2019年2月アーカイブ: Masablog

2019年2月27日

読書日記「あなた・辺野古遠望」(大城立裕著、新潮社)



あなた
あなた
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大城 立裕
新潮社
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 沖縄・辺野古での基地建設賛否を問う県民投票が実施されたばかりだが、昨年末から沖縄関係の本をいくつか読んだ。

 私小説「あなた」の著者、大城立裕は、沖縄初の芥川賞を受けた作家。6篇を納めた「あなた」のなかの「辺野古遠望」は、普天間基地の辺野古移転問題について、沖縄人の一人としての思いを語った作品だ。

 作者は20年ほど前、建設業をしていた兄と東海岸をドライブしたことがある。森で道に迷って野宿したが、翌朝サバニで夜釣りに来ていた地元の人に、そこが「ヘノコ」だと教えられた。「知らないなあ」、2人は首をかしげた。

 その辺野古に新しい基地を作る話しが出たのは、県民には思いがけないことだった。「アメリカや日本政府がよくあんな辺鄙な場所を知っていたものだ」と思う。近くにキャンプ・シュワブがあるから「地元のわれわれがよそ者みたいになって、なんの不思議もないかも知れない」

 普天間を閉じるといっても、辺野古を造るなら同じだと「沖縄の世間では怒っている」。そいう単純な怒りというか不満が「沖縄じゅうで滾(たぎ)っている」

 一昔前なら日本政府の側に立つと相場が決まっていた実業人が中心になって、辺野古反対の県民大会が催された。

 「ウチナーンチュ、ウシェーテー、ナイビランドー」(沖縄人を馬鹿にしてはなりませんよ)。そこで、故翁長元知事は沖縄言葉でそうスピーチした。

 反対運動のなかで、「琉球処分」という言葉が、日常語になっている、という。

 かって、琉球王国は、明治政府によって琉球藩となり、さらに廃藩置県によって琉球県となるという"処分"を受けた。
 置県後は「言葉や生活習慣にいたるまで、同化意識と劣等感の複雑な絡み合いをつづけた」

 「彼らの動機の基本は日米安保条約におけるアメリカの権益にたいする遠慮であって、その傘の下でみずからの安全を享受している。・・・琉球処分は植民地獲得のためであったが、こんどは『植民地』の何だと言えばよいのだろう」

 「どうせ沖縄は日本ではない」と「ヤマトの国民の多くが考えられていると見られる体験」が著者にはある。

 祖国復帰の直後、木曽・馬籠の民宿で沖縄から来たと名乗った。人の良さそうな女将さんに「日本語が話せるか」「新聞が読めるのかね」と言われた。・・・善意の異邦人扱いである。

 「(ヤマトのほとんどの全国民が)、県外移設を好まず、沖縄の犠牲を当然とみなしている。みずからの不人情と責任感欠如に頬かむりしている」

 このブログでもふれた「ふしぎなイギリス」の著者は、「イギリスは、4つのネーション(言語や文化、歴史を共有し、民族、社会的同質性を持つ共同体)を持つ国家だが、日本は1つのネーションがそのままステート(独立国家)になっている」と書いている。

 しかし、沖縄の歴史を単純に振り返ってみても、沖縄と日本本土が同じ"ネーション"とは思えない。このままでは、沖縄の"自主決定権"や"独立"論議が、沖縄のなかから真剣に湧き上がってくるのは当然だ、と思う。

※関連して読んだ本

  • 「沖縄文化論」(岡本太郎著、中公文庫)

  • 「琉球王国」(高良倉吉著、岩波新書)

  • 「沖縄の歴史と文化」(外間守善著、中公文庫)

2019年2月19日

読書日記 「国家と教養」(藤原正彦著、新潮新書)



国家と教養 (新潮新書)
藤原 正彦
新潮社
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 著者はまず著書の冒頭で、90年代半ばから続いている「日本大改造」の仕掛け人は誰だったのかと、問いかける。

 例えば、金融ビックバン、新会計基準、市場原理、グローバル・スタンダード、小さな政府、官叩き、地方分権、民営化、規制緩和、大店法、構造改革、リストラ、ペイオフ、郵政改革、緊縮財政、商法や司法の改革・・・。

 「すべてアメリカが我が国に強く要望したもの、ほとんど強制したものであり、アメリカの国益を狙ったものでした。一人勝ちの日本を叩き落とすための緻密な戦略に沿ったものであったのです」

 規制緩和などにより、企業の非正規雇用が増え、年収が減った若者たちは結婚に二の足を踏み、出産率はガタ減り。労働力を確保するため、外国人労働者の入国が緩和され「ヒト、モノ、カネが自由に国境を越える新自由主義が完成を目指している。

 こんな実態を的確に判断するには「嗅覚によって、自分にとって価値ある情報を選択」しなければならない。そして、その嗅覚を培うのは「教養とそこから生まれる見識」というのが、著者が投げかけた問題意識だ。

 ギリシャの時代から長い歴史のなかで培われてきた教養主義は、第二次大戦後、世界中で少しずつ衰微してきた。
 現代人は、生存競争に役立たない教養を見下すようになったこと。さらに、実利を重視するアメリカ化と、自由主義を旗印にしたグローバリズムが進み、教養の伝統があったヨーロッパで2つの世界大戦を防げず、教養の地位が低下したためだ。

 ドイツでは、教養市民層と呼ばれる国民の1%にも満たないエリートが国をリードしてきた。しかし、大衆社会の出現で地位が低下した教養市民層は、民族主義を高らかに唱え、ナチズムへのレールを敷いてしまった。「教養が一部の人に専有され、それ以外の国民から隔絶されていた」結果だ。

 ドイツに見習って教養を高めてきた日本の旧制高校出身のエリート層も、あっという間に、国家総動員法などの思想に飲み込まれてしまった。

 一篇の詩を読むことで生き方が変わり、歴史、文化に関する本を読んで世界のなかでの自分の立ち位置が分かってくる。

 日々の実体験は(本を読むなどによる)疑似体験で補完され、健全な知識と情緒と形が身につく。「これこそが教養で、あらゆる判断の価値基準になる。・・・いかに『生きるか』 を問うのがこれからの教養と行ってよい」

 「これからの教養」とは、どのようなものなのか。

 第1に人間や文化を洞察する哲学、古典などの人文教養。次いで政治、経済、地政学、歴史などの社会的教養。第3に、放射能、安全などを判断する科学教養。もう1つ必要なのが、大衆文芸、芸術、古典芸能、芸道、映画、マンガ、アニメなどの大衆文化芸能。

 これらの教養を身につける方法として「読書、登山、古典音楽」「本、人、旅」「映画、音楽、芝居、本」など、様々な表現をする人たちがいる、と著者は言う。

 結局"教養"といういささかしんどい言葉も、人びとがそれぞれ大切に思っているこれらの表現に集約される、ということなのだろう。

 

2019年2月 6日

日々逍遙「明治神宮」「ムンク展」「フリップス・コレクション展」

 

【2019年1月6日(日)】

 1月4日は77歳の誕生日だった。

 喜寿は数え年で数えるようだが、東京と横浜にいる3人の子どもたちが「遅ればせの祝いをするから出てこい」という。孫たちの塾通いが忙しく、関西には来られないと言うのだ。やむを得ず、のこのこと東京・六本木のホテルに出かけた。

 翌朝、明治神宮へ。学生、新聞社時代を含めて7年ほど東京にいたが、ここには行ったことがなかった。荒れ地に人の手で作られた永遠の森というのを見たいと思った。

 3が日は過ぎたというのに、参道はかなりの人手。その参道に覆いかぶさるように広葉樹が葉を広げていた。左右に広がる広大な敷地の森はまったく人の手は入らず、自然の植生にまかせた木々の循環が続いている。
 参道脇に、箒や落葉を入れる布袋が置かれている。朝、昼、夕の3回、参道の落葉が掃き集められ、そのまま木々の根元に置かれ、自然の循環を助けるという。見事な「鎮守の森」だ。

 100円でおみくじを引いてみた。なんと、吉兆ではなく、祭神の1人である昭憲皇太后の御歌がしるされていた。  
茂りたるうばらからたち払いてもふむべき道はゆくべかりけり


 今年は、茨(うばら)の道?

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大鳥居を覆う広葉樹
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参道脇の竹箒       森のなかを行く参拝者

 この後、上野・東京都美術館の「ムンク展―共鳴する魂の叫び」へ。

   さすがにムンク。どの絵の前も2重、3重の人であふれている。特に有名な「叫び」は、鑑賞の前に列を並ばなければならない。

 近代社会が招いた人間の不安、孤独、絶望を描いていることが、見る人の共感を呼ぶのだろう。図録には「人間の口から放たれた不安が、風景のなかに拡散し、さざ波を立てている」と書かれていた。しかし、絵のなかの男性は叫んでいるのではなく、耳を塞いでいる、という見方もあるようだ。ムンク自身が「自然を貫く叫びに底知れない恐怖を感じた」と、書いているという。

 ちょっと分かりにくいが、約100点の展示作品のなかでも「絶望」「メランコリー」「夜の彷徨者」などの絵に引かれた。

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「叫び」
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「絶望」        「メランコリー」
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「夜の彷徨者」


 ムンク展の「叫び」に見入る寒さかな


【2019年2月3日(日)】

 用事でまた上京したのを機会に、丸の内の三菱一号館美術館で開催している 「フイリップス・コレクション展」に出かけた。入るのに15分ほど待たされたが、なかなかの拾いものだった。

 ワシントンにあるフイリップス・コレクションは、100年前に実業家が近代美術を蒐集した私立美術館。「アングル、コロー、ドラクロア等19世紀の巨匠から、クールベ、近代絵画の父、マネ、印象画のドガ、モネ、印象画以降の絵画を索引したセザンヌ、ゴーガン、クレー、ピカソ、ブラックらの秀作75点」と、普通の美術館の学芸員なら垂涎の的の作品がずらり。
 それも、明治の時代に丸の内で初めてのオフイスビルとして建てられたレンガ造り・復元建築の重厚なインテリアの部屋を連なるように展示されている。

 暖かい気候に恵まれた小旅行。帰った伊丹空港は雨だったが、なにやら春の気配・・・。

 まだ固き蕾の中に春を待つ


 海光の温みを集め水仙花


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ゴア「聖ペトロの悔恨」      シスレー「ルーヴシェルの雪」



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