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2015年10月25日

隠居のドライブ:小豆島と姫路城を巡る(2) 白亜の姫路城

翌朝、フェリーの時間とか姫路城見学などを考えると小豆島でゆっくりする時間はない。小豆島の北側にある大部(おおべ)港から岡山県東部の日生(ひなせ)港に向かうフェリーが8時40分に出港する。これに間に合わせると、7時からのバイキング形式の朝食をすませ大部港に向かえば、途中でゆっくりできないが、小豆島をほぼ一周ドライブするコースとなる。
 日生に向かう車は少なく、先頭に並んだ。フェリー乗り場近くには、町営のフリーの駐車場があり、ここに車を置いて、日生からJRに乗る人が多いのだそうだ。
 この日は、風もなく穏やかな晴天だった。日生港から姫路へは、一般道から山陽自動車道に入り、姫路バイパスに乗り継ぐ。途中で、渋滞に巻き込まれたが、11時過ぎに姫路城西の丸駐車場へ車を入れることができた。

やはり人は多い。海外の人たちもたくさんいる。昼食にあてはなかった。あたり一帯は公園として整備されているが、土産物屋やレストランは白と黒を基調とした建物に収容されている。その一軒のレストランには、まだ、11時半にならないのに、外で待っている人たちがいる。たまごやという店だった。我々は、そこのメニューにある「穴子弁当」が美味しそうだったので並んだが、どうやらみなさんのお目当ては、おかわり自由の卵かけごはんのセットのようだった。沢山の人がおかわりをして卵かけごはんを楽しんでいた。

休日には沢山の人が押しかけ、天守閣に上るにはずいぶん並んで待たねばならないようすをTVで放映をしていたが、この日は火曜日平日とあって、人は多かったが、待たされることもなく、天守閣までの急な階段も上がることができた。足が不自由になれば、登れないだろう。
 平成の改修を終えた城は、今年の3月にグランド・オープンしたばかりである。流石に、汚れは少ない、その白さは際立っている。

帰途は、カーナビの命じる推奨コースを走って帰ってきた。姫路バイパス(国道2号線)、加古川バイパス、日本標準子午線を通る第二神明道路、阪神高速道路湾岸線などを通って、陽の高い間に帰ってきた。

小豆島から姫路へ

;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。
2015/10/6 6:34
部屋から望む朝の風景
 出港したフェリーは高松に向かうのだろうか。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
66.0mm (35mm換算:99mm)クロップ
絞り優先AE 1/90s f16.0 ISO320
露出補正 0
2015/10/6 7:58
県道26号線 小海付近
 岡山県側の海が見えてくる。
driverecorder の記録から
2015/10/6 8:51
フェリーから小豆島を望む
この日も穏やかな晴天だった。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
24.0mm (35mm換算:36mm)
絞り優先AE 1/125s f13.0 ISO100
露出補正 +0.5
2015/10/6 9:22
航路左手に牛窓の景色が見える
ペンションなどが多いところだ。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
65.0mm (35mm換算:97mm)
絞り優先AE 1/90s f13.0 ISO100
露出補正 +0.5
;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。
2015/10/6 9:40
日生港到着
フェリー乗り場から、JR赤穂線日生駅はすぐ近くである。小豆島に車を置いて、列車で出張先に向かう人が多いらしい。
driverecorder の記録から
2015/10/6 11:20
姫路城到着
大きな駐車場が直ぐそばにある。
driverecorder の記録から
2015/10/6 11:27
たまごや
姫路城公園の家老屋敷館「は」の屋敷にある。屋敷風建物は、「い」「ろ」「は」というように名づけられている。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
26.0mm (35mm換算:42mm)
絞り優先AE 1/60s f13.0 ISO640
露出補正 +0.5
2015/10/6 11:37
穴子弁当
玉子焼きの上に、焼きアナゴが並べられている。タレが少々少なかったので、注文したら持ち出し弁当用のタレをくれた。
スマホ SONY SO-04E 4.1mm
プログラムオート 1/40s f2.4 ISO160
露出補正 0
;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。
2015/10/6 11:27
姫路城前
白亜の天守閣が望める。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
20.0mm (35mm換算:30mm)
絞り優先AE 1/250s f8.0 ISO100
露出補正 -0.5
2015/10/6 11:56
三の丸から
綺麗な城だ。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
31.0mm (35mm換算:46mm)
絞り優先AE 1/500s f8.0 ISO100
露出補正 +0.5
2015/10/6 12:05
入城口あたりから
秋の空に映えている。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
48.0mm (35mm換算:72mm)
絞り優先AE 1/90s f11.0 ISO100
露出補正 +0.5
2015/10/6 12:07
菱の門から
菱の門は、安土桃山様式の楼門で表玄関である。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
24.0mm (35mm換算:36mm)
絞り優先AE 1/200s f11.0 ISO100
露出補正 0
;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。
2015/10/6 12:15
十月桜
「ほ」の門あたりに咲いていた。ピンぼけだが。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
18.0mm (35mm換算:27mm)
絞り優先AE 1/200s f8.0 ISO100
露出補正 0
2015/10/6 12:16
西小天守あたりの石垣
秀吉が姫路城を築く時には、石集めに苦労したとのことだ。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
24.0mm (35mm換算:36mm)
絞り優先AE 1/60s f8.0 ISO125
露出補正 +0.5
2015/10/6 12:42
天守閣からの眺め
姫路駅方面への眺望。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
18.0mm (35mm換算:27mm)
絞り優先AE 1/200s f16.0 ISO100
露出補正 -0.5
2015/10/6 12:42
アゲハチョウの瓦紋(丸瓦)
姫路城は城主が何度か代わっているので、その時々の瓦紋が残っている。揚羽蝶は、池田輝政時代のものらしい。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
18.0mm (35mm換算:27mm)
絞り優先AE 1/60s f16.0 ISO320
露出補正 +0.5
;クリックすると大きな写真になります。 ;クリックすると大きな写真になります。 ;
;クリックすると大きな写真になります。
2015/10/6 12:40
大天守の鯱
明治(5代目)・昭和(6代目)・平成(7代目)と、その時々の修復で新しくなっている。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
57.0mm (35mm換算:85mm)クロップ
絞り優先AE 1/90s f16.0 ISO160
露出補正 +0.5
2015/10/6 13:07
石垣
開いた扇の曲線に似ていることから「扇の勾配」と呼ばれている。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
18.0mm (35mm換算:27mm)
絞り優先AE 1/60s f16.0 ISO125
露出補正 +0.5
2015/10/6 12:57
本丸の庭から
まさしく白鷺城と呼ぶにふさわしい。
SONY α7Ⅱ+E3.5-6.3/18-200mm
18.0mm (35mm換算:27mm)
絞り優先AE 1/60s f16.0 ISO100
露出補正 +0.5
2015/10/6 14:40
標準子午線 第2神明道路
driverecorder のGPS記録では、134°59′49″ となっている。
driverecorder の記録から

2014年2月27日

隠居の梅見:荒山公園 2014

荒山公園梅林;クリックすると大きな写真になります。
 2月24日、快晴となってようやく寒気から抜け出て気温も高くなったので、昨年より一週間遅れだが、泉北ニュータウンの梅で有名な荒山公園に行ってみた。寒さであまり外に出なかった孫どもも連れて行った。

 今回は、D7000 に、Sigma 105mm DG MACRO をつけて、花に近づいて撮ってみることにした。 Finepix HS50 も首からぶら下げた。
   もう盛りが過ぎた梅もあったが、大部分の梅とくに白梅が満開であった。何年もこの梅林には来ているのに、名前が一向に覚えられない。今回は、それぞれの梅に付けられている名札を写真に撮って、記録することにした。
 孫たちが、公園の一角にある遊具で遊んでいるそばの常緑樹で、ウグイスがさえずっていたり、メジロが飛び交っていたが、カメラに収めることはできなかった。

荒山公園の梅:2014/2/24
道知辺:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 南高梅:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 八重野梅(やえやばい):荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 白加賀:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。
道知辺(みちしるべ):荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/640 F6.3 ISO100
南高梅:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/1250 F9.0 ISO100
八重野梅(やえやばい):荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/1250 F9.0 ISO100
白加賀:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/1250 F9.0 ISO100
月の桂:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 白滝枝垂:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 鹿児島紅:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 鹿児島紅:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。
月の桂:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/1000 F8.0 ISO100
白滝枝垂:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/1000 F8.0 ISO100
鹿児島紅:荒山公園
Fujifilm HS50 50.9mm
プログラムオート 1/500 F5.0 ISO200
鹿児島紅:荒山公園
最も大きな紅梅
Fujifilm HS50 7.5mm
プログラムオート 1/900 F5.0 ISO200
豊後:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 豊後の蕾:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。 八重野梅:荒山公園 八重紅梅:荒山公園;クリックすると大きな写真になります。
豊後:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/400 F5.0 ISO100
豊後の蕾:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/400 F5.0 ISO100
八重野梅:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/1250 F9.0 ISO100
八重紅梅:荒山公園
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/800 F7.1 ISO100


ちなみに、我が家にある2本の梅の木は、一本は白滝枝垂であるが、もう一本の小さな木の名前がわからなかった。今回、荒山公園の梅の花と見比べてみると、どうやら白加賀のように思われる。

我が家の梅:2014/2/24
白滝枝垂:我が家 DSC02831.jpg
白滝枝垂:我が家
NIKON D7000+∑DG 105mm macro
プログラムオート 1/640 F6.3 ISO100
白加賀:我が家
Sony NEX-7+18-55mm F3.5-5.6 52mm
プログラムオート 1/100 F5.6 ISO100


 

2013年12月19日

隠居のパソコン備忘録: IE10 でページが最新に更新されないとき


 私は、ブラウザは Internet Explorer 10(IE10) と Google Chrome とを使っている。同じように動くのであるが、いろいろなことで反応がことなる。

 ブラウザを使って何か作業をするときには、主に Google Chrome にしている。何かと便利だからだ。特に、Movable Type 4 でブログの記事を作成するときには、Google Chrome の方が反応がいい。
 例えば、文中に写真を挿入する場合、Google Chrome では、カーソルがあるところに、挿入する画像を表現するHTMLコードを置いてくれる。IE10 にかぎらずIE では、本文作成の上部に表示される。いちいちコードを切り取って 挿入する場所に、cut&paste しなければならない。その他、細かい部分で、 Chrome と IE では表示が異なる。HTML のコード解釈が異なるのだ。
 ところが、ブログを見にきてくれる方は、大部分(約50%)は IE であるから、公開前に IE での確認が必要である。

 ブログの新しい記事を作成・公開するときには、上に書いたように Chrome で MT の記事作成画面を開いて、記事を書きながらときどき保存し確認ボタンで、仕上がりを確認する。この場合、仕上がりは Chrome での表示モードでの確認となる。私のブログでは、最近訪問してくれる人の20%ほどは、 Chrome であるが、50%近くは、相変わらず IE であるから IE での確認も欠かせない。
 IEでの確認は、 Chrome で作成した記事を公開してから、開いてあるIE でページの更新ボタンrenovation-01.JPGをクリックすると更新表示されるはずである。 が、変化がない。Chrome ではブログを修正し保存した時には、最新に更新されるのに、IE ではされない。それで、ググって見ると、解決方法が紹介されていた。方法は、以下のとおりである。

「ツール」⇒「インターネットオプション」⇒「設定」をクリック
renovation-02.JPG


「Webサイトを表示するたびに確認する」を選択 初期設定は、「自動的に確認する」になっている
renovation-03.JPG


 ということは、ほとんどの方がIEでご覧になっているから、ページを修正してもタイムラグが生じると心しておかねばならないということのようだ。

2008年2月21日

隠居、ネット時代の「知的生産の技術」を考える⑥日記と記録など:終

 私と同じように、「知的生産の技術」の現代的意味を読み解いておられる中学校の理科の先生がおられる。学校の先生らしく、深く深く読んでおられる。多分、そのようにこの本に傾倒されおられるのは、9章の「日記と記録」の記述に、ご自身で記録的に続けておられるブログの賛同意見を見いだされたのではないかと、かってに推測している。少なくとも、私はそうだからである。

 勤めていた頃は、私もメモ帳的な日記をつけていた。ただ、この日記的なものは、サラーリーマンとして仕事上のことばかりであったから、退職と共にすべて捨ててしまった。五木寛之のいう「黄金の林住期」になって、過去を捨てて新しい世界を楽しみたいという気持ちになったせいもある。
 新しい世界を楽しむためにはじめたブログは私にとっては、<ネット時代の「知的生産の技術」を考える①>で書いたように、梅棹さんが「知的生産の技術」でいう 日記と記録 になった。
 梅棹さんは、
日記というのは、要するに日づけ順の経験の記録のことであって、(中略) 航海日誌とか業務日誌のたぐいをおもいうかべればよい。
と説いておられるが、まさしく私のブログ( Web Log=航海日誌) も林住期生活の気ままな 日記と記録 なのである。

 私が日記としているのは、 Movable Type というソフトで作るブログである。ブログはそれ自身がポータル・サイト的な性格を持っているが、私はそれをカスタマイズして、さらに自分用のポータル・サイトにするつもりでつくっている。 これらの大部分は、iGoogle などのポータル・サイトでほとんど実現できることが多いが、自分の日記なので自分がもっとも使いやすいようにしたいと思っているのである。

 ここまでこだわらなくても、「知的生産の技術」の9章に書かれている 「バラ紙にかく日記」「日記をかんがえなおす」「日記と記録のあいだ」「記憶せずに記録する」「カードにかく日記」「個人文書館」の項目で記述されている記録の方法はブログによってクリアできると思う。
 とくに最後の「個人文書館」の項の中で、
ぼう大な記録カードや日記の蓄積は、いわば個人のためのアルキーフ(文書館)である。わたしがいっているのは、知的生産にたずさわろうとするものは、わかいうちから、自家用文書館の建設を心がけるべきである、ということなのである。
と説いておられるが、アルキーフ(独語)とは英語でアーカイブのことであり、ブログではデーターベースが自動的に文書館をつくってくれるのである。

 問題は、「メモをとるしつけ」「野帳の日常化」である。この項目における要点は、いつでも記録できる体制にあれということであろうから、コンデジを常にポケットに忍ばせておくとか、ケイタイで文書を書くのを習熟するとかでネット時代ではカバーできるだろう。さらに小さなMP3レコーダーでも携帯しておれば鳥の鳴き声だって、簡単に明瞭に録れるのだ。40年前に比べれば、記録することははるかにたやすくなっている。しかし、重要なことは、道具が変わっても、なんにでも好奇心をもっておくことであろう。これは、40年経っても変わらない。

 歳をとって物忘れがひどい。日記を自分のための生活記録と考えて、新しく経験したことについて記録をしておけば、あとで役に立つ。経験したことの感想だけではあとで役に立たない。9章の「自分のための業務報告」の項にでてくる宮廷の台所日記という『御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき)』的でなければならない。
 例えば、自分で作ったブログ・サイトに何か新しい Plugin をインストールしたときには、そのインストール方法や苦労した点あるいは参照した Web URL などについて記録しておく。そうすれば、また同じことにぶつかったときに役に立つ。
 私は、この自分のための生活記録を隠居の気楽さで恥も外聞もなくブログという形で公表している。Google や Yahoo! などの検索にひっかかって、私と同じようなPC上のトラブルとか、音楽編集の方法などのエントリーへ訪問される方が、一日200人を越えるようになった。いちど訪問して、「なんや、つまらん!」と思う人がほとんどだと思うが、梅田望夫さんがいうように、
個人が、しらべ、読み、考え、発見し、何か新しい情報を創出し、それをひとにわかるかたちで書き、誰かに提出するまでの一連の行為(「ウェブ時代をゆく」 p.146)
 を知的生産と位置づけるなら、私も少しは 知的生産 をしているのかもしれない。

 一日に200人もの人が訪れるようになったので、ブログを自分への経験記録だけでなく、「知的生産の技術」の10章(原稿)・11章(文章)で書かれているように、他人のために「かく」ことを意識せざるをえなくなってきた。
 それも、ブログのおかげで私のような隠居でも気軽に簡単に発信できるようになったからである。活字にする必要がなくなったからである。私の父は、下手な短歌を作るのが趣味であったが、彼が唯一外に向かって発信したのは、なけなしの退職金をはたいて歌集を自費出版したことであった。今のネット時代なら、もっと気楽に発信できたであろう。

 梅棹さんは、11章「文章」「まずわかりやすく」のなかに、古くからからいわれている 文章は俳句のつもりでかけ という心得をとりあげて
 この忙しい世の中で、俳句をあじわうようなつもりで、論文をなんどもよみかえして、あじわってくれる人はあるまい。一ぺんよんで、すっとわからぬような文章は、やはりぐあいがわるいのではないか。わたしは、苦心して文章をみじかくすることの愚をさとった。みじかいことよりも、わかることのほうがたいせつである。文章は、電報ではないのだから、
 賛成である。特に、記録としての意識をもてば、文学作品を書く必要はない。ただ、私のエントリーが分かりやすいかどうかには自信がない。良い文書をかくようにこころがけたいと思う。と同時に、ブログの体裁を整える方法も、もっと習熟する必要がある。歳をとってからの学習は、はかがいかないが。

 このシリーズのエントリーは、今回で終わりにしたいと思う。第1回で書いたように、40年前の「知的生産の技術」を、今のネット時代で実施するとどのようななるのかを、浅薄な知識は承知の上でシリーズで書いてきた。どんな意味があるのというようなことは問わないで欲しいが、何人かの方々が隠居の日記に興味を持っておられるのがせめてもの救いと思っている。

2006年10月31日

泉北から近い紅葉の名所:牛滝山大威徳寺

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 快晴の秋空に誘われて、まだ早いとは思ったが近場で紅葉の名所を訪ねてみることにした。最近の毎日新聞に載った南海グループの広告に阪急・京阪との対抗を意識した「京都はもう、秋アキ。~大阪・和歌山 秋の穴場10選~」というフレーズがあった。確かに、京都の紅葉の名所は人が一杯だし、何回も行っている。10選の一つ牛滝山大威徳寺をカーナビで指定した。30分足らずで行けるようである。牛滝山の名前はよく聞くが、近場なのにまだ行ったことがない。昼ご飯をダイエーの総菜売り場で調達し、岸和田の奥を目指した。
 大威徳寺の近くに、今流行りの日帰り温泉「森(いよ)やかの郷」があり、それに気をとられて林道に迷い込んだ。狭い山道で折り返し、とりあえず「森やかの郷」のパーキングに車を停め昼食を取ることにした。その施設の歩道に大威徳寺への案内看板があり、なんのことはない大威徳寺は牛滝山への登山道入り口にあることがわかった。
 牛滝山への登り口でもある大威徳寺の山門は楓の巨木に覆われている。国宝の多宝塔そばの大きな楓は一部色づき始めた枝もあるが、大部分はまだ緑のままである。紅く染まる最盛期を見たいものである。本堂の奥の山道を少し辿ると「一の滝」「二の滝」「三の滝」が眺められる。快晴だが紅葉にはまだ早いし平日なので、人影は我々夫婦以外誰も見あたらない。11月23日にもみじ祭という催しがあるようだ。きっと盛況になるんでしょう。そのちょっと前か、すぐ後にもう一度行ってみたいと思っている。駐車場までの帰り道、農家の庭に色づいた柿や桐の実(?)などが長閑である。歩道に、ツマグロヒョウモンアカタテハがひらひらとしていた。この蝶は撮れるのに、キチョウは難しい。今回も駄目だった。

続きを読む "泉北から近い紅葉の名所:牛滝山大威徳寺"

2006年3月31日

レイアウトの細かな修正

 3月28日に、Weblogの背景画像を設定したことに伴い、全体に細かな修正を行った。修正の大部分は「小粋空間」テンプレートのCSSに手を入れることであった。この作業は、全体のレイアウトがすっきりすることが目的であるが、スタイルシートの学習にもなった。

2005年8月31日

Before After(ガレージ等)

 道路から見て右半分の庭のリフォームは、1昨年に実施した。この右半分は、隣家が接近しているものの一応南面であり、和室・リビングに接している。30歳代のはじめに、冗談で申し込んだ抽選で当たったこの地域にしては珍しく小さな区画に、蓄えも全くなしに借金をしまくってようやく家を建てた。勿論、庭のつくりに投じる余裕は全くなく、安価に手に入った庭木やもらいもののさつき・つつじなどを手当たり次第に植えた。築後30年経って、退職金の一部で、家内の念願であった庭の改造をした。雑草とりと蚊の攻撃を避けるために、リビングの続きにはウッドデッキを作り、和室の前の小さな庭には、ジェラストーンや畳石を敷き、みす垣と枕木をあしらった和洋風の庭になった。このウッドデッキでは、孫家族がきたときなどに、七輪で炉端焼風BBQを楽しんでいる。また、改造時に残したしだれ梅の下に、幹を囲むテーブルを作ったのは、すでに記したとおりである。 
クリックすると大きな写真になります そのしだれ梅に並んで植わっている薄いピンクの百日紅は、工事をしてくれた元植木屋さんのアドバイスで枝を切らずにおいたら今年は桜のようにきれいに咲いた。
今回は、私が完全にリタイアしたのを機会に、庭の左半分の改造を目論んだ。門塀の改造、狭溢化したガレージの拡大と納屋兼工房を作ることが目的である。狭い土地の100%活用を目指した。改造の大部分のガレージの土間や門塀のブロック積みやモルタル塗り、アルミの屋根・テラスはプロにお願いをし、DIYで挑戦できる部分を残した。納屋兼工房はテラスだけ組んでもらい、あとは自分で囲いや棚製作などをすることにした。
クリックすると大きな写真になります 左の写真は、Beforeのガレージと門塀である。ガレージの屋根に夏になると赤い花をつけたのうぜんかづらや表札の上に覆い被さったジャスミンなどの植栽は、名残惜しかったが始末することにした。
 また、1昨年の改造時に建築時のままにしていた道路沿いの低い土止め壁をプロにモルタル塗りで基礎を作ってもらい、その上に、ドューパに紹介されていた特殊な接着剤で薄いレンガを貼ることにした。

クリックすると大きくなります (After写真1) ガレージを1.5mほど道路側から奥に下げたので、リフォーム後は、門塀あたりが広い感じとなった。物理上のスペースでは、普通乗用車も駐車できるはずであるが、軽自動車しか無理である。土間には、右側の庭とデザイン的に合わせてジェラストーンとテラコッタ・タイルを貼っている。表札は、ガラス製でモダンなものにした。従来の表札は、私のフルネームが入っていたが、私の亡き後を考えて、姓のみした。この際、インターホーンもTV式にして、古い配線を活かして自分で取り付けた。このあたりまでは、DIYの出番はない。

クリックすると大きくなります DIYでまず最初に取りかかったのは、納屋兼工房の表側ドアと囲いである。秀吉の墨俣城構築よろしく、まず外側から作業を始めた。アルミの柱に木枠をつけたり、木の板を取り付けるといった作例が、雑誌やインターネットの参考サイトにも無かったのでずいぶん悩んだが、何のことはない、先がキリ状になったタッピング・ネジを少し強力な電動ドライバーで推し進めるときちんとついてくれた。SPF1X4材の端をサイディング風にルーターで面取りしたら、少し見栄えが良くなった。元々のアルミの柱がきちんと垂直に立っていなかったことや技術のまずさ、安物の材料などで、蝶番を取り付ける最後の段階に現物あわせであちこちを削らざるを得ない羽目になった。
なお、プロのアドバイスで、板と板の間は、木の膨張を考えて隙間を空けている。
 工房の中は、まだ整備中である。隣家との境界には、防水を考えて、コンクリート・パネルを2X6にネジ止めして(柱の間隔が180cm以上あり幅を広げる必要もあった)、アルミ柱に金具を使って止めた。また、境界のブロック塀で下は支えられているので強度的には問題はないと思っている。プロが工事してくれたモルタルの土間の上に、2X4材や厚手の合板をシンプソン金具を応用して棚を製作した。従来のスチール製物置(畳1畳分くらい)の10倍はスペースができていると思われ、ほぼ計画とおりになった。
 裏側のドアは、家の収納家具を変えたときに取ってあったポリカの板をはめ込んで、明るくした。天井がポリカなので十分明るいが。 この場所は、今後いろいろと整備して、使い勝手よくしたいと思っている。
クリックすると大きくなります ジェラストーンを貼ったプロの職人には勧められないと言われたが、予定通り垣根の下の土止めブロック・モルタル上に、InterFIXというベルギー製の薄いレンガ(ブリック)を貼った。この場所は、西日があたるので、作業は午前の早い時間が勝負だったが5日間を要した。この作業は、ブリックを切るときにジスクグラインダーを使うくらいで電動工具はほとんど使わないので、早朝の作業でもご近所に気兼ねはない。作法通り、水糸を6cm間隔に(ブリック1枚は21X5cm)通してまっすぐ貼ることに気を遣った。接着剤は、プロ職人のモルタル塗り作業を真似するとかなりうまくいった。初めての左官作業としてはまあまあではないかと思っている。なお、この作業は、家内が目地を整える作業や色の組み合わせなどかなり手伝ってくれた。