江ノ電に乗って 12月3日 ①光則寺と高徳院 鎌倉大仏
鎌倉に紅葉を見に行こうと思っていた。今年は円覚寺、東慶寺、明月院ではなく、長谷のほうへ行ってみようと思う。 インターネットで鎌倉市観光協会の紅葉情報をみると、紅葉はそろそろ見ごろになってきているようだ。ただ、今年は台風15号、19号の影響で葉が落ちたり、傷んだりしているという。 横浜から横須賀線に乗って、鎌倉へ出る。途中、北鎌倉の駅を出たところで、車内から円覚寺の紅葉が眺められた。山門へ上がる石段のもみじがきれいだ。 鎌倉からは江ノ電に乗る。先頭車両の一番前に並んで、折り返しの電車が入ってくるのを待って乗り込む。一番前の前向きの席に座った。 鎌倉から3駅目の長谷で下車した。時刻は午前9時半。まだ観光客は少ない。この日、長谷では光則寺、高徳院の鎌倉大仏長谷寺甘縄神明神社、御霊神社へ行く予定にしている。まず向かったのは初めて行く光則寺。紅葉は見るべきところはなかったが、梅に始まる春はカイドウも咲き、良いところのようだ。次に高徳院へ向かった。
1.古都を走る江ノ電 鎌倉を発車した江ノ電が、次の駅である和田塚を出てすぐの線路際に、「無心庵」という古都を思わせる店構えの甘味処が見えた。
Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/1250秒 19mm ISO3200 ) 露出補正 なし | |
2.由比ヶ浜駅 江ノ電は2番目の駅、由比ヶ浜に入る。左側が由比ヶ浜海岸だ。
Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f7.1 1/1250秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし | |
3.光則寺門前 長谷駅で江ノ電を下車し、県道32号線を大仏に向かって歩き始める。長谷観音前という交差点があり、そこを左に行くとに長谷寺である。長谷寺は後にして、まず光則寺に向かう。長谷観音前の信号の先を左に入る。瀟洒な住宅が建ち並ぶ道を進むと光則寺の門前だった。門前には幼稚園があり、子供を送ったお母さんが自転車で走り去る。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 70mm ISO360 ) 露出補正 なし | |
4.光則寺山門 光則寺は日蓮宗の寺院で山号を行時山という。 wikipediaによれば、「日蓮の佐渡配流に際して鎌倉幕府5代執権北条時頼は、弟子の日朗も捕らえて家臣の宿屋光則邸の土牢に監禁した。しかし、監視役の光則は日朗と日蓮を私淑するようになり、1274年(文永11年)には日蓮を放免した後の自邸を寺に改め、日朗を開山に迎えに創建した」とあった。道の先には石段があり、山門があった。山門は朱塗りで、桁行1間(約3m)、梁間2軒の四脚門で、江戸初期(17世紀中期)のものとのことだ。特徴として、内法貫(うちのりぬき: 鴨居の上部に通っている貫のこと)の中間に、龍の透彫りがある大きな蟇股がある。あとで、新しくなっているが以前にあったものと同じような雰囲気をもつ見事なものと知った。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 44mm ISO800 ) 露出補正 なし | |
5.オオモミジ 山門を入ってすぐ右手に真っ赤に紅葉した大きな葉を付けるカエデがった。木に「オオモミジ」の札がかけられている。葉は少し傷み始めていた。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 44mm ISO640 ) 露出補正 なし | |
6.山門を振り返る 本堂の前まで来て、山門の方を振り返ってみた。境内は広くはないが落ち着いた雰囲気だ。植栽の手入れをされている人がいたが、私たち以外に参拝者はいない。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO140 ) 露出補正 なし | |
7.ミツマタ 本堂の手前にミツマタの木があった。たくさんの蕾を付けている。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 105mm ISO1100 ) 露出補正 なし | |
8.本堂 本堂への参道の前には日蓮聖人の真筆に基づく「立正安国論 御勧由来」を彫った石碑が立っていた。本堂は、慶安3年(1650年)、江戸時代初期のものだが、寛政12年(1799年)と関東大震災の修理などを経ているものの、比較的新しく見える。桁行5間、梁間5間で、正面と両側に縁がめぐらされている。外側は、角材を使い、縁長押と内法長押( 鴨居の上にあるなげし ) がめぐらされている。扁額は「師孝第一」となっていたが、写真では隠れてしまった。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO560 ) 露出補正 なし | |
9.池 本堂に向かって右手前には樹齢おおよそ150年の海棠(カイドウ)があり、開花の時期(4月~5月)には大勢の人が訪れるという。その季節にまた訪れてみたい。本堂に向かって左手には池があり、季節の花や木々を楽しむことが出来るというが、今回は何もなく淋しかった。池の手前には宮沢賢治の碑があったが、これは宮沢賢治が日蓮宗に深く帰依し、活動したことから建てられたという。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.8 1/500秒 34mm ISO2500 ) 露出補正 なし | |
10.土の牢 先にふれたが、日蓮上人が佐渡へ流された時、高弟・日朗が捕らえられて鎌倉幕府第5代執権 北条時頼の重臣・宿屋左衛門尉光則の邸内の土牢に監禁された。その土牢が残っている。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO1250 ) 露出補正 なし | |
11.ハツカリ 今の季節は花は少ないが、境内に白い椿のような花が咲いていた。枝に名札があって、ハツカリ(初雁)、またはショウワワビスケ(昭和侘助)と書かれていた。ツバキ科である。花は11月~3月に咲くそうだ。日本原産の植物なので耐暑性、耐寒性ともに高いという。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 105mm ISO400 ) 露出補正 なし | |
12.高徳院(鎌倉大仏) 仁王門光則寺を退出し、長谷寺は後で行くことにして、県道32号へ出て左に行く。少し歩くと道は右へ緩やかの曲がり、高徳院の仁王門が見えてきた。高徳院 は大異山高徳院清浄泉寺といい、法然上人(1133年 ~ 1212 年)を開祖とする浄土宗の寺院である。大仏は高徳院の本尊(阿弥陀如来)である。かって大仏殿があったが、何度も台風や震災に遭い倒壊していて、再建されていない。2004年(平成16年)2月27日、境内一帯が「鎌倉大仏殿跡」の名称で国の史跡に指定された。この仁王門は、18世紀初めに他所から移されてきたものと考えられ、安置されている仁王像も同時期のもの考えられているそうだ。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO450 ) 露出補正 なし | |
13.大仏 -1 仁王門をくぐって、左側にある受付で参拝券を求め、石畳の参道を歩く。左手に熟したようなカエデの紅葉があった。鎌倉市観光協会の紅葉情報によれば、高徳院は「葉に傷みあり。イチョウは台風被害で葉が3/4程度落ちている。」となっていた。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f5 1/640秒 38mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
14.大仏 -2 高徳院に本堂はない。「鎌倉大仏」「長谷の大仏」また、「露坐の大仏」として名高い高徳院の本尊は、国宝銅造阿弥陀如来坐像だ。像高約11.3m、重量約121tトンのこの仏像は、規模こそ奈良東大寺の大仏(盧舎那仏) に及ばぬものの、ほぼ造立当初の像容を保ち、我が国の仏教芸術史上ひときわ重要な価値を有しているという。wikpediaによれば、高徳院 は、初期は真言宗で、鎌倉・極楽寺開山の忍性など密教系の僧が住持となっていた。のち臨済宗に属し建長寺の末寺となったが、江戸時代の正徳年間(1711年 - 1716年)に江戸・増上寺の祐天上人による再興以降は浄土宗に属し、材木座の光明寺(浄土宗関東総本山)の末寺となっている。「高徳院」の院号を称するようになるのは浄土宗に転じてからである。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/640秒 28mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
15.大仏のお顔 右側から 大仏の建造時期であるが、「吾妻鏡」には、建長4年(1252年)から「深沢里」にて金銅八丈の釈迦如来像の造立が開始されたとの記事もある。「釈迦如来」は「阿弥陀如来」の誤記と解釈し、この1252年から造立の開始された大仏が、現存する鎌倉大仏であるとするのが定説であるそうだ。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/640秒 85mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
16.大仏の背中 大仏の後ろに回ってみた。大仏像の脇に胎内への入り口があり、中に入ることが出来る。大仏の背中から自然光が取り入れられている。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
17.大仏のお顔 左側から 鎌倉大仏の眼に瞳があるのかどうか、俯き加減の眼を見上げてみたがよくわからない。インタネットで検索してみたが、わからなかった。奈良東大寺の大仏の眼には瞳があったように思う。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f6.3 1/640秒 78mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
18.大仏 -3 鎌倉大仏の高さは11.31m、重さ121トン。因みに奈良の大仏は高さ14.98m、重さ350トンだそうだ。また造られたのは、鎌倉大仏が1252年(建武4年)、奈良の大仏は742年(天平14年)と古い。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f6.3 1/500秒 35mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
19.大仏 -4 鎌倉大仏は阿弥陀如来で、印相(いんそう:手の組み方)は九品(くほん)で最も格式高い上品上生印(じょうぼんじょうしょういん)を組んでいるという。または定印(じょういん)とも言い、阿弥陀如来の一般的な印相だそうだ。この大仏の大きさなので、印相がとても目立つ。まねして写真を撮ってみたくなる。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f6.3 1/500秒 35mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
20.門と紅葉 ここのカエデはオレンジ色に紅葉していた。近づいてみるとやはりは葉は傷んでいるところがあるが、離れて撮ると隠せる。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f4.2 1/500秒 56mm ISO180 ) 露出補正 なし | |
21.大仏 -5 時刻は10時を回った。だんだん外国人観光客の方々が多くなってきた。もう一度大仏を振り返って退出し、長谷寺に向かう。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/500秒 55mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
22.華正樓 長谷観音前に戻る道筋に、横浜中華街に本店がある華正樓の「長谷華正樓」がある。写真の右奥に立派な本館が見えるが、メニューを見ると、ランチで¥3.3K~¥7.7K、ディナーコースは、¥5,5k~¥22Kになっていた。この売店で肉まんを買って食べ歩きもできるようだが、それもお行儀が悪い。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/500秒 34mm ISO100 ) 露出補正 なし | |
23.對僊閣(たいせんかく) 長谷観音前を右に曲がって長谷寺の参道を行くと左側に「對僊閣」という古い木造の建物があった。説明板を見ると、「對僊閣」は明治末期からこの場所で旅館業を営んいる。4っの欄間窓、高欄、組子が密な格子窓を持った華やかな北側のファサードは、創建当初の姿をよく留めている。鎌倉における戦前の和風旅館として歴史的にも貴重な建物である。平成12年に鎌倉市景観重要建築物に指定されている。と記されていた。
Nikon D750 Nikon 28-105mm f3.5-f4.5 プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO280 ) 露出補正 なし |
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