Masajii's Weblog: 005読書 アーカイブ

Top > 読書

2008年6月12日

▽ <読書日記「中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす」(遠藤 誉著、日経BP社)>


 チベットでの反政府デモ、それに続く聖火リレー騒動、四川大地震への対応など、連日中国をめぐるニュースが絶えない。それを見聞きするたびに、隣の大国のことをちっとも分かっていなかった自分に気付くことが多くなっている。

 このブログでも紹介した「あの戦争から遠く離れて」という本でも、著者の城戸久枝さんは中国に留学中に「日本鬼子」(日本人を蔑視する言葉)を何度も投げかけられた、と書いている。それほど、現在の中国では愛国運動の相似形としての反日教育が徹底しているのに、改めて驚かさされたのを思い出す。

 そして「中国動漫新人類」の著者は、中国の若者たちに広がる日本製アニメとマンガの威力を詳細なルポで示してくれる。そこには、これまで思いもよらなかった事実が明らかにされている。

 中国語では、アニメと漫画をひとくくりにして「動漫」と呼ぶ。そして、いまの中国の若者たちは「日本動漫大好き!」人間で、それと反日教育で刻み込まれた「日本許しまじ!」というという一見矛盾したふたつの感情が心のなかに共存している、という。さらに彼ら新人類は「これまでの中国の政治体制や文化のあり方を大きく変える力を持っている」。著者は、こんな大胆な予測までしてくれる。

 著者・遠藤 誉さんは、2児の母であり、孫も2人ある66歳の元物理学者。中国で生まれ、7歳の時に毛沢東率いる共産党軍と蒋介石の国民党軍との内戦に巻き込まれる。長春の街で死体の上で野宿するという異常な体験をし、一時記憶喪失になりながら帰国。筑波大学などで長年、教鞭を取っていたが、幼い時の中国での体験を生かしたいと、中国や日本で中国人留学生の世話を続けてきた。

 そして「なぜ、日本は嫌いだが日本のアニメや漫画は好きという感情が、ひとりの中国人のなかで両立できるのか」という長年持っていた疑問の解明に乗り出す。

 60歳を超えているのをものともせず、中国の若者が愛読する「スラムダンク」 31巻を読破したり、「セーラームーン」のDVDを見たり、中国で海賊版のDVDを買い込んだりする。

 解剖学者の養老孟司氏は、4月20日付け毎日新聞の書評欄で、この本についておもしろい見かたをしている。最初の数ページを読んだだけで、なにが書かれているかが伝わる、というのだ。
これが理科系なのである。(科学)論文にはかならず要約がつく。その要約がたいへんみごとに書かれている


 最初の部分より、あとがきの箇条書きが分かりやすい。それを参考に、この本を"要約"すると・・・。
  1. 日本動漫が中国で「大衆文化」となった裏には海賊版の存在があった。
     悪名高き中国の海賊版のおかげで、貧しい中国の青少年にとっては精神文化を培う糧となる動漫を好きなように見られる「大衆(消費)文化」が成立した。
  2. 中国政府が「たかが動漫」と野放しにしたのは大きな誤算だった。
     日本動漫は、子どもだましのものではなかった。人生の夢、人類の愛・・・。そこには、若者が生きていくための多くのメッセージが込められていた。新人類たちは自覚しないまま、結果的に「民主化の鐘を鳴らす」心の準備をしていた。
  3. 新人類たちは「日本動漫大好き」と「反日的」感情というダブルスタンダードの感情を有している。
     日本の教科書問題や首相の靖国神社公式訪問といったシグナルが出るたびに「日本動漫大好き」なコスモポリタン的現代っ子は「日本許しまじ」といった民族主義的愛国主義者にスイッチを切り替える。そのシグナルは、政府のコントロールが効かないインターネットを通して発信されるケースも出ている。


 著者は、本のなかでこんな事実を明らかにする。
 2005年に起きた反日デモの発信源は、なんとサンフランシスコで中国の民主化を訴えている台湾系華僑などの団体。インターネットで流れた「シグナル」に中国国内の青年たちが反応して行動を起こした。こんなボトムアップの行動が、いつか反体制行動に結びつくことを恐れた中国政府によって、あの反日デモは押さえ込まれた。


 そして「抗日戦争」を中心とした愛国教育の結果、中国政府の指導者すら対日軟弱外交を少しでも行えば「売国奴」という謗りから免れない、と推測する。

 先月末、四川大地震の被災者支援の物資輸送のために、自衛隊機の派遣を日中政府が合意しながら、中国国内の慎重論が出て見送られた。中国は米国、ロシア、パキスタン、韓国などの外国軍輸送機を受け入れというのに・・・。新聞には「中国 ネット世論に配慮」(2008年5月30日付け日経)という見出しが踊っていた。

 日本のアニメとマンガにはぐくまれ民主化の果実を知った中国の新人類と、インターネット・・・。

 ひょっとすると何年か後にこの本は、中国民主化の要因を実証する歴史書として評価されるかもしれない。

中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book)
遠藤 誉
日経BP社
売り上げランキング: 9185
おすすめ度の平均: 4.5
5 日本に滞在している若い中国人の心を垣間見ました
4 広がりつつある大きなうねりと温故知新
5 強い説得力を持って読者を魅了する
5 サブカルチャーの威力が見える
5 時代を感じさせてくれました
 

2008年5月29日

▽ <読書日記「キャベツにだって花が咲く」(稲垣栄洋著、光文社新書)>


 今はちょっと中断しているが、阪神大震災後の10年近く、兵庫県の旧丹南町(現・篠山市)や神戸市・道場の貸し農園で、野菜作りに熱中していた。

 けっこう広い畑を借りていたので、冬にはダイコン、ハクサイ、キャベツ、ミズナなどがどっと採れる。近所などに配りまくった残りを自宅のプランターに植えこんでおいたら、春になって、いっせいに"菜の花"が咲き、びっくりさせられたことがある。

 そんなことを思い出し、この本の新聞広告を見た直後に、芦屋市立図書館に新規購入申請、このほど借りることができた。

 まず第1章の「野菜に咲く花、どんな花?」が新鮮だ。

 ハクサイ、キャベツ、ミズナは同じアブラナ科の野菜なので、菜の花によく似た黄色く、花びらが4枚の花を咲かせる。ダイコンは同じアブラナ科だが、色は白や薄い紫だという。

 独立法人農業・食品産業技術総合研究機構「野菜茶業研究所」のホームページの「各種情報」というコーナーをクリックすると「野菜の花の写真」というページに行き当たる。すばらしいカラー写真が掲載されており、この記述を検証できる。

 キャベツによく似たレタス(独立行政法人農畜産業振興機構のホームページから)はキク科なので、小さなタンポポのような花が咲き、ユリとは似ても似つかないアスパラガス(同ホームページ)の花が内側に3枚、外側に3枚の花びらを持つユリと同じ構造をしている、というのもびっくりだ。

 フランス国王ルイ16世の王妃、マリー・アントネットが、こよなく愛したには、バラやユリではなく、ジャガイモの花(同)だったというエピソードもおもしろい。ジャガイモを国内に普及するキャンペーンする意味合いもあったそうだが、王妃は舞踏会などで、この花の髪飾りを好んでつけたという。

 確かに、この花、咲きそろうとなかなか豪華だ。旧丹南町で借りていた畑で、満開のジャガイモの花の回りを乱舞するモンシロチョウを缶ビール片手に楽しんだことを思い出す。この乱舞は、葉に卵をうえる作業であり、あとで成長したアオムシにひどい目に会うことも知らずに。

 ダイコンは下になるほど辛味が増すため、下の部分は大根おろしや濃い味のおでん、上はふろふき大根などに向くというのは、料理本などによく書いてある。その理由が、この本で分かった。

 大根だから根の部分を食べていると思ったら、大間違い。根は、下の部分で、大半は貝割れ大根の肺軸と呼ばれる茎の部分が太ってできたもの。

 根っこは、地上で作られた栄養分を蓄積する場所。せっかく蓄えた栄養を虫などに食べられないように辛味成分で守っている。それも、虫などに食べられて細胞が破壊されてはじめて辛味を発揮、破壊されるほど辛味は増す。だから「辛い大根おろしを食べたければ、力強く直線的おろす」とよい。へー、試してみます。

 後半は、人類の進化の歴史に話しは進んでいく。人類の祖先と言われる原始的なサルの主食は昆虫だった。昆虫には、必須アミノ酸やミネラル、ビタミンなど生命活動に必要な栄養分がそろっていた。しかし、進化して果実を食べるようになったサルは自らビタミンCを作る能力を失い、野菜などでバランスを取る必要が出てきた。しかし、草食動物を丸ごと食べるライオンは野菜を食べる必要がない。牛や馬などの草食動物は、腸内の細菌が植物を分解する過程でたんぱく質を生産する能力で栄養バランスを保っている。

 たった200ページ強の新書版。野菜ジュースやサプリメントに頼ることがなぜダメなのか、ということにも言及しているこの本には、野菜の栄養分がたっぷり詰まっている。

キャベツにだって花が咲く (光文社新書 347)
稲垣栄洋
光文社
売り上げランキング: 4221


2008年5月14日

▽ <読書日記「別冊太陽 河鍋暁斎ー奇想の天才絵師 超絶技巧と爆笑戯画の名手」(監修・安村敏信、平凡社)「図録・絵画の冒険者 暁斎ー近代へ架ける橋」(京都国立博物館)>

 このブログで以前に書いた「カラヴァッジョへの旅」の著者・宮下規久朗氏が、確か読売新聞に今月11日まで京都国立博物館で開催されていた「河鍋暁斎」展を「この春、いや今年で最も興味ある展覧会」と絶賛していた。

 これは見逃せないと、連休前に出かけてみた。ちらしのキャッチコピーが「泣きたくなるほど、おもしろい」。

 最近は展覧会に行っても「冥土への土産に持っていくわけにもいかない」と、本棚の荷物になる図録などは買わないことにしているが、帰りに思わず、この2冊を買ってしまった。いずれもA4変形版。厚紙を使った300ページ強と約170ページが、重いこと。

 恥ずかしながら、これまで河鍋暁斎(きょうさい、1831~89)という画家を知らなかった。「別冊太陽」には「幕末・明治の動乱期、強烈な個性を前面に押し出し、日本画の表現領域を広げ続けた桁外れの絵師がいた」とある。狩野派の流れをくむ絵師のようだが、二つの図録の表題に書かれた奇想、超絶技巧、爆笑戯画、冒険者といった言葉がちっともおおげさと思えない新鮮な驚きを、図録を見直しても感じる。

 「没後120年記念 特別展覧会」と銘打った京博の展覧会は8部で構成されていた。

 まず、驚かされるのが、数々の「幽霊図」。

 ほとんど単色使いで、乱れ髪でヌーと立つリアルさが、本当に怖い。なんと、生首を口にくわえた幽霊までいる。

九相図 ネットで見つけた図柄がちょっと小さくて、分かりにくいが、左の「九相図」も、別の意味で鬼気迫る作品。長さ1・3メートル、下絵は6・8メートルもあり、人間(下絵を見ると貴婦人らしい)が死んだ後に腐敗し、白骨化し、土に戻るまでを9段階に分けて描いている。死をみつめ続ける視点に身震いが来る。

 展覧会では「巨大画面への挑戦」というコーナーがあった。

クリックすると大きな写真になります
幅3メートルを越える「地獄極楽図」、高さ3・5メートルを越える「龍頭観音」と並んで、幅17メートルと展示室いっぱいに広がった「新富座妖怪引幕」は、なかでもあ然とする迫力だ。開場して2年目の新富座舞台の引幕で、人気役者を妖怪に仕立てている。暁斎は酒を飲みながら、この巨大画面を4時間で描きあげたという。

蛙が人力車を引いてる絵蟹の綱渡り 「笑いの絵画」のコーナーでは、蛙が人力車を引いたり、昆虫が踊ったり、瓜の山車に乗った猫をねずみが祭りよろしく引き回したり・・・。(右)ユーモアたっぷりのKyousaiワールドが展開される。

 「蟹の綱渡り」(左)は、一匹が唐傘と扇子を持ち、得意げに綱を渡り、落ちそうになったもう一匹は鋏でぶら下がり、綱は切れる寸前だ。下では、太鼓をたたいたり、三味線ではやしたりの大騒ぎ。

クリックすると大きな写真になります
 暁斎は、様々な動物を自宅で飼い、写生に励んだという。

 展覧会には出展されていなかったが「別冊太陽」に掲載されている「鳥獣戯画 カエルのヘビ退治」は、いつも脅されているヘビの自由を奪うことに成功したカエルたちがヘビの胴体で曲芸をしたり、ぶらんこをしたりして日ごろの憂さ晴らしをしている。大英博物館の所蔵。暁斎の想像力の広がりがおもしろい。

 おもしろさだけでは、暁斎は終わらない。

 尊敬する美術記者である木村未来さんは、4月24日付け読売紙面で「(暁斎の)根底にあるのは、徹底した観察眼と筆力の確かさだ」と書いている。

クリックすると大きな写真になります
「大和美人図屏風」は、弟子となったイギリス人建築家・コンドルに美人画の制作技法を示そうと1年をかけて仕上げた作品。「細密な描写の緊張感あふれる美しさに魅せられる」と、木村記者は書く。コンドルは、この作品を生涯大切に所蔵。大英博物館が獲得を熱望したが、日本のコレクターが購入し、京都国立博物館に寄託したという。

漂流奇憚西洋劇 「漂流奇憚西洋劇」は、その下絵が興味深いと木村記者は書いている。「和紙を張り重ねて墨線を何度も引き直し・・・スカートの長さや膨らみ、シルクハットの角度などを、あれこれ試した痕跡である」

 なんど見ても、おもしろい、この2つの図録。冥土への土産にはならなくても、お買い得でした。

 注:左側にならんでいる「新富座妖怪引幕」「鳥獣戯画 カエルのヘビ退治」「大和美人図屏風」は、クリックすると大きな写真になります。


河鍋暁斎―奇想の天才絵師 超絶技巧と爆笑戯画の名手 (別冊太陽)

平凡社
売り上げランキング: 3865
おすすめ度の平均: 5.0
5 幕末〜明治を生きた画筆魔人

2008年5月 3日

▽ <読書日記「水越武写真集 知床 残された原始」(岩波書店刊)>

 この夏に世界遺産の知床を訪ねたいと思っており、新聞の広告や書評でこの本のことを知った。芦屋市立図書館にはなく、兵庫県立図書館から転送してもらって借りることができた。

 水越武という写真家。以前ブナの森が気になり、白神山地や八甲田の森を訪ねていたころに、この人の「ブナ VIRGIN FOREST」(1991年、講談社刊)という写真集を買ったことがある。

 「ブナ」のあとがきで、水越武氏は「3年ほど前に、野生的な厳しい自然にひかれて私は北海道の道東に移って来たのだが、ここではブナはみられない」と書いている。そのころから「知床」の写真を撮り続けてきたのだろう。

  「写真集 知床」には、分け入った原始の森とそこで繰り広げられる生命の営みのダイナミックさがあふれている。

 海岸に盛り上がるようにうねる水草の群れ、天然記念物のカラフトルリシジミの交尾、シレトコスミレの群落、広大な山麓が一気に海岸で切れ落ちる高い崖、針葉樹と広葉樹が混交する夏の豊かな森、そして流氷の迫力、ヒグマの生態、卵を産んで死んでいくサケの群れ・・・。これまでに見たことのないゆたかさと荒々しさ、いとおしさがあふれる自然が、そこにあった。

 しかし、この写真集は、北海道の自然に対する、ある種の無念さから生まれたものであるようだ。

 昨年夏に札幌で開かれた「写真集 北海道を発信する写真家ネットワーク展CAN」という催しで、水越武は自分が考える“美しい自然”について、6つを挙げている。

  • 生物の多様性に恵まれている
  • 自然本来が持っているリズム、緊張感が乱れていない
  • 川、海、山、森などの生態系がバランスよく存在し、有機的に繋がっている
  • 生態系が健康で循環が良く、野生の息遣いが聞こえる
  • 生の厳しい自然のエネルギーが感じられ、大地が広大
  • 四季の移り変わりに大きな変化があり、それぞれの季節の表情が豊か


 水越氏は、世界中を歩いて「北海道は世界で最も美しい自然が島だったに違いない」と、移住を決意する。開拓しつくされた今の北海道には、水越氏が考える“美しい自然”がないことを知りながら・・・。そして、理想とする美しい北海道が今も知床にはある程度残っているのではないかと考え「知床で自分の夢、自分の意図する写真を撮り始めた」。その集大成がこの写真集なのだ。

 「写真集 ブナ」のあとがきで水越氏は、ブナを取り続けた理由の一つとして「糧を(ブナの)森林に求めながら、極めて高い文化を持ち、(ブナの)生態系にすっぽり溶け込んで生きてきた縄文人に」人間としての理想の生き方を見る、と書いている。

 そして北海道では「アイヌの文化・美意識を反映させる方法として、ネイチャー写真を撮っている」と、札幌の催しで話している。

 そのアイヌの人たちと知床の自然のかかわりを、環境学者の小野有五・北海道大学院教授が「写真集 知床」の解説で、描き出している。

 「知床も国後も、長いこと、そこでの主人公はアイヌ民族であった」「アイヌ語の『シレトコ』は『シリ(大地)』の『先端(エトコ)』であり、たんに岬という意味にすぎない」

 「生き物でシレトコを象徴するのは、なんといってもヒグマであろう。アイヌにとっては最高のカムイ(神)、山のカムイ(キムンカムイ)であった。・・・いまの日本列島で、ヒグマがもっとも原始のままの生き方を保っているのがシレトコだからである」

 アイヌは、生まれたばかりの赤ちゃん熊をコタン(村)に連れて帰り、飼うのが危険になったころ、イヨマンテという儀式をしてカムイの国に送り返した。「アイヌ語では、イ(それ)オマンテ(送る)という意味だ。カムイのように尊いものの名はうかつに口にできないので、あえてイ(それ)というのである」

  今年3月4日付け読売新聞の企画連載記事に、こんな記述があった。
 「アイヌの人たちは、ヒグマやサケを捕獲して神にささげる儀式を行い、自然の恵みに感謝した。自然と共生する持続可能な暮らしが、ここには存在していた」

 カムイであるヒグマを天に返すという考えとは、ちょっと違う記述だが・・・。

 この記事によると、知床が国立公園であることを理由に、アイヌ民族のヒグマ、サケ漁の権利は奪われたまま。
 国際自然保護連合(IUCN)は2005年に「自然環境の管理、持続可能な利用のために、アイヌ民族の文化や伝統的知恵、技術を研究することが重要」と、日本政府に勧告しているが、いまだに具体的な動きはない、という。

 この夏、アイヌのひとたちと共生する、どんな自然に出会うことができるだろうか。

 ついでに読んだ本
  • 「アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心」(萱野茂著、平凡社新書)
  • 「コタンに生きる」(朝日新聞アイヌ民族取材班、岩波書店・同時代ライブラリー)
  • 「アイヌ概説 コタンへの招待」(野口定稔著、1961年)


知床残された原始―水越武写真集
水越 武
岩波書店
売り上げランキング: 218454

ブナ―VIRGIN FOREST (クォークスペシャル)
水越 武
講談社
売り上げランキング: 904474

アイヌ歳時記―二風谷のくらしと心 (平凡社新書)
萱野 茂
平凡社
売り上げランキング: 91527
おすすめ度の平均: 4.0
4 アイヌの世界観への入り口

コタンに生きる (同時代ライブラリー (166))
朝日新聞アイヌ民族取材班
岩波書店
売り上げランキング: 516812

コタンへの招待―アイヌ概説 (1961年)
野口 定稔
北方文化科学研究所


2008年4月24日

▽ <読書日記「西行花伝」(辻 邦生著、新潮社)>

 この本に出会ったものの、西行という人物に頭のなかをグルグルかき回されている未消化状態が続いて、もう1年近くになる。

 昨年7月初め、信州・蓼科にある友人・I君の別荘に誘われた。OMソーラーシステムを導入しているのはわが家と同じなのだが、ずっと爽やかな風が吹き抜ける快適さは比べようがなかった。

 その和室に、僧侶が花の下で横たわっている畳半畳大の墨絵が立てかけてあった。

 これはなに?と聞いたら、「西行。読んでごらんよ」と、I君が1冊の文庫本を手渡してくれた。小林秀雄が書いた「西行」という作品が載っている新潮文庫で、表題は「モオツアアルト・無常という事」。

 ベランダにある栗の木の下で、たった20ページの小品をパラパラめくったが、久しぶりに引きつけられる思いがした。

 平安末期の時代。「新古今集」に94首も選ばれている当代唯一の歌詠みといわれた西行が、23歳で北面武士の座を捨てて出家した不思議な心情が、定年後をどう生きるかの答えも描かれずにいるグータラ人間の心に入りこんでくる。

 世の中を反(そむ)き果てぬといひおかん思いしるべき人はなくとも

 世中を捨てて捨てえぬ心地して都離れぬ我身なりけり

 春になる桜の枝は何となく花なけれどもむつまじきかな

 この小品の最後に、こんな歌が出ていた。
 願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月(もちづき)のころ


 和室にあった墨絵は、この歌を描いたものだった。西行は、この歌のとおり、陰暦2月16日に73歳で入寂したという。

  別荘の二階にある書棚を見て驚いた。ずらりと漫画本のシリーズが並んでいる間に、辻 邦生の「西行花伝」が立て掛けてあったのだ。

 実はこの本。数ヶ月前に友人Mが「ちっとやそっとでは読みきれないよ」と言われて貸してくれていた。この旅に持っていこうと思ったのだが、なにしろ厚さ4センチ強の箱入りハードカバー。ちょっと無理と思ってあきらめたのが目の前にある。

 別荘を辞し、松本に出たので、本屋を3軒回って、やっと文庫版を手に入れた。

 西行との出会い?は、まだ続いた。上諏訪でガンと闘っている古い知人を見舞い、下諏訪の「みなとや」という旅館に泊まった。

 この旅館の玄関に、鍵をかけたガラス張りの書棚が置いてあった。白州正子のなんと「西行」(新潮社)という本が並んでいる。

 白州正子は生前、この旅館にシーツと枕カバーを置いておくほどのファンで、鍵付きの書棚は、白州正子の著作がほとんど。それも、全部署名入り。うやうやしく「西行」をお借りして、ちょっとのぞき、帰宅してから文庫版を買った。

 なんだか西行に魅入られてしまったが、稀代の歌人を理解するのは、浅学菲才の身にあまる。3冊の本は、居間のワゴンでいつまでも積んどくが続いた。

 今月の初め、満開の桜を探しに、京都・西山の勝持寺、別名・花の寺を訪ねた。

 この寺は、西行が出家した後、しばらく庵をつくったところ、と伝えられている。自ら植えたと言われる「西行桜」(何代目だろうか、細い樹だった)でも有名。周りのソメイヨシノよりちょっと赤い枝垂桜だった。その前に立てられた板書に西行の歌があった。

 花見にと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の科(とが)には有りける


 白州正子は「ひとり静かに暮らそうとしているところへ、花見の客が大勢来てうるさいのを桜のせいにしている・・・」と、おもしろがっている。この歌は「西行桜」という能にもなっているようだ。

 本殿の奥の桜の根元に寝転び、青空にいっぱいに広がった白い花びらと飛び交うメジロを見ながら「やはり桜は桜」と、意味不明の問いかけを西行にしたくなった。

 なんとか「西行花伝」を読み終えた。

 どう表現してよいのか。悠久の平安の叙情の世界にどっぷりつかった心地よさが残る。解説者も「伝記でも評伝でもない・・・。あとに残ったのは単なる伝ではなく『花伝』というものだった」と、よく分からないことを言っている。

 あなたも何が正しいかで苦しんでおられる。しかしそんなものは初めからないのです。いや、そんなものは棄ててしまったほうがいいのです。そう思ってこの世を見てごらんなさい。花と風と光と雲があなたを迎えてくれる。正しいものを求めるから、正しくないものも生まれてくる。それをまずお棄てなさい


 「西行花伝」の一節。辻 邦生の世界を楽しめた、としか言いようがない。

西行花伝 (新潮文庫)
西行花伝 (新潮文庫)
posted with amazlet at 08.04.24
辻 邦生
新潮社
売り上げランキング: 10161
おすすめ度の平均: 5.0
4 政治的敗者=崇徳院と歌の確立者=西行の対照性
5 理想の男性
5 この月の光を知らなくては、物の哀れなど解るはずはない
5 とにかく熟読すべき必読の1冊!
5 美しい文章です

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)
小林 秀雄
新潮社
売り上げランキング: 12753
おすすめ度の平均: 4.5
5 日本にも本物の評論家がいた
5 言葉の重み
5 芸術論の精華
4 メランコリックなモーツァルト像
5 平成18年8月に改版されました。

西行 (新潮文庫)
西行 (新潮文庫)
posted with amazlet at 08.04.24
白洲 正子
新潮社
売り上げランキング: 3044
おすすめ度の平均: 4.5
3 西行を読み解く
5 西行の人となりが、生き生きと立ち上がってくる
5 interview with saigyou
5 和歌のこころ
4 桜を植えねば

 

2008年4月19日

▽ <読書日記「あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅」(城戸久枝著、情報センター出版局)>

 昨年末の読書特集「今年の3冊」で2紙が取り上げたのを見て、図書館に申し込んだが、希望者が多くなかなか連絡がない。忘れかけていた今月8日。この本が「第39回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞」の記事が出た日に、借りられるという連絡が入った。

  昨年12月23日の読売新聞特集欄で、ノンフィクション作家の高橋秀美氏は「中国残留孤児である父親の生涯を描いた。逡巡のなかの静謐な筆致に思わず落涙」と絶賛、同じ日の朝日新聞で久田 恵氏は「父の人生は、そのまま自分につながる物語であるとの思いに突き動かされ、長きにわたって取材を深めていく真摯さがまっすぐ伝わってくる」と評価している。

 4月7日の大宅賞発表の記者会見で、選考委員代表した選考経過を発表した柳田邦男氏は「城戸久枝さんの人を見つめる奥深さを感じました。・・・お父さんをわが子のように深い愛情で育てる(中国の養母の)姿に感動しました。お父さんの生きる力の原点は養母への愛でしょう」と話している。

 大宅賞に刺激されたわけではないが、先週の日曜の昼過ぎから夕方までかかって、450ページを越える大作を一気に読んでしまった。

 筆者の父・城戸 幹(中国名・孫玉福)は「満州国軍」の日系軍官の長男。3歳9ヶ月の時、満州国に侵入したソ連軍からの逃避行中、危うく大河・牡丹江に投げ捨てられようとするが、養母・付淑琴にもらわれ、その愛情をいっぱいに受けて育つ。

 豚を飼う老農夫や小学校の同級生から時には「日本鬼子(リーベングイズ)=日本の畜生め」とあざけられながらも生涯の友人に出会い、養母やその親類の思いやりは変らず、優秀な成績で中学、高校と進む。

 高校の成績も抜きん出ていたが、ちょうど共産党に忠誠を誓う「交心(ジャオシン)運動が始まっていた。やはり日本人蔑視の言葉を投げかけるなかで「このままでは、日本人であることを理由に共産党に忠実ではないと、いつ訴えられるかもしれない」という恐怖心から、大学入学願書の履歴書に「日本民族」と書いてしまう。

 これをきっかけに、幹の未来は閉ざされてしまう。合格していた北京大学は政治調査で入学を許されず、就職もままならない。建国から10年目の1956年。日本は台湾政府と国交を結び、中華人民共和国への敵視政策を続けていたころだ。

 養母を気にかけながら「日本人として生きたい」という思いをつのらせた幹は、日本赤十字社に約200通の手紙を書き続けて8年あまり。ほぼ自力で身元を探し出し、独力で帰国した。1981年、旧・厚生省による中国人残留孤児の帰国事業が始まる11年前、28歳の時だった。当時の中国は文化大革命で揺れており、なぜ帰国が許されたのか。奇跡とも言える展開だった。

 父の実家である愛媛県に帰った後も苦労が続く。定時制高校で日本語を学び、切望していた大学進学は弟たちの進学時期とも重なって断念する。しかし、高校で筆者の母と出合って結婚、次女の筆者など3人の子どもに恵まれる。

 後半は、次女・久枝の物語となる。

 子どもの時に「あんたのお父さんは中国人?」と友だちに聞かれ、意識的に中国を避けてきた著者は「ワイルド・スワン」を読んで「暗黒の時代に生きた父を知りたい」思いをつのらせ、中国の大学に国費留学する。

 そして父の養母の叔父の長女・シュンカなど、親せき?の人たちから思いもしなかった大歓迎を受け、春節(中国の正月)のたびに「春節は家族で過ごすものよ」と、牡丹江に呼ばれる。そう言うシュンカらの包み込むような温かさは、それからも会うたびに続く。

 一方で、中国のすさまじい反日教育の現実に直面する。

 旅行をしていた列車内で、一人の男性に話しかけられる。「日本って、歴史の授業で中国を侵略した歴史を教えていないんでしょう」「教えていないわけではないですが、中国の教科書ほど詳しくはないと思います」

 あたりがざわめき「やっぱり教えていないんだ」というひそひそ話しや「日本鬼子」という幼い女の子の声がする。

 大学の授業でも、教授や学生から鋭い言葉を投げかけられる。「日本の軍人がどれだけひどいことをしかか知っていますか」「南京大虐殺で殺された人の数を歪曲している」「私は日本人が憎い」「ほら、日本人は何も知らないんだから、聞いても無駄だよ」・・・。

 帰国した筆者は、残留孤児たちによる国家賠償訴訟への支援活動に取り組み、満州国軍の日系軍人への恩給支給についての、日本政府の非情な判断に怒る。

 数年後、父とともに父が養母と暮らした頭道河子村を訪ねた筆者は、本の最後をこう結ぶ。

 昔、日本が負けた大きな戦争があり、牡丹江を渡ってやってきた一人の日本人が、中国人の夫婦にもらわれて成長し、本当の両親のもとへ帰っていった物語は、いまでも、あの小さな村で伝説のように語り継がれている。

 そんな父の娘に生まれたことを、いま、私は心から誇らしく思うーーー。

 参考文献

  • 「ワイルド・スワン上・下」(ユン・チアン著、土屋京子訳、講談社)
     =久枝が父とともに大連を訪問した際、文化大革命のことを何も知らないことに驚いた滞在先の夫婦が「あなたのお父さんも、この時代を中国で生きたんだよ」と、読むよう薦めてくれた。


  • 「大地の子」(山崎豊子著、文春文庫1-4)
    =NHKでドラマ化された再放送を見て筆者の父はつぶやく、「父ちゃんがいたころは、あんな甘いものではなかったよ」


※閑題・余談

 この本が受賞した大宅賞。その一覧を見ていて、最初のころはかなり読んだものが多いのに、ここ10数年ほとんど読んでいないのに気付いた。

 読んでいたのは、2001年の星野博美「転がる香港に苔は生えない」(情報センター出版局)と2002年の米原万里「嘘つきア-ニャの真っ赤な真実」(角川書店)だけ。それも、受賞を知らずに後になって読んだものだ。

 「昔はあんなにノンフィクションに夢中になったのに」「現役記者時代、ノンフィクション手法を真似て連載企画を書いたことも」・・・。おかしな郷愁にかられてしまった。

あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅
城戸 久枝
情報センター出版局
売り上げランキング: 11812
おすすめ度の平均: 5.0
5 価値のある本でした。
5 中国と日本の歴史を今一度考え直したいと思った本
5 日本と中国を考えるときに欠かせない本
5 涙なしには読めない、感動の実話。
5 2007年のベストワン

ワイルド・スワン〈上〉
ユン チアン
講談社
売り上げランキング: 182172
おすすめ度の平均: 4.5
5 中華人民共和国という国
5 歴史書としても。
5 何度読んでも面白い
5 中国近代史の真実がここに・・・
4 中国共産党近代史を知る

大地の子〈1〉 (文春文庫)
山崎 豊子
文藝春秋
売り上げランキング: 29098
おすすめ度の平均: 5.0
5 結局は「人と人」
5 山崎豊子小説のうち最高の作品の一つ
4 ぜひ、うちの父にも読ませたい
5 人生は短い、これを読むべし
5 中国残留孤児と「文化大革命」

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)
星野 博美
文藝春秋
売り上げランキング: 21012
おすすめ度の平均: 5.0
5 いざ、香港へ
5 怒濤の香港ピープル
5 買いです。
4 暖かい視点
5 心の旅

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
米原 万里
角川書店
売り上げランキング: 4358

2008年4月12日

▽ <読書日記「怖い絵」(中野京子著、朝日出版社>

 このブログの「消えたカラヴァッジョ」の項に、先輩のKIさんから「怖い絵」のコメントをいただいた。「ココロにしみる読書ノート」という、毎日一冊の本を紹介しているメルマガでも推薦されていた。それで図書館で借りてみたが、今日が返却日なのにさきほど気付き、あわててブログを書き始めた。

 15-20世紀のヨーロッパの絵画20枚を紹介しているが、著者(早稲田大学講師、西洋文化史専攻)が、それぞれの絵画に色々な視点から“怖がっている”いるのがおもしろく、一気に読んでしまった。

 ちなみに先日、書店をのぞいたら、同じ著者の「怖い絵 2」が並んでおり、思わず買ってしまった。「怖い絵」から8ヶ月後の出版。評判がよいのだろうが、なかなかすばやい対応である。

  • ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」(1878年、オルセー美術館)

     ドガ隋一の人気作と言われるこの絵のどこが怖いのか。

     実はこの時代のオペラ座は「上流階級の男たちの娼館」であり、常駐している娼婦が、バレーの踊り子たちであった。エトワールというのはプリマ・バレリーナのことであり、後ろの大道具(書割)の陰に平然と立っているのが、このエトワールのパトロン。

     この少女は社会から軽蔑されながら、この舞台まで上り詰めてきたこと。彼女を金で買った男が、当然のように見ていること。それを画家が「全く批判精神のない、だが一幅の美しい絵に仕上げた」ことが、とても“怖い”という。


  • ティンレット「受胎告知」(1582~87年、サン・ロッコ同信会館)

     ヨーロッパの絵画によく描かれる「受胎告知」には、天使の来訪に驚くマリア、受胎したと告げられて怯えるマリア、そして全てを受け入れた瞬間のマリアの3段階があるらしい。

     一昨年9月のイタリア巡礼に行った際、フイレンチェのサン・マルコ美術館の2階回廊にかかっていたベアト・アンジェリコの作品は、全てを受け入れた静謐な雰囲気にあふれていた。

     しかしティンレットは、怖れおののくマリアを描く。告げに来た大天使ガブリエルは、猛スピードで飛び込んできたのか、周辺の建物は台風一過のように壊れている。

     その奥でマリアの許婚、ヨゼフが、なにも知らずに大工仕事に励んでいる“怖さ”。


  • ムンク「思春期」(1889年、オスロ・ナショナルギャラリー)

     先日、兵庫県立美術館にムンク展を見に行った。代表作「叫び」はなかったが、死や不安をテーマにした作品が、我々の心の内にある怖れや不安を見事に描いているのに気付いた。食わず嫌いだったが「ムンクの絵はわかりやすい」のだという。

     この作品について著者は「思春期の怖さを描ききった」と書く。子どもから大人になるという未知への遭遇に対する怖れや不安が、黒い不気味な影となって「まるで少女の全身から立ちのぼる黒煙のようにぽわんと横にある」。影は「黒く黒く、大きく大きく」なってゆく。


  • クノップフ「見捨てられた街」(1904年、ベルギー王立美術館)

     ベルギー・フランドル地方の水の都で、旧市街が世界遺産に指定されているブルージュの街を描いた絵。

     しかし描かれている風景は、そんな観光都市の華やかさとはほど遠い。窓はかたく閉じられ、玄関扉には取っ手もない。濃い霧に包まれた建物に、海の水がひたひたと押し寄せ、これ以上近づくのが怖くなる。

     この作品はジョルジュ・ローデンバックの名作「死都ブルージュ」(1892年)をテーマにしている。「死に取りつかれた人の心が伝わってくる。だから見ている側も身がすくむ」。


  • アルテミジア・ジェンティスレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」(1620年頃、ウフイツイ美術館)

     平然と大男を殺戮する2人の美女。この犯罪が、神の正義にかなったものであることが「十字架型の柄によって示されている」。男の伸ばした右腕が落ちる瞬間も近く、目はすでに虚ろだ。

     ユーディトは、旧約聖書続編「ユディト記」に登場する古代ユダヤの女性。町がアッシリアの将軍ホロフェルネス率いる軍隊に包囲された時、美しい寡婦ユーディトは侍女1人を連れて乗り込み、将軍を篭絡して殺し、町を救う。

     この絵画は「20年前描かれたカラヴァッジョの同テーマの作品に倣った」ものという。しかし、カラヴァッジョの作品は、ユーディットがとても人を殺せそうにない楚々とした乙女として描かれている。

     凄まじい殺戮作品をいくつも描いているカラヴァッジョを上回るリアルさを表現したアルミテジアが、女性画家であるというのが、ちょっと“怖い”。


 著書に出てくるその他の主な作品

2008年4月 3日

▽ <「森と人間 生態系の森、民話の森」田嶋謙三・神田リエ著、朝日選書>

 以前から森が好きだった。

 よく山に出かけた若いころは、急峻な岩山が続く北アルプスや北八ヶ岳より、トウヒ(唐檜)の森が続く南八ヶ岳を好んで歩いた。

 白神山地のブナの森に分け入ってブトにやられ、北岳を目指す土砂降りのなか、長時間大木に抱きついて遊んだりして腰痛で動けなくなったこともある。ニュージランド南島の太古の森に入り、森に住むペンギンの不思議な生態にふれたことも忘れられない。

 畑を借りて野菜つくりをしていたころ、近くの里山は焚き火用の小枝をいっぱいくれる森だった。

 ヘンリー・D・ソローの「森の生活」(JICC出版局)、ジョン・パーリン著「森と文明」(晶文社)・・・。本棚には、ほとんど読んでいないのに、森に関する本がやたらと並んでいる。

 しかし、それ以上に自分の生活ののなかに“森”が入りこむことは、残念ながらなかった。「森と人間」の著者が言っているように、単に「イメージとしての森」が好きだっただけかもしれない。

 著者2人の恩師である北村昌美・山形大学名誉教授は「東洋の森・西洋の森」のなかで、森が好きということでは、ヨーロッパ人も日本人も変らない。しかし、日本人は頭の中で考えているのに対し、ヨーロッパ人は実際に森のなかを歩いて実感している、と書いているという。

 共著者の一人・田嶋謙三は「都会の人が年に1、2回森に出かけ・・・山小屋に泊まったことで・・・人と森の共存が成り立つわけではないだろう」と厳しく指摘する。

 なぜ、日本とヨーロッパ人との間で、森とのかかわりが、こんなに違ってしまったのだろうか。

 国木田独歩の小説「武蔵野」にある雑木林に逆風が吹きはじめたのは、第二次世界大戦後であるという。都市の近郊にあったために、住宅、工業団地の候補地に真っ先になってしまった。そのうえ、農家の燃料が薪や木炭から灯油に代わったため、あっという間に雑木林は消えてしまった。

 ところが著書によると、1年間に森で伐られる数量のうち薪や木炭に使う数量は、フランス、スペイン、イタリアなど地中海沿岸の国々では20%を越えている。日本の1%弱と雲泥の差だ。

 森が住居の近くにあるため、森の世話をする対価として、ヨーロッパの人々は暖炉用の薪を手にすることが出きる。年中、冷暖房完備の住居に住むことを選んだ(選択の余地なく?)日本人は、代わりになにを失ったのだろうか。

 しかし、ヨーロッパ人が常に森を大切に守ってきたわけではない。先にふれたジョン・パーリン著「森と文明」の帯封には「人間はいかに森を破壊してきたか」とある。

 長い歴史の末に、森への取り組みを変えてきた国民性の差を思う。

 海と農漁民を橋渡しする“魚つき林”が、まだ日本にも脈々と守られているという記述には、ホットさせられる。

 森の周辺の海域は森から流れてくる栄養塩に富み、水中微生物の増殖を促すだけでなく、水温に大きな変動がない。森が豊かになるほど、海の幸も豊かになる。

 以前に読んだ本を思い出した。気仙沼の牡蠣養殖業者・畠山重篤が書いた「森は海の恋人」(北斗出版、1994年刊))。畠山は、海の環境を守るには海に注ぐ川、そして上流の森を大切にしなければならないと気付く。そして、1989年から湾に注ぐ川の上流の山に漁民による広葉樹の森づくりを始める。

 その成果は、同じ著者の「牡蠣礼讃」(文春新書、2006年刊)にも詳しい。海の恋人が産んだ収穫によだれが出る思いがする。

 最後に著書「森と人間」は「地球環境を守るために森の木を切ってはいけない」という日本人の常識になっている誤謬に警告している。

 森が若々しい木の集まりであれば、大量の二酸化炭素を吸って有機物を作る。ところが、年を経ると老体を維持するために二酸化炭素を吐き出す量が増える・・・


 森は、伐らないで温存だけを考えていると、二酸化炭素を吐き出す。つまり、地球環境を悪くしている人間と同じになるのである。

森と人間 生態系の森、民話の森 (朝日選書 837) (朝日選書 837)
神田 リエ 田嶋 謙三
朝日新聞社
売り上げランキング: 63159
おすすめ度の平均: 5.0
5 森との共生をどう再生するか。


森の生活―ウォールデン (講談社学術文庫)
ヘンリー・D. ソロー
講談社
売り上げランキング: 109710
おすすめ度の平均: 4.5
3 生き方は色々ある
3 タイトルとおりの内容、気持ちのいい読書はできるが。
5 避けては通れない。
4 自分を見つめろ
4 裏読みすれば起業家の指南本



森と文明
森と文明
posted with amazlet at 08.04.03
ジョン パーリン
晶文社
売り上げランキング: 196580
おすすめ度の平均: 5.0
5 森林との関わりを考えていく上で・・・


森は海の恋人 (文春文庫)
畠山 重篤
文藝春秋
売り上げランキング: 27395
おすすめ度の平均: 5.0
5 山に大漁旗


牡蠣礼讃 (文春新書)
牡蠣礼讃 (文春新書)
posted with amazlet at 08.04.03
畠山 重篤
文藝春秋
売り上げランキング: 191896
おすすめ度の平均: 3.5
3 紀行文としても十分成立している
4 牡蠣から拡がる世界


2008年3月22日

▽ <読書日記「ボローニャ紀行」(井上ひさし著、文藝春秋>

 「オール讀物」という、失礼だがいささか俗っぽい文芸誌に2004年から2年半ほど連載されていた。それを、この3月に小B6版にまとめたものだから、たぶん世界最古の大学を生んだ北イタリアの古都の遺跡、グルメ紀行だろうと手にしたのが、まったく違っていた。


 現代の日本に欠けている、都市、市民、中小企業論が展開されており「予想外の拾い物」をした感じだ。

 井上ひさしは、冒頭で「(ボローニャ)は、文化による街の再生を集中的に行っていて、その手法は1970年代に『ボローニャ』方式として世界に喧伝された」と、書いている。


 街再生の具体的な方法については書いていないが、歴史的な街並みにある古い住宅を市が買い上げ、内部を快適な住空間に改装、安い公営住宅で貸し出すことらしい。

 このモデルがボローニャ方式として、ヨーロッパ中に広がったようだが「30年の机上勉強で(ボローニャが)恋人より慕わしい存在になった」著者は、NHKからルポを頼まれ「いそいそと、恋する街」へ出かけ、単なる街づくりだけでない、ボローニャ方式の主役たちに次々とインタビューしていく。

 着いて早々、中心街に近い広場で日向ぼっこをしていて、ボローニャ大学の女学生から、タブロイド新聞(12ページ、定価1ユーロ)を2ユーロで買う。この新聞、20年近く前にボローニャの街にホームレスの姿が目に付くようになったのに気付いた学生たちが、市役所に予算をつけてもらって発行し始めたもの。

 無料宿泊所の場所や衣類が入手できる場所のほか「高給料理店ディアナでパンとハムを手に入れるには、ケチで無愛想な給仕のジュリアがいる時を避けるのが賢明」なんて情報まで載っている。

 この新聞はその後、社会的協同組合「大きな広場の道」に発展、大きなバスの車庫を市から借りて、ホームレスが運営する廃棄物のリサイクルセンターや劇団付きの劇場、新聞社を運営している。

 映画の保存と修復の複合施設「チネテカ」は、ボローニア方式の秘訣の一つである組合会社という組織。独り立ちするまで税金はゼロだし、公共団体や企業財団から寄付を仰げる。フイルムを修復する技術を確立したおかげで、今では二十世紀フォックスやコロンビア映画社など、世界中のフイルム修復を、この会社が独占している。

 古いタバコ工場にある同社には、修復工場のほか、3つの映画館と専門図書館、大学の実習スタジオがそろっている。最初に出来た子ども映画館の人気番組は、ここで修復されたチャップリンの「ライムライト」だ。

 以前、経済記者をしていたころに「第3のイタリア」という中小企業で繁栄している地域があることを聞いた記憶がある。ボローニャはその中心らしい。

 著書には「第3のイタリア」の記述はないが、独特の「職人企業」という組織が、ボローニャの産業を繁栄させている源泉らしい。

 製造業では22名以下、伝統産業だと40名以下の小さな企業で、熟練工になるといつでも独立でき、旺盛な起業家精神と熟練工たちの巨大なネットワークを保っている。それが、フェラーリーという高性能自動車や日本茶のパック包装機械を作り出したIMA社といった世界的包装機械メーカーを生み出している。

 人口38万人のボローニャには、37のミュゼオ(美術館や博物館)、50の映画館、41の劇場、73の図書館がある。そのほとんどは、ボローニャ方式で古いレンガ工場などを再生、組合会社方式で運営されている。最も人気があるのが、工業専門学校の生徒が作った精巧な紡績機械のある産業博物館らしい。

 この生徒たちのほとんどは、小さな職人企業に就職し、旺盛なボローニャ精神を支えている、という。

 また行きたい街が、一つ増えた。

 せいぜい経済特区なんて姑息な手段で、自らの権益を離そうとしない官僚のおかげで、疲弊していく地域の中小企業やシャターの閉まったままの商店街を思った。


 この本に出てくる参考文献:

  • 「創造都市への挑戦―産業と文化の息づく街へ」(佐々木雅幸、岩波書店)
  • 「ボローニャの大実験―都市を創る市民力」(星野まりこ、三推社/岩波書店)
  • 「イタリアの中小企業戦略」(岡本義行、三田出版会)


ボローニャ紀行
ボローニャ紀行
posted with amazlet on 08.03.22
井上 ひさし
文藝春秋 (2008/02)
売り上げランキング: 5814
おすすめ度の平均: 4.0
4 重層的に読み解いてみよう!


創造都市への挑戦―産業と文化の息づく街へ
佐々木 雅幸
岩波書店 (2001/06)
売り上げランキング: 93469
おすすめ度の平均: 5.0
5 新しい都市の形について


ボローニャの大実験 -  都市を創る市民力
星野 まりこ
講談社 (2006/05/26)
売り上げランキング: 167646
おすすめ度の平均: 5.0
5 力づけられました
5 ボローニャの大実験
5 とにかくお薦めです

イタリアの中小企業戦略
岡本 義行
三田出版会 (1994/09)
売り上げランキング: 159957


2008年3月10日

▽ <読書日記「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」(岡田芳郎・著、講談社)>

 1か月ほど前に本屋で見つけ、さっそく図書館に問い合わせたが蔵書にはないという。このフランス料理店のことは以前に読んだり、聞いたりしていたので、なんだか気になった。

 数週間して再度検索してもらったら、新刊本コーナーにあり、すぐに借りれた。しおり紐も、折れたままはさんであったから、多分、私が借り入れ第一号だろう。お世話になります、芦屋市立図書館さん。

 白い表紙カバーの表面いっぱいに赤字で、背表紙には3行にわたって書かれた長い表題で、本の内容は一目瞭然。山形県酒田市の名家の御曹司である佐藤久一が、映画評論家に「世界一」と評価された映画館をつくりながら、酒田大火の火元になって失う。その後、日本中の食通をうならせたフランス料理店の運営に全身全霊を傾けるものの、放漫経営の責任を取らされて愛する店を追われてしまう。失意のうちに食道がんを患い、67歳で没する。そんな波乱の人生を一気に読ませる迫真のドキュメンタリー作品だ。

 あの淀川長治に「世界一だ」と言わしめた映画館「グリーンハウス」の支配人に久一がなったのは1950年(昭和25年)、20歳の時。繁華街の路地裏にあったダンスホールを父親が買収して開業したものの、これといった特色もなく興行成績も不振だったため、頼まれて東京の大学を中退して引き受けたのだ。そして、これまでにないアイデアを次々と実行していく。

 東京や大阪のホテルにしかなかった回転ドアを押して入ると、ダブルのスーツ、蝶ネクタイ、白手袋で正装した白髪の案内係に迎えられる。水洗式で高級感あふれた女子トイレでは、座り込んで弁当を食べる人もいたほど。

 ロビー内の喫茶店には、酒田の詩人たちが集い、二階にはガラス越しにスクリーンを見ることができる特別室、和風の家族室。座席数を減らしてでも、観客の快適さを優先するというコンセプトを徹底させた。

 様々なイベントにも先見性を発揮、1960年には、映画「太陽がいっぱい」を東京・スカラ座との同時ロードショーするのに成功、酒田市民の自慢の種を増やした。

 久一はその後、東京・日生劇場食堂課に勤めてフランス料理のすばらしさを知り、1967年、酒田市内にレストラン「欅(けやき)」をオープンさせる。フランス料理研究家の辻 静雄やフランス人シェフ、ポール・ボキューズの薫陶を受け、地元の食材を生かした新しいフランス郷土料理を創造する。百貨店やホテル内に新店舗「ル・ポットフー」も設け、酒田市民だけでなく、作家の開高 健、山口 瞳、写真家の土門 拳、評論家の草柳大蔵、落語家の古今亭志ん朝ら、食通の舌をうならせて評判になる。

 作家の丸谷才一は「食通知ったかぶり」(文春文庫、1979年)で、この店を「裏日本隋一のフランス料理」と絶賛している。食べた料理と酒は。

  •  そば粉のクレープとキャビアの前菜
  •  アカエイの黒バターかけ
  •  最上川の鴨のステーキ
  •  赤川寄りの砂丘で獲れた雉(きじ)のパテ
  •  チョコレートのスフレ
  •  冷えた「秘蔵初孫」(久一の実家である造り酒屋自慢の逸品
  •  サドヤ(甲府市のワインメーカー)のシャトーブリアン(赤ワイン)

 グルメ雑誌編集者の森須滋郎は「食べてびっくり」(新潮文庫、1984年)で「こんな土地で、こんな料理を、こんなに安く出して、ソロバンがとれるのだろうか」と、久一に率直に尋ねた、と書いている。

 久一はこう答えている。「四階、五階、それに六階の一部は、みんな結婚式と披露宴用のフロアー。これで採算がとれて、この三階のレストランは、私たちの道楽――よういえば生き甲斐なんです」

 久一の、こんなこだわりがいつまでも続くはずがない。慢性的な赤字経営でレストランを追われ、最後はガンを患い、老齢の父に看取られて死んでいく。

 しかし、久一の薫陶を受けたシェフたちによって「レストラン欅」「ル・ポトフー」は、今でもしっかり酒田の地に根をおろしている、という。

 この本に引き込まれたもう一つの理由が、著者・岡田芳郎が書く「エピローグ(後書き)」にある。

 「広告代理店を定年退職し、何をするでもなく暗い家の底でうずくまるような生活を送っていた私(岡田芳郎)」は、姉の家で久一の妹に紹介され、取材を始める。そこには「私の惑い多き日々とは正反対の光輝く人生があった」

 著者はこう結ぶ。「久ちゃん、どうやら私の中にあなたが棲みつき始めた」

 素材を生かしたフルコースを一気に味わった後に出たデザートに、ちょっと顔がほころぶ感がする。

 参考本:「美味礼讃」(海老沢泰久、文藝春秋、1992年)
 久一が師事した辻調理師学校創設者、辻静雄の半世紀。帯封に「彼以前は西洋料理だった。彼がほんもののフランス料理をもたらした」とある。
世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか
岡田 芳郎
講談社 (2008/01/18)
売り上げランキング: 721
おすすめ度の平均: 4.5
5 こんな人がいたんだ…
4 古き良き時代と言えば簡単だが
5 まさに目から鱗

食べてびっくり
食べてびっくり
posted with amazlet on 08.03.10
森須 滋郎
新潮社 (1980/01)
売り上げランキング: 1260516

美味礼讃 (文春文庫)
美味礼讃 (文春文庫)
posted with amazlet on 08.03.10
海老沢 泰久
文藝春秋 (1994/05)
売り上げランキング: 131275
おすすめ度の平均: 5.0
5 美味を礼賛する様々な人々を描く名著
5 「美食」と「理想」
5 辻静雄にはまったのは,この本のせいです。

2008年3月 3日

▽ <読書日記「消えたカラヴァジョ」(ジョナサン・ハー・著、田中 靖・訳、岩波書店)>

 1月の初めに日経新聞の書評に載っていたのを見て、芦屋市立図書館に貸し出しを申し込んだが、在庫なし。新規購入申し込みをしたら、1週間もたたないうちに手元に届いた。財政赤字に悩む自治体にしては、なかなかやります。


 先週のブログで書いた「カラヴァッジョへの旅 天才画家の光と闇」(宮下気規久朗・著、角川選書)に、こんな記述がある。

 「一九九一年、アイルランドの片田舎の僧院から劇的に発見されて話題になったのが《キリストの捕縛》・・・」

 「カラヴァッジョの真筆が世に出るというのは奇跡的であり、しかももっともありえない西洋の辺境から出てきたということで、半信半疑だった人々も、これを一目見た瞬間に、正真正銘のカラヴァッジョだと納得するほどの絵だった」

 「消えたカラヴァジョ」は、この《キリストの捕縛》発見をめぐるノンフィクション。

 著者は、米国マサチューセッツ州在住のノンフィクション・ライター。映画化された前作「シビル・アクション」(1995年)は、全米批評家賞最優秀ノンフィクション賞を受賞している。

 登場人物がどれもユニークなキャラクターで、筋の展開も波乱万丈。イタリア・ローマの街の描写やカラヴァッジョの生涯も詳しく「どこまでが本当のノンフィクションなのか」と少し疑いながら、引き込まれるように読んでしまう。

 訳者の田中 靖は「あとがき」で、この本について

 脚光をあびるのは篤実な一学究とか知られざるアマチュア学者などではなく、跳ねっかえりの現代イタリア娘というところがまずおもしろい。彼女がアドリア海沿岸のはての落魄したイタリア名家の、湿気でじめつきカビ臭い地下文書庫に"潜入"するあたりは思わず胸が躍るし、埃にまみれた財産目録や古帳簿の山から数行たらずの新事実をみつけだすくだりは、まるで宝さがしの物語でも読んでいるような興趣にかられる。
と書いている。

 ナヴォナ広場、トリニタ・ディ・モンティ教会、スペイン広場と、ローマ中を古ぼけた青いスクーターで駆け抜けるヒロインが、文書庫で見つけたのは、『キリストの捕縛』の購入者からカラヴァッジョへの支払い記録。そして、その絵がこっそり海外に持ち出されたことを示す許可証までも。

 舞台は、とつじょアイルランドの首都・ダブリンへ。国立ギャラリーに勤めるイタリア人絵画修復士が、イエズス会の司祭から宿舎(僧院)にある一枚の絵を見てもらうよう頼まれ、一目でそれがカルヴァジョの作品であることを見抜く。

 館長の思惑や一攫千金を夢見る骨董商などがからむなかで、一人の新聞記者が、この世紀の発見をスクープする、というおまけまでついている。

 画竜点睛を欠くのは、肝心の「キリストの捕縛」の絵が、本のカバー表紙の右側に少し載っているだけで、全体の図版が掲載されていないこと。Wikipedia を調べるとありました

 「カラヴァッジョへの旅」のなかで、著者の宮下気規久朗・神戸大学大学院准教授は、この絵について説明している。
 「キリストの衣の鮮やかな赤と青が目を引く。キリストを捕らえにきた兵士たちに合図するためにキリストに接吻するユダを中心に、緊迫したドラマが闇に浮かび上がる。キリストはあきらめたような表情をして指を組む。画面左には、聖書の記述どおり衣を置いて逃げ出す若い弟子がいる。画面右端でランタンを掲げてこの風景をのぞきこむ横顔の男は画家自身である」


 すぐにでもダブリンに飛んで、この絵に会いたい・・・。かなわないであろう、そんな夢が膨らんだ。

消えたカラヴァッジョ
ジョナサン・ハー 田中 靖
岩波書店 (2007/12)
売り上げランキング: 33132
おすすめ度の平均: 5.0
5 とても気持ちのいい作品です
5 カラバッジョ・ファンは必読


2008年2月27日

▽ <読書日記「カラヴァッジョへの旅 天才画家の光と闇」(宮下規久朗・著、角川選書)>

 イタリア・バロック時代の巨匠といわれるカラヴァッジョという画家を始めて知ったのは、一昨年9月、「和田幹男神父と行く『イタリア巡礼の旅』」(ステラ コーポレーション主催)というツアーに参加したのが、きっかけだった。

 著名な聖書学者である和田神父に導かれるままに古い教会にたどり着くと、薄暗い礼拝堂に掲げられたカラヴァッジョの宗教画が、かすかな光のなかに浮かびあがってくる。

 その強烈な印象が忘れられず、帰国してからカルヴァジョ研究の第一人者と言われる著者(神戸大大学院人文学研究科准教授)の本3冊を入手した。

 著者は、最新作「カラヴァッジョへの旅」の後書きにある「カラヴァッジョ文献案内」などで、この3冊について説明している。

 「私の集大成」と言う「カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン」(名古屋大学出版会、2004年)は、A5版、本文だけで300ページ近い大部なもの。作品の解釈なども詳しく、サントリー学芸賞や地中海ヘレンド賞を受けている。

 「カラヴァッジョ 西洋絵画の巨匠⑪」(小学館、2006年)は「これを越える画集は世界にない」と著者が自負する大型のカラー図版。

 カラヴァッジョ研究の総集編という「カラヴァッジョへの旅」は、各地に残る天才画家の足跡をたずねる旅で構成されている。

 ミラノに生まれ、ローマで後世に残る名品を残しながら、殺人を犯して南イタリアに逃亡。ナポリやシチリア、マルタ島でもけんかや暴力ざたなどの無頼をつくしながら描き続け、真夏のトスカーナの港町で行き倒れる。著書は、38歳の短い生涯を綴りながら、描いた作品を簡明に解説している。

 その内容を書くには、どうしても作品の図版が欠かせないが、著書からコピーすれば、やはり著作権にふれるのだろう。WEBを探していたら、サルヴァスタイル美術館という個人サイトを見つけた。画像はあまり鮮明ではないものの、カラヴァッジョの主要作品のコピーを見ることができる。

  一昨年のイタリア巡礼の後、ツアー仲間の岡本さんから詳細な記録をいただいた。それによると初めてカルヴァジョの作品に接したのは、ローマ滞在5日目。ナヴォーナ広場に近い聖ルイ教会(フランス人の教会)のなかにある5つの礼拝堂の一つの正面に「聖マタイと天使」、左の壁に「聖マタイの召命」、右に「聖マタイの殉教」と、マタイ3部作が掲げられていた。右側の献金箱にコインを入れると、電気の明かりがついて暗い闇に沈んでいた作品が浮かびあがる。

 「聖マタイの召命」は、絵画のなかの誰がキリストの召しだしを受けたのかという「マタイ論争」で有名な絵。諸説があるなかで、宮下准教授は右端でうつむきコインを数えている徴税吏の若者がマタイだと断言する。「次の瞬間、ばたんと立ち上がって、呆気にとられる仲間を背に、キリストとともにさっさと出て行くであろう」クライマックスの直前を捉えた作品、という。

 キリストが伸ばした右手は、システィーナ礼拝堂天井にミケランジェロが描いた「アダムの創造」のアダムの左手を左右半回転したもの。

 どこで読んだか、聞いたりしたのかの記憶がないのだが、この手を伸ばす構図が映画「ET」にも生かされていることでも知られている。

 ローマ滞在5日目の昼前には、聖アウグスチヌス教会で「ロレートの聖母」を見た。ひざまずく農夫の足の裏の汚れのリアリティさには、当時の「民衆が大騒ぎした」らしいが、聖母のモデルをめぐる著書の記述も興味深い。

 その日の夕方、聖マリア・デル・ポポロ教会礼拝堂で「聖パウロの改心」を見た印象は、とくに強烈だった。

 「画面を圧する大きな馬の足元に若い兵士が横たわって両手を広げている。この兵士はサウロ(後のパウロ)であり、今まさに改心しつつある」。

 その証拠に、絵に描かれた「馬丁も馬もパウロに起こった異変にきづいていないかのように動作を止めてうつむいている」。つまりこの絵は、パウロの脳のなかで起こったことを描いていると、宮下准教授。

 「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(使徒言行録第9節4章)という聖書の言葉を、ガラヴァジョは「一人の人間の内面に起こった静かなドラマに変容させてしまった」のだ。

 名画の完成度が高まるにつれてガラバッジョの無軌道ぶりは増していく。そして、友人やパトロンに何度も助けられながらも、同じ過ちを繰り返す。

 著者は終章でこう書く。「私がカラヴァッジョに引かれるのは・・・こうした彼の生涯と破滅的な人間性のためである」「私も自分が抑えられないかたちで、怒りを暴発させては・・・失敗と後悔を繰り返してきた」「誰しも『内なるカルヴァッジョ』を抱えて生きているのだ」

 宮下准教授のホームページに、ある雑誌に載った顔写真が貼り付けてある。

 「趣味は、任侠映画鑑賞」と言う無頼っぽい表情は、ウイキペディアに掲載されているカラヴァッジョの肖像画に似ていなくもない。

カラヴァッジョへの旅―天才画家の光と闇 (角川選書 416)
宮下 規久朗
角川学芸出版 (2007/09)
売り上げランキング: 35133
おすすめ度の平均: 4.5
4 なにしろ読みやすい
5 お勧めです☆
5 画家の生涯を旅する!

カラヴァッジョ―聖性とヴィジョン
宮下 規久朗
名古屋大学出版会 (2004/12)
売り上げランキング: 86426
おすすめ度の平均: 5.0
5 カラッヴァジョについての最良の案内書

2008年2月21日

▽ <読書日記「黄砂 その謎を追う」(岩坂泰信著、紀伊國屋書店刊)>

 黄砂に持っていた、これまでのあまりよくない常識を覆させられる、ちょっとショッキングな本である。

 「バカにならない読書術」(養老孟司、池田清彦、吉岡忍・共著、朝日新書)で、吉岡、養老両氏が推薦しているのを見つけたのが、この本に出会ったきっかけ。

 名古屋大学環境学研究科教授の著者は、82年の南極観測隊に参加しながら、黄砂研究の先鞭をつけた成果で、世界的な評価を得ている、という。

 まず「黄砂は『空飛ぶ化学工場』」という記述に驚かされる。

 飛行機に乗って上空の黄砂を直接採取して、電子顕微鏡で調べたところ、黄砂が大気中を浮遊している間に、汚染物質(おそらく二酸化硫黄=SO2)と化学反応を起こして、粒子の表面に付着するらしい、という結果が得られたという。

 人間活動によって排出された二酸化硫黄は、大気中でミスト化して漂っている。それが黄砂に付着すれば、太陽放射を反射、地球温暖化の抑制に役立つ効果を生むかもしれないらしい。

 また、黄砂の通り道に当たる地域で雨の酸性の程度が予想以上に低く「黄砂が酸性雨を緩和する」可能性もあることも分かった。

 酸性雨の原因となる硫黄酸化物や窒素酸化物を取り除いているのか、それとも雨に黄砂が取り込まれたときに黄砂粒子から溶け出したカルシュムなどの金属が中和反応を引き起こしているのか、学者の間で熱い議論が続いている、という。

 「太平洋上に飛んできた黄砂が海に落ち、プランクトンのえさになっている」という推測にも驚かされる。

 大気中に浮遊している窒素酸化物(NOx)は、生き物に欠かせない。それを付着させた黄砂の粒が海に落下したのをプランクトンが食べ、排泄物と一緒に海中に放出する。海底には、黄砂が堆積しているのが発見されているようだ。

 2003年に中国が開いた砂塵嵐をテーマにした会議で、アメリカの研究者が砂塵嵐の風景と握り寿司の写真を並べ「黄砂はプランクトンの餌になり、それを大型の魚が食べている。私たちは、その魚を食べている」と主張し、大きな拍手を受けた。

 「あとがき」には、こうある。

 黄砂がとうとうと流れるところは、言い換えるなら擬似的な大地でもある。小さな生き物にとって、黄砂の粒子一つ一つが広い地面であるかもしれない。「黄砂にくっついた小さな生き物が偏西風に乗って、どこかに着地することはありそうに思われる。」


 飛行機や気球で黄砂を捕らえ、中国・敦煌でフールド調査をするなど、徹底した実地研究の苦労話もおもしろい。

 ただ書き出しには、こんな表現がある。「黄砂という言葉は、日本列島に住む私たちにとって、春一番とともに訪れる春の到来を告げるというのどかなイメージがある」

 科学者らしい楽観主義と言えなくはないが、春になると目がチカチカしたり、車や洗濯物をほこりだらけにしたりする厄介者を、とても「春の風物詩」と呼ぶ気持ちにはならない。

 昨年6月19日付けの読売新聞には「アレルギー疾患が、黄砂によって悪化する」という奈良県大和高田市民病院のアレルギー専門医の話が載っていた。

 「国境を越える黄砂の影響は、中国などの経済発展と密接に関連し“黄砂テロリズム”と呼ぶ向きもある」「韓国では、黄砂から病原菌なども検出された」というウイキぺディアの記述も読むと、著者の見解に、いささかの違和感を持ってしまう。

 参考文献:「ここまでわかった『黄砂の正体―ミクロのダストから地球が見える』」(五月書房)。著者の三上正男氏は、気象庁気象研究所環境・応用気象研究部研究室長。

黄砂―その謎を追う
黄砂―その謎を追う
posted with amazlet on 08.02.21
岩坂 泰信
紀伊國屋書店 (2006/03)
売り上げランキング: 208001
バカにならない読書術 (朝日新書 72)
養老 孟司; 池田 清彦; 吉岡 忍
朝日新聞社 (2007/10/12)
売り上げランキング: 30584
おすすめ度の平均: 4.0
4 面白い!でも題名は・・・
5 子どもは裸足で育てよ
2 意思の疎通
ここまでわかった「黄砂」の正体―ミクロのダストから地球が見える
三上 正男
五月書房 (2007/03)
売り上げランキング: 177148

2008年2月12日

▽ <読書日記「久世塾」(塾長・久世光彦、平凡社刊)>

 シナリオを書く気なんて、毛頭なかったが、昨年の初めだったか。この本を本屋で見つけて、ちゅうちょなく買ってしまった。最近も、横積みされているのを見たから、再版されたか、どこかの書評で紹介されたのだろう。


 「久世塾」は2000年7月、「21世紀の向田邦子を作ろう」というキャッチフレーズのもとに開講されたシナリオライター養成講座。この本は、一流講師陣による特別講義録であり、2006年3月に急死した久世光彦の追悼集でもある。

 久世光彦の朝礼から始まり、計7時限の講師の講義や久世光彦との対談で構成されているが、いたるところに苦しみながら脚本を生み出してきたシナリオライターらの“光る言葉”がちりばめられている。

 大石 静(NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」「オードリー」などの脚本家)
 「人生にはある日ぶわっと波が来るときがある。私はそこにうまく乗れたんだと思う。そうなると、沈んでいるときのこともすべて材料になる。人には必ず波が来るので、あきらめないということが大きかったように思いますが、波が来たときに乗れるだけの実力を蓄えてほしいですね」


 内館牧子(NHK連続テレビ小説「ひらり」、大河ドラマ「毛利元就」など)
 「どん底であればあるほどていねいに生きていくことが、難しいけど大切」
 「何でもおもしろく思ったり、こういうことがあるよねということがわかれば・・・自分の深さ・厚さになっていくのではないか」 「いろいろな生き方があって、いろいろな風が吹いていて、本当に嫌なことも世の中にいっぱいあるよということが自分の中に蓄積されていくことが、一番遠まわりに見えながら一番の強みではないだろうか」
 「週刊誌の、週一回エッセイを書いていますが、身辺雑記というものは、ていねいに生きていかないとネタがないのです」


 糸井重里(コピーライター、人気WEBサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰)
 「本当に満足している人は、表現なんかしないのですよ。耕して、産んで、育てて、死ぬんです」


 久世光彦
 (大石 静に受講者が「脚本家としての挑戦と抱負を話してください」と質問したことに対し)「あなたが今使った『挑戦と抱負』というのはすごく難しくてすてきな言葉に見えるけれども・・・あなたの気持ちがこもっていない。もっと人にばかにされていいような、たどたどしい素朴な気持ちの言葉のほうが、何を聞きたいかということがわかると思う」


 演出家である久世光彦の書いた本を最初に買ったのは「触れもせで 向田邦子との二十年」(講談社刊)だったと思う。

 そのなかに、こんな一節がある。
 「向田さんの方は、学生のころ読んだものをもう一度、この年齢、いまの気持ちで読みたいと言った。・・・漱石と鴎外・・・プルースト、それからヘミングウエー・・・」。


 「久世塾」で、現在の自分の生きざまを、この本で最近の読書傾向が恥ずかしくなり、同時に“言葉”というものが持つ力のすごさに、改めて気付かされた思いだ。

久世塾
久世塾
posted with amazlet on 08.02.12
久世 光彦
平凡社 (2007/02)
売り上げランキング: 201034

触れもせで―向田邦子との二十年 (講談社文庫)
久世 光彦
講談社 (1996/04)
売り上げランキング: 157968
おすすめ度の平均: 5.0
5 触れもせで
5 清々しい読後感。

2008年2月 5日

▽ <読書日記「危ない中国 点撃(クリック)!」(福島香織著、産経新聞出版刊)>

 この本を図書館で借り、流し読みをした直後に、あの中国製冷凍ギョウザ中毒事件が日本全国に広がった。

 おかげで、この本に注文が殺到、5版が決まったらしい。もう一度、読み返してみた。


 産経新聞中国総局の記者である著者は、産経新聞のニュースサイト「iza」に書いているブログ「北京趣聞博客」のなかから、アクセスの多かった36本を収録している。

 第1章の「中国の食は危険がいっぱい」が3分の2を占めているが、エッと思う記述が続出する。

  • ホルモン剤を含んだ児童食品を食べて、7歳で月経が始まった女の子や6歳でひげが生えている男の子など、子供の早熟症が進んでいる。ホルモン剤汚染食品は、大人にも影響を与え、2004年には医師である全人代代表が広州市の全人代の会議で「50年後、広東の大多数の人間は、生殖能力を失うだろう」と警告した。
  • 中国は塩の専売制を取っているが、安い密造塩が横行している。不純物が多いだけでなく、中毒を起こす亜硝酸塩を含む工業塩が紛れ込むことも多い。

  • 人の毛髪をアミノ酸液に替え、それを原料にしたニセ醤油(毛髪醤油)が、市場に出回っているといううわさが絶えない。学者は、発ガン性があるという見方をしている。
  • 2005年に、山東省検疫当局が、人工牛乳を製造していた業者を摘発した。ゴミとして捨てられていた革靴を化学処理して人工たんぱく質をつくり、それに香料、色素を加えていた。今でも時々、人工牛乳騒動が報道される。
  • 工場などの排水、下水溝にたまった油を集めて精製した食用油「地溝油」が出回っている。ウランバートルの学生2人がインスタントラーメンを食べて,中毒死したが、ラーメンに、この油が使われたな、と直感的に思った。広東省のレストランでは、客が自分専用の「マイオイル」を持参、それで調理するよう頼むのが流行している。

 このほかにも、汚染された米、お茶、飲料水など、危ない食品の実態がいくつも紹介されている。ニセ食品事件が続く日本もほめたものではないが、中国に旅行するのが、いささか怖くなる感じさえある。


 ただ、これらの文章は、ブログに掲載されたものだけに、伝聞や報道などの引用が多く、著者自身の取材をもとにしたものはほとんどない。 


 記者が取材して書いた原稿を、デスクが直し、編集幹部がチェックして掲載、その後も記事審査部門が審査する新聞記事とは、根本的に違うのだ。

 新聞に掲載する場合、取材相手などの反発、抗議を懸念して、取材の確証を得ても、掲載を自己規制してしまうケースもないことはない。


 その点、ブログというメディアを活用して、書き込みを続けている著者の意図に、ある種のおおらかさ、勇気を感じ取る。

 著者自身も、この本の「あとがき」で「ネット上の『掲示板・ブログの書き込み』『知人の話』といった伝聞を重視し、新聞記事には書き込めない中国人の本音、事象の裏側も見いだしてもらえるのではないか」と書いている。


 ちなみに、このブログ「北京趣聞博客」の「趣聞」は中国語でゴシップ、「博客」はブログのこと。


 最近の「北京趣聞博客」には、農薬・メタミドホスについての詳しいレポートや食品中毒事件についての中国各紙の報道を紹介、それに関連したコメント、トラックバックが盛んになっている。


 新しいメディアとしてのブログのおもしろさを、改めて実感せざるをえない。



危ない中国 点撃! 福島香織の「北京趣聞博客」
福島 香織
産経新聞出版 (2007/10/29)
売り上げランキング: 655
おすすめ度の平均: 3.5
1 もはや妄想のレベル(笑)
5 チャイナからやってくる毒
5 やっぱり本当だったんだ


2008年1月29日

▽ <読書日記「アバノの再会」(曽野綾子著、朝日新聞社刊)>


 この本を読書仲間・Mに薦められ、図書館で借りた時は「エッ!曽野綾子って、小説も書くの」と、恥ずかしながらちょっと意外な感じがした。

 エッセイはいくつか読んだ覚えはあったし、好き嫌いは別にして、雑誌などで見る横紙破りの発言が目立っていたから。

 ところが、本棚を探していたら、作者の小説が文庫本でいくつも出てきた。「太郎物語」 「生命ある限り「リオ・グランデ」。いい加減な読み方をしているなあ・・・。


 「アバノの再会」の読後感は「なにか、すがすがしい恋愛小説を、久しぶりに楽しんだ」という感じ。 

 妻を亡くした元大学教授の戸張友衛が、北イタリアの温泉保養地・アバノで、昔家庭教師をしていた山部響子と再会。古都パドヴァなどを訪ねながら、32年前の忘れない清い恋を蘇らせる。


 二人が交わす知的な会話、とくに響子の話しがいい。切なく、心細げながら、人生をしっかりつかまえてきた様子が、浮き彫りになっていく。


 「私はあんなに懐かしげに心を込めて、見切りもつけず、動きもせずに、遠ざかる人を見送ってくれた人を見たことがないの」

 「君はよく幸せって言うね」「ええ、見つけるの、うまいのよ」

 「一人の人の行く方向をじっと見ているの、おもしろいものでしょう?マーケットのレジで、私の前に並んだ人が、何を買うのかを見ているのと同じくらい好き」

 「私、虹はいつでも好きだわ。すぐ音もなく消えるから、しつこくないでしょう?」

 「自分が生きているのか、死んでいるのかが分からないような思いになったことはありませんか」

  最後に当然のごとく、別れが来る。「人を深く愛するには、愛する人と遠くにいることが必要だという矛盾です」と・・・。


 恋愛なんかにはまったく疎い独居老人の私見だが、この言葉はどうも気に食わない。小説の結論だから、こういう展開が必要ということだろう。


 現実の作者、曽野綾子は、ご主人の三浦朱門や息子で人類学者の三浦太郎夫婦とのふれあいを中心にした日記を月刊誌に長期連載している。


 随筆集「最高に笑える人生」(新潮社刊)でも、こんなことを書いている。


 「旅に出ていると、私は自分の帰る家と家族がいることを、夢のように感じた。・・・帰る家に家族がいるということは、家が温かいことなのであった」


 本棚からは、小説以外のエッセイなども、いくつか出てきた。

 先の読書日記に書いた、アルフォン・デーケン新婦との往復書簡集「旅立ちの朝に」(角川書店)では、著者はこんなことを書いている。

 「あとただ残るのは、自分の気力と本当の徳の力だけという・・・そのような老年の条件のなかで、多くの人はその人なりに成長します」「ユーモアこそは人間性の円熟のあかし」

 「戒老録」(祥伝社)には、こんな文章がある。

 「どんな老人でも、目標を決めねばならない。生きる楽しみは、自分が発見するほかはない」「服装をくずし始めると、心の中まで、だらだらしても許されるような気になるものである」


 デーケン神父の言う「第3の人生」、五木寛之の「林住期」に入って、これらの本に再会できたのも「アバノの再会」、読書仲間・Mのおかげ、と感謝したい。

追記: 「アバノの再会」の文中で、急に有馬頼義・著「赤い天使」という本が登場してくる。話しの筋からは、なぜこの本が出てくるのかが、もう一つ分からないが、気になった。芦屋の図書館を検索してもらったら「以前はありましたが、廃棄処分にしたようです」という返事。

 AMAZONで探したら、新刊古本で見つかった。数日後に、東京・板橋の古本屋から届いた。河出書房新社、昭和41年発行、定価420円の本が、600円に送料340円。

 帯封には「死の深淵しかない戦場で従軍看護婦が見た男たちの激しい生と空しいセックス」とある。しかし「アバノの再会」とは違うけれど、どこか同じような静謐さが流れる小説と思った。

アバノの再会
アバノの再会
posted with amazlet on 08.01.29
曽野 綾子
朝日新聞社 (2007/11/07)
売り上げランキング: 6506


最高に笑える人生
最高に笑える人生
posted with amazlet on 08.01.29
曽野 綾子
新潮社 (2001/03)
売り上げランキング: 796718

2008年1月23日

▽ <「マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった」(ジョン・ウッド著、ランダムハウス講談社刊>

 マイクロソフトで、マーケティングが専門のエグゼクティブとして裕福な暮らしをしていた34歳の米国人男性である著者が、なぜ高年俸も恋人も捨てて、発展途上国のこどもたちに本を届けるNPO「ルーム・トウ・リード」を立ち上げたかを語る、ドキュメンタリー。


 きっかけは、休暇で訪れた小学校で見た、本が一冊もない図書館だった。「あなたはきっと、本を持って帰ってきてくださると信じています」。校長の、この一言が「僕の人生を永遠に変えることになった」と、著者は書く。


 そして、カトマンズに戻ってすぐ、ネットカフェから100人以上の人に「人生で最高のセールストーク」のメールを送信。それで集まった37箱、総重量439キロの本をロバ8頭で届ける。


 こうしてスタートした「ルーム・トウ・リード」は、1992年に設立以来、英語の児童書140万冊以上を寄贈しただけでなく、学校287校、図書館3540カ所、コンピュータ教室と語学教室117カ所を建設、2336人の女子児童に長期奨学金を提供、途上国に教育インフラを提供する大きなプロジェクトを推進している。

 対象も、ネパールからベトナム、カンボジア、インド、ラオス、スリランカ、南アフリカ、ザンビアまで広がった。


 ジョン・ウッドは、無償の慈善行為と思われていたNPOに、マイクロソフトで学んだビジネスモデルを次々に導入していく。運営コストは極力押さえる一方で、活動に使った出費は詳細に報告、優秀な人材を有償のフルタイム・スタッフとして確保する。ある男性から「大きな寄付をしても、光熱費や家賃になるのか。自分のお金の使い道がまったく分からない」と、言われたのがきっかけだった。

 大口の寄付をした知人から、こんな評価を得る。「活動の結果がとても具体的。8000ドル集めれば学校が1つ、1万ドルなら図書館のある学校を1つ建設できる。寄付と成果の関係が分かりやすくて、説得力がある」。

 このビジネスモデルのもう一つの特色は「チャプター」と呼ばれる資金集めのボランティア拠点をニューヨーク、サンフランシスコ、ロンドン、東京など世界各地に立ち上げたことだ。

 ジョン・ウッドに届くメールを見て「たくさんのホワイトカラーが、自分の才能と情熱の一部をどうすれば社会に投資できるかを考えている」と気付き「21世紀のカーネギーとは、関心の高い世界中の市民のネットワークのことだ」と確信した結果だった。

 著者は、このNPOの活動を通じて、こんな人生の高揚感を手にする。「ずっと探していたものを見つけたんだ。意義があって、自分が情熱を持てる仕事を。毎朝ベッドから飛び起きてオフイスに直行し、今日はどんなことが起こるだろうかとわくわくする。こんな贅沢は世界中を探してもほとんどないよ」。


 「社会起業家」という言葉を始めて耳にしたのは、もう10数年前になるだろうか。大手エネルギー会社のSさんから、確かロンドンだったと思うが、出張のついでに、社会起業家を調査したレポートをもらったことがある。本棚を探してみたが、どうしても見つからない。


 ただ長年、経済記者をしてきて「企業のあり方が、ここまで変ってきたのか」という鮮烈な印象を受けたことを記憶している。


 本棚から、以前に読んだ「社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流―」(斎藤 槙著、岩波新書)を、引っ張り出した。


 作者は、ロサンゼルスに住みながら、企業の社会的責任(CSR)や社会投資責任(SRI)をテーマにしている女性コンサルタント。

 「現代の社会起業家は、働くという行為を単に収入を得る手段としてだけでなく、自己実現の場と考えている」と書き、一般の企業もなぜここまでCSRを意識しないと生き残れなってきたかをレポートしている。


 最近、新聞の書評や書店で、同じような本を2冊も見つけた。


 「社会起業家という仕事」(渡邊奈々著、日経BP社刊)、「社会起業家という生き方 『社会を変える』を仕事にする」(駒崎弘樹著、英治出版刊)


 この言葉。これから若者の企業選びや働く意識、退職していく団塊の世代の生き様を変えていくかもしれない。


 これからも、この言葉に注意を払っていきたい。しかし、もう66歳・・・。間に合うかな。


マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった
ジョン ウッド (訳)羽野薫
ランダムハウス講談社 (2007/09/21)
売り上げランキング: 907
おすすめ度の平均: 5.0
4 社会企業家?
5 プライスレス
5 自分の恵まれた環境を思い知る



社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流 (岩波新書)
斎藤 槙
岩波書店 (2004/07)
売り上げランキング: 1261
おすすめ度の平均: 4.0
3 ちょっと散漫かな
4 日本の事例もフォローしている。構成もよい。入門書として最適。
4 地道な努力が背景には




社会起業家という仕事 チェンジメーカーII
渡邊 奈々
日経BP社 (2007/11/01)
売り上げランキング: 1268
おすすめ度の平均: 5.0
5 世のため、人のため生きる人は、皆いい顔をしている。
5 素晴らしい
5 海外の社会起業家にも目を向けて




「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方
駒崎弘樹
英治出版 (2007/11/06)
売り上げランキング: 259
おすすめ度の平均: 4.5
5 やりたいことがないと嘆く若者に。
4 興味がある人が最初に読むと役に立つ本
5 笑って笑って、泣いた。腹に響く実践の書

2008年1月14日

▽ <読書日記「よく生き よく笑い よき死と出会う」(アルフォンス・デーケン著、新潮社>

 昨日13日(日)、西宮のプレラホールというところで「兵庫・生と死を考える会」(会長・髙木慶子聖トマス大学客員教授)の設立20周年セミナーがあった。


 その会場で、講演されるデーケン神父(上智大学名誉教授)の著書十数冊がロビーで販売されていた。「どれが、一番分かりやすいですか」と聞き、秘書の方に推薦していただいたのが、この本。

 2003年1月の教授退官最終講義をもとに発刊されたもの。長年「死生学」に取り組み、「死への準備の大切さ」を説いてこられたデーケン神父の経験、考え方が分かりやすくまとめてある。


 著者は、4歳の妹の死や生死をかけて反ナチ運動に投じた父などの体験を語りながら、死の準備のための処方せんを具体的に説いておられる。


 デーケン神父は、様々な危機や価値観の転換に見舞われる中年期を過ぎた時期を、豊かな老いを生きていくための「第3の人生」と呼んでいる。

 そして「第3の人生」の6つの課題を示している。

  1. 過去の肩書きなどを手放し、前向きに生きる
  2. 人を許し、わだかまりを残さない
  3. 自分の人生を支えてくれた多くの人たちに感謝する
  4. 旅立ちの挨拶をちゃんとしておく
  5. 遺された人たちに配慮して、適正な遺言状を作成する
  6. 自分なりの葬儀方法を考え、周囲に知らせておく
 の6つ。

どれ一つできていない自分に驚きながら、その部分に線を引いた。


 心震わせながらしか読めなかったのが、まもなく死が訪れることを知った人が体験する「死へのプロセスの6段階」という項目。

  1. 死を告知された人は、まず自分が死ぬという事実を否定する
  2. 「なぜ、今、死ななければならないのか」と、怒りの問いかけをする
  3. 医師、運命、神に対し、死を少しでも先に延ばしてくれるようにと交渉を始める
  4. うつ状態になる
  5. やがて、死が避けられないという事実を受け入れる
  6. 死後の世界を信じる人は、永遠性への期待と希望を抱く・・・。


 私は、三年前の9月に女房を亡くした。

 長年わずらっていた重度のリュウマチ治療のために飲んでいた強い薬で腸に穴が開き、緊急入院して3ヵ月ちょっとしたころ。


 見舞いに行くと「きのうの夜は、死神がベッドわきに立っていたが『まだ死なないわよ。帰りなさい』と、怒鳴ってやったら消えてしまった」と、ちょっと得意げに話した。

 まだ、完治を目指して治療に当たってもらっていた時期だったが、彼女は、心のどこかで死を意識していたのだろう。


 死の数週間まえには「手を握って!まだ死にたくない」と泣いた。数日前には、麻酔薬で朦朧とした意識のなかで「カトリックの洗礼を受けますか?神の愛を信じますか」というN神父の何度もの問いかけに、しっかりとうなずき、緊急洗礼を受け、天国に行ってしまった。


 私の大学時代の友人で、作詞家の松本礼児が、このセミナーでトークショーをやらせていただくことになり、彼のCDをロビーで販売させてもらいながら、この本を読んだ。あの時のことが、本の記述と二重写しになった。


 松本礼児はトークショーで「こども達のかけがえない命を守ってください」という気持ちで自ら作詞した「小さな手」(作曲:MIKI/編曲:竜崎孝路)という歌を歌った。

遊びつかれて ぐっすり眠る 君の寝顔を 飽きずに眺める

近頃ちょっと 生意気だけど 寝息をたてて 天使になった

可笑しいくらい ママに似ている 耳の形も 小さな爪も

かわいい拳 握って眠る 息子よ何を夢見てる

どんな未来を 積むのだろう こんなに小さな手のひらで

 セミナーを終えて一階に出た時、松本礼児は数人の若者に囲まれ、記念撮影を頼まれた。71枚目のCDが売れた。彼らは涙ぐんでいた。「歌って、不思議なものだなあ」と思った。

よく生き よく笑い よき死と出会う
アルフォンス・デーケン
新潮社 (2003/09/17)
売り上げランキング: 131809
おすすめ度の平均: 5.0
5 死について考える
5 死への準備教育

2008年1月 5日

▽ <読書日記「星の巡礼」(パウロ・コエーリョ著、山川紘夫・山川亜希子訳、角川文庫>

 なんとも難解かつ不可解な本で、なんとか通読はしたものの、そのまま放り出していた。

 話しは変るが、今年の元旦の昼に近くの神社の前を通ったら、数年前まで数人しか初参りの人なんていなかったのに、200人前後の人々が道まであふれて並んでいた。友人Mさんの新年メールによると、40年間、閑散としていた自宅近くの神社も同じような状況だったらしい。

 世の中、なにかが、変ってきたのだろうか。

 賀状を整理していると、昔、取材でお世話になったIさん(元・大手家電会社役員)が、ご夫婦で四国八十八カ所霊場巡りを始めておられた。「よりよく生きるための示唆を求めて」と、書いておられる。2年前にすでに霊場巡りを終えられた元・大手銀行監査役のJさんに続いて二人目だ。

 ハッピーリタイヤーされた方々が、必死に自分探しをしておられる。

 四国や熊野だけでなく、海外でも巡礼ブームなのだそうだ。とくに有名なのが「星の巡礼」の舞台でもある、スペイン・サンティアゴ巡礼。フランス北部からサンティアゴまで約800キロを約40日かけて歩く。世界各国から訪れる年間10万人もの人が巡礼する、という。

 昨年夏には、日経新聞が夕刊でサンティアゴ巡礼記を連載、NHKハイビジョンも長期ルポを放映した。1993年に世界遺産に登録された影響も大きいようだが、日経の連載には「ブラジル人作家、コエーリョの『星の巡礼』が巡礼ブームに火をつけた」と書いてある。

 そこで、本棚の本をもう一度、取り出してみる気になった。

 解説などを読んでみると、これはコエーリョ自身の自伝的小説のようだ。主人公・パウロは、RAM教団というスペインのキリスト教神秘主義の秘密結社に出会うが、入会試験に失敗して、再修業のために師匠とともに「星の道」という巡礼路を歩きながら、なんとも不思議な実習を重ねていく。

 各章の終わりに、この自習の内容がコラム風に紹介されている。

 例えば、第一の自習「種子の実習」。「地面にひざまつき、おだやかに呼吸をする。次第に自分が小さな種子であり、土の中で心地よく眠っている感覚を抱く」。この実習を、連続7日間、いつも同じ時刻にする。

 このほか、水たまりをじっと見ながら、直感力を呼び覚ます「水の自習」。ゆったりとリラックスしながら聖人と光のあふれた青い天空にいるのを実感する自習・・・。

 解説者は「誰もがたどることができる道で、すべての人が持つ内なる力を、自分にも発見する物語」「人間のスピチュアリティ、霊性の広がりを追求している」と書く。

 国立民族学博物館の大森康宏名誉教授は、最近の巡礼ブームについて「科学技術がつくりだした現代の仮想社会は、邪魔者をどんどん排斥していく。そんな時にどう生きるか。ゆっくり、ゆっくり目的地を目指す巡礼の旅に身を委ねたくなる」(2007年12月27日、日経夕刊)と、インタビューに答えている。民博は、今週開催した特別展「聖地巡礼 自分探しの旅へ」を、この夏に、古代の聖地、出雲大社で開くという。

 禅宗の座禅や神道の水ごり、中国の気功の修行者たち、そして「千の風になって」の歌に癒され、江原啓之らのスピチュアリティ本が並ぶ書店のコーナーに群がる若い女性たちも、必死に自分探しをしている、ということなのだろう。

 「星の巡礼」に比べると、同じ著者の作品で、やはり世界的なベストセラーになったという「アルケミスト 夢を旅した少年」(山川紘夫・山川亜希子訳、角川文庫)は、もう少し分かりやすい、波乱万丈の自分探しの旅物語。

 ただし、スピチュアリティルなるものが、もうひとつ理解できない私は、途中で放り出したくなったが・・・。


星の巡礼
星の巡礼
posted with amazlet on 08.01.05
パウロ・コエーリョ 山川 紘矢 山川 亜希子
角川書店 (1998/04)
売り上げランキング: 45652
おすすめ度の平均: 4.0
4 私もいつか巡礼の旅へ出かけてみたいなぁ
5 人生のバイブル
5 アルケミストの背景がみえる。



アルケミスト―夢を旅した少年 (角川文庫―角川文庫ソフィア)
パウロ コエーリョ Paulo Coelho 山川 紘矢 山川 亜希子
角川書店 (1997/02)
売り上げランキング: 2351
おすすめ度の平均: 4.5
3 アルケミスト―夢を旅した少年
5 後悔よりも前に進むこと
4 夢は必ず叶うのか

2007年12月30日

▽ <読書日記「きみのためのバラ」(池澤夏樹著、新潮社)>

 ある人の勧めで、最近、図書館通いがくせになった。

 このブログを始めたこともあって、とくに日曜日は図書館で新聞各紙の読書欄をチェックすることにしている。

 2週間ほど前の毎日新聞で「今年の3冊」という特集をしていたが、30人近い識者のうち3人が推薦していたのが、この本。

 さっそく、借り入れを申し込んだら、市内の2つの分室にあるという。予約を入れ、数日後に手元に届いた。

 以前に読んだ同じ著者の「静かな大地」(朝日新聞社)は、北海道開拓とアイヌ問題を真正面から取り上げた重いテーマだったが、著者12年ぶりの短編集というこの本は、だいぶ趣向が違う。

 真っ白い表紙に青いバラを描いた装丁もしゃれている。推薦者の一人、髙樹のぶ子は「ヨーロッパテーストのおしゃれな短編集」と評し、同じく養老孟司は「ときに品のある小説を読みたいと思っていたら、たまたま読んでしまった。・・・」と書く。

 例えば、最初の「都市生活」は、こんな風。

 ある都市で、飛行機に乗り遅れ、最終便の空席待ちもはずれて最悪の日となった男が、入ったレストランでうまい牡蠣に出会い、満足して白ワインを飲む。  
 同じく、最悪の体験をした後、一人で食事をしていた近くの席の美女が、最後のデザートのすばらしさにふっと笑う。
 それをきっかけに、ちょっとした会話がはずみ「あなたの牡蠣の食べ方も、すごくおいしそうに見えたわよ」。そう言って、彼女は大股に店を出ていく・・・。

 「レギャンの花嫁」は、バリ島での悲しい恋物語。「レシタションのはじまり」は、ブラジルの奥地に住むある種族がとなえる呪文が世界に広がって争いがなくなり、世界中の軍隊と警察が解散してしまう、という現代のお伽噺。

 このほか、舞台はヘルシンキ、カナダ、沖縄、パリ、メキシコと広がる。自然なリズム感のある文章が、心地よい。

 「スタンダールは墓碑銘に“生きた、書いた、愛した”と刻んだが、ぼくならそれに“読んだ、旅した”が加わる」(「池澤夏樹の旅地図」、世界文化社)と書く、著者の面目躍如とした小説だ。

 ついでに積読してあった同じ著者の「カイマナヒラの家」(発行・ホーム社、発売・集英社)も読んだ。

 ハワイ・ワイキキ浜の近くにある豪邸の管理をまかされた若者たちが、サーフインや恋を楽しみ、ハワイイ(「この島々を呼ぶ本来の言葉は、ハワイイだ」と、著者は言う)の風土に触れていくファンタジー。サーファー兼カメラマン・芝田満之の幻想的な写真もたくさんついている。

最 後のページの写真に「この物語の登場人物はすべて架空であり作者の想像の産物であるが、家は実在した」と書いてある。

 しかし、文中にレラ・サンという女性サーファーの死を悼む話しが出てくるが、同じ著者の「ハワイイ紀行」(新潮社)という本には、このレラ・サンが写真付きで登場している。

 旅する作家、池澤夏樹という小説家の体験が、「カイマナヒラの家」というファンタジーを生んだということだろう。

 さきにふれた「池澤夏樹の旅地図」という本のなかに、こんな記述がでてくる。

 「読むことと旅をするということは実は原理的に似ている。・・・だから現実の旅のなかで本を読むのは・・・メイン・ディッシュの途中でデザートを食べるような、どこか重複して違いを邪魔し合う結果になる・・・」。

 なるほど。旅行に本を持っていっても、ほとんど読めないのはそのせいかと、なんとなく納得した。

きみのためのバラ
きみのためのバラ
posted with amazlet on 07.12.30
池澤 夏樹
新潮社 (2007/04)
売り上げランキング: 10979
おすすめ度の平均: 4.0
4 言葉への信頼と期待
4 待望の、というのは本当ですね


カイマナヒラの家 (集英社文庫)
池沢 夏樹 芝田 満之
集英社 (2004/02)
売り上げランキング: 120934

2007年12月15日

▽ <読書日記「永遠の0=ゼロ」(百田尚樹著、太田出版)>

 今年の春ごろだったと思う。

 NHKラジオの朝の番組で、俳優の児玉 清が、この本を絶賛していて、買ってみようと思った。ところが、大阪の大型書店を何回回っても見つからない。そのころは、図書館に行く習慣がなかったし、どんな内容か見てからと思ったから、アマゾンなどに注文する気にもならなかった。

 ところが、1カ月ほどして旭屋書店に入ったら、正面の棚にこの本が横積みされていた。児玉 清の推薦文を載せた帯封まで付いていた。

 「深まる謎、胸えぐるストーリー・・・この物語に、僕は本物の“大人の愛”を見た。迫真のミステリー、最高のラブロマンス、心揺さぶられる一冊!」

 なんと大げさなと思ったが、読み出したらやめられなくなった。

 書名の「0=ゼロ」とは、旧日本空軍の名機と言われた零戦のことだった。 

「生きて妻のところに帰る」と言い続けて、仲間から「卑怯者」と蔑まれいた零戦パイロット。その主人公について、孫である姉弟が元戦友たちを訪ねて証言を得ていくうちに、祖父が凄腕のパイロットであり、生に執着しながらも部下を救うために特攻に志願して死んで行く事実が明らかになっていく。

 このなかで、零戦という戦闘機の技術水準のすごさや、ラバウル、ガナルカナル、レイテなどの戦局で見せた日本空軍の戦略の甘さ、軍組織、それに追従したマスコミの愚かさなどが、あきさせないストーリー展開のなかで克明に描かれていく。

 後半は一変。児玉 清の言う「迫真のミステリー、最高のラブロマンス」。

 戦後、残された妻は、だまされてやくざの囲いものになっていたが、その別宅に知らない若い男が乗り込み、そのやくざを殺し、苦界から救ってくれる。戦死した夫の元部下らしい。

 主人公に救われた別の元部下は、その恩義に報いようと元上官の妻に尽くす。しかし、次第にその人を愛するようになり、苦しむ。そして「あなたは、夫の生まれ変わり」という言葉に救われて再婚する・・・。

 本の紹介では、著者の百田尚樹は「現在、放送作家」となっているが、朝日放送の「探偵!ナイトスクープ」などの番組を構成した人。小説としては、これが第一作。第二作が待たれた。

 今週の初めに、また児玉 清がラジオで同じ著者の「聖夜の贈り物」(太田出版)を紹介していた。

 図書館に行ったが、未購入。駅ビルの本屋で買ってしまった。

 帯封には、こうある。

「恵子はクリスマス・イブに、長年勤めてきた会社から解雇を言い渡された。人のことばかり考えていつも損をしている恵子は、この日もなけなしのお金を、ホームレスにめぐんでしまう。ホームレスは『この万年筆で願いを書くと願いが三つまでかなう』と言って一本の鉛筆を恵子に渡すとニヤリと笑ったのだが・・・。5人の女性たちをめぐる心揺さぶるファンタジー」

小B6版、ちょうど200ページの短編集。それにしても、第一作に比べると、あまりに軽いタッチだ。

作者自身、あるブログに「『永遠の0』に比べると、随分甘い物語ですが、クリスマスのお伽噺として大目に見てください」というコメントを寄せている。

クリックすると大きな写真になります図書館の近くの小さな喫茶店で、上原寛一郎という人の「クリスマス・グラフイティ」という写真展をやっていた。

「なるほど、サンタの贈り物か?」。聖夜の贈り物など期待できない65歳のじじいは、サンタの写真を見ながら、この本の世界を楽しんだ。




永遠の0 (ゼロ)
永遠の0 (ゼロ)
posted with amazlet on 07.12.15
百田 尚樹
太田出版 (2006/08/24)
売り上げランキング: 11152
おすすめ度の平均: 4.5
5 情けない
4 我らの祖父・祖母たちの、過酷で、それゆえ美しい…“青春”
5 特攻隊を正面から見据える力作


聖夜の贈り物
聖夜の贈り物
posted with amazlet on 07.12.15
百田 尚樹
太田出版 (2007/11/22)
売り上げランキング: 1133
おすすめ度の平均: 5.0
5 心が癒されること間違いなし!男性にもお勧め!
5 大人のためのファンタジー


2007年12月11日

▽ <読書日記「中国を追われたウイグル人」(水谷尚子著、文春新書)>

 1か月ほど前、本屋漁りをしていて、ふと目を引かれたのが、この本。目次に「イリ事件を語る」とあるのを見てエット思った。

 前回、書いたように「中国・シルクロードウイグル女性の家族と生活」という本のあとがきに、編者の岩崎雅美さんは、国を持たないウイグル人と中国政府との衝突について触れられている。

 「中国を追われたウイグル人」という本を見て、この、あとがきを思い出した。

 9月の中旬に天山北路のツアーに参加した時は、そんなことはまったく知らず、イリの街ではカワプ(羊肉の串焼き)や野菜などを揚げる屋台の賑わいを、周辺の山や草原では、羊や牛を放牧するウイグル族の牧歌的な生活の観光を楽しんできた。

 しかし、まったく無知だったが、郷愁漂うシルクロードが走る中国・新疆ウイグル自治区はウイグル人の祖国だったのだ。この“祖国”を彼らは、東トルキスタンと呼ぶ。

 歴史年表によると、1933年に続き、1944年にも東トルキスタンは独立をはたしたことがある。しかし、いずれもソ連の介入や中国政府による占領で、短命に終わっている。

 しかし、イリを中心に祖国を持たないウイグル人の反政府、独立運動は続発し、中国政府による弾圧も続いているらしい。

 この本は、この独立運動に関与したと見なされて、海外に亡命したり、投獄されたりしているウイグル人たちの実情を記録したものだ。

 圧巻は、世界ウイグル会議議長として、ウイグル人の人権擁護活動をしている在米ウイグル人女性、ラビア・カーディルさんへのインタビューだ。

 ラビアさんはアルタイ生まれ。中国共産党の軍隊が「東トルキスタン」を占領した際、母、弟妹とともにトラックに乗せられ、タクラマカン砂漠に置き去りにされた。大変な思いで砂漠を抜け出した後、自らの才覚で中国十大富豪の一人と呼ばれるようになり、中国共産党関連組織の要職まで務めた。

 だが、江沢民を前に反政府演説をしたのをきっかけに、その地位と財産を奪われて6年間投獄されたが、欧米の人権団体の擁護などもあり、米国に亡命した。

 この11月にはアムネスティ・インターナショナルの招きで来日、各地で講演している。11月10日付け読売新聞によると、ラビアさんは「ウイグル族の若い女性が沿岸都市に安価な労働力として強制移住させられている」「政治的迫害を受けて中央アジア諸国に逃亡したウイグル族が中国に強制送還されて投獄されている」など、中国の人権侵害の実態を訴えた。

 この本では、こんなエピソードも紹介されている。

 「2000年6月、日韓共催サッカーワールドカップで、トルコ対中国戦がソウルのスタジアムで行われた際、世界中のウイグル人が興奮し目を疑い、快哉を叫んだ。中国のゴール裏に広げられた巨大な東トルキスタン国旗(トルコ国旗の赤い部分を青にした旗)が、中継画面に何度も映し出され、全世界に配信された。実況中継のため中国でもそのシーンをカットすることはできなかった・・・」

 ただ、この本の著者である水谷尚子・中央大学非常勤講師は「序にかえて」で「ウイグル人亡命者の口述史をまとめる作業は、まるで平均台の上を歩かされているような感覚である。彼らの『語り』は、傍証となる資料を探すことがほぼ不可能で、客観的検証が非常に難しい・・・」と、書いている。

 私もこのブログを、その他の本やWEB検索資料で書いている。出所を確かめる作業はまったくしていないが、無責任な記述が許される「おたくメディア」だからと、自分を納得させるしかない。

中国を追われたウイグル人―亡命者が語る政治弾圧 (文春新書 599)
水谷 尚子
文藝春秋 (2007/10)
売り上げランキング: 17014
おすすめ度の平均: 4.5
5 恐るべきチャイナ
4 中共政府による少数民族弾圧の実態
5 アジアにおける「人権」を問う


 参考文献:「もうひとつのシルクロード」(野口信彦著、大月書店)=岩崎先生からの寄贈
もうひとつのシルクロード―西域からみた中国の素顔
野口 信彦
大月書店 (2002/05)
売り上げランキング: 386479


2007年12月 3日

▽ <読書日記「中国・シルクロードの女性と生活」(岩崎雅美=編、東方出版)>

 駆け出し記者のころ。確か、本多勝一だったと思う。「ルポルタージュの方法」という本かなにかで「知らない土地にルポに出かける時は、その土地の歴史と地図をしっかり調べる」と書いてあったのを読んで「なるほど」と思った覚えがある。

 今年の9月に、古い友人の久保さんにお願いしてシルクロードへの旅をご一緒させてもらうことになった際、出発まであまり時間がなかったが、できるだけシルクロードの歴史を書いたものや紀行文を読もうとしてみた。

 だが、行くところが天山北路という新疆ウイグル自治区でも、一番北にあるためか、関連する資料が少ない。特に、そこに住むウイグル族の人々の生活などを事前に知る手立ては見つけられなかった。消化不良のまま、出発日が来た。

 この旅は、久保さんご夫妻と同じ古いテニス仲間だった吉田さんご夫妻ともご一緒した。新疆ウイグル自治区の州都ウルムチの飛行場で便待ちをしていた際、吉田夫人(芦屋女子短期大学教授)から「こんなのがあるのですよ」と、手渡されたのが、この本。

 手に取ってパラパラとめくって見て驚いた。

 ウイグル族の生活を女性中心に記述した詳細なフイールドワークだった。具体的なルポを積み重ねた平易な文章だけでなく、その生活ぶりが分かる写真が多いのにも引かれた。

 2004年の発刊だから、本屋で手には入らないだろう。「この本を買いたいのですが」と、興奮気味にお願いしたら「二冊持っていますから、それ差し上げます!」。

 北西の都市、イリに向かう機中でむさぼり読んだ。

 この本は、吉田夫人の母校、奈良女子大学出身の7人の学者が、4年をかけて新疆各地の民家を実際に訪問して、女性の生活ぶりを調べたもの。

 家族構成や親子の同居実態、親族関係、子どものしつけ。それに、服装や髪型、化粧法など、女性だから調べられたと思う徹底したフイールドワークだ。

 おもしろかったのは、眉毛の化粧。ウイグル族女性の化粧のなかで、特に眉毛は大切らしい。どの家庭でも庭先にオスマという植物を一年中栽培していて、その葉を手のひらでよく揉んで出てくる緑の汁で眉を描く。出来あがると、濃いグレーで、太くて濃い化粧が好まれる、という。

 イリでツアーガイドをしてくれたウイグル族の女性、Cさんが、そっくりの眉をしていた。「オスマで描くの」と聞いたら、違うという。働く女性は、市販のものを使うのだろうか。

 この本はもちろん、ウイグル族の民族料理にも詳しい。

 日常食で、我々の食事にも出たナンは、羊肉のみじん切りやタマネギ、カボチャのペーストを入れたものなど、種類は非常に多いようだ。

 日本では、なぜかシシカバブと呼ばれている羊肉の串焼き「カワプ」は、石炭で焼く途中で、唐辛子やジーレンと呼ぶ調味料をふりかけながら、こんがりと焼く、と書いてある。ジーレンの実には揮発油が含まれていて、特有の香りがする、という。「ああ、あの香りはそのせいなのか」。納得。

 帰国してしばらくしたら,吉田夫人から、この本の続編「中国・シルクロード ウイグル女性の家族と生活」(編者、出版社:同)が送られてきた。編者の岩崎先生が寄贈していただける、という。

 同じ先生方7人が、その後3年、計7年続けられた調査が書かれている。民族料理の記載がぐっと増え、民家の詳細な見取り図までが描かれているなど、さらにウイグル族女性の生活に入り込んだ様子が生き生きと書かれている。

 岩崎先生のあとがきに、このような記載があった。

「ウイグル人は国を持たない民族であるために、一種心のよりどころとなる国を求める意識が働き中国政府と衝突する」

 この文章のおかげで、別の本に出会うことになる。

中国・シルクロードの女性と生活
岩崎 雅美
東方出版 (2004/08)
売り上げランキング: 308109
おすすめ度の平均: 5.0
5 写真が沢山載ってます!
中国シルクロード ウイグル女性の家族と生活
岩崎 雅美
東方出版 (2006/11)
売り上げランキング: 286162