Studio YAMAKOで“スロベニア”タグの付いているブログ記事
2008年9月19日
最終日の午前中はザグレブ郊外のトラコスチャン城を見て、昼ごろザグレブに戻ってきたが、昼食後、空港へ向かう3時までのあいだ自由時間になった。特に買いたいものもないし、ぶらぶらと歩き回ることにした。昨日は雨だったが、今日は晴れてはいないものの傘なしで歩ける。
ザグレブの街を2時間ほどぶらついたあと、3時に聖母被昇天大聖堂前で待っていてくれたバスに乗り、ザグレブ空港に向かった。9日間世話になったバスに感謝する。ドライバーもいいやつだった。
2008年9月16日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(15) トラコスチャン城
9日目、このツアーもこの日が最後である。夕方6時にザグレブ空港からクロアチア航空で、乗り継ぎ地のフランクフルトへ向かう。それまで時間があるので、トラコスチャン城へ行くオプショナル・ツアーに加わった。なかなか行くことの出来ない美しい城だというふれ込みだったので楽しみにしていたが、それほどでもなかった。午前中、約4時間、食事なしでひとり 12,000円 は高い。はとバスなら、4,000円というところだろう。コストパフォーマンスは極めて悪い。
2008年9月13日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(14) 雨の首都ザグレブ
プイトヴィッチェ湖群を巡ったあと、ホテルのレストランでの昼食は鱒料理だった。外は雨が降ってきた。食事を終え、午後はクロアチアの首都、ザグレブの市内観光であった。
ザグレブは、丘の上に建てられたカプトルとグラデツ(現ゴルニィ・ゴラード)という二つの中世都市がその起源という。カプトルは1094年ハンガリー王ラディスラフ1世がローマ・カトリックの司教座として建設した宗教都市で、一方のグラデツは、1242年、ハンガリー王ベーラ4世によって王国自由都市として認められた商工業の町であった。
2008年9月 8日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(13) プリトヴィッチェ湖群国立公園
プリトヴィッチェ湖群国立公園は今回のツアーの目的のひとつである。広大な森林に囲まれた大小16の湖と92箇所の滝が織り成す景観が美しいことを期待した。数千年もの年月をかけて自然が作り上げた幻想的な景観はまさに芸術であると言われる。世界自然遺産に登録されている。午前中約3時間の散策である。
2008年9月 7日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(12) シベニク
ツアー7日目、この日はドブロヴニクから途中、世界遺産の聖ヤコブ大聖堂のあるシベニクに寄り、一路、北へ。今日泊まるプリトヴィッツェまで約470kmの移動となる。
2008年9月 1日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(11) プドヴァ
午後はコトルからさらに東南へ約22km モンテネグロで最高の海岸保養地といわれているブドヴァを訪れた。ここが今回の私たちの旅行の最南端である。旧市街は城壁で囲まれており 城壁の上を歩いて回ることができるらしいが、滞在時間がそう長く取れないので、昼食後、旧市街を歩くにとどまった。
2008年8月23日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(10) コトル
7月21日、ツアー6日目になる。この日は、朝、ドブロヴニクを出発して、さらに南下し、国境を越え、モンテネグロのコトル、ブドヴァを観光し、再びドブロヴニクの同じホテルに戻ってくる。旅も折り返しである。コトルの自然と文化・歴史地域は1979年と比較的早く世界文化遺産に登録されている。ただし、モンテネグロがセルビアとの連邦を解消し、独立したのは2006年とついこの間のことである。
2008年8月20日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(9) ドブロヴニク その3
ドブロヴニクは午後2時半を回った。それにしても石畳からの照り返しで強烈な暑さである。これから城壁の遊歩道に上がろうとしている。入場料は50クーナ、日本円で千円位。
2008年8月18日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(8) アドリア海の真珠 ドブロブニク
昼食を終え、いよいよドブロヴニクの旧市街の観光だ。なお、「クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅」全編にわたり、コメントではダイアモンド社の「地球の歩き方 クロアチア スロベニア」を参考にさせていただいた。
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2008年8月16日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(7) ドブロヴニクへ
7月20日。旅は5日目に入った。アドリア海沿岸は今日も陽光がまばゆく、暑い。
朝7時半にバスはスプリットを出発した。212km、約4時間かけてドブロヴニクに向かう。途中、国境を越えてボスニア・ヘルツェコビナに入り、また、クロアチアに戻る。
ドブロヴニク旧市街は世界文化遺産に登録されている。
朝7時半にバスはスプリットを出発した。212km、約4時間かけてドブロヴニクに向かう。途中、国境を越えてボスニア・ヘルツェコビナに入り、また、クロアチアに戻る。
ドブロヴニク旧市街は世界文化遺産に登録されている。
2008年8月15日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(6):世界遺産 スプリット
午前中に観光した世界遺産 古都トロギールから、再びバスに乗り、約45分で、本日3つ目の旧市街であるスプリットに着いた。ここも世界遺産の街である。アドリア海沿岸最大の港町であるスプリットはローマ皇帝ディオクレティアヌス(300年頃)の宮殿がそのまま市街になった。人々は宮殿の基礎部分はそのままに、その上から建物を増築する形で街を築いていったという。
2008年8月13日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(5):トロギール
ダザールの旧市街を観光した後、バスに戻り、南東約120kmにあるトロギールへ向かった。7日目までダルマシアの陽光輝くアドリア海沿いの町を巡る。
トロギールは周りを城壁で囲まれた小さな島で、橋によって本土と結ばれている。バスは本土で降りる。橋を渡ると「トロギール」だ。
トロギールは周りを城壁で囲まれた小さな島で、橋によって本土と結ばれている。バスは本土で降りる。橋を渡ると「トロギール」だ。
2008年8月11日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(3):ボストイナ鍾乳洞、アドリア海沿岸
7月18日、朝から雨が降っている。しかし、今日は午前中ボストイナ鍾乳洞を観光する。穴の中なら、雨も関係あるまい。
1818年に初めて調査隊が入ったヨーロッパ最大の鍾乳洞で、スロベニア有数の観光地となり、毎年80万人の観光客を集める。
この日の午後は、アドリア海沿岸、クロアチアのザダールへ230kmをバスで移動した。
1818年に初めて調査隊が入ったヨーロッパ最大の鍾乳洞で、スロベニア有数の観光地となり、毎年80万人の観光客を集める。
この日の午後は、アドリア海沿岸、クロアチアのザダールへ230kmをバスで移動した。
2008年8月 6日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(2):リュブリャナ
スロベニアの首都 リュブリャナ
17日、午前中ブレッド湖を観た後、午後はスロベニアの首都であるリュブリャナ市内観光をした。おおよそ27万人の人口をかかえる。500年にわたる神聖ローマ帝国の支配後、オーストリア、・ハンガリー帝国に組み込まれ、ハプスブルグ家のもとで発展を遂げてきた。
学生時代に同じ釜の飯を食った私の友人が、昭和40年、ユーゴスラビア時代のリュブリャナで行われた世界卓球選手権で大活躍をした。
17日、午前中ブレッド湖を観た後、午後はスロベニアの首都であるリュブリャナ市内観光をした。おおよそ27万人の人口をかかえる。500年にわたる神聖ローマ帝国の支配後、オーストリア、・ハンガリー帝国に組み込まれ、ハプスブルグ家のもとで発展を遂げてきた。
学生時代に同じ釜の飯を食った私の友人が、昭和40年、ユーゴスラビア時代のリュブリャナで行われた世界卓球選手権で大活躍をした。
2008年8月 4日
クロアチア・スロベニア・モンテネグロを巡る旅(1):「アルプスの瞳」ブレッド湖
2008年7月16日から25日まで、某旅行社の「クロアチア・スロベニア・モンテネグロ10日間」というツアーに参加した。
旧ユーゴスラビアの国々で、1991年にクロアチア、スロベニアは独立した。
ツアーは、自然と、城郭都市の旧市街を巡るもので、アドリア海沿岸の美しさも加わって、満足のいくものだった。言葉はそれぞれ、クロアチア語、スロベニア語でまったくわからないが、ホテルやレストランでは英語で伝えられる。
旧ユーゴスラビアの国々で、1991年にクロアチア、スロベニアは独立した。
ツアーは、自然と、城郭都市の旧市街を巡るもので、アドリア海沿岸の美しさも加わって、満足のいくものだった。言葉はそれぞれ、クロアチア語、スロベニア語でまったくわからないが、ホテルやレストランでは英語で伝えられる。