読書日記「清冽 詩人茨木のり子の肖像」(後藤正治著、中央公論新社)
「奇跡の画家」を書かれた後藤正治さんが、昨年秋にまたもや本を出された。後藤さんは「奇跡の画家」の冒頭で「いささか物書き稼業に倦むことがあって、・・・」と神戸夙川学院大学の教授になられたいきさつを自虐気味に書かれていた。
倦むどころか、その後学長に就任され、その激務の合い間を縫ってこの新著に挑戦されたらしい。あとがきで「『婦人公論』誌上で2008年に連載したものが骨格になっている」と記されており「奇跡の画家」を書かれたころから執筆しておられたのだろう。
詩人の故・茨木のり子さんのことは、1昨年2月に茨木さんの詩集「歳月」について書いたブログでもふれた。
あの時は「数篇の詩を書き写すことしかできない」と書いたが、今回も読んだ後の印象を心のなかで整理できず、茨木さんの詩をただブログ画面にのせることしかできなかった。
1977年に書かれた「自分の感受性くらい」、1999年の「倚りかからず」、そして1958年の詩集に収録され教科書にも載った「わたしが一番きれいだったとき」の3篇を読むと、茨木さんの人生の研ぎ澄まされた"清冽"さが浮かびあがってくる。
今回は、それらを書き写すさず、3篇が載っているブログを引用することにした。
後藤さんは「詩集『倚りかからず』」によって彼女の読者になった」と書いている。茨木さん73歳と、晩年の作品である。
これが、朝日新聞の「天声人語」(1999年10月16日付け)で取り上げられ、詩集は15万部ものベストセラーになった。
「天声人語」子は書く。
決して叫ぶことなどなく、とても静かに、読む人の心をつかみ、えぐる。6Bか4Bの鉛筆で、茨木さんは詩を書く。柔らかな鉛筆から、とびきり硬質の結晶が生まれる。
後藤さんが「いかにも茨木のり子らしい」という、生前に書き残された「別れの手紙」がある。
茨木さんの甥の妻が空欄の文字を補い、住所録などから選んで二百数十通、死後しばらくたって発送された。
《このたび 私 二〇〇六年二月十七日 くも膜下出血にてこの世におさらばすることにしました。
これは生前に書き置くものです。
私の意志で、葬儀、お別れ会は何もいたしません。
・・・ 「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い出していただければそれで十分でございます。
あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかなおつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸にしまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かにしてくださいましたことか・・・。
深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に代えさせて頂きます。
ありがとうございました。
これは生前に書き置くものです。
私の意志で、葬儀、お別れ会は何もいたしません。
・・・ 「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い出していただければそれで十分でございます。
あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかなおつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸にしまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かにしてくださいましたことか・・・。
深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に代えさせて頂きます。
ありがとうございました。
生と死に、びしっと向かい合った言葉がここにある。
もう1つ「汲む―Y・Yに― 」という詩を、あるブログから引用する。
「Y・Y」とは、新劇女優の山本安英のことである。
「あらゆる仕事・すべてのいい仕事の核には・震える弱いアンテナが隠されている」
「この詩句がとても残った」と、後藤さんは書く。
私の人生。「隠された震える弱いアンテナ」の存在を感じたことがあっただろうか。
▽最近読んだその他の本
- 「もぎりよ今夜も有難う」(片桐はいり著、キネマ旬報社刊)
映画「かもめ食堂」などで好演している異色女優の著者が、映画館のもぎり(チケット切り)嬢をしていた体験を中心に映画への思いを綴るエッセイ集。
映画館が呼吸するのを見たことがある。・・・ (「男はつらいよ」)の本編が始まり、・・・ひと息入れていると、劇場からあの音が聞こえてくる。
どーん。ずーん。どよよよ。
地響きのようなくぐもった音。・・・黒山のお客さんの笑い声である。・・・人いきれで沸騰した場内に笑いが起こるたび、扉がぱふん、ぱふんと開いては閉じる。まるで生き物のようだ。
- 「ドキュメント宇宙飛行士選抜試験」(大鐘良一、小原健右著、光文社新書)
2008年2月、JAXA(宇宙開発研究開発機構)が10年ぶりに宇宙飛行士の募集をした。963人という過去最高の応募者のなかから絞られた最終試験のすべてを取材したNHKの番組スタッフによるドキュメンタリー。
国際宇宙ステーションを再現した24時間監視の「閉鎖環境施設」の中で10人は過酷で意地の悪い設問に挑戦、チームワーク、リーダーシップ、危機対応能力を試される。
日本では、宇宙飛行士の育成に億単位の税金がかかるため、・・・審査項目が仰々しいほど多岐になる。
アメリカでは、宇宙飛行をする前に飛行士を"辞める"人間もいる。・・・最も重要なのは「本人やその家族が、宇宙飛行士としての人生を全うする「覚悟」が本当にあるかどうかなのである。
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光文社
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2005年に他界した漫画家で江戸風俗研究家の杉浦日向子への追悼の思いを、江戸文化を専攻する法政大学教授の田中優子が語りつくすユニークな本。 杉浦日向子が荒俣宏と離婚する時の"黒幕"が、佐高信だったとは・・・。
杉浦日向子と佐高信が、文庫本の"一押し"について対談している一篇も興味深い。