読書日記「運命の人」(一、二、三、四)(山崎豊子著、文藝春秋刊)
山崎 豊子
文藝春秋
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これから面白くなりそう手に汗にぎるストーリー展開。
「運命の人」は、他人ごとではない。
力,落ちましたね。
取材力の凄さに驚異
実は、この本。気にはなっていたが、あまり読む気にはならなかった。しかし、友人Mから一、二巻を借りてからはいつもの〝山崎節〟にはまってしまった。5月末に三巻、6月末に四巻が発刊されるのを待って、一挙に読んだ。
読む気がしなかったのは、この小説がいわゆる「西山事件」(別名、外務省機密漏洩事件)を題材にしていたからだ。
一九七一年、元毎日新聞の政治記者が沖縄返還に関する密約文書をスクープしながら、その文書を外務省女性事務官から〝情を通じて〟取得していたとして罰せられた、というあの事件だ。
事件当時、経済記者のはしくれだった私は、重大な外交密約の暴露スクープ報道が、実は〝情を通じた〟結果であったという報道にいささかあ然としたものだ。「特ダネを取るのに、そこまでやるか・・・」。
しかし実はこの事件は、日米で行われた沖縄返還交渉の密約をあばかれようとした政府が巧みに事件をセックススキャンダルに仕立て、事実を隠ぺいしようとした結果だったことを、ある本が思い出させてくれた。
自宅の本棚に隠れていたノンフィクション作家の澤地久枝が、一九七四年に書いた「密約 外務省機密漏洩事件」(中央公論社)という色あせた文庫本(一九七八年版)である。
事件を克明に追っていく澤地は、こう書いている。
「情を通じ」という卑俗な、しかししたたかな実感をともなう言葉――。この人間模様の前にゆらぎ、後退せざるを得ない隠微な精神風土。
佐藤首相がひそかに期し、ひそかにたのしんでいた切り札とはこれだった。
佐藤首相がひそかに期し、ひそかにたのしんでいた切り札とはこれだった。
小説「運命の人 一」では、こんな風に書かれている。
総理室に飄々とした風貌で現れた福出外務大臣は、佐橋首相に文書漏えいをわびつつ「毎朝の弓成記者が密約文書を改進党議員に渡したことは佐橋内閣の統幕運動以外の何ものでもない」と、自らの責任を棚に上げて佐橋首相をあおる。
直前に総理の無能を揶揄するような記事を書いたのが弓成記者と知った佐橋総理は、怒りにまかせて、五台ある電話の一台に手を伸ばし、十時警察庁長官に「一罰百戒で対処せよ」と厳命する。
元内務官僚で゛カミソリ十時〟と畏怖されている十時は、電話を切ってから自室のカーペットを一歩一歩踏みしめるように歩き廻り、総理の怒りをかみしめる。「十時は考えを巡らせ、成算ありと踏んだ。」
直前に総理の無能を揶揄するような記事を書いたのが弓成記者と知った佐橋総理は、怒りにまかせて、五台ある電話の一台に手を伸ばし、十時警察庁長官に「一罰百戒で対処せよ」と厳命する。
元内務官僚で゛カミソリ十時〟と畏怖されている十時は、電話を切ってから自室のカーペットを一歩一歩踏みしめるように歩き廻り、総理の怒りをかみしめる。「十時は考えを巡らせ、成算ありと踏んだ。」
その結果、登場するのが「情を通じ」と書かれた検察側起訴状。弓成記者は国家公務員法違反(機密漏洩教唆)で逮捕され、有罪になる。世論の批判を浴びてて毎日新聞始めマスコミは叫び続けた沖縄返還交渉密約の追求と報道の自由の主張をやめてしまう。
もちろん、小説のモデルになっているのは、佐藤栄作元首相、福田赳夫元外務大臣(元首相)、後藤田正晴元警察庁長官(元副総理)、そして毎日の西山太吉・元記者である。
澤地さんらはこの三月、情報公開法に基づいて、密約文書を公開するよう求める訴訟を起こす(その記者会見の内容はここ)
など、未だに政府との戦いをやめていない。
文書はすでに米国で公開され、明らかになっているという。しかし政府は密約どころか、文書の存在さえ否定する。「もう破棄しされてしまっているというのがマスコミの一般的な見方らしい。
権力は、都合の悪い事実が見つかると、平気で薄汚いセックススキャンダルのベールまで作って隠ぺいしてしまう。それにうすら馬鹿の元記者はもちろん、国民の多くが騙され続けている。
年金記録問題をきっかけに、公文書管理法が成立したが、それが定着し、こんな権力と国民の関係を変えてくれるきっかけになるとはどうしても思えない。それを、この小説は実感させてくれる。
密約―外務省機密漏洩事件 (1974年)
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沢地 久枝
中央公論社
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