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2022年7月29日

④北海道大学構内散策と総合博物館見学(6月29日) 北海道旅行 札幌,、そして富良野・美瑛バスツアー 6月27日-30日 

富良野・美瑛バスツアーの翌日の主な予定は、北海道大学総合博物館の見学だった。実は2015年5月にKさんご夫妻と「日本一周鉄道の旅」という某旅行社企画のツアーに参加した時、その第1日目は、新横浜(こだま)→東京(東北新幹線はやぶさ)→新青森(スーパー白鳥)→函館(スーパー北斗)→そして札幌に夕方に着く行程だった。翌日スーパー宗谷で、稚内迄行くが朝食後、出発までのわずかな時間、Kさんのご主人と北大の構内を散歩した。その時に、また札幌に来たときは少し時間をとって、北大の構内を散策してみたいと思っていた。
 北大は泊ったホテルからは線路の反対側だが、そのガードくぐって、ちょっと行ったところに門があった。婿殿が案内してくれる。小雨が降っていたが、それがまた趣があった。ゆっくり構内を歩いて、北海道大学総合博物館へ行く。少し早く着くと、まだ門が閉まっていて、数人の方が開館を待っていた。10時に開く。
 約1時間半ほど、博物館を見学し、その1階にある「ミュージアムカフェ ぽらす」で一休みしたが、そこのアイスクリームが美味しかったとかみさんに好評だった。
 総合博物館の見学を終えたあとは、ポプラ並木を見に行った。
 昼時になった。特にどこへ行こうという予定はない。3人で協議の結果、まず、ビール工場の跡地にできている商業施設「サッポロファクトリー」へ行って、札幌ラーメンで昼食にしようということになり、タクシーに乗った。
 なお、写真に関する記述は、案内板やパネルの説明、wikipedia などを参照、引用させていただいている。

000_220629796 X700 〇北大構内 G7X.jpg
花木園の緑色に覆われた池に泳ぐマガモ 2022年6月29日 札幌市北海道大学構内

066_220629661 X800 北大構内 G7X.jpg 66.北大構内
JR函館本線の札幌駅北側のガードをくぐってまっすぐ歩くと、左側に北大正門があった。構内に入って、しばらく進むと、札幌駅の傍とは思えぬ緑の静寂があった。北海道大学は、日本初の学士授与機関として1876年(明治9年)に設立された札幌農学校を前身とする総合大学である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO 640) 露出補正 なし
067_220629664 X800 〇北大構内 G7X.jpg 67.サクシュコトニ川
wikipediaなどによれば、サクシュコトニ川は、北海道札幌市北区を流れる小さな川工で、新川水系琴似川支流の準用河川である。ほとんどの区間を北海道大学敷地内で占める。現在は人工流水になっているが、昭和初期までここにサケが遡上していたそうだ。1951年頃から水源である上流域の開発のため水量が徐々に減り始め、やがて枯渇し、流れの無くなった自然河川を2004年に再生事業により復活させた。川の名の由来は、アイヌ語で「浜(豊平川の河原)の方を通る琴似川」を意味する「サ・クㇱ・コトニ」にある。涸れた川になってしまった。今も河川として残っているのは北大構内で、ほとんど昔の風情そのままに潅漑用や、自然水等の水路として利用されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 30mm ISO 3200) 露出補正 なし
068_220629666 X800 〇北大構内 G7X.jpg 68.古賀講堂(旧東北帝国大学農科大学林学教室)
北大には古い歴史のある建物が多くある。1907年(明治40年) 、 札幌農学校が東北帝国大学の設立に伴い、東北帝国大学農科大学に改組されたが、この木造2階の建物は 1909年(明治42年) 11月24日 に竣工している。1997年(平成9年) に国の登録有形文化財となる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO 250) 露出補正 なし
069_220629668 X800 〇北大構内 G7X.jpg 69.古賀講堂 正面玄関
全体的にフランス・ルネサンス風にまとめられた建物である。古河家寄付記念事業の寄付金によって建てられた教室の中で、唯一現存している建物だそだ。足尾銅山で利益を上げていた古河財閥が足尾鉱山鉱毒事件の償いの意味を含めて寄贈したそうだ。正面玄関には、左から「古賀家寄贈」と書かれた銘が見える。現在は文学研究科の校舎として使用されていて、観光客が中に入ることはできない。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO 125) 露出補正 なし
070_220629675 X800 〇北大総合博物館 G7X.jpg 70.北大総合博物館 -1
少し小雨が降ってきた。クラーク像を左に見て、その先を右へ向かうと総合博物館の建物が見えてきた。wikipediaによると、北海道大学における博物館は、札幌農学校時代の1884年(明治17年)に、それまで開拓使が管理・運営していた植物園博物館を譲り受けたことにより発する。なお、こことは別に北大植物園にも博物館はあるが、そこは現在、北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの管轄下に置かれており、この総合博物館とは別組織となっている。 

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 16mm ISO 1000) 露出補正 なし
071_220629676 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 71.北大総合博物館 -2
1966年(昭和41年)より札幌キャンパス内に総合博物館の設置の検討が開始され、およそ30年に渡る構想の上、1999年(平成11年度)文部省より設置が認められた。建物は1930年に造られた理学部本館約9千㎡のうち約3千㎡を展示に充て設置されている。2016年(平成28年)には 開学140周年にあたりリニューアルオープンされ、展示スペースが従来の倍近くとなったそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 16mm ISO 800) 露出補正 なし
072_220629677 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 72.北大総合博物館 正面
9時50分ごろに着いたが、開館時間は10時である。待っている方が数人いた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO 1000) 露出補正 なし
073_220629685 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 73.北大総合博物館 入館
10時になった。検温と手指の消毒を行い、記帳して入館する。入館料は無料だった。順路に従って見学していく。先ずは北大の歴史である。北海道大学は、明治9年(1876年)に札幌農学校として始った。東北帝国大学農科大学、北海道帝国大学を経て、昭和22年(1947年)から北海道大学となり、現在の組織体制が築かれた。、この写真は「1969 大学改革とグローバリゼーション」というパネルである。1969年と云えば大学紛争が始まった頃だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/800秒 9mm ISO 3200) 露出補正 なし
074_220629693 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 74.ウィリアム・スミス・クラーク
札幌農学校と云えば、クラーク博士である。「Boys, be ambitious」というその言葉があまりにも有名だ。明治3年に開拓次官、後に開拓長官に就任した黒田清隆の要請で北海道開拓顧問を引き受けたアメリカの農務長官ホーレス・ケプロンは、通算4年にわたり北海道開拓に大きな功績を遺した。そして、初代教頭としてマサチューセッツ農科大学長ウィリアム・S・クラーク(1826年-1886年)を迎えて1876年(明治9年)札幌農学校が開校した。そのクラークはマサチューセッツ農科大学のカリキュラムをほぼそのまま札幌農学校に移植して、諸科学を統合した全人的な言語中心のカリキュラムを導入した。札幌農学校に広大な農場を開き、北海道への移住者に未経験の近代的な大規模有畜農業を採り入れる拠点を作った。明治政府(開拓使)は欧米の大学と遜色ないカリキュラムを採る札幌農学校に、国内で初めて学士の称号を授与する権限を与えた。クラーク博士は9ヶ月の札幌滞在の後、翌年の1877年5月に離日した。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/400秒 9mm ISO 3200) 露出補正 なし
075_220629694 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 75.クラーク博士胸像
クラーク像は1926年(大正15年)のクラーク博士生誕100周年、札幌農学校創立50周年を記念して建立された。この像は、同窓生の強い要望で制作された同じ作者によるミニチュア像である。キャンパスの博物館に来る手前にあった現在のクラーク像は戦後再建されたものだそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/250秒 9mm ISO 3200) 露出補正 なし
076_220629698 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 76.ノーベル化学賞 鈴木章 北海道大学名誉教授
鈴木 章(1930年- )北大名誉教授は、パラジウムを触媒とする、芳香族化合物の炭素同士を効率よく繋げる画期的な合成法を編み出し、1979年に「鈴木・宮浦カップリング」を発表、芳香族化合物の合成法の一つとしてしばしば用いられるようになった。北海道大学での勤務は、理学部で2年半、工学部で32年半に及んだ。途中、1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)までの3年間(実質的には2年弱)、アメリカ合衆国インディアナ州のパデュー大学のハーバート・C・ブラウン(1979年ノーベル化学賞受賞)のもとで有機ホウ素化合物の研究を行う。このときの経験が、当時助手だった宮浦憲夫(現在、北海道大学特任教授)とのカップリング反応の研究に活かされ、1979年(昭和54年)発表の鈴木・宮浦カップリングの発見につながった。2010年(平成22年)10月6日、スウェーデン王立科学アカデミーよりノーベル化学賞受賞が発表された。ご本人には6日午後6時25分頃、ノーベル財団からの自宅への電話で伝えられたそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/320秒 9mm ISO 3200) 露出補正 なし
077_220629701 X800 〇北大総合博物館 ニューロタン G7X.jpg 77.カップリング反応と医薬品の合成
「高血圧治療薬ロサルタンの合成家庭に用いられた鈴木カップリング反応」というパネルを見つけた。「ロサルタン」は私が勤務していたアメリカの製薬会社が開発した製品である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/640秒 20mm ISO 3200) 露出補正 なし
078_220629703 X800 北大総合博物館 ニューロタン G7X.jpg 78.鈴木・宮浦クロスカップリング
科学の知識のない私には、このことは難解で理解しがたい。鈴木章教授がノーベル化学賞を受賞された「鈴木・宮浦クロスカップリング反応」はここ北海道大学で生み出された。1979年に発表され、この30年間に世界を大きく変えてきたと説明されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO 2000) 露出補正 なし
079_220629703 X800 北大総合博物館 ニューロタン G7X.jpg 79.鈴木章名誉教授 ノーベル賞授与式
カール16世グスタフ・スウェーデン国王から化学賞のメダルと賞状を受け取る鈴木章北海道大学名誉教授。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/640秒 9mm ISO 2000) 露出補正 なし
080_220629722 X800 連結北大総合博物館 G7X.jpg 80.「都ぞ弥生」
2階から3階へ上がる廊下の白い壁に ♫都ぞ弥生の雲紫に・・・という北大寮歌の歌詞が書かれていた。思わず口ずさむ。明治38年に建てられた札幌農学校の寄宿舎は2年後に恵迪寮と命名された。wikipediaによれば、この寮歌は1912年(明治45年)度の恵迪寮の寮歌として作られた。当時の恵迪寮は、北海道大学の前身となる東北帝国大学農科大学の予修科(予科)学生の寄宿舎であった。恵迪寮では1907年から寮歌が作られており、都ぞ弥生は第6回目の寮歌である。作曲者は当時予科3年生であった赤木顕次(1891年 - 1959年)。作詞者は同じく2年生であった横山芳介(1893年 - 1938年)という。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO 400) 露出補正 なし
081_220629743 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 81.台湾原住民族×グラフィックデザイン
鮮やかな色彩が目を引いた。アイヌ先住民研究センターによる『台湾原住民族×グラフィックデザイン--順益台湾原住民博物館所蔵・学生創作ポスター展』という展示があった。新型コロナ拡散防止のための緊急事態宣言が解除され、昨年10月5日より北海道大学総合博物館が開館(再開)されたが、それに合わせて、北海道大学総合博物館2階の当センター展示ブースは展示替えをおこない、順益台湾原住民博物館のご協力のもと『台湾原住民族×グラフィックデザイン--順益台湾原住民博物館所蔵・学生創作ポスター展』がスタートした。それぞれタイトルがつけられた24枚の学生創作ポスターが展示されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/320秒 9mm ISO 3200) 露出補正 なし
082_220629748 X800 〇北大総合博物館 G7X.jpg 82.マンモスの原寸模型
チレフチャフマンモスの原寸模型が展示されていた。天井につきそうだ。日本で一般的にマンモスと呼ばれるのはマンモスの仲間の1種、ケナガマンモスだそうだ。寒冷な環境に適応した全身の長い毛が特徴である。25万年前に登場し、ユーラシア大陸から北アメリカ大陸にわたり広大な地域で繁栄したという。この模型は1971年にシベリア東部のサハ共和国で発掘された3万年前のケナガマンモスの骨格を元に、国立アクーツク北方民族歴史・文化博物館によって原寸大に復元された。全身を覆う長い毛は見つかった毛によく似た馬の毛400頭分で再現されている。発見場所の川の名にちなんでチレフチャフマンモスと名付けられている。北海道は日本で唯一マンモスが暮らしていた地域だ。このチレフチャフマンモスが生きていた時代に北海道でもマンモスが闊歩していたのだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/250秒 9mm ISO 3200) 露出補正 なし
083_220629769 X800 北大総合博物館 G7X.jpg 83.チョウの標本
蝶の標本も何箱か展示されていた。北大では1896年に松村松年が札幌農学校助教授に着任し、日本で最初の昆虫学教室が開設されたというから歴史は古い。クモマツマキチョウなど松村コレクションも展示されていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/400秒 12mm ISO 3200) 露出補正 なし
084_220629787 X800 〇北大ポプラ並木 G7X.jpg 84.ポプラ並木
約1時間半の見学を終え、博物館1階にある「ミュージアムカフェ ぽらす」でひと息入れる。博物館を退出し、正門のほうに少し戻って右(西)へ、ポプラ並木を見に行った。スマホで写真を撮る2人の女性の姿を取り込んで撮った。他に観光客の姿はなく、雨上がりのしっとりとしたポプラ並木を眺めてきた。平成16年9月8日、北海道に上陸した台風18号の最大風速50mにも及ぶ強風により、構内の樹木約1,900本、植物園の樹木約500本が倒木等の被害を受けた。ポプラ並木も51本のうち、19本が根元から倒れ、8本が幹だけを残し倒れるという被害を受けた。倒れた19本のうち、倒れたときの衝撃が少なく再生の可能性が高かった1本30トンもあるポプラ2本を立て直し、残りはポプラの枝を土に埋め込み育てていた若木を植えた。札幌市民や全国の「北大ポプラ並木」を愛する方々の支援により立派に再生され、現在は250m、ポプラ計72本からなる並木道になっているそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO 3200) 露出補正 なし
085_220629797 X800 〇北大構内 G7X.jpg 85.緑の池を泳ぐマガモ
ポプラ並木を見て、花木園に寄った。小さな池があり、その水面は緑色に覆われていた。どうやら水草の葉で覆われているようだ。静寂そのものである。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/320秒 37mm ISO 3200) 露出補正 なし


2015年6月 2日

日本一周鉄道の旅 5月15日~19日 (2) 札幌-稚内-青森


 札幌のホテルで朝食をとったあと、出発までの時間、すぐ近くにある北大の構内を散歩した。残念ながらあまり時間がなくて、ポプラ並木までたどり着けなかったが、次に機会があれば、2時間くらい掛けてゆっくりと構内を散策してみたいと思うようなところだった。

 さて、2日目は日本の北の果てである宗谷岬まで行く。札幌からは「スーパー宗谷1号」で稚内まで、おおよそ5時間かかる。電化されていないのでディーゼル特急だ。加速するときのエンジンの音はなかなか小気味よい。

 稚内に到着してすぐ昼食となった。北市場という食堂で"たこシャブ"を食べたが、なかなか旨かった。この後はバスに乗り、宗谷岬へと観光をする。バスの出発まで少々時間があったので、駅前広場から500m位先に見えた北防波堤ドームまで、駆け足でいき、写真を撮ってきた。宗谷岬からの帰りに観光バスも停まってくれたのだが。
 稚内 16:49 発の「スーパー宗谷」でふたたび札幌へ向かう。この区間は同じ線を戻るしか手はない。

  この日はこれからが大変だった。札幌22時発の寝台急行「はまなす」に乗り、B寝台の車中泊である。この列車は津軽海峡線(青函トンネル)開通により廃止された青函連絡船の深夜便の代替として、1988年に運転が開始されたそうだ。寝台車に乗るのは何年振りだろうか?国鉄時代のスハネ14系客車だった。北海道向け改造がなされている。さすがに設備は古い。特にトイレは後で乗った北陸新幹線のトイレとは雲泥の差である。DD51の引く「はまなす」は夜中に青函トンネルを通過して、翌朝5時39分に青森に到着した。夕食は駅弁だった。こうして、このツアーの最大の難関であった車中泊をクリアすることができた。

日本最北端到着証明

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18.北海道大学正門
ホテルの朝食を済ませ、出発まで40分ほど時間があったので、すぐ近くの北大へ行ってみた。正門はホテルから500m位だろうか、ごく近い。静かな朝の時間だった。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/120秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
19.北大 古河記念講堂
1907年札幌農学校は東北帝国大学農科大学に改組され、この建物は古河家の寄付で1909年に建てられたそうだ。アメリカン・ヴィクトリアン様式という白い外壁と周囲の緑のコントラストが美しい建物に目を引かれた。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/160秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
20.北大構内 案内標識
結局十分な時間がなくて古河記念講堂とクラーク像があるとこまでしか行けなかった。ポプラ並木やイチョウ並木まではそれぞれ500~600m位ありそうだ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/100秒 18mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
21.北大構内 メイン・ストリート
これはそこから北側にある環状門へ通じる道を眺めた写真だ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/160秒 30mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
22.ウィリアム・S・クラーク像
クラーク博士は、本名ウイリアム・スミス・クラークで、アメリカ​ ​マサチューセッツ州立農科大学長の時、日本に招聘されて初代の札幌農学校の教頭に就任した​そうだ​。博士の遺した​「​青年よ大志を抱け​」​は、​余りにも有名である。​クラーク博士は日本には8ヶ月の滞在​だった​。意外と短いがこの間札幌農学校の基礎作りに大きな貢献を果たしたばかりでなく、北海道の開発にも多大の貢献を果た​したとされる。​

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/160秒 8mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
23.「スーパー宗谷1号」稚内行き
札幌発7時48分の「スーパー宗谷1号」に乗り込み、日本の最北端「宗谷岬」に向け出発する。これは261系気動車の先頭車だ。このキハ261系気動車は姉妹提携の関係にあるデンマーク国鉄とJR北海道の共同デザインという。車体に英語で傾きを意味する"Tilt"(active air suspension system)とあるとおり、「スーパー宗谷1号」のキハ261系では空気バネの圧力で車体を2度傾けて半径600m以上のカーブを通過させる車体傾斜制御装置を搭載している。​稚内到着は12時53分、5時間5分かかる。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/80秒 5mm ISO1600 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
24.車窓から見る風景
撮影時刻からすると岩見沢駅を出たころと思う。どんよりした重たそう曇り空だ。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/160秒 21mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
25.天塩中川駅
「スーパー宗谷1号」は名寄、音威子府と天塩川沿いに走り、天塩中川駅に停車した。風格のある駅舎だ。お年寄りがホームで煙草を吸っていた。車内の様子が窓ガラスに映りこんでしまった。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/125秒 4mm ISO125 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
26.間もなく稚内に到着
車窓には平地なのに白樺の林が多く見られるようになった。北なのだ。ブレてしまったがお許しいただきたい。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.8 1/250秒 8mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
27.稚内到着
「スーパー宗谷1号」は12時53分、定刻に稚内に到着した。ここは日本で最も北にある鉄道駅である(北緯45度24分44秒)。初代の稚内駅は、先ほど通ってきた、1922年(大正11年)に開業した現在の南稚内駅である。現・稚内駅である当時の稚内港駅まで鉄道路線が延伸されたのは、1928年(昭和3年)12月26日のことである。さらに稚内港の整備工事が進み、1936年(昭和11年)に北防波堤桟橋が竣工されたことから、1937年(昭和12年)からこの防波堤桟橋内へ約850mの線路の延長敷設工事が始められ、1938年(昭和13年)10月1日から防波堤桟橋内に稚内桟橋駅(わっかないさんばしえき)を設置し使用開始された。稚泊航路(樺太航路)は1945年(昭和20年)8月に運航停止となり、稚内桟橋駅も実質的に廃止された。(Wikipedia参照)

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.6 1/200秒 6mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
28.北防波堤ドーム -1
稚内到着後、北市場という食堂で、稚内名物という「たこシャブ」で昼食になった。昼食後は観光バスで宗谷岬を観光するが、バスの出発時間まで少し時間があったので、そこから見えた北防波堤ドームへ小走りで行ってみた。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 8mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
29.北防波堤ドーム -2
北防波堤ドームは北海道と樺太を結ぶ鉄道連絡船(稚泊連絡船)の桟橋など港湾施設の保護および、桟橋を利用する乗客の便宜のために作られた。1931年(昭和6年)から5年間をかけて建設されたそうだ。古代ギリシア建築を彷彿とさせる70本の円柱が連なる半アーチ型のドームは古代ローマ建築を思わせる世界的にも類のない構造物として北海道遺産となっている。現在はその役目を終えたが港のシンボルである。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 8mm ISO100 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
30.北防波堤ドーム -3
高さ約14メートル、長さ427メートルという。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/125秒 24mm ISO500 ) 露出補正 なし
;クリックすると大きな写真になります。
31.北防波堤ドーム -4
海側を眺めるとこのようになっている。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1000秒 5mm ISO100 ) 露出補正 なし
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32.稚内港
かって稚内桟橋駅があった北防波堤ドームの前に拡がる稚内港には船体にHeart Land Ferryと書かれた船が停泊していた。離島およびサハリンのコルサコフ港へのフェリーが運航されている。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/500秒 108mm ISO100 ) 露出補正 なし
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33.宗谷丘陵
我々が乗った観光バスのガイド嬢はとても愉快な人だった。車内に笑いが絶えない。バスは宗谷岬に行く途中、宗谷丘陵というところを走る。57基の発電用風車が立ち並ぶ。宗谷丘陵は約1万年前まで続いた氷河期に形成されたという。モコモコとして、なだらかな波のような地形だった。雄大な起伏が続く。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.3 1/125秒 32mm ISO125 ) 露出補正 なし
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34.エゾジカ
宗谷丘陵が終わりになり、もうすぐ宗谷岬というあたりで、エゾジカを見かけた。バスは停まってくれた。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/125秒 81mm ISO110 ) 露出補正 なし
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35.宗谷岬 日本最北端の地
バスは旧海軍望楼や戦没者慰霊碑・平和の碑、また1983年9月に起きたサハリン沖の大韓航空機撃墜事件の遭難者の慰霊と恒久平和の願いを込めて2年後に建立された祈りの塔がある宗谷岬公園の高台から、日本最北端の地の碑がある宗谷岬へと降りていく。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/400秒 12mm ISO110 ) 露出補正 なし
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36.日本最北端の地の碑
宗谷岬の先端、北緯45度31分22秒の"日本最北端の地"を標す記念碑。北極星の一稜をモチーフに、中央には北を示す「N」、台座の円形は「平和と協調」を表しているという。海に向かってこの地に立つと、天気が良ければ正面に43km先のサハリンの島影が浮かび上がり、日本の最北端であることを実感できるそうだが、あいにくこの日は曇っていた。東経は141度56分11秒。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/1000秒 4mm ISO100 ) 露出補正 なし
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37.間宮林蔵出航の碑
間宮林蔵の立像は日本最北端の地の碑の近くにあるが、帰路、宗谷岬から稚内方向へ西に3kmほど国道238号線を走ると、海岸沿いに間宮林蔵渡樺出航の地碑があった。間宮林蔵は1799年に函館で出会った伊能忠敬から測量技術を学び、1803年から蝦夷と南千島の測量を行ったそうだ。ロシアの南下政策に驚いた幕府は1808年に間宮林蔵と松田伝十郎を樺太の調査に向かわせたという。流氷は去ったものの、なお酷しい寒気と荒波の宗谷海峡をのりこえて人情、風俗の異なる樺太に渡り東海岸を調べたとのこと。この年、林蔵は再び樺太に渡りトンナイで越冬、翌1809年春、西海岸を北上し樺太北端のナニオーまで踏査して樺太は大陸と海峡をへだてた島であることを確認したと伝えられている。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.8 1/200秒 17mm ISO100 ) 露出補正 なし
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38.稚内空港
バスは稚内市内へ戻る途中、空港のそばを通った。飛行機は1機も見当たらない。稚内-札幌間を全日空がDHC-8で1日2便運行している。また、稚内-羽田間も全日空がB767とA320で1日2便飛ばしているようだ。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 なし
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39.稚泊航路記念碑
バスは北防波堤ドームまで戻ってきた。北防波堤ドームの中央付近に稚泊航路記念碑というのがあった。先ほど、バス出発前に来たときは、時間が心配だったのでここまでは来ていない。大正12年、鉄道省により稚内-大泊(サハリン)間に連絡航路が開設された。以後終戦の昭和20年8月に閉鎖されるまでの22年間の業績を讃えるため、昭和45年11月に建立された記念碑だそうだ。稚泊連絡航路22年の歴史の中で行き来した乗客は284万人にものぼるという。( 稚内観光情報を参照 )

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/800秒 4mm ISO100 ) 露出補正 なし
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40.日本最北端線路の碑
昭和3年に現JR稚内駅が開業した頃は、線路は現在よりも北側にあった。平成23年4月に新駅舎開業に伴い、線路の車止めは現在のところになったが、駅前広場に昭和3年当時の、現在よりも北側にあった線路の車止めレールをJR北海道から寄贈を受けて、最北端の線路のモニュメントとして、ここに設置された。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.3 1/640秒 4mm ISO100 ) 露出補正 なし
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41.ロシア語が併記された標識
これは駅近くで撮った道路案内標識の写真だが、宗谷岬から戻ってくるときに通った稚内の市内では、道路案内標識の地名にすべてロシア語が併記されていた。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.3 1/200秒 39mm ISO100 ) 露出補正 なし
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42.稚内駅のホーム
16時49分発の「スーパー宗谷4号」で札幌に戻る。この区間は来た線を戻る他手がない。明後日に到達するJR最南端の駅「西大山」(枕崎の少し手前)まで約3,000kmある。

Nikon COOLPIX P610 f3.3-6.5​ ​4.3mm-258mm 16.05 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/160秒 14mm ISO100 ) 露出補正 なし
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43.最北端の線路の車止め
これは27の写真と同じく現在の最北端の線路の車止めだ。駅構内にさらに北に伸びていた線路の跡が示されている。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/250秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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44.急行「はまなす」 寝台車内(通路)
「スーパー宗谷4号」は21時55分に札幌駅に着いた。札幌で5分間の待ち合わせで出発する「急行はまなす」にあわただしく乗り込む。添乗さんは乗ってきた「スーパー宗谷4号」の到着が遅れはしないかと心配していた。無事、2段式のB寝台に落ち着く。一つの区画に2段ベッドが2組ある。私たちは友人夫婦と同じ区画だったが、知らないご夫婦同士の「同室」はお互い気を使うことだろう。この列車の終点青森には明日の朝5時39分に到着予定だ。夕食は駅弁で、「スーパー宗谷4号」の車内で済ませたので、あとは寝るばかり。寝台車には寝間着として浴衣が供えられていたが、着替えないでそのままベッドに横になって、知らぬうちに眠ってしまった。少し揺れるが、リズミカルな車輪の音が子守唄だ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/250秒 6mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
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2015年5月29日

日本一周鉄道の旅 5月15日~19日 (1) 新横浜-札幌


 2月の終わりに、年に1~2回、一緒に旅行に出かけるご夫婦から、或る旅行社が企画する「日本一周鉄道の旅 4泊5日」というツアーに行かないかとお誘いを受けた。これは面白いと思い、二つ返事でご一緒することにした。夫婦限定のツアーで、JRのフルムーン・パスを利用する。

  ありがたいことに出発は新横浜駅集合だった。自宅からタクシーでもそれほど遠くない、この時間帯にはタクシーがほとんど走っていないことは承知していたので、前日、タクシー会社に電話をして、朝6時に自宅前に来てもらったが正解だった。
 集合時間は6時45分だったが、6時20分くらいに新横浜駅に着いてしまった。お世話になる添乗員さんはもう来られていた。このツアーの参加者は13組の夫婦で計26名だそうだ。ご一緒する友人夫妻とも合流した。

 4泊5日のコースはおおよそ次のとおりである。14線、18本の列車に乗る。
 5月15日 新横浜(こだま)→東京(東北新幹線はやぶさ)→新青森(スーパー白鳥)→函館(スーパー北斗)→札幌 札幌泊
 5月16日 札幌(スーパー宗谷)→稚内 宗谷丘陵、宗谷岬などバス観光 稚内(スーパー宗谷)→札幌(急行はまなす) B寝台車中泊 
 5月17日 (急行はまなす)→青森(つがる)→新潟(上越新幹線とき)→高崎(北陸新幹線はくたか)→金沢(サンダーバード)→新大阪(ひかり)→岡山 岡山泊
 5月18日 岡山(九州新幹線さくら)→鹿児島中央(指宿枕崎線)→西大山(指宿枕崎線)→指宿 指宿温泉泊
 5月19日 バス観光(長崎鼻、城山桜島展望台観光)→鹿児島中央(九州新幹線さくら)→新大阪(ひかり)→新横浜

 さて、第1日目、東北新幹線の鼻の長い新型車両で一路新青森へ向かう。車窓から写真を撮ろうとするが、この「はやぶさ」は速すぎる。車内で駅弁が配られた。新青森到着は午前11時、乗り継ぐ列車の発車時刻まで1時間半ほどあったので、駅の外に出て、その駅弁を食べた。駅前にあるのはタクシー乗り場だけだった。
 新青森から乗ったのは「スーパー白鳥」という在来線特急だった。これで青函トンネルを潜る。このスーパー白鳥は電車だったが、函館から乗った「スーパー北斗」は振り子式のディーゼル特急で、それがとてもよく揺れるので、速く感じる。
  この日は札幌泊まり。ホテルに落ち着いたのは夜7時を過ぎていたが、せっかく札幌に来たのだからすすきのへ行ってみようと、出かけることにした。ホテルのフロントで"くつろげる居酒屋"を教えていただき、ものは試しで地下鉄に乗ってすすきのへ行く。教えてもらった店は地下鉄の駅を出てすぐ近くだった。貝の刺身がとても旨かった。

1.フルムーンパス
フルムーンと言えば、国鉄時代の上原謙と高峰三枝子のTVコマーシャルを思い出す。一躍、法師温泉が有名になった「フルムーン夫婦グリーンパス」のコマーシャルだった。今回のツアーはこの「フルムーン夫婦グリーンパス」を利用することになるが、全線グリーン車を利用できるわけではない。しかしながら、まず新横浜-東京間の「こだま」はグリーン車が用意されていた。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/60秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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2.「はやぶさ3号」
東京駅7時36分発の「はやぶさ 3号」に乗り込む。我々が乗るのは普通車だった。「フルムーン夫婦グリーンパス」といえどもすべての列車でそのままグリーン車を利用できるわけではないようだ。にわか「撮り鉄」になり、先頭車両、実は最後尾の車両の写真を撮る。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1000秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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3.黒磯付近
東北新幹線の営業運転は時速320kmだ。速い。車窓から外の景色を撮ろうとするが、目の前を電柱やら茂みがさっと通り過ぎる。これは黒磯付近を通過中に那須連峰を撮った写真だ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1250秒 30mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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4.会津磐梯山
「はやぶさ3号」は大宮を出ると次の停車は仙台だ。郡山、福島付近を通過中に左手に磐梯山が見えてくる。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 30mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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5.一ノ関付近
仙台発9時12分。この写真を撮ったのが9時28分という記録が残っているので、くりこまか一ノ関のあたりだと思う。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1250秒 30mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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6.新青森駅
11時に現在の東北新幹線の終点である新青森に到着した。東京から3時間40分である。C62が牽く「はつかり」の時代と雲泥の差だ。新青森駅の駅舎は立派だが、周囲は何もない。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
7.「スーパー白鳥」 先頭車785系
これから乗車する「スー>パー白鳥11号」函館行が新青森駅に停車中だった。この電車で青函トンネルを潜る。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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8.「スーパー白鳥」 789系
先頭車の次に連結されていた789系車両。HEATの文字が見られるがこれは「Hokkaido Express Advanced Train」の略だそうだ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
150527_008.jpg
9.懐かしい車両
この車両はとても懐かしい。昭和39年に東海道新幹線が開業し、新大阪から先の幹線をはじめとして昼夜兼行で使用可能な寝台兼用電車としてこの583系が登場した。新婚旅行でも、広島への出張でもこの車両に乗った覚えがある。初めての本格的な寝台電車であった。1967年に登場したこの形式をここで見られるとは思わなかった。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 10mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
10.青函トンネル通過時刻予定表
「スーパー白鳥11号」に乗り込むtと前の座席の背もたれに青函トンネル通過時刻予定表が張られていた。これによるとこの列車は13時45分にトンネルの本州側入り口から青函トンネルに入り、13分後にトンネル最深部に到達、14時12分に抜ける。青函トンネル通過所要時間は27分である。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/30秒 6mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
11.蟹田付近
「スーパー白鳥11号」は青森から陸奥湾に沿って走る。本州側の蟹田に着く少し手前の海。これから青函トンネルに入る。函館着は14時58分だった。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1000秒 14mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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12.函館駅出発前の「スーパー北斗11号」
次に乗る在来線特急列車は函館から札幌まで「スーパー北斗11号」だ。発車前に先頭に回り込んで撮る。この列車は振り子型の気動車281系で運行される。ところが、この列車は凄く揺れる。通路を歩くと座っている人にぶつかってしまいそうになる。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/125秒 11mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
13.森と八雲の間
「スーパー北斗11号」は風光明媚な大沼を抜けて、森駅に到着する。次は八雲だ。もう40年以上も前のことになるが、北海道を友人の車で旅行していた折り、東京での勤務を終えて郷里の八雲に帰られた小児科のドクターを訪ねたことを思いだす。お土産に夕張メロンをいただいたのを覚えている。右手に内浦湾が見えるがどんよりと曇っている。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/160秒 11mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
14.間もなく苫小牧
登別を出た列車は次は苫小牧に停車する。時刻は夕方の5時45分ごろ。曇っていて窓の外は暗くなってきた。シャッター・スピートは遅くなり景色が流れる。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/15秒 21mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
15.札幌駅北側
「スーパー北斗11号」は18時43分に札幌に着いた。ホテルはすすきのや大通公園とは反対側になる北側だ。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/20秒 14mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
16.すすきのの賑わい
今晩の夕食は各自自由にということだった。折角、札幌に泊まるのだから、すすきのに出てみることにした。ホテルのフロントで教えてくれた「居酒屋」で食べたつぶ貝の刺身が甘くてとても旨かった。ビールは北海道限定の SAPPORO CLASSIC 。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/125秒 6mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。
17.竹鶴の大きな広告
NHKの朝のTVドラマ「マッサン」ですっかり有名になったウィスキーの大きな広告版が誇らしげだった。この竹鶴というウィスキーの17年物はウィスキーの国際的コンテストであるワールド・ウィスキー・アワードで世界最高賞を受賞したという報道がされた。

Canon PowerShot G12 f2.8-4.5 6.1- 30.5 10.0 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/100秒 6mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
;クリックすると大きな写真になります。