「熊野 桜紀行」(2010・3・20-23)
荒れ模様の天気予報だが「熊野古道をのぞいてみようか」と、友人と出かけた小さな旅が、思いもよらず一足早い桜見物になった。
20日(土)の午後の特急で南紀・白浜へ。普通電車に乗り換え、夕方には椿温泉に着いた。肌にまとわりつくような硫黄泉の"まったり"した温かみはくせになりそう。温泉歴はそう長くないのだが、独断で言わせてもらうと、ここのお湯は"日本一!"。それなのに、閉鎖した旅館や商店が多いのが寂しい。
翌朝の太平洋は、強風で大荒れ。それに黄砂がひどく、海と空の見境がつかないほど灰色でおおわれ、白い波がすごみを効かせている。
バス停前の広場にあったの桜が、この旅で出会った桜第一号。ほぼ満開に近く、若葉と一緒に咲いているから自生のヤマザクラだろうか。細い幹が絡み合って伸びており、木肌はソメイヨシノのそれとは、かなり違うように思える。
白浜駅でバスを乗り換え、「紀伊山地の霊場と参拝道」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている熊野三山の一つ、熊野本宮大社へ。
バスを降りたところに、熊野古道の情報拠点「世界遺産 熊野本宮館」がある。地元の木材を使って、昨年オープンしたばかりだ。白木の柱と空間が、木(紀)の国らしい。
本宮館の裏手、熊野川の土手にある一本桜の下で、白浜で買った「めはり寿司」をほおばる。この桜は、間違いなくソメイヨシノのように思えるが、もう3分から5分咲き。満開が近そうだ。
すぐ前の国道168号線沿いの鳥居をくぐり、幟(のぼり)がはためく158の石段をゆっくり登る。
入母屋造りの本殿のすぐ右手にある「枝垂桜」はほぼ満開だ。左手の庭園のやや小ぶりの枝垂桜も8分咲きで、居並ぶ4殿を盛りたてている。
大社の石段を降り、田んぼのなかの1本道を南に歩く。高さ33.9m、横42m、日本一という大鳥居をくぐった「大斎原(おおゆのはら)」は、桜競演の園だった。
白っぽい桜を地元の人は「吉野桜」と言い、熊野本宮観光協会に帰宅してから電話すると「ソメイヨシノのはず・・・」と。
熊野川と音無川、岩田川に囲まれたこの中州に、以前は熊野大社があったが、1889年の大洪水で、山の上に移された。
今は、中4社、下4社を納めた2つの石祠を守る杉と桜の森に囲まれた大斎原は、なにか心がのびやかになる広々と明るい空間だ。
さて、いよいよ熊野古道の一つ「大日越」という山道を歩いて湯の峰温泉に入る。
そのはずだったが、道を間違えた。温泉に行く車道に入ってしまい、行き交う車に驚き、強風で帽子を谷に落とし・・・。すっかり疲れはてたところに、親切にも停まってくれた地元の人の車に乗せてもらい、湯の峰王子で降ろしてもらった。
「王子」というのは、熊野古道特有の"神社"。古道の途中に多く設けられており「九十九王子」という言葉も残っている。
観光案内には、中世の時代、熊野参拝をする貴族が休憩をした場所という説明が多いが、帰りの列車で読むため、紀伊勝浦の本屋で買った「熊野古道」(小山靖憲著、岩波新書)には「御幣を奉ったり、読経供養したりする神仏混淆の儀式が行われたところ」と書かれている。
湯の峰温泉は、山合いのしっとりとした温泉だった。川沿いに「つぼ湯」という、世界遺産では唯一という公衆温泉がある。貸し切りのため、待ち時間が1-3時間。替わりに、別棟の公衆温泉、熱ーい「薬の湯」へ。90度の湯がわき出す「油筒」(柵で囲った温泉井戸?)では、卵をゆで、さつま芋をふかした。
翌日は、新宮駅行きのバスに乗り、熊野三山の二つ目「熊野速玉大社」へ。熊野本宮がくすんだ木の柱とかやぶきの屋根で歴史を感じられるのに対し、速玉神社は「熊野造り」といわれる朱と黄色に塗られた社殿が鮮やかだ。
花火で社殿がすべて焼失したため、1953年に再建されたらしい。たまたま結婚式がおこなわれていた。鮮やかな朱塗りの柱が、白無垢と黒の衣装になじんでいる。
鳥居前から紀伊勝浦行きのバスに乗り、那智駅で別のバスに乗り換えて、3つ目の「熊野那智大社」に向かう。
途中の「大門坂」で、リュックをかついだ若者など、ほとんどの人が降りて行った。後で調べると、杉林を縫う石畳道が大社に通じているらしい。また「熊野古道」を歩くチャンスを逃してしまった。
急な石段を左に行くと那智大社、右へ行くと西国33箇所第1番札所「青岸渡寺」。寺の右側から「那智大滝」を臨める。神仏習合だった熊野3山は、明治初期の神仏分離令で一緒にあった寺院は廃止されてしまったが、那智だけは小さな阿弥陀堂が残され、それが現在の青岸渡寺になった、という。
ここの桜は、まだまだ小さい若木が多い。その下を平安時代の衣装(ひとそろい3000円とか)の若い男女が歩き、女性たちがすそをからげて石段を登ってきて、桜に花を添える。
石段を少し降りた広場のしだれ桜の下で休憩する。
見上げると、正面に巨大なコンクリートのお城のような建物、青岸渡寺の信徒会館らしい。寺院の茅葺の屋根が少しのぞき、石段と鳥居の上に熊野造り朱塗りの壁、その左にコンクリート造りの社務所がどんと控え、隣に鉄骨組の駐車場。
全体のイメージづくりに無頓着な、日本的世界遺産の風景である。
熊野造りの建物群のなかに溶け込んだ桜の花を夢見たのは、ただ春の幻だったのか。