補正 なし
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17.「神輿舎」
重要文化財である。1636年(元和3年/江戸時代前期)に創建された。「神興舎」は「しんよしゃ」と読む。殿舎の四辺の一辺の長さは約6mあり、この中に「春秋渡御祭」(5月18日、10月17日)に使われる、3基の神輿が納められている。神輿が3基あるのには本殿で家康公と相殿として祭祀されている御祭神の豊臣秀吉公と源頼朝公(卿)の御霊を乗せる神輿であるからだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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18.家康公の神輿
中央に主祭神である家康公の神輿があった。干支の虎と竹が彫られている。蝶の飾りもあった。寛永13年に制作された初代の神輿は重さが1トン以上もあったそうだが、現在の二代目は昭和40年代に制作されたもので800㎏だそうだ。徳川家康を静岡の久能山から日光に改葬した際の行列を再現する「春秋渡御祭」では、10月17日に開催される秋の「神輿渡御祭」は、春より規模を縮小して開催されるが、それでも約800人の鎧武者や騎馬、鉄砲持ち、稚児などの行列は絢爛豪華な歴史絵巻を再現しており目を見張るものがあるという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/160秒 23mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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19.「鼓楼」と「本地堂(鳴竜)」
「陽明門」の石段の上から「鼓楼」と「本地堂」を見る。 日光東照宮の「鼓楼」と「鐘楼」は一対で設置されている。一対で設置される場合、基本的にはその構造、大きさなどあまり変わりないようにつくられる。だが細部が微妙に違うようだ。「陽明門」から見て右側にこの写真で見られる「鼓楼」があり、左側に「鐘楼」がある。「鐘楼」、「鼓楼」は1635年(寛永12年)に建てられた。かつては実際に使っていたそうで、日光東照宮の祭礼は「鼓楼」の太鼓の音に始まり、 「鐘楼」 の鐘の音で終わったということだそうだ。そして、「鼓楼」の後方にあるのが「本地堂」だ。東照宮境内最大の建物で、創建は1636年(寛永13年/江戸前期)、1961年(昭和36年)に再建された。34枚の檜の板に描かれた6mX15mの「鳴竜」の天井画が有名で家康公を薬師如来の化身としたことから 「薬師堂」とも呼ばれ、「薬師瑠璃光如来像」が祀られている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO800 ) 露出補正 なし
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20.二荒山神社への道
東照宮から上新道(うわしんみち)を二荒山神社へと歩く。あんなに混雑した「陽明門」だったのに、ここは人が少なかった。wikipediaによれば、二荒山神社では、古名を二荒山という男体山、女峰山、太郎山からなる「日光三山」それぞれに祭神をあてて祀っている。三山のほか日光連山を境内地とし、面積は3,400haにも及び、その神域には華厳滝やいろは坂も含まれる。二荒山神社は古来より修験道の霊場として崇敬された。江戸時代になり幕府によって日光東照宮等が造営されると二荒山神社も重要視され、現在の世界遺産・重要文化財指定の主な社殿が造営された。また、国宝指定の刀剣2口や多数の刀剣等の重要文化財を現在に伝えているほか、境内は国の史跡「日光山内」に包括されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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21.上新道と「楼門」
上新道は日光東照宮の入口となる「石鳥居」と「表門」の広場から、二荒山神社の入口となる「楼門」へ続く。その距離は約200mほどあり、徒歩で4、5分ほどかかった。前の写真で見るように、上新道の側面には、植生する杉の木と37基の燈籠がが整然と立ち並んでいる。この燈籠は1966年(昭和41年)に執り行われた「日光東照宮350年記念祭」を記念して奉納されたものだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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22.シロヤシオの紅葉
「楼門」を入ると鳥居があって、その左側に社務所があった。結婚式場にもなっているらしい。社務所の門の右手に見事に紅葉している1本の樹があった。この樹は「シロヤシオ(白八汐)」といい、太平洋側の山地に生息するツツジ科ツツジ属の落葉樹という説明書が掛けられていた。5-6月に咲く花は白く大柄だそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO800 ) 露出補正 なし
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23.二荒山神社拝殿 -1
国の重要文化財である。霊場としての日光の始まりは、下野国の僧・勝道上人(735年-817年)が北部山岳地に修行場を求め、大谷川北岸に天平神護2年(766年)に紫雲立寺(現在の四本龍寺の前身)を建てたことに始まるとされる。そして二荒山神社の創建は、上人が神護景雲元年(767年)二荒山(男体山)の神を祭る祠を建てたことに始まるとされる。「拝殿」の創建年は不明とされているが、1645年(正保2年/江戸時代前期)に再建されているようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO800 ) 露出補正 なし
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24.二荒山神社拝殿 -2
この「拝殿」の奥に「本殿」がある。「拝殿」と「本殿」の間には切妻造りの小屋のような建造物「渡殿」が設けられおり、渡廊の役割を担い、「本殿」と「拝殿」を連絡している。「本殿」は左右に妻側が向けられた入母屋造りで、正面の屋根には三角の千鳥破風、その軒下には緩やかな曲線の唐破風が据えられており、複雑さがありながら、実に完美とも言える造りになっているという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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25.「良い縁狛犬」と「足尾の大国様」
「拝殿」を下がって、「神門」へと向かう右側に「神楽殿」が見えた。「神楽殿」の中には大きく金色をした「足尾の大国様」が祀られていた。この大国様は「昔、勝道上人が二荒山中宮祠において修行中、毎年稲穂をくわえて白ねずみが現れたそうです。そこで白ねずみがどこからくるのか確かめようと、白ねずみの足の紐(緒)を結わえて放ったところ、現在の足尾の村落に至り、渡良瀬川の洞窟に入ったそうです。それ以来この村落を「足緒」と呼ぶようになったと言われております。そして、白ねずみが入った洞穴を修行の場に選び大国様とネズミを祀ったと伝えられております。」と説明されていた。手前は「良い縁の狛犬」。そこには「狛犬は、獅子や犬に似た想像状の生き物とされています。起源は、古代エジプト・メソポタミアでの神殿を守るライオン像とされています。中国を経て飛鳥時代に日本に伝わった当初は、獅子であり、左右の姿に差異はなく、開口した姿であったと言われています。平安時代になって、それぞれ異なる外見を持つ、獅子と狛犬の阿吽の開口閉口の像が対で置かれるようになりました。現在では、両者を合わせて狛犬と呼ぶようになっております。この狛犬は、飛鳥時代当初の獅子の形をインド黒大理石に彫ったもので、台座は日本三大銘石と言われる茨城県産の青糖目石です。左右の「良」「縁」の文字枠は八稜鏡を象ったものです。全国神社でも他にない、大変珍しい狛犬です。栃木県さくら市在住の飯沼休吾氏より、世界文化遺産登録十五周年を記念して、平成二十七年十二月に奉納されました。」と書かれていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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26.「神門」
「神門」から出る。二荒山神社には「楼門」と「神門」があり、私たちは二荒山神社に入るときは東照宮からの上新道という参道を歩いて「楼門」から入った。「楼門」と「神門」はともに新しい門で、勝道上人の男体山登頂1200年を記念して作られたものなので、歴史的建造物ではないとのことだ。 「神門」を出て右へ。次に「輪王寺大猷院」向かった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO640 ) 露出補正 なし
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2018年11月13日

イチモンジセセリとチャバネセセリ 明神台公園 10月7日

台風25号が日本列島の北側を通り抜け、南から暖かい風が吹き込んで、この日は真夏のような暑さとなった。10日前に保土ヶ谷公園と明神台公園に来たが、その時は、ハギ、キバナコスモス、ブッドレアの花にツマグロヒョウモン、ヒメアカタテハ、アゲハ、アオスジアゲハなどが舞い、夢中でシャッターを押した。
 そして、もう一度と思い、この日行ってみたが、ハギの花はほとんど落ちてしまい、9月30日から10月1日にかけて吹き荒れた台風24号の強風で、キバナコスモスは、ご近所の方が刈り込まれていて、わずかしか残っていなかった。チョウも少なく、あんなにきれいな個体が多かったアゲハも破損した個体になってしまっていた。
 チョウは訪れないだろうと思っていた大きなフヨウの花に、イチモンジセセリとチャバネセセリが来ていた。

181007_001.jpg 1.イチモンジセセリ -1
残っていたキバナコスモスではイチモンジセセリが吸蜜している。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO500 ) 露出補正 なし
181007_002.jpg 2.チャバネセセリ
こちらはチャバネセセリだ。しっかり見ないとイチモンジセセリと区別ができない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO320 ) 露出補正 なし
181007_003.jpg 3.イチモンジセセリ -2
大きなフヨウの花にイチモンジセセリが来た。フヨウの花でチョウが吸蜜するのを見たことがなかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1000秒 220mm ISO100 ) 露出補正 なし
181007_004.jpg 4.イチモンジセセリ -3
フヨウ(芙蓉)はアオイ科フヨウ属の落葉低木である。8月にベトナムでハイビスカスに来たキシタアゲハを撮ったが、ハイビスカスもアオイ科フヨウ属だ。フヨウにチョウが来ても不思議はない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1000秒 136mm ISO100 ) 露出補正 なし
181007_005.jpg 5.チャバネセセリとイチモンジセセリ
左側がチャバネセセリで右側がイチモンジセセリだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 9mm ISO100 ) 露出補正 なし
181007_006.jpg 6.イチモンジセセリ -4
大きなフヨウの花に潜り込んで蜜を吸うイチモンジセセリ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
181007_007.jpg 7.ツマグロヒョウモン♂
ツマグロヒョウモンの好きなキバナコスモスは、台風24号で倒されて、すっかり少なくなってしまっていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 9mm ISO100 ) 露出補正 なし
181007_008.jpg 8.ツバメシジミ
わずかに残っているハギの花にはツバメシジミがいた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 220mm ISO100 ) 露出補正 なし
181007_009.jpg 9.イチモンジセセリ -5
左側に杉山神社の鳥居が見える。早めの七五三のお祝いで、晴れ着を着た女の子が、両親に連れられてお参りにきていた。もう少し、クリアに撮りたかったのだが。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 11mm ISO100 ) 露出補正 なし
181007_010.jpg 10.イチモンジセセリ -6
普段はイチモンジセセリを撮ることは少ないが、この日は他にチョウが少なかった。フヨウの蕾に止まってこちらを見ている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 220mm ISO100 ) 露出補正 なし