「宮崎・高千穂紀行」(2013年9月21-23日)
9月末の連休に、友人Mらと日向伝説・天孫降臨の地といわれる宮崎県高千穂町を訪ねた。
今年初めの「出雲紀行」に続く"神話帰り"の一環といえばかっこいいが、たまたま飛行機が取れたので、急きょ出かけることにした。日程も短く天孫降臨伝説のもう1つの候補地である鹿児島県霧島の高千穂峰を訪ねる余裕がないのはいささか片手落ちの感もあったが・・・。
21日夕方に宮崎空港に着き、市内のホテルに向かうタクシーの運転手さんが、さすが観光立国の案内人。高千穂の 天岩戸神社などに行くと言うと、アマテラス以降の神々の系譜や天岩戸神話などをとうとうとしゃべり始め、こう質問してきた。
「弟の スサノオの乱暴に困ってアマテラスがお隠れるになった天岩戸をこじ開けた神様・ アメノタジカラオが力いっぱい投げた岩戸はどこに落ちたか知ってる?」
「長野県の戸隠でしょう(こちらも少しは事前勉強をしてきた)」 「それじゃあ、その神様が岩戸を投げた技の名前は」「知らない・・・」「神技(かみわざ)!」 ユーモアあふれる案内人に恵まれて、幸先の良いスタートとなった。
来る前に読んだ「高千穂幻想」(千田稔著、PHP文庫)、「鬼降る森」(高山文彦著、幻戯書房刊)などによると、天孫降臨の地を巡って宮崎、鹿児島両県で長年の対立が続いてきたという。ところが、宮崎県人であるこの運転手さんやその夜、漁獲が解禁になったばかりというイセエビの活造りを楽しんだ寿司屋の主人は「それは鹿児島・高千穂峰でしょう」と、あっさり言うのが不思議といえば不思議だった。
それでは、明日訪ねる高千穂町の天岩戸神社や神々がお隠れになったアマテラスを引き出す協議をするために神さまたちが集まったという天安河原って、なに?・・・。
神話は長い間に人々が伝承として作り上げられたものというのが真実だろうし、高千穂町の天の岩戸神社や天安河原も、後世の人がそれらしい場所にかぶせた名称と考えるのが正解だと思う。
白洲正子も 「名人は危うきに遊ぶ」(新潮文庫)の「神の国 高千穂」の項でこう記している。
おそらく古代の語り部から、中世の山伏、信仰心の篤い高千穂の里人に至るまで、こぞって造りあげたのがこの高天原の聖地ではなかったか。・・・はるか遠くの国から渡来した民族が、祖先の事蹟を伝えるために、風光明媚な高千穂の地をえらんだとしても不思議はない。
白洲正子にならい、せっかく神話の里を訪ねる機会をたっぷり楽しんでやろうと翌22日、宮崎駅午前8時発の「記紀編さん1300年記念 神話巡り・高千穂コースツアー」バスに乗り込んだ。
このツアー、記紀1300年ツアーということで、県の補助も若干出ているらしくけっこうな人気で数日前にキャンセルが出てやっと参加することができた。
高千穂町までは片道約3時間もかかる長旅だ。高千穂町に近づくにつれて狭い山間に日本棚田百選に選ばれたという稲の収穫ま近かの棚田が続く。
梅原猛が著書天皇家の"ふるさと"日向をゆく」(新潮文庫)で「シラス台地の霧島と異なり、水と稲作に恵まれたここが天孫族が〈いと吉き地〉とほめたたえた高千穂に違いない」と断言しているのもうなずける。
11時過ぎに 高千穂神社にやっと着く。急な石段を登ると垂仁天皇時代に創建されたという高千穂八十八社の総社は、スギの大木に囲まれた比較的小さなお社だった。
右から7,5,3本の藁茎を下げる「七五三縄」と呼ばれる 注連縄(しめなわ)が珍しい。アマテラスが再び天岩戸にこもらないように張り巡らされた縄に起源があるという。
周囲の民家の軒先にも同じような注連縄があり、地元銀行の支店玄関にあるのは特大。ここは"神々の町"であることが分かる。
昼食の後、天然記念物の高千穂峡の奇岩を見た後、天岩戸神社西本宮に向かった。特別ツアーということだろうか拝殿(ここには本殿はない)裏を神官に特別に案内してもらい、対岸にある撮影禁止の天岩戸を見ることができた。この岩戸がご神体なのだ。
木樹におおわれ、長い年月で崩れかけた洞くつのようだが、梅原猛は「女性の(あそこの)形によく似ている」と前著に書いている。男性や女性のあの個所を大切に思う縄文時代からの信仰心の現れなのだろうか。
梅原猛は、こうも書いている。
ニニギノミコトが天降られたこの地に(天上にあるべき)高天原にあるべき天岩戸があるのはたしかにおかしいが、ニニギノミコトの身になって考えれば、やはり自分をこの国にお遣わしになった祖母アマテラスをお祀りする場所を作らないほうがおかしい。それでニニギノミコトは天岩戸に似た洞窟を探してアマテラスを祀ったのであろう。
この日はこの神社の秋の大祭にあたり、拝殿横の神楽殿ではお神楽が奉納されていた。神楽殿の四方に「彫り物(えりもん)」と呼ばれる和紙の切り絵が張られている。
拝殿横に植わっている 古代イチョウや天岩戸の前で アメノウズメの神が枝を持って踊ったと伝わる オガタマノキの大樹も珍しい。神官が見せてくれた古代イチョウの実は細長く、普通のぎんなんとまるで形が違っている。
天安河原への入り口は、天岩戸神社から5,6分。細い道を下っていく途中の橋から上流に向かって手をかざすとパワーを感じる、という。試してみたが「左手がなにかピリピリする」感じがした・・・?。道は、パワースポット巡りの若者たちなどでけっこう混雑している。
降りきった広い河原が、神々が天岩戸に隠れたアマテラスの出現を願って集まった天安河原という。ベテランのバスガイド(定年になったが、最近のスピリツアルブームで引っぱりだされたらしい)によると「ここは(神々が協議した)日本最古の国会議事堂」。
すぐ横に 「仰慕窟(ぎょうぼがいわ)」といわれる不気味なほど大きな洞窟がある。その一番奥に「八百万の神」を祀る小さなお宮まである。
なんとも舞台装置がそろいすぎた感があるが、これも「小さな子どもでも拝殿の作法を知っている」という高千穂の人々の信仰心の深さから出たのだろう。
その夜は、宮崎特産の宮崎牛や 地頭鶏(じどっこ)を楽しみ、翌朝はイザナギノミコトが禊(みそぎ)をしたといわれる 阿波岐原(あわきがはら)を訪ねた。
市民の森になっている広大な深い森の一角にイザナギ、イザナミを祀る 江田神社があり、根本が3本に分かれた力強いクスノキやオダタマノキの大樹に囲まれた森閑とした細長い参道が続く。その後ろにある みそぎ池(御池)では睡蓮が咲き始めていた。
神武天皇を祀る宮崎神宮にも参った。鳥居の前にそびえる ラクウショウの巨樹は初めて見た樹だった。
この後、空港でグラス売りをしていた宮崎産の焼酎で乾杯し、正午前の飛行機に乗った。いささかあわただしかったが、これまで食わず嫌いの感があった古代神話を垣間見れたなかなかいい旅だった。
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