読書日記「三國志 第一巻、第二巻」(宮城谷昌光著、文藝春秋刊)
三国志〈第1巻〉 (文春文庫)
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宮城谷 昌光
文藝春秋
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おすすめ度の平均:
ぜひ他の三国志を読んでからハードカバー版より上
変わることのないペシミズム
初めて三国志を読む人には辛いかも...
第一巻は後漢の物語。悪党のオンパレード。黄巾の乱はまだまだ先だが面白い。
▽第一巻
この本を紐解いた最初は、とっつきにくさと読みにくい文体で、かなり戸惑った。
三国志を読んでいるはずなのに、曹操、劉備、孫権は影すら見せない。三国時代に入る前の後漢王朝を入念に描くことによって、抗争を繰り返した三国時代の背景を探るのが、著者の狙いらしい。
第一章は「四知」という見出しで始まる。後漢初期に「四知」(天知る、地知る、汝知 る、我知る)と言って賄賂を拒否した、清廉な政治家「楊震」 の登場である。
その四知という訓言を遺した人物の生死が、きたるべき時代の祅変(ようへん)と祉福(ちふく)とを予感させている・・・
楊震は、天子・安帝に直言してその逆鱗にふれ、宦管(かんがん)の讒言に会って自決する。
後漢期は、安帝などリーダー力のない天子の支配が続き、宦管の専横がはびこる暗黒の 時代であった。
曹操の祖父で宦管でもあった曹騰や同じ宦管の孫程らのクーデターで即位した順帝も跋扈する外戚と宦管を排除できず、後漢王朝の暗転は続いていく。
▽第二巻
なんとも、すごい悪人がいたものだ。妹が皇后になったのをきっかけに権勢を振い、大将軍まで上り詰めた梁 冀(りょう き)である。
自らの力で即位させた8歳の質帝に「跋扈将軍」と揶揄されたに怒って毒殺、強引に桓帝(かんてい)を立てるが、専横ぶりはますますひどくなる。
絶世の美人で、当時のファッションリーダーだった妻の孫寿も女性としては初めて諸侯の地位まで登りつめるが、2人は競ってそれぞれの第宅(ていたく)を建てる。その費用を用立てるため「各地の富人に罪を被せて銭をさしださせた」。
梁 冀は多く林苑(りんえん)も拓いたが「それらを合わせると皇室のそれと広さはおなじ」だった。そこに趣味の兎を放ち「兎を取ったり、殺したりしたものは容赦なく死刑にした」。
逃亡中の犯罪者をかくまうための屋敷を作り、いきなり良民を捕えて奴隷にするという残虐も平然とおこなった。多くの献上品は自分がまず取り、高級とはいえぬものが皇帝に回された。
剣を帯びて禁裏にはいったことをとがめられ、酒に怒りをぶつけた。「たれのおかげで、皇帝になれたのか」。
――大将軍をなだめなければ、わしのいのちは消滅させられる。
桓帝はおびえ続けた。
桓帝は、ついに宦管と諮って兵を送り、梁 冀は孫寿とともに自害する。連座して死刑になったものが数十人。罷免された官吏は300余りにのぼった。「そのため朝廷は空(から)になったといわれる」。
換わりに宦管による専横がはびこり、人民はさらに倦んでいった。
後漢王朝期にはさまざまな叛乱が勃発したが、王朝を傾落させるほどの大乱はなかった。しかし太平道という非武装の宗教組織の拡充をみのがしたことが、致命的となる。濛濛(もうもう)たる黄砂の嵐に、屋根は飛び、門は倒される。
太平道が起こした、黄巾の乱は、後漢王朝が衰弱し、三国時代に移行するきっかけとなった。
この時代。三国時代に活躍する英雄たちが、次々と生まれている。曹操、孫権の父・孫堅 、劉備、そして諸葛亮である。
著者は、随所で彼らが頭角を現していく様子を記述している。
曹操は、抜てきされて黄巾の乱を起こした黄巾賊(目印に黄色の頭巾を頭に巻いていた)を打ち破る。「しかし、曹操に喜色はない」。
――この者どもは、ほんとうに悪か。
・・・確かに黄巾の兵は昂然(こうぜん)と県や集落を襲い、官吏ではない者も殺害 そているが、かれらはもともと偸盗(ちゅうとう)ではなく、力の弱い平民であったでは ないか。その平民を正業につかせずに、流民にしてしまい、妖しげな宗教に奔らせたの は、たれであるのか。・・・
――何という愚かなことを、朝廷はしているのか。
・・・確かに黄巾の兵は昂然(こうぜん)と県や集落を襲い、官吏ではない者も殺害 そているが、かれらはもともと偸盗(ちゅうとう)ではなく、力の弱い平民であったでは ないか。その平民を正業につかせずに、流民にしてしまい、妖しげな宗教に奔らせたの は、たれであるのか。・・・
――何という愚かなことを、朝廷はしているのか。