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Studio YAMAKOで“定期観光バス”が含まれるブログ記事

2018年12月11日

永源寺 11月8日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(5)

この旅行の3日目、京都は八条口から「永源寺と湖東三山巡り」という定期観光バスで、滋賀県は琵琶湖の東側にある古刹を巡るツアーを予約しておいた。私は奉天から引き揚げてきて2年ほど、親父の故郷である滋賀県草津市で育ったので懐かしい。近江鉄道のバスは8時45分、大型バスに乗客12名を乗せて出発した。紅葉にはまだ少し早いということで申し込みが少なかったのかもしれない。おかげでゆったりと座っていくことが出来た。
 バスガイドさんは、滋賀県草津市生まれという若いお嬢さんだった。名神高速道路を北東へ走り、黒丸というパーキングエリアで一休みしたあと、八日市で降り、愛知川に沿って、鈴鹿山脈に向かって進む。10時半少し前に永源寺の駐車場に入った。
 永源寺は臨済宗の大本山である。康安元年(1361年)佐々木(六角)氏頼が寂室元光禅師(正燈国師)をこの地に迎え、伽藍を建て開山した。本堂には本尊世継観世音菩薩(秘仏)が祀られていると、ガイドさんが説明してくれた。十六羅漢(石仏)を左手に見ながら石段の参道を進むと総門に出る。そこを入ると参拝受付になっていて、ガイドさんはそこまで案内してくれた。あとはそれほど坂はない。山門、本堂、開山堂と見ごろを迎える紅葉を眺め、約1時間後に駐車場に戻った。

89.京都駅八条口
定期観光バスの案内所および乗り場は京都駅の新幹線のりば側である八条口にあった。八条東口を道路の反対側に渡った、アバンティという商業施設の中にある。空港へ行くリムジン・バスの乗り場と同じ所で、外国人観光客が多い。今朝も良い天気だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 20mm ISO125 ) 露出補正 なし
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90.名神高速道路
名神高速道路は、栗東IC - 尼崎IC (71.7 km) 間が、1963年(昭和38年)に日本初の都市間高速道路として開通した区間である。日本最初の高速道路だ。事故のためか少々渋滞があったが、バスは八日市ICで降り、一般道を鈴鹿山脈に向かって走る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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91.永源寺 羅漢坂
駐車場からバスガイドさんに案内されて、永源寺参道の始まりの部分、羅漢坂と言われる石段を上がる。100mほど続く急坂で、今日もまた石段を登るのかと覚悟を決めたが、永源寺のい石段はここだけだった。左側に眼鏡をかけた地蔵さんが立っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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92.十六羅漢
羅漢坂の途中、左側の崖に彫りこまれた十六羅漢が奉安されれていた。頂上に釈迦如来と阿難(あなん)、迦葉(かしょう)という弟子を配しそれを取り巻くように羅漢が並んでいて、それぞれなかなか個性的な表情をしている。この写真は旨く撮れていないので、ほかにないか探したが、見つからなかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 なし
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93.羅漢坂の紅葉
羅漢坂は十六羅漢のところで右へ折れる。そのあたりの紅葉が陽の光に透けて美しい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO320 ) 露出補正 なし
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94.羅漢坂と総門
羅漢坂の先に総門が見えてきた。右側の谷を愛知川が流れる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO320 ) 露出補正 なし
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95.永源寺総門 -1
永源寺総門は永源寺境内の建物の中では最も古いもので、創建年は1361年、永源寺を開いた当時の近江守護職にあった佐々木(六角)氏頼によって建立されたもの。その後1390年に兵火で焼け落ち、1464年に永源寺16代住職の虚白文玄禅師によって再建されたものが現在に残っている貴重なものだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 13mm ISO800 ) 露出補正 なし
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96.永源寺総門 -2
総門をくぐると拝観受付になっている。私たちの分はバスガイドさんがまとめて支払ってくれたが、拝観料は500円だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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97.見ごろの紅葉
総門の辺りは紅葉の美しいところだ。私たちが訪れた翌日の11月9日に更新された永源寺のHPでは紅葉は見ごろになったと記されていた。右側は愛知川が流れる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 19mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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98.山門 -1
寛政7年(1795年)井伊家の援助等により7年の歳月を費やし享和2年(1802年)完工した。楼上に釈迦牟尼佛、文殊菩薩、普賢菩薩並びに十六羅漢を奉安している。 滋賀県の指定文化財である。大きな立派な山門だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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99.茶所
山門を抜けると右側に茶所があった。ここ滋賀県東近江市政所町周辺で栽培されている政所茶(まんどころちゃ)という日本茶がある。室町時代に永源寺五世管長の越渓秀格禅師が、この地の水質、地質が茶の栽培に適していることを見つけ、村人に栽培を奨励したことに始まると伝えられている。ここは、茶所と呼ばれる休憩所だ。その前を中学生たちが竹箒で掃除をしていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 56mm ISO600 ) 露出補正 -1.0段
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100.鐘楼
さらに進むと左側に鐘楼があった。過去4度の兵火や火災があり、現在の鐘楼は安永元年(1772年)に再建された。大鐘は太平洋戦争のときに供出したが、昭和23年に再鋳されている。ここの紅葉にはまだ少し早かったようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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101.永源寺本堂(方丈) -1
鐘楼の左側に本堂が見えた。本堂は康安元年(1361年)佐々木氏頼が創建した。しかし度重なる兵火、火災により焼失している。現在の建物は明和2年(1765年)、井伊家の援助により建立されたもので、屋根は国内屈指の葦葺きである。正面には本尊、世継(よつぎ)観世音菩薩が奉安されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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102.本堂内部 -1
本堂は中に入ってお参りができた。本堂は禅宗寺院の住持や長老の居室である方丈でもあり、客室がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 10mm ISO1250 ) 露出補正 -1.0段
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103.本堂内部 -2
ここでお参りをした。この奥には本尊世継観世音菩薩(秘仏)が祀られていて、もちろん中に入ることはできない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 -1.0段
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104.本尊世継観世音
近づいてみると扉が見えた。本尊世継観世音はこの厨子の扉の奥に鎮座され、御開帳はおよそ4半世紀に一度だそうだ。普段、直接、姿を拝むことは出来ない。近江守護職佐々木(六角)氏頼の子、満高があととりに恵まれず、この観音に毎夜一心に祈願をしたところ、夢にお告げがあり、やがて世継を授かったという。この事が伝わり誰が言うともなく「世継観世音(よつぎかんぜおん)」と呼び讃えられるようになったのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/100秒 17mm ISO3200 ) 露出補正 -1.0段
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105.禅堂
永源寺は京都の東福寺と同じ臨済宗である。康安元年(1361年)72歳で永源寺に入寺し開山した 寂室元光禅師(正燈国師)は 13歳で出家。京都東福寺の大智海禅師のもとで修行し、15歳の時仏燈国師に仕え、18歳で国師の一掌下に大悟した。元応2年(1320年)31歳から7年間、中国天目山の中峰和尚につき修行、帰国したのちも自然を友に詩や和歌を賦し、生涯行脚説法の旅を続けられたとある。この禅堂は他の堂と同様、佐々木氏頼により創建されたが、たび重なる火災により焼失した。以後法堂を道場としていたが、昭和3年(1928年)4月開祖寂室禅師に正燈国師の称号を送られたのを記念して、 默(?)鳳禅師が禅堂再建を発願、川上貞子(戦前の女優さんだろうか?)の支援を得て昭和8年(1933)4月に再建されたそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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106.法堂(はっとう)
禅堂の左手には法堂がある。享保13年(1728年)に朴宗禅師により再建されたものである。法堂の堂内中央には、後水尾上皇が寄進した釈迦牟尼仏が、右に迦葉尊者が、左に阿難尊者が安置されている。この法堂は、当山古例の諸法要を行うところである。ところがそのほとけ様の前に、「竹灯篭 工房 SMIN」 という看板があり、写真のようにいくつもの行燈のようなものが並べられていた。ちょっと違和感を覚えざるを得ない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.5 1/500秒 10mm ISO1600 ) 露出補正 -1.0段
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107.屋根とモミジ
法堂の瓦屋根にモミジが映えていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 34mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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108.開山堂
永源寺のHPによれば、開山堂は開祖寂室禅師(正燈国師)を祀る堂宇で、再度焼失したが、享保10年(1725年)、彦根城主 井伊直惟(なおのぶ)より能舞台の寄進を受け再建されたそうだ。開山堂の向かい側には経堂があった。経堂は応永11年(1404年)佐々木満高が創建。現在の経堂は延宝4年(1676年)南嶺禅師が再建し、中国へ渡り譲り受けられた明版大蔵経が納められている。このあたりのモミジはきれいだった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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109.永源寺本堂(方丈) -2
再び本堂のところへ戻ってきた。こちら側から見ると大きな葦葺き(ヨシ葺き)屋根の入母屋造りであることが分かる。国内屈指の大きさという。琵琶湖に群生する葦で葺かれている

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1000秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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110.なで仏
本堂の前には「なで仏」が座っていた。「なで仏」は長谷寺の本堂でもお参りした賓頭盧(びんずる)の像。その像の自分の患部に当たる所をなでた手で、自分の患部をなでれば病気が治るという俗信がある。「さすりぼとけ」ともいうそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1000秒 51mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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111.山門 -2
ここは紅葉の撮影スポットだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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112.山門の屋根とモミジ
陽の光が当たり、山門の屋根にかかる紅葉が輝いている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO160 ) 露出補正 -1.0段
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113.愛知川越し
モミジ越しに愛知川の対岸を眺める。愛知川は琵琶湖に注ぐ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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114.愛知川の川面とモミジ
まだ緑のモミジの葉も残るが、紅葉が穏やかな愛知川の流れに溶け込んでいる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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115.愛知川の流れ
バスが通ってきた旦度橋の上から愛知川を眺める。左側が永源寺の境内で、奥は鈴鹿の山並みで永源寺ダムがある。11時半、次の目的地である百済寺へ向け、バスが出発した。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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2018年11月26日

高野山前編 11月6日   高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(1)

私の父母や兄夫婦が眠る墓が高野山にあるということは以前にも書いた。この春に、その菩提寺である「恵光院」から母の50回忌の知らせが兄の嫡男のところに届いていた。
 11月6日から2泊3日で、まず高野山にお参りし、翌日は奈良の長谷寺と室生寺を歩き、3日目は京都駅前から定期観光バスを利用して紅葉が美しいという湖東三山を巡るという計画を立てた。
 高野山では、午前中に「恵光院」本堂でのお参りと、墓参をしたかったので、新横浜始発の早朝6時発「ひかり」に乗った。「ひかり」を選んだのは、「大人の休日」切符を利用するためでもある。ところが、新大阪に到着して、高野山行きの南海電鉄に乗るために難波へ地下鉄で向かったのだが、通勤ラッシュの地下鉄が遅延してしまい、8時42分発の特急「こうや」に乗り遅れてしまった。幸い、9:00発の快速急行があり、予定より、30分ほど遅くなったが、10:01にケーブル・カーへの乗換駅である極楽橋に着いた。ケーブル・カーで高野山まで上がり、バスで苅萱堂前で下車、「恵光院」へ向かった。「恵光院」へは事前に知らせることなく、突然に行ったのだが、本堂で過去帳を前にお経をあげていただくことができた。若い僧だったが、なかなか良い声の立派なお経だった。
 前回の高野山墓参は、2014年5月22日でシャクナゲの花が咲くころだった。今回は紅葉のトップ・シーズンであり、観光客も多かった。2004年7月に高野山が「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されて以来、外国人観光客も多い。
 wikipediaによれば、高野山は「和歌山県北部、和歌山県伊都郡高野町にある周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地を指す。平安時代の弘仁7年(816年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)が下賜され、修禅の道場として開いた日本仏教における聖地の1つである。現在は壇上伽藍と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺(山号は高野山)、大本山宝寿院のほか、子院が117か寺に及び、その約半数が宿坊を兼ねている。2004年(平成16年)7月7日、高野山町石道と金剛峯寺境内(6地区)、建造物12件が熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界遺産に登録された。さらに2016年(平成28年)10月24日、高野参詣道(町石道を含み登録名称変更)として黒河道、女人道、京大坂道不動坂、三谷坂が世界遺産に追加登録された。」とある。
 次に墓前に向かう。「恵光院」から自動車道と別れ、一の橋を過ぎるといよいよ奥の院の霊域に入る。参道の両側には、戦国武将や江戸時代の大名、歴史に名を馳せる高僧を含む、20万基とも40万基ともいわれる墓石が所狭しと立ち並び、この世とは思えぬ幻想的な風景が広がる。石畳の道が弘法大師御廟まで約2km続く。樹齢数百年を超える杉木立の中を歩く。途中「中の橋駐車場」からの道と合流してさらに進んだところに「姿見の井戸」があるが、その近くに父母が眠る先祖の墓がある。墓の掃除はいつもお願いしている石屋さんに事前にお願いしておいたのできれいになっていた。
 高野山で母の50回忌のお参りをした後は、家内の友人の息子さんが眠る「正智院」へ行った。立派なお寺だった。趣旨を告げるとご住職に本堂へ案内され、お参りすることができた。そのあと、「正智院」の客間や庭を見せてくださった。

1.九度山駅
南海電車高野線は車輪の音をきしませながら、急勾配を登る。九度山駅に着いた。六文銭が描かれている。関ヶ原で西軍が破れ、徳川家康は昌幸と幸村を死罪にするつもりでいたが、幸村の兄・信幸と義父・本多忠勝の懇願もあり、特例として2人に高野山での謹慎を命じた。そののち、14年間住んだ九度山で、幸村は周辺の農民とも親しくなっており、幸村の心境を察した農民は大坂城に向かう幸村親子の出立に協力した。1614年(慶長19年)に大阪冬の陣となった。また、慈尊院は九度山駅から徒歩20分のところにある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 22mm ISO320 ) 露出補正 なし
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2.南海電車高野線
高野線は山の斜面を走る。はるか下のほうに集落が見える。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO320 ) 露出補正 なし
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3.極楽橋
高野線の終点は極楽橋だ。標高は535mである。橋本駅からは443m登ってきたのだ。ここからケーブル・カーで867mの高野山駅まで登る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO500 ) 露出補正 なし
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4.「恵光院」 -1
菩提寺である「恵光院」に着いた。「恵光院」は準別格本山で、宿坊でもある。外国人の泊り客も多いようだ。英語の案内も書かれている。そのホームページによれば、「恵光院」は弘法大師がこの地に五重の宝塔を建立し、弟子の道昌僧都が諸人の廻向(先祖の御供養)をおこなった事から、廻向院と呼ばれていた。宝永年中(1704~)頃、徳川8代将軍吉宗の命により現在の「恵光院」に改められたそうだ。延慶元年(1308)には、京都の東寺より量調阿闍梨が当院へ転任され再興し、永禄(1558~)の初め頃になって、薩摩藩17代当主島津兵庫頭義弘と縁を深め檀那関係にあった。また明智光秀の菩提寺でもある。本尊は阿弥陀如来、弘法大師、不動明王が祀られている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO250 ) 露出補正 なし
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5.「恵光院」客間から
「恵光院」では、本堂で読経をしていただいたが、その準備の間、前回宿泊した2階にある客間でしばらく待った。その2階の部屋から撮ったカットである。正面が門で、本堂は2階から右側に上がっていく。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 17mm ISO320 ) 露出補正 なし
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6.本堂と阿弥陀如来像
ご本尊の阿弥陀如来像。その前に位牌を置いて読経をしてくれた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/15秒 37mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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7.「清浄心院」
「恵光院」の門を出て、右へ一の橋に向かう。バス通りの左側に別格本山の「清浄心院」があった。ホームページを見ると、「清浄心院」は天長年間(824~34)に高祖弘法大師により草創され、初め喜多坊と称されていたが、 後に勅命により現院号である清浄心院に改めたと伝えられている。一帯は清浄心院谷と呼ばれている。春は桜が咲き、銘木と言われる傘桜は、太閤豊臣秀吉が花見を催したという逸話も残されているそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO800 ) 露出補正 なし
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8.一の橋付近
奥の院(弘法大師御廟)に向かって歩き、一の橋のところでバスが通る車道と別れ、石畳の参道へと入る。奥の院へは一の橋から参詣するのが正式なルートとされている。一の橋は正式には「大渡橋」や「大橋」と言われ、お大師様がここまで送り迎えされると伝わっている場所でもあって、ここで一礼して橋を渡る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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9.杉並木の道
一の橋から奥の院までの約2㎞の参道には、樹齢数百年を超える杉の老木が連なり、その間に20万基を超えるという諸大名から庶民の墓石や慰霊碑などが並んでいる。空が少ししか見えないほど参道は高い木々で覆われている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 25mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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10.石燈籠
参道の両側には石燈籠が並ぶ。灯りが入っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/400秒 16mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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11.中の橋付近
墓前にてお参りをしたが、その先奥の院への参道は、8月の台風20号の影響で倒れた杉の大木を撤去する作業が行われていて、通行止めになっていた。そのため、中の橋の手前を一旦右へ迂回し、中の橋バス停のほうへ出て、奥の院へ向かうことになる。このあたりも紅葉がきれいである。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO200 ) 露出補正 なし
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12.「英霊院」付近
杉並木の一本右側の道を奥の院へ進んでいくと、高野山では紅葉の美しいポイントになっている英霊院の前に出てきた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO320 ) 露出補正 なし
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13.台風21号の爪痕
大きなお墓が崩れていた。台風21号の影響で奥の院の弘法大師御廟近くの「奥院経蔵」など複数の国重要文化財も破損してしまったようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO2500 ) 露出補正 なし
181106_013.jpg
14.水向地蔵
左手に水向地蔵が見える。説明板には、「玉川の清流を背にして、金仏(金属製の仏)の地蔵菩薩や不動明王、観音菩薩が並んでいる。奥の院に参詣する人々は右側にある御供所で水向塔婆を求め、この地蔵に納め、水を手向けて先祖の冥福を祈る。」と書かれていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
181106_014.jpg
15.観音菩薩像 -1
水向地蔵の一番奥に他の像に比べて背の高い観音菩薩像があった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO640 ) 露出補正 -0.7段
181106_015.jpg
16.観音菩薩像 -2
水向地蔵は水掛け地蔵とは異なるようだ。水向地蔵では仏さまには水を掛けない。供養の正しい仕方は、供養したい故人がいれば、その人の名前や法名を塔婆(経木)に書いて、水向地蔵の足元に置いて、その塔婆に3回水を掛けながら大日如来さまの真言を唱えるのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 27mm ISO500 ) 露出補正 -0.7段
181106_016.jpg
17.「恵光院」 -2
奥の院へ参詣し、再び「恵光院」へ戻ってきた。スーツケースを受け取って、苅萱堂前でバスに乗り、壇上伽藍に近い千手院前まで行く。高野山へ来るたびに立ち寄る紀州南高梅の梅干し屋さんで買い物をし、またスーツケースを預ける。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 23mm ISO320 ) 露出補正 -0.7段
181106_017.jpg
18.高野山の街並み
千手院前から壇上伽藍へとバス通りを歩く。写真は奥の院の方向を振り返ったところ。左側は金剛峯寺だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
181106_018.jpg
19.蛇腹道
金剛峯寺前の六時の鐘の櫓から壇上伽藍へ通じるまっすぐな細い道を蛇腹道と言い、高野山では紅葉のスポットとして有名である。蛇腹道という由来は、高野山全体の寺院の並びを、蛇に見立てた時、ちょうどこの壇上伽藍に通じる蛇腹道が、蛇のお腹のあたりなるので「蛇腹道」の名前が付されたようだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 27mm ISO320 ) 露出補正 なし
181106_019.jpg
20.「明王院」
蛇腹道は戻るときに通ることにして、その1本北側の広い道を「正智院」目指して進む。右側には大きな寺院が並ぶが、この「明王院」もその一つである。「明王院」は高野山に於ける最も初期の寺院であったと云われ、日本三不動のひとつとして知られる赤不動明王が本尊として祀られている。国宝赤不動明王と彫られた石柱が立っていた。高野山の塔頭寺院である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
181106_020.jpg
21.「宝城院」への道
紅葉がきれいなこの細い道の先に「宝城院」がある。インタネットで調べてみると、「宝城院」は約900年前、平安時代の終わりごろに権力を持っていた後白河法皇が高野山に参詣した時に、建立された寺院だそうだ。現在では元閑院宮家の御菩提所で、重要文化財にして秘仏とされる弁財天を所蔵している。高野山は宿坊が旅館のようになっているが、「宝城院」の宿坊は、高野山有数の近代的な宿坊だという。客室はすべて個室の冷暖房完備でエレベーターやスロープまで敷設されている。また、1度に30名が利用できる大浴場の他に一回り狭い広さの中浴場も完備されているそうだ。一部の客室からはライトアップされた根本大塔を見ることができるという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO640 ) 露出補正 なし
181106_021.jpg


2010年8月30日

奈良を定期観光バスで巡る④ 第2日 春日大社・平城宮跡


 東大寺の見学を終え、再びバスに戻り、春日大社に向かった。二の鳥居で降りる。本殿を参拝した。
 春日神社見学の後は、興福寺である。興福寺はお寺の建物はともかくとして、なんといっても国宝館の阿修羅像だ。昨年上野に来た時は連日満員の大人気だったというが、この日は待ち時間なしで見ることができた。
 最後は奈良奥山ドライブウェイを走って、世界遺産である春日山原始林を見た。そして、平城宮跡でバスを下車し、だだっ広い平城宮跡を見て、今回の奈良観光を終了した。
 朱雀門を出たところのバス停から路線バスに乗り、近鉄奈良駅へ、そこからJR奈良駅へ歩きがてら遅めの昼食となった。JR奈良からみやこ路快速で京都に戻り17時56分発の「ひかり」に乗った。奈良を効率よく廻ったつもりだが、とてもとても周りきれなかった。

11.春日大社
ここは寺ではなく神社である。二の鳥居から南門への参道を歩く。参道の両側にはいくつもの燈籠が並ぶ。お盆や節分の万燈籠で灯が入ると幽玄の世界となるという。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F4 1/125秒 31mm ISO450 ) 露出補正 なし
春日大社;クリックすると大きな写真になります
12.春日神社 南門
入母屋造り、檜皮葺の南門には鮮やかな朱の回廊が続く。治承3年(1179年)の創建で、かっては藤原氏以外の他姓の者の参入門とされ、現在は本社の正面であると説明の札に記されている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F7.1 1/200秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
春日神社 南門;クリックすると大きな写真になります
13.春日大社 中門と大宮型燈籠
南大門の正面にある幣殿というところの右側の石段を上がると中門がある。この写真では解らないが、この中門の奥に本殿がある。本殿は第一殿から第四殿まで同じ形式の神殿が横に並び、それぞれ脇塀によってつながっている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F7.1 1/200秒 41mm ISO400 ) 露出補正 なし
春日大社 中門と大宮型燈籠;クリックすると大きな写真になります
14.釣燈籠
石燈籠や釣燈籠は、平安末期より今日に至るまで、その大半は春日の神を崇敬する人々から、家内安全、商売繁盛、武運長久、先祖の冥福向上等の願いをこめて寄進されたもので、特に室町末期から江戸時代にかけては一般庶民や春日講中からのものが多いという。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5 1/125秒 75mm ISO400 ) 露出補正 なし
釣燈籠;クリックすると大きな写真になります
15.興福寺 国宝館
春日大社の宝物殿を見学した後、興福寺へ。まずは待ち時間「0」の国宝館に入り、阿修羅像を見る。もちろん写真撮影はできないので絵葉書を買った。奈良時代の作、乾漆八部衆立像(国宝)のひとつである、三面六臂(手が6本)の阿修羅像はその照明の効果もあって素晴らしい。また、多くの展示されている仏像の中に、聖徳太子二歳像というのがあったが、これも素晴らしいと思った。ただし、江戸時代のものという。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F10 1/400秒 26mm ISO400 ) 露出補正 なし
興福寺 国宝館;クリックすると大きな写真になります
16.興福寺 東金堂と五重塔
和銅3年(710年)に飛鳥藤原京から現在の場所に移築された興福寺は、平成22年が創建1300年であるとのこと。現在、享保2年(1717年)の大火で失われた中金堂の再建が行われている。五重塔は天平2年(730年)の創建だが、現在の塔は応永33年の再建。東金堂は室町時代の再建だが、奈良時代の伝統にのっとり建てられた。五重燈、東金堂ともに国宝である。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F13 1/640秒 27mm ISO400 ) 露出補正 なし
興福寺 東金堂と五重塔;クリックすると大きな写真になります
17.平城宮跡へ
朱雀門脇から、平城宮跡に入り、そのバスターミナルで解散になった。定期観光バスはここで終わりである。今年の4月に復元完成した第一次大極殿は見ておこうと思い、歩き出したが、800mあるそうだ。暑い。第一次大極殿へは、原っぱの中、まっすぐな道が続くが、その道を近鉄奈良線が横切る。見学者は踏切を渡って進む。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F13 1/640秒 52mm ISO400 ) 露出補正 なし
平城宮跡へ;クリックすると大きな写真になります
18.第一次大極殿
第一次大極殿の手前の南門まで進んだ。さらに第一次大極殿までは300mほどある。少し、前進したが、そこから眺めることにし、進むのをやめた。奈良時代の前半には、朱雀門を入った正面のところ、いま、南門のある両側に朝堂院の建物が二棟ずつ左右対称に配置され、その奥に大極殿が位置していたという。朝堂院は、再建されていない。大極殿と朝堂院の建物は、すべて高い基壇に礎石をすえ、丹塗りの赤い柱を建て、屋根に瓦を葺いた壮大な格式の高い建物であったという。奈良時代の前半期では、国家的な儀式、つまり即位・朝賀・外国使節の謁見といった行事を主に大極殿・朝堂院で行ったと考えられていると。平成13年から復元工事が始まり平成22年4月に完成した。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F16 1/1000秒 44mm ISO400 ) 露出補正 なし
第一次大極殿;クリックすると大きな写真になります
19.若草山
大極殿に向かって右側に、若草山が見える。毎年1月に山焼きが行われるので有名だ。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F6.3 1/2500秒 200mm ISO400 ) 露出補正 なし
若草山;クリックすると大きな写真になります
20.朱雀門
平城宮跡に入るときには、バスは左側の車道を迂回したが、帰りは 朱雀門をくぐって出た。この向こうに近鉄奈良線の踏切があり、違和感を覚える。朱雀門は平城京朱雀大路の北の端に建っていた宮の正門であった。現在の門は平成10年の完成である。平城遷都1300年祭のイベント会場になっている平城宮跡を最後に今回の奈良観光を終えたが、満足が得られた旅だった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F16 1/1000秒 36mm ISO400 ) 露出補正 なし
朱雀門;クリックすると大きな写真になります

2010年8月26日

奈良を定期観光バスで巡る③ 第2日 東大寺


 8月8日、天理駅から桜井線に乗って、JR奈良駅に着き、9時発の奈良交通の定期観光バス「奈良公園3名所と春日奥山めぐり~平城遷都1300年祭会場」コースに乗る。JR奈良駅構内にある奈良交通の窓口へ行ったら、昨日のバスガイドさんが案内係をしていた。この日は乗務はないそうだ。東大寺、春日大社、興福寺を見学して春日奥山ドライブウェイを走って、昼過ぎに平城遷都1300年祭会場で下車するコースである。

1.天理駅
天理駅は高架になっている。この写真は、奈良に向かって進行方向右側、つまり東側を眺めた。駅から続くまっすぐな広い通りの突きあたりに天理教の神殿がある。左手に一番高く見える山が高峰山(632m)だと思う。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.8 1/500秒 17.3mm ISOオート )露出補正 なし
天理駅;クリックすると大きな写真になります
2.奈良行き電車
8時15分発の奈良行き電車に乗った。JR桜井線だが、最近では「まほろば線」と言っているらしい。奈良まで15分である。通勤、通学の時間帯と思うが、今日は日曜日なので、乗客は少ない。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F2.8 1/400秒 4.6mm ISOオート ) 露出補正 なし
奈良行き電車;クリックすると大きな写真になります
3.旧JR奈良駅舎
JR奈良駅は現在高架化に伴う改築中である。2003年9月6日まで使われていたこの2代目駅舎は1934年(昭和9年)に完成したもので、周囲の景観に配慮して方形屋根に相輪を持つ和洋折衷様式が採用されている。高架化に伴い取り壊される予定であったが、その歴史的価値から反対の声は根強かったこともあり、曳家によって元の位置から18m移動された上で保存され、奈良市総合観光案内所として利用されている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F13 1/640秒 20mm ISO400 ) 露出補正 なし
旧JR奈良駅舎;クリックすると大きな写真になります
4.近鉄奈良駅前
JR奈良駅を9時に出発した定期観光バスは、近鉄奈良駅に寄ってお客さんを乗せる。町は近鉄奈良駅の周辺のほうが賑やかであった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F10 1/400秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
近鉄奈良駅前;クリックすると大きな写真になります
5.東大寺 南大門
いよいよ東大寺である。バスガイドさんは比較的朝早い時間なので、まだすいているという。南大門から入った。南大門は日本最大級の門であり、現在の門は東大寺復興を推進した重源により再建されたものという。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 31mm ISO400 ) 露出補正 なし
東大寺 南大門;クリックすると大きな写真になります
6.鹿が出迎え
南大門で立派な角をした雄鹿が出迎えてくれた。向こうに見えるのは中門で、その奥に大仏殿が見える。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5.3 1/500秒 95mm ISO400 ) 露出補正 なし
鹿が出迎え;クリックすると大きな写真になります
7.大仏
大仏殿(金堂)は東大寺の中心である。大仏は正式には盧舎那仏といい、世界の心理を体現する仏という。創建から修理が繰り返され、大仏の顔や大仏殿は江戸時代のもである。高さは46.8mある。三脚の使用は不可だが、写真はOKとのことだった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/25秒 46mm ISO3200 ) 露出補正 なし
大仏;クリックすると大きな写真になります
8.大仏の光背
大仏の後ろにある14体の坐像の仏様の輪は光背というのだろうか。興味を持ったが、なかなか説明されたものがない。仏の徳の大きさに眩しいような輝きを感じる時、"後光がさす"と表現するように、仏様の後ろの丸いものは仏様の徳の輝きを表しているものらしい。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5.3 1/40秒 112mm ISO3200 ) 露出補正 なし
大仏の光背;クリックすると大きな写真になります
9.国宝八角燈籠
大仏殿の前にある巨大な金堂の国宝八角燈籠。高さ4.6メートルもあり、この灯籠は東大寺創建当時のものとされ、その後、多少手を加えているが天平時代の金工技術と工芸意匠の素晴らしさを現代に伝えている。非常に大きな火袋が特徴で東西南北の四面には両開きの扉に雲中を走る唐獅子と、他の四面には優美な音声(おんじょう)菩薩(ぼさつ)の浮彫が見られる。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F13 1/640秒 31mm ISO400 ) 露出補正 なし
国宝八角燈籠;クリックすると大きな写真になります
10.世界遺産 東大寺
東大寺はもちろん世界遺産である。大仏殿は木造古建築としては世界最大級であり、広い境内には、二月堂や東大寺最古の建物で天平仏の宝庫法華堂(三月堂)などがあるが、今回二月堂や法華堂を見る時間的な余裕がなかったのは残念だった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 35mm ISO400 ) 露出補正 なし
世界遺産 東大寺;クリックすると大きな写真になります

2010年8月23日

奈良を定期観光バスで巡る② 第1日 薬師寺・唐招提寺


 慈光院を出て、バスに乗り西の京と呼ばれる薬師寺と唐招提寺を巡った。唐招提寺見学が最後で午後4時半にJR奈良駅に戻り、今夜の宿をとった天理へ向かった。

12.薬師寺 中門と西塔
薬師寺は天武天皇(680年)が皇后、後の持統天皇の病気平癒を願って建立がはじまったが、その7年後天武天皇は完成を見ずに崩御、その翌年、後を継いだ持統天皇により藤原京に七堂伽藍が完成した。平城遷都後(718年)現在地に移設された。自然災害、兵火で堂塔が倒壊、焼失し、平城創設時の建物は東塔のみであるという。南門を入ると中門と回廊があり、その中向かって左側に西塔、右側に東塔がある。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F13 1/640秒 24mm ISO400 ) 露出補正 なし
薬師寺 中門と西塔;クリックすると大きな写真になります
13.東塔と西塔
手前に見えるのが東塔である。白鳳様式を伝える唯一の平城創建時の建物。三重塔だが各階に裳階が設けられているため六重塔のように見える。今年9月から覆屋をかけ、平成31年春まで解体修理が予定されているとのことで、修理直前に見ることができた。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F16 1/1000秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
東塔と西塔;クリックすると大きな写真になります
14.東塔 金堂 西塔
左から東塔、金堂、西塔で、大講堂を背に撮った。金堂は1528年に焼失し、昭和51年(1976年)に再建された。正面7間、側面4間、二重の入母屋造りで、棟の両端に金色の鴟尾が輝く。堂内中央に本尊薬師如来坐像、向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩が祀られている。残念ながら堂内は撮影禁止。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F9 1/320秒 18mm ISO400 ) 露出補正 なし
東塔 金堂 西塔;クリックすると大きな写真になります
15.鐘楼から東塔を眺める
大講堂の東側に鐘楼があった。この鐘楼についてはガイドブックにも書かれていないが、いつ頃建てられたものなのだろうか。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F13 1/640秒 34mm ISO400 ) 露出補正 なし
鐘楼から東塔を眺める;クリックすると大きな写真になります
16.薬師寺を振り返る
次に玄奘三蔵院を見に行ったが、その途中、薬師寺を振り返って眺めた。二つの塔と大講堂、金堂の屋根が見える。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F9 1/1250秒 82mm ISO400 ) 露出補正 なし
薬師寺を振り返る;クリックすると大きな写真になります
17.唐招提寺
この日のコースの最後である唐招提寺に着いた。唐招提寺は奈良時代に聖武天皇の招きに応じ来日した鑑真が、来日6年目の天平宝字3年(759年)、新田部親王の旧邸宅を賜って開いた研修道場に始まるという。以来約1250年、鑑真の教えを守り、もっとも戒律の厳しい寺として知られる律宗総本山である。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/125秒 26mm ISO400 ) 露出補正 なし
唐招提寺;クリックすると大きな写真になります
18.唐招提寺 金堂
入口である南大門を入ると正面に見えた。国宝である。10年に及ぶ平成の大修理を終えた現存最大の天平建築であり、本尊盧舎那仏坐像を始め、薬師如来、千手観音など天平仏が祭られている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F6.3 1/160秒 24mm ISO400 ) 露出補正 なし
唐招提寺 金堂;クリックすると大きな写真になります
19.経堂
金堂そして、礼堂の東側に校倉造の2棟の建物が並ぶ。北側に宝蔵、南側が経堂であるが、これは経堂のほう。校倉造は東大寺大仏殿の奥にある正倉院が有名であるが、この経堂は唐招提寺創建以前の新田部親王の旧邸にあった校倉を改装したものといわれ、我が国最古の校倉といわれる。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/125秒 32mm ISO400 ) 露出補正 なし
経堂;クリックすると大きな写真になります
20.応量坊の土塀
金堂や講堂の奥にある御影堂のほうへ歩き、風情のある道を左(西)へ廻ってみた。本坊のあるところからさらに左を見ると、こんな道があった。多分、応量坊というところの土塀と思う。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F4.2 1/125秒 35mm ISO640 ) 露出補正 なし
応量坊の土塀;クリックすると大きな写真になります
21.本坊の蓮
本坊の庭に蓮の花が植えられていた。しかしそのほとんどは花が終わってしまっていて、一輪だけが咲いていた。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F7.1 1/800秒 82mm ISO640 ) 露出補正 なし
本坊の蓮;クリックすると大きな写真になります
22.天理のうなぎ屋「淡水」
唐招提寺でこの日の観光は終わった。午後4時半にJR奈良駅に戻り、JR桜井線に乗って、天理へ向かった。なぜ、天理に泊まったか。インターネット「じゃらん」で奈良の宿を探したが、どこもいっぱいで適当なところがない。思いつきで天理のホテルを予約した。一旦ホテルに荷物を置き、ガイドブック「楽楽 奈良・大和路」に載っていたうなぎ屋「淡水」を目指した。鰻重2千円は値打ちがあったし、酒の肴にと頼んだ「うまき」がとてもうまかった。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F2.8 1/60秒 4.6mm ISOオート ) 露出補正 なし
天理のうなぎ屋「淡水」;クリックすると大きな写真になります
23.天理教教会本部
「淡水」を出てくるとまだ明るかった。天理へ来たのだから天理教の神殿を訪ねてみようと歩いた。天理駅からまっすぐな大通りが天理教教会本部に続いている。天理教は江戸時代末期に天理王命を祭神とし、中山みきによって開かれた。現在の信者数は本部によれば190万人といわれている。神殿を囲み東西南北に礼拝場や関連施設がある。

Canon IXY900IS F2.8-5.8 4.6mm-17.3mm 7.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F3.2 1/5秒 6.1mm ISOオート ) 露出補正 なし
天理教教会本部;クリックすると大きな写真になります

2010年8月19日

奈良を定期観光バスで巡る① 第1日 法隆寺・慈光院


 高野山参詣の後、平城遷都1300年で賑わう奈良を廻って来ようと計画した。どうやって効率よく廻るか考えたが、現地の定期観光バスを利用するのが最善だろうという結論になり、インターネットで奈良交通の定期観光バスを8月7日、8日の両日、申し込んでおいた。前夜は京都に泊まった。京都発8時49分のみやこじ快速に乗り、9時34分、奈良に着いた。奈良は1970年大阪万博へ行った折に寄ったが、それも奈良公園の東大寺のあたりを歩いた程度である。40年も前のことだ。
  第1日目は7時間のコースで法隆寺、中宮寺、慈光院、薬師寺、唐招提寺を巡る。第1日目、2日目をそれぞれ2回に分けた。なお、解説内容はJTBパブリッシング発行の「楽楽 奈良・大和路」を参照した。

1.定期観光バス
上は8月7日の法隆寺・西の京を巡る1日コース、下は翌8月8日の奈良公園3名所と春日奥山めぐりの半日コースのバス。

上:Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F11 1/500秒 35mm ISO400 ) 露出補正 なし
下:Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 27
mm ISO400 ) 露出補正 なし
定期観光バス;クリックすると大きな写真になります
2.南大門から法隆寺境内へ
JR奈良駅前を10時に出発したバスは、近鉄奈良駅でそこから乗る人たちをピックアップし、南西に向かって走り、11時少し前に法隆寺のの駐車場に着いた。法隆寺の玄関に当たるこの南大門は、室町時代1438年に再建されたものであるという。西院伽藍の中門が見え、その左側に五重塔が見える。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F14 1/800秒 44mm ISO400 ) 露出補正 なし
南大門から法隆寺境内へ;クリックすると大きな写真になります
3.金堂と五重塔
中門を入って金堂の右側を回り込んでこの写真を撮った。法隆寺の本尊を安置する殿堂が、飛鳥時代に建立された金堂である。堂内には飛鳥仏を代表する金銅釈迦三尊、薬師如来坐像や四天王立像などの国宝、重要文化財の諸仏が安置されている。壁画は昭和24年に焼失したが、精密な模写がされているという。五重塔は現存する日本最古の塔であると同時に金堂や、中門とと同様世界最古の木造建造物だ。堂内の仏さまは撮影禁止になっている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F14 1/800秒 22mm ISO400 ) 露出補正 なし
金堂と五重塔;クリックすると大きな写真になります
4.柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
正岡子規の句碑があった。ここに茶店があったのだろうか。ただしこれは史跡でも何でもないようだ。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F8 1/250秒 29mm ISO400 ) 露出補正 なし
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺;クリックすると大きな写真になります
5.夢殿
東大門を出て、東院伽藍にある夢殿に向かった。夢殿は奈良時代に建立された現存する最古の八角円堂。鎌倉時代の施された大修理で軒の深さや勾配などは変更されているという。聖徳太子の等身像と伝えられる救世観音などが安置されている。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F7.1 1/200秒 48mm ISO400 ) 露出補正 なし
夢殿;クリックすると大きな写真になります
6.参道から南大門を振り返る
法隆寺から続けて中宮寺を見学して、再び南大門から外へ出た。これから昼食である。中宮寺は主な建物としては昭和43年に建立された新本堂のみだったが、堂内にはかすかに首をかしげ、優美な笑顔を浮かべる木造弥勒菩薩半跏思惟像が安置されていた。この弥勒菩薩像はかって50円切手の図案になった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F6.3 1/640秒 62mm ISO400 ) 露出補正 なし
参道から南大門を振り返る;クリックすると大きな写真になります
7.慈光院
昼食後再びバスに乗り、法隆寺のある斑鳩から、大和郡山のほうへ戻り、慈光院を見学した。慈光院は1663年、石州流茶道の祖で大和小泉藩主であった片桐貞昌が父の菩提を弔うために建立した。書院と茶室が重要文化財に指定されている。書院で抹茶がふるまわれた。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F3.5 1/125秒 20mm ISO500 ) 露出補正 なし
慈光院;クリックすると大きな写真になります
8.借景
慈光院には白砂とつつじの大刈込が美しい名勝指定の枯山水借景の庭があり、雄大な奈良盆地景色をとりいれた眺めが美しい。しかし今は人工的なものが多く視野に入ってしまう。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F9 1/320秒 32mm ISO400 ) 露出補正 なし
借景;クリックすると大きな写真になります
9.茶室
書院には高林庵と閑茶室という、ほんとにこじんまりとした二つの茶室があった。こちらは高林庵のほうと思う。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F3.5 1/15秒 18mm ISO3200 ) 露出補正 なし
茶室;クリックすると大きな写真になります
10.慈光院本堂 鳴き龍
書院の奥に本堂があった。天井に龍の絵があり、手をたたくと鳴き龍のように響く。前で話を聞いていたので一行の代表で手をたたかされたが、あまり旨くいかなかった。この本堂は慈光院の茶道路線とは趣が異なると説明を受けた。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F3.5 1/15秒 20mm ISO3200 ) 露出補正 なし
慈光院本堂 鳴き龍;クリックすると大きな写真になります
11.慈光院本堂とノウゼンカズラ
本堂の見学を終え、玄関に戻る廊下を歩くと中庭にノウゼンカズラのオレンジ色がきれいだった。

Nikon D5000 NIKKOR VR 18-200mm F3.5-5.6G
プログラムオートで撮影 ( F9 1/250秒 42mm ISO400 ) 露出補正 なし
慈光院本堂とノウゼンカズラ;クリックすると大きな写真になります