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2008年5月29日

▽ <読書日記「キャベツにだって花が咲く」(稲垣栄洋著、光文社新書)>


 今はちょっと中断しているが、阪神大震災後の10年近く、兵庫県の旧丹南町(現・篠山市)や神戸市・道場の貸し農園で、野菜作りに熱中していた。

 けっこう広い畑を借りていたので、冬にはダイコン、ハクサイ、キャベツ、ミズナなどがどっと採れる。近所などに配りまくった残りを自宅のプランターに植えこんでおいたら、春になって、いっせいに"菜の花"が咲き、びっくりさせられたことがある。

 そんなことを思い出し、この本の新聞広告を見た直後に、芦屋市立図書館に新規購入申請、このほど借りることができた。

 まず第1章の「野菜に咲く花、どんな花?」が新鮮だ。

 ハクサイ、キャベツ、ミズナは同じアブラナ科の野菜なので、菜の花によく似た黄色く、花びらが4枚の花を咲かせる。ダイコンは同じアブラナ科だが、色は白や薄い紫だという。

 独立法人農業・食品産業技術総合研究機構「野菜茶業研究所」のホームページの「各種情報」というコーナーをクリックすると「野菜の花の写真」というページに行き当たる。すばらしいカラー写真が掲載されており、この記述を検証できる。

 キャベツによく似たレタス(独立行政法人農畜産業振興機構のホームページから)はキク科なので、小さなタンポポのような花が咲き、ユリとは似ても似つかないアスパラガス(同ホームページ)の花が内側に3枚、外側に3枚の花びらを持つユリと同じ構造をしている、というのもびっくりだ。

 フランス国王ルイ16世の王妃、マリー・アントネットが、こよなく愛したには、バラやユリではなく、ジャガイモの花(同)だったというエピソードもおもしろい。ジャガイモを国内に普及するキャンペーンする意味合いもあったそうだが、王妃は舞踏会などで、この花の髪飾りを好んでつけたという。

 確かに、この花、咲きそろうとなかなか豪華だ。旧丹南町で借りていた畑で、満開のジャガイモの花の回りを乱舞するモンシロチョウを缶ビール片手に楽しんだことを思い出す。この乱舞は、葉に卵をうえる作業であり、あとで成長したアオムシにひどい目に会うことも知らずに。

 ダイコンは下になるほど辛味が増すため、下の部分は大根おろしや濃い味のおでん、上はふろふき大根などに向くというのは、料理本などによく書いてある。その理由が、この本で分かった。

 大根だから根の部分を食べていると思ったら、大間違い。根は、下の部分で、大半は貝割れ大根の肺軸と呼ばれる茎の部分が太ってできたもの。

 根っこは、地上で作られた栄養分を蓄積する場所。せっかく蓄えた栄養を虫などに食べられないように辛味成分で守っている。それも、虫などに食べられて細胞が破壊されてはじめて辛味を発揮、破壊されるほど辛味は増す。だから「辛い大根おろしを食べたければ、力強く直線的おろす」とよい。へー、試してみます。

 後半は、人類の進化の歴史に話しは進んでいく。人類の祖先と言われる原始的なサルの主食は昆虫だった。昆虫には、必須アミノ酸やミネラル、ビタミンなど生命活動に必要な栄養分がそろっていた。しかし、進化して果実を食べるようになったサルは自らビタミンCを作る能力を失い、野菜などでバランスを取る必要が出てきた。しかし、草食動物を丸ごと食べるライオンは野菜を食べる必要がない。牛や馬などの草食動物は、腸内の細菌が植物を分解する過程でたんぱく質を生産する能力で栄養バランスを保っている。

 たった200ページ強の新書版。野菜ジュースやサプリメントに頼ることがなぜダメなのか、ということにも言及しているこの本には、野菜の栄養分がたっぷり詰まっている。

キャベツにだって花が咲く (光文社新書 347)
稲垣栄洋
光文社
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2008年5月14日

▽ <読書日記「別冊太陽 河鍋暁斎ー奇想の天才絵師 超絶技巧と爆笑戯画の名手」(監修・安村敏信、平凡社)「図録・絵画の冒険者 暁斎ー近代へ架ける橋」(京都国立博物館)>

 このブログで以前に書いた「カラヴァッジョへの旅」の著者・宮下規久朗氏が、確か読売新聞に今月11日まで京都国立博物館で開催されていた「河鍋暁斎」展を「この春、いや今年で最も興味ある展覧会」と絶賛していた。

 これは見逃せないと、連休前に出かけてみた。ちらしのキャッチコピーが「泣きたくなるほど、おもしろい」。

 最近は展覧会に行っても「冥土への土産に持っていくわけにもいかない」と、本棚の荷物になる図録などは買わないことにしているが、帰りに思わず、この2冊を買ってしまった。いずれもA4変形版。厚紙を使った300ページ強と約170ページが、重いこと。

 恥ずかしながら、これまで河鍋暁斎(きょうさい、1831~89)という画家を知らなかった。「別冊太陽」には「幕末・明治の動乱期、強烈な個性を前面に押し出し、日本画の表現領域を広げ続けた桁外れの絵師がいた」とある。狩野派の流れをくむ絵師のようだが、二つの図録の表題に書かれた奇想、超絶技巧、爆笑戯画、冒険者といった言葉がちっともおおげさと思えない新鮮な驚きを、図録を見直しても感じる。

 「没後120年記念 特別展覧会」と銘打った京博の展覧会は8部で構成されていた。

 まず、驚かされるのが、数々の「幽霊図」。

 ほとんど単色使いで、乱れ髪でヌーと立つリアルさが、本当に怖い。なんと、生首を口にくわえた幽霊までいる。

九相図 ネットで見つけた図柄がちょっと小さくて、分かりにくいが、左の「九相図」も、別の意味で鬼気迫る作品。長さ1・3メートル、下絵は6・8メートルもあり、人間(下絵を見ると貴婦人らしい)が死んだ後に腐敗し、白骨化し、土に戻るまでを9段階に分けて描いている。死をみつめ続ける視点に身震いが来る。

 展覧会では「巨大画面への挑戦」というコーナーがあった。

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幅3メートルを越える「地獄極楽図」、高さ3・5メートルを越える「龍頭観音」と並んで、幅17メートルと展示室いっぱいに広がった「新富座妖怪引幕」は、なかでもあ然とする迫力だ。開場して2年目の新富座舞台の引幕で、人気役者を妖怪に仕立てている。暁斎は酒を飲みながら、この巨大画面を4時間で描きあげたという。

蛙が人力車を引いてる絵蟹の綱渡り 「笑いの絵画」のコーナーでは、蛙が人力車を引いたり、昆虫が踊ったり、瓜の山車に乗った猫をねずみが祭りよろしく引き回したり・・・。(右)ユーモアたっぷりのKyousaiワールドが展開される。

 「蟹の綱渡り」(左)は、一匹が唐傘と扇子を持ち、得意げに綱を渡り、落ちそうになったもう一匹は鋏でぶら下がり、綱は切れる寸前だ。下では、太鼓をたたいたり、三味線ではやしたりの大騒ぎ。

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 暁斎は、様々な動物を自宅で飼い、写生に励んだという。

 展覧会には出展されていなかったが「別冊太陽」に掲載されている「鳥獣戯画 カエルのヘビ退治」は、いつも脅されているヘビの自由を奪うことに成功したカエルたちがヘビの胴体で曲芸をしたり、ぶらんこをしたりして日ごろの憂さ晴らしをしている。大英博物館の所蔵。暁斎の想像力の広がりがおもしろい。

 おもしろさだけでは、暁斎は終わらない。

 尊敬する美術記者である木村未来さんは、4月24日付け読売紙面で「(暁斎の)根底にあるのは、徹底した観察眼と筆力の確かさだ」と書いている。

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「大和美人図屏風」は、弟子となったイギリス人建築家・コンドルに美人画の制作技法を示そうと1年をかけて仕上げた作品。「細密な描写の緊張感あふれる美しさに魅せられる」と、木村記者は書く。コンドルは、この作品を生涯大切に所蔵。大英博物館が獲得を熱望したが、日本のコレクターが購入し、京都国立博物館に寄託したという。

漂流奇憚西洋劇 「漂流奇憚西洋劇」は、その下絵が興味深いと木村記者は書いている。「和紙を張り重ねて墨線を何度も引き直し・・・スカートの長さや膨らみ、シルクハットの角度などを、あれこれ試した痕跡である」

 なんど見ても、おもしろい、この2つの図録。冥土への土産にはならなくても、お買い得でした。

 注:左側にならんでいる「新富座妖怪引幕」「鳥獣戯画 カエルのヘビ退治」「大和美人図屏風」は、クリックすると大きな写真になります。


河鍋暁斎―奇想の天才絵師 超絶技巧と爆笑戯画の名手 (別冊太陽)

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5 幕末〜明治を生きた画筆魔人

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2008年5月 3日

▽ <読書日記「水越武写真集 知床 残された原始」(岩波書店刊)>

 この夏に世界遺産の知床を訪ねたいと思っており、新聞の広告や書評でこの本のことを知った。芦屋市立図書館にはなく、兵庫県立図書館から転送してもらって借りることができた。

 水越武という写真家。以前ブナの森が気になり、白神山地や八甲田の森を訪ねていたころに、この人の「ブナ VIRGIN FOREST」(1991年、講談社刊)という写真集を買ったことがある。

 「ブナ」のあとがきで、水越武氏は「3年ほど前に、野生的な厳しい自然にひかれて私は北海道の道東に移って来たのだが、ここではブナはみられない」と書いている。そのころから「知床」の写真を撮り続けてきたのだろう。

  「写真集 知床」には、分け入った原始の森とそこで繰り広げられる生命の営みのダイナミックさがあふれている。

 海岸に盛り上がるようにうねる水草の群れ、天然記念物のカラフトルリシジミの交尾、シレトコスミレの群落、広大な山麓が一気に海岸で切れ落ちる高い崖、針葉樹と広葉樹が混交する夏の豊かな森、そして流氷の迫力、ヒグマの生態、卵を産んで死んでいくサケの群れ・・・。これまでに見たことのないゆたかさと荒々しさ、いとおしさがあふれる自然が、そこにあった。

 しかし、この写真集は、北海道の自然に対する、ある種の無念さから生まれたものであるようだ。

 昨年夏に札幌で開かれた「写真集 北海道を発信する写真家ネットワーク展CAN」という催しで、水越武は自分が考える“美しい自然”について、6つを挙げている。

  • 生物の多様性に恵まれている
  • 自然本来が持っているリズム、緊張感が乱れていない
  • 川、海、山、森などの生態系がバランスよく存在し、有機的に繋がっている
  • 生態系が健康で循環が良く、野生の息遣いが聞こえる
  • 生の厳しい自然のエネルギーが感じられ、大地が広大
  • 四季の移り変わりに大きな変化があり、それぞれの季節の表情が豊か


 水越氏は、世界中を歩いて「北海道は世界で最も美しい自然が島だったに違いない」と、移住を決意する。開拓しつくされた今の北海道には、水越氏が考える“美しい自然”がないことを知りながら・・・。そして、理想とする美しい北海道が今も知床にはある程度残っているのではないかと考え「知床で自分の夢、自分の意図する写真を撮り始めた」。その集大成がこの写真集なのだ。

 「写真集 ブナ」のあとがきで水越氏は、ブナを取り続けた理由の一つとして「糧を(ブナの)森林に求めながら、極めて高い文化を持ち、(ブナの)生態系にすっぽり溶け込んで生きてきた縄文人に」人間としての理想の生き方を見る、と書いている。

 そして北海道では「アイヌの文化・美意識を反映させる方法として、ネイチャー写真を撮っている」と、札幌の催しで話している。

 そのアイヌの人たちと知床の自然のかかわりを、環境学者の小野有五・北海道大学院教授が「写真集 知床」の解説で、描き出している。

 「知床も国後も、長いこと、そこでの主人公はアイヌ民族であった」「アイヌ語の『シレトコ』は『シリ(大地)』の『先端(エトコ)』であり、たんに岬という意味にすぎない」

 「生き物でシレトコを象徴するのは、なんといってもヒグマであろう。アイヌにとっては最高のカムイ(神)、山のカムイ(キムンカムイ)であった。・・・いまの日本列島で、ヒグマがもっとも原始のままの生き方を保っているのがシレトコだからである」

 アイヌは、生まれたばかりの赤ちゃん熊をコタン(村)に連れて帰り、飼うのが危険になったころ、イヨマンテという儀式をしてカムイの国に送り返した。「アイヌ語では、イ(それ)オマンテ(送る)という意味だ。カムイのように尊いものの名はうかつに口にできないので、あえてイ(それ)というのである」

  今年3月4日付け読売新聞の企画連載記事に、こんな記述があった。
 「アイヌの人たちは、ヒグマやサケを捕獲して神にささげる儀式を行い、自然の恵みに感謝した。自然と共生する持続可能な暮らしが、ここには存在していた」

 カムイであるヒグマを天に返すという考えとは、ちょっと違う記述だが・・・。

 この記事によると、知床が国立公園であることを理由に、アイヌ民族のヒグマ、サケ漁の権利は奪われたまま。
 国際自然保護連合(IUCN)は2005年に「自然環境の管理、持続可能な利用のために、アイヌ民族の文化や伝統的知恵、技術を研究することが重要」と、日本政府に勧告しているが、いまだに具体的な動きはない、という。

 この夏、アイヌのひとたちと共生する、どんな自然に出会うことができるだろうか。

 ついでに読んだ本
  • 「アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心」(萱野茂著、平凡社新書)
  • 「コタンに生きる」(朝日新聞アイヌ民族取材班、岩波書店・同時代ライブラリー)
  • 「アイヌ概説 コタンへの招待」(野口定稔著、1961年)


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4 アイヌの世界観への入り口

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コタンへの招待―アイヌ概説 (1961年)
野口 定稔
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