神社アーカイブ: Studio YAMAKO

2025年7月24日

川越散策 ① 菓子屋横丁、蔵造りの街並み 2025年5月28日 埼玉県川越市

5月28日、友達と5人で川越へ行く。
 4月2日に幸手権現堂桜堤の桜と菜の花、古河公方公園のハナモモを見る日帰りバスツアーで、1時間ほど川越の蔵造りの町並みを歩いてきたのだが、今回の川越観光は昨年暮れに、来年は川越に行こうと友人たちと決めたことだった。
 川越で鰻を食べることもその目的であったが、鰻を食べる店を決めて、予約をするのが私の役目だった。何人かの"川越通"の方々に意見を聞いたが、推されたのは「小川菊」だった。予約は1週間前の10時から受付けられるが、その日に「小川菊」電話したところ、話し中でなかなかつながらない。何回かかけて、20分ほど経ってつながり、予約できた。正午に予約しようとしたが、昼の時間の予約は11時からの席のみだった。

 友人の一人が、川越に詳しかった。集合時間や場所、この日の散策のコースを計画してくれた。
 池袋8時30分発の東武東上線急行に乗って、川越に着くのが9時5分、改札を出たところで集合する。副都心線などを利用して、いろいろな行き方がある。私たち夫婦は、杖を突くかみさんと、方向音痴の私なので余裕をみて、池袋を8時15分に出る急行に乗った。
 無事、集合し、川越駅前からバスに乗り、札ノ辻で下車。そこから菓子屋横丁→蔵造りの街並みを歩いて、時の鐘・りそなコエドテラスを巡って→大正浪漫夢通りに。そこに鰻の老舗「小川菊」があった。

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りそなコエドテラスの2階から眺めた蔵造りの街並み 2025年5月28日 川越市 蔵造りの街並

001_250528008 X900 川越菓子屋横丁入口 G7X.jpg 1.「菓子屋横丁」入口
バスを札ノ辻で降り、交差点を西へ歩く。しばらく行くと左手に「これより菓子屋横丁」という表示があったが、ここは左に入らずにまっすぐ進む。。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 9mm ISO125 )
002_250528012 X900 川越菓子屋横丁 G7X.jpg 2.「菓子屋横丁」の案内図
案内図にある焼き団子の「池田屋本店」などの前を通ってこの案内図のところに出た。ここから左へ入る。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO125 )
003_250528014 X900 川越菓子屋横丁 G7X.jpg 3.「菓子屋横丁」
カルメ焼きの「吉仁製菓」と、川越名物「小江戸蔵まんじゅう」の店の間の横丁をまっすぐ北へ進む。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO125 )
004_250528015 X900 川越菓子屋横丁 G7X.jpg 4.「大黒棒 (麩菓子)」
横丁が突き当たる手前の左側の店先に「大黒棒」というのが並べられていた。ここは小江戸茶屋という駄菓子屋さんだ。ホームページには、「昔懐かしい駄菓子から、サツマイモを原料としたお菓子はもちろんのこと、遊び心溢れたとても長い麩菓子「大黒棒」を川越菓子屋横丁で初めて販売開始。今では数種類の長い麩菓子が川越のあちらこちらで見かけるようになり、川越菓子屋横丁の風物詩になりました。」と書かれていた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO125 )
005_250528016 X900川越菓子屋横丁 G7X.jpg 5.風情のある建物
大黒棒の店の角を左に曲がる。蔵造りではないが古い木造の店が並ぶ。左側に「彩香」という漬物と菓子の店、その向こうに昔の技を今に伝えるという組みあめ「玉力製菓」、右側には麩菓子の「松陸」、ベーゴマも売っている芋菓子「よしおかYA」、手作りの飴玉各種「松本製菓」、川越わらび餅などの「菓匠右門」と、さすが菓子屋横丁というだけある店が並んでいた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 21mm ISO160 )
006_250528021 X900 川越菓子屋横丁 G7X.jpg 6.新しい店
突き当りを左へ行くと、店内の照明も明るい新しそうな菓子店があった。2人の女性が店の前で客を招き入れていた。今年の2月にここに川越店としてオープンし、同じ名称の店が2023年11月に京都伏見にオープンしている。川越に8店舗を持つ、株式会社寺子屋という土産物を販売する会社の経営だそうだ。2.の写真の菓子屋横丁案内図にはない。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
007_250528032 X900 まつり会館裏 G7X.jpg 7.「川越まつり会館」の裏手
菓子屋横丁を出る。これから行く川越蔵造りの街並みの通りに川越まつり会館がある。菓子屋横丁の蔵造りの街並み(一番通り)と並行する菓子屋横丁の側(寺町通り)からその後ろ側を見たところだ。毎年10月の第3土日に行われる川越まつりの山車の収納庫があるようだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 37mm ISO125 )
008_250528035 X900 札ノ辻 G7X.jpg 8.「蔵造りの街並み」 北側の始まり
札ノ辻の交差点に戻り、右(南)へ。ここから一番街の蔵造りの町並みが始まる。小江戸川越ウェブというサイトには、「江戸時代、川越藩主松平信綱の町割りによって、通りに店が向かい合う形の家並みができあがったが、度重なる大火のため幕府がかわらぶきを奨励し、火事に強い建物として江戸の町で土蔵造りが流行した。これによって商業で江戸と結び付きが強かった川越でも、蔵造りの商家が建つようになった。 現在の蔵造りの多くは、川越大火後に建てられたもので、今も30数棟が残る。大正12年、関東大震災やその後の戦災によって東京の蔵造りが姿を消したこともあり、江戸の景観を受け継ぐ重要な歴史的遺産として、「時の鐘」をはじめとするこの一番街周辺は、平成11年12月1日に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。」と説明されている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 30mm ISO125 )
009_250528039 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み G7X.jpg 9.「大澤家住宅」
南に向かって歩き始めてすぐに、左側に「大澤家住宅」があった。今は「小松屋」という屋号だが、店内は江戸時代の呉服屋のおもむきを残している。 和小物を中心に山車のミニチュア、時の鐘ストラップ等 川越の民芸品の店である。まだ開店前の店の中を覗き込む観光客の姿があった。wikipediaによれば、この蔵造りの建物は、寛政4年(1792年)の建造で、の川越大火(1893年)の焼失を免れた川越最古の蔵造りで、現存する関東地方最古の蔵造りでもある。国の重要文化財の指定を受けている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 18mm ISO200 )
010_250528041 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み 路地 G7X.jpg 10.路地 建物の壁
路地があって、その建物の壁が印象に残った。これは出格子(でごうし)または千本格子と呼ばれる伝統的な建築様式の一種で、特に川越の蔵造りの町並みでよく見られるものだそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 16mm ISO125 )
011_250528047 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み G7X.jpg 11.「時の鐘」付近
川越のシンボルである「時の鐘」は蔵造りの街並の一番街の通りには面していない。大澤家住宅のちょっと先を左に入ったところの左側にある。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 )
012_250528049 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み G7X.jpg 12.蔵の街にも
蔵の街にもこんな店があった。川越を観光する人たちは、若いお嬢さんがたも多い。写真で見ると、この店は、川越に8店舗ある株式会社寺子屋さんの「みっふぃーベーカリー」のようだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1250秒 11mm ISO125 )
013_250528050 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み G7X.jpg 13.「蔵のキッチン&ベーカリー」
お店には「みっふぃー蔵のキッチン&ベーカリー」と書かれた看板が掛けられていた。これも、これからの蔵の街での生き方だ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 11mm ISO125 )
014_250528052 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み G7X.jpg 14.店じまい
「明治・大正・昭和・平成・令和と長きにわたり、あきないを続けてまいりましたが、高齢の為、令和六年十二月末日にて店を閉じることにいたしました。今までのご愛顧を心から感謝申しあげますと共に、ご迷惑をおかけすることを深くお詫び申し上げます。」という張り紙がされていた。「松岡種苗店」という種子屋さんの、歴史が沁み込んだ貫禄のある立派な板の看板である。中を覗いてみると、まだ、商品の種の袋などが並んでいた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO320 )
015_250528059 X900 札ノ辻から 時の鐘 G7X.jpg 15.「時の鐘」
通りの右側に「川越まつり会館」がある辺りを左に入ると、「時の鐘」が現れた。wikipediaによると、「川越の蔵造りの街並みを代表する観光名所で市のシンボルとなっている。地元では鐘撞堂(かねつきどう)と呼ばれることが多い。3層構造の塔で、高さは16m。古くは鐘撞きが決まった時間に時を知らせていたが、現在では自動で1日4回(午前6時、正午、午後3時、午後6時)川越城下に時を知らせている。」と解説されていた。前の道が広くないので、全体を入れて撮る構図が難しい。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/1250秒 9mm ISO125 )
016_250528060 X900 札ノ辻から 時の鐘 G7X.jpg 16.「薬師神社」
「時の鐘」の塔をくぐって中に入ると、「薬師神社」の境内になっていた。神社は病気平癒、特に眼病に対してご利益があるとされる。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 37mm ISO125 )
017_250528071 X900 札ノ辻から 時の鐘 G7X.jpg 17.「時の鐘」の鐘
「薬師神社」の境内から「時の鐘」の塔を眺めると、鐘と撞木(突き棒)が見えた。wikipediaによれば、江戸時代の寛永年間に川越藩主・酒井忠勝によって建設されたのが始まりであるが、火災によりたびたび焼失しており、1654年(承応3年)正月には川越藩主の松平信綱が椎名兵庫に命じて新たな鐘を鋳造させたといわれる。現在の鐘楼は4代目で、1893年(明治26年)に起きた川越大火の翌年に関根松五郎の設計で再建されたものである。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 30mm ISO125 )
018_250528075 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み G7X.jpg 18.「陶舗やまわ」
「時の鐘」の路地を出て、蔵造りの街並みの通りに戻る。「陶舗やまわ」という暖簾の下がった大きな蔵造りの店があった。陶舗やまわの店蔵は、川越大火後の明治26年に建てられ、現存する入母屋形式の土蔵造りとしては日本で最大級の規模だそうだ。「陶舗やまわ」として営業している建物は、もともと「原家」の商家住宅だった。通りから見る店蔵には5っの重厚な観音開きの窓が見える。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250 14mm ISO125 )
019_250528080 X900 札ノ辻から蔵造りの町 G7X.jpg 19.「陶舗やまわ」 大きな屋根の上
「陶舗やまわ」を右に廻って南側から眺めると、軒蛇腹の上に大きな千鳥破風が見える。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 10mm ISO125 )
020_250528081 X900 札ノ辻から蔵造りの町 G7X.jpg 20.「陶舗やまわ」 大きな鬼瓦
「陶舗やまわ」の屋根には、その角に大きな鬼瓦があった。鬼瓦は魔除けや火除けの意味を込めて設けられる。特に商家や寺社仏閣に見られ、家の繁栄と安全を願う縁起物でもあるそうだ。この「陶舗やまわ」 の大きな鬼瓦は非常に精巧で、圧倒される。瓦職人の高度な技術が使われており、川越の蔵造りの町並みにふさわしい格式と意匠美が表現されている。「陶舗やまわ」は、陶器商として栄えた原家が大正時代に建てた店舗であり、鬼瓦にも当時の商家の繁栄と威厳を示す意味が込められているという。関東大震災以降に防火を意識した蔵造りの建築が復興の象徴となり、川越の町並みに調和するよう設計されたそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 17mm ISO160 )
021_250528084 X900 札ノ辻から蔵造りの町並み 日蓮宗行傳寺 G7X.jpg 21.「日蓮宗 行傳寺」
路地の先には「行傳寺」というお寺が見えた。川越にはお寺が多い。川越は江戸時代に小江戸と呼ばれ、川越藩の城下町として栄え、城下町では幕府の当時を安定させる目的で、寺社の建立が奨励されていたそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 )
022_250528086 X900 蔵造りの町並み りそなコエドテラス G7X.jpg 22.「りそなコエドテラス」
蔵造りの町並みを3分の2ほど歩くと、ひときわ目立つ3階建ての洋風の建物が現れた。ここは埼玉りそな銀行の前身銀行の一つである旧第八十五銀行本店として、1918年に現在の場所へ移転新築された。1996年に国の登録有形文化財として埼玉県で第1号の登録を受け、2023年で築105年の建物だそうだ。老朽化に伴い2020年6月に支店としての営業を終え、修繕工事を経て、コエドテラスがGRAND OPENした。ちなみにりそな銀行の前身は、大和銀行とあさひ銀行である。2003年3月に、大和銀行とあさひ銀行が合併し、りそな銀行となった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 21mm ISO125 )
023_250528090 X900 蔵造りの町並み りそなコエドテラス 頭取室G7X.jpg 23.旧頭取室
りそなコエドテラスの中に入ってみた。1階はレストランなどがあって、2階に上がると、蔵造りの街並に面した角に旧支店長室があった。この建物で最も良い位置だと思う。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO800 )
024_250528105 X900 蔵造りの町並み りそなコエドテラス マサキ G7X.jpg 24.マサキ(柾、正木)
りそなコエドテラスのテラス席(展望台)から蔵造りの町並みを見下ろした後、建物の外に出た。建物の後ろ側に、見慣れぬ黄色い花が咲いていると思って近寄って見ると、花ではなく葉だった。後でPictureThisで検索してみると、それはマサキの葉だった。若葉は白っぽく、成長するにつれて明るい黄緑色になる。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 12mm ISO125 )
025_250528110 X900 蔵造りの町並み 法善寺 G7X.jpg 25.「法善寺」
時刻は10時50分。そろそろ腹が空いてきた。りそなコエドテラスを出て「大正浪漫夢通り」へと歩く。そのすぐ左側の路地の先に法善寺というお寺があった。この寺は真宗大谷派寺院の法善寺といい、もとは真言宗寺院として丹波国氷上郡にあったが、寛正元年(1460年)に法印良應が当地へ移し、その後浄土真宗に改めたという。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 27mm ISO125 )
026_250528115 X900 蔵造りの町並み 電気ボンネットバス G7X.jpg 26.日本初電気ボンネットバス
目の前を見慣れぬバスが通った。「小江戸巡回バス」だ。カメラが追い付かず、そのボンネットは撮れなかったが、後ろの窓に日本初電気ボンネットバスと書かれていた。調べて見ると、このバスは、イーグルバス株式会社が、中国製の電気バスをベースに日本で改造したオリジナルモデルだという。日本で走る電気ボンネットバスとしては「初」なのだろうが、「日本初」と謳うのはちょっとおこがましいような気がする。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 )

2025年6月16日

小石川植物園 ② 桜咲く広場 2025年4月8日 文京区 東京大学小石川植物園

次郎稲荷をお参りして日本庭園をあとに上へと登る。上がったところには、珍しいコブシモドキの木や、カリンの木、大きなスズカケノキなどがある。サトザクラの木もあり、花を咲かせていた。ヤマブキもきれいに咲いていた。
 そこから、東の方へ歩く。トキワマンサクや、始めて見るアメリカハナノキの花も咲いていた。ハンカチの木は咲いていたのかどうか、場所を思い出せず、確認せずに歩いてしまった。

   その先にはツツジ園があり、ミツバツツジなど大きな赤紫の花が咲いていた。旧養生所の井戸や、甘藷試作跡の碑を過ぎると桜が咲く広場へ行く道沿いにソメイヨシノが満開の花を咲かせていた。
 来園者が憩う桜咲く広場で、私も今年の見納めになるだろうと花見を楽しみ、その雰囲気を撮った。

 小石川植物園の本館を見て、緩やかな道を正門の方へ下る。ここからこの日の目的であるツマキチョウの写真を撮りに、そのポイントへと歩く。

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桜咲く広場で憩う人々 2025年4月8日 小石川植物園

021_250408066 X900 〇コブシモドキ 小石川植物園 RX10M4.jpg 21.コブシモドキ(辛夷擬)
ガイドさんが5~6人の見学者にこの木の前で説明されていた。説明は聞き取れなかったが、何やら珍しい木のようだった。少し調べて見ると、本種は、昭和23年(1948年)に徳島県相生町で1株だけ発見されている。コブシに近縁といわれている。徳島県には野生のコブシはなく、このコブシモドキは三倍体であり謎である。(三倍体とは、通常2つの染色体セットを持つ二倍体に対し、3つの染色体セットを持つ個体である。三倍体は、種子を形成しにくい、あるいは形成しない性質を持つため、種なし果実の生産や観賞植物の育成など、様々な分野で利用されている。)コブシモドキはすでに接ぎ木繁殖がなされていて、その苗を畑に植えて、繁殖用親木として育てているようだ。小石川植物園にはこの苗木が移植されたものと思う。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 29mm ISO125 )
022_250408063 X900 コブシモドキ 小石川植物園 RX10M4.jpg 22.コブシモドキ 花
GKZ植物事典によると、コブシモドキは「4月中旬頃、枝先に、径12~15㎝程度で白色の花をつける。花被片は6個。本種は、発見された一株以外に発見されておらず、加えて、 三倍体であることから、結実もせず、そもそも四国にはコブシが自生していない等々と未解明要素の多い存在である。本種は、上述のように種子を得られないことから、挿し木により増殖され、各地の植物園で植栽されている。」とあった。開花時に見られたことはラッキーだったが、花はそれほど大きいとは感じなかった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 67mm ISO500 )
023_250408070 X900 カリン 小石川植物園 RX10M4.jpg 23.カリン(花梨・花櫚・榠樝) -1
カリンの木が何本か生えていて、丸みのあるピンクの花びらが包むように黄色い蕊がある美しい花が咲いていた。バラ科カリン属の落葉高木で、中国原産だそうだ。果実は硬く生食はできないが、カリン酒や砂糖漬け、のど飴などに使われる。また、古くから薬用としても利用されてきた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 27mm ISO160 )
024_250408079 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 24.カリン(花梨・花櫚・榠樝) -2
もうだいぶ前のことであるが、長野県の諏訪湖畔を散策した時にカリンの実を見たことがある。ところが、wikipediaによれば、「長野県諏訪地方で、「カリン」と称するものはマルメロのことであり、導入時にカリンとマルメロを間違えたことにより、現代もその呼称でよばれている。」という記述があった。とすれば私が見たのは、カリンの実ではなくマルメロだったのかもしれない。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 )
025_250408074 X900 アメリカハナノキ 小石川植物園 RX10M4.jpg 25.アメリカハナノキ(亜米利加花の木)
別名をベニカエデという。カエデの一種で、春早く葉に先立って小さいが鮮やかな赤い花をつけるのでハナノキと呼ばれる。秋の紅葉は美しい。初めて見たがカエデの仲間とは思わず、何の花だろうとPictureThisで調べるまではわからなかった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 29mm ISO500 )
026_250408085 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 26.トキワマンサク(常磐満作・常磐万作) -1
案内図にはトキワマンサクとなっていた。トキワマンサクの花の色は、基本種はごく薄い黄色であるが、紅色の変種であるベニバナトキワマンサク(中国原産で葉も赤みを帯びる)がよく栽培されている。一昨年の4月に奈良の氷室神社を参詣した時に見事に咲いたベニバナトキワマンサクを見た。(シロバナ)トキワマンサクを見たのは、ここ小石川植物園で昨年4月だった。ここのトキワマンサクの木はとても大きい。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/1250秒 9mm ISO250 )
027_250408231 X900 トキワマンサク 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 27.トキワマンサク -2
マンサク科トキワマンサク属の常緑小高木というが、ここのトキワマンサクは大木であり、開花期に花をいっぱい付けた枝葉は枝垂れる。花はマンサク(ヒモ状の4本の花弁が特徴の黄色い花)に似たヒモ状の花が6~8輪ずつ咲く。4枚ある花弁は線形で長さは1~3cmほど。日本の自生種は白花だが、昭和の終わり頃に入ってきた中国南部原産のベニバナ種が席捲しているという。奈良の氷室神社で見たのもベニバナ種であった。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f6.3 1/500秒 105mm ISO360 )
028_250408090 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 28.モミジバスズカケノキ(紅葉葉鈴懸の木) -1
木にはモミジバスズカケノキという札が掛けられれていた。Wikipediaによるとスズカケノキとアメリカスズカケノキとの交配種だそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO100 )
029_250408094 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 29.モミジバスズカケノキ -2
現在の樹齢は約130年と推定されている。小石川植物園には、ユリノキやスズカケノキからなる巨木の並木がある。スズカケノキ属の木々が老成した大木として育っており、幹の基部の形態などにそれぞれの特徴が現れている。これらは明治時代に街路樹用樹木として試験的に植えられたものだそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/1250秒 9mm ISO125 )
030_250408233 X900 サトザクラ 紫桜 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 30.サトザクラ ムラサキザクラ(紫桜) -1
wikipediaによれば、「サトザクラ(里桜)は、広義ではバラ科サクラ属のサクラの栽培品種の総称で、狭義ではオオシマザクラを基に誕生した栽培品種の品種群のこと。」とあった。ここでは、狭義のサトザクラのことと思う。またwikipediaには「明治時代に入り、大名屋敷の荒廃や文明開化・西洋化のため庭園が取り潰されると同時に、そこに植えられていた数多くの栽培品種の桜が伐採され、植えられるのはソメイヨシノばかりになっていった。これを憂いた駒込の植木・庭園職人の高木孫右衛門は多くの栽培品種の枝を採取し自宅の庭で育てた。これに目を付けた江北地区戸長(後に江北村村長)の清水謙吾が村おこしとして荒川堤に多くの品種による桜並木を作り「五色桜」として評判となり、これを嚆矢として多くの栽培品種が小石川植物園などに保存されることになり、その命脈を保った。」という記述があった。この紫桜はその一つと思う。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f6.3 1/500秒 105mm ISO720 )
031_250408099 X900 サトザクラ 紫桜 石川植物園 RX10M4.jpg 31.サトザクラ ムラサキザクラ -2
紫桜は、狭義のサトザクラ群(狭義ではオオシマザクラを基に誕生した栽培品種の品種群)に属する園芸品種の桜である。薄く紫がかった桜色をしている。花びらの端に行くほど色が濃い。蕾はより鮮やかな桃色であるそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 147mm ISO200 )
032_250408096 X900 セイヨウバクチノキ 小石川植物園 RX10M4.jpg 32.セイヨウバクチノキ(西洋博打木)
始めて見る花があった。PictureThisで検索すると、セイヨウバクチノキと同定された。ヨーロッパ東南部(ブルガリア、セルビアなど)及びアジア西部を原産とするバラ科サクラ属の常緑樹で、近縁関係にある日本のバクチノキに似ることからセイヨウバクチノキと呼ばれるそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 81mm ISO640 )
033_250408102 X900 ヤマブキ 石川植物園 RX10M4.jpg 33.ヤマブキ(山吹)
ヤマブキはバラ科ヤマブキ属の落葉低木で、鮮やかな黄色の花を咲かせる。春に咲く花は、古くから親しまれており、万葉集にも詠まれている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 81mm ISO250 )
034_250408103 X900 クサイチゴ 石川植物園 RX10M4.jpg 34.クサイチゴ(草苺)
くっきりした直径40mmほどの5弁花である。クサイチゴもバラ科であった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 190mm ISO640 )
035_250408108 X900 サトザクラ 一葉 石川植物園 RX10M4.jpg 35.サトザクラ イチヨウ(一葉) -1
一葉もオオシマザクラを基に生まれた栽培品種のサトザクラ群のサクラで日本原産のヤエザクラ。イチヨウザクラと呼ばれることもある。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 26mm ISO640 )
036_250408240m X900 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 36.サトザクラ イチヨウ(一葉) -2
江戸時代以前からある栽培品種で荒川堤で栽培されていたサトザクラの一つである。花弁の色は淡紅色。花弁の内側が白いため開花が進むと白色に見えるようになる。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/500秒 105mm ISO280 )
037_250408112 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 37.シュジョウツツジ(守城躑躅) -1
ほぼ園の中央になろうか、ツツジ園があった。濃いピンク色のツツジの花が木いっぱいに咲いていた。付けられた札にシュジョウツツジとあった。ツツジ科ツツジ属の園芸品種の一つで、特に宮崎県高千穂町の守城(しゅじょう)地区を原産地とする、非常に珍しい在来種または栽培種とされているという。ツツジという漢字は難しい字だ。濃いピンクのツツジの向こうには桜の淡いピンクがあり、左には新緑が重なる。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 26mm ISO180 )
038_250408242 X900 シュジョウツツジ 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 38.シュジョウツツジ(守城躑躅) -2
ツツジの品種はどれくらいあるのだろうかと疑問を持ち、AIに尋ねてみた。「ツツジ属は、世界的に見ると非常に大きなグループで、約1,000種以上の原種が知られており、そこから生み出された園芸品種(栽培品種)は、なんと全世界で10,000種以上にのぼるとされている」という答えが返ってきた。日本の状況は示されなかったが、グループ別に、クルメツツジ(久留米躑躅)最も多くの園芸品種をもつ。小ぶりな花が密に咲く。品種数は300種以上。ヒラドツツジ(平戸躑躅)花が大きく見ごたえがある。街路樹や公園で多用される。サツキツツジ(皐月)5月〜6月に開花。葉が小さく盆栽仕立てにも人気。園芸品種は500種以上とも。ヤマツツジ系 日本の野生種が元。原種やそれに近い姿を持つものが多い。自然風の庭園に使われる。それに外国品種があるという。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/500秒 105mm ISO250 )
039_250408250 X900 カラムラサキツツジ 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 39.カラムラサキツツジ(唐紫躑躅)
カラムラサキツツジという札があった。Wikipediaによれば、朝鮮半島、中国東北部に自生し、日本にはほとんど自生しておらず、日本で見られるのは植物園などで栽培しているものにほぼ限られると記されていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/640秒 105mm ISO200 )
040_250408253 X900 ミツバツツジ 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 40.ミツバツツジ(三葉躑躅)
ミツバツツジというのはよく聞く名前であるし、自分も似たようなツツジを見るとすべてミツバツツジと呼んでしまっている。ミツバツツジという名称は、個別の種と、ミツバツツジ類の総称を指す場合が紛らわしいので、種としてはホンミツバツツジという和名への改称が提案されているそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/500秒 105mm ISO200 )
041_250408258 X900 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 41.満開の桜 ソメイヨシノの林
つつじ園の前の道に立って小石川植物園本館のある東の方に目をやると、満開の桜が輝いていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/800秒 105mm ISO200 )
042_250408264 X900 ソメイヨシノ 染井匂 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 42.ソメイヨシノ ソメイニオイ(染井匂) -1
ソメイヨシノをマクロで撮る。ソメイヨシノの特徴である白い花弁と、星のような形をしたやや緑色の額が際立つ。満開だ。染井匂という札が掛けられていた。外観はソメイヨシノに似ているが、芳香があることから本種の名がある。散り際には、花の中心が赤く染まる。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1250秒 105mm ISO500 )
043_250408270 X900 ソメイヨシノ 染井匂 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 43.ソメイヨシノ ソメイニオイ(染井匂) -2
さらに調べて見ると、ソメイニオイは、ソメイヨシノとニオイザクラ(=カンヒザクラ系品種)の交配種と言われる。そのソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラの雑種で、江戸時代後期に開発された栽培品種の桜である。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5 1/1600秒 105mm ISO200 )
044_250408118 X900 ソメイヨシノ 天城吉野 小石川植物園 RX10M4.jpg 44.アマギヨシノ(天城吉野)
ソメイヨシノの交配実験中に生まれた品種。オオシマザクラを母とし、エドヒガンを父として交配を行い、得た品種だそうだ。(山と渓谷社「日本の桜」に拠る)。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 87mm ISO100 )
045_250408119 X900 ソメイヨシノ 天城吉野 小石川植物園 RX10M4.jpg 45.アマギヨシノの前で
私が撮っていたアマギヨシノの前で入れ替わるように記念撮影をされていた方がいた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 9mm ISO100 )

2025年6月13日

小石川植物園 ① 春の花の五目撮り 2025年4月8日 文京区 東京大学小石川植物園

4月8日 快晴、ツマキチョウが飛ぶ頃、毎年恒例になっている小石川植物園へ行った。
 ツマキチョウは、午前中はパートナーを探して忙しく飛び回っていてなかなか花に止まってくれない。結婚相手を探して、飛び回っているところを撮るのは、私の腕では無理だ。それはいつものことなので、少し遅めに家を出て、11時少し前に現地に着いた。ツマキチョウは数少ないながら、時折♂が飛んでいるのを見かける。♀の発生はまだ少ないようだ。思っていた通り、♂は♀を探して忙しく飛び回り、撮影できない。
 ということで、しばらくは美しく咲いている春の花を五目撮りする。

 小石川植物園は、正式には東京大学大学院理学系研究科付属植物園といい、東大の付属施設であり、1684年(貞享元年)に徳川幕府が設けた小石川御薬園がその前身である。東西約750m、南北約300mで面積は16haある。出入り口は1か所で東南側の正門から入園する。
 入園料500円をお支払いして、西の方へ歩く。園では最も低いところになる。ツマキチョウはその先左側の菜の花や、ショカツサイが咲くあたりにいる。何か白いチョウが菜の花の咲くあたりを翔ぶが、ほとんどがモンシロチョウである。時折、飛び方に特徴があるツマキチョウを見るが、止まることなく翔び続ける。
 そこへは一回りした後で、また来てみることにして、その先の日本庭園、そこから北へ上ってカリンや白いトキワマンサクが咲く、園の北西に位置する高いエリアを写真を撮りながら歩いた。

000_250408219 X700 カリン 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg
カリンの花 2025年4月8日 文京区小石川植物園

001_250408001 X700 オオアマナ 小石川植物園 RX10M4.jpg 1.オオアマナ(大甘菜)
入口を入って歩いて行くとこの白い花、オオアマナが咲いていた。wikipediaによれば、英名を「ベツレヘムの星」といい、それはイエス・キリスト生誕の夜にに由来するという。東方の三博士と牧人たちを飼葉桶へ導き、流星のように飛び散った。そして野原の花オオアマナになったとされる。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 181mm ISO100 )
002_250408006 X900 セイヨウタンポポ 小石川植物園 RX10M4.jpg 2.セイヨウタンポポ (西洋蒲公英)
セイヨウタンポポは行って見れば植物園の雑草である。wikipediaによれば、ヨーロッパ原産の帰化植物。環境省指定要注意外来生物。日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている。1904年に北アメリカから北海道の札幌市に導入され、全国に広がった(札幌農学校のアメリカ人教師ウィリアム・ブルックスが野菜として持ち込んだという説がある)。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 136mm ISO200 )
003_250408008 X900 ショカツサイ 小石川植物園 RX10M4.jpg 3.ショカツサイ(諸葛菜)
ショカツサイの名は、諸葛孔明が陣を張ったときに真っ先にこの花の種を播いたという伝説から、そうよばれているという説があるそうだ。オオアラセイトウ、ムラサキハナナともいう。アブラナ科で、ツマキチョウの食草の一つである。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 218mm ISO1250 )
004_250408011 X900 モンシロ 小石川植物園 RX10M4.jpg 4.モンシロチョウ♂
白い小さなチョウが飛んでいた。ツマキチョウかなと思ったが、飛び方が違う。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 220mm ISO125 )
005_250408013 X900 ハナズオウ 小石川植物園 RX10M4.jpg 5.ハナズオウ(花蘇芳) -1
菜の花が咲くあたりでツマキチョウらしき飛び方の白いチョウを見るが、ほとんどがモンシロチョウのようだ。毎年ツマキチョウが飛ぶ時期に小石川植物園に来ると、ハナズオウが印象強く咲いている。中国原産のマメ科ハナズオウ亜科ハナズオウ属の落葉小高木である。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 220mm ISO100 )
006_250408018 X900 ラッパスイセン 小石川植物園 RX10M4.jpg 6.ラッパスイセン(喇叭水仙)と高台の桜
ハナズオウが咲くあたりの右側は、これから上がっていく高台になっている。ピンクの桜を背景に黄色のラッパスイセンが咲いていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 41mm ISO250 )
007_250408017 X900 ラッパスイセン 小石川植物園 RX10M4.jpg 7.ラッパスイセン
英名daffodil。昔Brothers Four 歌った 「Seven Golden Daffodils」をよく聴いた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 201mm ISO125 )
008_250408019 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 8.ソメイヨシノ
北側の高台への斜面には桜が咲いていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 38mm ISO160 )
009_250408020 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 9.ハナズオウとリキュウバイ(利休梅) -1
ハナズオウの咲く道へ戻る。ハナズオウの奥には、白も鮮やかなリキュウバイが咲いていた。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/1250秒 37mm ISO125 )
010_250408211 X900 ハナズオウ 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 10.ハナズオウ
和名の由来は、花の色がマメ科の染料植物スオウで染めた蘇芳染(すおうぞめ)の汁の色に似ていることによるという。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/640秒 105mm ISO200 )
011_250408023 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 11.リキュウバイ -2
中国揚子江下流域を原産とする落葉低木。別名はウメザキウツギ、バイカシモツケ、ウツギモドキ、マルバヤナギザクラと沢山ある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 37mm ISO100 )
012_250408213 X900 リキュウバイ 小石川植物園 Z50 Z105mc.jpg 12.リキュウバイ -3
主張し過ぎない清楚な白い花が茶人に好まれ、茶庭に使われることが多い。このため茶道の祖である千利休にちなんで、リキュウバイと名付けられたそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
プログラムオートで撮影 ( f5.6 1/1000秒 105mm ISO200 )
013_250408026 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 13.ハナズオウとリキュウバイ(利休梅) -2
散策路の間に咲くこのハナズオウとリキュウバイはとても印象的な光景であった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 14mm ISO100 )
014_250408032 X900 小石川植物園 ハナニラ RX10M4.jpg 14.ハナニラ(花韮)
先ほどのオオアマナによく似ている。そのためかこの花も「ベツレヘムの星」と呼ばれることがあるという。原産地はアルゼンチンで。Wikipediaによれば球根植物で、花径約3cmの白から淡紫色の6弁の花を花茎の頂上に1つ付ける。地上部が見られるのは開花期を含め春だけだそうだ。葉にはニラやネギのような匂いがあり、このことからハナニラの名がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f11 1/2000秒 9mm ISO1600 )
015_250408034 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 15.日本庭園
小石川植物園の南西側の一番奥の旧東京医学校本館の前は、池が設けられ、日本庭園になっている。ここにもところどころに桜の木がある。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/250秒 28mm ISO125 )
016_250408036 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 16.日本庭園と旧東京医学校本館
桜と池とそこに姿を映す旧東京医学校本館の建物が良く調和している。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/250秒 25mm ISO160 )
017_250408046 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 17.旧東京医学校本館
1868年5月(慶応4年4月)、明治政府が旧江戸幕府の医学所を接収したものを、「医学校」と改称し設立された。その後大学東校に改編され、1874年(明治7年)に東京医学校と改称された。 この建物は、明治8年に着工、翌9年に一応の完成を見る。木造建築で、建築面積430.6m2、二階建、桟瓦葺、正面玄関及び中央部塔屋付。国指定の重要文化財となっている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4 1/250秒 51mm ISO200 )
018_250408051 X900 オオアメリカキササゲ 小石川植物園 RX10M4.jpg 18.オオアメリカキササゲ
日本庭園の南側の隅の方に、地を這うように枝を張った古そうな木があった。和名をハナキササゲ(花木大角豆)という。中国原産の外来植物で、小石川植物園では6月頃に、木全体にふわっとした淡黄色の花が咲き、周囲にほのかな芳香も漂わせるという。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/250秒 9mm ISO100 )
019_250408055 X900 小石川植物園 RX10M4.jpg 19.次郎稲荷
少し、北の高台の方に登り始める。まだ日本庭園の一角にある次郎稲荷というお稲荷さんがあった。創建年は不明だが、江戸時代以前からの信仰があると考えられている。入口から日本庭園に歩いてくる途中に太郎稲荷もあった。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.4 1/250秒 9mm ISO1600)
020_250408061 X900 次郎稲荷 小石川植物園 RX10M4.jpg 20.次郎稲荷と外国人観光客
次郎稲荷は植物園の賑やかなエリアから少し離れた、ひっそりとした林の中に鎮座している。小さな鳥居があり、自然と信仰が融合したあの空間は神聖でどこか神秘的な空気が漂っている。

SONY Cyber-shot RX10 Ⅳ 8.8-220mm f/2.4-4 20.1 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/250秒 26mm ISO1600)

2025年5月31日

鎌倉お花見 鶴岡八幡宮と円覚寺 ① 段葛の桜 2025年4月5日 鎌倉鶴ヶ岡八幡宮

1182年(養和2年)、源頼朝は北条政子が懐妊すると安産祈願のため、鶴岡八幡宮の参道・若宮大路の造営にとりかかった。鶴岡八幡宮を内裏に見立て、京都の朱雀大路を模して造営されたのだという。
 段葛は、その中央に築かれた道である。鎌倉駅東口を出てバスの乗り場などがある駅前広場をまっすぐ進むと若宮通りに出て、左手に大きな鳥居が見え、そこから八幡宮の本宮への参道が始まる。そこが段葛で桜並木になっている。大正時代に植えられたソメイヨシノは老齢化し、11年前の2014年(平成26年)11月から2016年(平成28年)3月にかけて行われた整備工事で植え替えられた。この工事では、桜を樹齢5年から6年の若木に置き換えたという。
 それ以来、桜の季節にここへ来ていなかった。今年は是非、見たいと思い良い日を待っていた。

 4月5日は、お花見に絶好の良い天気となった。9時半に鎌倉駅に着いたがすでに大勢の観光客で一杯だった。もちろん外国人の姿も多い。
 両脇に大きな狛犬を従えた朱色の二の鳥居をくぐって、若宮大路段葛に咲く桜の下を歩き始めた。

000_250405011 X700 鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg
鶴岡八幡宮の二の鳥居から三の鳥居へ続く段葛の桜 2025年4月5日 鎌倉市

001_250405114 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 Z50 Z18-140.jpg 1.段葛の始まり 二の鳥居 造営当初の段葛は、由比ヶ浜の一の鳥居から続いていたというが、現在は二の鳥居から三の鳥居までの約500mが残されている。桜は、茨城・千葉・埼玉などから樹齢5年程度の若い樹が移植されて約10年が経った。まだまだ若木であり、まだ枝の張り方は少ないようだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f8 1/500秒 32mm ISO220 )
002_250405116 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 Z50 Z18-140.jpg 2.段葛の桜 -1 参道の空は桜で被われている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f6.3 1/640秒 72mm ISO200 )
003_250405118 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 Z50 Z18-140.jpg 3.段葛の桜 -2 二の鳥居と狛犬
二の鳥居は一の鳥居、三の鳥居とともに徳川四代将軍家綱寄進(1668年 寛文8年)の石造鳥居だったが、1923年(大正12年)の関東大震災で倒壊し、現在の鳥居は鉄筋コンクリート造りだそうだ。二の鳥居前の大きな狛犬は、1961年(昭和36年)に奉納された白色セメント造り。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f8 1/500秒 20mm ISO200 )
004_250405123 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 Z50 Z18-140.jpg 4.段葛の桜 -3
  二の鳥居をくぐり段葛の道に入る。10時10分前。すでに多くの観光客、参拝者が桜の天蓋の下を歩いていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f7.1 1/800秒 102mm ISO200 )
005_250405017 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg 5.段葛の桜 -4
まだ、五分から八分咲きというところだろうか。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f4 1/1250秒 26mm ISO125)
006_250405134s X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 Z50 Z18-140.jpg 6.段葛の桜 -5
段葛とは、鶴岡八幡宮の参道、若宮大路のなかで、その若宮大路の中央の、二の鳥居から鶴岡八幡宮まで、車道より一段高くなった歩道をいう。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f6.3 1/640秒 164mm ISO200 )
007_250405020a X900 鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg 7.段葛の桜 -6
何か段葛の道幅が狭くなったような気がする。調べて見ると、二の鳥居側の道幅が4.5mなのに対し、三の鳥居では2.7mと狭くなっているのだそうだ。遠近感を利用し、距離感を出しているのだという。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/1250秒 17mm ISO125)
008_250405022t X900 〇鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg 8.三の鳥居
段葛を約500m歩いて三の鳥居に来た。ここで三の鳥居の前を東西に走る道を渡る信号がある。正面に舞殿が見える。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f4 1/1250秒 17mm ISO125)
009_250405174 X900 〇鶴岡八幡宮 旗上弁財天 Z50 Z18-140.jpg 9.旗上弁財天
信号を渡り、栂岡八幡宮の境内に入る。右手に「神苑ぼたん苑」への道があり、正面に太鼓橋があり、右側の源氏池、左側に平家池がある。鶴岡八幡宮の太鼓橋は、1182年(寿永元年)に源平池が造営されたときに架けられたものと考えられているそうだ。太鼓橋の両側にも橋が架けられている。右側の橋から旗上弁財天の桜を撮った。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f5.6 1/500秒 18mm ISO220 )
010_250405181 X900 〇鶴岡八幡宮 源氏池 ヒドリガモ Z50 Z18-140.jpg 10.源氏池のヒドリガモ
源氏池にいるヒドリガモが飛び跳ねる。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f6.3 1/800秒 140mm ISO200 )
011_250405190 X900 ◎鶴岡八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 11.鶴岡八幡宮の大銀杏
鶴岡八幡宮には、高さ約30m、幹の周囲は6.8mの樹齢1000年と言われる大銀杏があった。その大銀杏(通称:隠れ銀杏)は、鎌倉幕府3代将軍・源実朝が暗殺された際に、暗殺者である公暁がこの銀杏の陰に隠れていたという伝説が語られることから、その名がある。だが、実際に中世の史料にはそのような記述はないため、後世の創作とされているようだ。その鶴岡八幡宮のシンボルとして親しまれてきた大銀杏は、2010年3月に強風によって倒れた。即、再生への取り組みが始まり、残った根から伸びた後継木は現在樹高8mを超えた。それから15年たった今、写真で、本宮へ上がる大石段の左側にまっすぐ伸びた8mに高さになった後継の大銀杏が見える。芽吹いては枯れていった「ひこばえ(孫生)」の中で唯一残った発芽枝から成長を続ける若木の姿があった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f5.6 1/500秒 37mm ISO200 )
012_250405032 X900 〇鶴岡八幡宮 G7X.jpg 12.移植された元の大銀杏
2010年3月に、雪混じりの強風によって倒れた「親銀杏」の樹幹部分は、再生可能な高さ4mに切断し、元の場所のすぐ脇に移植された。移された「親銀杏」も根付かせながら、元の場所ですくすく育つ「子銀杏」双方を変わらず「御神木」として祀られている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f4 1/1250秒 9mm ISO125)
013_250405036 X900 〇鶴岡八幡宮 G7X.jpg 13.こもかぶり
写真に見えるのは、鶴岡八幡宮の舞殿の左側には、厄除けや災難除けのために、茅の輪くぐりや切麻を身にまくなどの神事が行われる「こもかぶり」と呼ばれる場所だ。「こもかぶり」は、古くから罪や穢れを祓うための儀式として、特に6月30日と12月31日の大祓の際に行われる。「こもかぶり」酒樽は、例大祭などで使われることがあるそうだ。外国からの観光客が積まれた酒樽の前で写真を撮っていた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/1250秒 9mm ISO125)
014_250405201 X900 ◎鶴岡八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 14.段葛の桜 -7
大石段を上がるのは84歳の身には少々つらいので、本宮をお参りするは失礼し、下で拝礼した。参拝と写真撮影を終え、そろそろ、鎌倉駅へ戻ろうと三の鳥居へいく。信号待ちをしながら、これから参詣される人々と段葛の桜を撮る。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f6.3 1/640秒 62mm ISO200 )
015_250405218 X900 ◎鶴岡八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 15.段葛の桜 -8
二の鳥居が見えてきた。鳥居の向こうには横須賀線が走る。植え替えられる前は248本あった段葛の桜の樹も177本に減らされた。根を保護するため、参道には貯留槽と基盤材が埋設され、特殊舗装が施されているそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f6.3 1/640秒 64mm ISO200 )
016_250405044m X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg 16.段葛の桜 -9
桜並木を撮っておこうと鶴岡八幡宮を振り返る。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f3.2 1/1250秒 37mm ISO125)
017_250405221 X900 ◎鶴岡八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 17.段葛の桜 -10
現在の段葛桜並木の樹齢は、2014年に茨城、千葉、埼玉などから樹齢5年程度の若木が移植され、10年程度だそうだ。まだ、幹は細い。もっともっと密集した満開の桜を見たいが・・・。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f6.3 1/500秒 140mm ISO280 )
018_250405048 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg 18.乳母車と愛犬
二の鳥居の傍で愛犬3頭を2台の乳母車に乗せた女性がいた。その姿を写真に撮っている人もいる。「撮らせてください」とお声がけして、撮らせてもらった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/1250秒 12mm ISO125)
019_250405053 X900 ◎鶴岡八幡宮 段葛 G7X.jpg 19.段葛の桜 -11
両側にまだ新しい石灯籠が並ぶ段葛の桜並木を二の鳥居をフレームにして撮った。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f3.2 1/1250秒 37mm ISO125)
020_250405058 X900 鎌倉駅 G7X.jpg 20.鎌倉駅
鎌倉駅に戻る。一駅JRに乗って、北鎌倉で円覚寺へ寄っていこう。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/1250秒 16mm ISO125)

2025年5月16日

川越・幸手権現堂桜堤・古河公方公園 日帰りバスツアー ① 川越蔵造りの町並み散策 2025年4月2日 埼玉県川越市

某旅行社の日帰りバスツアーに応募していた。横浜発着で埼玉県の川越で鰻を食べて、古い町並みを散策し、次に幸手(さって)権現堂の桜と菜の花を見て、最後にハナモモが咲く古河(こが)公方公園に行くというバス旅行である。横浜駅出発は雨の中だった。

 首都高速から山手トンネル経由で関越道に入った。川越には11時ごろに到着し早めの昼食となる。お店の人が、家内が杖を突いているのを見て、エレベータに案内してくれた。

 11時ごろ川越の町から5分くらい離れたところのうなぎ屋に到着。食後、札ノ辻までそのバスで行き、川越の町を散策。13:00に川越を出発し、幸手権現堂桜堤へ。菜の花とのコラボはさすが見事である。
 幸手権現は桜、菜の花のあと、6月にアジサイ、夏にヒマワリ、秋には曼殊沙華が咲く。約1時間写真を撮り、幸手から4号線を走り、利根川を渡って左へ、354号線を古河へ向かう。
 最後の古河公方公園(古河総合公園)へ。ここは1800本のハナモモが綺麗だったが、見事な柳の木もあった。1時間滞在し、16:30に古河を出発し、東北道を走って、18:30横浜駅西口に着いた。

 まず、川越の江戸時代から続く古い町並み散策から、写真を見ていただきたい。記述は Wikipedia や小江戸川越ウェブ、それぞれのホームページを参照、引用させていただいた。

000_250402030 X700 川越 町並み 養寿院への路地 G7X.jpg
小雨の降るなか古い蔵造りの町並みを歩く観光客 2025年4月2日 埼玉県川越市

001_250402009 X900 川越 町並み 重文・大澤家住宅 G7X.jpg 1.重要文化財 大澤家住宅
 バスは蔵造りの町並みの北側、札ノ辻交差点付近の駐車場に入った。あまりゆっくりもできないので、蔵造りの町並みを南へ歩くことにした。札ノ辻から100mも行かないところに、この大澤家住宅があった。明治26年(1893年)の川越大火の焼失を免れた川越最古の蔵造りで、現存する関東地方最古の蔵造りだそうだ。平成元年(1989年)より5年間を費やし大規模な修理が行なわれ、創建当時の姿に甦ったという。現在は小松屋民芸店になっている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO250 )
002_250402011 X900 川越 町並み 笛木醤油 G7X.jpg 2.川越まつり会館
蔵造りの街の通りの右側を歩く。すぐ右側に「川越まつり会館」があった。wikipediaに」よれば、国の重要無形民俗文化財に指定され「関東三大祭」の一つである「川越氷川祭」(川越まつり)に関する資料を展示し伝統を保存するために2003年(平成15年)9月28日に開館したという。建築は川越の蔵造りの街がデザインされていた。中を覗いてみたが、見学は割愛した。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO200 )
003_250402012 創美 川越 町並み 路地 G7X.jpg 3.設計施工・リフォームの会社
蔵造りの町並みは路地を入ってもなかなか興味ある店がある。写真は正面に養寿院というお寺のある路地に入ったところで見た、壁に架けられた札だ。この店は、蔵造りの町並みの通りに面して店を構える設計施工・リフォームの店だった。書かれていることを読んでみるとそれらしいことが書かれている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 16mm ISO2000 )
004_250402013 X900 川越 町並み 路地のうどんや G7X.jpg 4.路地のうどん屋
「川越の古民家をリノベーションしたうどん屋です」とあった。隣の設計施工・リフォームの建物と棟続きのようだった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO400 )
005_250402016 X900 川越 町並み 路地突き当り 養寿院  G7X.jpg 5.養寿院
その路地の正面に養寿院というお寺があった。閑静なお寺で観光客は誰もいない。曹洞宗に属し山号を青龍山という。寛元2年(1244年)、秩父平氏の末裔、河越次郎経重公 (遠江守)が開基となり、大阿闍梨圓慶法印が開いた古刹であるとのこと。クレーンに乗った人が、参道のわきに立つ大きなイチョウの木の手入れをしていた。本堂には、河越氏が新日吉山王宮に奉納した銅鐘(国指定重要文化財)があり、銅鐘に刻まれた"河肥"の文字は、川越の歴史上とても価値の高いものだそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
006_250402018 X900 川越 町並み 路地突き当り 養寿院  G7X.jpg 6.養寿院山門 「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」
右側に立つ「不許葷酒入山門」は、禅宗の寺院の山門の前にある看板や石碑に書かれている文言。臭いの強い野菜やお酒を寺に持ち込むことを禁止していることを意味する。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 25mm ISO500 )
007_250402019 X900 川越 町並み 路地突き当り 養寿院  G7X.jpg 7.養寿院 境内と本堂
ニンニク、ニラ、酒は朝から口にしていないので、境内に入った。よく手入れされた境内と、立派な本堂があった。本堂には、河越氏が新日吉山王宮に奉納した銅鐘(国指定重要文化財)があり、銅鐘に刻まれた"河肥"の文字は、川越の歴史上とても価値の高いものだそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 23mm ISO200 )
008_250402023 X900 川越 町並み 養寿院前 G7X.jpg 8.鯉を見守る大きな猫のオブジェ
蔵町通りから養寿院に入って来る路地と、菓子屋通り角に、写真のような水路を泳ぐ錦鯉を見守るユニークなオブジェがあった。たしかそこはカフェだったように思うが、定かには思い出せない。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO200 )
009_250402027 X900 川越 町並み 養寿院への路地 G7X.jpg 9.養寿院門前から蔵通りを見る
この道は菓子屋通りから、蔵通りのメインストリートへ抜ける路地である。ユニークな消火栓の蓋があった。日本のデザインマンホール蓋は、「路上のアート」と呼ばれ、国内だけでなく海外からも注目されているそうだ。ただこれは消火栓の蓋だが。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO125 )
010_250402033 X900 川越 町並み 曹洞宗長喜院 G7X.jpg 10.曹洞宗長喜院
蔵通りへ戻り、さらに南へ歩くと、右側の路地を入ったところに、曹洞宗長喜院というお寺があった。長喜院は、鎌倉時代後期の天文19年(1550年)に創建された。山号は冷月山という。観光のお寺ではないので案内板などは無いが、川越と共に歩んできた歴史あるお寺だという。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1000秒 9mm ISO400 )
011_250402037 X900 川越 町並み 曹洞宗長喜院 苦行の釈迦 G7X.jpg 11.苦行の釈迦
本堂の前で手を合わせお参りした後、左側を見るとこの像があった。悟りを開くために苦行をする釈迦の姿だそうだ。苦行のためやせ細った身体とは対照的に目は凛然としている。ラホール美術館所蔵の原寸大レプリカだそうで、インドのソーラ・パーマ氏による1986年制作と書かれていた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 14mm ISO250 )
012_250402042 X900 川越 町並み Resona Koedo Terrace G7X.jpg 12.りそなコエドテラス 国登録有形文化財 旧八十五銀行本店本館
蔵通りのほぼ中ほどだろうか、長喜院の路地から出たその向かい側に、ひときわ大きな立派な建物があった。この建物は、埼玉りそな銀行 旧川越支店で、登録有形文化財の利活用を通じ、「りそな コエドテラス」として、2024年5月15日にGRAND OPENした。産業創出・育成支援や地域の魅力を伝える川越、埼玉のブランディング拠点の発信に貢献する施設だそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
013_250402047 X900 川越 町並み 歯科医院本日休診 G7X.jpg 13.県内初の百貨店 旧山吉デパート
「山吉呉服店」は、1923(大正12)年、この店蔵の裏に木造3階建ての洋館を建設し、県内初の百貨店「山吉デパート」を開業した。1936年(昭和11)には、店蔵部分を、明治・大正・昭和と活躍した建築家・保岡勝也設計のビルに改築している。丸の内の赤煉瓦オフィス街を初め多くの住宅建築を手がけているとのこと。今は1階が保刈歯科医院になっている。川越のこういう大正ロマン的建物も良い。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1250秒 9mm ISO125 )
014_250402044 X900 川越 町並み G7X.jpg 14.アートカフェ・エレバート 旧田中家住宅
この建物は、市の指定文化財「田中家住宅」。大正4年に建てられた川越最古の洋風建築だそうだ。路に面した店舗は「桜井銃砲店」といい、その奥が住居として設計された。店舗部分はその後、故・田中利明氏が収集していた川越出身の芸術家の作品や地場織物「川越唐桟」などを展示する美術館として活用され、美術館が閉館になったのち、この場所を引き継いだのが写真の「アートカフェ エレバート」だ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO125 )
015_250402051 X900 川越 町並み G7X.jpg 15.市指定有形文化財「原家住宅」
この大きな蔵造りの建物は、長喜院の参道と一番街の通り(蔵造りの町並み)に面する角地にある。川越大火直後の明治26年に、元々は呉服商を営む山本平兵衛が建てた蔵造りである。現在は「陶舗やまわ」が店を構え、地元陶芸作家の作品などがところ狭しと並んでいる。よく屋根を見ると「山本」と書かれた瓦があり、当時を物語っているようだ。原家とのかかわりが良くわからなかったので、ChatGPTに尋ねてみたところ、明治26年に山本平兵衛が呉服商として蔵造りの建物を新築した。その後、この建物は「原家」の所有または使用となり、一定期間にわたりこの家族が実際に住居や店舗として利用したのだそうだ。文化財の名称として「原家住宅」となっているのは、所有・使用が長期にわたった原家の名を取り、「原家住宅」として市指定有形文化財に登録されたとのこと。代々呉服や雑貨などを扱う商人として栄えた家系である原家が実際に所有・使用していた住宅であるとのこと。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO125 )
016_250402052 X900 川越 町並み 時の鐘 G7X.jpg 16.時の鐘
ここで、川越の街のシンボルである、時の鐘をまだ見ていないなと思い、その場所を探したところ、ちょっと来すぎてしまっていた。札ノ辻から南へ蔵の街の通りの右側を歩いてきたが、時の鐘は左側にある路地を入ったところだった。時の鐘とは、鐘楼(時計台)である。建物は、川越市指定有形文化財に指定されている。3層構造の塔で、高さは16mある。古くは鐘撞きが決まった時間に時を知らせていたが、現在では自動で1日4回(午前6時、正午、午後3時、午後6時)川越城下に時を知らせているという。時計を見ると12時半だった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO125 )
017_250402055 X900 川越 町並み 時の鐘 G7X.jpg 17.時の鐘 薬師神社
時の鐘の正面から奥を見ると薬師神社という神社があった。時の鐘をくぐると薬師神社の境内になっていて、神社は病気平癒、特に眼病に対してご利益があるとされる。時の鐘は江戸時代の寛永年間に川越藩主・酒井忠勝によって建設されたのが始まりであるが、火災によりたびたび焼失しており、「武蔵三芳野名勝図会』」によれば、1654年(承応3年)正月には川越藩主の松平信綱が椎名兵庫に命じて新たな鐘を鋳造させたといわれる。また、甲斐国都留郡を支配する谷村藩(現在の山梨県都留市谷村)主の秋元氏が川越藩に転封され、谷村城下の鐘が川越に持ち込まれた。この鐘は1694年(元禄7年)7月に谷村城下の鋳物師が鋳造したものであるといわれている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2 1/1000秒 11mm ISO125 )
018_250402062 X900 川越 町並み G7X.jpg 18.蔵造りの町並み
札の辻の近くまで戻ってきた。歩いてきた南の方を眺める。この日は平日で、しかも天気が悪いので、観光客は比較的少なかった。外国からの観光客の姿もあった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 21mm ISO125 )
019_250402070 X900 川越 菓子通り G7X.jpg 19.菓子屋横丁
色とりどりのガラスが散りばめられた石畳の道に、約30軒程度の菓子屋などがひしめく川越の有名なスポット「菓子屋横丁」だ。札ノ辻の交差点を西へ行く通りである。そんな中にちょっと変わった店があった。店は川越小江戸の古民家を改装したコーヒー・ショップなのだが、ショー・ウィンドウに凝ったスピーカーが並び、LPレコードの懐かしいジャケットが飾られていた。この街はまだまだ見たいところがある。実は5月末にもう一度川越を訪れる機会がある。その時の楽しみに残しておこう。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO320 )

2025年4月23日

2025年3月8日~10日 京都散策 ⑥終 等持院 2025年3月10日 京都市上京区

北野天満宮へ行く際に乗ったタクシーの運転手さんが、「京の冬の旅」という10数頁のパンフレットを見せてくれた。北野天満宮から歩いて行けるところで、地蔵院(椿寺)に行かれてみてはいかがでしょうか?と勧めてくれた。もう一つ、この季節は何も無いけど、等持院という寺の庭が良い。また、そこで足利尊氏の墓である宝篋印塔を見て来られたらいかがですかと話してくれた。

 北野天満宮を出たのが、11時半を少し回ったところだった。一の鳥居のすぐ前に、カステラ・ド・パウロというCaféがあった。ポルトガルのお菓子屋さんである。ここも婿殿が事前にチェックしておいてくれていたのだ。幸い席が空いていたので、入店し、ポルトガルの卵風味のコクのあるケーキとコーヒーを楽しんだ。

   さて、タクシーの運転手さんが進めてくれた地蔵院(椿寺)へ歩いて行くことにした。
豊臣秀吉が北野大茶会の縁により献木したと云われる「五色八重散り椿」があったところから、一般に「椿寺」と呼ばれているそうだ。地蔵院は浄土宗の寺院で山号を昆陽山、創建は神亀3年(726年)と言われる。本尊は五却思惟阿弥陀如来だが、アフロヘアーのような頭部は、気の遠くなるほど長い間考え続ける姿を現しているそうである。その五却思惟阿弥陀如来像が、いま、特別公開されてといるということで、門前に着いた時は、拝観しようとする観光客の長い列が出来ていた。とても、無理だと判断した。

 それならと、北野白梅町駅まで歩いて京福電車で等持院駅まで一駅乗った。
 等持院は、これまで歩いてきた京都と比べて、観光客が少なく、落ち着いたところだった。私たち以外に会った参拝者は、3人ほどの日本人観光客と、一人旅の外国人女性観光客だけだった。最後に良いところに行くことが出来たと思う。

 参拝後、等持院駅から京福電車に乗り、帷子ノ辻で嵐山から来る電車に乗り換えて、四条大宮まで行った。そこから、途中の蕎麦屋さんで、中華そばを食べて、ホテルに戻った。
 預けてあった荷物をとって、マイレージが残っている婿殿は伊丹空港へ、私たちは京都駅へ向かった。

 今回のカメラの設定ミスはお粗末で、後悔しているが、2泊3日の京都旅行は、今までの京都とまた違う京都を楽しむことが出来た。

000_250310626 X700 等持院 Z50 Z18-140.jpg
等持院 方丈の南庭 2025年3月10日 京都市北区

101_250310594 X900 カステラ・ド・パウロ Z50 Z18-140.jpg 101.カステラ・ド・パウロ
ホームページをみると、ポルトガル人宣教師達により伝えられた パォン デ ロー という菓子は、日本で カステラに成長したそうだ。成長したカステラをポルトガルに里帰りさせたいと、長崎でカステラ作りを学び、ポルトガルのリスボンに「Castella do Paulo 菓子店」を開店した。そして、今度は日本の人たちに卵黄をたっぷりと使った、素朴で温かなポルトガルのお菓子を食べてもらいたいと、ポルトガル菓子店「カステラ・ド・パウロ」を2015年に、ここに元造り酒屋の蔵でオープンした。私たち夫婦は、2000年の夏休みにツアーでポルトガルを訪れた。その時のラベイロという駅で列車を待つ間、駅前にあったケーキ屋で、名前は忘れたが、買い求めたフワフワした卵黄の風味が溢れる白いケーキを食べて「美味い」と思ったことを思い出した。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
102_250310609m X900 椿寺(地蔵院) Z50 Z18-140.jpg 102.地蔵院(椿寺)
北野天満宮から北野白梅町の地蔵院(椿寺)まで歩いた。山門前まで来たら20~30mほどある参道から門の外まで、拝観しようとする観光客で列が出来ていた。その列の頭越しに地蔵堂をみた。山門と地蔵堂には鍬形地蔵尊の提灯が下がっていた。地蔵堂 には鍬形地蔵が安置されている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
103_250310609m X900 椿寺(地蔵院) Z50 Z18-140.jpg 103.等持院総門
北野白梅町から京福電車に乗って、一駅先の等持院駅で降り、北に向かって少し歩くと、等持院の総門があった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
104_250310614 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 104.「マキノ省三先生像」
山門をまっすぐ進んで左に曲がり、もう一度右へ曲がるところに、この像が立てられていた。ここ等持院には、 1921年、マキノ省三がこの等持院境内に建設した京都唯一の寺内撮影所があった。その後、1932年にその等持院撮影所は閉鎖されたが、1957年に太秦開町のバス停前に、「マキノ省三先生像」が建立された。そして、1970年に等持院境内に移築された。北側に隣接する立命館大学のサイトを参照した。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
105_250310620 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 105.達磨図
[等持院]の庫裏が見えてきた。山門をくぐって、庫裏に上がり、拝観料(600円)をお支払いして、方丈への順路を進むと、大きな衝立に描かれた達磨図があった。これは禅宗の祖である達磨大師を天龍寺派の元管長・関 牧翁老師が描いたものだそうだ。威圧される。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
106_250310622 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 106.南庭
等持院は、臨済宗天龍寺派の禅寺で、京都十刹の第一位に格付けされた名刹である。方丈は、元和2年(1616年)に福島正則が妙心寺塔頭「海福院」に建立したものを移築した建物という。方丈の広縁の南側に枯山水庭園があった。私たちのほかに観光客はいない。広縁は鴬張りで、歩くたびに「キュッキュッ」と音がする。蝶や花の埋木がはめ込まれていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
107_250310629 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 107.回遊式庭園 茶室「清漣亭」
方丈の広縁を回っていくと、ちょうど裏側に夢窓疎石が作庭したとも伝わる池泉回遊式の芙蓉池庭園がある。蓮の花を形どった「芙蓉池」と、心の字を形どった「心字池」を中心とした庭園で、尊氏の供養塔とされる宝篋印塔(ほうきょういんとう)や茶室「清漣亭(せいれんてい)」がある。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
108_250310631 X900 〇等持院 Z50 Z18-140.jpg 108.芙蓉池
蓮の花をかたどった庭園を、季節によって、さつきや椿、くちなし、芙蓉が彩る。残念ながらこの季節は花が少ない。庭園の北側西に位置する清漣亭は、足利尊氏100年忌の1457年に復興した際に建てられたもの。室町幕府8代将軍の足利義政好みの茶室と呼ばれている。清漣亭からは芙蓉池の草木を優雅に楽しめるようになっているそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
109_250310634 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 109.方丈 書院
ここは茶席になっていて、北側の庭を眺めながら茶をいただける。畳の部屋の両側に毛氈が敷かれ、そこにはお抹茶席と書かれた札が立てられていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
110_250310624 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 110.方丈 仏間
方丈の仏間には、平安時代作の「釈迦如来坐像」、鎌倉時代作の「大聖歓喜天像(聖天)」、江戸時代作の開山・「夢窓国師坐像」が安置されていると。方丈と廻廊で繋がる「霊光殿」には、歴代足利将軍(5代・義量と14代・義栄を除く)の木像14体が安置されていた。ここは撮影禁止だった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
111_250310637 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 111.書院から方丈を見る
書院は北の方へ突き出したように建てられているが、そこから右手を見ると庭越しに方丈がある。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
112_250310641 X900 等持院 Z50 Z18-140.jpg 112.清漣亭
専用のサンダルが用意してあり、庭に降りれるようになっていたので、清漣亭まで行って見た。ただ、このサンダルは幅が広く、歩きにくい。外人さん向けなのだろうか。二畳二畳台目の茶室は、上段一畳を貴人床とし、眼下には芙蓉池を眺めることができる。二畳台目(にじょうだいめ)とは、茶道において畳二畳と台目畳を敷いた茶室のことで、点前畳の奥に床の間がある「亭主床」と呼ばれる席の一種とのこと。平成29年から令和元年にかけて行われた方丈と霊光殿、清漣亭の改修に伴って、抜本的な修理を行い、西側四畳半が除かれた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
113_250310644 X900 〇等持院 Z50 Z18-140.jpg 113.方丈と芙蓉池
この写真の奥(東側)に心字池がある。そこに足利尊氏の墓所がある。延文3年(1358年)に尊氏が亡くなり、別院北等持寺に葬られると北等持寺は尊氏の墓所となり、尊氏の戒名をとって名称を「等持院」と改称し、足利将軍家の菩提寺となった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
114_250310647 X900 ◎等持院 Z50 Z18-140.jpg 114.清漣亭と芙蓉池
書院の縁側からの眺め。赤いウィンドブレーカーを着た外国人観光客がいた。一人旅のようだった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
115_250310185 X900 嵐電 等持院 G7X.jpg 115.京福電車 帷子ノ辻駅<br> 等持院を退出し、京福電車(嵐電)の等持院駅へ歩く。蕗切を渡って駅のホームで電車を待った。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR<br>
116_250310202 X900 四条大宮 G7X.jpg 116.四条烏丸の「萬福」
京福電車の終点、四条大宮から四条通りをホテルへと歩く。腹が減ってきた。午後2時半を回っていた。通りの反対側に蕎麦屋らしき店を見つけた。交差点を渡って店に入ってみると、外国人観光客もいる。店の前に、「噂が飛び交い、やがて行列ができるようなラーメンとは全く無縁の中華そばである。むろん、ここはラーメン専門店ではない。いわばごく普通の食堂で、うどん、そば、丼、カレーライスもある。・・・・・」という、多分雑誌と思うが、京都のラーメン通として知られるカメラマンのハリー中西さんという方のことが載った記事のコピーが貼られていた。あっさりした味で、昔の中華そばだった。旨かった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO125 )

2025年4月19日

2025年3月8日~10日 京都散策 ⑤ 北野天満宮 2025年3月10日 京都市上京区

3月10日 京都旅行最後の日は素晴らしい快晴だった。
 昨夜、夕食をしながら明日は何処へ行こうかと、相談した。娘は大阪で仕事があるので、付き合えない。私は嵯峨野の鳥居本にある「むしこ造り町屋住居様式」の古い住居が保存されているところを見てみたいと思っていたが、嵐山の北にあたり、少々歩く距離も長くなって、見るところも限られる。
 そこで婿殿より、梅まつり開催中の北野天満宮へ行きませんかと提案があり、全員一致(といっても3人だが)で賛成した。
 奥さまの脚のこともあるので、ホテルからはタクシーに乗った。

 北野天満宮は全国の天満宮、天神社、菅原社など約1万2000社であり、福岡県太宰府市の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、当社から全国各地に勧請が行われている。
主祭神は菅原道真公で、創建は天暦元年(947年)である。ご利益は学問、受験、文芸であり、学問の神として多くの受験生から信仰されている。

 折から、1月25日から3月16日まで、梅園「花の庭」が公開されていた。梅は紅梅が多く、ちょうど見頃であった。
 10時少し前に北野天満宮に到着し、約2時間、梅、お茶と菓子、猿回しを楽しんだ。しかし、今日も愛用のNikon Z50 の設定を確認しないまま、1日撮ってしまっていた。本来ならここに載せられない失敗画像であるが、記録として載せるのでご容赦いただきたい。 北野天満宮の記述については、そのホームページの「境内のご案内を」参照させていただいた。

000_250310394 X700 〇北野天神 Z50 Z18-140.jpg
北野天満宮 楼門 2025年3月10日 京都市上京区

075_250310183 X900 北野天満宮 G7X.jpg 75.北野天満宮 一の鳥居
タクシーは北野天満宮の南側に着いた。目の前に一の鳥居が見える。一の鳥居は、今出川通りに面して建つ高さ11.4mの大鳥居。木曽の花崗岩の一本柱で、大正10年10月に建立されたという。上部に掲げられた扁額は高さ2.7m・幅2.4m、重量は563kgだそうだ。平成26年に修復がなされ、閑院宮載仁親王による「天満宮」の文字が美しく蘇っている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
076_250310385 X900 〇北野天神 メジロ Z50 Z18-140.jpg 76.梅園の梅にメジロ
一の鳥居から正面に見える楼門へと歩く参道の左手の柵の中が梅苑である。見えるところに咲く梅にメジロが来ていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
077_250310395 X900 〇北野天神 Z50 Z18-140.jpg 77.梅苑の梅
参道を歩きながら塀越しに梅苑の梅を眺める。紅梅が綺麗だ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
078_250310398 X900 〇北野天神 Z50 Z18-140.jpg 78.楼門
楼門の前に来た。トップの写真を見ていただきたい。楼門の上部に掛けられた額には、「文道大祖 風月本主」の文言が刻まれている。平安時代中期の学者・慶滋保胤(よししげのやすたね)、大江匡衡(おおえのまさひら)が菅公を讃えた言葉だそうだ。年末に奉掲する干支大絵馬も、京の師走の風物詩として知られている。菅公御神忌千百二十五年半萬燈祭の提灯が架けられていた。菅公がお亡くなって後50年ごとに「大萬燈祭」、その間の25年ごとに「半萬燈祭」と称する最も重要な祭典が行われる。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
079_250310399 X900 〇北野天神 Z50 Z18-140.jpg 79.白梅
楼門の近くに、梅の品種はわからないが、八重の純白の花が綺麗に咲いていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
080_250310401 X900 〇北野天神 Z50 Z18-140.jpg 80.楼門北の撫で牛
境内には数多くの牛の像(撫で牛)が安置されており、参拝者が願いを込めて撫でている。牛は古くから天神さまの使いとして崇められており、菅原道真公と牛にまつわる故事もたくさん残っているそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
081_250310415 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 81.三光門の梅
楼門と本殿の間に三光門がある。重要文化財である。三光とは、日、月、星の意味で、梁の間に彫刻があることが名の由来であるが、星の彫刻だけが見られないともいわれている。その理由は、かつて帝がお住いの大極殿から北野を望まれると、ちょうどこの門の上に北極星が輝いたと伝えられていることから、北極星をいただく伝説の門といわれている。天空と一つになって平安京を守護した場所が、この北野の地なのだそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
082_250310418 X900 北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 82.国宝 本殿
総面積約500坪の雄大な桧皮葺屋根を戴く本殿は、菅公をお祀りする御殿と拝殿が石の間という石畳の廊下でつながり、御本殿の西には脇殿を、拝殿の両脇には楽の間を備えた特色ある構造になっている。「八棟造」または「権現造」と称され、神社建築の歴史を伝える貴重な遺構として国宝に指定されている。現在の建物は、慶長12年(1607年)に造営されたもので、桃山時代の華麗な装飾とともに歴史的に非常に貴重な建築とされている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
083_250310424 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 83.本殿と白梅
北野天満宮には、菅公ゆかりの梅50種、約1,500本があり、花の時期には約2万坪の境内一円で紅白の梅が咲き競う。いまがその季節だ。早咲きの梅は例年12月中旬頃から蕾が膨らみ始め、正月明けから開花し、徐々に咲き繋ぎ、3月末頃まで長く楽しめるそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
084_250310427 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 84.東門と梅
紅梅と白梅が入り混じって咲いている。品種名の札がないのでよく分からないが、「思いのまま」かもしれない。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
085_250310432 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 85.摂末社
本殿の北側へ廻ってみる。北野天満宮の境内には、本殿を囲むように50の摂社と末社が建ち並んでいりる。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
086_250310436 X900 北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 86.文子天満宮
本殿の北側東にある文子天満宮は、多治比文子が菅公を最初に祀った社。かつては西ノ京にあったが明治時代にこの地に遷宮された。大宰府へ左遷、失意のうちに去り、その後、天候不順や政治の混乱が続き、人々はそれらの災いを道真公の怨霊のせいだと考えた。菅原道真公の乳母をつとめていた多治比文子は、自分の家の庭に小さな祀をもうけ、道真公を拝んでいた。そんなおり、天神となった菅原道真公は多治比文子に現在の北野天満宮の地に祀ってもらいたいと託宣したという。このように北野天満宮が祀られるきっかけをつくったのが、多治比文子だったという。これが、文子天満宮が「北野天満宮の前身神社」と称する由縁だという。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
087_250310438 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 87.御后三柱
本殿の裏 北野天満宮の御后三柱とは、天穂日命、菅原清公、菅原是善の三柱の神さまで、本殿の裏手にある御神座に祀られている。菅原道真公のご先祖、祖父、父にあたりる。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
088_250310445 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 88.地主神社の梅 -1
地主神社の紅梅は色が濃く、ひときわ美しく咲いていた。地主神社は、天神地祇(てんじんちぎ=天の神と地の神、すなわちすべての神々)の神々をおまつりする。北野天満宮の創建以前からある境内で最も古い社だそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
089_250310457 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 89.地主神社の梅 -2
こちらの梅は、美しいピンク色だった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
090_250310457 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 90.摂社末社が並ぶ道 -1
紅梅を背景に、緑萼のように少し緑がかった白梅だ咲いていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
091_250310450 X900 北野天満宮 源平咲き分け Z50 Z18-140.jpg 91.摂社末社が並ぶ道 -2
「源平咲き分け」という札が立った梅もあった。立札には「全国天満宮梅風会第五十回記念総会植樹」と書かれていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
092_250310475 X900 〇狛犬 北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 92.三光門前の狛犬
本殿を左回りで歩き、三光門のところまで戻って生きた。三光門の手前には、花崗岩製の一対の狛犬が蹲踞(そんきょ)している。狛犬には見かけない風貌で、何よりも吽形の頭上の角が立派だ。吽形の台座に、「文化七年 庚午季秋」という紀年銘があり、文化7年は西暦1810年に当たる。北野天満宮の参道狛犬の中では、最も古い狛犬のようだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
093_250310477 X900 北野天満宮 「梅園」花の庭 Z50 Z18-140.jpg 93.梅苑「花の庭」
入苑料は梅茶と菓子が付いて一人1,200円だった。言い伝えによると、松永貞徳が作庭したといわれる「雪月花の庭」が京にあった。貞徳は寺町二条、清水、北野(一説には祇園)、に同時に三つの庭園を造ったとされ、寺町二条の妙満寺成就院は、顕本法華宗の総本山である妙満寺内の塔頭寺院で、枯山水「雪の庭」が知られている。清水寺成就院「月の庭」、北野成就院「花の庭」とともに「雪月花の三名園」と呼ばれた。それぞれが塔頭成就院にあったことから成就院「雪・月・花の三名庭」、あるいは「雪月花の庭」と並び称されている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
094_250310501 X900 〇北野天満宮 「梅園」花の庭 御土居 Z50 Z18-140.jpg 94.史跡御土居 もみじ苑
この写真は、もみじの季節に賑わう御土居。北の天満軍夫西側を流れる紙屋川に架かる橋である。御土居(おどい)は、豊臣秀吉が天正19年(1591年)に京都の周囲に築いた土塁で、外敵の侵入や洪水から京都を守る目的があった。現在では約350本のもみじが植えられ、紅葉の時期に特別公開される。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
095_250310528 X900 〇北野天満宮 「梅園」花の庭 猿回し Z50 Z18-140.jpg 95.猿回し -1
梅茶と菓子がいただける茶屋の前で猿回しが始まろうとしていた。しばし、お茶とお菓子で疲れを癒しながら、見物することにした。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
096_250310530 X900 〇北野天満宮 「梅園」花の庭 猿回し Z50 Z18-140.jpg 96.猿回し -2
「八艘翔び」や「竹馬乗り」を披露してくれた。外人観光客も多い。「TIP」 と書かれたカゴが掲げられる。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
087_250310438 X900 〇北野天満宮 Z50 Z18-140.jpg 97.「花の庭」 -1
北野天満宮には、菅公ゆかりの梅50種、約1,500本があり、花の時期には約2万坪の境内一円で紅白の梅が咲き競うという。「花の庭」の開苑期間は例年2月上旬から3月下旬で、白梅、紅梅、一重、八重と、色とりどりに咲く梅の間を縫うように散策路が延び、新設された展望台からは、梅苑を360度見渡すことができる。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
098_250310545 X900 〇北野天満宮 「梅園」花の庭 夏みかん Z50 Z18-140.jpg 98.「花の庭」 -2
一の鳥居を入って楼門へと歩く左側の塀越しに、綺麗な梅が咲いているのが見えた。メジロも来ていたところだ。そこが、梅苑だった。こんどは塀の内側を歩く。2022年には、かつて江戸時代初期に歌人・松永貞徳が作庭し、明治時代以降消滅していた庭園"花の庭"が梅苑の中に復興/整備された。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
099_250310576 X900 〇北野天満宮 「梅園」花の庭 飛梅 Z50 Z18-140.jpg 99.「花の庭」 -3 飛梅
「雪月花の三庭苑」で明治時代以降に消失し唯一現存しなかった"花の庭"(※妙満寺の"雪の庭"も復元ではあるけど)が復興し、今後はこの三社寺が協力して、庭園を通じて京都を盛り上げていくとのこと。数多くの梅が咲きほこる中に登場した、迫力ある石組の"流れ"を中心とした回遊式庭園の「花の庭」である。「飛梅」という札が立てられた梅があった。菅原道真が、無実の罪で大宰府に左遷された時、道真を慕って一夜のうちに飛来した梅との伝説がある。「飛梅」について、当宮古記録には、「延喜7年(907)2月27日紅梅殿(菅公のご自宅)ノ梅安楽寺(大宰府の菅公の墓所)へ飛而参、単紅梅也」の記述があり、菅公がお亡くなって4年後に、京の都から大宰府へ飛梅が伝わったとされている。ところが、「飛梅」は本殿の前にもあった。何故かと思い、ChatGPTに尋ねてみた。本殿前の「飛梅」は北野天満宮の中でも最も由緒ある一本とされており、特に大切にされている。一方、「花の庭」の「飛梅」は、道真公を偲んで植えられたもの、またはその子孫と伝えられる梅で、観賞用として多くの梅が植えられている中でも、「飛梅」にちなんで名付けられたものと考えられるそうで、「飛梅」の子孫樹として、または記念樹として植えられているのだろうと。確かに「花の庭」の飛梅の説明札には、「ご本殿前に植わる飛梅はその原種を受け継ぐ唯一の飛梅にして、当宮最古の梅木であります。」と記されていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
100_250310590 X900 〇北野天満宮 「梅園」花の庭 Z50 Z18-140.jpg 100.三光門を振り返る
寄進された提灯が参道の左右に飾られている。一の鳥居から一礼して退出した。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR

2025年4月12日

2025年3月8日~10日 京都散策 ③ 霊山本廟、清水坂・三年坂・二年坂 八坂神社 2025年3月9日 京都市

二日目を迎えた。今日は午前中に霊山本廟(りょうぜんほんびょう)へお詣りに行く。
 興正寺には、もう一か所本山興正寺というのがある。今は、それぞれ、霊山本廟と本山興正寺と別の呼びかたをしている。本山興正寺(京都市下京区)のホームぺージを見ると、そのなかに霊山本廟というページがあり、霊山本廟は本山興正寺に含まれている。そして、「霊山本廟は宗祖親鸞聖人のご廟所で、全国の興正派門信徒のご遺骨をお納めするところでもあります。」と記述がある。霊山本廟は本山興正寺の廟所としての位置づけになっている。
 一方、霊山本廟をwikipediaで検索すると、「1876年(明治9年)、興正寺が浄土真宗本願寺派から独立し、真宗興正派を結成する。これに伴い、この地(京都市東山区)に宗祖のご遺骨を納め、本廟とし、歴代門主の墓所、門末の納骨所として境内を整備してきた。1985年(昭和60年)には個別納骨壇を備えた浄華堂を開設」と解説されている。」とあった。

 霊山本廟で娘婿の両親の位牌にお参りをし、少し下って、清水坂を右に、三年坂を下りる。凄い人だ。そのまま二年坂をパーク・ハイアット 京都(ホテル)のところまで来た。かみさんと娘は、ここで瀬戸物屋に入ってなかなか出て来ない。
 ここから西へ進み、八坂神社にお参りした。境内を抜け、四条通りでタクシーに乗って四条大橋を渡ったところの東華菜館で昼食にした。

000_250309140 X700 〇陶器 中谷 G7X.jpg
二年坂を楽しむ着物姿の外国人女性 2025年3月9日 京都市

039_250309106 X900 興正寺 親鸞像 G7X.jpg 39.霊山本廟(りょうぜんほんびょう) 親鸞聖人像
霊山本廟の本堂へ上がる手前に鐘楼があり、そこに親鸞聖人の像が立っている。また、霊山本廟には、墨染めの袈裟を着け、首に白い帽子を巻いて数珠を持ち、膝前に柄の下が二股の杖を置いている様子が描かれている親鸞聖人の肖像画が安置されている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.2 1/1000秒 12mm ISO200 )
040_250309103 X900 興正寺 本廟 G7X.jpg 40.親鸞聖人 御廟
ここに親鸞聖人の遺骨が納められている。「当山は真宗興正派(本山興正寺)の別院で、宗祖親鸞聖人のお骨が納まる本廟(御廟屋)であり、また全国門信徒の納骨場所である。この地は釈迦が初めて説法されたインドの霊鷲山に似ているところから霊山といわれ、法然上人が別時念仏を修せられたところでもある。境内には、京都の近代画家 菊池契月・養父の菊池芳文亮画伯の墓・勤皇の志士三國大学の顕彰碑などがある。 霊山興正寺別院」という札があった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1000秒 9mm ISO125 )
041_250309107 X800 産寧坂 G7X.jpg 41.三年坂を振り返る
三年坂は清水寺の参道である清水坂から、北へ石段で降りる坂道である。霊山本廟を辞し、清水坂から三年坂の賑やかな道を下りて来た。振り返ると観光客でいっぱいである。大同3年(808年)に開けたことから「三年坂」の名がついたという伝説もあるそうだ。三年坂は産寧坂とも呼ばれる。清水寺にある子安観音へ「お産が寧か(やすらか)でありますように」と祈願するために登る坂であることから「産寧坂」と呼ばれるようになったという説が有力とのこと。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 34mm ISO125 )
042_250309118 X900 〇産寧坂 G7X.jpg 42.二年坂
三年坂から、起伏のある緩い石畳の坂道の二年坂へ続く。両側には土産物屋などいろいろな店が並ぶが、スターバックスの看板もあった。産寧坂(三年坂)の手前にある坂という意味で、二寧坂ともいう。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 18mm ISO125 )
043_250309124 X900 二寧坂 G7X.jpg 43.着物姿で記念撮影する外国人観光客
二年坂を高台寺の方へ歩いて行くと、右側に、人通りのない良い道があった。左側の塀はパーク・ハイアット京都(ホテル)だったと思う。そこで、日本人女性を含む(?)着物姿の外国人女性グループが記念写真を撮っていた。カメラマンは2名の男性だった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 21mm ISO125 )
044_250309130 X900 二寧坂 G7X.jpg 44.日本人女性も着物で散策
上手に着付けが出来ていると思ったのだが、ただ、足元を見るとスニーカーだった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 24mm ISO125 )
045_250309131 X900 二寧坂 G7X.jpg 45.せともの屋
ここは高台寺中谷という瀬戸物屋さんである。このお店は、かみさんと娘が好み、前回に来た時も何か買い求めている。今回も店の中に入ってしまい、なかなか出て来ない。瀬戸物が飾られているショウウィンドーに通りの様子が写る。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
046_250309133 X900 ホテルパークハイアット京都 G7X.jpg 46.ホテル 「PARK HYATTO KYOTO」
瀬戸物やさんの前に、立派なホテルのエントランスがあった。門の前にいたホテルの女性に「写真を撮らせていただいて良いですか」とお声がけして撮らせてもらった。HPを見ると「パーク ハイアット 京都は、文化との共鳴に喜びを感じる世界中の旅慣れたお客様のための「ラグジュアリー ゲストハウス」です。京都市内最大の伝統的建造物群保存地区に溶け込むホテルからは京の街並みを一望し、京文化とパーク ハイアットのエレガンスが融合した体験を提供します。」と紹介されていた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
047_250309324 X900 三寧坂 Z50 Z18-140.jpg 47.二年坂を振り返る
ホテル 「PARK HYATTO KYOTO」のある所から二年坂を振り返る。ここで問題が・・・。この写真はNikon Z50で、この日初めて撮った写真である。画像が粗いのにお気づきと思う。ここまでショルダーバックに入れていて、初めてここで取り出した。ところが、移動中にショルダーバッグの中で、設定ダイヤル・ボタンが動いてしまい、知らないうちにf32・1/4000秒・ISO感度は(最高ISO 51200、さらにHi1=ISO 51200の2倍増感、Hi2=4倍増感)の設定になってしまっていた。その後もシャッタースピードは1/4000に固定され、絞りもf22より明るくならず、あとはISO感度のみで露出を合わせようとカメラが働いた。従って、ほとんどのショットでISO感度はHi1かHi2になってしまっていた。大失敗で恥ずかしい。前の日は、建仁寺でZ50を使ったが、シャッタースピード低速限界設定 1/500秒のプログラム設定で撮影できていた。撮影を始める前に設定がどうなっているかの確認を必ずしなくてはいけない。同じシャッターチャンスは二度とない。次の日も確認せずに撮っていったので、同様の失敗作の連続だ。かってながら、今日、明日のZ50で撮影したショットはデータを書き入れないことにする。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
048_250309333 X900 二寧坂 Z50 Z18-140.jpg 48.園徳院三面大黒天
二寧坂~高台寺~ねねの道~下河原~円山公園~八坂神社へと、歩く道は観光客にとって良い観光コ-スになっている。ここは下河原と言われる辺り。三面大黒天という幟が目に付いた。ここは圓徳院というお寺だろうか?甘味処「乃あん」と、京ゆば料理「羽柴」という提灯が門に架けられていた。中には入らなかった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
049_250309335 X900 鉄道先駆者 Z50 Z18-140.jpg 49.鉄道先覚者 谷暘卿(たにようけい)先生墓所 月眞院
ねねの道を八坂神社の方へ歩いていると、右手に「鉄道先覚者 谷暘卿(たにようけい)先生墓所」という小さな石碑が目にとまった。ちょっと鉄ちゃんウイルスに感染している私には少々気になった。ネット検索していくと、谷暘卿は文化14年(1817年)10月5日、丹波船井郡の郷士の子として生まれ 後に京都で産科・眼科を開業。明治維新後は、1870年に新橋から横浜間の鉄道建設建白書を提出したことで、鉄道先覚者と呼ばれた。明治18年に69才で亡くなられ 高台寺塔頭の月真院に埋葬された。石碑はその月眞院の前にあった。国鉄時代には、この月眞院で安全祈願祭が行われていたそうで、鉄道にゆかりの深いお寺とも言われている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
050_250309338 X900 ねねの道 Z50 Z18-140.jpg 50. 岡林院(こうりんいん)入り口
岡林院は豊臣秀吉と北政所(ねね)ゆかりの高台寺の塔頭寺院として、1608年久林元昌禅師によって創建された。ねねの道の東側、奥まったところに丸窓が見えた。趣のある風情である。この円窓の横に入口があるが、丸窓下には「三地蔵」が並んでいる。岡林院は通常は非公開であり、この静けさが保たれているのだろう。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
051_250309341 X900 八坂神社 Z50 Z18-140.jpg 51.八坂神社 石鳥居と南楼門
岡林院の先を左に曲がって下河原通りにでると、右側に八坂神社の石鳥居と南楼門が見えた。ここから八坂神社に入る。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
052_250309344 X900 八坂神社 Z50 Z18-140.jpg 52.RISTORANTE ITALIANO CHIMERA
南楼門の手前右側から、着物姿の外国人観光客のグループが出てきた。そこはリストランテ キメラというイタリアン レストランだった。こんな店もあるのだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
053_250309348 X900 八坂神社 Z50 Z18-140.jpg 53.八坂神社 南楼門
南楼門から八坂神社の境内に入った。ここから入ると正面に舞殿があり、その後ろに本殿がある。八坂神社は、通称として祇園さんや八坂さんとも呼ばれ、祇園祭(祇園会)の胴元としても知られる。創建は、斉明天皇2年(656年)と伝えられているが貞観18年(876年)という説もあるそうだ。(明るかったので、このファイルは、f22 1/4000秒、ISO22800で撮れていた。)

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
054_250309348 X900 八坂神社 Z50 Z18-140.jpg 54.八坂神社 舞殿と本殿
右側にあるのが舞殿(ぶでん)で左側が本殿だ。舞殿は重要文化財。本殿は国宝で承応3年(1654年)に徳川家綱により再建されている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
055_250309353 X900 八坂神社 Z50 Z18-140.jpg 55.八坂神社の紅梅
梅の木の本数は多くは無いが、ちょうど見頃だった。白梅もあったと思う。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
056_250309362 X900 〇八坂神社 Z50 Z18-140.jpg 56.犬の散歩
八坂神社の西楼門の石段を下りた東大路通に、カッコいい愛犬を連れた方がいた。「写真を撮らせてくださいと」とお願いして撮った。大型犬の一覧(43犬種)というサイトで調べたところ、バーニーズ・マウンテン・ドックだと思うが。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
057_250309364 X900 南座 Z50 Z18-140.jpg 57.南座
八坂神社の前の信号を渡り、四条通でタクシーに乗り、四条大橋まで行き、昼食を予定している東華菜館へ行った。四条大橋の手前の交差点で信号待ちした時に撮った写真。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR

2025年4月 5日

2025年3月8日~10日 京都散策 ① 鴨川から建仁寺へ 2025年3月8日~10日 京都市

娘婿の両親が眠る京都の興正寺へ墓参りをするため、今年も家族で京都へ行くことになった。墓参りは翌日の午前中に予定されていた。
 京都へはいつものように、私たち夫婦は「ひかり」に乗った。3割引きになるのは大きい。
 数日前に雪が降った。関が原を越えたあたりで新幹線の車窓から進行方向右側に見える伊吹山は、きっと雪を被っているに違いないと期待していたところ、どんよりしていた空に青空が見えてきた。

 京都駅着は11時37分である。娘たちは、11時39分着の「のぞみ」で来る。京都駅のホームで合流した。
 京都駅からタクシーで、四条烏丸のホテルへ入った。ロビーは外国人観光客で一杯で、娘の主人がチェックインをしてくれる間も座る椅子もない。
 チェックインをして、そのまま荷物を預け、娘が行きたいという、栗のモンブランを目の前で作ってくれる「沙織」という店に歩いて向かった。店は木屋町通りと鴨川の間にあった。どうやらこの日の昼飯は、ここの和栗菓子のようだ。
 松原橋で鴨川を渡ってぶらぶらと歩き、建仁寺を参拝した。建仁寺は祇園の花見小路通りから北門の前まで行ったことはあるが、参拝したことはない。この日は反対側の勅使門側から入った。
 建仁寺では、1月10日~3月18日の間、その塔頭である再来院の冬の非公開文化財特別公開が開催されていた。事前に婿殿が調べてくれていたのだ。江戸時代前期に造られた「蘭渓道隆坐像」を祀られている、方丈の天井には、迫力ある「白龍図」が描かれていた。次に建仁寺の法堂、本坊、方丈を拝観した。雲龍図や本坊中庭など見どころがあった。建仁寺がこんなに立派なお寺だったと改めて認識した。

 3時半に建仁寺を後にして、タクシーで四条河原町まで出て、高島屋に寄った。そのわけは、かみさんがテレビで人気がある「プレバト展」をやっていることを知って、是非行って見たいと言っていたからだ。会場は予想以上に混んでいた。20分ほど並んで入場した。

 ホテルへはぶらぶらと歩いて帰った。この日は12,000歩ほど歩いている。夕食は、焼き肉屋を予約してくれていた。

000_250308073 X700 建仁寺へ 松原橋から鴨川 G7X.jpg
松原橋から鴨川上流を眺める 2025年3月8日 京都市淀川松原橋

001_250308007 X900 〇伊吹山 車窓より G7X.jpg 1.新幹線車内から見る伊吹山 -1
伊吹山の辺りは3日ほど前にかなりの雪が降った。雪を被った伊吹山は見たことがないので、見てみたかった。出かけるころはどんよりと曇っていたが、関が原にかかる辺りから晴れ間が見え始めた。この写真は米原の辺りだろうか?雪を被った伊吹山を見ることが出来た。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f4.5 1/1250秒 37mm ISO125 )
002_250308011tm X900 〇伊吹山 車窓より G7X.jpg 2.新幹線車内から見る伊吹山 -2
伊吹山は、滋賀県と岐阜県の県境を南北に走る伊吹山地の主峰(最高峰)で、標高1,377 m。新・花の百名山、一等三角点百名山、関西百名山、近畿百名山、ぎふ百山の1つなどに選定されているそうだ。1965年(昭和40年)に伊吹山ドライブウェイが開通すると、9合目まで容易に上がれるようになり山頂部は観光地化した。伊吹山頂草原植物群落が、国の天然記念物に指定されている。是非一度、行って見たいところである。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 9mm ISO160 )
003_250308013 X900 ホテル日航プリンセス京都 G7X.jpg 3.ホテルのロビーは外国人観光観光客が占拠
四条烏丸のホテルに着いた。聞き及んでいるが、外国からの観光客が多い。皆さん大分お疲れの様子だ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/640秒 9mm ISO3200 )
004_250308020 X900 〇仏光寺 G7X.jpg 4.仏光寺 阿弥陀堂
チェックインをして荷物を預け、街へ出かける。高辻通りを東へ歩いて行くと、仏光寺という大きなお寺があった。高辻通りに面した車両用の通用門から入ってみた。ここは、wikipediaによると、真宗佛光寺派の本山の寺院。山号は渋谷山(汁谷山)。本尊は阿弥陀如来。京都渋谷(しぶたに)に寺基があった頃(1300年代後半 - 1400年代前半)は、同じ浄土真宗の本願寺を遥かにしのぐ勢力があったそうだ。菩提寺の興正寺とも関連があるようだ。この阿弥陀堂には、本尊の阿弥陀如来や親鸞聖人が崇めた聖徳太子の像などが安置されている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.2 1/1250秒 9mm ISO125 )
005_250308022 X900 〇仏光寺 G7X.jpg 5.仏光寺 大師堂
境内も広い。これは大師堂で、内部須弥壇上に佛光寺を開いた親鸞聖人の坐像、両脇壇に京都を拠点として真宗の教えを西日本一帯に広めた了源上人の絵像とを安置されている。大きなお堂だ。両脇の灯籠も大きい。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 9mm ISO125 )
006_250308036 X900 高辻通X富小路通 パン屋かなきょう G7X.jpg 6.高辻通りのパン屋
Bread Maker KANA-KIYO という名前のパン屋があった。ちょっと小腹が空いているのでどれも上手そうに見える。後でホテルで食べようと「マシュマロ食感のクリームパン」というのを買い求めた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f1.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
007_250308041 X900 〇高辻通 高瀬川 G7X.jpg 7.高瀬川
更に東へと歩く。鴨川の手前に風情のある高瀬川が流れていた。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 17mm ISO125 )
008_250308044 X900 高辻通 高瀬川 高辻橋 梅とメジロ G7X.jpg 8.梅とメジロ
高瀬川に面して梅が植えられていた。日があたって暖かい。メジロが来ていた。(右上の枝に)

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f3.5 1/1250秒 37mm ISO125 )
009_250308051 X900 〇淀川沿いのCafe 沙織 G7X.jpg 9.和栗専門の菓子店「沙織」
高瀬川を渡って、木屋町通りを少し行って、右側にこの店があった。娘がここのモンブランを食べてみたかったらしい。ホームページによると、ここのモンブランは、「オリジナル搾り機から紡ぎ出された和栗を折り重ねて作るこだわりの逸品で、風味豊かな味わいと、まろやかな口当たりが楽しめます。」と謳われている。搾る段になると「お写真をどうぞ」ということになった。美味しかった。この日の昼食はこれでよい。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/500秒 37mm ISO3200 )
010_250308066 X900 淀川沿いのCafe G7X.jpg 10.鴨川を眺めながらコーヒーを
食後のコーヒーが飲みたくなった。木屋町通りから、いかにも京都らしい細い路地を15mほど入ると「 KAWA CAFÉ」という喫茶店があった。ここも予定に入っていたようだ。鴨川を眺めながら食後のコーヒーを飲む。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 20mm ISO1250 )
011_250308062 X900 淀川沿いのCafe G7X.jpg 11.KAWA CAFÉ
この店は食事も出すようだ。この時間はコーヒーを頼んでいる人が多かった。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 17mm ISO125 )
012_250308071 X900 建仁寺へ 松原橋 G7X.jpg 12.松原橋
木屋町通りから松原通に入る。鴨川に架かる松原橋のたもとには、丸写しであるが、次のような由来が描かれていた。「松原通は平安時代の五条大路であり、当初は嵯峨天皇の勅命により橋が架けられたともいわれる。清水寺の参詣道でもあったことから、人の往来が多く、大変賑わった都の目抜き通りであった。元来,この地に架かっていた橋が五条橋であり、通りの両側に見事な松並木があったことから五条松原橋とも呼ばれていた。安土桃山時代,豊臣秀吉が方広寺大仏殿の造営に当たり,この地に架かっていた橋を平安京の六条坊門小路(現在の五条通)に架け替え,五条橋と称した。そのため,この地の橋の名前からは「五条」が外れ,以後,松原橋と呼ばれるようになった。この通りは、歴史的・伝承的に話題が豊富である。伝説に謳われる牛若丸と弁慶の決闘,「京の五条の橋の上」は,当地のことを指す。また、この橋を東へ進むと清水寺に行き着くが、途中、冥界へ通じると言われる井戸で有名な六道珍皇寺がある。現在架かる橋は、昭和10年(1935年)鴨川の大洪水による倒壊流失後に架け替えられたものである。」

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 9mm ISO125 )
013_250308074 X900 〇建仁寺へ 松原橋から鴨川 G7X.jpg 13.松原橋の上から
鴨川沿いには、「本家たん熊」などの料亭が並ぶ。入口は高瀬川側になる。本家筋の「本家たん熊」は1928年(昭和3年)に創業者である栗栖熊三郎の長女が継承しているそうだ。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.5 1/1250秒 15mm ISO125 )
014_250308085 X900 建仁寺 G7X.jpg 14.建仁寺の南側から
松原通をまっすぐ進み、建仁寺の南側に当たる勅使門の先から左へ境内に入った。梅を撮った写真の背景にぼやけて見えるのは山門である。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1250秒 26mm ISO125 )
015_250308086 X900 建仁寺 明星殿G7X.jpg 15.明星殿
明星殿(楽神廟(らくじんびょう)、楽大明神とも言われる)は、江戸時代前期に建てられた(一間社流見世棚造り)桟瓦葺きの祠だそうだ。建仁寺を開山した栄西禅師の母親が岡山吉備津神社の末社である楽御崎神社にお参りし、夢に明星を見て禅師を身籠ったという逸話により、建仁寺境内に祀られている。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 25mm ISO125 )
016_250308207 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 16.塔頭 再来院
三門を左に見ながら進み、鐘楼の右側にある、西来院(せいらいいん)の開山は宋から来た蘭渓道隆(らんけい どうりゅう、1218年 - 1278年)である。北条時頼の招聘で蘭渓道隆は鎌倉にある建長寺の開山となった名僧であり、大覚禅師といわれ日本で禅師号を与えられた最初の禅僧でもある。そして兀庵普寧(ごったん ふねい)の来日を機に、蘭渓道隆は弘長2年(1262年)建仁寺11世住持に迎えられ、塔頭西来院の開山となった。西来院の本堂は内陣中央正面に、大覚禅師の等身木造坐像を安置している。長らく非公開だったが、昨年3月より特別拝観を開始した。そして、今年1月10日から3月18日まで「京の冬の旅」として特別公開されていた。拝観料800円をお支払いして靴を脱いだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影 ( f5 1/500秒 30mm ISO280 )
017_250308212 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 17.「峨眉乗雲」(がびじょうううん)
本堂前庭枯山水庭園「峨眉乗雲」は、蘭渓道隆禅師が修行した、中国峨眉山の巨石を配し、中根庭園研究所の中根行宏氏、直紀氏により作庭された。中根庭園研究所のホームページを見ると、「50年以上の⻑きにわたって中根庭園研究所は、京都内外の数多くの古庭園の管理・維持・修繕を⾏ってきました。」とあった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影 ( f5 1/500秒 18mm ISO720 )
018_250308215 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 18.天井画「白龍図」 -1
西来院のホームページには、「本堂天井全面に描かれております、「白龍図」は中国のビジュアルアーティスト陳漫(Chen Man,チェン マン)氏により制作され、奉納されました。」と記されている。チェン マン氏は1980年、モンゴル自治区生まれの北京で育ち、中央美術学院でグラフィック・デザインと写真を専攻した芸術家府だそうだ。白龍図」は見る位置によって姿が変わる。逆に、全体を把握することが難しい。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影 ( f5 1/250秒 18mm ISO6400 )
019_250308216 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 19.天井画「白龍図」 -2
どれくらいの広さか分からないが、本堂の天井前面に描かれた「白龍図」は見応えがある。奥に見える絵画も現代の作家による作品である。芸術としての価値は優れているのだろうと思う。しかし、西来院という、1200年~1300年ころの古刹と対比して、現代の作家による作品を見ることは、違和感を感ぜざるを得ない。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影 ( f5 1/400秒 29mm ISO6400 )
020_250308219 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 20.「蘭渓道隆坐像(らんけいどうりゅう)
再来院は鎌倉時代に南宋から渡来した禅僧・蘭渓道隆が、建仁寺の住持となった際に創建された。蘭渓道隆は、日本に禅宗を広めるために来日。鎌倉幕府の執権・北条時頼から厚い信頼を得て、鎌倉・建長寺の開山となる。天井画「白龍図」が描かれている本堂に安置されている「蘭渓道隆坐像は、1676年(延宝4年)、仏師・康乗作という。 Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR プログラムオートで撮影 ( f5 1/50秒 30mm ISO6400 )
021_250308228 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 21.「九華青蓮」(きゅうかしょうれん)
この玄関前庭園も、全面改修し、名称を「九華青蓮」として生まれ変わったと記されていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影 ( f5 1/500秒 29mm ISO500 )
022_250308231 X900 建仁寺 西来院 特別公開 Z50 Z18-140.jpg 22.愛因斯担双獅子図?
立派な獅子の金屏風があった。立てられている札を見ると愛因斯担双獅子図のような綴りだが、最初の(愛)もどきの字と、最後の(図)らしき文字はパソコンに収録されていなかった。作者は「白龍図」の陳漫(チェン マン)氏のようだ。羊羹の「とらや」さんが寄贈されている。このあと、西来院を退出して、建仁寺の法堂、本坊、方丈を拝観する。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影 ( f5 1/320秒 18mm ISO6400 )

2025年1月11日

小国神社・岡崎城・香嵐渓 バスツアー ⑤・終わり 香嵐渓広場・足助八幡宮 2024年11月27日 愛知県豊田市足助町

香積寺から香嵐渓広場に下りて来た。まだ少し時間にゆとりがある。広場の一番奥に「三州足助屋敷」という木戸があった。興味を持っていた足助屋敷の家並みの一部が見られるのかと思ったが、どうやら、そこはテーマパークのようだった。木戸銭は大人一人300円だった。入ってみた。
 この「三州足助屋敷」は、昭和55年に開館した施設で、生きた民俗資料館といわれているそうだ。かつての豪農屋敷を再現し、長屋門、母屋、竹屋などは茅葺の木造建築がある。ここの足助屋敷の中では、かつてこの地域で行われていた「炭焼き」、「木地」、「紙漉き」、「機織り」など、暮らしに必要なものは手づくりしていた10種の"手仕事"が行われている。手仕事の中には、体験できるものもあるというが、そんな時間もないし、その気もない。30分ほど見て歩いた。「三州足助屋敷についての記述は、http://asukeyashiki.jp/ を参照させていただいた。
 そろそろ、バスが迎えに来てくれる宮町の駐車場へ戻ることにする。巴川沿いの道は人が多いので敬遠し、その一つ上の道を歩いた。待月橋からは来た時の道を巴橋まで戻った。ここを左へ行くと橋を渡ってバスの駐車場である。右(東)へ行くと足助の町並みが見られたのだが、知らずにバスの駐車場へ向かってしまった。足助の町並みは、尾張、三河と信州を結ぶ伊奈街道の重要な中継地として栄えた商家町だそうだ。重伝建(重要伝統的建造物)の町並みを見て見たかった。
 バス駐車のすぐそばに足助八幡宮の鳥居が見えた。時計をみて10分だけと見にいった。戻ってくるとちょうどバスが迎えに来てくれた時だった。
 帰りは、新東名高速に出て、往路と同じように駿河湾沼津で休憩して、思ったより早く、無事、横浜に帰り着いた。
 紅葉には少し早かったが、まだ緑色の葉と、紅く色づいた葉が混じる、フレッシュな紅葉を楽しむことが出来た。

000_241127429 X700 〇飯盛山 Z50 Z18-140.jpg
京都嵐山を想起させる飯盛山254m 2024年11月27日 愛知県豊田市足助町飯森

081_241127360 X900 ◎三州足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 81.香嵐渓広場
香積寺の石段を踏み外さないように気を付けて下りてきて、再び香嵐渓広場に戻った。ここのイロハモミジの紅葉は誠に見事である。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f4.5 1/500秒 41mm ISO200 )
082_241127365 X900 〇三州足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 82.「三州足助屋敷」入口
香嵐渓広場の東側に、昭和55年に開館した'施設'という「三州足助屋敷」の入り口があった。ハートの形に集められた銀杏の落ち葉に誘われる。これは、「三州足助屋敷」の係の人が作ったのか、それとも観光客が作ったのか? 入場料300円をお支払いして中に入った。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.8 1/500秒 22mm ISO500 )
083_241127371 X900 〇三州足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 83.フレッシュな紅葉
園内のまだ緑色の葉と赤く色づき始めたイロハモミジの葉のコントラストが美しい。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.8 1/500秒 22mm ISO500 )
084_241127377 X900 〇足助屋敷.jpg 84.母屋
入り口を入ったところの左側に見えた茅葺屋根の建物である。大きなわらじや農具らしきものも見えるので、商家ではなく農家のようだ。毎日囲炉裏を焚いて、わら細工、機織りの実演が行われるそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 18mm ISO110 )
085_241127379 X900 〇足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 85.工人館
蔵が3つ繋がっているような工人館という建物があった。工人館というのは、よくわからないが、AIに尋ねてみると、一般的には、労働者(特に手工業や工場で働く人々)を対象とした集会所や支援施設を意味することが多いそうだ。このような施設は、労働者の教育や研修、交流や労働組合活動の拠点、福祉や文化活動の促進、住居や生活支援の提供や、伝統工芸や手仕事の拠点、伝統工芸や手仕事を支援・保存するといった目的で、「工人館」という名称が用いられているそうだ。ここで藍染め体験ができる。紺屋、桶屋の実演もある。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 18mm ISO140 )
086_241127383 X900 〇足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 86.かご屋(かごや)
足助は竹の産地。上質の竹が豊富にとれる。苦竹(まだけ)、淡竹(はちく)、黒竹(くろちく)、雲紋竹(うんもんちく)など様々な種類を用途によって使い分けるという。プラスチックが登場するまでは、カゴやザルなど数多くの竹製品が生活に使われていた。他にも、物干し竿、竹皮など、竹は日本文化の一部。竹製品はしっくり馴染んでいる。移築したという茅葺の小屋で、かご作りの実演が行われている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 18mm ISO1250 )
087_241127384 X900 ◎足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 87.グレートデンかドーベルマンか
ここは味噌小屋というのだろうか。大型犬を連れた方がいた。逞しい大型犬というと、シェパード、ドーベルマン、グレートデンを思い浮かべる。この犬は、はじめドーベルマンかと思った。しかし、ドーベルマンの尾は短いが、この犬の尾は細いが長い。ドーベルマンを調べてみると、その尾が短いのはほとんどが断尾手術をしているからだという。尾の長いままのドーベルマンもいるのだ。ならば、これはドーベルマンかと思ったが、どうも、口から顎へかけての角ばっている形や、その茶色く見える色が違う。グレートデンはどうかと、パソコンでその画像を検索してみると、グレートデンは垂耳である。しかし、立ち耳(立ち耳の手術をした)のグレートデンもいるという。この犬の鼻から下あごにかけての形態は、グレートデンに近い。私の結論は、これは、立ち耳のグレートデンと思う。グレート・デーン(英: Great Dane)は、大型犬の一犬種。大きな体格と穏和な性格の家庭犬として知られる。断耳は、狩猟時にオオカミやイノシシに耳を噛まれたり、引っかけられたりするのを防ぐことがそもそもの目的だったが、現在では、ショードッグとして王侯貴族のような威厳に満ちた外観を表すために断耳(立ち耳の手術)されている。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f5 1/500秒 62mm ISO800 )
088_241127386 X900 〇足助屋敷 Z50 Z18-140.jpg 88.園内の紅葉
藁ぶき屋根の向こうに見える「三州足助屋敷」の紅葉は美しかった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f4.8 1/500秒 51mm ISO280 )
089_241127387 X900 ◎足助屋敷 木地屋 Z50 Z18-140.jpg 89.木地屋
ろくろを回して木地製品をつくっている職人さんがみえた。ろくろを使って、欅(けやき)や栃(とち)などから盆や椀などを作る木地師という。はるか昔は木地師集団をつくり、村から村へ移動して注文をとり、仕事をしたそうである。何本もある仕事道具のカンナは今でも自分でつくる。木目の美しさを生かし、えの油(荏の油)とは、エゴマ(荏胡麻)の種子から得られる乾性油)だけで仕上げる茶盆は、そのままでも美しいが、使い込むと味わい深い色と、手に馴染む感触が楽しめるそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 18mm ISO2000 )
090_241127398 X900 ◎香嵐渓 Z50 Z18-140.jpg 90.巴川沿いの紅葉
あまり時間が取れなかったので、足早に見てしまったが、「三州足助屋敷」を退出した。巴川沿いの道の一段上にある散策路を戻った。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 18mm ISO2000 )
091_241127401 X900 待月橋から 香嵐渓 Z50 Z18-140.jpg 91.巴川対岸の町並み
巴川の対岸の町並みを見ながら歩く。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f4.8 1/500秒 46mm ISO220 )
092_241127405 X900 香嵐渓 Z50 Z18-140.jpg 92.もみじのトンネル
巴橋までの間は「もみじのトンネル」と呼ばれているようだ。イロハモミジが陽を浴びて輝いていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f4.8 1/500秒 46mm ISO220 )
093_241127406 X900 香嵐渓 Z50 Z18-140.jpg 93.国道420号線
巴橋が架かる国道420号線にでた。香嵐渓の表示板が立っていた。国道420号線は愛知県豊橋市街から新城方面に通じている。この420号線の一本北側の旧道を右の方へ行くと、妻入りや平入りの変化に富んだ家並みが約2kmにわたって続く、重要伝統建造物・足助屋敷の町並みが見られたのだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f5.6 1/500秒 67mm ISO100 )
094_241127414 X900 足助八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 94.足助八幡宮
巴橋を渡って、左に入り、その先を右へと来た時の道をたどったのだが、バスの駐車場から、創建は白鳳3年(673年)というの鳥居が見えたので、お詣りしていく。大鳥居は寛政12年(1800年)に改築されたもので、宮町交差点拡張工事に伴い平成14年(2002年)に正面から現在地に移動したとのこと。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f5.6 1/500秒 67mm ISO100 )
095_241127418 X900 足助八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 95.足助八幡宮のお社
足助八幡宮の本殿は、国の重要文化財に指定されている。檜皮葺の三間社流造社殿で、室町時代の文正元年(1466年)11月の建立。明治40年(1907年)5月27日、特別保護建造物(現行法の重要文化財に相当)に指定された。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 20mm ISO125 )
096_241127422 X900 足助八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 96.足助八幡宮境内のイチョウ
大きな杉の木とともに、この銀杏も立派だった。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 18mm ISO180 )
097_241127424 X900 足助八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 97.足助八幡宮と足助神社
鳥居のところまで戻ってくると、写真のような案内板があった。境内も八幡宮と繋がっていた。Wikipediaによると、足助神社の祭神は、鎌倉時代最末期の元弘の乱(げんこうのらん)の忠臣・足助次郎重範だそうだ。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f4.5 1/500秒 18mm ISO110 )
098_241127425 X900 足助八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 98.足助神社 社殿
創建は明治35年(1902年)。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f3.5 1/500秒 20mm ISO180 )
099_241127428 X900 足助八幡宮 Z50 Z18-140.jpg 99.足助八幡宮の鳥居
足助八幡宮の扁額が掛かった大きな鳥居は、国道420号線に面していて、よく目立っていた。

Nikon Z50 NIKKOR Z DX 18-140mm f/3.5-6.3 VR
プログラムオートで撮影  ( f4 1/500秒 22mm ISO110 )
100_241127074tm X900 帰路の富士山 G7X.jpg 100.横浜に帰るバスの中から
12時15分だったかバスは横浜に向かって発車した。往路は見られなかった富士山だったが、駿河湾沼津SAで休憩する前の富士宮辺りだったろうか、雪を被った山頂が見えた。私の席は進行方向右側の列で、この写真は座席から左側上部の細い窓を通して撮ったショットをトリミングした。

Canon PowerShot G7X 8.8-36.8mm f/1.8-2.8 20.2 Mega Pixels
プログラムオートで撮影 ( f2.8 1/1000秒 28mm ISO160 )