2007年12月30日
▽ <読書日記「きみのためのバラ」(池澤夏樹著、新潮社)>
ある人の勧めで、最近、図書館通いがくせになった。
このブログを始めたこともあって、とくに日曜日は図書館で新聞各紙の読書欄をチェックすることにしている。
2週間ほど前の毎日新聞で「今年の3冊」という特集をしていたが、30人近い識者のうち3人が推薦していたのが、この本。
さっそく、借り入れを申し込んだら、市内の2つの分室にあるという。予約を入れ、数日後に手元に届いた。
以前に読んだ同じ著者の「静かな大地」(朝日新聞社)は、北海道開拓とアイヌ問題を真正面から取り上げた重いテーマだったが、著者12年ぶりの短編集というこの本は、だいぶ趣向が違う。
真っ白い表紙に青いバラを描いた装丁もしゃれている。推薦者の一人、髙樹のぶ子は「ヨーロッパテーストのおしゃれな短編集」と評し、同じく養老孟司は「ときに品のある小説を読みたいと思っていたら、たまたま読んでしまった。・・・」と書く。
例えば、最初の「都市生活」は、こんな風。
ある都市で、飛行機に乗り遅れ、最終便の空席待ちもはずれて最悪の日となった男が、入ったレストランでうまい牡蠣に出会い、満足して白ワインを飲む。
同じく、最悪の体験をした後、一人で食事をしていた近くの席の美女が、最後のデザートのすばらしさにふっと笑う。
それをきっかけに、ちょっとした会話がはずみ「あなたの牡蠣の食べ方も、すごくおいしそうに見えたわよ」。そう言って、彼女は大股に店を出ていく・・・。
「レギャンの花嫁」は、バリ島での悲しい恋物語。「レシタションのはじまり」は、ブラジルの奥地に住むある種族がとなえる呪文が世界に広がって争いがなくなり、世界中の軍隊と警察が解散してしまう、という現代のお伽噺。
このほか、舞台はヘルシンキ、カナダ、沖縄、パリ、メキシコと広がる。自然なリズム感のある文章が、心地よい。
「スタンダールは墓碑銘に“生きた、書いた、愛した”と刻んだが、ぼくならそれに“読んだ、旅した”が加わる」(「池澤夏樹の旅地図」、世界文化社)と書く、著者の面目躍如とした小説だ。
ついでに積読してあった同じ著者の「カイマナヒラの家」(発行・ホーム社、発売・集英社)も読んだ。
ハワイ・ワイキキ浜の近くにある豪邸の管理をまかされた若者たちが、サーフインや恋を楽しみ、ハワイイ(「この島々を呼ぶ本来の言葉は、ハワイイだ」と、著者は言う)の風土に触れていくファンタジー。サーファー兼カメラマン・芝田満之の幻想的な写真もたくさんついている。
最 後のページの写真に「この物語の登場人物はすべて架空であり作者の想像の産物であるが、家は実在した」と書いてある。
しかし、文中にレラ・サンという女性サーファーの死を悼む話しが出てくるが、同じ著者の「ハワイイ紀行」(新潮社)という本には、このレラ・サンが写真付きで登場している。
旅する作家、池澤夏樹という小説家の体験が、「カイマナヒラの家」というファンタジーを生んだということだろう。
さきにふれた「池澤夏樹の旅地図」という本のなかに、こんな記述がでてくる。
「読むことと旅をするということは実は原理的に似ている。・・・だから現実の旅のなかで本を読むのは・・・メイン・ディッシュの途中でデザートを食べるような、どこか重複して違いを邪魔し合う結果になる・・・」。
なるほど。旅行に本を持っていっても、ほとんど読めないのはそのせいかと、なんとなく納得した。
池澤 夏樹
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待望の、というのは本当ですね
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