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2012年2月26日

読書日記「イエスの言葉 ケセン語訳」(山浦玄嗣著、文藝春秋新書)


イエスの言葉 ケセン語訳 (文春新書)
山浦 玄嗣
文藝春秋
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この本が誕生したいきさつは、序文「はじめ」のなかで説明されている。

 3・11の東北大津波で、医師である著者の診療所がある大船渡市も市街地の半分が流された。 カトリック信者である山浦医師は、古代ギリシャ語で書かれた新約聖書を、東北・ 気仙地方で普段に使われるケセン語訳で出すことに挑戦した。だが、出版した大船渡市の イー・ピックス出版も社屋を失った。

ところが、奇跡が起こった。

津波でつぶれた出版社の倉庫の泥にまみれた箱の中からほとんど無傷の三千冊のケセン語訳聖書の在庫が見つかったのだ。津波の洗礼を受けた聖書として有名になったケセン語訳聖書は、日本中の人びとの感動を呼び、数カ月で飛ぶように売れてしまった。

そんな時、文嚢春秋の女性編集者が「瓦礫と悪臭におおわれた惨憤たる道を踏み越えて」訪ねてきた。

ケセン語訳聖書がこんなに多くの人びとに喜ばれ、受け入れられているのは、難解だった従来の聖書の翻訳をほんとうにわかりやすくしたからです。この心を全国の人びとに伝えたい。人の幸せとは何かと問う福音書の心こそ、災害に打ちひしがれている日本人によろこびの灯をともすはずです。イエスのことばをふるさとのことばに翻訳した中で得た多くのことをぜひ本にしてみなさんに読んでいただきましょう!


   この本は、イエスの言葉を引用しつつ、山浦医師の生きざま、復興に立ち向かう東北の人々の思いのたけを綴っている。

話し言葉である「ケセン語」を、文章に直すのは至難の業だったろう。だから最初に「ケセン語の読み方」という注釈がついている。

本文で、「が(●)ぎ(●)ぐ(●)げ(●)ご(●)」はガ行濁音で、「がぎぐげご」はガ行鼻濁音で読む。
 振り仮名で「ガギグゲゴ」はガ行濁音、「がぎぐげご」はガ行鼻濁音。また、振り仮名で促音「つ」は「ツ」と書く。

*尚、聖書引用は日本聖書協会『聖書新共同訳』による。


 学生時代に東北地方を旅し、列車の中で出会った行商のおばさんたちが話す言葉がさっぱり分からず、あ然、がく然とした思い出がある、

 この本に書かれた「ケセン語」のイエスの言葉もちっとやそっとでは理解できない。しかし、それに続く山浦医師の解説は、カトリック信者のはしくれである私にも「目からうろこ」の連続だった。そして「ケセン語訳」イエスの言葉が身にしみてくるのである。

敵(かだギ)だってもどご(●)までも大事(でァじ)にし続(つづ)げ(●)ろ。
                           (ケセン語訳/マタイ五・四四)

敵を愛し...(中略)...なさい。
                                (新共同訳)


 「ケセン語には愛ということばはない。・・・そういうことばは使わない」。山浦医師は、東北人らしく率直に切り出す。

 「愛している」なんて、こそばゆくて、むしずが走るようなことばだ。『神を愛する』なんて失礼な言葉はない。『お慕申し上げる』ならわかるが、『愛する』はないでしょう。ペットではあるまいし!」

 「ギリシャ語の動詞アガパオーを『愛する』と訳したために、聖書の言葉が日本人の心に届いていない」。420年ほど前のキリシタンは「大切にする」と訳し、「愛する」は妄執のことばとして嫌ったという。

「『お前の敵を愛せ』は誤訳だ。イエスは『敵(かたギ)だっても大事(でアじ)にしろ。嫌なやつを大事にすることこそ人間として尊敬に値する』と言っているのだ」

医師の言葉は、どこまでも先鋭かつ鮮烈である。

願(ねが)って、願(ねが)って、願(ねげ)ア続(つづ)げ(●)ろ。そうしろば、貰(もら)うに可(い)い。探(た)ねで、探(た)ねで探(た)ね続(つづ)げろ。そうしろば、見(め)付(ツ)かる。戸(と)オ叩(はで)アで、叩アで、叩(はだ)ぎ続(つづ)げろ。そうしろば、開(あ)げ(●)もらィる。
 誰(だん)でまァり、願(ねげ)ア続(つづ)げる者(もの)ア貰(もら)うべし、探(た)ね続(つづ)げる者(もの)ア見(め)付(ツ)けんべし、戸(と)オ叩(はだ)ぎ続(つづ)げる者(もの)ア開(あ)げ(●)でもらィる。
                        (ケセン語訳/マタイ七・七~八)

求めなさい。そうすれば、与えられる。
 探しなさい。そうすれば、見つかる。
 門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
            (新共同訳)


 山浦医師は、この箇所をケセン語に訳そうとした時、新共同訳を見て「ちょっと待てよ」と思った。
 「人生を振り返って、求めたからといって与えられるとは限らない。・・・それどころか、求めて得られず、探して見つからないことが多すぎるからこそ、・・・人生で苦労している」

 疑問の答えが見つからないまま、ギリシャ語文法の勉強をしていた時、ギリシャ語の命令形には、その動作を継続して実行することを要求する「継続命令」と、ひとくくりに一回性のものとして要求する「単発命令」という2つの種類があることに気づいた。
  マタイ伝を読みなおして「求めろ、探せ、たたけ」は「継続命令」であることが分かった。 そして、ケセン訳と同時に、こんな日本語"私訳"をつくった。

  
願って、願って、願いつづけろ。そうすれば、貰える。
 探して、探して、探しつづけろ。そうすれば、見つかる。
 戸を叩いて、叩いて、叩きつづけろ。そうすれば、戸を開けてもらえる。
 誰であれ、願いつづける者は貰うであろうし、探しつづける者は見つけるであろうし、戸を叩きつづける者は開けてもらえる。 


 医師は続けて書く。
 「イエスはたとえ話しの後でよく『聞く耳のある者は聞け』といいます。これは継続命令です。・・・一度聞いた話を心の中で何度も反芻し、繰り返し繰り返し、聞き続けろということです。"神さまのお取り仕切り(ケセン語訳で神の国、天の国のこと)"に参加するには、このしつこさが必要なのだと、イエスはしつこくしつこくいっている・・・。」

   この本の巻末に「新しい聖書翻訳のこころみ」という数ページがある。
 例えば「永遠の命」は「いつまでも明るく活き活き幸せに生きること」、「心の貧しい人」は「頼りなく、望みなく、心細い人」、「柔和な人」は「意気地なし、甲斐性なしなし」・・・。

 池澤夏樹の 「ぼくたちが聖書について知りたかったこと」という本にこんな一節がある。

 
秋吉さん(秋吉輝雄・立教女学院短期大学教授)は、本来、聖典は朗諦・朗詠されるものだと書かれていますね。その意味で見事なのは、岩手の山浦玄嗣さんというお医者さんが出したケセン語訳の聖書「ケセン語訳新約聖書」( イー・ピックス刊、二〇〇二)です。福音書を岩手県気仙地方の言葉に訳したのですが、あれはまさしく読むだけでなく、朗唱するものとして作られている。山浦牧師(?)は、信仰というものは魂に訴えるのだから、生活の言葉でなくてはダメだと考えて、ケセン語訳をしたんです。聞いていた信者のおばあさんが「いがったよ! おら、こうして長年教会さ通ってね、イエスさまのことばもさまざま聞き申してきたどもね、今日ぐれァイエスさまの気持ちァわかったことァなかったよ!」 と言ったとか。


 この「ケセン語訳新約聖書」が、3・11で奇跡的に見つかり、完売した聖書だ。

一方で、山浦医師らの長年の夢が3・11で失われた。「ケセン語になじみのない一般の日本人にもたのしめるような『セケン(世間)語訳』を出してほしい」という要望で、日本各地の方言をしゃべる新しい福音書が出版を間近にして流されてしまったのだ。

 しかし「日本中のふるさとの仲間にイエスのことばをつたえようという望み」は消えなかった。生き残った社員が集まり、山浦医師の書斎に残っていた原稿から新しい版を起こす仕事が始まった。

山浦玄嗣医師訳 「ガリラヤのイェシュー;聖書-日本語訳新約聖書四福音書」(イー・ピックス出版)は、昨年11月に出版された。

山浦医師によると「イエスは仲間内で喋るときには方言丸出しだが、改まったお説教をするときや、 階級の上の人に対しては公用語を使う。さらに、ファイサイ衆は武家用語、領主のヘロデは大名言葉、 ユダヤ地方の人は山口弁。ローマ人は鹿児島弁、 ギリシャ人は長崎弁」と全国各地の方言が飛び交う。

芦屋市立図書館には、すでに所蔵されていた。予約したが、まだ手にすることはできていない。

ぼくたちが聖書について知りたかったこと
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ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書

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2010年12月 7日

読書日記「夜も昼も」(ロバート・B・パーカー著、山本博訳、早川書房刊)


夜も昼も(ハヤカワ・ノヴェルズ)
ロバート・B・パーカー
早川書房
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 先日、図書館(芦屋市立図書館打出分室)の司書ボランティアにでかけたら、この本が新刊本の棚に並べられているのを見てアレッ!と思った。

 先月下旬、NHKが週末のBSでやっている「週間ブックレビュー」の「翻訳ミステリー・単行本10月月間ベストテン」コーナでこの本が7位に顔を出していた。「久しぶりにロバート・パーカー を読んでみようか」と思った矢先だった。

 この人の著作に夢中になった時期がある。とくに「私立探偵スペンサー・シリーズ」は、いつもなぜか師走のこの時期(本棚に並んだ本の奥付を見ると、発行はほとんど12月15日になっている)に、書店に並ぶのを心待ちにして買ったものだ。

 この本は、スペンサー・シリーズでなく「忍び寄る牙」以来の「警察署長ジェッシイ・ストーン」シリーズだ。
忍び寄る牙 ジェッシイ・ストーン・シリーズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロバート・B・パーカー
早川書房
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 訳者は"あとがき"で「スペンサーが陽となれば、ジェッシイは陰である」と書いている。

スペンサーは、ボクシングとグルメ、酒、そして美人の精神科医の恋人スーザンを愛する、とびっきりかっこいいタフガイ。それに対し、ジェッシイは「妻ジェンの浮気と離婚でアルコール依存症になり」「精神科医のカウンセリングを受ける(田舎の)警察署長」という設定だ。

 ジェッシイは、一人でいる時は、わびしさ、さびしさだけを漂わす熟年男でしかない。

 誰もいない部屋を見回し、(スコッチを)一口飲んだ。
 「これがすんだら、次は何だ?」空っぽの部屋で声を出した。
 彼は座ったまま、自分が今口にしたことを考えてみた。それからゆっくりうなずくと、かすかに微笑んだ。
 「何もないさ。どうみても何もない」


 しかし、警察署長の仕事に戻り、理不尽な事件に真正面からぶつかっていく正義感は、スペンサーそっくり。ロバート・パーカー独特のかっこいい文体、表現が、このシリーズでもたっぷり楽しめる。

 ジェッシイが署長をしているボストン郊外、パラダイスの街の中学校で突然、女校長のベッツイが生徒たちのパンティ検査をして、親たちが騒ぎだす。

 校長はしつけのためだと言い張る。校長の夫が地元の有力な弁護士であることもあって、地方検事はこの件から手を引くよう圧力をかけてくる。
 しかし、署長は「子どもたちの人権を侵害したことが許せない」。女校長の説明をウソと見破り、本当の理由を知りたいと秘かに捜査する。

 パンティ事件の直後に、女生徒の一人が「両親が街の人たちと、自宅でスワッピングをしている。辞めさせられないか」と相談に来る。
違法ではないのだが、その様子を嫌でも見ざるをえない女生徒や泣いて怖がる弟を"虐待"する親を署長は許せない。

 そんな街に覗き魔が現れ、白昼、家に押し入り、主婦を裸にして写真を撮るまでにエスカレートする。
 こうなると、りっぱな犯罪。署長は女性署員のモリイをおとりに覗き魔犯人を追いつめる。

女校長の事件は、浮気を続ける夫の関心を自分に向けたいためだと分かり、スワッピングを主催していた夫婦は離婚、母親に引き取られたこどもたちは救われた・・・。

 著者のロバート・パーカーは、今年の1月に死去している。
 いつものように朝食をすませ、妻が1時間後にジョッギングから帰ってみると、書斎の机にうつぶせになって死んでいた、という。77歳だった。

 亡くなって1年近くなるのに、著作が出て来るのは原作と翻訳の"時差"がなせるわざでしかない。「夜も昼も」の後に、すでに3冊が売りだされた。
 ジェッシー・シリズの最終作「暁に立つ」(早川書房刊)も、今日7日に発売されるようだ。 
暁に立つ
暁に立つ
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ロバート B パーカー
早川書房
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 この15日。スペンサーシリーズの最新刊が書店に並んでいないだろうかと"夢"みてしまう。

 ロバート・B・パーカーのすべてが分かる「ロバート・B・パーカー読本」(早川書房) 、追悼集の「ミステリー・マガジン 5月号」(同)も読みたくなってきた。「ミステリー・マガジン」の定価は840円。ところが、この号はAmazon経由で古書店から買おうとすると、3000円前後出さないといけない。

 ロバート・パーカーの根強いファンが健在なことを改めて思い知った。

ロバート・B・パーカー読本

早川書房
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2010年8月31日

読書日記「1Q84 BOOK1<4月―6月>」「同 BOOK2<7月―9月>」「同 BOOK3<10月―12月

1Q84 BOOK 1
1Q84 BOOK 1
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村上 春樹
新潮社
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おすすめ度の平均: 3.5
2 ハードカバーで読むほどではない
2 おもしろうて、やがてかなしき・・・
1 リタイアしてしまいました・・・
3 何度も読むべき作品なのか?
5 村上作品は、不思議だ。
1Q84 BOOK 2
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村上 春樹
新潮社
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1Q84 BOOK 3
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村上 春樹
新潮社 (2010-04-16)
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 話題のベストセラーだから、なかなか借りる順番が来ないだろうと買ってしまったのがよくなかった。 図書館で借りた他の本の返却期限に追われて、結局、これらの本は1年から半年近くサイドテーブルでほこりをかぶっていた。

  この夏、友人Mの好意で海辺の温泉で1週間を過ごす幸運に恵まれ、宅急便で送っておいた3冊を一気に読んだ。
 あらすじ?ウーン・・・。「村上春樹 ワールド」は、入り込むと自縄自縛に陥ったまま異次元で遊泳している感覚になり、頭がからっぽになってしまう。

 思いつくままに、読後メモみたいなものを書くしかない。

 この膨大な小説には、2人の主人公がいる。

  1人は「青豆」というスポーツクラブのインストラクターをしている女性。強靭な肉体を持ち、殺人と分からないように人を殺せる特技を持つ。
  その「青豆」が、殺人の仕事をしに行く途中、首都高速道路で渋滞に巻き込まれ、タクシーの運転手に教えられて非常階段を使い高速道路を降りる。

 降りた後「青豆」は、これまでとは違った世界にいることを少しずつ知っていく。
 「警察官の制服がこれまでと違っており、オートマチックの連発拳銃を身につけている」
 「月で米ソが協力して、恒久的な観測基地の建設が進んでいる」
 「本栖湖の周辺で銃撃戦があり、警官3人が死亡した」
  「空には、月が2つ浮かんでいる。1つは黄色(マザ・母)、少し小さいもう1つは緑色(ドウタ ・娘)・・・」

 1Q84年――・・・Qはquestion markのQだ。
    好もうが好むまいが、私は今この「1Q84年に身を置いている。私の知っている1984年はもうどこにも存在しない。今は1Q84年だ。・・・私はその疑問符つきの世界のあり方に、できるだけ迅速に適応しなくてはならない。・・・自分の身を守り、生き延びていくためには、その場所のルールを一刻も早く理解し、それに合わさなければならない。


  もう一人の主役は、予備校の数学講師で小説を書いている「天吾」。「天吾」は、知り合いの編集者からなぞの美少女「ふかえり」が書いた小説「空気さなぎ」を書き直してほしいと頼まれ、それがベストセラーになってしまう。

 「空気さなぎ」に・・・描かれているのは「リトル・ピープル(小さな人)」が出没する世界だ。主人公の十歳の少女は孤立したコミュニティーを生きている。「リトル・ピープル」は夜中に密かにやってきて空気さなぎをつくる。空気さなぎの中には少女の分身が入っていて、そこにマザとドウタの関係が生まれる。その世界には月が二個浮かんでいる・・・。


 この小説に書かれたことが、1Q84の世界で現実に起こっていく。
 「いろんなものごとがまわりで既にシンクロを始めている。・・・そう簡単には元に戻れないかもしれない」


「空気さなぎ」も不可解な物体だが「リトル・ピープル」も「善であるのか悪であるのか」は最後まで分からない。

  そして「青豆」は、会ってもいないのに(たぶん、空気さなぎを通して)「天吾」の子供を妊娠する。   実は「天吾」と「青豆」は、小学校の同級生でずっと「互いを引き寄せ合っていた」仲だった。

  2人は最後の最後になって再会する。そして「1Q84」の世界から出るために、手を取り合って非常階段を登り、首都高速道路三号線に出る。
 夜明けになっても、月の数は増えていなかった。ひとつきり、あの見慣れれたいつもの月だ。


 どこまでも不思議かつ不可解な「春樹ワールド」は終わる。

  世界的なベストセラーになったこの小説について、最近ノルウエー・オスロで行った講演で1つの謎解きをしている。
  「9・11がなければ、米国の大統領は違う人になり、イラクも占領しない、今とは違う世界になっていただろう。誰もが持つ、そうした感覚を書きたかった」

 昨年6月16日付け読売新聞でも取材に答えている。
  「オウム裁判の傍聴に10年以上通い、死刑囚になった元信者の心境を想像し続けた、それが作品の出発点になった」

 小説の各所にオウム真理教エホバの証人ヤマギシ会などを連想させる描写が続き、それがまた読む人の興味をつのらせる。

  中国でも、この本がベストセラーのトップを占めているが、最近の朝日新聞に「首都高速の非常階段が見たい、という中国人旅行者が増えるかもしれない」と書かれていた。異常といえる「春樹」ブームである。

  著者は、兵庫県芦屋市の出身。「ひょっとしてノーベル賞!」という声も大きくなって、私がボランティアをしている芦屋市立図書館打出分室でも、著者についての話題がつきない。
 処女作「風の歌を聴け」にでてくる「お猿のいた公園」は図書館に隣接しているし、この分室自身「海辺のカフカ」にでてくる図書館のモデルとも言われている。「ノーベル賞を取れたら、ここを"村上春樹記念図書館"と改名しようか」と、勝手な井戸端会議は盛り上がる。
風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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おすすめ度の平均: 4.0
5 カリフォルニア・ガールな本
1 物語が見えてこない
1 盛り上がりがなく退屈な小説
3 啓発的で軽快な青春小説
4 結果から言うと
海辺のカフカ〈上〉
海辺のカフカ〈上〉
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村上 春樹
新潮社
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おすすめ度の平均: 4.0
4 ファンタジー...
5 潜在意識という名の迷宮へ
3 よくわからない時代とよくわからない人間のためのわかりやすい作品
5 不完全さの美学。
4 難しいし...


  私も通った芦屋市立精道中学では「先生によく殴られた」と話しているという著者は、ふるさとの声をどう聞くだろうか・・・。

2010年4月17日

読書日記「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」(中村安希著、集英社刊)



インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日
中村 安希
集英社
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おすすめ度の平均: 3.5
4 自分の立ち位置を確かめ、価値観を再検証し直す、正しい旅日記。
2 キャリアパス
4 久しぶりに読んだ旅行記
2 貴重な体験とキャラクターとのギャップが、、
4 日本から遠く離れて


 なにも古希近くなって若者のバックパッカー旅行記でもあるまい、とも思ったが・・・。淡々と書かれた不思議に魅力のある文章と、その土地、土地で出会った人に真正面から向かっていく姿勢に引き込まれ、アッという間に読んでしまった。

 26歳の女性がふと思い立って冷蔵庫を売り払ってアパートを引き払い、23キロのリュックをかついで2年間にわたって47カ国を訪ねた記録。旅行中に発信していたブログ「安希のレポート -現地の生活に密着した旅- 」を本にしたのだが、ブログと本では文章スタイルがまったく違うのがおもしろい。本のほうは、昨年の開高健ノンフィクション賞を獲得している。

 表題は、ケニアのサバンナで出会った一頭のインパラから採っている。
 黄金の草地に足を着き、透き通る大気に首を立て、・・・濡れた美しい目は、周囲のすべてを吸収し、同時に遠い世界を見据え、遥か彼方を見渡していた。


 こんな姿が、旅する著者の思いと重なっているように思える。

 同じケニアでトラックに乗せてもらった時のこと。
 手のひらのマメがいくつか潰れ、パイプで擦れたお尻の皮がついに破れて血が出始めた。黒い雲が張り出してきて雨粒が激しく頬を打ち、・・・パイプの上の人々は、車体の揺れを黙って受け止め、それぞれの時を生きていた。


 途上国の人びとの役に立ちたいと思って来たのに、逆に現地の人に助けられたことがなんどもあった。子どもたちはいつもキラキラと輝いていた。
 国際貢献をしたという実績を残したくて、インドのマザーズハウス(マザー・テレサの家)でボランティアをしたいと思ったが「人手は十分足りていますが、寄付金は有り難く受け取ります」とシスターに冷たく拒否される。
 途上国援助の厳しい現実や極め付けに見える都市の貧困に困惑し、イスラエルやイスラム圏の実態が日本のメディアが伝えるものとはまったく違うことも体験する。

 西アフリカのトーゴからベナンに向かう国境の町では、バイクに乗せてもらった男や国境の役人にだまされ、28キロを歩くはめになった。
 しばらく森を進むと・・・幼児を抱いた地元の女性がどこからともなく現れて、私と抜きつ抜かれつしながら一緒に歩き始めた。・・・彼女は私に微笑んだ。私も微笑んだ。・・・さらに森を歩くと、ポリタンクを持った男性が、後ろから私に追いついてきた。・・・いつのまにか三人は、ペースや呼吸を調和させ、適度な距離や空間と無理のない連帯感を保つことに成功していた。


▽最近読んだその他の本

  • 「ロスト・トレイン」(中村 弦著、新潮社刊)
    ファンタジー小説に接したのは、いつ以来だろうか。
     鉄道フアンの男女2人が、まぼろしの廃線跡を苦労の末に見つける。崩れた廃墟の駅舎が突然、むくむくとよみがえり、とっくに消えたはずの汽車が汽笛を鳴らして、この世とあの世を行き来する。列車を動かしているのは、"森"の力だった。
     巻末の主要参考文献を見て、アッと思った。「写真集 草軽鉄道の詩」(思い出のアルバム草軽電鉄刊行会編、郷土出版社刊)。昨年「没後10年 辻邦生展」を見に軽井沢に行った時、草軽鉄道跡を見たことがある。U型にくぼんだ道路にかぶさるように木々が繁っていた。そうか、作家は、こういう風にイメージを膨らませていくのか!
     世間では「テツ」と呼ばれるらしい鉄道ファンには、たまらない本だろう。

  • 「神社霊場 ルーツをめぐる」(竹澤秀一著、光文社新書)
     芦屋市立図書館打出分室のボランティアをしていて、返ってきたこの本を見つけ、思わず借りてしまった。
     先日、行った熊野三山。平安人がなぜ熊野参りにこったのかがやっと分かった。この本を読んでから行ったら、旅の印象もずいぶん変わっただろう。
     この本にある沖縄の「世界遺産 斎場御嶽から久高島へ」も、ぜひ訪ねてみたい。
  • 「僕はパパを殺すことに決めた」(草薙厚子著、講談社刊)
     この本も、図書館ボランティア中に返本されてきたのを見つけた。
     「エッこの本、借りられるのか」とびっくりした。職員の方によると、発行元からは回収してほしいという要請が来たものの、図書館としては購読希望があれば応じざるをえず書庫に保管している、という。背表紙に、書庫にあるという印の「●」のシールが張ってあった。
     奈良県で起こった少年の父親殺しで、供述調書をそのまま掲載して著者が逮捕(不起訴)されて話題になった。供述調書をまる写しするのなら、ルポルタージュを書く意味も、取材を重ねる努力も必要がなかったのではないか?ルポライターの矜持を越えてしまった作品だと思う。

  • 「駅路/最後の自画像」(松本清張、向田邦子著、新潮社刊)
     松本清張の原作と向田邦子がテレビドラマ用に脚色した脚本を一緒に収納している。
     原作を換骨奪胎して、女の業を描き切った故・向田邦子の発想力に脱帽!


2009年12月27日

読書日記「上機嫌な言葉 366日」(田辺聖子著、海竜社刊)


上機嫌な言葉366日
上機嫌な言葉366日
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田辺 聖子
海竜社
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   「本を読みっぱなしで終わるより、気になる数節をブログに残しておくだけでも」と思うのは、怠惰な自己満足でしかないかもしれない。しかし、なにもしないよりは・・・。今日は、そんな気分。

 この本、なんのことはない。著者が、46冊の自著のなかから抜き出した言葉の花束集である。図書館の返却コーナーに並んでいたのをパラパラめくっていて、なんとなく借りてしまった。

 まえがきに、こうある。
 あはあはと笑いつつ、ふと、あともどりしてページを繰り、あっと思う示唆にめぐりあうときもあるかもしれない。人生、いつも、はずみごころ・・・。


 1月1日から12月31日まで毎日、1行から数行の言葉を並べている。それで、なぜか366日?
 実は「うる年のために」という1節がちゃんと用意してある。なるほど、あはあは・・・。

 私たちはふつう、学校時代の友人を長く持ちつづけるし、また。友人はそこでいちばんできやすい。・・・しかしできやすいい所でできた友人は、また離れやすいのも事実である。


 ほんまに人生で大切なんはなあ、仲のええ人間とめぐりあう、ということだけなんやで。


 老醜というのは、背がかがまったり、皺がふえたり、という外貌的衰退のことではなく、周囲を顧慮する柔軟性や、自分の現在位置を測定する能力のなさをいうのではないかと思い至った。


 近年、定年間近に急に妻から離婚を要求されて狼狽し、怒り悲しむ男が多い・・・・。
 あれは、いまわかった。<人柄の賞味期限>が過ぎたのだ。・・・人柄は修行すれば、いつも旬でいられる。周囲への配慮というのが人間の必要最低限の愛・・・。


  人間はたのしいなあ。いいところがいっぱいある。
 人生は変幻の猫である。
 私はその夢の猫を追いつづけるのである。


・続・「気になる数節」
 「詩の本」(谷川俊太郎著、集英社)

 数か月前に、芦屋市立図書館に予約したが「1週間探したが、あるべき書棚にない」という。やむをえず、あきらめたが、先日改めて予約検索をしてみたらすぐに借りられた。他の書棚にまぎれていたのか、新規購入されたのか・・・。図書館の人たちは、本のことになると一生懸命になるのである。

いまここにいないあなたへ

     いまここにいない あなた
     でもいまそこにいるあなた
     たえずすがたはみえなくても

     おなじひとつのたいようにまもられ
     おなじふかいよるにゆめみて
     おなじこのほしにつかのまいきる あなた

     あなたとことばであいたいから
     わたしはかたる かたりきれないかなしみを
     わたしはかく ことばをこえるよろこびを


 木を植える

     木を植える
     それはつぐなうこと
     私たちが根こそぎにしたものを

     木を植える
     それは夢見ること
     子どもたちのすこやかな明日を

     木を植える
       それは祈ること
     いのちに宿る太古からの精霊に

     木を植える
     それは歌うこと
     花と実りをもたらす風とともに

           木を植える
     それは耳をすますこと
     よみがえる自然の無言の教えに

     木を植える
     それは智恵それは力
     生きとし生けるものをむすぶ


・続・続「気になる数節」
 「神去(かむさり)なあなあ日常」(三浦しをん著、徳間書店)

 この夏のはじめに各紙が一斉に書評に取り上げたこともあって人気が出たのか、先日やっと借りることができた。

 草食系の若者が、三重県の山奥の植林現場に放り込まれて逞しくなっていく青春小説だが、なんだか盛り上がりに欠ける。

 杉林の雪起こし、土の崩れを防ぐための伐採木を使った堰づくり、苗木の植え付け。木の切り出し、雑草の下刈り。林業現場の作業描写。神おろしや、子どもの神隠しなどなど、神秘な山の話しなどもそれなり面白いが・・・。

 ただ、季節が変わるたびに自然を感じる表現には、引かれるものがある。

 水のにおいは、夏が近づくにつれ濃くなっていく。
 いや、田んぼのにおいかもしれない。甘酸っぱくて、しっとりとした重みのある、いつまでも嗅いでいたくなるようなにおいだ。・・・栄養分たっぷりの土と若い緑に、澄んだ水が触れてはじめて生まれるにおいだ。


 ・・・俺は、「あ」と小さく声を上げ、畦にしゃがんだ。
 稲の葉が、根もとから五つに分かれて天にのびていた。最初は雑草みたいだったのに、いつのまにこんなに大きくなっていたんだろう。
 白い霧とともに山から下りてきた神さまたちは、そっと稲に触れ、葉をやわらかく湿らせて、季節を確実に進めていたのだ。


 今までは「あんなもの自然なんかじゃない」と思っていた針葉樹の人工林も、人がつくった稲穂の波も、りっぱな日本の自然の姿なのだと、気がついた。

 「日本の森林で、人間の手が入っとらん場所なんかないで。木を切り、木を使い、木を植え続けて、ちゃんと山の手入れをする。それが大事なんや。俺たちの仕事や」


 「ごるあ、勇気!土を崩して歩いたらあかんねいな!」
 と怒鳴った。「表土は栄養たっぷりの、山の命やで!命を蹴立てて歩くやつがおるか!」


 「・・・手入れもせんで放置するのが『自然』やない。うまくサイクルするように手を貸して、いい状態の森を維持してこそ、『自然』が保たれるんや」


詩の本
詩の本
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谷川 俊太郎
集英社
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神去なあなあ日常
神去なあなあ日常
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三浦 しをん
徳間書店
売り上げランキング: 2280
おすすめ度の平均: 4.5
5 普段行くことはないからこそ・・
5 神去村で暮らしてみたい
4 一気に読みました
5 三重県民は必読です。
5 神去村に行きたい!!!

2009年6月11日

読書日記「時が滲む朝」(楊逸著、文藝春秋刊)

時が滲む朝
時が滲む朝
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楊 逸
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 3.0
3 中国人が書いた日本語小説というジャンル
3 こなれてないのが味わいに
2 芥川賞とブンガクの劣化、ここに極まる
2 申し訳ないが、率直な感想
4 けりがつけれないけど、時が流れる


 ちょっと、ブログを書く時間が空いてしまった。風邪気味が続いた(新型ではありません)こともあるが、何冊か読んだ本はどうしてもブログに書く気にならず、他の本を探したくても情報源の芦屋市立図書館が新型インフルエンザ対応や所蔵図書の整理とかで休館続き。

 しかたがなく、居間のワゴンに1年近く積読してあったこの本に手が伸びた。しかも読んだのは、表題の単行本ではなく「芥川賞受賞全文掲載」と銘打った文藝春秋2008年9月特別号(790円)。JR芦屋駅近くの書店に在庫として残っていたのを「安いからマーいいっか」と買っておいたものだ。

 読み終えたのは、たまたま天安門事件20周年の前日だった。著者楊逸(ヤン イー)さんインタビューに答えて「あの事件(天安門事件)のことを書きたいと思いました」と答えている。中国の民主化運動というテーマに取り組んだ重―い本と思ったが、中国の若者の生きざまと苦悩を描いた青春小説だったのは意外だった。

 1980年代に中国西北部の農村に育った主人公は、親友と一緒にあこがれの大学で入学。日干し煉瓦で造られた家でなく「階段のある家に住みたい」という憧れは、大学の宿舎に入って実現する。しかし部屋は4組の2段ベッドだけでいっぱい。学生たちは、夜明けとともに公園のベンチで勉強、友人が持ち込んだテープから流れるテレサ・テンの「甘く切ない」"ミー・ミー・ジー・イン(中国語でみだらな音楽の意)"に感動し「口のなかに大量分泌された唾を思い切り飲み込んだ」りする。

 なにか明治か大正時代の小説を読むような、ういういしい青春風景である。

 有志で作った文学サロンで、北京の学生の間で始まった民主化運動を知る。

 
「民主化って何ですか?」
 「つまり、中国もアメリカのような国にするってことだよ」
 「アメリカみたいな国?どうして?」
 「今、官僚の汚職が多いからでしょ・・・」


 市政府前広場での連日の「集会、デモ行進、時には座り込み、ハンスト・・・」
 
「これからは、政府にどんな要求をするのですか」

 「もちろん民主化するように」

 「どうすれば、そうなれるんですか?」

 「欧米国家みたいに与党があって、野党があること。互いに監視しあい牽制するからこそなれるんだ、一党支配のままじゃ独裁国家だ」

 ・・・

 「へえ」皆初耳だったが、納得した気になった学生たちの目からは、気だるさがすっかり消え、希望が満ちてきた。


 しかし、天安門事件が起こる。主人公はやるせない思いで酒を飲みに出かけた食堂で労働者とけんかをし、大学を退学になる。

 残留孤児の娘と結婚して来日するが、北京五輪に反対運動をしても周りに受け入れられず、苦い挫折が続く。

 日本語を母語としない作家が芥川賞をとったのは、初めてだという。前作の「ワンちゃん」よりは、かなりいい日本語になったらしいが、文中にはちょっと気になる記述がみられる。

 夜空に雲をくぐりながら、楽しそうな表情の三日月に見つめられているとも知らずに。ひたすら前に進むと、風と水とが奏でる音が聞こえてきた。

 大きな澄み切った目は、山奥の岩石の窪みに湧いた泉のようで、黒い眸は泉に落ちた黒い大粒のぶどうの如くに、しっとりとして滑らかである。


 「白髪千丈」の国の人が日本語を書くとこういう表現になるのかと、いささかあ然としてしまう。

 月刊・文藝春秋2008年9月特別号には、選考委員による「時が滲む朝」の「芥川賞選評」が載っている。
 石原慎太郎は「単なる通俗小説の域を出ない」と酷評し、村上龍は「日本語の稚拙さは・・・前作とほとんど変わりがない」と受賞に反対している。宮本輝も「表現言語への感覚というものが、個人的なものなのか民族的なものなのかについて考えさせられた」と書く。
 一方で夏澤夏樹は「中国語と日本語の境界を作者が越えたところから生まれたものだ」と評価している。

 著者は、芥川賞受賞記者会見(動画)で「好きな日本語は」と聞かれ「土踏まず」と答えている。足の裏のあのくぼんだところだ。

 おもしろい感覚と思う。これまでの日本語表現を越えたジャンルを切り開いていくのかもしれない。

 ▽余録・村上龍が語る「時が滲む朝」受賞裏話VTR(右下の楊逸さんの写真をクリック)

2009年4月28日

読書日記「少年譜」(伊集院静著、文藝春秋刊)


少年譜
少年譜
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伊集院 静
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 5.0
5 やっと読むことができた「トンネル」

 文芸評論家の北上次郎が、読売新聞の書評やNHK・衛星放送の番組「週刊ブックレビュー」で、この本を激賞していた。
 その番組を見て、芦屋市立図書館公民館分室にあるのをホームページで確認、午後になって借りに行ったら、すでに貸し出しずみ。油断大敵でした。それでもなぜか翌日、借りることができた。

 北上次郎によると、著者・伊集院静は「少年小説の名手」だという。そういうジャンルが本当にあるかどうかは知らない。だが〝少年〟をテーマにしたこの短編集は、静ひつでいて、凛とした情緒にあふれている。そのうえ、なにか洗練されたセンスの良さも感じさせてくれる文章である。

 ・「少年譜 笛の音」

 捨て子を養子にした老夫婦に育てられ、寺で修行していた少年・申彦はふとした縁で植物生態学の権威である博士の養子にと請われる。少年は養父母と一緒に生きたいと願うが、少年の将来を願う養父母や寺の和尚にさとされて東京に行き、苦労を重ねながら植物学者として大成する。
 申彦博士は、久しぶりにふる里を訪ねて養父母の墓に参り、義父が作ってくれた横笛を吹いた。
 陽が傾きはじめたのに気づき、博士は立ち上がると、もう一度ゆっくりと墓石を見つめ、かすかに微笑み、山道を下りていった
 やわらかな山の風が博士の背中にやさしく吹きよせていた


 ・「古備前」
  鮨屋として独立したイサムのもとに見習いで入った少年・悠(ユウ)は、イサムが独立した時に人間国宝の陶芸家から送られた古備前の器を誤って壊してしまう。
イサムはカウンターに入ると、悠の肩をそっと叩いた。・・・
『ユウ、欠けらを拾おうか』
イサムはそう言って悠としゃがみ込んだ
悠の肩が震えていた
『職人は人前で泣くもんじゃない』
悠の涙は止まらなかった

 イサムは、小学校時代に学校の大切な壺を壊してしまうが、校長先生がやさしく許してくれたことを思い出していた。

 各篇に共通している座標軸は、一心不乱に人生に挑戦する少年と、その少年を自らの幼少体験を大切にしながら見守る大人との交流ということだろうか。
 直木賞作家である著者は、朝日新聞書評欄のインタビューでこう話している。
 子供は国の宝。血がつながっていなくても大人みんなの宝という発想が必要
 自我が確立する少年期で最も学ぶべきは、他人の痛みを共有できるかどうか。だがその痛みがいや応なくやってくるのが人生。そのことを書きたかった


 この本の題字、著者名、各編のタイトルは、のびやかな書体で書かれている。それが、文章のリズムと不思議にマッチし、心をなごませる。
 女流書道家・華雪の作品である。

 ・余談・本屋大賞のこと。

 今年の本屋大賞で2位となった「のぼうの城」(和田竜著、小学館)をやっと図書館から借りることができた。
 なぜかえらく評判が高くて購読希望者が殺到、借りられるまで半年以上待たされたが、読後感は「おもしろくないとは言わないけれど、ウーン」という感じ。
石田三成の大軍を苦しめた北条氏配下の城をまかされた「のぼう様(でくのぼうの愛称という)」の人物設定、戦略はそれなりに楽しめるが、なにかもうひとつ盛り上がりに欠ける。

どうも最近の本屋大賞は、出版社と大手書店が共同で繰り広げる多彩な宣伝で売れた本が選ばれる傾向があるようだ。
今年の1位になった「告白」(湊かなえ著、双葉社)にいたっては、出版社と首都圏の書店員が「湊かなえプロジェクト」というチームを立ち上げ、その会議の結果で表紙、タイトルまで決めた、という。芦屋市立図書館の購読申込者を先日見てみたら、176人。借りれるまで、数年はかかりそうだ。過熱人気も、ここまでくると、いささか鼻につく。

 本屋大賞はこれまで、小川洋子の「博士の愛した数式」(新潮社)や恩田陸の「夜のピクニック」(新潮社)など、すばらしい作品を選んできた。だが、来年からはちょっと眉につばをつけて、用心しながら見ていこうという気になる。

のぼうの城
のぼうの城
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和田 竜
小学館
売り上げランキング: 866
おすすめ度の平均: 4.0
3 本屋が薦めるのって......
2 お高いラノベ
4 読者層を選ばない
3 新世代の時代小説
5 乗り出したらやめられない

告白
告白
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湊 かなえ
双葉社
売り上げランキング: 108
おすすめ度の平均: 3.5
1 嫌悪感だけが残った
1 第一章は素晴らしいが・・・・
4 現代社会へのアンチテーゼ
3 本屋大賞には。。。
3 もう一章「執筆者」を足しては?

博士の愛した数式 (新潮文庫)
小川 洋子
新潮社
売り上げランキング: 6388
おすすめ度の平均: 4.5
5 「ああ、静かだ」
5 胸にじわっとくるのもありよね。ちょっとしんみりしたい、本。
5 やさしい気持ちになりました。
2 陳腐
5 大好きな本です。

夜のピクニック (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
売り上げランキング: 6405
おすすめ度の平均: 4.0
1 苦痛!
5 後味の良い小説
5 事実は小説より奇なり
5 歩行祭というイベントが青春時代の想い出とマッチしていた
5 青春小説


2008年12月 2日

読書日記「小銭をかぞえる」(西村賢太著、文藝春秋)

 なんとも風変わりな作家に巡り合ってしまった。

 すでに4冊の著作を出しているらしいが、すさまじい貧乏物語、底辺小説である。

 「格差社会」が社会現象になり、小林多喜二の「蟹工船」の復刊版がベストセラーになる風潮が背景にあるのだろうか。

 「私小説の救世主」とか「骨太な私小説作家」とか、呼ばれているらしい。

 略歴によると、著者は中卒ながら、いくつかの芥川賞候補作を書いている。一方で、藤澤清造という、昭和7年に東京・芝公園で凍死体として発見された破天荒な小説家にほれ込み、その全集(全5巻、別巻2)を個人編纂、刊行の準備をしている、不思議な人物。

 表題作の「小銭をかぞえる」では、この「藤澤清造全集」を刊行する資金を得るために、何人もの知人に金をせびりに回って罵倒されてケンカ別れする"私事"が延々と続く。

 そして、同棲している女性を「怒鳴りつけ、喚き散らし、半ば恫喝するように嘆願、押し問答を繰り返して何とか説き伏せて」その父親から借金をするのを承諾させる。

 しかし、借りることにした50万円のうち20万円は自分の小遣いにするつもりだった賤しい心根を見透かされ、大ゲンカをしてしまい、結局"小銭"すら手にすることができない。

 ケンカした女性とのことを著者は、こう結ぶ。
ひとりになった途端、自ら予期していたとおり彼女に対する憫然の情が激しく噴出してくるのである。但、それは先程の涙を浮かべてジャラ銭を漁っていた、女の惨めであさましい姿に、何か私自身のケチな稟性、もう腐っているのかも知れぬいがんだ性根を図らずも見たような寂しさを感じた故の、所詮は自己愛にすぎぬものだったかもしれいない


 もう1篇の「焼却炉行き赤ん坊」も、ぬいぐるみを溺愛する彼女ととのいさかいが悲惨な結末を迎える話し。

 読んだ後、ふと気づくのである。「著者の心情にひかれるのは、読んでいる自分自身がなんとか隠そうとしている自虐的な本性とそっくりなせいかもしれない」。私小説が、いつの時代もすたれないのはそのせいなのかと・・・。

  「あとがき」に、こうある。
「『小銭をかぞえる』は昨夏、八月に丸十日間を費やし、半ばヤケな了見でもってものにした。『焼却炉行き赤ん坊』は今年三月下旬から四月初めにかけ、寒いので主に布団の中で腹這いながら記したものである」「ともに発表の場も定まらぬまま・・・」


 著者の「どうで死ぬ身の一踊り」という本もおもしろいらしい。芦屋市立図書館のホームページで見ると、一般書架にあるようだ。この本を返しに行った時に借りてみよう。

   最近、読んだ その他の本
  •   「森の力」(浜田久美子著、岩波新書)
     著者は、精神科のカウンセラーを経て、木の持つ力に触れたことから森林をテーマにした著述業に転じた人。
     第1章は、幼稚園児を森で育てる「森の幼稚園」のルポ。森で野放しにすると「遊ぶときと落ち着くときの緩急がつけられるようになる」「森を利用すれば本当に大人が楽になれる」という話しが印象的だ。
     山梨県清里にあり、このブログでも書いた映画「西の魔女が死んだ」のロケハウスを管理している財団法人キープ協会も、週末や長期の休みを利用して、森を利用して幼稚園児を育てる活動をしているらしい。
     第5章には、我が家でも使っている「ペレットストーブ」用のペレット(間伐材などを2センチ前後の形に乾燥成形したもの)について「石油に代わるエネルギーとしての位置づけが明確にある」という記述がある。本当にそこまでいくかどうかは、いささか疑問だが「ペレットストーブ」は、なかなかいいものです。

     手入れ不足の森を再生し、外材依存の体質から、どう抜け出すか。この本は、森を蘇らせる様々な活動を紹介しながら、森の国・日本を見直す勇気を与えてくれる。


小銭をかぞえる
小銭をかぞえる
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西村 賢太
文藝春秋
売り上げランキング: 68115
おすすめ度の平均: 3.0
4 洗練か堕落か
1 小銭を捨てた
4 なんとも言えない味わい


どうで死ぬ身の一踊り
西村 賢太
講談社
売り上げランキング: 29626
おすすめ度の平均: 4.0
5 自棄糞文学の誕生
5 端正な文章
4 仕上がったら、ドメ男
1 厚顔な男に辟易した
4 私小説


森の力―育む、癒す、地域をつくる (岩波新書)
浜田 久美子
岩波書店
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おすすめ度の平均: 5.0
5 森と人の共生で健やかになる


2008年11月11日

読書日記「菜菜ごはん」「ますます菜菜ごはん」(カノウユミコ著、柴田書店)


 3年前に女房を亡くしてから月に1回だが、料理教室に通いだした。

 レシピ、特に調味料のさじ加減を間違わないとしっかり、ちゃんとしたものができる。ちょっと料理がおもしろくなってきた。しかし先月、ハンバーグの付け合わせに作った「人参のグラッセ(人参の砂糖、バター煮)」には、いささか辟易した。もっと素朴な野菜料理が食べたくなる年齢なのに。

 ニューヨークに野菜料理の勉強に行っている次女が先日、一時帰国。紹介してくれた数冊の本の一つがこれ。「菜菜」は「なな」と読むのだそうだ。

 二女は外では肉や魚を食べることはあっても、作る料理は野菜が基本(ブログ「ニューヨークベジ生活」だそうだが、この本も「野菜・豆etc・すべて植物素材でつくる満足レシピ集」とある。それでも、本棚にあるいささか精進料理くさい「粗食のすすめ」(幕内秀夫著、東洋経済新報社)のレシピ集(春夏秋冬ごとに4冊)より、魅力的な料理が並んでいる。

  • キャベツの豆腐ソースグラタン
      キャベツとマッシュルーム、長ねぎを炒め、塩で下味。ミキサーにかけたリーブ油、レモン汁のソースをかけ、パン粉をふってオーブンで焼く
  • 大根の塩味グリル
      オリーブ油と塩をまぶした大根の表面ににんにくをのせ、天板をはさんでオーブンで焼く
  • 大豆のパエリア
  • 油揚げの焼き豚風
  • アスパラとエリンギの酒かすソースグラタン
  • セロリの葉と納豆のチャーハン
  • 万能ねぎのとろろ焼き
  • もやしのベトナム風お好み焼き


 カラー写真の出来もよいのだろう。見るからにおいしそうなのがいい。レシピが簡単で、ちょっと作ってみたくなるのもいい。
 この2冊。芦屋市立図書館に申し込んだら、最初の「菜菜ごはん」は三田市立図書館がから回ってきて、後の「ますます菜菜ごはん」だけ芦屋の図書館にあった。それだけ、借りられるまで時間がかかった。よく分からない仕組みだ。

最近、読んだ本
    •   「ボックス」(百田尚樹著、太田出版)  
      この著者の本を、このブログに書くのは「永遠の〇」「聖夜の贈り物」に続いて3冊目だが、いささか拙速感が・・・。
       高校ボクシング部を取り上げた青春小説だが、ストーリーの盛り上がりは、もう一つ。表題の「ボックス」というのは「レフエリーの"戦え"という合図」という説明から始まって、ボクシングのテクニックの紹介に多くのページが割かれる。
       「エピローグ」で、ボクシンブの顧問でこの小説の語り部役だった女性教師がつぶやく。
      ――その時、誰もいないリングに風が吹いたような気がした。・・・『あの子は・・・風みたいな子やった』

       そう、そんなさわやかさはたっぷり味わえる。
       文中に「英和辞書で『science』を引くと『ボクシングの攻防技術』と書かれていた」という記述がある。これは、知りませんでした。私の電子辞書には載っていなかったけれど。


    •   「詩のこころを読む」(茨木のり子著、岩波ジュニア新書)
        スタジオ・ジブリのプロデューサである鈴木敏夫氏が著書「仕事道楽」のなかで「宮崎駿監督に勧められた」と書いている本。
       茨木のり子という詩人は気になる作家だったが、当方は根っからの散文的人間。昔から、詩というものがサッパリ分からずにきた。読んでみたが、やはり詩が分からないことを再認識した。
       ただ、引用された詩への茨木のり子の静ひつさに満ちたコメントが分かりやすい。「詩というのも、いいものだな」。ちょっと、そう思えた。


    •   「折り返し点 1997~2008」(宮崎駿著、岩波書店)
       「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」から、最新作「崖の上のポニョ」完成までの、企画書、エッセイ、インタビューなどを収録したもの。「仕事道楽」と一緒に借り入れの申し込みをしたのが、やっと手元に届いた。
       同時に何冊かを借り、返却期限が迫ったので、500ページのほとんどを読めなかった。そのなかで、2001年の「千と千尋の神隠し」の記述から、気になった箇所をいくつか。
       かこわれ、守られ、遠ざけられて、生きることがぼんやりしか感じられない日常のなかで、子供達はひよわな自我を肥大化させるしかない。千尋のヒョロヒョロの手足や、簡単にはおもしろがりませんよウというぶちゃまくれの表情はその象徴なのだ。けれども、現実がくっきりし、抜きさしならない関係の中で危機に直面した時、本人も気づかなかった適応力や忍耐力が湧き出し。果断な判断力や行動力を発揮する生命を自分がかかえていることに気づくはずだ

        『現実を直視しろ、直視しろ』ってやたらに言うけれども、現実を直視したら自信をなくしてしまう人間が、とりあえずそこで主人公になれる空間を持つっていうことがフアンタジーのだと思うんです

         ――両親をなぜ豚に変えてしまったのですか
       千尋が主人公になるために邪魔だったからです。『はやくしなさい』の連呼とかフレンドリーにご機嫌をとる両親の下では、子供は自分の力を発揮できません

       ――豚になった千尋の両親たちは、自分が豚になっていたことを覚えているのでしょうか
       覚えてないですよ。不景気だ、エサ箱が足りないって今もわめきつづけているじゃないですか


    菜菜ごはん―野菜・豆etc.すべて植物性素材でつくるかんたん満足レシピ集
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    3 再度レビューします
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    5 驚きました
    5 これは感激
    5 動物性,砂糖ゼロのアイスにびっくり

    ますます菜菜ごはん―野菜・豆etc.素材はすべて植物性楽しさ広がるレシピ集
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    2 一般人には不向き?
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    5 図書館で借りて二日間(3時間半)で読了
    4 おもしろいおもしろい
    5 名作マンガ「ピンポン」と「柔道部物語」をあわせて読んだ感じ
    5 カタルシスは訪れない。
    5 今年のマイベスト!

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    5 ずっと手元に置いておきたい本です
    4 すばらしいのだと思います。
    5 小さな宝物のような本
    5 詩・文学への優しい優しい招待状

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    4 「もののけ姫」「千と千尋」まで
    5 子供のために
    5 12年間に渡る作品の軌跡


    (追記)
    読書日記「菜菜おつまみ②」(カノウユミコ著、柴田書店)=2011年6月17日
     先日、JR芦屋駅前の市立図書館大原分室に行ったら、返却棚でこの本を見つけ"衝動借り"してしまった。

     「菜菜ごはん」を買ったのがもう2年半も前だったのに改めて驚いたが、この「おつまみ」編にも、魅力的野菜料理が並んでいる。

     例えば、半分に切って焼いた米ナスに、とろろとオリーブ油、レモン汁、ネギの小口切りを合わせたソースをたっぷりかけた「焼き米ナスのねぎとろろがけ」。「マーボかぼちゃ」に「焼きごぼうのみそ添え」「いんげんの塩蒸し」・・・。

     蒸したブロッコリーに、充填豆腐などのソースを合わせて「ブロッコリーのベジマヨネーズサラダ」は、昨夜のビーフシチューのすばらしいわき役となった。

     最近、干し野菜にいささかこっているので「きゅうりの天日干し、カレー炒め」は、プランターのきゅうりがそろそろ食べごろなので、さっそく試してみよう。
     簡単なピクルス、漬物類に挑戦してみるのも楽しみだ。

2008年10月28日

読書日記「中国 静かなる革命」(呉軍華著、日本経済出版社)


 北京オリンピックの前後から急に中国論の出版が目立ってきた。一般紙の書評欄に取り上げられたものを、書名だけ列記してみてもこんなにある。
「幻想の帝国」「中国低層訪談録」「不平等国家 中国」「中国社会はどこへ行くか」「トンデモ中国 真実は路地裏にあり」「和諧をめざす中国」「愛国経済」「中国の教育と経済発展」・・・。

 いわゆる「中国崩壊論」をめぐるものが多いようで、読む気になる本は少なかった。そのなかで、この本に興味を持ったのは、表紙のサブタイトルに「官製資本主義の終焉と民主化へのグランドビジョン」とあったからだ。

 このブログで先に取り上げた「中国動漫新人類」でも、近未来での中国の民主化の可能性を示唆していたが「民主化へのグランドビジョン」を教えてくれるというのは、極めて魅力的だ。芦屋市立図書館で探したが、新刊本なので在庫なし。購入申し込みをしたら、予想外に早く借りることができた。

 最初の「謝辞」を見てびっくりした。「真っ先に感謝の意を表したのは柿本寿明日本総合研究所シニアフエロー」とあるのだ。柿本さんは、私が現役の新聞記者時代に多くの示唆をいただいたバンカー・エコノミスト。著者は、その柿本さんから長年指導を受けた中国人エコノミストで、2児の母。先日、たまたまお会いした三井住友銀行の某首脳も「日本総研が誇るチャイナ・ウオッチャー」と絶賛されていた。

 この本の結論は「まえがき」にほぼ書きつくされている。

 「中国崩壊論」はすでに崩壊しているという楽観論を示した後、中国で「2022年までに共産党一党支配の現体制から民主主義的な政治体制に移行」という"革命"が起きる、と断言しているのにまずびっくりする。
 社会主義市場経済という名のもとで、中国はこれまで共産党・政府という官のプランニングによって改革を実施し、官とその関係者が恩恵の多くを享受するような『官製資本主義』的改革を進めてきた

 しかし実際の中国では、腐敗の浸透や所得格差の拡大、社会的対立の先鋭化といった問題が深刻化・・・共産党は背水の陣で政治改革に臨まなければならないところまで来ている


 それでは、2022年までに政治改革という名の"革命"を起こすのは、一般市民や学生なのか。そうではないらしい。

 著者は、ポスト胡錦濤体制では、これまでとは「異質」なリーダーが指導部入りをはたすと予測する。

 彼らは、改革開放後の中国や海外で高等教育を受け、自由や平等、人権尊重といった民主主義の理念を自らの生活体験を通じて実感している。

 文化大革命時代に青春を過ごした彼らは「知識青年」として農村に送り込まれ、中国、個人の将来を深く思考し続けてきた。
 2012年には、時代の流れを正しく読み取り、理想主義的で使命感の強いリーダーが誕生する可能性が高い。そして、中国共産党はこのリーダーの任期が満了する2022年までに、民主化に向けての本格的な政治改革に踏み切ると予想される

 あまりに楽観的すぎる感もあるが、なんとも明確かつスッキリしていて、分かりやすい結論だ。

 第六章にある「(共産党・政府)中堅幹部の政治意識」というアンケート調査がおもしろい。
  1. 「現体制の民主化水準に不満足」と答えたのが62・8%
  2. 望ましい政治制度として民主主義を選んだのが67・3%
  3. マスメディアに訴えるのは憲法で保障された国民の権利と答えたのは73・0%
  4. 多党制が社会的混乱をもたらさないという答えが50・0%で「もたらす」(35・8%)を大きく上回っている。


 著者によると、中国の中央党校(高級幹部を養成する中央レベルの学校で、最も影響力のある政策立案研究機関)では、シンガポールやスウエーデンの政治システムの研究が進められているし、アメリカの選挙やブータン王国の議会制民主主義への移行に関する報道も目立つという。

 著者は最後に言う。「中国は今後、どのような戦略で民主主義的体制『和諧社会主義』に向けて移行していく可能性が高いかを見極めなければならない」

 「和諧」というイメージが、もうひとつつかみ切れなかったが、現体制のなかでも、現状打破へのマグマが盛んにうごめいていることを感じ取れる新鮮な本だった。

著者へのインタビューと近影

最近、読んだ本
  •    「月曜の朝、ぼくたちは」(井伏洋介著、幻冬舎)
     大学を卒業して7年、30歳目前の元ゼミ仲間の人生模様。合併された銀行で悪戦苦闘する北沢、上司やユーザーの理不尽な叱責に会う人材派遣会社の里中、友人のアイデアでベンチャー企業支援のコンテストに合格しながら、出資希望者(資本家)の横暴を知って逃げ出す亀田。なんとなく「分かる、分かる」と声をかけたくなる。もう関係のない世界だけれど、なにか、なつかしさを感じてしまう小説。
     2003年もののロゼシャンパン「ランソン」、ベルギービールの「デュベル」「シメイブルー」、ブラックベルモット、モルトウイスキーの「ストラスアイラ」・・・。最近の若いサラリーマンって、いい酒を飲むんだなあ!


  •   「人生という名の手紙」(ダニエル・ゴットリーブ著、講談社)
     四肢麻痺患者として車いす生活をする精神科医の祖父が、自閉症の孫に送る「人生 知恵の書」。

     「人は本当は何に飢えているのだろう?それは安心感と幸せだ。真の安心感は自分自身に満足した時にだけ手に入る。誰かと愛し合い、理解し会う関係を築けば、その感覚はさらに強くなる。真の幸せは、充実した人生がもたらす『ごほうび』なのだ」


  •   「金田一京助と日本語の近代」(安田敏朗著、平凡社新書)
    「アイヌを愛した国語学者」という、これまでの社会イメージを「これでもか、これでもか」と覆すことを試みた驚愕の書。
     1954年、天皇にご進講をした内容にについて、当時の入江侍従はこう回想する。「(金田一)先生のお話は、日本語がアイヌ語に与えた影響はたくさんあるけれど。逆にアイヌ語が日本語に与えたものは、非常に少ない。つまり文化の高い民族は、その低い民族からは影響を受けないものである。こういう趣旨のことをかなり詳しくお述べになり・・・」


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4 金田一京助像の書き換えを迫る