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2019年2月17日

京都 本山興生寺霊山本廟と錦市場 2月13日

2月13日、昨年亡くなった娘の義母の納骨の儀が京都は清水寺近くの本山興生寺霊山本廟で営まれた。当日、大人の休日・ジパング倶楽部を利用し、新横浜8時52分発のひかりで京都に向かった。この日宿泊するホテルのロビーで娘たち夫婦と合流し、タクシーで本山興生寺霊山本廟へ向かった。娘の主人の父と、弟は現地で待ち合わせだった。一周忌と併せて行われる納骨の儀は午後1時からだった。
 本山興生寺は浄土真宗の寺院である。かつて西本願寺の脇門跡であったが、明治9年(1876年)に真宗興正派として独立した際に、同派の本山となっている。その霊山本廟はいわば本山興生寺の別院である。
 いま、この本山興生寺のことで話題になっていることがある。興生寺のご住職は門主の華園家であるが、昨年4月1日、その後継者になんと第31世華園真暢門主(60歳)の長女、華園沙弥香氏(23歳)が嗣法に就任した。沙弥香氏は9歳の時に門主後継者の資格を得る「得度」を受けていたという。3月に日本獣医生命科学大学(東京都武蔵野市)を卒業したばかりだそうだ。
 納骨の儀は、午後2時に終えた。すぐ近くにあるイノダコーヒーで一休みする。夕方5時から食事会が予定されているがそれまでまだ間がある。娘の義父はそれまでホテルに戻って休みたい意向。義弟はこのまま横浜へ戻るという。娘夫婦と私たちは錦市場へ行くことにした。

1.三年坂(安寧坂)
タクシーに乗って、興生寺と告げたら、興生寺は2か所あるという。本山興生寺と興生寺別院である霊山本廟は別のところにあるのだ。霊山本廟でタクシーを下りたところは、清水寺のほうから三年坂を下りてきて、二年坂へ行くと続くところだった。写真は三年坂を見上げたところ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO200 ) 露出補正 なし
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2.霊山本廟(興生寺別院) 本堂
法事が始まる午後1時まで少し時間があったので、境内を歩いてみた。この本堂は昭和31年(1956)に再建されている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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3.親鸞聖人像
鐘楼の傍に親鸞聖人の像があった。古いものではなさそうだ。wikipediaによれば、親鸞(承安3年4月1日 - 弘長2年11月28日)は、鎌倉時代前半から中期にかけての日本の僧で、浄土真宗の宗祖とされる。親鸞は法然を師と仰いでから生涯に渡り、「法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え」を継承し、自らが開宗する意志は無く、さらに高めて行く事に力を注いだといわれる。独自の寺院を持つ事はせず、各地に簡素な念仏道場を設けて教化する形をとるが、親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で、宗派としての教義の相違が明確となり、親鸞の没後に宗旨として確立される事になる。浄土真宗の立教開宗の年は、寛元5年(1247年)とされるが、定められたのは親鸞の没後である。鐘楼は明治27年(1880年)の建立である。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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4.霊山本廟 境内
境内は広くはないが、同院のパンフレットによれば、東山三十六峰のひとつである霊山(りょうぜん)の麓にあり、寺院一帯は自然の風光に恵まれ特別風紀地区に指定されているとあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 15mm ISO125 ) 露出補正 なし
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5.本廟
本山興生寺は明治9年、本願寺からの別派独立に伴い、この地を入手し、宗祖の廟堂を建て宗派の本廟とし、歴代門主の墓所とした。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 14mm ISO640 ) 露出補正 なし
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6.紅梅
三年坂を下りたところに紅梅が咲いていた。観光客がみな写真を撮っていく。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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7.イノダコーヒ清水店
写真に見える道が霊山本廟からの道で、背後が三年坂から二年坂への観光客の多い通りである。イノダコーヒ清水店はその右側にあった。イノダコーヒは創業1940年の老舗であり、本店は京都市中京区堺町通(御池烏丸)にある。店は京都には多いが、東京、横浜にはまだ少ない。横浜の高島屋に入っていて、時々利用している。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 9mm ISO125 ) 露出補正 なし
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8.イノダコーヒ 店内から
一休みしようと店内に入る。実はイノダコーヒ清水店は京都の名店が入った青龍苑という商業施設にあり、その中庭に面していた。見事に磨かれた大きな1枚ガラスがあり、はじめは素透しかと思った。京都老舗8店舗が入っているここ青龍苑は料亭「霊鷲山荘」のあった場所を整備して、新しい店が出店し、2000年に青龍苑としてオープンしたそうだ。イノダコーヒの中から茶室のある美しい庭園を眺めることができる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 23mm ISO400 ) 露出補正 なし
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9.記念写真?
着物を着た観光客だと思う。ポーズの取り方もなかなか様になっている。京都には着物を貸して着付けをする店が沢山あるようだ。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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10.清水坂を下る
イノダコーヒでコーヒーとサンドウィッチで30分ほど休んだ後、娘の義父と義弟を送り、4人で錦市場方面へのタクシーに乗ろうと清水坂を下る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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11.錦市場 -1
錦市場は、京都市中京区のほぼ中央に位置する錦小路通のうち、寺町通 - 高倉通間に存在する食品販売中心の商店街である。魚、京野菜といった生鮮食材のほか、乾物や漬物、おばんざいなどの加工食品を商う老舗・専門店が集まる市場で京都独特の食材は、ほぼここで揃うという。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 37mm ISO2500 ) 露出補正 なし
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12.錦市場 -2
タクシーを高倉通側の錦市場の入り口で降りた。ここから126店舗あるという、延長390mの錦市場の通りを歩き始めた。道幅は広いとこでも5mほど。春節で中国からの観光客が多いようだが、こういう店が人気があり、串に刺したイカなどの食べ歩きを楽しんでいる。店からメッセージでも「食べ歩きの子持イカ。北海道産ホタテ貝柱等の串焼きが大好評です!」とある。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 13mm ISO640 ) 露出補正 なし
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13.錦市場 -3
ここは鮮魚店である。魚河岸の食べ歩きを連想するが、立派な老舗のようだ。店からのメッセージは「江戸時代から続く鮮魚商で、朝は卸売、昼からは小売りさせていただいております。顧客にはミシュラン三ツ星を続けて獲得している料亭もありますので、同じランクの魚から、普段使いのおかずまで、いろいろな魚を扱っております。」とあった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO125 ) 露出補正 なし
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14.錦市場 -4
この店は昭和15年に京都島原で漬物業を始めた老舗だ。この漬物店は錦市場にこの西店と、この先の東店の2店舗を出している。失礼して店の中から、通りを歩く観光客を撮らせていただいた。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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15.錦市場 -5
「京風たこ焼き カリカリ博士」というたこ焼き屋さん。食べ歩きにはもってこいの店だ。錦市場の中で唯一のたこ焼屋だが、ジャンボたこ焼1パック6ヶ入180円というのは安い。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/800秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 なし
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16.錦天神
高倉通側から400m弱の錦市場通りを歩いて寺町通に出た。この寺町通も寺町京極商店街というアーケードになっている。その50mくらい先に、新京極通に面して錦天満宮の鳥居とお社が見えた。天満宮は菅原道真を祭る神社で、牛の像がある。天満宮の牛は「神使(=神様の使者)の牛」という意味があり、祭神菅原道真のお使いである。古くから、傷や病気の箇所をさすると回復するとの言い伝えがある。多くの参詣者に、病気が治りますように、痛みが消えますようになど様々な願いを込めて触れられてきた。また頭を擦ると知恵を授かり、賢くなるともいわれる。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 9mm ISO1600 ) 露出補正 なし
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2011年2月 8日

湯島天神からニコライ堂へ 1月6日


 現役時代、同じ業界の研究会で一緒で、いまでもそのOB会があり、時々ゴルフもご一緒する友人から、湯島天神の下で珈琲店を出しているので、是非一度来て欲しいと言われていた。
 昨年の10月25日に乗った「あの歌この歌東京ドライブコース」という「はとバス」のコースで湯島聖堂やニコライ堂がここにあるのかと知って、一度来て見たかったので、まだ2011年松の内の1月6日、友人の珈琲店を訪ね、その足で湯島天神→神田明神→湯島聖堂→ニコライ堂のコースを歩いてみようと思い立った。古い東京の町はまだまだ知らないところが多い。

1.湯島天神女坂
地下鉄千代田線の湯島駅でおり、3番出口を上がる。左へ曲がっていくと女坂の階段に出る。女坂は湯島天神の境内東側を北から南へ向かって上る階段。男坂に上部で出会う形になっている 。 男坂とほぼ同じ高さを、5ヶ所の踊り場を経て、倍の長さで徐々に上っていく。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/122秒 7.3mm ISO100 ) 露出補正 なし
湯島天神女坂;クリックすると大きな写真になります
2.湯島天神本殿
女坂から上がって右側に立派な本殿があった。今日も天気が良い。午前の陽が射し込む社の中では神職の方が忙しそうだ。学業成就・合格祈願の祈祷の準備がされているのだろう。湯島天神は458年勅命により創建されたと伝えられ、1355年には、郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請しあわせて奉祀したとのこと。1478年に太田道灌が再建したと言われる。1703年の火災で全焼したので、宝永元年(1704年)将軍綱吉公は金五百両を寄進している。明治18年に改築された社殿も老朽化が進み、平成7年12月、後世に残る総檜造りで造営されたのがこの本殿。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F3.2 1/82秒 7.3mm ISO100 ) 露出補正 なし
湯島天神本殿;クリックすると大きな写真になります
3.絵馬
湯島天神は学問の神様。この時期、受験を前にした若い人のお参りが多く、志望校合格祈願などの願い事を書いた絵馬が、所狭しと架けられている。身内に受験生がいるわけではないが、母校卓球部に有力な新人が入ってくれるようにとお参りしたあと、鳥居をくぐり、お茶の水の聖橋方面への道を湯島中坂上まで行った。友人の珈琲店「ZEHN」を探さなくてはならない。湯島天神の下と聞いていたので、ここを左に曲がって湯島中坂下の交差点まで来たら、すぐ分かった。おいしいコナコーヒーで一服する。思った通り友人は不在だったが、奥様とお話しすることができた。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F3.2 1/123秒 6.6mm ISO100 ) 露出補正 なし
絵馬;クリックすると大きな写真になります
4.神田明神 神殿
「ZEHN」で一休みした後、再び湯島中坂上まで戻って、そこを左に曲がり、次の目的である神田明神へ向かった。ふと時計を見ると12時に近い。朝早かったので腹も減って来た。と、右側に「天庄」という天ぷらやがある。老舗のようだ。ランチタイム価格になっていた天丼を食べた。そして、再びお茶の水方面へ進み、清水坂下の交差点の先、左側に神田明神は在った。神殿にはお参りする人が並ぶ。私たちも後ろにつく。今日は仕事始めなのだろうか、スーツ姿のサラリーマンが多い。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F6.3 1/492秒 6.6mm ISO100 ) 露出補正 なし
神田明神 神殿;クリックすると大きな写真になります
5.神田明神 鳳凰殿
神田明神は江戸東京に鎮座して1300年近くの歴史をもつ。730年に創建され、江戸幕府が開かれると、幕府の尊崇する神社となり、元和2年(1616年)に江戸城の表鬼門守護の場所にあたる現在の地に遷座し、幕府により社殿が造営された。江戸時代には、「江戸総鎮守」として将軍から江戸庶民にいたるまで江戸のすべてを守護した。そして今もなお、東京―神田、日本橋、秋葉原、大手町・丸の内など108の町々の総氏神として、江戸の素晴らしき伝統文化を保ちつつ、発展と創造を繰り返す東京都心を守っている。この写真の建物は神殿に向かって左側にあり、赤い袴の巫女さんがお札、お守を販売している。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5 1/257秒 5.9mm ISO100 ) 露出補正 なし
神田明神 鳳凰殿;クリックすると大きな写真になります
6.恵比寿尊像
鳳凰殿の手前左側に、恵比寿様の像があった。正式の名前は少彦名命(すくなひこなのみこと)と言い、木の実を船にして海の彼方からやってきたという神話に基づいて作られているという。平成17年に造られたらしいが、少々違和感を覚えた。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/153秒 16.9mm ISO100 ) 露出補正 なし
恵比寿尊像;クリックすると大きな写真になります
7.湯島聖堂 入徳門
本郷通りを神田明神からさらに聖橋に向かって進む。聖橋の手前左側に湯島聖堂があった。本郷通りの西門から入らず、聖橋門を外堀通りの方から入った。大正11年(1922年)に湯島聖堂は国の史跡に指定されたが、翌12年(1923年)の関東大震災でわずかにこの入徳門と入徳門から大成殿を見て右側にある水屋を残し、すべてを焼失したとのこと。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4 1/150秒 7.3mm ISO100 ) 露出補正 なし
湯島聖堂 入徳門;クリックすると大きな写真になります
8.湯島聖堂 大成殿(孔子廟)
徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690年)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった孔子廟(先聖殿)と家塾をここに移したとされる。これが現在の湯島聖堂の始まりで、その後、およそ100年を経た寛政9年(1797年)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」が開設された。明治維新を迎えると聖堂・学問所は新政府の所管するところとなり、当初、学問所は大学校・大学と改称されながら存在したが、明治4年(1871年)これを廃して文部省が置かれることとなった。湯島聖堂は維新の一大変革に当たっても学問所としての伝統を受け継ぎ、近代教育発祥の地としての栄誉を担った。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5 1/144秒 7.3mm ISO100 ) 露出補正 なし
湯島聖堂 大成殿(孔子廟);クリックすると大きな写真になります
9.湯島聖堂 大成殿屋根
昭和10年(1935年)工学博士東京帝国大学伊東忠太教授の設計と㈱大林組の施工により、寛政時代の旧制を模し、鉄筋コンクリート造りで再建された。そして、昭和61年度(1986年)から文化庁による保存修理工事が、再び(株)大林組の施工で行われ、平成5年(1993年)3月に竣工している。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5.6 1/356秒 13.4mm ISO100 ) 露出補正 なし
湯島聖堂 大成殿屋根;クリックすると大きな写真になります
10.孔子銅像
入徳門から昌平坂の仰高門の方へ進み、行動の左側にある。古いものではなく、昭和50年(1975年)中華民国台北市 ライオンズ・クラブからの寄贈された。高さ4.75m、重さ約1.5トンで孔子の銅像としては世界最大とのこと。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5 1/148秒 44mm ISO100 ) 露出補正 なし
孔子銅像;クリックすると大きな写真になります
11.ニコライ堂 東側(本郷通り)から
湯島聖堂から、JR御茶ノ水駅の近く、神田川にかかる聖橋を渡り、南に向かって少し歩くと、駿河台の丘の上に建つニコライ堂がある。このニコライ堂は、正式名称を日本ハリストス正教会東京復活大聖堂といい、東方正教会とも呼ばれるキリスト教の教会。高さ35メートルの玉葱型ドームがそびえ立つその特徴的な姿が、まるでここが日本ではないような異国情緒を醸し出す。昨年3月に函館を訪れた際、函館のハリストス正教会へ行った。そこでハリストス正教会の日本での本部がここニコライ堂であると聞いた。( 札幌から函館へ 3/4

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/210秒 8.2mm ISO100 ) 露出補正 なし
ニコライ堂;クリックすると大きな写真になります
12.生神女庇護
生神女とは、一般に言われる聖母マリヤの事であるが、「神を生みし女」を意味する漢語的表現で、日本正教会 の用いる訳語である。日本正教会では聖母 という表現は用いられないようだ。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F5 1/78秒 110.4mm ISO100 ) 露出補正 なし
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13.ニコライ堂 正門から
通称ニコライ堂と呼ばれるのは、ニコライ神父(俗名:イオアン・デミトリヴィチ・カサートキン Ioan Dimitrovich Kasatkin 1836-1912)の名に由来するとのこと。この聖堂が初めてこの地に立てられたのは、明治24年(1891年)。ロシア正教を布教しようと江戸時代末期に日本にやってきた大司教カサーツキン・ニコライが、7年の歳月と24万円という費用をかけて建設したという。同じ頃に建てられた鹿鳴館の総工費が18万円だったということを考えると、かなりの巨費といえるらしい。日本で初めてにして最大級の本格的なビザンティン様式の教会建築だそうだ。

Nikon COOLPIX P90 F2.8-5.0 4.6mm-110.4mm 12.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( F4.5 1/308秒 8.2mm ISO100 ) 露出補正 なし
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