2010年7月アーカイブ: Masablog

2010年7月18日

読書日記「悼む人」「静人日記」(天童荒太著、文藝春秋刊)


悼む人
悼む人
posted with amazlet at 10.07.18
天童 荒太
文藝春秋
売り上げランキング: 2910
おすすめ度の平均: 4.0
5 作者自身の旅
5 素晴らしい物語・残念なラスト
5 実に重い。読後の疲労感はとてつもない。それでもいい本だと
4 レビューする人
2 作家の勝手。読者の自由

静人日記
静人日記
posted with amazlet at 10.07.18
天童 荒太
文藝春秋
売り上げランキング: 115170
おすすめ度の平均: 4.0
5 彼からの便りがあるたびに、その足跡を一緒にたどるだろう
4 「悼む人」、坂築静人の記録
5 深く、心の奥を見つめる物語
4 必ず「悼む人」の後に。
4 作者の覚悟。


 新聞の報道などを手がかりに、事故や事件に巻き込まれて亡くなった人の現場に現れて、おかしな行動をとる青年。

 左膝を地面につき、右手を頭上に挙げて空中に漂う何かを捕えるように自分の胸に運ぶ。左手を地面すれすれに下ろし、大地の息吹をすくうようにして胸に運び、右手の上に重ねる。目を閉じて、何かを唱えるように唇を動かす


   そして、不思議な行動を不審がる人に、こう問いかける。

 彼女は、誰かに愛されたでしょうか。誰を愛していたでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか


 冥福は祈っていません。・・・ぼくは、亡くなった人を、ほかの人とは代えられない唯一の存在として覚えておきたいんです。それを<悼む>と呼んでいます。


 「悼む人」は<悼む>人を求めて全国を放浪する若者・坂築静人(さかつき・しずと)と彼を巡る人びとを著者が7年がかりで書きあげた第140回直木賞受賞作品。
 「静人日記」は、この小説を書くために著者が坂築静人の日記として3年間綴ってきた日記文学。

 「悼む人」は、こんなエピローグで終わる。
  ガンと闘いながら、静人を待ち続けた母・巡子は最後の時を迎える。
 巡子はゆっくり抱きあげられた。・・・「あなたは・・・ぼくを愛してくれた人です」・・・「あなたは・・・ぼくから感謝されている人です」・・・「あなたは・・・ぼくに愛された人です」・・・
 緑に萌える草の原に、大勢の人がいた。・・・そよ風に葉が揺れる森の大樹の陰に、巡子の両親がいた。・・・彼らも巡子に気づいて、手を振ってくる。
 この世界では、誰もが分け隔てなく存在している。そして、誰もが、互いを愛していることが・・・互いに愛されていることが・・・互いに感謝し合っていることが伝わってくる。


 この本を読み、こうしてブログに書くまでになんだか長い時間がかかってしまった。  「死」についての想いが行き来した。

 たまたま、神戸・ギャラリー島田(http://www.gallery-shimada.com)のメールマガジンで、こんな言葉を知った。

 死は怖れるものでなく、先に逝く人が蓄えてきた豊かな生命力を看取る人に渡す、幸福に満ちた瞬間

 島根県江津市で、看取りの家「なごみの里」を運営する柴田久美子さんの言葉である。
 「家族を看取る 心がそばにあればいい」(国森康弘著、平凡社新書) は、この「なごみの里」をルポした本。「ただそばにいて、手を握る。それだけでいい」。柴田さんは、いつもそう話すという。
家族を看取る―心がそばにあればいい (平凡社新書)
國森 康弘
平凡社
売り上げランキング: 44534
おすすめ度の平均: 5.0
5 幸せになるヒントがいっぱい
5 誰もに読んで欲しい大切な1冊!
5 心がそばにあればいい


   先日、NHKの衛星放送を見ていたら、水俣市在住の作家、石牟礼道子が「水俣病患者の死などに出会って、その死を自分の悲しみとして悶える老女がいる。私の地方では<もだえ神さん>と呼んでいる」と語っていた。著書「あやとりの記」 にもふれられているらしい。
あやとりの記 (福音館文庫)
石牟礼 道子
福音館書店
売り上げランキング: 198041


 ▽参考にした本、したい本

  • 「『平穏死』のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか」(石飛幸三著、講談社刊)
    「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか
    石飛 幸三
    講談社
    売り上げランキング: 2424
    おすすめ度の平均: 5.0
    5 早く一般論になればいいですが・・・
    5 ご家族と医療者の架け橋となりうる「老衰」のテキスト
    5 特養からの問題提起
    5 苦しみを除く、老衰=自然死の選択。
    5 これこそ現場の声です

     胃瘻(いろう)までして生かし続ける現代医療を疑問視する特別老人ホーム常勤医師の著書


  • 「寺よ、変われ」(高橋卓志著、岩波親書)
    寺よ、変われ (岩波新書)
    高橋 卓志
    岩波書店
    売り上げランキング: 21921
    おすすめ度の平均: 3.5
    4 お寺の変化に期待します
    4 寺は、変わらなければならない
    1 これお坊さんの仕事?
    3 そう言われても・・・・
    5 この寺を見よ!!

     「形骸化して死後のセレモニーとしてしか登場の場面がない」仏教の現状を嘆き、新井満の「千の風になって」がベストセラーになった背景を問う


  • 「メメント・モリ」(藤原新也著、情報センター出版局)
    メメント・モリ
    メメント・モリ
    posted with amazlet at 10.07.18
    藤原 新也
    情報センター出版局
    売り上げランキング: 37766
    おすすめ度の平均: 4.5
    5 ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。(本文より)
    5 色褪せない名著
    4 生死論の古典
    5 肉体的な写真本
    5 重要な問題。

     「メメント・モリ」は「死を想え」と訳されるラテン語。
     犬に食われ、鳥についばまれ、薪の山で燃える死者を克明に追ったすさまじき写真集

     メメント・モリ、死を想え。


2010年7月11日

 読書日記「一週間」(井上ひさし著、新潮社刊)<br /><br />


一週間
一週間
posted with amazlet at 10.07.11
井上 ひさし
新潮社
売り上げランキング: 742

 劇作家として活躍が目立っていた故・井上ひさし が、実は最後にすごい小説を残していた。

  2000年から2006年にかけて「小説新潮」に断続的に連載されたものだが、ガン 治療と劇作に追われため、この作品を『吉里吉里人』に負けないものにする」という思いを残しながら、加筆、訂正を果たせずに旅立って しまった。

  井上ひさしらしい軽妙な筆致を駆使しながら描き出そうとしているのは、近代歴史のな かで検証されないまま埋もれかけていた"シベリア抑留"という重いテーマである。

  文中には、日本人捕虜を国際法に違反して強制労働を強いた旧・ソ連政府への告発の言 葉がいくつも並ぶ。

  この国には、帝政ロシアの時代から、大規模な工事で労働力が必要になると、、収容所を利用する習癖があるらしい。・・・大戦争の後始末にたいへんな人手がいる。そこで 戦敗国の捕虜をばっと捕まえた。そして収容所へ放り込んで働かせ、国内各所を整備させる。


 この方針に、甘んじて乗ったのが旧・関東軍司令部だった。
  関東軍司令部の参謀たちは、日本兵士の使役を極東赤軍司令部に申し出たりしているんですからね。・・・「大陸方面においては、ソ連の庇護のもとに、満州朝鮮に土着さ せ、生活を営むようにソ連側に依頼するも可」・・・これは明らかな棄民でしょう。


    収容所のなかでは、旧・日本軍将校の自己防衛とエゴのために、多くの旧・日本軍兵士 が、無為に死んでいった。

  ソ連・コムソモリスクの捕虜収容所で死去した哲学者の大橋吾郎は、同じ収容所にいた 小松修吉に黒い手帳を託して息を引き取る。そこには、収容所に入っても、兵士を虐待す る将軍下士官への告発の言葉が書き込まれていた。

  兵士を凍死させるのは、決まって旧軍の軍体制度をそっくりそのまま捕虜収容所に持ち込んだ部隊である。・・・
各収容所において、ソ連邦から配給された糧食のピンはね、横流しが横行していると聞く。なかにはピンはねした糧食で酒を作っている将校下士官たちもいるという。


大日本帝国が批准したハーグ条約によれば、兵士は捕虜になった瞬間、ソ連邦政府の圏内に入り、旧軍の諸制度は適用されない。収容所に旧軍の諸制度を持ち込んだ将校下士官は国際法違反の罪に問わなければならない。


 物語は後半に入って、ドンデン返しの連続。一人の捕虜にすぎない一日本人が収容所を管理するソ連邦の将校と共産党幹部との間で繰り広げる、胸のすくような闘争の物語となる。

収容所から一度は脱出しながら、再び捕えられた軍医が、たまたまロシア革命の父とい われる「レーニンの手紙」を手に入れ、主人公に託す。
少数民族の出身だったレーニンが少数民族の権益を守るための政治闘争を行うと仲間に誓った内容だった。しかしレーニンはその後、ソ連社会主義の確立のために、少数民族の利益を踏みにじっていく。
この手紙は「レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった・・・」(著書の帯び封解説)
重大国家機密を守るため、赤軍幹部はあらゆる手段でこの手紙を取り戻そうとする。

主人公は捕虜収容所の人びとに届ける「日本新聞」の編集に携わっていたが、その職場の親しい人たちが見せしめに銃殺される。しかし、それは芝居であることを見抜いた小松は日記の引き渡しを拒否する。

日記は、日本人女性でソ連人と結婚した日本新聞社食堂の賄い主任の娘ソーニャに託していた。
それを薄々疑った赤軍将校は、3人を遊覧飛行に誘う。

米国に秘密を売った兵士が、手紙を渡さない小松への見せしめに飛行機から空中へ次々と突き落とされる。たまり かねたソーニャが手紙をついに渡してしまう。
しかし、兵士の突き落としはまたもや芝居だった。彼らは落下傘部隊の精鋭だったの だ。

ところが、この手紙も偽物。本物は母娘があるところに隠していた。赤軍将校が新調し た外套の裏地のなかに。

赤軍に返そうとした手紙は、偶然の突風にあおられ、散水車の水に打たれ、雪とともに 千切れて粉々になってしまう・・・。

「日本人捕虜、小松修吉は、北シベリアの収容所に移送される」
この1節で小説は終わる。主人公がそこでもたくましく生き続けることを予感させなが ら。



Amazon でのお買い物はこちらから