2009年6月アーカイブ: Masablog

2009年6月28日

読書日記「河は眠らない」(開高健著、写真・青柳陽一、文藝春秋刊)

河は眠らない
河は眠らない
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開高 健 青柳 陽一
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 5.0
5 開口節との出会い


 開高健没後20年目で出された、たぶん最後の著作、というより写真集。

 写真を撮った青柳陽一氏が、開高健に何度も頼み込んで完成したDVDビデオ「河は眠らない」に収録された言葉を忠実に書き起こしている。写真は、ビデオの監督をした青柳氏がビデオ撮影と同時に撮って保存していたものを、初めて公開したという。

この本には、開高健の生きざまが脈々と生きている。

 三〇代はずっとベトナム戦争、それからビアフラの戦争、中近東の紛争、いろんなのを追っかけてまわっていたんだけれども、くたびれてしまった。
 ・・・戦争の現場のことを書くとボキャブラリーが決まってしまう。・・・
 で、もうすっかりいやになっちゃって、勝手にしゃがれって気になったんですね。それで釣師になったわけです。


 よく物書きでご馳走に出くわして「言う言葉がない」とか「筆舌に尽くし難い」とか「声を呑んだ」とあ、「言葉を忘れた」とか、こういうことを書いている人がいるんだけれど、これは敗北だなあ。物書きならば何がなんでも捏ね上げて表現しなければならないと思う。


 そして、愛してやまなかったアルコールへの称賛の言葉。

 ・・・旨口という言葉が、灘の酒どころで流布されている。旨口っていうのは飲んで飲み飽きない酒ということ。
 だから、旨口の酒、旨口の女、旨口の芸術、旨口の音楽を求めなさい。
 そのためには、のべつ無限に二日酔い、失敗、デタラメを重ねないと、何が旨口であるかわからない。


 若いウイスキーは足腰はしっかりしているけれども、青臭くてツンツンしている。
 年取ったウイスキーは香りは高いけれども、腰抜けでダメである。・・・
 シングルモルトっていうのは、もう何も混ぜないで生一本、それだけで行こうという、つまり音楽でいえばソロとオーケストラの違いね。・・・
 ところがアイラ島というスコットランドの島にそのモルトがあって、これはブレンドしていないシングルモルト。二百年前のまま。これを今から飲む。
 ウーム美味い。ああ、ふふふ。最高。


 そして自然に対して、ふつふつと湧き出る愛惜、寂寥感。

 風倒木が倒れっぱなしになっていると、そこに苔が生える、微生物が繁殖する、・・・
 だから、あの風倒木のことを、森を看護している・・・「ナース・ログ」というんだけれども、自然に無駄なものは何もないという一つの例なんです。


 切実悲壮。
 人間の目から見ると生涯でたった一回の結婚と死のためにね。結婚の直後の死ですからね。サケにくるのは。


 文藝春秋社が出しているこの本のWEBページに「立ち読み」コーナーがある。

 それを見ていて印象的なのは、開高健がとてもいい顔をしているということだ。こんな顔をして死んでいけるなんて、なんて幸せなことだと思う。

 もうひとつ、ズシリと来るのは、冒頭にある「川のなかの一本の杭と化した」樹木の写真。次のページには、川中の杭と化した開高健の孤独な立ち姿がある。写真家があえて意図した2ショットだろう。
開高健のとてもいい顔川のなかの一本の杭と化した」樹木:クリックすると大きな写真になります川中の杭と化した開高健:クリックすると大きな写真になります


 リリースしたキングサーモンはいつか骨となって朽ちる。釣り人はもういない。読み人もやがて死ぬ。しかし「河は眠らない」・・・。

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5 DVDで再会できた稀代の釣り名人・開高健さん
5 ひとことひとことが・・・
5 人間が本来の姿を取り戻す為
5 珠玉の1本
5 重すぎる。でも、これで終わりにしてほしくない。

2009年6月20日

読書日記「グローバル定常型社会 地球社会の理論のために」(広井良典著、岩波書店・2009年刊)

グローバル定常型社会―地球社会の理論のために
広井 良典
岩波書店
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4 新しい視点の経済学史として、経済学の可能性として


 なんとも難解極まる著作に手を出してしまったものだ。しかし、今回のグローバル経済危機に対するアンティテーゼを示そうとする著者のこん身のエネルギーと荒削りだが雄大な構想に引き込まれる。

 著者は、旧厚生省勤務を経て千葉大学の教授に転じた人。2001年に「定常型社会 新しい『豊かさ』の構想」(岩波新書)という著書で、経済成長を目標にしなく(ゼロ成長下)ても、十分な豊かさが実現されていく「定常型社会」という構想を明らかにしている。
物質、エネルギーの消費が一定となり、経済の量的拡大を目的とせず、自然、コミュニティ、伝統など変化しないものにも価値を置く社会像だ。


さらに2006年には「持続可能な福祉社会――『もうひとつの日本』の構想」(ちくま新書)を出し、ゼロ成長下での公共政策の重要さを強調した。
 「持続可能な福祉社会」とは、個人の生活保障や分配の公平が、環境・資源の制約と両立しながら長期に存続できる社会。経済成長を絶対的な目標しない点で「定常型社会」の社会像とそのまま重なる。


 今回の著書「グローバル定常型社会」では、これらの考えを、さらにグローバルな視点にまで広げた構想を示そうとしている。
その基点にあるのは「二一世紀後半に向けて世界は、高齢化が高度に進み、人口や資源消費も均衡化するような、ある定常点に向かいつつあるし、またそうならなければ持続可能ではない」という認識である。


 著者は、個人、コミュニティ、自然の相互関係がバランスをとることによって定常化(ゼロ成長)社会でも生活満足度は損なわれないと見る。
「自然[環境]――コミュニティ(福祉)――経済」が一体となった自立的システムをつくるのが目的。・・・かっての「鎮守の森」が果たしてきたような自然とスピリチュアリティが一体となっているコミュニティ空間を再生していこうとする試みだ・・・

地域コミュニティづくりの拠点として、学校や福祉・医療関連施設、公園・農園、商店街、神社・お寺が重要といえる。これらの場所をケアや世代間交流、環境保全などの拠点として活用しつつ・・・団地などの世代ミックスを高めていくことが「持続可能な福祉国家」と呼ぶべき都市の実現につながる。


 そして、このような社会をグローバル・レベルにまで高めるために"地球レベルの再分配"政策を実現すべきだと提案する。
投機的な国際金融取引を抑える「トービン税」、フランスなどで一部実施されている「国際連帯税」、途上国への医療品援助などにあてるためのフランスの航空券税や国際炭素税などが考えられる・・・


 いやー、定年退職者の軟弱な頭ではとても消化し切れない。

 しかし、インターネットで見つけた千葉大学の機関紙に掲載された著者の「序論」や「自治体チャンネル」という雑誌での著者との対談が、軟弱頭の理解を少し助けてくれる。

「私利の追求」を有効なインセンティブとして拡大・発展した市場経済の領域が、今むしろ飽和しつつある。これに代わって・・・組織的にはNPOや社会起業家といった形態が浮上している。「市場経済を超える領域」の展開において、営利と非営利、貨幣経済と非貨幣経済が交差するのだ。(千葉大学 公共経済 第2巻第3号より)


経済の成熟・定常化という変化のなかでもっとも大きな変容をとげるのが「労働」のあり方。・・・「生存のための労働」から「賃労働としての労働」に変わり、最後の次元は「自己実現のための労働」である・・・(同)


 今月12日に放映されたフジテレビ「BSプライムニュース」で、田坂広志・多摩大学大学院教授が「これからは、働く喜びを感じるボランタリー経済(善意の経済)とこれまでの貨幣経済が融合するハイブリッド化が始まると、同じような予想をしていた。
 しかし、ゼロ成長といえども肥大化した貨幣経済のなかでボランタリー経済がどれだけの比重を占めていけるのかに疑問が残るが。

 広井教授は「自治体チャンネル 平成20年2月号」の対談でさらにこう解説している。

人々の消費構造は、時間そのものを過ごすことに充足を感じる「時間消費」の段階にあります。時間消費は、余暇やレクリエーション、福祉・ケア、生涯学習・自己実現に対するニーズで、コミュニティや自然などローカルで展開されます。


今後、世界が進むべき方向は2つです。1つは、ローカル・ナショナル・グローバルそれぞれのレベルで「共」「公」「私」のバランスを保つこと、もう1つは、ローカルを起点にナショナル、グローバルへと積み上げていくことです。「地域社会(地域福祉)から地球社会(地球福祉)へ」という方向が、時代の潮流になります。


  ただ、現在の政府、経済界や一般消費者が、一層の経済成長、それによってもたらされる豊かさの追求を簡単に捨て切れるとは思えない。

 ゼロ成長下での豊かさを満喫するというイメージをどう描き、日本の社会にソフトランディングさせていくのか。もっと具体的な提案と模索が必要なのだろう。

 この視点から、評判になった中谷巌・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長 の著書「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社インターナショナル刊)のなかにあった記述が気になった。
 中谷先生は現役記者時代に非常にお世話になった方だが、グローバル資本主義の本質的欠陥として
  1. 世界金融経済の不安的要素となる。
  2. 格差拡大を生む
  3. 地球環境汚染を加速させる
の3点を挙げておられる。
さらに、私もこのブログで書いたが、ブータンの「国民総幸福量」にも言及しておられる。広井教授が提唱している新しい豊かさという考えと相似点があるのではないだろうか。

その他、参考になった本など

  • 「共生の大地 新しい経済がはじまる」(内橋克人著、岩波新書)
    1995年の刊行だが、すでにコミュニティーの新しい協働へのうごめきを、きっちり視点を定めて記述しておられるのはさすがである。

  • 「『豊かな社会』の貧しさ」(宇沢弘文著、岩波書店)
    本棚にあったこの本は1989年刊と、もっと古い。「経済の繁栄は人間的貧困をもたらした」と序章にある。
    現在は東大名誉教授である著者は、雑誌「現代思想」の今年5月号で「社会保障の充実が、多くの人の不安を取り除き、単なる経済効果以上の効果を発揮しうる」と書いておられるらしい。これも、表題の著者と同じ視点なのだろう。

  • 「社会起業家 -社会的責任ビジネスの新しい潮流」(斎藤 槙著、岩波新書)
    「自己実現のために、環境などの課題に使命感をもつ」ソーシャル・ビジネスの概要がよく分かる。社会起業家と呼ばれる人たちには、このブログ(2008/01/23)でも書いた。
    世界の善意の資金を集めて社会貢献事業をする「ルーム・ドウ・リード」のジョン・ウッドなどと、利益を生む携帯電話ビジネスをしながら貧困を救おうとしているグラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁など、2つの潮流があるのでは、というのは間違った認識だろうか。
    斎藤 槙さんは最近、新著「世界をよくする簡単な100の方法」(講談社刊)を出した。気になる本である。図書館に借り入れ申し込みをしたら、近く手元に届くらしい。

     NHK「クロズアップ現代」
     6月16日放映のこの番組で「人にやさしい企業」をテーマに、不況でも解雇を絶対しない企業や研究開発費を削らない岡山の林原などを取り上げていた。

     現役記者時代の最後のほうは「人に優しい企業」とか「美しい企業」といった本ばかりを読んでいた。「カット・スロート・コンペティション」の時代から潮目が変わってきた,と思いたい。

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    4 スロー・ライフでいきましょう・・・
    4 興味深い
    4 優れた知見の創出
    5 成長=絶対的価値ではなくなった
    5 新たな発想に基づく提案

    資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言
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    3 「提言」というには聊か主観的
    3 アメリカかぶれの私が悪うございました、ということだけなのか?
    4 中谷先生の本だからこそ、これだけレビューが辛口なのかな
    1 変わり身の早さが資本主義的
    1 中身なし

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    5 心ある経済学者の視座に感銘
    5 地方・農業・老人こそ、国の宝!

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    4 利益循環
    4 内容に古さは感じない
    4 貴方は、今の世界に満足していますか?
    3 ちょっと古い
    4 日本の事例もフォローしている。構成もよい。入門書として最適。

    世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック
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    4 社会起業家には、なれないけど

2009年6月11日

読書日記「時が滲む朝」(楊逸著、文藝春秋刊)

時が滲む朝
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楊 逸
文藝春秋
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3 中国人が書いた日本語小説というジャンル
3 こなれてないのが味わいに
2 芥川賞とブンガクの劣化、ここに極まる
2 申し訳ないが、率直な感想
4 けりがつけれないけど、時が流れる


 ちょっと、ブログを書く時間が空いてしまった。風邪気味が続いた(新型ではありません)こともあるが、何冊か読んだ本はどうしてもブログに書く気にならず、他の本を探したくても情報源の芦屋市立図書館が新型インフルエンザ対応や所蔵図書の整理とかで休館続き。

 しかたがなく、居間のワゴンに1年近く積読してあったこの本に手が伸びた。しかも読んだのは、表題の単行本ではなく「芥川賞受賞全文掲載」と銘打った文藝春秋2008年9月特別号(790円)。JR芦屋駅近くの書店に在庫として残っていたのを「安いからマーいいっか」と買っておいたものだ。

 読み終えたのは、たまたま天安門事件20周年の前日だった。著者楊逸(ヤン イー)さんインタビューに答えて「あの事件(天安門事件)のことを書きたいと思いました」と答えている。中国の民主化運動というテーマに取り組んだ重―い本と思ったが、中国の若者の生きざまと苦悩を描いた青春小説だったのは意外だった。

 1980年代に中国西北部の農村に育った主人公は、親友と一緒にあこがれの大学で入学。日干し煉瓦で造られた家でなく「階段のある家に住みたい」という憧れは、大学の宿舎に入って実現する。しかし部屋は4組の2段ベッドだけでいっぱい。学生たちは、夜明けとともに公園のベンチで勉強、友人が持ち込んだテープから流れるテレサ・テンの「甘く切ない」"ミー・ミー・ジー・イン(中国語でみだらな音楽の意)"に感動し「口のなかに大量分泌された唾を思い切り飲み込んだ」りする。

 なにか明治か大正時代の小説を読むような、ういういしい青春風景である。

 有志で作った文学サロンで、北京の学生の間で始まった民主化運動を知る。

 
「民主化って何ですか?」
 「つまり、中国もアメリカのような国にするってことだよ」
 「アメリカみたいな国?どうして?」
 「今、官僚の汚職が多いからでしょ・・・」


 市政府前広場での連日の「集会、デモ行進、時には座り込み、ハンスト・・・」
 
「これからは、政府にどんな要求をするのですか」

 「もちろん民主化するように」

 「どうすれば、そうなれるんですか?」

 「欧米国家みたいに与党があって、野党があること。互いに監視しあい牽制するからこそなれるんだ、一党支配のままじゃ独裁国家だ」

 ・・・

 「へえ」皆初耳だったが、納得した気になった学生たちの目からは、気だるさがすっかり消え、希望が満ちてきた。


 しかし、天安門事件が起こる。主人公はやるせない思いで酒を飲みに出かけた食堂で労働者とけんかをし、大学を退学になる。

 残留孤児の娘と結婚して来日するが、北京五輪に反対運動をしても周りに受け入れられず、苦い挫折が続く。

 日本語を母語としない作家が芥川賞をとったのは、初めてだという。前作の「ワンちゃん」よりは、かなりいい日本語になったらしいが、文中にはちょっと気になる記述がみられる。

 夜空に雲をくぐりながら、楽しそうな表情の三日月に見つめられているとも知らずに。ひたすら前に進むと、風と水とが奏でる音が聞こえてきた。

 大きな澄み切った目は、山奥の岩石の窪みに湧いた泉のようで、黒い眸は泉に落ちた黒い大粒のぶどうの如くに、しっとりとして滑らかである。


 「白髪千丈」の国の人が日本語を書くとこういう表現になるのかと、いささかあ然としてしまう。

 月刊・文藝春秋2008年9月特別号には、選考委員による「時が滲む朝」の「芥川賞選評」が載っている。
 石原慎太郎は「単なる通俗小説の域を出ない」と酷評し、村上龍は「日本語の稚拙さは・・・前作とほとんど変わりがない」と受賞に反対している。宮本輝も「表現言語への感覚というものが、個人的なものなのか民族的なものなのかについて考えさせられた」と書く。
 一方で夏澤夏樹は「中国語と日本語の境界を作者が越えたところから生まれたものだ」と評価している。

 著者は、芥川賞受賞記者会見(動画)で「好きな日本語は」と聞かれ「土踏まず」と答えている。足の裏のあのくぼんだところだ。

 おもしろい感覚と思う。これまでの日本語表現を越えたジャンルを切り開いていくのかもしれない。

 ▽余録・村上龍が語る「時が滲む朝」受賞裏話VTR(右下の楊逸さんの写真をクリック)



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