2012年7月アーカイブ: Masablog

2012年7月19日

 読書日記「愉快な本と立派な本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選 1992-1997」



愉快な本と立派な本  毎日新聞「今週の本棚」20年名作選(1992~1997)
丸谷 才一 池澤 夏樹
毎日新聞社
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  「快楽としての読書 日本篇 海外篇」(丸谷才一著、ちくま文庫)の後を追うように出版された。前著が週間朝日に掲載された丸谷才一の書評を選んでいるのに対し、表題書は毎日新聞の書評欄に様々な評者が書いたものを丸谷才一、池澤夏樹両氏が選び出したもの。

 図書館に買ってもらい、パラパラめくりながら、気になるページにポスト・イットをはさんでいくと、結果的に丸谷才一の書評が一番多くなった。  「カサノヴァの帰還」、(A・シュニッツラー著、金井英一、小林俊明訳、集英社)の評には「小説は大好きだが、今出来のものは辛気くさくて鬱陶(うつとう)しくてどうもいけないと言う人にすすめる」とある。  18世紀の高名な色事師カサノヴァの50代を19世紀末の「世紀末ウイーンの恋愛小説の名手シュニッツラーが老境にさしかかって描いた作品とか。シュニッツラーは「社会の約束事を踏みにじった人間の研究をしようとして、絶好の題材を得た」。何年か前に、「世紀末ウイーン探訪の旅をしたことを思い出した。

カサノヴァの帰還 (ちくま文庫)
アルトゥール シュニッツラー
筑摩書房
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ミステリー・映画評論家「瀬戸川猛資」の「夢想の研究 活字と映像の想像力」(早川書房)についての項では「嘱望する評論家の出現。じつにおもしろい本をひっさげて彼はやって来た」と絶賛している。
 瀬戸川の説は「突拍子もないが、説得力がある」という。例えば「オーソン・ウエルズの「『市民ケーン』はエラリー・クイーンの「 『Xの悲劇』の換骨奪胎」「アメリカ映画に聖書物が多いのは、ハリウッドの帝王たちがみなユダヤ人で、ユダヤ教の信仰を捨てていないから」など・・・。
 丸谷は、毎日の書評欄を引きうける際、瀬戸川とエッセイストの「 向井敏を評者に起用したが、この2人は若くして世を去った。丸谷は表題書のまえがきで「桃と桜に分かれたような大きな喪失感を味わされた」と悼んでいる。

夢想の研究―活字と映像の想像力 (創元ライブラリ)
瀬戸川 猛資
東京創元社
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 その瀬戸川が「丸谷才一 不思議な文学史を生きる」(丸谷才一著、新井敏記編 文藝春秋)を評して「誰だぁ? 文学をおもしろくないなんて言うのは?」と切り出している。
 新井の丸谷へのインタビューで編成させているのだが、過激かつ戦闘的な内容に満ちている。  「鴎外は小説家の才能としては、そんなに恵まれていなかった人じゃないかと思いますね。想像力による構築という才能がないでしょう」「小説家的才能においては、夏目漱石のほうがずっとあったと思いますね」
 特注のお奨め品だそうである。

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丸谷 才一
文藝春秋
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 向井敏の書評もかなり掲載されているが「丸谷才一批評集 全6巻」(文藝春秋)も、堂々と評している。
 丸谷がはじめての評論集「梨のつぶて」(晶文社)を公にしたのは昭和41年のことだそうだが、向井が一読して驚くのはその守備範囲の広大さ。
 古典から近代文学。英米文学に王朝物語や和歌。正宗白鳥の空想論、菊池寛の市民文学、北杜夫のユーモアを語る・・・。その守備範囲の広さの脳裏には「日本の近代文学を袋小路に追い込んできた実感信仰、実生活偏重から救いだす」という大きな構想があったという。  そして今回の全6巻批評集は、丸谷がしっかりした基盤のうえに批評を築いてきた証になっているという。
 それに花を添えているのが、各巻巻末の対談らしい。池澤夏樹、渡辺保川本三郎ら若い気鋭の批評家の大胆不敵な仮説や機敏を衝く問いに「著者(丸谷)はしばしばたじろぎ、・・・感無量だったのではあるまいか」

 丸谷の書評を、もう1篇。

 「泥棒たちの昼休み」(新潮社)の著者・結城昌治のことを、丸谷は「舌を巻くしかないくらい文体がよい。常に事柄がすっきりと頭にはいって、文章の足どりがきれいだ」と絶賛している。
 この本は、刑務所の木工場で働く懲役囚が昼休みにする話しを綴った短編集だが、明らかに阿部譲二「堀の中の懲りない面々」に刺激された設定。それが「次々と新しい工夫で読者を驚かし、(結城自身が)何年か(刑務所に)入っていたのかと疑いたくなる」出来栄えらしい。
 「近代日本小説の主流の筆法と対立する、いわば西欧的な書き方を、こんなに自然な感じで身につけている探偵作家は、ほかにいなかった」
 希代の書評家にこれだけほめらると、天国の結城も作家冥利につきると照れていることだろう。

泥棒たちの昼休み (講談社文庫)
結城 昌治
講談社
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   書評集というのは、これまではどちらかというと敬遠していたが、浅学菲才の身に新しい知的刺激を与えてくれる。なかなか捨てがたい味わいを感じた。

 ところで、この表題の本。丸谷と池澤夏樹の共編になっているのだが、丸谷に並ぶ書評家として勝手に"尊敬"して池澤の文章が「書評者が選ぶ・・・」などの短文にしか見当たらないのが、なぜなのか。いささかもの足りない。

 

2012年7月 7日

読書日記「雪と珊瑚と」(梨木果歩著、角川書店刊)

雪と珊瑚と
雪と珊瑚と
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梨木 香歩
角川書店(角川グループパブリッシング)
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著者の追っかけ"をしているつもりはないのだが、この人の新しい作品が出ると読みたくなる。

 このブログで著書にふれるのは、 「西の魔女が死んだ」 「僕は、僕たちはどう生きるか」と訳書の 「ある小さなスズメの記録」に続いて4冊目になる。そのほかにも読んだ本が数冊。自分でも、いささか驚いた。

 この本の購読希望も多く、図書館に申し込んで借りられるまで3カ月待たされた。

 それぞれの筋立ては異なるが、キーとなる縦糸は変わらないような気がする。自然への憧憬や愛着、食べ物の大切さ、そして人を思いやる心・・・。

 主人公の珊瑚は、追い詰められていた。今年で21歳になったが、1年前に結婚した同い年の男は定職もなく、珊瑚が働いていたパン屋の収入を当てにしていた。男から言われて、すぐに離婚した。赤ん坊の雪は7か月。ようやくお座りができるようになったばかりだった。

 働かなければならないのに、公立の保育園も個人経営の託児所も受け入れてくれなかった。ただでさえ、少なかった貯金はみるみる底を突いてきた。

 小学校の時、母親が何も食べ物を置かずに家を出て行き、スクールカウンセラーのところでもらったトーストとミルクで生き延びたことがあった。それ以降も、自分の力でやってきた。しかし今は雪がいた。

 
貰いものの重いバギーに雪を乗せ、向かい風の吹く中を散歩しているうち、気がつけば下を向いて泣いていた。
 自分は泣いているのだ、と気づくのに、一瞬間があった。「泣く」という行為が、かつて自分のとろうとする行動の選択肢にあったためしはなく、とった行動にあったためしもなかった。


 歩いてきた通行人を避けるために、慌てて曲がった道沿いの古びた家に小さな貼り紙があった。

 「赤ちゃん、お預かりします」

 主人の薮内くららは、外国生活が長い元・カトリックの修道女。有名な聖人である アッシジの聖フランシスコを敬愛していた。くららという名前は、聖フランシスコの教えを体現化した クララ(アッシジのキアラ)からつけていた。

くららは、総菜を作る天才だった。

 珊瑚が翌日訪ねた時に出てきたのが「おかずケーキ」。具は、おかずの残り物。シチューやマッシュルームとピーマンを炒めた物、茹でたアスパラガスの残りが入っていた。

 そのやわらかいところをチキンスープに浸して、雪の口にそっと差し込んだ。二回目にスプーンを持っていくと腕を上下させ「ぶわぁ」と言った。「もっとくれ」という意思表示だった。

 クローヴを入れたスネ肉の煮込み、フェンネルのパウダー入りコールスロー。アトピーの子供に食べさせる長芋と、うるち米の粉、蜂蜜でつくったパン。
 有機栽培のキャベツの外葉(売り物にならず、捨てるところ)を炊いてどろどろにし、ベシャメル・ソースを混ぜたスープ、魚のタラとジャガイモ、サワークリームを使ったコロッケ。
 油揚げと小松菜、水菜を油なしに炒めたもの、大根の茹で汁に塩を入れただけの吸い物。小玉タマネギをコンソメスープで半透明になるまで煮たカップ入りのスープ。タコサラダに、ニンジン、クレソンンとプルーンのサラダ。ホウレンソウは大鍋で茹でて、ソテーに生クリーム煮、ポタージュ、キッシュ・・・。

くららに教えてもらいながら「これらの総菜を提供する店を作りたい」。珊瑚は、こんな夢を膨らませていった。
 周りの人たちの思いもよらない協力で、それが現実となっていく。資金は政府系機関の起業家資金400万円を借り、食品衛生責任者の講習も受けた。

店は、保護樹林付きの古い空家を借りることができた。
 庭には、時々タヌキが出た。「西の魔女」の庭や「僕は、僕たちは・・・」の「ユージン君」が住む家の庭によく似ている。

店の名前はズバリ「雪と珊瑚」。門から店までの道は雨になるとぬかるんだ。わざわざ厚底の靴を履いて来る常連に「舗装はしないでください」と頼まれた。

  常連の1人になっていたエッセイストが雑誌に掲載した文章が、評判になった。

「......そのいわば鎮守の杜になんとカフェが出来たのです。最初感じたのは、小さな憤慨と落胆でした。けれどそこでなにやら工事のようなものが始まったとき、あれ? と思いました。木が、一本も切られなかったのです......いつも閉ざされていた門扉は開け放たれ、細い小道を堂々と歩くことが出来るようになりました。小道は、普通の民家のようなカフェの入口まで続いており、天気の良い日は、鳥のさえずる声が陽の光と共に木々の枝を通して降り注ぐし、雨の降る日は、木々の菓を伝う滴の音が辺りに響いて、深い森の中にいるようです。この小道に足を踏み入れた時から、すでにカフェ 『雪と珊瑚』 は始まっているのです」


目の回るような忙しさが続いた。

 その成功を見て「あなたの無意識な計算高さ、ずる賢さ・・・が、鼻についてたまらない」とそしる手紙を送ってきた元同僚がいた。

 疲れとショックで珊瑚は寝込んでしまい、雪もひどい熱を出して夜泣きが続いた。

 それを、周りが支えた。別れた男の母親が突然現れた。養育費をと何度も申し出た。「なんだか炊きたてのご飯のように温かい人だ」と、珊瑚は思った。

 自分を捨てた母親に、開店資金を借りる保証人を頼んだら「あんたの保証ならできる」と断言した。「母性などないに等しい女性だったが、少なくとも子どもを信頼していた」

 
雪はサトイモの含め煮をスプーンにのせ、自分で口に運んだ。そしてもぐもぐと口を動かした後、呑み込むと、楽しそうに体を揺らし、歌うように繰り返した。 「おいちいねえ、ああ、ちゃーちぇ(幸せ)ねえ」


(追記①)
 この本の冒頭近くで詩人・ 石原吉郎(よしろう)の名前が突然出てきて、びっくりした。
 このブログに書いた辺見庸の 「瓦礫の中から言葉を」で紹介されていた詩人である。
 梨木果歩は、主人公の珊瑚に「私は好きでした。なんか、きゅーと気持ちが集中していく感じが」と語らせている。作者の心の琴線にどうふれ、作品に反映しているのか・・・?図書館で石原吉郎の詩集を借り直してみようと思う。

(追記②)
 この小説のちょうど真ん中あたりで、1997年に アッシジの聖フランチェスコ大聖堂を地震が襲った事件が出てくる。4人が死亡、上部大聖堂のフレスコ画が粉々になった。修道女だった薮内くららが現場で、被災者の支援活動をした、という想定だ。
 この時、多くのボランティアが30万個に及ぶフレスコ画の破片を拾い集め、修復のプロがジグソーパズルのような作業を続け、2006年4月にほとんどのフレスコ画を元に戻した。私が巡礼団に参加して、この再現されたフレスコ画を見たのは、その年の9月だった。

 くららは語る。
 
「どんな絶望的な状況からでも、人には潜在的に復興しょうと立ち上がる力がある。その試みは、いつか、必ずなされる。でも、それを、現実的な足場から確実なものにしていくのは温かい飲み物や食べ物――スープでもお茶でも、たとえ一杯のさ湯でも。そういうことも、見えてきました」 


 この小説は、東北大震災の被災者への応援歌でもあった。

 


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