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2021年1月15日

琵琶湖をぐるっとGo To トラベル 11月25日~27日 (11・終)西教寺から大津館へ 11/27

西教寺の続きである。
 本堂、客殿、そしてその庭園を見てこなかったのは悔やまれるが、本堂からの石段を下りると、右手にがあった。西教寺はの開基は聖徳太子とする伝承もあるが判然とせず、室町時代、中興の祖であり天台真盛宗の宗祖である真盛が入寺してから栄えたとされている。
 近代に入って宗派独立の動きが強まり、1878年(明治11年)から天台宗真盛派を名乗るようになる。全国に4百余の末寺を有する天台真盛宗の総本山である。その明治11年の真盛宗別派独立を記念して建てられたのが、宗祖大師殿である。
 参道を下って、総門を出る。隣にある駐車場にバスが迎えに来てくれるという。
 西教寺で今回のツアーの見どころはすべて終了した。これから昼食である。昼食の場所は、先に少しふれたように、平成10年に浜大津に移転した国際観光ホテル「琵琶湖ホテル」のかっての建物であったびわ湖大津館でフレンチだった。バスは西教寺から20分ほどでびわ湖大津館に着いた。ロビーに立ったまま、びわ湖大津館についての説明を10分ほど聞いたあと、琵琶湖畔に面したレストランに通された。ワインを注文して、琵琶湖を眺めながらランチを楽しんだ。
 懐かしさもあったびわ湖大津館の館内をブラブラと見学したあと、バスに戻った。そこから新幹線の岐阜羽島駅まで行く。
 無事、新幹線は新横浜に着いたが、自宅までのタクシーの中でドライバーさんが話してくれたこの日(11月27日)の新型コロナ・ウィルス新規感染者数は、東京は過去最多の570人、神奈川は219人だった。

213.正教蔵ともみじ
西教寺はもみじには少し遅かったようだが、ここ正教蔵の脇のもみじはきれいだった。

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絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 21mm ISO1600 ) 露出補正 -0.3段
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214.白い塀と琵琶湖
正教蔵の裏に回ってみると、 可愛い石仏と白い塀、そしてその向こうに琵琶湖が眺められた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 23mm ISO800 ) 露出補正 -0.3段
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215.納骨堂から眺める琵琶湖
納骨堂の裏手から宗祖大師殿の大きな屋根と琵琶湖を見る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 21mm ISO500 ) 露出補正 -0.3段
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216.本堂への階段
本堂のある壇上から階段を下りながら、茶所、納骨堂のある石垣を見上げる。イチョウの葉がもう少し残っていれば良かったのだが。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 12mm ISO640 ) 露出補正 -0.3段
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217.宗祖大師殿
宗祖大師殿は天台真盛宗の宗祖・真盛上人の木像を祀るお堂で、参道の西端南側、築地塀で囲まれた一段高い場所に東に面して建っている。 真盛上人は嘉吉3年(1443年)伊勢の国一志の郡小倭大仰の里に出生、(現在の三重県一志郡一志町大字大仰)14才で出家、文明18年(1486年)西教寺へ入寺し、堂塔と教法を再興、19才から20年間比叡山中に籠り日課六万辺の称名念仏を修め朝廷、公家、武士、庶民へ持戒と念仏の布教を行い戒称二門不断念仏の根本道場とした。堂内には昭和天皇より下賜された「慈攝」の勅額が、かかげられている。と説明されていた。wikipediaによれば、真盛によって始められた天台真盛宗の宗風は、「戒称二門」「円戒念仏」等と表現される。「戒称」の「戒」は戒律、「称」は「称名念仏」、つまり阿弥陀仏の名を一心に称えることを言う。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 9mm ISO2000 ) 露出補正 -1.0段
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218.宗祖大師殿 唐門
宗祖大師殿には立派な唐門があった。文化遺産オンラインによれば、大師殿の正面,東面して建つ1間1戸の四脚門で、両側に折曲がりの築地塀が延びる。屋根は檜皮葺で、入母屋造・前後軒唐破風付。組物は三斗組と簡素だが、虹梁上に配された龍や獅子など多彩な彫刻、彫物欄間や板欄間、精緻な飾金具など、華やかな造形である。重要文化財である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/320秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 -1.0段
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219.宗祖大師殿と唐門の扉
明治27年(1894年)に建てられた宗祖大師殿は入母屋造、桟瓦(軒唐破風は銅板)葺、正面軒唐破風付で、丸柱・舟肘木の軸部、疎垂木・木舞打の軒廻り、擬宝珠高欄付の縁など、格式の高い意匠である。重要文化財になっている。2010年に修復された唐門は、1917年(大正6年)年に造られた。高さ約8m、檜皮葺き、入母屋作り、間口4.2m。龍や獅子、サルなど多彩な彫刻で飾られているが、この門扉の紋が良い。天台真盛宗の紋章は「三羽雀」で宗派の紋章ということのようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/320秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
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220.参道から総門へ
宗祖大師殿から筑紫門に戻り、両側に塔頭が並ぶ参道を総門へと戻る。今回は少し時期的に遅かったようだが、秋はもみじ、そして春は桜がきれいだという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 26mm ISO1600 ) 露出補正 -なし
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221.西教寺塔頭 安養院
集合時間に少し時間があったので、道路の向こう側に、白い壁に囲まれた中に見えたもみじに引かれて、見に行った。そこは西教寺塔頭の安養院で、門の前には「忠霊堂」という石柱が立ち、門には「聖天堂」の表札と共に登録有形文化財のプレートが掲げられていた。

  SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 10mm ISO3200 ) 露出補正 -なし
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222.安養院本堂
本堂の忠霊堂(阿弥陀堂))は、境内西側、乱石積の壇上に建っており、入母屋造り桟瓦葺で一間の広縁造りだそうだ。内部正面に阿弥陀如来坐像を安置し両脇檀には位牌八千余体を安置しているとのこと。「聖天堂」は、享保16年(1731年)西教寺本堂の整地の際発掘された 大聖歓喜天 の銅像を安置しているとのこと。

  SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 25mm ISO3200 ) 露出補正 -なし  
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223.西教寺総門
安養院から西教寺の総門へ戻る。高さ6.4m、幅5.6mの総門は坂本城の遺構であり、天正年間に 坂本城主の明智光秀が坂本城の城門を移築したと伝えられている門で、昭和59年に老朽化が進み修理が加えられたが、形はそのままの姿で復元したものであるとの案内版が立てられていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/500秒 29mm ISO1600 ) 露出補正 -なし
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224.びわ湖大津館
  西教寺からびわ湖大津館へは20分弱で到着した。琵琶湖大津館の建物は、旧びわ湖ホテル本館として、1934年(昭和9年)に外国人観光客誘致を目的に建てられた。鉄筋コンクリート地下1階、地上3階建てのこの建物は、桃山様式と呼ばれる和風の外観と洋風の内観デザインが特徴的で琵琶湖の風景と古都大津の風土に見事に調和したものだった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO125 ) 露出補正 +0.3段
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225.びわ湖大津館 館内
かって食堂として使われていたホールで、びわ湖大津館についての説明を聞いた後、カフェの脇を通って、琵琶湖に面したテラスのようなレストランでランチとなった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO125 ) 露出補正 +0.3段
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226.ヨットが係留された琵琶湖湖畔
傾きかけた日の光に輝く湖面に係留されているヨットを眺めながらの食事だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f6.3 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 +0.3段
201126961_226  X800 〇3日目 大津館 旧琵琶湖ホテル G7X.jpg
227.琵琶湖の眺め
びわ湖大津館のテラスの前に出てみた。これは東の方を眺めたところだが、守山市の近江富士(三上山)432m が見える。左側に琵琶湖大橋が架かっている。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 +0.3段
201126946_227 X800 〇3日目 大津館 旧琵琶湖ホテル G7X.jpg
228.旧琵琶湖ホテル
振り返ると、東京の歌舞伎座や明治生命館等を設計した岡田建築事務所の設計による旧琵琶湖ホテルの全景があった。ホテル時代には「湖国の迎賓館」として、昭和天皇をはじめ多くの皇族の方々や、ヘレン・ケラー、ジョン・ウェイン、川端康成など多分野の著名人が泊ったそうだ。現在、びわ湖大津館となって、2階、3階の客室は貸し会議室になっている。午後3時、バスに戻り、名神高速道路を、途中、多賀S.A.で休憩して、新幹線の岐阜羽島駅に5時過ぎに着いた。18:15発ひかりに乗車、新横浜に19:54帰着した。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 12mm ISO125 ) 露出補正 +0.3段
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2020年12月19日

琵琶湖をぐるっとGo To トラベル 11月25日~27日 (5)西明寺 11/26

金剛輪寺を出発し、次は 西明寺へ行く。東名高速に沿うように国道307号線を約10分ほど北へ走って西明寺の駐車場に入った。西明寺も天台宗のお寺である。
 平安時代、仁明天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられる。戦国時代には兵火のため荒れ果ててしまったが、江戸時代中期に望月友閑によって再興された。惣門をくぐると参道が続き、山坊跡の石垣が散在しており、平安、鎌倉、室町時代を通じて祈願・修行道場として栄えたことがうかがわれる。幸い織田信長の兵火を免れ、飛騨の匠によって建立された本堂や三重塔や二天門が残されている。
 紅葉は見ごろだった。さきに訪ねた金剛輪寺より見栄えがしていたと思う。金剛輪寺の「血染めの紅葉」に勝るとも劣らない。紅葉にもまして、感動したのは苔の美しさだった。苔にもいろいろと種類がある。また、秋から冬の間、少しずつ花を咲かせ続ける「不断桜」(フダンザクラ)も見られ、天然記念物で樹齢250年という樹があった。11月が満開になるという。
 湖東三山の中で一番見ごたえがあったと思う。

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西明寺境内案内板より

82.惣門
西明寺の惣門を入る。惣門とは屋敷の外囲いにある大門、正門のことで、金剛輪寺のホームページでは総門となっていた。江戸時代、最も重要な街道筋には「惣門」が置かれていた。教林坊や金剛輪寺の境内案内図では「総門」となっていたので、どう違うのかなと思って調べてみたが、どうやら意味に違いはないようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO640 ) 露出補正 -0.3段
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83.惣門の屋根とカエデの紅葉
まだ緑の残るカエデの紅葉がいききとしている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 27mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
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84.惣門とカエデの紅葉
惣門を抜けて紅葉を見上げ、本堂へ300mほど続く参道を上っていく。惣門は2015年に再建されたそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 27mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
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85.カエデの落ち葉と苔
西明寺は苔が美しいことでも有名。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 42mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
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86.受付と惣門
バスガイドさんが用意してくれた入山料600円の券を見せて受付を通る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 46mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
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87.もみじとすすき
境内を分断している名神高速道路の上を越えて多くの僧坊があった跡地を左右に見ながら、参道を行く。東名高速は参道の下を西明寺トンネルで抜けている。歴史自然環境の保護のため、参道の景観が損なわれないように道路は地下化された。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 41mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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88.苔 -1
「苔を大切にしましょう」「苔を取らないでください」「この苔は西明寺が好きです。大事にしましょう」といった西明寺執事による立札が何か所かに立てられていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 37mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
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89.苔 -2
にもいろいろな種類があるようだ。日本に自生する苔は1,700種と言われる。深い緑を敷き詰めた苔の上に落ちた赤いカエデの葉が印象的だ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 46mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
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90.鮮やかなカエデの紅葉 -1
左に見える塀の中は本坊庭園「蓬莱庭」になっている。参道はまだ続くが、この辺りの紅葉は美しく、見上げながら上がっていく。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 53mm ISO160 ) 露出補正 -0.3段
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91.鮮やかなカエデの紅葉 -2
紅葉はまさに見ごろであった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 21mm ISO160 ) 露出補正 -0.3段
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92.夫婦杉(千年杉)
大きな杉の木があった。樹齢約1,000年だそうだ。「西明寺の霊木で、元々二本であった木が、寄添い一つになって、ともに育っていることから夫婦杉と呼ばれる。後側から子供のように若木が出ていることから子授け、安産の霊木、樹齢千年の長寿の木であるので息災延命の霊木とされている。幹や根にそっと手を当てて、霊気をいただいてください。」 と説明されていた。そして賽銭箱が立てられていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 9mm ISO500 ) 露出補正 -0.3段
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93.二天門
20分近く歩いて、石段の上に二天門が見えてきた。二天門は重要文化財に指定されている。 wikipediaによれば、間口 3間、奥行 2間(間は長さの単位ではなく、柱間の数を表す建築用語だそうだ)。入母屋造、杮(こけら)葺きの八脚門。部材の一つである巻斗に応永14年(1407年)の墨書があり、同年の建立とみられるという。左右に阿吽の木像が祀られ、その前にわらじがある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
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94.二天王立像  増長天
仁王像は 二天王立像という。滋賀県犬上郡甲良町のホームページには「西明寺二天門に持国天、増長天の2体の木像が寺を守って立っています。 元亀2年(1571年)西明寺の寺域は織田信長の兵火にかかって焼失しましたが、幸いにも寺院の中心部分である本堂と三重塔、二天門、二天王立像は難を逃れました。」と記されていた。これは向かって右側に立つ増長天だ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO2500 ) 露出補正 -0.3段
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95.二天王立像  持国天
向かって左側に立つのは持国天である。この仏像はいくつもの木材をつなぎ合わせた寄木造という方法で造られている。2体ともに像の高さは1.95mで、仁王像と同じように、一方は口を開き、他方は口を閉じている。正長2年(1429年)、印尋(いんじん)によって造られたもので、作者と制作年代のわかる仏像として珍しく貴重なのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO800 ) 露出補正 -0.3段
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96.国宝 本堂
二天門を抜けると目の前に本堂があった。この本堂は瑠璃殿とも呼ばれ、建造年は鎌倉時代前期。規模は桁行七間に梁間七間で、正面に三間の向拝が付く。建造当時は桁行五間、梁間五間の五間堂であったが、後の南北朝時代に大々的に改修され、現在の七間堂になったという。屋根は一重の入母屋造で檜皮葺。正面は全面が格子の蔀戸(しとみど)になっているなど、同じく湖東三山の一つで国宝の金剛輪寺本堂と類似点が多い。内部もまた、前方3間が外陣、中ほど2間が内陣、後方2間が後陣に分かれているなど、金剛輪寺本堂と良く似た天台密教の本堂様式となっている。本堂内は撮影ご法度であった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 10mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
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97.本堂の周囲 -1
本堂の脇に紅葉するカエデの色は鮮やかだった。

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プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 22mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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98.本堂の周囲 -2
金剛輪寺の「血染めの紅葉」より見応えがあったと思う。

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プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 78mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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99. 本堂の周囲 -3
光が演出をしてくれる。

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プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 20mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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100.国宝 三重塔
本堂の右手、建物への水の浸入を防ぐため、水はけを良くするために平地の上に石を組んだ基壇の上には三重塔がそびえている。wikipediaによれば、檜皮葺きの和様の三重塔である。様式的に鎌倉時代後期の建築とされる。総高は20.1m。逓減率が小さいことと、二重目・三重目の塔身の立ちが低いことが本塔の特色である。相輪は日本の他の木造塔では銅製とすることが多いが、本塔のそれは鉄製である。初層内部には大日如来像を安置し、心柱は初層天井裏から立つ。初層内部は須弥壇と床面を除く全面に極彩色の絵画が描かれているが、現状ではかなり剥落している。絵画の主題は、内部の4本の柱(四天柱)には両界曼荼羅のうち金剛界曼荼羅成身会(じょうじんね)の三十二菩薩(四波羅蜜菩薩、十六大菩薩、八供養菩薩、四摂菩薩)を表し、四方の扉脇の壁面には計8面に法華経曼荼羅図、法華経二十八品(章)の説話の絵画を表している。このほか、扉には八方天、須弥壇周りの長押には宝相華、牡丹、鳳凰などが描かれている。このうち柱4本と壁8枚は国宝建造物の一部であるとともに、「絵画」としても別途重要文化財に指定されているとあった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 13mm ISO800 ) 露出補正 -0.3段
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101.三重塔のもみじ
三重塔は後ろから日を受けている。日に当たったカエデの葉が輝く。

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プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 45mm ISO800 ) 露出補正 -0.3段
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102.これから紅葉
まだまだこれから紅葉するカエデの葉も控えているた。

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プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 121mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
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103.「不断桜」
本坊庭園「蓬莱庭」に入る。もみじを背景に桜の花が咲いている。西明寺のパンフレットには 「不断桜」は春秋冬に開花、高山性のサクラで彼岸桜の系統のフユザクラに属すると記されている。少し調べてみるとフダンザクラとは五弁の花をつけるヤマザクラ(野生種)とオオシマザクラ(野生種)の交雑種とされている。パンフレットにある「フユザクラ」というのは、別名をコバザクラ(小葉桜)といい、ヤマザクラ(野生種)とマメザクラ(野生種)の雑種と推定されているそうだ。ややこしい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO400 ) 露出補正 -0.3段
201126440m_103 X800 〇西明寺 RX10M4.jpg
104.名勝本坊庭園「蓬莱庭」と「不断桜」
秋から冬にかけて開花するサクラには、フダンザクラ、フユザクラ、ジュウガツザクラ、コブクザクラなどがあるが、西明寺のフダンザクラ「不断桜」は、9月上旬から翌年4月頃まで開花するが、紅葉の11月に満開となる。現在、天然記念物に指定されているものは、樹齢250年といわれる古木である。滋賀県のホームぺージには、その樹齢250年といわれる古木は、近年,衰退が著しく、その後継木の育成が課題であった。約30年前に、母樹となる指定木から取り木がなされ、後継木の育成が試みられた結果、3本が育成に成功し、現在の指定木の東側に1本、現本坊の西庭に2本が植えられている。また、10年前には母樹となる指定木の萌芽から若木を育てることに3本が成功し、本坊庭園上段、仁王門西側平坦面、および三重塔西側斜面の3箇所において一本づつ育成されている。 これら6本の後継木は、250年前に西明寺に植えられたとされる母樹(指定木)の由来樹木と認められる。これらの6本を後継木として認定し、追加指定することによって、江戸時代より継承されるフダンザクラの保全をはかると記されていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f14 1/500秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
201126443_104 X800 西明寺 RX10M4.jpg
105.名勝本坊庭園「蓬莱庭」の池
甲良町のホームぺージによれば、「江戸時代、延宝元年(1673年)、望月越中守友閑が、当山復興の記念として造られた庭園である。池の中央は折り鶴を形どった鶴島で、左が亀島である。池の水の部分は心字池となっていて、池泉回遊式である。 築山の立石群は本堂に安置している本尊薬師如来と日光・月光の菩薩及び十二神将等の眷属を表し、植木の刈り込みは雲を形どって薬師の浄瑠璃浄土を具現化したものである。本庭園は小堀遠州の作庭を参考にした造園になっており、鎌倉時代の八角石灯籠(石屋弥陀六作)や連珠模様の室町時代を偲ぶ石灯籠がある。」と記されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 10mm ISO250 ) 露出補正 -0.3段
201126451_105 X800 西明寺 RX10M4.jpg
106.名勝本坊庭園「蓬莱庭」のもみじ
本堂の方から下りて来ると 「蓬莱庭」を通って中門を出て参道に戻る。そのあたりのカエデの紅葉もきれいだった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 16mm ISO125 ) 露出補正 -0.3段
201126454_106 X800 西明寺 RX10M4.jpg
107.苔 -3
参道からは見事な苔を見ることが出来る。どこかに「苔は西明寺のことが好きです」という看板があったが、苔の持ち帰りは禁止と言うことだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO2500 ) 露出補正 -0.3段
201126458_107 X800 〇西明寺 RX10M4.jpg
108.石垣
西明寺は、惣門から本坊中門までの参道の左右に石垣が築かれた僧坊跡が続くが、 穴太積  の初期の石垣が保存されている。 その石垣にはりついた1枚の紅葉したカエデの葉に風情を感じた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 27mm ISO2000 ) 露出補正 -0.3段
201126460_108 X800 西明寺 RX10M4.jpg


2020年12月15日

琵琶湖をぐるっとGo To トラベル 11月25日~27日 (4)金剛輪寺 11/26

2日目、この日は湖東三山と彦根を観光する。湖東三山は一昨年の11月にも行っているが、また、違う印象があるものと期待する。彦根城は初めてなので、楽しみにしている。
 天気もよさそうだ。朝は8時に草津のホテルを出発する。名神高速に上がるまでは朝の渋滞である。滋賀県草津市は人口14万3千人で県庁所在地の大津市に次ぐ県下第2位の人口を有する都市だ。私が描いていた懐かしい草津とは違っていた。1963年-1965年に名神高速道路が開通し、地の利の良さから大企業が多く進出し、有名となった栗東町は市に昇格し隣接する草津市も、ここ20年の間に大きく変わったようだ。私が育ったところはこの名神高速道路を少し瀬田の方へ行った追分というところだった。
 子供の頃に眺めた記憶がある三上山(近江富士)432mを正面に眺めながら、名神高速道路を走り、湖東三山スマートICで下りる。最初に行くのは湖東三山の真ん中にある金剛輪寺だ。「血染めの紅葉」とたとえられる本堂、三重塔を彩るカエデの紅葉の具合はどうだろうか。期待が募る。
 金剛輪寺 は琵琶湖の東、鈴鹿山脈の西側山腹にある天台宗の寺である。寺伝によれば聖武天皇の勅願で奈良時代の僧・行基の開創とされ、創建は天平9年(737年)または天平13年(741年)と伝えられている。本尊の聖観世音菩薩は行基菩薩の作であり、ホームページによれば行基菩薩が一刀三礼で観音さまを彫り進められたところ、木肌から一筋の血が流れ落ちたため、その時点で魂が宿ったとして、粗彫りのまま本尊としてお祀りされた。後の世に「生身の観音」と呼ばれるようになり、全国の観音信徒より篤い信仰を集めていると記されている。

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金剛輪寺境内図 金剛輪寺パンフレットより

53.金剛輪寺 参道
受付がある黒門から本堂へ参拝するには、長い上り坂を登って行かねばならない。参拝者は高齢者が多いので、バスは参道の最後、二天門の石段の下まで登ってくれる。そこから下の参道の方を眺めたのがこの写真。参道の両側にはお地蔵さんが赤い風車とともに並ぶ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/200秒 23mm ISO3200 ) 露出補正 -0.7段
201126230_053 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
54.本堂とモミジ
石段を二天門まで登ると、本堂を背景に少し枯れ始めた葉と、まだ緑が残る葉が混在するカエデが現れた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 27mm ISO2000 ) 露出補正 -0.7段
201126233_054 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
55.本堂
本堂は元寇の役(蒙古襲来)の戦勝記念として、時の近江守護職・佐々木頼綱によって建立された鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されている。堂内には本尊をはじめ、阿弥陀如来坐像、十一面観音立像など平安から鎌倉時代の仏像が安置され、その多くが国の重要文化財に指定されている。  

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO2000 ) 露出補正 -0.7段
201126235_055 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
56.鐘楼
金剛輪寺の鐘は、参拝者が自由についていいのだそうだ。時々参拝者がつく鐘の音が聞こえてくる。 金剛輪寺の梵鐘は乾元2年(1303年)4月15日大工河内助安の刻銘がある県指定文化財になっていて、本物は総門(黒門)の脇にある愛荘町立歴史文化博物館に所蔵されているそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/320秒 18mm ISO3200 ) 露出補正 -0.7段
201126238_056 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
57.二天門 -1
前後するが、階段を昇り詰めると二天門だったが、門の両脇には大きなわらじが掛けられていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO3200 ) 露出補正 -0.7段
201126239_057 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
58.本堂周囲の紅葉 -1
金剛輪寺の紅葉は「血染めの紅葉」と言われ、真っ赤に色づく。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO1600 ) 露出補正 -0.7段
201126242m_058 X800 〇金剛輪寺 RX10M4.jpg
59.本堂周囲の紅葉 -2 「血染めの紅葉」
「血染めの紅葉」と言われるカエデの紅葉。まだ、緑いろの葉が残る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 168mm ISO2500 ) 露出補正 -0.7段
201126243_059 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
60.本堂周囲の紅葉 -3
建物はどうやらトイレだったらしい。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 13mm ISO800 ) 露出補正 -0.7段
201126247_060 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
61.三重塔 -1
重要文化財の三重塔で別名「待龍塔」と呼ばれる。本堂に向かって左(北)の一段高い場所に建つ。wikipediaによれば、寺伝では鎌倉時代の寛元4年(1246年)の建立というが、様式的には南北朝時代の建築とみられるそうだ。織田信長の焼き討ちはまぬがれたものの、近世以降は荒廃し、塔の初層と二重目の軸部(柱、梁などの根幹材)と組物がかろうじて残るだけで、三重目はなくなっていた。現状の塔は1975年(昭和50年)から1978年(昭和53年)にかけて修理復元されたもので、欠失箇所は同じ滋賀県内の西明寺三重塔などを参考に復元したものであるという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 34mm ISO1000 ) 露出補正 -0.7段
201126250_061 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
62.三重塔 -2
金剛峰寺の紅葉が紹介されるとき、この三重塔と紅葉の写真が載せられている。すでに葉が落ちて始めている木もあり、光も十分でなく、鮮やかに撮れなかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 31mm ISO1000 ) 露出補正 -0.7段
201126254_62 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
63.本堂周囲の紅葉 -4 「血染めの紅葉」
ここも「血染めの紅葉」もあれば、すでに枯れ始めている葉、まだみそり色の葉が混在する。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 76mm ISO1600 ) 露出補正 -0.7段
201126260_063 X800 〇金剛輪寺 RX10M4.jpg
64.本堂周囲の紅葉 -5
歩き回っていたので、どこで撮ったかわからなくなってしまった。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
絞り優先オートで撮影 ( f11 1/100秒 45mm ISO3200 ) 露出補正 -0.7段
201126270m_064 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
65.三重塔 -3
二重目、三重目が見える裏側へ回り込んで撮った。三重塔の説明板には、昭和47年に重要文化財に指定され、その後の解体修理で建立時には計画されたが未完成であった初重の縁、二、三重の柱間装置なども整備され、昭和53年に完全な三重塔が建立したとある。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO2000 ) 露出補正 -1.0段
201126273_065 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
66.三重塔 -4
何とか色鮮やかなカエデと三重塔を映し込んだ。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 35mm ISO320 ) 露出補正 -0.3段
201126282m_066 X800 〇金剛輪寺 RX10M4.jpg
67.二天門 -2
そろそろ下ることにする。二天門を潜る。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO2000 ) 露出補正 -0.3段
201126286_067 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
68.千体地蔵 -1
二天門を後にして石段を下りると参道の両側にお地蔵さんが並ぶ。参道や境内などに鎮座したお地蔵様の数は、実際には2000体を超えると言われ、迫力を感じる。それぞれのお地蔵様には、家の名前が書かれていて、地域の人によって大切に守られているそうだ。 参道にズラリと並ぶ 高さ50cmほどの小さなお地蔵様はみな小奇麗に保護されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/200秒 9mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
201126291_068 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
69.二天門 -3
二天門を振り返る。wikipediaによれば、二天門は様式上、室町時代前期の建築。寺伝では、元来は楼門(2階建て門)だったが、2階部分が失われたものという。組物の形式などからみて、伝承どおり楼門の上層部分が失われたものか、または楼門として建立する予定だったものが未完成に終わったものとみられる。屋根は入母屋造、檜皮葺とするが、屋根材は江戸時代のもので、当初からこの形式であったかどうかは不明であるという。向かって右に増長天、左に持国天が祀られている。重要文化財に指定されている。   

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 36mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
201126298_069 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
70.二天門とお地蔵さん
二天門へ上がる石段のすぐ下までお地蔵さんが祀られていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/160秒 13mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
201126301_070 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
71.千体地蔵 -2
風が吹くと、一体一体に供えられた赤い風車がいっせいに回りだし、静かな境内がカタカタという音に包まれるという。 なぜ、赤い風車なのかと興味を持ち調べてみたがわからなかった。午前9時半だが、鬱蒼として暗い。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/160秒 20mm ISO3200 ) 露出補正 -0.3段
201126304_071 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
72.本坊 明寿院
帰りのバスは総門(黒門)の外の駐車場で待ってくれているので、お地蔵さんが並ぶ参道を下まで下りるのだ。途中右側に本坊である明寿院と木札が下がった門があった。白門という。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
201126314_072 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
73.池泉回遊式庭園 入口
白門を入ると右側に名勝庭園(池泉回遊式庭園)の門があった。  門の中には桃山時代、江戸初期、江戸末期と時代の異なる3つの庭園がある。金剛輪寺のホームページには、「作者不詳でありますが、老杉蒼松の自然を背景とし、灯籠泉石樹木の配置等、素晴らしく、晩秋の深紅に染まる色鮮やかな紅葉は血染めの紅葉と広く知られております。観音様のやさしいお心が満ち、湖東三山一の名園古庭であり、国の名勝にも指定されております。」と紹介されている。   

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
201126318_073 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
74.門の屋根
その庭園入口の屋根瓦には、青い苔が生え、カエデの枯葉が落ちて、風情を感じる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO1000 ) 露出補正 -0.3段
201126319_074 X800 〇金剛輪寺 RX10M4.jpg
75.桃山時代の庭 護摩堂
桃山時代に造られた庭に護摩堂があった。滋賀・びわ湖観光情報によれば、桃山時代の庭は「石楠花の庭」と呼ばれ、庭の中央に架けられた優雅な石橋のそばに、鎌倉時代に作られたという苔むした多くの石が配され、品格のある雰囲気であるという。春になると、庭のそばにある護摩堂のカキツバタやシャクナゲが鮮やかに咲き、華やかになるようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO800 ) 露出補正 -0.3段
201126325_075 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
76.江戸中期の庭
同じく、滋賀・びわ湖観光情報によれば、江戸中期の庭は、滝から池に水が流れ、池の中に七福神の宝船を表わす岩で出来た舟が配されていいる。また、桃山時代の庭の宝篋印塔を見下ろすように立つ水雲閣は、湖東随一の茶室で、天井に桜、なでしこ、菊など四季おりおりの花が描かれている。またこの茶室からの庭の眺めは美しく、一見の価値があるそうだ。  

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO640 ) 露出補正 -0.3段
201126332_076 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
77.明寿院(本坊)の座敷
明寿院(本坊)は、江戸時代の創建といわれ寺宝を多く保存し、かつて学頭所として使われていた。この本坊の南・東・北の三方を囲むように庭園があり、心の字池が3庭を結んでいる。本坊に沿って庭園を周ってみた。座敷の戸は開け放たれていて、南側から座敷を通して、北側の庭園が眺められた。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 28mm ISO800 ) 露出補正 -2.0段
201126340_077 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
78.紅葉
名勝庭園鑑賞を終え、参道に戻る。この辺りにも美しい紅葉があった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 18mm ISO500 ) 露出補正 -0.3段
201126344_078 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
79.赤門
名勝庭園(白門 写真右側)から、下りて来ると赤門があった。柵が置かれていて、入ることは出来ない。左へ曲がる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO2000 ) 露出補正 -0.3段
201126345_079 X800 金剛輪寺 赤門 RX10M4.jpg
80.受付
受付を通り過ぎて、下りてきた参道を振り返る。右手は華楽坊という食事処、左手に愛荘町立歴史文化博物館がある。 

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 26mm ISO1250 ) 露出補正 -0.3段
201126346_080 X800 金剛輪寺 RX10M4.jpg
81.総門(黒門)
金剛輪寺は国道307号線から少し東へ入ったところにある。聖観音と書かれた大きな提灯がさがっている総門(黒門)が参拝者の入り口だ。総門を出て境内を振り返った。バスの駐車場は総門を出て左側だ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/500秒 9mm ISO200 ) 露出補正 -0.3段
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2018年12月11日

永源寺 11月8日 高野山、奈良・長谷寺、室生寺と滋賀・湖東三山(5)

この旅行の3日目、京都は八条口から「永源寺と湖東三山巡り」という定期観光バスで、滋賀県は琵琶湖の東側にある古刹を巡るツアーを予約しておいた。私は奉天から引き揚げてきて2年ほど、親父の故郷である滋賀県草津市で育ったので懐かしい。近江鉄道のバスは8時45分、大型バスに乗客12名を乗せて出発した。紅葉にはまだ少し早いということで申し込みが少なかったのかもしれない。おかげでゆったりと座っていくことが出来た。
 バスガイドさんは、滋賀県草津市生まれという若いお嬢さんだった。名神高速道路を北東へ走り、黒丸というパーキングエリアで一休みしたあと、八日市で降り、愛知川に沿って、鈴鹿山脈に向かって進む。10時半少し前に永源寺の駐車場に入った。
 永源寺は臨済宗の大本山である。康安元年(1361年)佐々木(六角)氏頼が寂室元光禅師(正燈国師)をこの地に迎え、伽藍を建て開山した。本堂には本尊世継観世音菩薩(秘仏)が祀られていると、ガイドさんが説明してくれた。十六羅漢(石仏)を左手に見ながら石段の参道を進むと総門に出る。そこを入ると参拝受付になっていて、ガイドさんはそこまで案内してくれた。あとはそれほど坂はない。山門、本堂、開山堂と見ごろを迎える紅葉を眺め、約1時間後に駐車場に戻った。

89.京都駅八条口
定期観光バスの案内所および乗り場は京都駅の新幹線のりば側である八条口にあった。八条東口を道路の反対側に渡った、アバンティという商業施設の中にある。空港へ行くリムジン・バスの乗り場と同じ所で、外国人観光客が多い。今朝も良い天気だった。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 20mm ISO125 ) 露出補正 なし
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90.名神高速道路
名神高速道路は、栗東IC - 尼崎IC (71.7 km) 間が、1963年(昭和38年)に日本初の都市間高速道路として開通した区間である。日本最初の高速道路だ。事故のためか少々渋滞があったが、バスは八日市ICで降り、一般道を鈴鹿山脈に向かって走る。

Canon PowerShot G7X f1.8-2.8 8.8-36.8mm 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 ) 露出補正 なし
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91.永源寺 羅漢坂
駐車場からバスガイドさんに案内されて、永源寺参道の始まりの部分、羅漢坂と言われる石段を上がる。100mほど続く急坂で、今日もまた石段を登るのかと覚悟を決めたが、永源寺のい石段はここだけだった。左側に眼鏡をかけた地蔵さんが立っていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO200 ) 露出補正 なし
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92.十六羅漢
羅漢坂の途中、左側の崖に彫りこまれた十六羅漢が奉安されれていた。頂上に釈迦如来と阿難(あなん)、迦葉(かしょう)という弟子を配しそれを取り巻くように羅漢が並んでいて、それぞれなかなか個性的な表情をしている。この写真は旨く撮れていないので、ほかにないか探したが、見つからなかった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 なし
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93.羅漢坂の紅葉
羅漢坂は十六羅漢のところで右へ折れる。そのあたりの紅葉が陽の光に透けて美しい。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO320 ) 露出補正 なし
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94.羅漢坂と総門
羅漢坂の先に総門が見えてきた。右側の谷を愛知川が流れる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 29mm ISO320 ) 露出補正 なし
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95.永源寺総門 -1
永源寺総門は永源寺境内の建物の中では最も古いもので、創建年は1361年、永源寺を開いた当時の近江守護職にあった佐々木(六角)氏頼によって建立されたもの。その後1390年に兵火で焼け落ち、1464年に永源寺16代住職の虚白文玄禅師によって再建されたものが現在に残っている貴重なものだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 13mm ISO800 ) 露出補正 なし
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96.永源寺総門 -2
総門をくぐると拝観受付になっている。私たちの分はバスガイドさんがまとめて支払ってくれたが、拝観料は500円だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 12mm ISO1250 ) 露出補正 なし
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97.見ごろの紅葉
総門の辺りは紅葉の美しいところだ。私たちが訪れた翌日の11月9日に更新された永源寺のHPでは紅葉は見ごろになったと記されていた。右側は愛知川が流れる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 19mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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98.山門 -1
寛政7年(1795年)井伊家の援助等により7年の歳月を費やし享和2年(1802年)完工した。楼上に釈迦牟尼佛、文殊菩薩、普賢菩薩並びに十六羅漢を奉安している。 滋賀県の指定文化財である。大きな立派な山門だった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 20mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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99.茶所
山門を抜けると右側に茶所があった。ここ滋賀県東近江市政所町周辺で栽培されている政所茶(まんどころちゃ)という日本茶がある。室町時代に永源寺五世管長の越渓秀格禅師が、この地の水質、地質が茶の栽培に適していることを見つけ、村人に栽培を奨励したことに始まると伝えられている。ここは、茶所と呼ばれる休憩所だ。その前を中学生たちが竹箒で掃除をしていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 56mm ISO600 ) 露出補正 -1.0段
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100.鐘楼
さらに進むと左側に鐘楼があった。過去4度の兵火や火災があり、現在の鐘楼は安永元年(1772年)に再建された。大鐘は太平洋戦争のときに供出したが、昭和23年に再鋳されている。ここの紅葉にはまだ少し早かったようだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 14mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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101.永源寺本堂(方丈) -1
鐘楼の左側に本堂が見えた。本堂は康安元年(1361年)佐々木氏頼が創建した。しかし度重なる兵火、火災により焼失している。現在の建物は明和2年(1765年)、井伊家の援助により建立されたもので、屋根は国内屈指の葦葺きである。正面には本尊、世継(よつぎ)観世音菩薩が奉安されている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/640秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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102.本堂内部 -1
本堂は中に入ってお参りができた。本堂は禅宗寺院の住持や長老の居室である方丈でもあり、客室がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 10mm ISO1250 ) 露出補正 -1.0段
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103.本堂内部 -2
ここでお参りをした。この奥には本尊世継観世音菩薩(秘仏)が祀られていて、もちろん中に入ることはできない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/500秒 9mm ISO1000 ) 露出補正 -1.0段
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104.本尊世継観世音
近づいてみると扉が見えた。本尊世継観世音はこの厨子の扉の奥に鎮座され、御開帳はおよそ4半世紀に一度だそうだ。普段、直接、姿を拝むことは出来ない。近江守護職佐々木(六角)氏頼の子、満高があととりに恵まれず、この観音に毎夜一心に祈願をしたところ、夢にお告げがあり、やがて世継を授かったという。この事が伝わり誰が言うともなく「世継観世音(よつぎかんぜおん)」と呼び讃えられるようになったのだそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/100秒 17mm ISO3200 ) 露出補正 -1.0段
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105.禅堂
永源寺は京都の東福寺と同じ臨済宗である。康安元年(1361年)72歳で永源寺に入寺し開山した 寂室元光禅師(正燈国師)は 13歳で出家。京都東福寺の大智海禅師のもとで修行し、15歳の時仏燈国師に仕え、18歳で国師の一掌下に大悟した。元応2年(1320年)31歳から7年間、中国天目山の中峰和尚につき修行、帰国したのちも自然を友に詩や和歌を賦し、生涯行脚説法の旅を続けられたとある。この禅堂は他の堂と同様、佐々木氏頼により創建されたが、たび重なる火災により焼失した。以後法堂を道場としていたが、昭和3年(1928年)4月開祖寂室禅師に正燈国師の称号を送られたのを記念して、 默(?)鳳禅師が禅堂再建を発願、川上貞子(戦前の女優さんだろうか?)の支援を得て昭和8年(1933)4月に再建されたそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 12mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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106.法堂(はっとう)
禅堂の左手には法堂がある。享保13年(1728年)に朴宗禅師により再建されたものである。法堂の堂内中央には、後水尾上皇が寄進した釈迦牟尼仏が、右に迦葉尊者が、左に阿難尊者が安置されている。この法堂は、当山古例の諸法要を行うところである。ところがそのほとけ様の前に、「竹灯篭 工房 SMIN」 という看板があり、写真のようにいくつもの行燈のようなものが並べられていた。ちょっと違和感を覚えざるを得ない。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.5 1/500秒 10mm ISO1600 ) 露出補正 -1.0段
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107.屋根とモミジ
法堂の瓦屋根にモミジが映えていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/800秒 34mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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108.開山堂
永源寺のHPによれば、開山堂は開祖寂室禅師(正燈国師)を祀る堂宇で、再度焼失したが、享保10年(1725年)、彦根城主 井伊直惟(なおのぶ)より能舞台の寄進を受け再建されたそうだ。開山堂の向かい側には経堂があった。経堂は応永11年(1404年)佐々木満高が創建。現在の経堂は延宝4年(1676年)南嶺禅師が再建し、中国へ渡り譲り受けられた明版大蔵経が納められている。このあたりのモミジはきれいだった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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109.永源寺本堂(方丈) -2
再び本堂のところへ戻ってきた。こちら側から見ると大きな葦葺き(ヨシ葺き)屋根の入母屋造りであることが分かる。国内屈指の大きさという。琵琶湖に群生する葦で葺かれている

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1000秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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110.なで仏
本堂の前には「なで仏」が座っていた。「なで仏」は長谷寺の本堂でもお参りした賓頭盧(びんずる)の像。その像の自分の患部に当たる所をなでた手で、自分の患部をなでれば病気が治るという俗信がある。「さすりぼとけ」ともいうそうだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1000秒 51mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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111.山門 -2
ここは紅葉の撮影スポットだ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/500秒 20mm ISO250 ) 露出補正 -1.0段
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112.山門の屋根とモミジ
陽の光が当たり、山門の屋根にかかる紅葉が輝いている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO160 ) 露出補正 -1.0段
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113.愛知川越し
モミジ越しに愛知川の対岸を眺める。愛知川は琵琶湖に注ぐ。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -1.0段
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114.愛知川の川面とモミジ
まだ緑のモミジの葉も残るが、紅葉が穏やかな愛知川の流れに溶け込んでいる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/500秒 30mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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115.愛知川の流れ
バスが通ってきた旦度橋の上から愛知川を眺める。左側が永源寺の境内で、奥は鈴鹿の山並みで永源寺ダムがある。11時半、次の目的地である百済寺へ向け、バスが出発した。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ f2.4-4 8.8-220mm 20.1 Mega Pixels プログラムオートで撮影 ( f4 1/500秒 9mm ISO100 ) 露出補正 -0.3段
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