2009年4月アーカイブ: Masablog

2009年4月28日

読書日記「少年譜」(伊集院静著、文藝春秋刊)


少年譜
少年譜
posted with amazlet at 09.04.28
伊集院 静
文藝春秋
売り上げランキング: 54444
おすすめ度の平均: 5.0
5 やっと読むことができた「トンネル」

 文芸評論家の北上次郎が、読売新聞の書評やNHK・衛星放送の番組「週刊ブックレビュー」で、この本を激賞していた。
 その番組を見て、芦屋市立図書館公民館分室にあるのをホームページで確認、午後になって借りに行ったら、すでに貸し出しずみ。油断大敵でした。それでもなぜか翌日、借りることができた。

 北上次郎によると、著者・伊集院静は「少年小説の名手」だという。そういうジャンルが本当にあるかどうかは知らない。だが〝少年〟をテーマにしたこの短編集は、静ひつでいて、凛とした情緒にあふれている。そのうえ、なにか洗練されたセンスの良さも感じさせてくれる文章である。

 ・「少年譜 笛の音」

 捨て子を養子にした老夫婦に育てられ、寺で修行していた少年・申彦はふとした縁で植物生態学の権威である博士の養子にと請われる。少年は養父母と一緒に生きたいと願うが、少年の将来を願う養父母や寺の和尚にさとされて東京に行き、苦労を重ねながら植物学者として大成する。
 申彦博士は、久しぶりにふる里を訪ねて養父母の墓に参り、義父が作ってくれた横笛を吹いた。
 陽が傾きはじめたのに気づき、博士は立ち上がると、もう一度ゆっくりと墓石を見つめ、かすかに微笑み、山道を下りていった
 やわらかな山の風が博士の背中にやさしく吹きよせていた


 ・「古備前」
  鮨屋として独立したイサムのもとに見習いで入った少年・悠(ユウ)は、イサムが独立した時に人間国宝の陶芸家から送られた古備前の器を誤って壊してしまう。
イサムはカウンターに入ると、悠の肩をそっと叩いた。・・・
『ユウ、欠けらを拾おうか』
イサムはそう言って悠としゃがみ込んだ
悠の肩が震えていた
『職人は人前で泣くもんじゃない』
悠の涙は止まらなかった

 イサムは、小学校時代に学校の大切な壺を壊してしまうが、校長先生がやさしく許してくれたことを思い出していた。

 各篇に共通している座標軸は、一心不乱に人生に挑戦する少年と、その少年を自らの幼少体験を大切にしながら見守る大人との交流ということだろうか。
 直木賞作家である著者は、朝日新聞書評欄のインタビューでこう話している。
 子供は国の宝。血がつながっていなくても大人みんなの宝という発想が必要
 自我が確立する少年期で最も学ぶべきは、他人の痛みを共有できるかどうか。だがその痛みがいや応なくやってくるのが人生。そのことを書きたかった


 この本の題字、著者名、各編のタイトルは、のびやかな書体で書かれている。それが、文章のリズムと不思議にマッチし、心をなごませる。
 女流書道家・華雪の作品である。

 ・余談・本屋大賞のこと。

 今年の本屋大賞で2位となった「のぼうの城」(和田竜著、小学館)をやっと図書館から借りることができた。
 なぜかえらく評判が高くて購読希望者が殺到、借りられるまで半年以上待たされたが、読後感は「おもしろくないとは言わないけれど、ウーン」という感じ。
石田三成の大軍を苦しめた北条氏配下の城をまかされた「のぼう様(でくのぼうの愛称という)」の人物設定、戦略はそれなりに楽しめるが、なにかもうひとつ盛り上がりに欠ける。

どうも最近の本屋大賞は、出版社と大手書店が共同で繰り広げる多彩な宣伝で売れた本が選ばれる傾向があるようだ。
今年の1位になった「告白」(湊かなえ著、双葉社)にいたっては、出版社と首都圏の書店員が「湊かなえプロジェクト」というチームを立ち上げ、その会議の結果で表紙、タイトルまで決めた、という。芦屋市立図書館の購読申込者を先日見てみたら、176人。借りれるまで、数年はかかりそうだ。過熱人気も、ここまでくると、いささか鼻につく。

 本屋大賞はこれまで、小川洋子の「博士の愛した数式」(新潮社)や恩田陸の「夜のピクニック」(新潮社)など、すばらしい作品を選んできた。だが、来年からはちょっと眉につばをつけて、用心しながら見ていこうという気になる。

のぼうの城
のぼうの城
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和田 竜
小学館
売り上げランキング: 866
おすすめ度の平均: 4.0
3 本屋が薦めるのって......
2 お高いラノベ
4 読者層を選ばない
3 新世代の時代小説
5 乗り出したらやめられない

告白
告白
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湊 かなえ
双葉社
売り上げランキング: 108
おすすめ度の平均: 3.5
1 嫌悪感だけが残った
1 第一章は素晴らしいが・・・・
4 現代社会へのアンチテーゼ
3 本屋大賞には。。。
3 もう一章「執筆者」を足しては?

博士の愛した数式 (新潮文庫)
小川 洋子
新潮社
売り上げランキング: 6388
おすすめ度の平均: 4.5
5 「ああ、静かだ」
5 胸にじわっとくるのもありよね。ちょっとしんみりしたい、本。
5 やさしい気持ちになりました。
2 陳腐
5 大好きな本です。

夜のピクニック (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
売り上げランキング: 6405
おすすめ度の平均: 4.0
1 苦痛!
5 後味の良い小説
5 事実は小説より奇なり
5 歩行祭というイベントが青春時代の想い出とマッチしていた
5 青春小説


2009年4月21日

読書日記「やんごとなき読者」(アラン・ベネット著、市川恵里訳、白水社刊)


やんごとなき読者
やんごとなき読者
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アラン ベネット
白水社
売り上げランキング: 65702
おすすめ度の平均: 4.5
4 臣民による女王のための読書賛歌
5 三つの愉しみ


 〝やんごとなき〟なんて、いささか古色蒼然とした言葉は、どんな原語を訳したのだろうと、訳者あとがきを見ると〝Uncommon〟とあった。「なるほど〝非日常〟ということか?」と、友人M。和英辞書を引くと〝noble〟とか〝royal〟といった訳が出てきた。

 現代イギリスを代表する劇作家である著者が描くこの小説の主人公は、女王エリザベスⅡ世。欧米でたちまちベストセラーになったこの本は、女王が80歳になって突然、読書に目覚めるというのがあらすじ。もちろんフィクションである。

 小説は、こんなシーンから始まる。
 ウインザー城での公式晩餐会。女王はフランス大統領に話しかける。『ずっとおうかがいしたと思っておりましたのよ。作家のジャン・ジュネについて』『同性愛者でしかも囚人でしたけど・・・そんなにすばらしい人でしたの?』
 禿げ頭の劇作家兼小説家について何の説明も受けていなかった大統領は、きょろきょろと文化大臣の姿を探したが・・・。長い夜になりそうだ


 ふとしたきっかけで、宮殿に来ていた移動図書館にまぎれこんだ女王は、厨房に働く少年・ノーマンを侍従に抜てき、その指導で読書にはまってしまう。

 一冊の本は別の本へとつながり、次々と扉が開かれていくのに、読みたいだけ本を読むには時間が足りない・・・

 読書の魅力とは、分けへだてをしない点にあるのではないかと女王は考えた。文学にはどこか高尚なところがある。本は読者がだれであるかも、人がそれを読むかどうかも気にしない。すべての読者は、彼女も含めて平等である。文学とはひとつの共和国なのだと女王は思った


 公務がどんどんとおろそかになる。国会議事堂の玉座で読む施政方針演説が「いかに駄文でおそろしく退屈」なことに気づいてしまう。

 女王の読書を阻止しようとする側近との攻防がユーモアたっぷりに描かれる。侍従・ノーマンは大学で勉強するようにと、体よく宮殿を追われるが、画策したニュージランド人の侍従長も女王命で高等弁務官として故郷に帰っていく。

 読んだ本についてノートに書き込む習慣が身につき「人間的に成長した女王は、みずから文章を書くようになり、ついに驚くべき決断をする・・・」(訳者あとがき)

 本を書きたいという女王に、首相はこう反論する。『エドワード8世はウインザー公になられてからご自分の本をお書きになった・・・。退位なさったから書けたのです』『あら、それを言ってなかったかしら?』と女王は言った。『でも・・・みなさんにここに集まっていただいたのはどうしてだとお思いになって?』


 もう1冊。同じ時期に、普通ならたぶん見向きもしない〝やんごとなき〟本に出会ってしまった。

 「橋をかける 子供時代の読書の思い出」(美智子著、文春文庫)。国際児童図書評議会世界大会での、皇后さま(読売新聞用字用語辞典による)の基調演説や祝辞を本にしたものである。

 2002年、スイス・バーゼル大会での祝辞には、竹内てるよのこんな詩が引用されている。

   生まれて何も知らぬ 吾が子の頬に
   母よ 絶望の涙を落とすな
   その頬は赤く小さく
   今はただ一つの巴旦杏(はたんきょう)にすぎなくとも
   いつ 人類のための戦いに
   燃えて輝かないということがあろう・・・


橋をかける―子供時代の読書の思い出
美智子
すえもりブックス
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おすすめ度の平均: 4.0
3 内容は素晴らしいが、買って読む必要なし。
5 美しい日本語


2009年4月12日

読書日記「奇跡のリンゴ 『絶対不可能』を覆した農家 木村明則の記録」(石川拓治著、NHK『プロフェッシャル仕事の流儀』制作班監修、幻冬舎刊)


奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
石川 拓治 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班
幻冬舎
売り上げランキング: 17
おすすめ度の平均: 5.0
5 あきらめない心。
5 木村さんを信じてついていったご家族もすごいです
5 1個のリンゴが未来をつくる
5 このリンゴを、ご賞味あれ!
5 魂がゆさぶられる1冊

 図書館に借り入れ申し込みをして数か月。その間も続くおおげさな新聞広告にいささかへきえきしていたが、やっと借りることができた。予想外におもしろく、一気に読んでしまった。
 現在我々が食べているリンゴは、農薬を使うことを前提に改良された品種で、農薬の助けなしには病害虫と戦うことのできない極めて弱い植物であるという。この本は、そのリンゴを無農薬で育てるという「世迷いごとに狂ってしまった」一リンゴ栽培家の30年近くの苦闘の歴史を綴っている。
 養子である木村さんが無農薬に関心を持ったのは、妻の美代子さんが農薬に敏感な体質だったのがきっかけだった。農薬散布のたびに、1週間も寝込んでしまう。
 そして1冊の本に出会う。自然農法の創始者と言われる故・福岡正信の「自然農法わら一本の革命」という本だった。
 私も貸し農園で野菜作りにこっていた頃、この本を夢中になって読んだものだ。福岡正信が提唱する自然農法は「耕さない、無肥料、無農薬、無除草」が原則。米を収穫して稲わらはそのまま畑に置いて雑草が生えるのを防ぎ、次に麦籾を稲わらの上に蒔いてしまう。麦が終われば、そのわらの上に稲籾・・・。
 そのまねをするズボラ農法?で、夏に背丈ほども伸びた雑草の間にできたスイカやニガウリをびっくりするほどたくさん収穫した。

 様々な種子の種を混ぜ込んだ粘土団子を荒野に播いて緑化するという提案を実践している大分県の医師に会ったこともある。
 話しがそれた。
 まだ20代だった木村は、収穫までの約半年に13回前後も行っていた農薬散布を一切、やめてしまう。
 リンゴの木は惨憺たる状況になる。斑点落葉病が猛威をふるい、ものすごい数の害虫が発生する。
 何年たっても、リンゴは花をつけない。一家の生活は困窮した。東京へ出稼ぎに出て、食いつないだ。リンゴの木は衰弱し、枯れかけていた。
 自殺をしようと山に登った。輝くように葉を茂らせてドングリの木を見つけた。その木の下は雑草が生え放題なのに、土は足が沈むほど柔らかだった。
 畑の土の改良にかけた。それから数年。800本あったリンゴの木の半分近くが枯れたが、その1本に7つの花が咲き、うち2つが小さな実をつけた。
 9年後、畑一面にリンゴの白い花が咲いた。
 できた小さなリンゴを弘前駅前に並べ1個60円で売った。「あんなおいしいリンゴは食べたことがない」。その時の客から手紙が届いた。
 木村さんが育てたリンゴは腐らないという。よい香りを出しながら少しづつ干からびていくらしい。
 木村さんは今、リンゴ栽培のかたわら、国内外を飛び回って、講演や農業指導を続けている。著書に「自然栽培ひとすじに」がある。

自然栽培ひとすじに
自然栽培ひとすじに
posted with amazlet at 09.04.12
木村 秋則
創森社
売り上げランキング: 909
おすすめ度の平均: 4.0
5 こんな農家さんがいる日本ってすごい
5 たいへん参考になりました
3 奇跡のリンゴのサブテキストに
3 偉業が伝わりにくい
5 とても、面白かったです。


2009年4月 6日

読書日記「ぼくと1ルピーの神様」(ヴィカス・スワラップ著、子安亜弥訳、ランダムハウス講談社刊)

ぼくと1ルピーの神様 (ランダムハウス講談社文庫)
ヴィカス スワラップ
ランダムハウス講談社
売り上げランキング: 960
おすすめ度の平均: 4.5
5 小説の名人芸+インドのことがよくわかる
4 ラム・ムハンマド・トーマス
5 時を忘れて読みました。

 たまには流行りのエンターテーメントもいいか、とAMAZONで衝動買いしたこの本。今年の米アカデミー賞8部門を独占したインド映画「スラムドッグ$ミリオネア」の原作本である。
 作者は、インドの外交官。このほど、文庫版の出版と今月18日の映画公開に合わせて来日、記者会見の記事が3月15日付け産経新聞に載っていたが、6年前のロンドン勤務の際、家族がいない寂しさを埋めようと初めて書いた小説という。「どんな環境の子供でもトンネルの先には明かりがある、と言いたかった」と話す47歳の働き盛り。この夏には大阪総領事として赴任するらしい。
 なじみの少ないインドの小説だが、けっこう楽しめた。
 舞台となるのは、日本でも司会者のみの・もんたが叫ぶ「ファイナルアンサー」で有名になった「クイズ・ミリオネア」。そのインド版のテレビ番組に出場したスラム育ちの少年、ラム・ムハンマド・トーマスが見事、史上最高額の10億ルピー(26億円)を獲得する。
 しかし、孤児で教養もない少年が、難問に答えられるはずがないと警察に逮捕され、厳しい拷問で自供を強要される。
 そこへ現れた謎の女性弁護士によって、少年は救われる。この弁護士は、ラム少年が酒乱の父親に乱暴されようとしたのを救いだした少女・グディアだった。
 ラム少年はなぜ、難問に全問回答できたのか。それは、これまで歩んできた人生で体験したことばかりが出題されたからだった。その人生は、貧困、幼児虐待、人身売買、組織暴力、腐敗など、インドが抱える社会問題との戦いだった。
 話しがあちこち入り込んでちょっと分かりにくいのが難点だが、1章ごとのエピソードの最後に、クイズ番組が配されており、最後には10億ルピーにたどり着くという構成も楽しめる。
 日本語訳を発刊したランダムハウス講談社が、この本を紹介するWEBページに、ラム少年に出された12の質問を載せている。

 このなかで私が知っているのは、質問2だけ・・・。「答えは本書で」と書いてある。読了した〝本書〟によると、正解は、d、b、c、b、・・・の順となる。
 最後となる12番目の質問は、こうである。
 ベートーベンのピアノソナタ第29番作品106は『ハンマークラヴィーア』として知られていますが、その調はどれ?

 選択肢が絞られて、a:変ロ長調とc:変ホ長調が残る。

 答えが分からないラム少年は、これまでの人生を支えてきた幸運の1ルピーコインを取り出す。「表が出たらa、裏ならcです」。出たのは表だった。
実はこのコイン、表しか出ないものだった・・・。
 少年は巨額の賞金(一部は『クイズ賞金税』という名目で、政府に徴収される)を手にし、ムンバイに建てた豪邸に恋人と幸せに暮らしましたとさ、というおとぎ話・・・。
 自宅の最寄り駅から10分弱のところに、シネコンプレックスがオープンしたため、最近映画を見る機会が多くなった。
 同じ今年の米アカデミー賞外国語映画賞を獲得した「おくりびと」も見たが、日本の雪国(山形・月山山麓)の豊かな自然のなかで展開する死者をいたわる独自の風習がかもしだす〝優しさ〟を、米国の審査員は評価したように思える。
「スラムドッグ$ミリオネア」も、これまで受賞してきたハリウッドの超大作とは異なるポリウッド発のサクセスストーリーである。
 二つの異色作品が受賞したのは、米国で吹き始めた新しい風、意識の変化のせいであるような気もする。



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