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Studio YAMAKOで“本尊如意輪観音”が含まれるブログ記事

2019年2月24日

冬の石山寺(後編) 2月14日

石山寺で一番高いところにたどり着いた。あいにくどんよりとした曇り空で、琵琶湖や瀬田川は色彩が乏しい。
 石山寺境内には3つの梅園がある。第一梅園は「薫の苑」と呼ばれ、瀬田川のほうに下がったところにある。第一梅園があるのは鐘楼や多宝堂を見る道の1本下の迂回路で、私たちは気が付かないで多宝塔のほうへ上がってきてしまった。石山寺の宝物や紫式部の「源氏物語」を題材とした美術品などが展示されている豊浄殿のほうへ、いわば尾根道を歩いていくと右側に第二梅園「東風の苑」があった。残念ながら梅はまだほとんど咲いてなく、淋しい。
 さらに進むと第三梅園があり、そこへカメラと三脚を持った年配の女性が来ておられた。ここの梅もまだまだである。谷を挟んで向こう側に大きな建物があった。まだ新しい建物で、石山を発祥の地とする東洋レーヨンが平成21年に寄進した堂宇だ。
 源氏苑というところで紫式部の像を見て、山を下る。無憂園という庭園を右下に見ながら本堂の下まで下りてきた。
 もう一度、国宝の本堂を見に上がって、参道を東大門に向かった。2組ほどの観光客と行違っただけだった。

19.第二梅園の梅 -1
道沿いに第二梅園の梅が咲き始めていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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20.第二梅園の梅 -2
この辺りは石山寺で一番高いところ。かすんでいるが琵琶湖が見える。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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21.第三梅園と光堂
三脚にデジイチの年配のご婦人が写真を撮りに来られていた。「まだ咲いてませんね」と残念そうだったが、近くに住んでいる方らしい。向こうに見えるのは、東洋レーヨンが寄贈した光堂である。東洋レーヨンは三井物産の出資により、1926年(大正15年)に創業し、滋賀県大津市に滋賀事業場を開設、生産を開始する。平成21年に建設されたこの堂宇は鎌倉時代に存在した光堂を復興したもので、本堂と同じ、懸造りとなっている。阿弥陀如来を本尊としている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO200 ) 露出補正 なし
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22.第三梅園
さっき、ご婦人が写真を撮ろうとしていた辺りを、光堂の方から見ている。冬の景色は緑が冴えないので淋しい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO400 ) 露出補正 なし
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23.紫式部銅像
ここは境内でも最も奥に位置する源氏苑というところ。光堂から少し下がったところに、石山寺参籠の折に「源氏物語」の着想をえたという紫式部の銅像があった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO500 ) 露出補正 なし
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24.カンザクラ
本堂の下へ戻る途中、第三梅園の先の坂道でカンザクラが咲き始めていた。梅園の梅もこのカンザクラも3月中旬に入って見ごろとなるようで、カンザクラもまだ、三分先というところか。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO640 ) 露出補正 なし
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25.天智天皇の石切り場跡
本堂の下まで下りてきた。もう一度国宝の本堂を見たいと思い、石段を上ると、本堂正面のすぐ下に天智天皇(第38代天皇 在位:668年2月20日 - 672年1月7日)の石切り場跡がった。天然記念物「硅灰石」が道沿いに露出しており、15か所の採石痕がある。近年、ここから切り出された石が、飛鳥の川原寺中金堂(7世紀前半~半ば頃創建か)の礎石に使用されていることが明らかとなった。また、境内の別の場所から白鳳期の瓦も発掘されており、石山寺の創建年とされる天平19年(747年)以前に、すでにその前身となる寺院が存在したことを証明する貴重な遺跡だそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO500 ) 露出補正 なし
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26.国宝 本堂正面
本堂をもう一度正面から眺める。左側にあるのが蓮如堂(旧拝殿)である。本堂は向かって左側が礼堂(らいどう)、そして相の間があって、右側が正堂(しょうどう)だ。礼堂(らいどう)は清水寺のような懸造りである。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO250 ) 露出補正 なし
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27.本堂入口
階段を上がって左に進むと外陣=礼堂(らいどう)に入れる。右側の内陣=正堂(しょうどう)には本尊如意輪観音を安置する巨大な厨子がある。永長2年(1079年)の大火で焼失したが、その内陣は永長6年(1096年)に再建され、外陣は慶長7年(1602年)淀殿の寄進により増築された。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO800 ) 露出補正 なし
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28.蓮如堂の梅
蓮如堂の縁には大きな鉢植えの梅が置かれ、ほのかにライトアップされていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO800 ) 露出補正 なし
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29.盆栽の梅 -1
本堂と蓮如堂の前の広場には、数多くの梅の盆栽が置かれていた。この日は梅の花も寒そうである。向こうに見えるのは手前が毘沙門堂で、向こう側が観音堂だ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO125 ) 露出補正 なし
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30.盆栽の梅 -2
せっかくの梅の盆栽も、見てくれる人がいない。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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31.重要文化財 御影堂
真言宗の開祖弘法大師の遺影と石山寺第三代座主淳裕内供の像を安置する堂である。平安時代建立の本堂を中心とした伽藍を構成する。室町期創建の御影堂は、慶長期に洗練された外観に整備された。寺院における鎮守社の構成を伝える遺構として貴重である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 10mm ISO200 ) 露出補正 なし
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32.重要文化財 御影堂 淳裕内供の像
御影堂に安置されている淳裕内供の像を見ることができた。淳祐内供(890年〜953年)自筆の聖教として国宝に指定されている。 淳祐内供は、寛平2年(890年)生まれで菅原淳茂の子、即ち菅原道真の孫にあたる人物。石山寺の寺伝で、淳祐内供(890年〜953年)自筆の聖教として特に大切に扱われてきた一群の経巻「薫聖教」は国宝に指定されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 31mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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33.大黒天
毘沙門堂と観音堂の脇の石段を下りると大湯屋という建物があった。大湯屋は妻側を正面とする切妻造の建物で、前室、脱衣場、浴室の三室構成となっている。湯屋は全国的に例が少なく貴重な遺構の一つだそうだ。その大湯屋の先に大黒天という堂宇があった。立てられていた説明版には、「弘法大師御作(1200年前)福招・出世拳印大黒天(右手親指内にして握る)万寿元年(950年前に)石山寺の三人の僧の同じ夢のお告げにより湖水出現 安置するこの大黒天は福招きの大黒様として古来より有名である お堂は鎌倉様式なり(再建)(750年前)」と書かれていた。わかりにくい。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO400 ) 露出補正 なし
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34.参道 -1
大黒天から参道に出た。東大門に向かう。時刻は10時半を回ったところだが、観光客の姿はなかった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 34mm ISO125 ) 露出補正 なし
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35.参道 -2
参道脇の木にボタンのような葉っぱが付いていた。蔓性の植物であるが名前が分からない。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO160 ) 露出補正 なし
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36.石山寺東大門
東大門を出て、振り返る。門の正面左側の添えられたような建物であるが、周りを見渡せる望楼のような形が印象に残った。調べてみたが、どういう建物かわからなかった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO160 ) 露出補正 なし
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37.朗澄律師大徳遊境
石山寺を退出し、京阪石山寺駅へ向かう。石山寺の石壁が途切れるあたりに「朗澄律師(ろうちょうりっし 1132年~1209年)ゆかりの和風庭園」というところがあった。朗澄律師は亡くなる際、一切経を守護し万民の降魔招福の為、鬼の姿になることを誓ったことから、この鬼のごとき姿になっているという。傍にあった石山寺の説明板には、約800年前の中興の祖 朗澄律師は石山寺屈指の名僧で天資聡明の人であり、教学のほか 図画像にも卓越し、白描図像等書写されたものが大量に残されている。また、国宝多宝塔の内部の壁画も朗澄律師の筆によるものではないかといわれている。朗澄律師は没後、経蔵の一切経、聖教を守護し、万民の降魔招福のため、鬼の姿となることを誓い承元3年5月14日入寂されたと書かれていた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 17mm ISO320 ) 露出補正 なし
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38.坂本比叡山口行きの電車
石山寺駅に着いた。ここから折り返しの京阪石山坂本線に乗って、終点の坂本比叡山口まで、21駅、14.1km、所要時間約30分だった。坂本比叡山口駅で下車し、いざ、日吉大社へ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO200 ) 露出補正 なし
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2018年12月 7日

室生寺 11月7日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(4)

長谷寺駅から近鉄大阪線で伊勢方面へ、2っ先の室生口大野駅まで行く。ここも2、3人観光客が下車するが閑散としている。室生寺行のバスは出たばかりで1時間ない。タクシーを呼ぶがそれも空きがなく30分ほど待たされて、やっと来た。バスを待っていた一人旅の女性をお乗せして室生寺へ向かう。タクシーのドラーバーが、途中、室生寺の末社である大野寺のそばで、川の向こう側にある摩崖仏を見せてくれた。
 タクシーは室生寺の入り口である太鼓橋のところまで行ってくれた。室生寺は真言宗室生寺派大本山の寺院である。
 室生寺の本堂へ上がる石段で、張り出した枝を避けようとして、転んでしまった。右手にリストストラップで持ったカメラが大事で庇ったので、右手で支えられないまま転んでしまった。脚のすねを強打、青あざができて腫れあがったが不思議と痛みはない。
 参詣を終えて、帰りはバスで戻ってきた。駅前のスナックで昼飯を摂る。ビールとスパゲッティ、かみさんは焼きそばを注文した。脱サラしたご夫婦でやっているのだが、旦那がよくしゃべる。次の電車の時間までの一休みだった。
 余談になるが、近鉄大阪線で1971年10月25日に、「青山トンネル事故」というATSの故障が発端で、特急列車が正面衝突するという事故があり、25名が亡くなっている。
 近鉄に乗り桜井方面へ戻り、桜井の先の大和八木で京都行急行に乗り換えた。16:20京都着。昨年も泊まったホテル近鉄京都駅にチェックインした。駅ビルで食事をしたあと、駅構内で「551」の豚まんを買ってホテルに戻った。豚まんは次の日の朝食になった。

68.大野寺の摩崖仏
室生口大野の駅から室生寺に向かうタクシーで5分ほど走っただろうか、運転手がタクシーを止めて、川向うに見える岩を指さし、大野寺の摩崖仏だと見せてくれた。仏様のお顔ははっきりは見えない。大野寺は室生寺の末社だそうで、wikipediaによれば、宇陀川をはさんだ対岸にある弥勒磨崖仏は、「石仏縁起」(万治2年・1659年)や「興福寺別当次第」によれば、興福寺の僧・雅縁の発願により、承元元年(1207年)から制作が開始され、同3年に後鳥羽上皇臨席のもと開眼供養が行われたものであるそうだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/640秒 28mm ISO1000 ) 露出補正 なし
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69.太鼓橋
室生寺の境内には室生川にかかる太鼓橋を渡って入る。タクシーをその太鼓橋のところで降りた。太鼓橋の向こうに表門の屋根が見える。室生寺は女人禁制とされてきた高野山に対し、古くから女性の信仰を受け入れてきたことから「女人高野」の別称でも親しまれている。室生寺の創建は平安時代宝亀年間(770年 - 781年)にさかのぼり、国宝や重要文化財の仏像、建造物が多い。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 18mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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70.慶雲殿
表門からは境内に入れない。覗いてみると、中には本坊庫裏が見え、その左手に慶雲殿が見えた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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71.室生川にかかる太鼓橋
摩崖仏があったところの宇陀川は、奈良県宇陀市大宇陀宮奥付近に源を発し北へ流れ、多くの支流を集めて、三本松駅付近で近鉄大阪線と交差し県境を越え、三重県名張市黒田と名張市箕曲中村の境界で名張川に合流するそうだが、この室生川はその宇陀川の支流である。表門を渡ったところから、太鼓橋にかかる紅葉を眺める。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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72.赤門の屋根
表門の前を、室生川に沿って、右手に進むと赤門があった。紅葉はまだ少し早いようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 18mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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73.仁王門 -1
さらに室生川沿いに進む。参拝受付を終えると、すぐ目に入るのが仁王門。元禄に一度焼失し、その後長い間姿を消していたが、昭和40年(1965年)11月に再建された。門の両脇で構える仁王像も、昭和に再興されたもの。門の朱塗りも仁王像の色彩も、まだ色鮮やかで美しい。鎌倉時代の古地図によると、この仁王門のさらに奥に二天門があったと記録されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 34mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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74.仁王門 -2
仁王門に掲げられている扁額には「室生山」という文字が見える。wikipediaによれば、室生寺はを山号を「宀一山」といい、「宀一」は「室」のうかんむりと「生」の最後の一画だという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO160 ) 露出補正 -0.3段
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75.バン字池
仁王門をくぐると、左手に変わった形の池があった。この池はバン字池と言い、その名の通り梵字のバンの形をしており、大日如来を表しているそうだ。その池の水面に仁王門の紅葉が映っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 11mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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76.鎧坂
バン字池を過ぎてすぐ左側、幅の広い、金堂へ上がる石積みの階段があった。室生寺の名所の一つである鎧坂だ。自然石が積み上げられた階段の様子が、編み上げた鎧の様に見えることからこの名がついたという。鎧坂の途中から下を眺める。もう少し紅葉が進むと、きれいだろう。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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77.金堂(国宝)
鎧坂を登ると、柿葺(こけらぶき)の金堂が石段の上に次第に競り上がって見えてきて、全貌の見える小さな平地に出る。ところが、この鎧坂を登りきるところで張り出した枝を避けようとして、バランスを崩し、転んでしまった。リストラップで持っていたカメラを守ろうとして、脚のすねを石段にぶつけてしまった。カメラは無事だった。写真の高床の正面一間通りは、江戸時代に付加した礼堂(らいどう)で、これが無かった時代には、この石段上から堂内の仏像の姿が拝めたようだ。 金堂は平安時代前期に建立され、その規模は桁行、梁間共に五間、屋根はこけら葺き、寄棟造の平入である。手前一間は礼堂と呼ばれ、江戸時代の寛文12年(1672年)に増築されたものだ。礼堂部分の屋根は、縋破風(すがるはふ)の付いた葺き下ろしとなっている。それ以前、鎌倉時代末期にも大修理が行われており、その際には多くの部材が取り替えられたという。また、建物の正面と左右には縁が付いており、この縁と礼堂の部分のみ、足の長い懸造(かけづくり)となっている。 「 閑古鳥旅行社」というサイトを見ると、金堂の内部には須弥壇が置かれ、本尊の釈迦如来立像を中心に、左手に文殊菩薩立像と十一面観音立像、右手に薬師如来立像と地蔵菩薩立像が安置されており(いずれも平安時代)、それらの前には鎌倉時代の十二神将立像が立ち並ぶ。本尊の背後の板壁には、帝釈天を中尊とする曼荼羅図が描かれているが、これは非常に珍しいそうだ。なお、金堂の左手には、弥勒菩薩立像と釈迦如来坐像を安置する、鎌倉時代建造の弥勒堂が建っているとあった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO1600 ) 露出補正 -1.0段
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78.本堂(灌頂堂)(国宝)
参拝受付でいただいたパンフレットによれば、本堂には室生寺の本尊如意輪観音菩薩像(平安時代 重文)が安置されている。ここは真言密教の最も大切な法儀である灌頂を行う堂で、真言寺院の中心であるところから本堂と呼ばれる。延慶元年(1308年)の建立とのこと。五間四方入母屋造りの大きな建築で、内陣と外陣とを板扉で区画し、和様と大仏様の折衷様式を示す。正面に「悉地院」の扁額が掛けられている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 11mm ISO320 ) 露出補正 -1.7段
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79.五重塔(国宝)
潅頂堂に向かって左側に、次の石段がある。その石段の上方に目をやると、国宝 五重塔が緑の木立に囲まれ堂々と建っているのが見えた。この五重塔は高さ16.22mで、屋外に建つ五重塔では日本で最も小さい。その小ささから、「弘法大師一夜造りの塔」と例えられることもあるそうだ。建立時期は室生寺最古の建造物で、天平時代末から平安初期の建立である。 屋外に建つ五重塔としては法隆寺五重塔の次に古い。平成10年、台風により大きな損害を被ったが、平成12年に修復され、檜皮葺の屋根や丹塗りの優美な姿がよみがえった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 25mm ISO2000 ) 露出補正 -0.7段
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80.本堂(灌頂堂)の脇
前の写真で見える五重塔への階段を登って、さらに左手の坂道を上ると奥の院(木影堂 鎌倉時代の重文)がある。石段を登り五重塔を間近で見たが、奥の院へは、重なる石段に足が悲鳴を上げていて、登るのを断念した。ここは本堂の脇である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO640 ) 露出補正 -0.7段
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81.五重塔から本堂へ
近くで見ると小ぶりに見える五重塔を見上げて、本堂へと石段を下る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
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82.バン字池に映るモミジ
再び仁王門のところまで下りてきた。バン字池に仁王門の屋根とモミジが映り込んでいる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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83.仁王門 -3
仁王門の屋根とイチョウとモミジ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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84.木漏れ日
まだ緑が残るモミジの葉に、木漏れ日が注がれていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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85.本坊 書院の庭
ここは本坊の書院のあるあたりだったろうか。記憶が定かでない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 22mm ISO125 ) 露出補正 -0.3段
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86.室生口大野駅
帰りは室生寺からバスに乗って室生口大野駅まで戻ってきた。室生寺の観光客は多かったのに、ご覧の通り閑散としている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 31mm ISO125 ) 露出補正 -0.3段
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87.室生口大野駅 プラットホーム
ここから、午前中に来た方向へもどる電車に乗る。長谷寺、桜井、を経て、大和八木で京都行に乗り換えるのだ。室生口大野駅の反対側プラットホームのベンチに、室生寺と大野寺のポスターがあった。摩崖仏、仁王門、五重塔がデザインされたなかなか渋いポスターと思う。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO640 ) 露出補正 -0.3段
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88.「551」
大和八木で特急に乗り換えて、京都へ行こうと思ったが、すぐ急行が来たので乗ってしまった。停車する駅は多かったが、時間に余裕があったので、のんびり座ってきた。今日の行程は上手く行けるかどうかちょっと心配だったが、問題なかった。チェック・インして、夕食のため外出したが、ホテルに戻るときに駅構内で「551」の豚まんを買った。昨年暮れに京都に来た時もそうした。温かい「551」の豚まんは特に皮が旨い。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO800 ) 露出補正 なし
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