2012年4月アーカイブ: Masablog

2012年4月24日

読書日記「虚空の冠(こくうのかん)上・下」(楡周平著、新潮社刊)

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 著者の作品を読むのは初めてだが、新聞書評欄で電子書籍を巡る攻防がテーマだと知って、図書館に購読予約してみた。なかなかの人気で時間がかかったが、うまく、上・下巻2冊を同時に借りることができた。

 新聞、ラジオ、テレビの隆盛を経て電子メディアに向かう変遷を縦軸に、それぞれの段階で熱く語られるビジネスプランが重要な横軸になっている。著者が大学院を出た外資系企業のビジネスマン出身だからだろうか。

 昔、新聞社にいたころ、新聞、テレビの繁栄を支えてきたビジネスプランが崩壊の危機にあることを目の当たりにしてきた。メディアの変遷はそれなりに読み飛ばしたものの、電子書籍を巡る過酷な競争の記述が「紙」から「電子」への近未来を予測しているようで、いささか複雑な気分に陥った。

 日本第3位の通信事業会社グローバル・テレコムの芦野英太郎社長と新原亮輔常務は、同じ大学の研究室の先輩、後輩であるだけでなく、ベンチャー企業として創業して以来の同志でもある。

 芦野に呼ばれた亮輔は、アメリカのネット書籍販売最大手のアトランティス(私もよく使うアマゾンがモデルらしい)が発売したばかりの携帯型書籍端末を見せられる。

 通信機能を内臓、携帯通信回線網を使ってアトランティスのプラットフォーム にアクセス、パソコンなどを通さなくても読みたい本がいつでも読めるほか、購読予約しておけば新聞、週刊、月刊誌も自動的に受信できる。

 私も、この正月から遅ればせながら スマートフォンを使い始めた。
 そのタブレット型に近いようだが、液晶ではなく「反射光で活字を見るEペーパー」が使われ、紙そのもののように読める。しかも、すぐに電池切れを起こすスマホに比べ、一度フル充電しておけば100時間は持つすぐれもの・・・。ただ、端末の価格が450ドルもするため、あまり普及はしていない。

 芦野は「このビジネスを一からウチで立ち上げよう」と、亮輔に担当を命じる。しかも、端末は無料で配って自社の携帯電話収入を一挙に引き上て業界トップをうかがう一方、自社で立ち上げる電子出版プラットフォームで「日本の活字メディア制覇」を狙う計画だ。

 
芦野の目が爛爛と輝き出す。


 
「俺はな、今のネットは、そう遠からずして最初の総括の時を迎えるんじゃねえかと思ってるんだ。確かにネットは便利な代物さ。キーワードを入れれば、該当する項目がずらりと表示される。しかも、それらのほとんどが無料だ。まさに、膨大な数の利用者が作り上げた巨大なデータベースそのものだ。だが、良く言われているように、玉石混交、真贋入り乱れるという致命的欠陥がある。それでも利用者が減らないのは、情報を欲している人間がいるということだ。第一、ネットだって情報の多くは活字で伝えられるんだぜ。この事実一つとっても、活字を読むという行為そのものは放棄しちゃいないってことだろ。変ったのは、活字を読ませる媒体でありツールだ」


  このビジネスプランのポイントは、新聞や出版、テレビ会社などコンテンツの出し手とどう手を結ぶかにかかっている。

 亮輔は義父のつてを頼って、新聞、出版、テレビ、ラジオと日本最大級のメディアグループを率いる極東日報会長の渋沢大将に会い、自社のプロジェクトを説明、共同で事業を立ち上げようと持ちかける。電子メディアに押されて極東グループは、新聞販売部数、広告の減少で、深刻な経営危機に陥りつつあった。

 
「この話しに乗った場合、我々に想定されるリスクは?」
渋沢は、直裁に訊ねた。
「強いて言うならコストでしょうか。新聞ならば、電子端末用に記事をレイアウトし直す作業が必要となります。加えて、紙媒体用のデータをそのまま転用しょうとすると、フォーマットの違いから、文字化けが起きます。その修正作業が必要になりますが、単行本はともかく、新聞、週刊誌は校閲の手間が一回増える程度のことです。あとは完成データを我々のサイトにアップロードしていただくだけです」


 
亮輔の最後の言葉を聞いた瞬間、渋沢ははっとした。この話に素直に乗れぬと思っていた何か。その正体がはっきりと分かったからだ。
我々のサイトに乗せる。それは情報の発信元を一手に握られ、強大な権力を与えてしまうことを意味するからだ。


 クリスマスに、グローバル・テレコムの新事業は、極東日報に替わって毎朝新聞が参加して花々しくスタートした。

 その動きを冷静に見ながら、渋沢は秘かに大手出版六社、第1位の携帯電話会社ワールドフォン、大手家電メーカー、パシフック電器と新たなプラットフォームを立ち上げる準備を進めていた。経済界に強い影響力を持つ渋沢だからこそできたグループ化だった。

 6月に投入された電子書籍端末「ノア」は、コンテンツの多様さと価格の安さの相乗効果で一気にシェアーを伸ばし、先駆者グローバル・テレコムが「切り開いた沃野を奪い去った」。

 「紙か電子か」の選択を迫られるなかで、渋沢は冷徹に自らを育ててくれた「紙」を捨てた。新聞販売店が経営危機に陥ったが、渋沢は民間人に与えられる最高位の勲章 「旭日大綬章」を受けることになった。「新メディアの確立に貢献した功績」を評価されて・・・。

 亮輔の義父新原孝造は、終戦直後、新聞社の大切な情報伝達手段だった伝書鳩の飼育担当だった。その仕事が時代の流れでなくなり、先輩である渋沢の世話で新聞販売店を経営していた。その店がつぶれるのも目に見えている。その旗振り役が渋沢と知って驚く。

 孝造は、箪笥のなかから古い書類を取りだし、伝書鳩の通信管に入れ、極東日報のライバル社毎朝新聞に向けて飛ばした。

 その書類には、渋沢が綬勲した「旭日大綬章」を地に落とし「虚空の冠」にしてしまうであろう通信文が書かれていた。

 


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